[解説ニュース]

小規模宅地等の特例における特定事業用宅地等の規制強化

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(遠藤 純一)

 

 

[関連解説]

■介護施設で亡くなった場合の相続税の小規模宅地等の特例

■配偶者居住権等と相続税の小規模宅地等の特例・物納の取扱い

 

1.はじめに


相続税の合法的な節税につながる制度として、一般に知られている「小規模宅地等の特例」について、またしても行き過ぎた節税に規制が入ります。平成31年度税制改正大綱により、明かになりました。この小規模宅地等の特例に規制が入るのは、昨年度に続くものです。

2.小規模宅地等の特例とは?


小規模宅地等の特例とは、被相続人等の商売の敷地(特定事業用宅地等)や自宅の敷地(特定居住用宅地等)、貸家の敷地(貸付事業用宅地等)を親族が相続した場合に、一定要件のもと、その土地の課税価格の一定割合が減額される税制上の特典です。主な宅地の種類と上限面積、減額割合は次の表とおりです。

 

この特例が設けられた趣旨は、居住や事業を継続する相続人の生活基盤となっている財産については納税のため売却せずに済むように守るためといわれています。

 

最近のデータによると、相続税増税が実施された平成27年以降、年間3,000件程度の適用件数となり、直近の平成28年は特定事業用宅地等による小規模宅地等の特例の適用件数は、3,895件、適用した相続人は4,772人でした。

 

特定事業用宅地等による小規模宅地等の特例の適用ケースのうち、相続税を支払ったケースは3,074件、その相続人は3,786人、減額される金額は約292億円でした。反対に小規模宅地等の特例の適用等により、相続税の支払いがなかったケースは821件、その相続人は986人、減額される金額は約78億円でした。

3.規制の内容


平成31年度の税制改正では、特定事業用宅地等の範囲から、相続開始前3年以内に事業の用に供された宅地等を除外することとされました。

 

ただし、その宅地等の上で事業の用に供されている減価償却資産の価額が、その宅地等の相続時の価額の15%以上である場合は、特定事業用宅地等の範囲に入ることとされます。要するに、相続直前に事業を開始した形にして節税するのを規制するということです。

 

この改正は、平成31 年4月1日以後に相続等により取得する財産に係る相続税について適用され、同日前から事業の用に供されている宅地等については、適用しないこととされています。

昨年度の税制改正では「貸付事業用宅地等」の改正が行われ、相続開始前3年以内に貸付事業を開始した宅地は貸付事業用から除外する改正が行われましたが、今回の改正もほぼ同様です。

4.今後のこと


ただ、平成31年度与党税制改正大綱では、制度の趣旨から逸脱した節税に対し今後さらなる規制強化を検討することも次の通り書き込まれています。

 

「現行の小規模宅地特例について、貸付事業用の小規模宅地特例の例にならい、節税を目的とした駆け込み的な適用など、本来の趣旨を逸脱した適用を防止するための最小限の措置を講ずる。その上で本特例については、相続後短期間での資産売却が可能であること、債務控除の併用等により節税の余地があること、事業を承継する者以外の相続人の税額に効果が及ぶことなどの課題があることを踏まえ、事業承継の支援という制度趣旨を徹底し、制度の濫用を防止する観点から同様の課題を有する貸付事業用の小規模宅地特例と合わせて、引き続き検討を行っていく」(第一 平成31年度税制改正の基本的考え方、②デフレ脱却・経済再生、地方創生の推進⑵中堅・中小・小規模事業者の支援)。

 

現在、多額の借入れにより賃貸マンションを購入し相続を迎え相続税申告したケースで、賃貸マンションの土地等について、国税庁の財産評価基本通達に従い、貸家建付地等であることに伴う評価減の適用をめぐり、行き過ぎた節税だとして評価減が否認された事例が裁判になっています。このケースでは、否認後の賃貸マンションの敷地の評価額は時価とされましたが、小規模宅地特例の適用は認められており、争点とはなっていません。しかし、このような事例が行き過ぎた節税との見方が政府内で固まれば、早晩更なる規制をかけることを大綱がほのめかしたものとみることができます。今後の改正動向に注意が必要になっています。

 

 

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2019/04/01)より転載

[解説ニュース]

非上場株式の贈与税の納税猶予(特例措置)の当初5年間の納付期限の確定事由

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(亀山 孝之/税理士)

 

1.はじめに

表題の納税猶予を選択するかどうかの判断においては、その適用後に猶予されている税額の納付期限が確定=猶予金額を一定の利子税(今年の率は年0.7%)とともに納付しなければならなくなる一定の’事由’が法定されていること(措法70の7の5③⑥⑧、同70の7③④⑪)を知っておくことも重要です。

 

今回は、表題の特例措置の適用により納税が猶予されている税額について、その贈与税の申告書の提出後の特例贈与経営承継期間(例外的なケースを除き、その申告期限の翌日から5年間。下記「2」ではその5年間を前提に記述します。)中に納付期限の確定を招くことになる事由を整理します。「2」で挙げる事由は、相続税の納税猶予の特例措置でも、また、贈与税・相続税の納税猶予の一般措置でもほぼ同様ですが、一般措置の場合は、贈与時の雇用の8割以上をその5年間の平均で維持できなかった場合(*)が加わります。

