[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第8回:財務デューデリジェンス「レポート(報告書)作成・報告」を理解する

~M&Aをサポートする専門家に向けたアドバイス~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

▷第6回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】

▷第7回:財務デューデリジェンス「事業計画の分析」を理解する

 

 

財務デューデリジェンス「レポート(報告書)作成・報告」を理解する


1、レポートの作成イメージ

財務デューデリジェンスにおいて、論点は一定程度どの会社も同様ですが、会社ごとに特に重要と考えられる論点やその重要度が異なることがあります。また、買手企業から依頼を受けて財務デューデリジェンスを実施している場合、買手企業のニーズに合わせた分析・レポートにする必要があります。そのため、財務デューデリジェンスのレポートは対象会社ごとに毎回異なった分析・レポートとなることが一般的です。

 

筆者は財務デューデリジェンスのセミナー等を行った時に、受講生から「財務デューデリジェンスのレポートひな形を頂けませんか」と言われることがあります。先に述べたように、対象会社ごとに異なる分析・レポートを作成するため、ある程度の「ひな形」がないわけではないですが、ひな形通りにレポートを作ればとりあえず大丈夫というようなものは持ち合わせていません。

 

私のイメージするひな形は一般的な分析例が載っているものと理解していますが、おそらくそのひな形通りに分析をしても8割から9割の論点は抑えられますが、1~2割の分析が抜けてしまう可能性があります。その1~2割の分析が対象会社・買手のニーズごとに異なる部分であり、実は、その部分がとても重要な分析・レポートとなることが筆者の経験上多いです。

 

筆者がひな形をあまり好ましくないと思っている理由のもう一つに、対象会社ごとに異なるのはレポート全体だけはありません。それぞれの分析において、対象会社の規模や業種等によっても分析の切り口が変わり、発見事項が異なることが一般的です。レポートは、会計監査の監査調書や、税務調査対応のための証憑とは異なり、常に読み手を意識しながら、どのように伝えるか、伝わるかを考え作成します。

 

例えば、発見事項の有無に関わらず、全ての実施した分析とその結果がレポートに記載されているとどうでしょうか。伝えたい部分をつかみにくく、読み手としては読みにくいと思います。「発見事項がなかったという事実」が重要な場合を除いて、発見事項がない場合はレポートに記載するかどうかを検討する必要があります。

 

そのため、同じ分析であっても、どのような事実があり、その事実が対象会社と買手企業のM&Aにおいてどのような影響をもたらすのか、そしてそれをどのように伝えるかを検討してレポートを作成するため、レポートに載せる表やグラフ、強調したい部分、キーメッセージが異なることになります。

 

分析項目については、市販の本やインターネット等である程度記載されていると思います。ただ、上述したように対象会社特有の論点が重要となりやすいため、それらの論点が漏れてないかは常に意識する必要があります。その上で、各スライドで伝えたいことを意識して、さらにはレポート全体として伝えたいことを意識してレポートを作成する必要があります。

 

 

2、適時の報告

財務デューデリジェンスでは、レポートを作成して報告することが必要ですが、分析途中で、想定以上の粉飾が発見された等重大な問題が生じた場合は、どのような対応をするのが良いでしょうか。それは、レポートが完成する前に、当該事実を買手企業に適時に報告することが望ましいです。対象企業に重大な問題があった場合、ディールブレイクの要因となり得ます。つまり、この重大な事実のみをもってM&Aを実行しないという意思決定になり得るため、その場合はそれ以外の分析に意味を成さないのです。ディールブレイク要因になり得る重大な事実を確認した場合は、買手企業に適時に報告し、以降のデューデリジェンスを続けるかどうかの指示を仰ぐ必要があります。

 

 

3、スライド構成の検討

必要な分析を進めていくと、スライドは50枚や100枚、子会社の有無等によっては100枚を超えるレポートになることがあります。それらのスライドを、例えばBS項目、PL項目程度の分類で並べたレポートとすると、読み手にとって何が重要な事なのかが伝わりにくいレポートになってしまいます。また、M&Aは買手企業にとって重要な意思決定であることが多いため、レポートを社長や取締役が見ることも少なくありません。社長や取締役がレポートの全てのページを見る時間はありませんので、重要な項目のみを記したサマリースライドを作成します。このサマリーページをエグゼクティブサマリーと呼ぶことが一般的です。

 

エグゼクティブサマリーのスライドにどの内容を記載するか、そしてその記載の順番は、発見事項の中でも特に重要な項目の有無や、買手企業のニーズの有無、読み手に取って理解しやすいかどうかを意識して検討します。そのため、レポートごとにエグゼクティブサマリーの内容、順番は異なります。

 

報告会でもエグゼクティブサマリーについて報告し、その他のスライドは捕捉で必要があれば説明し、聞き手にとっても短い時間で必要な内容を把握することが可能となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第7回:財務デューデリジェンス「事業計画の分析」を理解する

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

▷第6回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】

 

 

財務デューデリジェンス「事業計画の分析」を理解する


事業計画は、バリュエーション手法でDCFを採用している場合、将来キャッシュフローの前提であり、対象会社の今後の事業運営を検討するうえでも非常に重要です。

 

重要であるため、財務デューデリジェンスの枠内での外部の公認会計士等の専門家による事業計画の検討の有無によらず、買手企業が自社内で分析を行うことが基本となります。

 

買手企業の財務デューデリジェンスにかける予算の都合から事業計画の検討を行わないことや、事業デューデリジェンスを行う場合には事業計画の主な分析は事業デューデリジェンスで行う場合もあります。

 

以下では、財務デューデリジェンスにおける、事業計画の分析について解説したいと思います。

 

1、外部環境の把握

事業計画を策定するうえで、外部環境の把握は重要です。外部環境は事業デューデリジェンスで行われることが多いため、事業デューデリジェンスのレポートを参考にします。

 

外部環境の過去のトレンドや今後のトレンド予測と事業計画との整合性を確認します。

 

例えば、製品の製造に必要な主要原材料の単価が、過去から上昇傾向にあり、今後も上昇が予測されるにも関わらず、事業計画上の売上高原材料費比率が過年度と同水準である場合、外部環境と不整合となります。このような場合は特に、原材料の仕入単価の上昇を抑える施策等合理的な説明が必要となります。

 

また、店舗型の小売業を営んでおり、同じ商圏内に競合店の出店が予定されている場合、当該事項が事業計画上に織り込まれているかどうかの確認も必要となります。

 

2、事業計画の策定時期、目的の把握

財務デューデリジェンスの中で事業計画の分析を行う上で、事業計画の策定時期や目的の把握は前提となります。事業計画の策定時期よりも後に、急激な外部環境の変化や対象会社で重要な意思決定等があった場合は、事業計画にそれらの影響が反映されていないため留意する必要があります。また、事業計画策定の目的がM&Aのためである場合には、達成可能性が低く楽観的な計画となっている可能性があるため留意する必要があります。

 

3、各計画の整合性の確認

一般的に、企業で事業計画を策定する場合は、多くの人が事業計画に関与して策定されます。また、事業計画策定にかかるリソースの不足から、同時期に全ての項目の検討を行っていない場合もあり、各事業部の計画や各種計画がそれぞれ整合していないことがあります。

 

そのため、財務デューデリジェンスでは各計画がそれぞれ整合しているかどうかを確認する必要があります。例えば、各事業部の計画の合計と全社計画が整合していない場合や、人員計画では採用を強化して従業員が増加する計画となっているにも関わらず、損益計画では人件費が同水準で推移している場合等、不整合が生じることがあります。これらの不整合がある場合には、事業計画上これらの調整を加味して分析を行う必要があります。

 

4、事業計画の前提の確認

事業計画は、将来の計画であるため、一定の仮定や前提を置いて作成されることが一般的です。一般的な前提は、マーケット成長率、得意先の獲得・喪失、新製品の有無、店舗の出退店、販売価格・数量、原材料価格、人員数の推移、1人あたり人件費、為替相場、関連法規制の変更等です。これらの前提を把握した上で、対象会社の作成している事業計画の合理性を検討します。

 

5、過年度の計画又は予算と達成状況

事業計画は将来の計画であるため、事業計画通りに全ての施策を実施しないことや、全ての施策を実施しても、様々な要因から事業計画が達成できないことも少なくありません。また、各企業によって事業計画策定の精度は異なり、どの程度の精度で策定されているかを把握するために、過年度に策定された事業計画や予算と実績の比較の分析が有用です。