 

なお、以下「受贈者」とは、表題の特例を適用した受贈者を意味し、「対象会社」とは同特例の対象になっている株式の発行会社を意味します。

2.5年間の納付期限の確定事由

(紙幅の関係上、各事由の例外的取り扱いは一部を除き割愛しています。)


次の各事由(場合)に該当すると、該当することになった日から2カ月後が猶予されている税額(全額)を納付しなければならない日となります。

 

(1)その受贈者が対象会社の代表権を有しないこととなった場合(身体障害者手帳の交付を受けた場合などやむを得ない理由があるときを除く。)
(2)その受贈者及びその受贈者と政令で定める特別の関係がある者(親族がほとんどですから、以下「親族等」といいます。)の有する対象会社の株式の議決権の数の合計が議決権総数の50%以下となった場合
(3)受贈者の親族等のうちいずれかの者が、その受贈者が有する対象会社の議決権の数を超えるその議決権を有することとなった場合
(4)その受贈者が対象会社の株式の一部又は全部の譲渡又は贈与をした場合
(5)対象会社が会社分割をした場合で、その会社分割に際して吸収分割承継会社の株式を配当財産とする剰余金の配当があつた場合
(6)対象会社が解散(合併を除く。)をした場合
(7)対象会社が資産保有型会社又は資産運用型会社のうち一定のものに該当することとなった場合
(8)対象会社の事業年度における総収入金額(主たる事業活動から生ずる収入の額)が零となった場合
(9)対象会社が会社法の規定により資本金の額の減少をした場合又は準備金の額の減少をした場合(資本金と準備金の間で振替によるものや欠損金の額までの準備金の額の減少を除く。)
(10)その受贈者が納税猶予の適用を受けることをやめる旨の届出書を所轄税務署長に提出した場合
(11)対象会社が合併(措法70の7③13の「適格合併」は除く。)により消滅した場合
(12)対象会社が株式交換等(同項14の「適格交換等」を除く。)により他の会社の株式交換完全子会社等となった場合
(13)対象会社の株式が上場株式となった場合
(14)対象会社又は議決権総数の50%超が同会社に保有されているその子会社などが風俗営業会社に該当することとなった場合
(15)対象会社が発行する拒否権付き株式(黄金株)をその受贈者以外の者が有することとなったとき
(16)株式会社である対象会社がその株式の全部又は一部の種類を株主総会において議決権を行使することができる事項に制限のある株式に変更した場合
(17)持分会社である対象会社が定款の変更により受贈者が有する議決権の制限をした場合
(18)贈与者が対象会社の代表権を有することとなった場合
(19)贈与税の申告書の提出期限の翌日から一年経過する毎に、その5カ月後の日までに、引き続いて納税猶予の適用を受けたい旨及び対象会社の経営に関する所定の事項と書類を記載・添付した届出書を所轄税務署長に提出しなかった場合

 

前記1の*の場合、特例措置では、それ自体は納付期限の確定事由となりませんが、都道府県知事へその理由等の報告を行い、その「確認」を受けることとなっています(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則20①外)。もし、その理由等によりその「確認」が得られず、知事から「確認書」が交付されないと、それは上記届出書の要添付書類の一つである(措令40の8の5⑳外)ため、適法な届出書の提出ができないことになります。

 

 

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング「TACTニュース」(2019/03/18)より転載

[初級者のための入門解説]

いくらで売却できる?-譲渡金額の算出方法-  ~ゼロから学ぶ「M&A超入門」①~

 

M&A実務の基本ポイントを、実務経験豊富な植木康彦先生(Ginza会計事務所/公認会計士・税理士)にわかりやすく解説していただきます。

今回は、M&Aに携わる皆さまにとって、最も関心のあると思わる「譲渡金額の算出方法」を取り上げます。「中小企業で活用される評価法とは?」「価格交渉はできるの?」など、皆さまの疑問にお答えます。

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 植木康彦(Ginza会計事務所)

 

 

事業価値評価の考え方は??

M&Aで売買するのは事業そのものですが、多くのケースではその企業が発行する株式を売買の対象とします。すなわち、株式の価値が売買価額の基礎となりますが、企業の株式価値事業価値とでは違いがあるので、まずはその違いを整理しましょう(複雑と感じる方は、違うという認識だけで大丈夫です)。

 

下図のように、企業価値は事業価値(事業資産-事業負債)と非事業資産(図左側)によって構成されます。非事業資産とは遊休資産のように事業価値を生まない資産が持つ価値のことをいい、事業価値は事業自体の持つ価値のことをいいます。

 

M&Aの多くのケースで売買の対象となる株式価値(図右下側の黄色部分)は、事業価値に非事業資産を加え、そこから債権者に帰属する有利子負債(債権者価値)を控除したものをいいます。なお、事業価値を売買対象とするケースもあります。

 

 

 

 

一般的には、まず事業価値を評価します。事業価値の算定方法には、将来のキャッシュフローからアプローチするインカムアプローチ(DCF法など)、貸借対照表の純資産からアプローチするコストアプローチ(純資産価額法など)、類似上場会社の指標からアプローチするマーケットアプローチ(マルチプル法など)があります。

 

 

 

 

なお、税法にも株式評価のルールがあって、非上場株式の評価の方法は国税庁の財産評価通達に示されております。

 

端的に言うと、少数株主の場合は配当還元法(およそ額面価額)支配株主の場合は会社の規模によって純資産価額法と類似業種比準法によって評価します。

 

少数株主か支配株主かの分岐点は、親族グループで議決権割合30%より上か下かで判定します。

 

 

 

中小企業のM&Aで活用される評価基準は??