 

6、売上高の分析

製品、得意先、店舗等の分類を行い、既存製品、得意先、店舗等の売上高と、新製品、新規得意先、新店舗等の売上高、およびM&Aの影響による売上高に区分して分析することが有用です。これらの分析の切り口は、財務デューデリジェンスや事業デューデリジェンスの切り口と同じであることが必要です。逆に言うと、財務デューデリジェンスや事業デューデリジェンスの分析の切り口は、事業計画と同様の切り口とする必要があります。

 

 

 

 

 

上図は既存店舗の店舗別売上実績および事業計画です。デューデリジェンスで分析した切り口と同様の切り口で売上計画を分析することで、外部環境、連続性および実現可能性等の把握が可能となります。

 

既存店舗の分析を行った上で、新規店舗による売上高を把握します。

 

 

 

 

既存店舗での売上高と、新店舗による売上増加をそれぞれ区分して把握します。新店舗の売上増加分については、既存店舗で分析をしたKPIを用いて、実現可能性を分析します。店舗であれば、立地や広さ等で検討することが一般的で、これらの実現可能性等を検討する必要があります。

 

なお、売上増加に伴い、新店舗への出店等が予定されている場合には、設備投資計画に当該投資が織り込まれているか、金額の妥当性等も含めて検討する必要があります。

 

7、売上原価の分析

売上高の増減に対して、売上原価がどのように見積もられているかを分析します。デューデリジェンスの過年度の分析で、それぞれの勘定科目ごとのドライバーを把握していますので、それらのドライバーで事業計画上の売上原価が作成されているかを確認します。

 

 

 

 

材料費は、一般的には売上高をドライバーとして売上高の増減に合わせて増減するように見積もられます。その他、外部環境から材料仕入高の上昇等が予想されている場合には、当該上昇率等も織り込まれているかを確認します。

 

直接労務費は、一般的には固定費とされることが多いです。正社員の賃金は固定費、パート・アルバイトの賃金は変動費とするケースも見受けられます。固定費であるため、計画上横置きとなっているケースがありますが、ある程度売上高が増加すると新たに人員を採用する必要があり、新店舗を開店すれば通常人件費は増加します。そのため、人件費について、固定費とするものの、どのような事象により人件費が増加するかを過年度のデューデリジェンスで把握する必要があります。また、人事制度の改定が織り込まれているか、過年度の1人あたり人件費との整合性等も確認する必要があります。

 

製造間接費は、それぞれの勘定科目ごとのドライバーで事業計画が作成されているかを確認します。キャッシュフローの影響はありませんが、設備投資を行う計画の場合は減価償却費が増加するため、それが織り込まれているか留意する必要があります。

 

また、これらの勘定科目ごとに売上高割合を分析します。必ずしも売上高に連動する費用ばかりではありませんが、売上高割合が大きく増減するような場合には、費用の作成前提に織り込むべき事象の漏れがないか等再度確認する必要があります。

 

8、販管費の分析

販管費の分析のアプローチは製造間接費の分析アプローチと類似しています。販管費は、製造間接費と同様に、それぞれの勘定科目ごとのドライバーで事業計画が作成されているかを確認します。

 

その他の留意点としては、売上の増減に対して、販売費や消耗品費等が適切に織り込まれているか、店舗の増減に伴い適切に人員計画が作成され、人員計画と人件費の計画が整合しているか等を確認します。

 

また、1人あたり人件費が過去の実績と整合しているか、人事制度の変更の影響が適切に見積もられているかを確認します。人員が増加する場合に、本社等の移転の必要はないか、研修費等も適切に見積もられているかを確認する必要があります。

 

9、税金の分析

過年度の分析で、法人税申告書の別表四の調整項目を把握し、計画上税額計算上影響を及ぼす可能性のある重要な金額があれば、それらが適切に計画上の税額計算上も考慮されているかを確認する必要があります。また、過年度に発生している繰越欠損金があれば、それらを使用する計画となっているかを確認します。

 

なお、税務ストラクチャ―において、適格・非適格の別により、繰越欠損金の引継ぎや、資産・負債の時価評価等取扱がかわるため、税務上の判断が重要である場合には、税務の専門家に助言をもらう等の検討が必要になります。

 

10、運転資本の分析

運転資本は、回収条件、支払条件、在庫施策、得意先ポートフォリオ、仕入先ポートフォリオ、製品ポートフォリオに重要な変更がないとするならば、売上高や仕入高に対する回転期間は一定であると考えられます。

 

そのため、過年度分析で正常な回転期間を分析していますので、回転期間が過年度から計画にかけて整合しているかがポイントとなります。回転期間が計画上変化している場合は、変化している理由、その合理性を検討する必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第6回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】

~ネットデットの分析、純資産の分析~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

 

 

財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】


3、ネットデットの分析

ネットデットの分析に先だって、ネットデットは考え方が1つに定まっておらず、どの項目をネットデットに含めてどの項目を含めないのかは、バリュエーションを行う人や考え方によって左右されるということをお断りしておきます。その上で、筆者の実務上の経験等により、ネットデットに含める項目および含めない項目を記載しますが、筆者の考え方であるということをご留意ください。

 

ネットデットは、貸借対照表上の有利子負債から現金及び現金同等物を控除した金額として設定し、そこから調整項目を検討します。ネットデットの調整項目を検討するうえで重要な観点は、検討している債務の金額が事業計画上、EBITDA、運転資本および設備投資で既に事業価値の算定に取り込まれていないかを検討することです。既にネットデット以外の項目で事業価値に織り込まれている場合は、ネットデットでも計上すると二重で事業価値に織り込まれることになるため注意が必要です。

 

 

 

 

①必要手元資金

必要手元資金は、小売業におけるレジに必要な現金など事業運営に最低限必要な現金や引き出しに制約のある現金については運転資本としての性格があると考えられるため、ネットデットの現金および現金同等物から控除する調整が必要となります。

 

②未払法人税

未払法人税は、対象企業の売上ではなく利益によって左右されるものであるため、運転資本とは考えずにネットデットの調整項目とします。一方、未払消費税は課税売上と課税仕入により左右され、売上の規模にある程度連動することが見込まれるため、ネットデットではなく運転資本と考えます。

 

③ファイナンス・リース債務

ファイナンス・リース債務は、今後リース債務の支払いが行われ、リース資産から減価償却費が計上されます。事業計画上、EBITDAでは当該支払いは反映されず、設備投資上でリース債務の支払いが反映されていればネットデットではなく設備投資のキャッシュアウトとしてバリュエーションに織り込まれます。設備投資上でリース債務の返済を織り込んでいなければ当該リース債務はネットデットとしてバリュエーションを行うことになります。しかし、事業計画上で、設備投資でリース債務の支払いが折り込まれている場合であっても、M&Aの成立後、買手企業がリース取引を行わない方針等で全てのリース債務を買取る等する場合には評価基準日時点のリース債務残高は有用となりますので、ネットデットの調整項目として記載しておくのが有用です。

 

④退職給付引当金

対象会社の退職金規程において退職金を支給することとなっている場合には、確定給付なのか確定拠出なのかを確認します。確定給付制度を採用している場合には、退職給付引当金の計上が必要となります。退職給付引当金が未計上である会社の多くは従業員300人未満の会社であると想定されますので、その場合は簡便法にて退職給付引当金を計算します。簡便法では多くの場合、期末自己都合要支給額の金額を退職給付債務とする方法がとられることが多いように思います。そして計算された退職給付引当金をネットデットの調整項目とするかを検討します。

 

また、例えば退職一時金制度を採用しており、従業員が300人未満であるため簡便法で期末時点の自己都合退職金の金額を調整しているとします。退職給付引当金を対象会社が計上しておらず、財務デューデリジェンスの中で調整項目としてネットデットに含めた場合は、当該引当金がバリュエーション上二重で控除される可能性があるため留意が必要です。対象会社が、退職給付引当金を計上していないということは、退職金の支払い時に費用処理を行っているため、EBITDAの中で退職金の支払いが反映されます。EBITDAで退職金を支払った上で、ネットデットでも基準日時点の退職給付引当金を事業価値から控除すると、基準日時点に発生している退職給付債務を二重で控除することになります。そのため、EBITDAの中で退職金の支払いが行われているかどうかを確認の上、ネットデットの調整項目とするかを検討します。また、退職給付引当金を他の人件費と同様に運転資本とする考え方もあるため留意が必要です。