上場会社やクロスボーダーのM&Aでは、先に説明した将来キャッシュフローから算定するDCF法や類似上場会社の指標に倍率を乗じて算定するマルチプル法がとられます。

 

一方で、中小企業のM&Aは少し違い、時価純資産価額に数年分(3~5年程度)の営業利益を加算した“年倍法”といわれる評価法がとられます。

 

 

 

 

時価純資産価額は、株主から出資を受けた資本(資本金+資本剰余金)に、今まで稼いだ利益の累計額(利益剰余金)、更に資産の含み損益を加減算して求めます。ちなみに資産の含み損益を加減しない方法を簿価純資産価額と言います。年倍法は、直前期の貸借対照表と損益計算書があれば凡その評価額が測定できる簡便な方法です。

 

なお、時価純資産価額によるとその時点の株式価値が算出されますが、企業が将来獲得できる利益は考慮されておりません。そこで、評価に際して将来利益分として営業利益の数年分を加算するわけです。

 


 

 

 

業種特有の評価基準は??

中小企業M&Aで用いられる“年倍法”は極めてシンプルな計算法で、売買価額の基礎とすることが多いのですが、そうはいっても業種によっては他の方法によった方が適切なケースがあります。

 

例えば、不動産賃貸業の場合は、所有している不動産の価値が重視されますし、調剤薬局の場合は、処方箋の枚数や近隣競合店の有無等が重視されます、そのほか、最近の人手不足を反映し、新たに人材をリクルートする場合に年俸の30%~40%かかることから、専門家の人数等から売買価額がアプローチされるケースもあります。

 

 

 

価格交渉はできるの??

売買価額はM&Aにおける最大の交渉条件といえます。M&Aに限った話ではありませんが、売り手は高く売りたい、買い手は安く買いたいと思うのは自然なことです。

 

売り手側の高く売りたい想いを価格に反映するためには、事業の希少価値面のアピールや買い手のM&Aによるシナジー効果を考慮させる方法があります。一般的に希少な事業新規参入が容易でない事業などは価値が高いですし、同業の買い手の場合にはM&Aによる事業拡大によりマーケットシェアが拡大し、コストのコントロールが可能(重複固定費のカット等により)な場合があるためです。

 

反対に買い手が行うデューデリジェンスによってマイナス材料が抽出された場合には、価格が引き下げられる方向に働くことになります。

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

配偶者居住権等の評価

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(宮田房枝/税理士)

 

 

[関連解説]

■配偶者居住権等と相続税の小規模宅地等の特例・物納の取扱い

■配偶者居住権が消滅した場合の相続税・贈与税の取扱い

 

 

1.はじめに


民法改正により、2020年4月1日以後の相続から、被相続人の死亡時にその被相続人の財産であった建物に居住していた配偶者は、遺産分割又は遺言によって、「配偶者居住権」を取得することができるようになります(新民法1028①)。

本号では、配偶者居住権等の評価につき、改正法案をもとに、具体的な事例にて解説します(以下、わかりやすさを優先し、算式等を簡略に記載しています)。

2.事例の前提


◇夫は、自宅の建物につき、遺言により、妻に配偶者居住権を、長男にその建物の所有権を取得させた。
◇存続期間は妻の終身であり、夫死亡時、妻は80歳。
◇建物は、軽量鉄骨造(骨格材の肉厚3.5㎜)であり、耐用年数の1.5倍は60年(図表1参照)、築後経過年数は15年、残存耐用年数は45年
妻の平均余命は11年、これに応じる法施行日現在の法定利率による複利現価率は0.722(図表2参照)。
◇建物(自用)の評価額は10,000千円、土地(自用)の評価額は30,000千円。

3.建物の評価の考え方(新相法23の2①②)


(1) 長男が取得した配偶者居住権付建物の所有権

①考え方
配偶者居住権の存続年数経過時における建物の評価額※の現在価値をその評価額とする。
(= 建物(自用)の評価額÷残存耐用年数(図表1c×存続年数経過後の残存耐用年数(図表1e)×複利現価率
※建物は残存耐用年数にわたり減価する前提で計算。

②評価額
10,000÷45年×34年×0.722=5,455千円

 

(2) 妻が取得した配偶者居住権

①考え方
建物(自用)の評価額から、長男が取得した上記(1)②の評価額を控除した残額。

②評価額
10,000-上記(1)②=4,545千円

4.土地の評価の考え方(新相法23の2③④)