 

⑤資産除去債務

資産除去債務は、税法基準で会計処理をしている中小企業の場合、計上していないことが通常です。資産除去債務は、工場を賃借している場合や、店舗等を賃借しており、内装を大幅に変更している場合や店舗数が多い場合に金額が大きくなる傾向があります。

 

工場であれば、有害物質や土壌汚染の問題が発生すると、億単位の費用となる場合があるため注意が必要です。工場の土壌汚染等の問題が重要な場合は、環境デューデリジェンス等により詳細な調査および見積もりを行うことも必要となります。

 

店舗の賃借であれば、内装を大幅に変更していると原状回復費用が多額になる傾向にありますし、それらの店舗が多ければ多いほど合計額は大きくなります。既に撤退を予定している店舗であれば、業者による正式な見積が可能であれば、見積を依頼することもあります。撤退を予定していない店舗であれば、過去の原状回復費用の実績から、平米数等を基準として見積を行います。但し、差入保証金・敷金からの充当により、追加のキャッシュアウトが生じない場合もあるため、差入保証金・敷金の取り扱いとの整合性を加味した上でネットデットの調整項目の可否を検討します。

 

⑥投資有価証券

投資有価証券は、非事業用資産で売却が可能であるものについて時価で評価をしてネットデットの調整項目とします。事業関連性があるものについては、今後も投資を継続することが想定されますので、ネットデットの調整項目とはしないことが多いですが、対象会社の株主が変更されることにより投資価値が変わる場合がありますので、投資先との取引関係、役員の兼任や株主の投資状況などの人的・資本的な関係についても確認する必要があります。

 

⑦保険積立金

保険積立金は、非事業用資産でありM&Aの成立後に解約される場合が想定されます。そのため、基準日時点での時価(一般的には解約返戻金の金額)で評価を行い、ネットデットの調整項目とします。

 

⑧遊休資産

遊休資産は、事業計画上も活用されない場合は非事業用資産であり、売却が検討されます。金額が重要な場合は買手とディスカッションの上、不動産鑑定評価書を取得し、金額的重要性が低い場合は固定資産税評価額等から時価を把握して、ネットデットの調整項目とします。

 

潜在的調整項目は、分析の結果ネットデットの調整項目とはしないものの、M&Aの買手企業のシナリオやその他の要因により今後発生する可能性がある事項について記載します。

 

⑨オフバランスのオペレーティングリース債務

オペレーティングリース債務は、現状の日本の会計基準ではオンバランスする必要はありませんが、IFRS(国際財務報告基準)ではオンバランスが求められています。そのため、買手企業の採用している会計基準がIFRSであれば、ネットデットの調整項目とすることが望ましいでしょう。また、買手企業のシナリオにより、当該資産のリースを行わないことも想定されるため、参考情報としてオペレーティングリース債務を記載しておく必要があります。さらに、中小企業の場合は支払リース料がEBITDAに含まれているため、参考情報として債務額を記載するケースもあります。

 

⑩オフバランスの保証債務

オフバランスの保証債務は、主要な関連会社や取引先等に対して、対象会社が債務保証を行っている場合に当該保証額を記載します。債務保証を行っている場合は、保証先が倒産等で債務を履行できなくなった場合に、対象会社が当該債務を支払う必要があるため、潜在的な債務として認識します。また、M&Aの成立により、債務保証の契約を外す交渉をすることや、保証債務の履行が請求された場合は対象会社の現在の株主が支払う等の条項を表明保証に織り込むことが想定されますが、備忘のため保証債務の金額を記載しておく必要があります。

 

⑪未払残業代

未払残業代は、対象会社が支払う必要がある費用ですが、未払残業代が発生した要因は対象会社の現株主の経営によるものです。そのため、未払残業代については、買収価格の調整にて精算するケースや、現在の株主が未払残業代を支払ってから譲渡するケース、経営判断で過去の分については支払わず、表明保証に記載するというケースもあるため、備忘のため未払残業代の金額を記載しておく必要があります。

 

 

4、純資産の分析

バリュエーションで、DCF法を採用している場合は純資産の分析がバリュエーションに影響することはないため、バリュエーション手法でDCFを採用している場合の財務デューデリジェンスで純資産の分析を行うことは実務的にはあまり多くありませんが、純資産法を採用している場合は、純資産の分析が重要となります。

 

ここで説明する純資産の分析は、純資産法でバリュエーションを行うための修正時価純資産を分析することを目的とした説明とします。

 

 

 

 

①回収可能性に疑義のある売上債権

長期滞留している等で、回収可能性に疑義のある売上債権については回収可能性を加味した金額まで減額します。回収可能性を加味した金額とは、対象会社で滞留期間等による貸倒設定基準を設けていれば当該基準を検討の上、売上債権の減額(貸倒引当金の設定)を行います。貸倒設定基準を設けていない場合は、税法基準や、ヒアリング等による実態を加味した金額を売上債権から減額(貸倒引当金の設定)を行います。

 

②長期間滞留している棚卸資産の評価減

棚卸資産では、滞留在庫の内容を確認して、長期滞留している残高の有無、販売可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、評価替えの必要性等を検討します。筆者の経験上、棚卸資産は利益操作のため過大計上による不適切会計が行われやすい勘定科目であるため、棚卸資産の金額水準については特に慎重に検討を行う必要があります。対象会社が、棚卸資産の評価減の基準を設けていない場合には、販売可能期間、過去の処分実績、値引販売の実績、滞留期間と販売実績割合の分析等を行い、評価減の金額の算出を行います。

 

③固定資産の除却漏れ金額

中小企業の場合、固定資産を処分しても、会計上除却を行っていないことは少なくありません。そのため、調査基準日時点の固定資産の簿価の中には、過年度に処分をしており調査日時点では実在しない固定資産が含まれていることがあります。そのため、財務デューデリジェンスでは、固定資産台帳の閲覧やヒアリングにより除却漏れの固定資産がないかを確認します。除却漏れの固定資産があった場合は、調査日時点の簿価を調整額とします。

 

④固定資産の減価償却不足額

中小企業の場合は税法基準により会計処理を行っていることが多く、税法基準によっている場合、減価償却は強制されません。そのため、業績が芳しくない年度で減価償却費を計上しないことも少なくありません。よって、調査基準日に計上されている固定資産の簿価は、取得以降減価償却を行っていた場合と比較して、大きい残高となっていることが想定されます。財務デューデリジェンスでは、固定資産台帳より固定資産の事業供用日、取得価額、償却方法、耐用年数、基準日の簿価等より、当初から減価償却を行っていた場合の簿価を算出し、対象会社にて計上されている簿価との比較を行い、償却不足がある場合は純資産の調整項目とします。

 

⑤遊休不動産の時価評価

遊休資産は、事業計画上も活用されない場合は非事業用資産であり、売却が検討されます。また、会計上も減損の検討が必要となります。当該遊休資産の金額が重要な場合は買手とディスカッションの上、不動産鑑定評価書を取得し、金額的重要性が低い場合は固定資産税評価額等から時価を把握して、純資産の調整項目とします。

 

⑥投資有価証券の時価評価

投資有価証券は、保有目的を把握し、基本的にはそれぞれの保有目的に即した会計処理を行います。対象会社は売買目的で保有していなかったとしても、買手企業のシナリオ上当該有価証券は不要であり売却を予定している場合等には、時価評価を行う等、今後のシナリオも考慮の上評価を行う必要があります。上場有価証券であれば時価を把握するのは容易ですが、非上場であれば投資先の決算書を取り寄せて時価を検討します。

 

⑦保険積立金の時価評価

実務上の煩雑性から、保険契約は金融商品会計基準の対象外とされています。(実務指針13項、224項)それは、保険料の中の保険部分と積立部分の区分計算が困難であること等が理由と考えられます。一方で、対象会社は中小企業であり、税法基準で会計処理をしている場合は支払額の半分を資産計上している場合、それに対応する年ベースの解約返戻金は容易に把握可能となります。また、M&Aの成立後、生命保険を解約することも少なくないため、生命保険の解約返戻金の額を把握することは有用です。そのため、純資産の調整項目で生命保険の解約返戻金と簿価との差額を調整することを検討します。

 

⑧未計上の資産除去債務

税法基準で会計処理をしている中小企業の場合、資産除去債務を計上していないことが通常です。資産除去債務は、工場を賃借している場合や、店舗等を賃借しており、内装を大幅に変更している場合や店舗数が多い場合に金額が大きくなる傾向があります。

 

工場であれば、有害物質や土壌汚染の問題が発生すると、億単位の費用となる場合があるため注意が必要です。工場の土壌汚染等の問題が重要な場合は、環境デューデリジェンス等により詳細な調査および見積もりを行うことも必要となります。

 

店舗の賃借であれば、内装を大幅に変更していると原状回復費用が多額になる傾向になりますし、それらの店舗が多ければ多いほど合計額は大きくなります。既に撤退を予定している店舗であれば、業者による正式な見積が可能であれば、見積を依頼することもあります。撤退を予定していない店舗であれば、過去の原状回復費用の実績から、平米数等を基準として見積を行います。

 

⑨未計上の期末月未払人件費

中小企業では、人件費の支払を発生主義ではなく現金主義を採用しており、発生したタイミングではなく支払ったタイミングで費用処理をしている会社が少なくありません。例えば、対象会社が人件費の支払いは月末締め翌月25日払いであったとします。3月決算の場合、現金主義であれば3月末締めで4月25日払いの給料は費用処理されていません。発生主義で計上すると、3月末締めの給料は費用処理され、貸方に未払金が計上されます。当該未払金を純資産の調整項目とするかを検討します。また給料だけでなく、会社負担の未払社会保険料も同様の処理を行います。

 

⑩未計上の退職給付引当金

対象会社の退職金規定において退職金を支給することとなっている場合には、確定給付なのか確定拠出なのかを確認します。確定給付制度を採用している場合には、退職給付引当金の計上が必要となります。退職給付引当金が未計上である会社の多くは従業員300人未満の会社であると想定されますので、その場合は簡便法にて退職給付引当金を計算します。簡便法では多くの場合、期末自己都合要支給額の金額を退職給付債務とする方法がとられることが多いように思います。そして計算された退職給付引当金を純資産の調整項目とします。

 

⑪撤退予定店舗の資産負債差額

M&Aの成立後撤退することが予定されている店舗は、買手企業に引き継がれない、或いは引き継がれたのちに撤退することになります。どちらの場合であっても撤退店舗にかかる資産および負債は精算(撤退店舗の資産および負債を別店舗等で引き継ぐ場合は調整不要となります)されることになります。他の項目で時価調整、減価償却不足等の調整を行っている場合にはそれらを考慮の上、資産負債差額を純資産調整額として調整します。

 

⑪オフバランスの保証債務

オフバランスの保証債務は、主要な関連会社や取引先等に対して、対象会社が債務保証を行っている場合に当該保証額を記載します。債務保証を行っている場合は、保証先が倒産等で債務を履行できなくなった場合に、対象会社が当該債務を支払う必要があるため、潜在的な債務として認識します。また、M&Aの成立により、債務保証の契約を外す交渉をすることや、保証債務の履行が請求された場合は対象会社の現在の株主が支払う等の条項を表明保証に織り込むことが想定されますが、備忘のため保証債務の金額を記載しておく必要があります。

 

⑫未払残業代

未払残業代は、対象会社が支払う必要がある費用ですが、未払残業代が発生した要因は対象会社の現株主の経営によるものです。そのため、未払残業代については、買収価格の調整にて精算するケースや、現在の株主が未払残業代を支払ってから譲渡するケース、経営判断で過去の分については支払わず、表明保証に記載するというケースもあるため、備忘のため未払残業代の金額を記載しておく必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

~運転資本の分析、固定資産・設備投資の分析~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

 

 

財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】


1、運転資本の分析

運転資本分析の主な目的は、対象会社の①短期的な資金的側面を把握すること、および、②事業計画上の必要な運転資本を把握することです。

 

運転資本は一般的に、売上債権、棚卸資産、仕入債務、前払金、未払費用、その他流動資産、その他流動負債等が含められますが、ネットデットの調整項目としていない貸借対照表の勘定科目を運転資本に含めるかどうかは慎重に検討する必要があります。

 

運転資本の増減がキャッシュフローに与える影響は重要であることが多いため、少なくとも数期間の分析を行うことが有用です。運転資本の増減は、売上高や売上原価(仕入)がドライバーとなることが一般的ですが、それ以外のドライバーの有無を理解することも必要となります。

 

 

①短期的な資金的側面の把握

対象会社の運転資本の金額および運転資本回転期間の水準を把握します。例えば、運転資本がプラスである場合は売上が増加する局面では運転資本が増加するため追加の資金が必要となります。

 

また、下図のように月次で運転資本の増減があるような場合には、年間の変動トレンドや必要額を把握することで対象会社の運営上必要な資金水準を把握することができます。

 

 

 

さらに、月次での運転資本の変動が大きい場合、評価対象時点とM&Aのクロージング時点がどの水準なのかを正確に把握する必要があります。一般的にバリュエーションは評価対象時点の運転資本の水準で行うため、評価対象時点とクロージング時点の運転資本が大きく異なる場合、追加の資金が必要となる場合があります。

 

例えば、評価対象時点がx4/3月末でクロージング予定がx4/11月とします。X4/3月の運転資本は500百万円ですが、11月の運転資本は毎年小さくなることが過去のトレンドから把握可能ですので、x4/11月の運転資本も小さくなることが想定されます。X3/11月の水準であれば250百万円であり、x4/3月と比較して250百万円少なくなります。クロージング予定のx4/11月の翌月は12月であり、毎期運転資本が大きく1,200百万円程度となることが想定され、クロージング後すぐに250百万円との差額の950百万円の追加の運転資本が必要となることが想定されます。

 

そのため、対象会社の基準運転資本残高について、売手と買手の間で協議し、株式譲渡契約書に記載することが考えられます。

 

 

②事業計画上の必要な運転資本

事業計画上の必要運転資本残高を把握するために、過年度の運転資本を分析します。

 

 

 

運転資本項目を特定した上で、過年度の正常運転資本としての調整後運転資本を把握します。事業計画上の運転資本残高は売上高等に対する回転期間で見積もられることが一般的ですが、滞留等の異常な残高が含まれた運転資本の回転期間で将来の残高を見積もると誤った運転資本の金額となります。

 

売上債権では、滞留債権の内容を確認して、長期滞留している残高の有無、回収可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、異常な残高があれば除外します。また、手形の割引やファクタリング等をしている場合もそれらによる影響を除外する必要があります。さらに、月末が休日等の年度があれば、入金のタイミングがずれることで残高が通常よりも少なくなることがあるため、それらの異常値も除外して検討する必要があります。

 

棚卸資産では、滞留在庫の内容を確認して、長期滞留している残高の有無、販売可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、評価替えの必要性等を検討します。筆者の経験上、棚卸資産は利益操作のため過大計上による不適切会計が行われやすい勘定科目であるため、棚卸資産の金額水準については特に慎重に検討を行う必要があります。

 

仕入債務では、売上債権と同様に滞留債務の有無を確認し、長期滞留している残高の有無、支払可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、異常な残高があれば理由を確認の上、除外する調整を行います。また、売上債権と同様に月末が休日等の年度があれば、支払いのタイミングがずれることで残高が通常よりも多くなることがあるため、それらの異常値も除外して検討する必要があります。

 

その他の残高では、他の分析と同様に、推移分析、滞留分析、会計処理の確認等を行い、異常な残高があればそれらを除外する調整を行います。

 

また、各運転資本残高の項目について、合計額だけではなく明細を把握し、少なくとも主要な残高については個別に締め日、支払日等のリードタイムを把握しておく必要があります。M&A成立後に、特定の得意先への販売、特定の仕入先からの仕入、特定の商品の販売等を増加、減少させる計画である場合、それらの運転資本の回転期間が他の運転資本と異なる場合は、全体としての運転資本の回転期間に影響を及ぼす場合があるためです。

 

 

2、固定資産・設備投資の分析

固定資産・設備投資の分析の主な目的は、対象会社の過去の設備投資実績および維持費用の水準の把握および事業計画上の必要な設備投資水準の把握です。

 

 

 

 

過年度に行われた投資実績および設備の維持費用の金額を把握して、必要以上に設備投資が抑制されていないかを把握します。M&Aに先立って設備投資を抑制し見た目のフリーキャッシュフローを高く見せることが行われる可能性があるためです。また、過去に作成した設備投資計画や設備予算等があればそれを入手し、計画と実績の比較を行い、必要以上の設備投資の抑制が行われていないかを検討します。