(1) 長男が取得した配偶者居住権付建物の敷地の所有権

①考え方
配偶者居住権の存続年数経過時における土地の評価額※の現在価値をその評価額とする。
(= 土地(自用)の評価額×複利現価率
※土地は残存耐用年数において減価しない前提で計算。

②評価額
30,000×0.722=21,660千円

 

(2) 妻が取得した配偶者居住権に基づく敷地の利用権

①考え方
土地(自用)の評価額から、長男が取得した上記(1)②の評価額を控除した残額。

②評価額
30,000-上記(1)②=8,340千円

5.最後に


本事例の場合、長男は合計27,115千円(上記3(1)②+上記4(1)②)、妻は合計12,885千円(上記3(2)②+上記4(2)②)、2人合計で40,000千円の評価額の財産を取得することになります。

 

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税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2019/03/25)より転載

 

[新事業承継税制を理解する!]

「中小企業の範囲等」~新事業承継税制 ポイント解説②~

 

新事業承継税制の実務上の留意点を、制度創設に関わった中小企業庁元担当官の北澤淳先生(税理士法人山田&パートナーズ/税理士)に、Q&A形式にてわかりやすく解説していただきます。

 

〈解説〉

税理士 北澤淳(税理士法人山田&パートナーズ

 

 

 

Q.事業承継税制(特例措置)の適用を受けることができるのは中小企業の株式等ですが、そもそもの「中小企業」の範囲について教えてください。士業法人や医療法人はどのような取り扱いになるのでしょうか。

 

 

A. 事業承継税税制(特例措置)の対象となる「中小企業」は、経営承継円滑化法において規定されています。

 

 

1. 原則

中小企業者の判定は、その会社の資本金又は従業員の数が、業種ごとに定められた資本金の額又は従業員の数以下であるかどうかにより行います。なお、資本金又は従業員数のいずれかの基準を満たしていれば中小企業者と判定します。

 

2. 有限会社の取り扱い

会社法施行前に設立された有限会社については、会社法上の会社とみなすこととされています(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律2①)。したがって、有限会社であっても、その他の要件を充足していれば事業承継税制(特例措置)の適用を受けることができます。

 

3. 士業法人の取り扱い

税理士法人や弁護士法人といった士業法人は会社法の合名会社の規定を準用しているものの、会社法に定める「会社」(株式会社、合同会社、合資会社、合名会社)ではないため、事業承継税制(特例措置)の適用を受けることができません(租税特別措置法第70条の7①二)。

 

(参考)租税特別措置法第70条の7①二
二 非上場株式等 次に掲げる株式等をいう。
イ 当該株式に係る会社の株式の全てが金融商品取引法第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されていないことその他財務省令で定める要件を満たす株
ロ 合名会社、合資会社又は合同会社の出資のうち財務省令で定める要件を満たすもの

 

4. 医療法人の取り扱い

医療法人は、会社法に定める「会社」(株式会社、合同会社、合資会社、合名会社)ではありませんので、適用を受けることは出来ません。

 

[M&A事業承継の専門家によるコラム]

第2回:後継者の資質とは?~中小零細企業のM&A事業承継②~

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業の企業再生支援・事業承継支援・M&A支援を専門で行っているCRC企業再建・承継コンサルタント協同組合の安藤ゆかり氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

CRC企業再建・承継コンサルタント協同組合

安藤ゆかり

 

 

 

「建設業を営む関与先企業の社長より、長男を後継者として継がせるべきかどうか相談を受けています。会社の業績は安定しているのですが、業界の将来性が不安視されることや、長男が経営者としての「資質」があるかどうかの判断がつかないため、第三者としての意見を聞きたいと言われました。後継者を見極める際のポイントはありますでしょうか?」

 

 

安藤:弊組合(CRC企業再建・承継コンサルタント協同組合)にも、後継者に必要な「資質」に関する質問が非常に多く寄せられております。中小企業のオーナー経営者の方は、「自分の息子は後継者として適任なのか?」「本当に息子に任せて大丈夫なのか?」といった悩みを常に抱えているものです。また、会社を安定的に継続していくためには、この悩みはとても重要だと思います。そこで、弊組合のこれまでの経験により、特に大切と思われる「後継者の資質」を3つに絞って、お伝えいたします。ぜひ、ご参考にしてみてください。

 

 

 

~「縁」を大切にできるか?~

「取引先」「関係者」「従業員」など会社を支える関係者との関わり(「縁」)を大切にできるかどうかが非常に大切です。経営者が後継者に引き継がれた途端に、関係者が離れていってしまうという最悪のケースは避けなくてはなりません。創業者が苦労して築き上げた大切な仕事上の関係者との関わりが膨らむか萎むかは、後継者の手腕に掛かっているといって過言ではありません。相手が自社のどういうところに魅力を感じて自分たちと関わってきてくれたのか、また先代は何を大切に相手との関係を築いて来たのか、どういう想いで従業員一人ひとりを見てきたのか、接してきたのかをきちんと把握し、その関係性を大切に保つことができるかが重要になります。そのためにも、経営者は後継者候補に対して、自らが行ってきたこれまでの体験や考えをしっかりと伝えておくことが必要になります。

 

 

 

~「リスクマネジメント」ができるか?~

次に大事なのは、リスクマネジメント能力です。会社にとってマイナスな要素を察知する能力と、資金繰りに関するリスク管理が必要になります。

 

世代交代した際に、これまで先代に我慢してきたことや、苦労しないで社長になったというやっかみなども含めて、後継者に不満を持つ社員も少なくありません。そのような社員が抱えている不安要素を察知し、できるだけ早めに適切な対応をとるべきです。特に最近は「労働基準」「セクハラ」など、社員に関する問題が会社に深刻なダメージを与えることもありますので、これまで以上に、社員とのコミュニケーションを取っていく必要があります。

 

また、支払い期限を守らないクライアントもいます。それを当てにした資金繰りをしていると、入金や支払いのずれが生じた際に資金繰りが悪化することもあります。弊組合に相談に来る再生企業は、資金繰り管理が出来ていない社長が多いと感じております。相手が必ず約束を守ってくれるとは限らないことを念頭に置いて、支払いが遅れた場合に早めに催促するなどの迅速な対応が必要となります。中小企業にとって「資金繰り」は死活問題ですので、そのようなリスクのあるクライアントに対して、取引の見合わせを含めてしっかりとした対応が取れるかということも重要になります。

 

 

 

~「会社に対する強い想い」があるか?~

最後に、一番大切な要素となりますが、「会社に対する熱い想いがあるか?」ということです。先行き不透明なこの時代、今の状態のまま会社を続けたとしたら、売上は横ばいか下がっていくと思った方がよいでしょう。新規顧客(市場)を開拓することや、新たな事業を始めることも事業戦略として必要になってくると思われます。しかし、これまでと異なることをする場合は、社員からは強烈な不満やバッシングを受けるケースが多いです。その際に、後継者ご自身の「会社に対する強い想い」があるのかどうかが、とでも重要になります。「何のために会社を継いだのか?」「この会社をこうしていきたい」ということを明確にし、社員から何を言われようがブレない「強い想い」を持ち続けるべきです。

 

また、一方で、会社を引き継いだ社長にも覚悟が必要です。後継者の熱き想いに対して共感できないこともあるでしょう。しかし、一旦、後継者として決めて引き継いだのであれば、後継者の想いを受け止め、たとえ失敗する可能性を秘めていたとしても、最大限にバックアップするべきです。仮に、先代社長の言うことばかりを聞くような後継者だとしたら、今までの事業を守ることだけに精一杯となり、新しい時代にあった舵を切ることができません。変えてはいけないもの(縁を大切にするなど)さえ変えなければ、先代社長として、後継者の想いを最大限に尊重するべきでしょう。

[M&A・事業承継の専門家によるコラム]

第1回:赤字企業でも買い手は見つかる? ~中小零細企業のM&A事業承継①~

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業の企業再生支援・事業承継支援・M&A支援を専門で行っているCRC企業再建・承継コンサルタント協同組合の安藤ゆかり氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

CRC企業再建・承継コンサルタント協同組合

安藤ゆかり

 

 

 

「業歴は30年を超えております。社長の私は68歳で、子供は3名おりますが、専業主婦と学校の先生で後継者がおりません。業種は印刷業で4期連続赤字です。弊社でも売却可能でしょうか?」

 

 

-連続赤字は買いたたかれる、売却可能な状態までの体質改善が急務-

安藤:メディアではM&Aの記事が出ない日はないと言っても過言ではありませんが、大半は大企業の大掛かりなM&Aが多く、中小零細企業に限っていうと、残念ながらそう簡単に譲渡先(スポンサー候補)は見つからないのが実情です。赤字企業でも購入希望者が見つかることもありますが、2期以上の連続赤字となると買いたたかれることが多いです。通常は、1年くらいかけて利益体質の改善(磨き上げ)を行ってから売却することをお勧めしております。ご理解しやすいように、弊組合が関わった4期連続赤字企業の売却事例をご紹介いたします。

 

 

 

【会社概要】
会 社 名:株式会社H
業  種:印刷製本・POP
年  商:約10億
従業員数:50名
借 入 金:2億5000万円
不動産資産:4億

 

 

 

【相談時のH社の状況】

~4期連続の赤字も経営基盤の強さでカバーできていた?~


株式会社H社は、創業時は製版業として事業を開始し、その後、印刷業にも業容を拡大しました。製版業では新しい技術・機械を導入することによって、生産性の向上、高い精度の作業を実現しました。特に業界に先駆けて導入したモノクロスキャナーは通常の数倍の価格でしたが、品質の良さからとても高い評価を得ておりました。
しかし紙及びインクの値段の上昇・震災の影響によるイベントや出版物の中止などで、売上の激減が著しく、5,000万円近くの赤字が4期続いておりました。事業基盤そのものは、これまでに蓄積してきた経営資源の強さ・豊富さもあって、それほど大きな毀損は生じておりませんでしたが、事業構造全般について、今後急速に事業基盤の浸食が進む可能性がありました。

 