 

過年度の設備投資の金額と売上高とを比較することで、売上計画を実現するためにどの程度の設備投資が必要なのかの参考値として有用です。また、過年度の設備投資の金額と減価償却費とを比較することで、設備を維持するのに十分であったかを検討する参考値として有用です。

 

また、設備投資を維持更新投資と新規投資とに区分して把握することが有用です。維持管理に必要な設備投資は、現状の生産能力を維持するために必要な支出額で、新規投資による設備投資は、生産能力の拡大や効率化等にかかる支出額です。これらを区分して把握することで、将来において生産能力の維持を目的とした必要最低限の投資額の参考値が理解でき、買手側での新たな設備投資の検討にも有用となります。

 

固定資産の残高の分析は、主にネットデット項目の有無の把握、バリュエーションで純資産法を採用する場合は純資産に影響を与える項目の把握が目的となります。固定資産を事業用資産と非事業用資産とを区分して把握する必要があります。遊休資産を含む非事業用資産はM&Aの成立後売却が想定されるため、金額が重要な場合は買手とディスカッションの上、不動産鑑定評価書を取得する等して時価を把握する必要があります。また、所有不動産を店舗等で使用しており、当該店舗が赤字の場合には減損の検討が必要となる場合もあるため留意が必要です。

 

固定資産をリースしている場合には、それらがファイナンス・リースかオペレーティングリースかを把握し、ファイナンス・リースの場合は、貸借対照表にオンバランスされているかを確認します。オンバランスされていない場合は、リース債務を把握する必要があり、ネットデットでの調整項目とするかを検討します。オペレーティングリースの場合であってもリース債務残高を把握し、ネットデットの調整項目とするかを検討します。

 

無形固定資産に計上される資産は権利関係やソフトウェア等で、経済的価値は契約内容や事実関係により大きく変化し、売手企業にとっては価値を有していた無形固定資産も買手企業にとっては無価値となることもあります。そのため、無形固定資産が買手企業にとって有用であるのか、不要である場合に売却は可能であるか等検討をする必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

~原価計算の分析、販管費の分析、営業外・特別損益の分析~

 

〈目次〉

4、原価計算の分析

5、販管費の分析(①人件費の内容の把握、②1人あたり人件費水準の把握、③人員の過不足状況、退職率の把握、④残業の有無、支払いの有無の把握、⑤未払、引当等有無の確認、⑥退任役員の報酬水準の把握)

6、営業外・特別損益の分析

 

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

 

 

財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】


4、原価計算の分析

原価計算の分析を行う場合、原価計算の前提内容を把握します。作成方法の理解を進めながら、その作成方法が最もよい基準で作成されているかの検証を行います。

 

原価計算が行われていない場合は、財務デューデリジェンスの中で原価計算を行います。まず、製造原価に計上されている勘定科目、その内容、金額を把握します。その上で、それぞれの費用について原価計算を行う単位(製品等)に対して直課するのか配賦するのかの検討を行います。次に直課あるいは配賦を行う時のキードライバーを把握します。配賦を行う場合、実務的には売上高基準で行うことも多いですが、配賦を行う費用の金額が大きく、その配賦が原価計算の中で重要な場合等は、正確にキードライバーを把握し、そのドライバーで配賦を行うことで原価計算の精度を高めます。

 

しかし、中小企業の場合、これらの分析に必要な基礎情報が記録されておらず、精度の高い原価計算を行うことが難しい場合があります。原材料費であれば、仕入先別に金額は把握しているものの、1つの仕入先から複数の商品を購入している場合、原材料ごとの仕入金額を把握していないケースがあります。また、原材料ごとの仕入金額が把握できる場合であっても、原価計算を行う単位(製品等)ごとに原料の投入量が把握されていないケースもあります。そうすると、原料の正確な投入量がわからないため、原価計算単位ごとの製品1つあたり標準原料投入量および製品製造数量から原料投入量を推定する等行う場合もありますが、標準原料投入量を設定していない場合もあり、短期間のデューデリジェンスの期間の分析では精度の高い分析が難しい場合があります。このような場合、どこまで原価計算を行うかは買手企業との相談をした上で、分析を行います。

 

また、原価計算をデューデリジェンスで作成する場合には、特に慎重な検討が必要となります。期間や物理的なアクセス、ヒアリングの可否等の制約が多い状況下で、対象会社の損益の核となる部分を専門家と言えども外部の人間が作成する場合には、必ずしも正確な金額が示せるとは限らず、むしろ精緻なものの作成は難しいと考えます。そのため、分析の前提条件や作成方法を正確に記して、レポートの読み手に誤解を与えないようにすることが必要となります。また、前提条件や作成方法を正確に記述することで、デューデリジェンスを実施しているチーム内での検証も行いやすくなります。

 

5、販管費の分析

販管費の分析の主な目的は、EBITDA、ネットデットでの調整項目の把握、事業計画の前提条件である過去数値(1人あたり人件費や人員の過不足の状況等)の把握となります。

 

製造原価内容は人件費と経費に分けて分析を行うことが一般的です。

 

製造原価に計上すべき費用が販管費に計上されている場合や、年度によって製造原価の計上となっていたり、販管費の計上となっていたり継続的に同じ計上区分となっていない場合があるため、販管費の分析を行う場合には、併せて製造原価の分析を行うことが望ましいです。

 

 

人件費の分析は、主に下記の観点から行います。

 

①人件費の内容の把握

②1人あたり人件費水準の把握

③人員の過不足状況、退職率の把握

④残業の有無、支払いの有無の把握

⑤未払、引当等有無の確認

⑥退任役員の報酬水準の把握

 

①人件費の内容の把握

まず人件費の内容をレビューし、役員報酬の金額感、社員やパートのバランス、出向者の有無、退職金の支払いの有無、法定福利費の計上等の内容を把握します。

 

②1人あたり人件費水準の把握

対象会社が作成した、事業計画上の人員採用計画で、人員の採用数と採用に伴い増加する人件費が折り込まれます。その計画上の人件費の金額が適切であるかどうかは過年度の人件費の分析により確認を行います。

 

1人あたり人件費を分析する場合、部門ごとに人件費の金額水準が異なる場合には部門別に人件費を分析するのが有用です。今後、どの部門の人員を採用するのかで増加する人件費が異なるからです。上表では全体の人件費分析を行います。

 

上表のように月次平均人員数を賃金台帳等から算出します。月次で人員数を把握するのが困難な場合は、期初と期末の人員数の平均として分析することもありますが、人員の出入りが多い会社では、1人あたり人件費の水準の精度が下がってしまいますので、可能なかぎり月次で把握するのが望ましいでしょう。

 

また、社員、パートの別で賃金水準は大きく異なるため、それらを区分して把握します。給料手当が社員の給与、雑給がパートの給与であることを確認した上で、それぞれ平均人員数で除することで1人あたり給料手当・雑給を算出します。

 

この場合、1人あたり人件費ではなく、給与・雑給としているのは、法定福利費等を除いた純粋な給料の水準を把握する目的があります。法定福利費等には役員の法定福利費も含まれた金額となっているため、それを含めて人員数で除した金額は本来の社員1人あたりの人件費よりも高くなってしまいます。役員にかかる金額を除いて分析することも考えられますが、デューデリジェンスの短い期間での分析であるため、他の分析の重要度と勘案して行いますが、筆者の経験および見聞きした限りではここまでは分析していないものばかりでした。

 

役員報酬の金額が人件費の中で占める割合があまり多くない場合は、法定福利費等も含んだ社員1人あたり人件費は本来の金額とは大きく変わらないため、算出することが有用となります。

 

③人員の過不足状況、退職率の把握

現状の会社運営において、人員の過不足の状況を把握し、事業計画上の人員採用計画の妥当性を検証するための情報を入手します。人員が不足している状況下で、売上が増加する計画を作成しているものの、人員の補充が足りていない場合等が考えられ、このような場合は事業計画を修正する必要があります。また、事業計画上人員の採用を行っており十分な補充となっているように見えても、退職による人員減の影響を加味しておらず、計画上の採用人員では不足するケース等も考えられるため、人員の退職率等も把握するのが望ましいでしょう。

 