 

【経営の問題】

~人員整理が進まず、社内後継者候補にも問題が~


売上げが激減しているにも関わらず、人員整理を全く行っておりませんでした。また、社員が赤字体質に慣れていたため、売上目標の半分にも満たなくても営業責任者は平気な状態で、赤字が増える一方でした。
H社長のお子様は3人いましたが、長男は高校の先生、娘二人は専業主婦で親族内の後継者が不在、後継者候補で考えていた常務を社長にしようと思っていたのですが、社長交代の挨拶に伺った瞬間に既存のクライアントから取引の見直しをすると言われたり、常務がクライアントを怒らせたりなどで大口顧客が大幅に減少。やむなく常務の社長への移行は無しになりました。更に、H社長は電子ブックなどの新しい流れに全くついていけないと思っており、社長としての限界を感じていらっしゃいました。

 

 

【問題に対する解決策】

~事業価値向上へ向けての取り組みを開始~


後継者がいないため、会社を売却する方法をとることにしましたが、4期連続5,000万円を超える赤字のため、このままの状態で購入する企業は皆無ということで、TAM(ターンアラウンドマネージャー・再生請負人)を入れて、売却しやすい会社にするため事業価値の向上を図りました。人員削減と共に、組織再編計画と事業戦略を行いました。人員削減については、3ヶ月以内に人員50名を40名にする削減目標を設定し、それに伴い早期退職希望者を募り人員を削減しました(辞めて欲しくない方には事前に根回ししました)。
製版業とPOP(紙を媒介としてキャッチコピーや説明文、イラストなどが書かれている販促ツール)の両方が購入可能な企業は見つけにくいので、当初から計画していた会社分割を決行し、本来の印刷・製版業の新A社と、POPを中心とする販促支援のB社、現本社ビルの土地建物管理事業を行うH社に分けました。(以下の図参照)
事業戦略については、新A社は既存印刷事業を展開し、コスト集中戦略としてのローコストオペレーションの実現を目指して製造工程の見直しと外注管理の改善を通じた製造原価低減策を策定しました。B社は外部人材を活用した差別化製品の開発と営業革新の取り組みを行いました。両社とも各事業に対応した適切な人事考課制度及び給与制度の確立を図りました。また、H社は上記二つの会社からの家賃収入、管理事業の請負により得られる収益を基礎に金融債務の金利及び元本返済を行いました。

 

[会社分割の図]

 

 

【その他の取組】

~人員削減とTAMの活用~


人員削減計画を開始しました。早期退職者を募り、12名が応じてくれました。「営業開発部」を8名で編成し、わずか3ヶ月で売上目標を達成させるため、また、営業教育に定評のあるTAMを受け入れ、新規開拓営業に力を入れました。その結果1名が大型受注にこぎつけ売上に大きく貢献することができました。また、業歴が長い関係で所有不動産の簿価が非常に低く、不動産の売却後の税金を考え、不動産M&Aでの売却を見越して、ホールディングスを設立しました。

 

 

【最終的な出口戦略】

~売却先の探索と条件交渉~


企業の体質改善が進んだ後に、購入先探索を開始しました。元々、新規事業で成果を上げているB社に対しては早々に「B社のみ購入したい」という企業のオファーが早々にありました。A社としては新A・B社共に購入してくれることと、従業員最低3年間の雇用保証を最優先の課題としました。
その結果、3社のオファーを頂き最終的に2社を競わせました。1社は地方都市で堅実に印刷業を営んでいる創業オーナーC。二代目に社長業を譲り、第二の人生として首都圏の印刷業を購入し育て上げることを考えているようでした。もう1社は首都圏で会社を引き継いだ2代目D。全面的な「相乗効果」を期待し、熱きアプローチを続けたDを最終的に相手先として選択しました。スポンサー探索をスタートした半年後に、Dによる運営を開始しました。従業員全員を集め、朝礼にて株主並びに代表者の変更について発表を行いました。Dからは、社員および家族が幸せになれることを目標に、ともに進んで行きたいとの表明を聞き、集まった従業員も期待をもって、発表を受け止めた様子で、H社長は肩の荷が下りたと一安心されたそうです。

 

 

 

[赤字企業M&Aのポイント]

・連続赤字企業は、買手が見つかりづらい、見つかっても買いたたかれる

・連続赤字企業は、事業価値向上に向けて、数年かけて企業の体質改善が必須

・体質改善には、人員整理とともに、組織再編計画と事業戦略を立て直すことが必須

・体質改善後には、売却先の探索と交渉がより有利になる可能性も

 

[新事業承継税制を理解する!]

「特例承継計画の実務上の留意点等」~新事業承継税制 ポイント解説①~

 

新事業承継税制の実務上の留意点を、制度創設に関わった中小企業庁元担当官の北澤淳先生(税理士法人山田&パートナーズ/税理士)に、Q&A形式にてわかりやすく解説していただきます。

 

〈解説〉

税理士 北澤淳(税理士法人山田&パートナーズ

 

 

 

Q.事業承継税制(特例措置)の適用を受けるためには、特例承継計画の提出が必要と聞きました。特例承継計画について、提出できる会社や実務上の留意点を教えてください。

 

 

 

A. 事業承継税制(特例措置)の適用を受けるためには、「その会社」が特例承継計画を都道府県庁に提出し、都道府県知事の確認を受ける必要があります。この特例承継計画を提出できる会社(又は提出できない会社)や、提出時期などの実務上の留意点は以下のとおりとなります。

 

 

1. 提出することができる会社

特例承継計画を提出することができる会社は、以下の3点を満たしている会社です。
(1) 中小企業者であること
(2) 先代経営者が代表権を有していること、又は代表権を有していたこと
(3) 事業承継前後の具体的な事業計画を有していること

 

なお、計画作成の数年後に株式の承継を行うことを予定しているなど、特例承継計画の作成段階では承継後の具体的な経営計画を記載することが困難である場合には、大まかな記載にとどめ、実際に株式を承継しようとする前に具体的な計画を定めることも可能です。(その場合には、特例承継計画の変更手続を行うことが求められます。)

 

事業承継税制(特例措置)には先代経営者の要件、後継者の要件、会社の要件が設けられており、これらの全てを充足している必要があります。しかし、これらの要件は贈与の日や相続の開始の日等において充足していれば良く、特例承継計画提出時点において要件を満たしていなくても、特例承継計画を提出することができます。

 

 

【事業承継税制の適用要件を満たしていなくても提出することができる会社の例】

・先代経営者が代表権を有している会社

・後継者がまだ代表権を有していない会社
・同族で過半数の株式等を保有していない会社
・常時使用する従業員数がゼロ人の会社
・資産保有型会社、資産運用型会社、風俗営業会社

 

【特例承継計画を提出することができない会社の例】

・中小企業ではない会社(大会社)
・医療法人
・2027年12月31日までの間に2回、事業承継税制(特例措置)の適用を受ける予定の会社で、2代目となる後継者がまだ代表権を有していない会社

 

 

2. 実務上の留意点

(1) 提出時期
特例承継計画を提出することができる時期は、2018年(平成30年)4月1日から2023年(平成35年)3月31日までです。

 

(2) 贈与後又は相続後の計画作成・提出
先代経営者から後継者への株式等の贈与後又は相続後に特例承継計画を作成し、提出することも可能です。ただし、当該贈与又は相続に係る認定申請期限までには作成・提出する必要があります。

 

(3) 特例承継計画の作成日と株式等の贈与日
特例承継計画には、認定経営革新等支援機関の指導及び助言を受けた日における従業員数証明書を添付する必要があります。また、株式等の贈与後に提出する認定申請書にも、贈与の日における従業員数証明書を添付する必要があります。したがって、特例承継計画の作成と株式等の贈与を同じ年に行う場合には「指導及び助言の日」に株式等の贈与を行うことで、同一の従業員数証明書を用いることができ、事務負担の軽減が図ることができます。

 

(4) 認定申請書との同時提出
特例承継計画と、株式等の贈与後に提出する認定申請書は同時提出でも良いこととされております。特例承継計画の作成と株式等の贈与を同じ年に行う場合には、「特例承継計画」と「認定申請書」を同時に提出することで都道府県庁への提出が1回で済み、事務負担の軽減を図ることができます。特例承継計画の作成と株式等の贈与が別の年になるのであれば、それぞれ都道府県庁へ提出する必要があるので、2回提出する必要があります。

 

(5) 提出後の組織再編
特例承継計画の提出後に提出会社が合併により消滅した場合などには、特例承継計画の効果が失われ事業承継税制(特例措置)の適用を受けることが出来ない可能性があります。そのため、特例承継計画提出後に組織再編を予定している場合には、あらかじめ存続会社で提出する方が無難であると考えます。

 

[解説ニュース]

遺産分割に伴う相続税更正請求時の自社株評価で税金裁判

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(遠藤 純一)

1.はじめに

相続税の更正の請求の特則を巡る税金裁判で、東京地裁は異例の判決を下しました(平成30年1月24日)。争点となったのは、主に相続財産である製造業グループの不動産管理会社(中会社)の非上場株式の評価が、遺産の未分割状態での当初申告と異なる評価額により行うことが認められるかどうかでした。ただ問題となった製造業グループ中心の大会社の非上場株式の評価について、以前に税務訴訟が提起され、納税者側が勝訴していたことが事態を複雑にしたようです。

 

その裁判では、主たる争点の1つにおいてグループ中心の大会社の保有資産の金額に占める株式の金額の割合が25%以上だからといって同社を株式保有特定会社と認定するのは時代にあわないとして、更正処分で採用された純資産価額を反映させた評価額ではなく、類似業種比準方式による評価額が認められています。これにより、同じく相続財産であった同社の子会社である不動産管理会社(中会社)の株式については、親会社の株式を70%以上保有して「株式保有特定会社」であったため、純資産価額方式で評価され、正しく計算し直した評価額が認定されていました(東京高裁平成25年2月28日・確定)。

 