残業の有無、支払いの有無の把握

こちらの項目は未払残業代の金額を把握することが目的で、法務デューデリジェンスの労務部分との連係が必要となります。中小企業では残業代を支払っていない会社も少なくありません。また、残業代を支払っている場合でも、管理職には支払っておらず、法務デューデリジェンスの結果によっては当該管理職にも残業代の支払義務が生じていたことがわかるケースがあります。そのような場合は、ネットデットにて未払残業代を計上します。

 

⑤未払、引当等有無の確認

中小企業では、人件費の支払を発生主義ではなく現金主義を採用しており、発生したタイミングではなく、支払ったタイミングで費用処理をしている会社が少なくありません。例えば、対象会社が人件費の支払いは月末締め翌月25日払いであったとします。3月決算の場合、現金主義であれば3月末締めで4月25日払いの給料は費用処理されていません。発生主義で計上すると、3月末締めの給料は費用処理され、貸方に未払金が計上されます。当該未払金をネットデットの調整項目とするかを検討します。また給料だけでなく、会社負担の未払社会保険料も同様の処理を行います。

 

また、賞与を支給している場合であれば、賞与引当金の有無を確認します。賞与引当金が計上されていない場合は、対象会社の賞与規程を閲覧し賞与の支給対象期間を確認した上で、賞与引当金を計算します。当該賞与引当金をネットデットに計上するかを検討します。

 

さらに、対象会社の退職金規程において退職金を支給することとなっている場合には、確定給付制度なのか確定拠出制度なのかを確認します。確定給付制度を採用している場合には、退職給付引当金の計上が必要となります。退職給付引当金が未計上である会社の多くは従業員300人未満の会社であると想定されますので、その場合は簡便法にて退職給付引当金を計算します。簡便法では多くの場合、期末自己都合要支給額の金額を退職給付債務とする方法がとられることが多いように思います。そして計算された退職給付引当金をネットデットの調整項目とするかを検討します。

 

⑥退任役員の報酬水準の把握

M&Aの成立によって退任役員が決まっている場合には、EBITDAのプロフォーマ調整項目となりますので、退任役員の役員報酬の金額を把握します。

 

 

6、営業外・特別損益の分析

営業外損益の分析の主な目的は、EBITDAに調整すべき項目の有無の把握および利息や売上割引、仕入割引等の金融費用を把握することです。

 

事業関連性が高く、経常的に発生する項目があればEBITDAの調整項目となります。例えば借上社宅の賃料支払いは販管費にて計上しており、従業員負担分を営業外収益としている場合には、それらは表裏一体と考えるのが自然ですので、EBITDA調整項目とします。また、持分法適用会社を所有している場合、持分法適用会社から生じる持分法投資損益が今後も発生が見込まれる場合には、EBITDA調整項目とします。

 

また、金融費用については、M&Aが成立した場合は負債構成が変更され、金融費用は従前と同様には発生しないと考えられます。事業計画上は、従前の金融費用を除外して新たな金融費用を組み込みます。

 

特別損益の分析の主な目的は、過年度における会社の主な動きの把握、EBITDA調整項目の有無の把握をすることです。

 

特別損益は、「特別」な項目ですので、会社として特別な事象が発生した場合に計上されます。固定資産の売却や店舗の撤退、補助金の取得等が計上され、過年度の会社の動きを特別損益項目からも確認します。

 

特別損益に計上されている項目であっても、事業関連性が強く経常的に発生する項目があればEBITDA調整項目とすることがあります。例えば、助成金収入を特別利益に計上している場合、助成金が継続的に得られ、今後も継続的に得られる見込みがある場合等は、EBITDA調整項目とすることを検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

~正常収益力の分析、事業別・店舗別・製品別・得意先別等損益の分析、製造原価の分析~

 

〈目次〉

1、正常収益力の分析(①スポット取引による損益、②会計方針の変更影響、③経常的な営業外損益、④撤退済み店舗損益、⑤撤退予定事業損益、⑥仕入条件の変更、⑦本社費用の除外、⑧管理部門費の発生)

2、事業別、店舗別、製品別、得意先別等損益の分析

3、製造原価の分析(①原材料費、②労務費、③外注費、④製造経費)

 

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

 

財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】


1、正常収益力の分析

正常収益力の分析は、将来計画の発射台となる正常な収益力を把握し、計画利益との連続性を検討することを目的としています。正常収益力の収益力とはEBITDAを用いて分析されることが一般的です。正常な収益力を把握するためには、大きく2つの調整を行います。

 

過年度に生じたイレギュラーな損益、非継続的な取引にかかる損益、会計処理の誤り等の調整を正常化調整といいます。正常化調整により会計処理の誤りや一時的・突発的な損益影響を排除した正常収益力の把握が可能となります。

 

また、M&Aの成立後、特定の事業を行わなくなる場合や、株主の変更によって増加・減少が予定されている費用等を過年度から発生しなかったと仮定した損益を分析するための調整をプロフォーマ調整といいます。プロフォーマ調整により、M&A成立後の損益構造で過去の損益を把握することが可能となるため、事業計画の損益との比較が行いやすくなります。

 

正常収益力の分析の具体例を下記に示します。x1期からx3期が実績、x4期が予算、x5期以降が計画とします。前提としてx1期からx3期の実績についての財務デューデリジェンスを行っており、x4期以降の予算・計画も分析を行うものとします。

 

 

 

 

営業利益・減価償却費は、会社の決算書・事業計画に記載されている金額を記載します。営業利益に減価償却を加えたものがEBITDAとなり、そこから正常化調整およびプロフォーマ調整を行い、調整後のEBITDAを算出します。

 

調整の内容は下記にて説明します。

 

①スポット取引による損益

スポット取引があれば今後は発生しないことが見込まれます。そのため、スポット取引から発生した損益はEBITDAから除く必要があります。しかし、スポット取引かどうかの見極めは簡単ではありません。例えば、創業50年の鉄を原料とする製造業があり、世界的に一時的に鉄が不足した時、創業後初めて原料の鉄のみの受注があり販売したとします。これは、鉄の不足が一過性であれば今後発生することはないと考えられる取引であるため、当該取引はスポット取引と判断します。

 

一方で、多くの取引が継続取引で、一部の取引がイベント等での取引がある企業を想定します。イベントは年に数回行われますが、多種多様で毎回コンセプトや会場が異なるとします。このような場合、各イベントの性質や規模、今後の継続性等を慎重に検討して判断します。イベントが今後も行われる場合は、同様の収益を会社にもたらすことが想定されるため、スポット取引とは判断しないことが多いです。

 

同様に、正常な売上高を算出するために、撤退済み店舗の売上高も調整項目として調整を行います。

 

②会計方針の変更影響

会計方針の変更により損益に影響が出る場合には、損益比較の観点から、会計方針を継続する調整を行います。具体的には、変更後の会計方針を当初から採用していたとして損益を作成し、会計方針変更前の損益との差額を調整します。

 

③経常的な営業外損益

計画期間中も継続的に発生が見込まれる営業外損益はEBITDAに取り込むために調整項目とします。持分法適用会社の持分法による投資損益等を想定しています。

 

④撤退済み店舗損益

撤退済みの店舗がある場合は、撤退済みの店舗から発生していた損益は今後発生しないことが見込まれます。そのため撤退店舗の営業利益をEBITDAから除く必要があります。撤退店舗の損益が赤字の場合であればプラスの調整、撤退店舗の損益が黒字であればマイナスの調整となります。通常、撤退店舗は赤字であったことが多いため、プラスの調整を行うことが一般的です。

 

また、厳密に考えると、撤退店舗の損益は営業利益ではなく減価償却前の営業利益(EBITDA)で調整することが望ましいです。それは、調整前EBITDAは減価償却費前の金額であるため、減価償却後の営業利益で調整を行うと不整合となるためです。しかし、減価償却費が僅少な場合や、店舗別で減価償却費を把握することが難しい場合には、店舗のEBITDAではなく営業利益にて調整を行うこともあります。

 

同様に、正常な売上高を算出するために、撤退済み店舗の売上高も調整項目として調整を行います。

 

⑤撤退予定事業損益

撤退予定の事業がある場合は、上述の撤退済みの店舗と同様に、撤退予定事業で発生していた損益は今後発生しないことが見込まれます。そのため撤退予定事業の営業利益をEBITDAから除く必要があります。撤退予定事業の損益が赤字の場合であればプラスの調整、撤退店舗の損益が黒字であればマイナスの調整となります。撤退予定事業の場合も、撤退済み店舗と同様に営業利益ではなく減価償却前の営業利益(EBITDA)で調整することが望ましいです。撤退店舗よりも撤退事業の方が、事業規模が大きいことが多いため、撤退事業の減価償却費を把握できる可能性は高くなります。