これにより、国税庁は後に、株式保有特定会社と認定する株式の保有割合を25%以上から50%以上に変更する財産評価基本通達の改正を行ったことはよく知られています(「財産評価基本通達における大会社の株式保有割合による株式保有特定会社の判定基準の改正について」国税庁平成25年5月)。

 

 

2.相続税の更正の請求の特則とは

相続税では、未分割の財産の相続税の計算については、とりあえず各相続人が法定相続分で相続したものとして課税価格や税額を計算することになっています(相続税法55条)。その後分割されていなかった財産の分割協議が成立し、実際に相続する割合が変わって当初申告時の課税価格と異なる場合がでてきます。こうして課税価額が減額した場合には、このことを知った日の翌日から4か月以内に限り、その分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として、その相続人は更正の請求(特則)をすることができるとされています(相続税法32条)。

 

 

3.争いの内容

上記の東京地裁異例判決の事案では、納税者が法定相続分で当初申告していた相続税につき、その際の税務訴訟でグループ中心の大会社の評価で類似業種比準方式が認められたことから、この評価を前提に正しく計算し直して認定した不動産管理会社(中会社)の株式の評価額を利用して遺産分割協議が調ったことに伴う更正の請求をしていました。というのも、上記の財産評価基本通達の変更という後発的な事由により更正の請求をするにしても、法定申告期限等から5年を経過している場合には法令上、減額できなかったからです。しかし当局が当初申告の株評価で請求すべきだとして更正処分をしたため争いになったわけです。

 

 

4.裁判所の判断

東京地裁は判決で、更正の請求の特則について「原則として、遺産分割によって財産の取得状況が変化したこと以外の事由、すなわち申告または従前の更正処分における個々の財産の価額の評価に誤りがあったこと等を主張することはできない」と解されると説示しました。

 

ただし、東京地裁はこの事案における相続税の更正の請求の特則の適用に当たり次のような問題点を指摘しました。①以前の裁判の判決が「課税価格および納付すべき税額につきその更正処分における金額と異なる金額を認定し、更正処分の一部を取り消すこととなった場合には、後の相続税法32条1号に基づく更正の請求(中略)の際の計算において、従前の更正処分における個々の財産の価額のうち判決によって変更を受けたものをそのまま計算の基礎にすべきではない」。②しかし「その価額を申告における価額と置き換えることもその価額が従前の更正処分によって変更を受けている以上、判決がその変更前の価額を相当とする旨を判示しているのでない限り、相当ではない」。このため東京地裁は、「争点となった個々の財産の評価方法や価額に係る認定・判断ならびにこれらを基礎として算定される課税価格および相続税額に係る認定・判断に、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定および法律判断として行政事件訴訟法33条1項所定の拘束力が生じている(中略)、後の相続税法32条1号に基づく更正の請求(中略)に係る事件についても同一の被相続人から相続により取得した財産に係る相続税の課税価格および相続税額に関する事件であることに変わりがない以上、行政事件訴訟法33条1項にいう「その事件」として、上記の拘束力が及ぶものと解するのが相当」と判断、過去の税務訴訟で認定された株式の評価額も税務当局を拘束するとしています。

 

 

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2018/12/03)より転載

[解説ニュース]

遺留分制度を潜脱する意図で利用された信託(東京地裁H30.9.12)

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(宮田房枝/税理士)

 

 

[関連解説]

■遺留分侵害額の請求があった場合の税務上の取扱い

■2次相続の申告後に、1次相続に係る遺留分侵害額請求に基づく支払額が確定した場合

 

 

1.はじめに

父(H27.2.18死亡)がその死亡の13日前に締結した信託契約で、父死亡後の受益者である長男に遺留分相当の受益権を付与したものについて、信託財産の内容等から、信託の一部を無効とし、また有効な部分に対する遺留分減殺請求の対象は信託財産ではなく受益権であるとする東京地裁判決がありました。

 

2.家族構成・事件当事者・長男の遺留分

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3.主な時系列・事実関係

4.長男の請求

(1)主位的請求
H27.2.5に信託された不動産の所有権移転・信託登記の抹消、遺留分減殺請求に伴う所有権一部移転登記、共有持分権の確認他。

(2)予備的請求
H27.2.1の死因贈与契約に係る遺留分減殺請求他。

 

5.被相続人の主な財産・裁判所の判断

裁判所は、下記③の不動産について、これらから得られる経済的利益を分配することは信託当時より想定していなかったと認めるのが相当であるとし、また、これらを信託の目的財産に含めたのは、外形上、長男に対して遺留分割合に相当する割合の受益権を与えることにより、これらの不動産に対する遺留分減殺請求を回避する目的であったと解さざるを得ない等とし、次の判断をしました。

 

 

また、裁判所は、信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を遺留分減殺の対象とすべきと判断しました。

 

6.終わりに

遺留分制度を潜脱する(遺留分制度による規制を免れる)意図のある信託については、このように後になって信託の有効性が争われるリスクがあります。そして、遺留分減殺がされた場合には、その後の信託の運営がうまくいかなくなる可能性もあります。遺留分権利者が受ける経済的利益にも配慮して信託設計をしたり遺言書を作成したりする必要があると考えます。

 

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税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2018/12/25)より転載