 

M&A成立後と同様の条件での売上高を算出するために、撤退予定事業の売上高も調整項目として調整を行います。

 

⑥仕入条件の変更

M&A成立後、買収元企業の主要取引先や関連会社等からの仕入れによって仕入単価を下げることができる場合があります。仕入金額が下がると損益はプラスに影響するため、EBITDAをプラスに調整する必要があります。

 

⑦本社費用の除外

現状の企業グループや部門による管理体制はM&Aにより変更され、M&Aの対象となっていない本社部門からのサービスの受け入れ、費用の負担割合等も変わる場合が一般的です。そのため、従前の本社部門からのサービスの受け入れに対する対価である本社費用は今後発生しないことが見込まれ、当該金額をEBITDAから除外する調整を行います。

 

⑧管理部門費の発生

M&Aの成立により新たな企業グループとなり、間接部門等のサービスの受け入れが従前と異なることになります。上述の「g.本社部門費の除外」で述べた従前の本社部門からのサービスの受け入れはなくなり、新たな本社部門からのサービスの受け入れが行われます。そのため、新たに発生する本社部門費の項目をEBITDAに追加する調整を行います。なお、デューデリジェンスの時点で新たに発生する本社部門費が見積もられていない場合でも、備忘のため項目だけであっても記載しておくのが望ましいです。

 

 

2、事業別、店舗別、製品別、得意先別等損益の分析

事業別損益、店舗別損益、製品別損益、得意先別損益等(管理会計)の損益分析は損益項目の分析では核となる分析です。これらの分析結果がEBITDAの分析の基礎となり、またどの部門やどの製品が利益の源泉となっているのかを把握します。また利益を生んでいない事業や製品および店舗等は、今後撤退を含めて改善を検討する必要があります。どのような店舗等が利益を生んでいて、どのような店舗等が赤字となっているのかを分析することで、勝ちパターンを見極め、今後の出退店の参考となります。

 

これらの分析はデューデリジェンスの買手側の企業にとって非常に重要ですが、デューデリジェンスの対象企業のこれまでの企業経営上も非常に重要であったため、対象会社側で既に分析が行われているように思います。しかし、中小企業であればリソースの不足等により、分析は行っているものの分析の粒度が粗い場合、管理会計と財務会計が分離されてそれぞれが不一致となりその差の要因が把握されていない場合、売上高のみ把握されていて、店舗利益はもとより売上総利益も把握されていない場合があるため、対象会社が作成した管理会計の分析結果をそのまま使用できない場合も少なくありません。そのため、財務デューデリジェンスにて改めて分析を行う必要があります。

 

これらの管理会計による損益が作成されている場合には、まず、その管理会計による損益の正確性を検証する必要があります。管理会計の売上高、売上原価、販管費そして営業利益の財務会計との差の有無を確認します。差がある場合には、差の生じている理由を把握し、対象会社の作成した管理会計の利用可能性を検討します。

 

次に、管理会計の作成方法を把握します。直課されているのか配賦されているのかを把握し、配賦されている場合は、配賦基準を把握し、修正する必要がないかを検討します。修正する必要がある場合には修正した上で分析を進めます。

 

下表では店舗別の損益を例として記載します。

 

 

 

上表は、店舗別損益の状況の一部抜粋です。店舗別に撤退等も含めた検討を行うために、変動費および固定費の把握に加え個別固定費の把握を行い、限界利益、貢献利益を算出します。限界利益算出の主な目的は損益分岐点売上高を算出するため、貢献利益算出の主な目的は、個別の店舗の本社費等の配賦前の損益を把握することであり、この分析は店舗を撤退するかどうかの検討にも有用です。貢献利益は本社費の負担および全社損益に対して貢献した損益を表し、赤字の場合は全社損益にマイナスの影響をもたらしているため、撤退を含めた検討が必要となります。

 

上表のA店舗とC店舗は貢献利益がプラスであり、本社費の負担および全社損益に貢献していると言えます。さらに本社費負担後の営業利益もプラスであり、健全な店舗であることが伺えます。一方でB店舗は他の店舗を比べて売上高が低く、売上総利益率も低いこと、さらに地代家賃も高くなっている影響で貢献利益がマイナスとなっています。貢献利益がマイナスであるということは、本社費の負担を行えておらず全社損益にマイナスの影響を及ぼしていることになります。対象会社はこの事実に基づき店舗の撤退をしたものと考えられます。B店は撤退済み店舗であるため、B店で発生していた損益は今後発生しないことが見込まれるためEBITDAの調整項目となります。店舗では減価償却費は発生していないものとします。なおEBITDAでの調整額は店舗を撤退した場合に発生しない損益である貢献利益の金額となります。本社費はB店舗が撤退しても減額されるものではないので、本社費配賦後の営業利益を調整すると誤った調整となるので注意が必要です。

 

また、店舗別の損益をデューデリジェンスで作成する場合には、特に慎重な検討が必要となります。期間や物理的なアクセス、ヒアリングの可否等の制約が多い状況下で、対象会社の損益の核となる部分を専門家であっても外部の人間が作成する場合には、必ずしも正確な金額が示せるとは限らず、むしろ精緻なものの作成は難しいと考えます。そのため、分析の前提としておいた仮定、前提条件および作成方法を正確に記して、レポートの読み手に誤解を与えないようにすることが必要となります。また、前提条件や作成方法を正確に記述することで、デューデリジェンスを実施しているチーム内での検証も行いやすくなります。

 

3、製造原価の分析

対象会社が製造業であれば、製造原価の把握・分析は非常に重要です。中小企業であれば、精度の高い原価計算を行っている会社は多くはなく、原価計算が行われていない会社も少なからずあります。また、工場の人件費が販管費に計上されているなど、製造原価と販管費の区分が正確に行われていない場合があり、製造原価の分析を行う際には併せて販管費の分析も行う必要があります。

 

製造原価には、大きく①原材料費、②労務費、③外注費、④製造経費があり、それぞれについて分析を行います。

 

①原材料費

原材料費は、それ自体の金額も重要ですが、売上高と連動して増減する費用であるため、売上高原材料費比率を算出します。事業計画上も、売上高に過年度の売上高原材料費比率を乗じて原材料の金額を算出することが一般的です。そのため過年度の売上高原材料費比率を分析して事業計画上どの比率を用いるのが適切かを検討します。

 

売上高原材料費比率が上昇しているのか、下落しているのかを把握し要因を分析します。要因は、原材料の仕様変更に伴う仕入単価の上昇や、外部環境による仕入単価の変化や、製造工程による歩留まり率の変化等様々な理由が考えられるため、慎重に検討する必要があります。また、当該増加又は減少要因が事業計画期間においても影響をあたえるのかどうかも含めて検討を行う必要があります。

 

②労務費

労務費は、製造にかかわる人員の人件費ですので、まず、内容を確認し製造原価に含める必要があると考えられる人の人件費が全て含まれているか、販管費との区分が適切かを把握します。賃金は販管費と区分されている場合であっても、法定福利費が労務費では計上されておらず、工場人員の法定福利費が販管費にまとめて計上されている場合があるため注意が必要です。

 

対象会社が作成した、事業計画上の人員採用計画で、人員の採用数と採用に伴い増加する労務費が折り込まれます。その計画上の労務費の金額が適切であるかどうかは過年度の労務費の分析により確認を行います。

 

1人あたり労務費を分析する場合、部門ごとに金額水準が異なる場合には部門別に人件費を分析するのが有用です。今後、どの部門の人員を採用するのかで増加する人件費が異なるからです。

 

まず、月次平均人員数を賃金台帳等から算出します。月次で人員数を把握するのが困難な場合は、期初と期末の人員数の平均として分析することもありますが、人員の出入りが多い会社では、1人あたり人件費の水準の精度が下がってしまいますので、可能なかぎり月次で把握するのが望ましいでしょう。

 

また、社員、パートの雇用形態別でも賃金水準は大きく異なるため、それらを区分して把握します。例えば、給料手当が社員の給与、雑給がパートの給与であることを確認した上で、それぞれ平均人員数で除することで1人あたり給料手当・雑給を算出します。

 

この場合、1人あたり人件費ではなく、給与・雑給としているのは、法定福利費等を除いた純粋な給料の水準を把握する目的があります。法定福利費は前述のように販管費にまとめて計上されている場合や、役員の法定福利費も含まれた金額となっている場合があるため、それを含めて人員数で除した金額は本来の社員1人あたりの人件費と異なってしまいます。それらの金額を調整して分析することも考えられますが、デューデリジェンスの短い期間での分析であるため、他の分析の重要度と勘案して行いますが、筆者の経験および見聞きした限りではここまでは分析していないものばかりでした。

 

また、労務費では、社員の給料は固定費であることが一般的です。一方でパートの給料は労働時間を調整することで給料も調整可能ではありますが、実態により、パートであっても採用の難しさ等から簡単には労働時間を変更できない場合等があり、その場合には固定費として分析した方が実態とはあっている場合があるので、固定費変動費の区分は慎重に行う必要があります。

 

現状の工場運営において、人員の稼働率を把握し、工場の広さや設備等の稼働時間等も総合的に勘案し、キャパシティを把握することが必要となります。M&A成立後の事業運営上、売上高を伸ばす場合はどの程度の人員の確保が必要となるのか等の検討資料となるためです。

 

③外注費

外注費については、対象会社の経営判断が反映される勘定科目になります。全ての製造作業を内製化し外注費が発生しない会社、単純な作業や汎用的な作業は外注し、製品の核となる製造のみ自社で行う会社、自社で設計までを行い製造は全て外注先に委託している会社等様々な経営判断により発生する勘定科目となります。そのため、対象会社がどのような経営判断で外注を行っているのかを把握する必要があります。

 

どのような経営判断で外注を行っているかで、その外注費が売上高に対して変動する項目であるのか、あるいは固定的に発生する項目であるのかといった、ドライバーが異なってきます。

 

④製造経費

製造経費については、それぞれの勘定科目の内容の把握を行い、変動費と固定費の区分を行うことが重要となります。売上高に対して変動か固定かの区分を行うことが一般的ですが、精度の高い事業計画を作成するためには、金額的に重要な製造経費がある場合には売上高以外のドライバーがないかの分析が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

 

〈目次〉

①バリュエーション手法と財務デューデリジェンスの重点調査項目

②DCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第1回:「財務デューデリジェンスの目的」を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

 

 

「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する


①バリュエーション手法と財務デューデリジェンスの重点調査項目

前号で解説したように、財務デューデリジェンスの重点調査項目は、バリュエーション方法によって変わります。

 

 

DCF法でバリュエーションを行う場合であれば、正常収益力、設備投資、運転資本、ネットデット、事業計画の分析が重点調査項目となり、純資産を用いた評価を行う場合は、実態純資産の分析が重要調査項目となります。

 

なお、重点調査項目以外にも、店舗を保有する企業であれば店舗別損益、工場を保有する企業であれば原価計算、製品別損益、小売店であれば客数・客単価、商品別損益等重要な調査項目があり、これらは買手企業のニーズによっても異なります。

 

 

買手企業の担当者としては、バリュエーションと財務デューデリジェンスの一般的な内容を理解し、対象会社の重点的な調査項目を検討し、また自社で行っている管理会計と照らしあわせて理解しやすい分析の切り口を検討しておくべきでしょう。

 

また、アドバイザーとしてM&Aをサポートする専門家としては、デューデリジェンスの開始に先立って買手企業の業種の特性、買手企業固有の状況、ニーズ、使用するバリュエーション手法等を把握するため、買手企業と十分なコミュニケーションをとることが必要となります。

 

 

②DCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係

下記では上場会社等のM&Aにて採用する代表的なバリュエーション手法の1つであるDCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係を説明します。

 

 

 

 

 

 

事業計画から各期のFCF(フリーキャッシュフロー)を算出し、各期のFCFおよび残存価値をWACCを用いて現在価値に割引きます。

 

この割引額の合計が事業価値となります。この事業価値からネットデット(有利子負債から余剰資金および非事業用資産の時価を差し引いたもの)を差し引くことで株式価値を算出します。

 

つまり、株式価値を算出するためには、各期のFCF、WACC、ネットデットの金額が必要ということが分かります。

 

 

WACCは一般的にバリュエーション業務で算出し、FCFの金額についてもバリュエーションで算出することもありますが、財務デューデリジェンスではその基礎となる事業計画を分析する場合があります。

 

なお、事業計画のFCFの分析を行うには、その発射台となる現状のFCFの分析が不可欠であり、正常収益力、運転資本、設備投資の分析を行った上で事業計画を分析する必要があります。

 

ただし、事業計画については買手企業で分析を行うため、財務デューデリジェンスの範囲外となることもあります。

 

よって、DCF法によるバリュエーションを行う場合、価値算定に直接影響を与える項目は正常収益力、運転資本、設備投資、ネットデット、事業計画となり、これらの項目を財務デューデリジェンスで重点的に分析することになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第1回:「財務デューデリジェンスの目的」を理解する

 

〈目次〉

①ディールブレイク要因の有無

②価値算定に影響を与える事項

③契約書の表明保証に記載すべき事項

④買収後の統合に向けた事項

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

 

 

「財務デューデリジェンスの目的」を理解する


財務デューデリジェンスの目的は大きく4つの事項を把握することにあります。

 

①ディールブレイク要因の有無

②価値算定に影響を与える事項

③契約書の表明保証に記載すべき事項

④買収後の統合に向けた事項

 

①ディールブレイク要因の有無

買収を進めるにあたり、重大な障害の有無を把握します。重大な障害はディールキラー、すなわちその事実のみで買収をしない意思決定を行う可能性があります。重大な障害が発生した場合、他のデューデリジェンスの内容は不要となるため、その時点でデューデリジェンスを一時中止・終了することもあります。

 

具体的には、全株主の把握ができていない場合、法令違反、粉飾決算などが挙げられます。全株主が把握できていない場合、M&A実行後に想定していない株主が株主として残る場合や、それらの株主に対して支払う株式の買い取り資金が追加でかかってしまうリスクがあります。

 

また、特に上場企業等社会的責任が大きい会社が買手の場合、法令違反のある会社を買収し、そのまま法令違反をし続けることはできません。そのため、当該法令違反を除去する必要がありますが、法令違反の除去が難しい場合や多大な資金がかかる場合には、M&Aを取りやめることになります。

 

ディールブレイク要因が確認された場合は、これらの要因によるリスクは何か、リスクは許容可能か、許容できない場合は除去が可能か、除去するための弊害は何か、どのくらいの追加資金がかかるのか、それらを考慮にいれてもなおM&Aが会社にとって必要か等を検討します。

 

 

②価値算定に影響を与える事項

買収価格に直接影響のある内容を把握します。次号にて解説する「『バリュエーション手法』と『デューデリジェンス』の関係を理解する」で詳細を記載しますが、バリュエーションの方法によって価値算定に影響のある内容は異なるので、分析の重点をどこに置くかがかわってきます。

 

例えばバリュエーションをDCF法を用いて評価する場合は、正常収益力、運転資本、設備投資、ネットデット、事業計画等の分析が価値算定に影響を及ぼしますので、重点的に分析することになります。

 

 

③契約書の表明保証に記載すべき事項

デューデリジェンスで把握された検出事項のうち、価値算定に直接影響を与えるものでない事項(訴訟の有無、労務問題、法令違反等)がある場合には、契約書の表明保証に記載するかどうかを検討する必要があります。

 

これらは潜在的な簿外債務の項目が多く、網羅的に把握することが必要となります。特に労務問題は、多くの会社で大なり小なり発生しているため、事実関係を正確に把握し、漏れがないように記載することが必要です。

 

 

④買収後の統合に向けた事項

買収対象会社をどこまで統合するかは経営判断になりますが、統合する場合の必要事項は把握しておく必要があります。どこまで把握するかは、買手企業により異なるため、M&A担当者としては自社のM&Aの方針、リソースの有無等総合的に判断をする必要があります。

 

把握すべき事項としては一般的には、会計方針、管理会計の内容、内部管理体制、人事制度、使用しているシステム等が挙げられます。特に使用しているシステムは、M&Aにより使用できない場合は、追加でコストが発生する可能性があるため注意が必要です。

 

またカーブアウト案件等では、必要に応じて事業分離後の移行期間に提供するサービスをどのように買手・売手間でマネージメントするかを規定した契約書であるTSA(Transition Service Agreement)の締結により、売手企業から継続サービスを受けることもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」