【業界別M&A動向】

物流業のM&A動向(第2回)~物流の2024年問題~

 

 

〈解説〉

ロングブラックパートナーズ株式会社(玉積 範将)

 

 

〈目次〉

1. 物流の2024年問題とは

2. 物流の2024年問題が物流業に与える影響

①ドライバー視点

②物流会社視点

③荷主視点

3. 対応策の方向性

4. 最後に

 

 

 

 

1. 物流の2024年問題とは


働き方改革関連法により、2024年4月より「自動車運転の業務」に対し、年間時間外労働上限が「年960時間」に制限されることにより発生する諸問題のこととされています。

2019年4月に施行された同法では、「時間外労働の上限は月45時間、年360時間に制限(原則)」されており、労使間で協定を結んだ場合においても「年720時間に制限(例外)」されますが、物流業界(自動車運転の業務)では実態との乖離が大きいことから、適用迄に「5年間」の猶予期間が設けられたことに加え、労使間で協定を結んだ場合の上限として「年960時間」と定められています。

 

しかし、この「年960時間」といういわゆる特例的な対応についても、同法において「将来的な一般則の適用について引続き検討する旨を附則に規定」とされていることから、今後も同上限時間の維持が担保されるとも限らないのです。

 

 

2. 物流の2024年問題が物流業に与える影響


では、物流の2024年問題がどのような影響を及ぼすのかについて、現時点で懸念されているポイントや可能性についてステークホルダー別の視点で見ていきたいと思います。

 

①ドライバー視点

 

前回(第1回)でも記載したように、一般的にドライバー職では、他の産業と比較して「低所得+長時間労働」であることが顕著です。

これは、言い換えると「労働(=長時間の時間外労働を含む)の対価として受け取る時間あたりの報酬(所得)が、全産業と比して低い」ということに他なりません。

そうした状況下、さらに時間外労働の上限が課されることにより、従来受け取ることができていた諸手当を受け取ることができなくなり、結果として収入が減少するドライバーが出てくる可能性は否定できません。

業界慣習として、長い荷待ち時間や手荷役の常態化が大きな要因とされることも多く、ドライバー個人/物流会社単独ではなかなか解決の糸口を探ることは難しい状況となっています。

 

②物流会社視点

 

物流会社における基本的な構図は、「ヒト(従業員)」が「モノ(荷物等)」を「運送」することにより売上を上げるビジネスモデルです。この運送するという行為において、ヒトの稼働時間に制限が掛けられることにより、業務量が減少した結果、売上が下がる可能性が考えられます。

また、業務量を維持するためにヒトの採用を拡大する場合、固定費の割合が増加(従来の時間外手当<新人員の基本給)となる可能性もあり、利益率が減少する可能性についても考えておく必要があります。加えて、人件費以外の固定費等(営業に必要なコスト:事業所やトラックに係る費用)を削減することは比較的難易度が高いことから、売上だけでなく利益そのものについても注視すべきだと考えられます。

もっとも、利益水準が低下した場合、ドライバーに十分な水準の給与を支払うことが可能であるか否かという問題も顕在化することとなり、物流会社における売上の源泉である「ヒト(従業員)」の確保が難しくなり、負のスパイラルに陥る可能性も懸念されています。

 

③荷主視点

 

上述した物流会社(およびドライバー)視点では、売上や収入面においてマイナスの影響が想定されています。この課題を解決する方策の一つとして物流会社では「荷主からの受注額(=運送単価)の増加でカバーする必要性」が生じます。

しかしながら、2012年以降、既に物流コストは上昇基調を辿っています(図A/※1)。

 

 

 

 

また、国内企業の多くは、物流やロジスティクスについて「コスト削減の対象」としての認識が依然として高い傾向があり、戦略的な取り組みが浸透していないことが挙げられます(図B/※1)。

 

 

 

 

このような状況において、「受注額(=運送単価)の増加」という交渉はやはり難易度が高いと言わざるを得ないと考えます。

(※1)経済産業省「物流危機とフィジカルインターネット(令和3年10月)」より

 

 

3. 対応策の方向性


ここまで、「物流の2024年問題」が各ステークホルダーに及ぼす影響・可能性について触れてきました。当然ながら、物流会社の規模やドライバーの現在の労働環境、荷主との関係性において、各社が置かれている状況は様々だと考えられます。

 

この問題に対して、「労働環境や処遇の改善によるドライバーの採用強化」や「荷主に対する受注額(=運送単価)の増額交渉」といった対応策も、短期的に効果を得られるかもしれません。しかしながら、物流業界の構造的な問題が依然根深い状態であることを考えると、2024年という短期的な問題と捉えることには無理が生じます。

 

前回(第1回)でも触れたように、物流業界の展望として「データの利活用によるDX/効率化」や「同業種・異業種を含めた連携」が必要となると考えられます。

 

このように未来を見据えた変革/変容と、2024年問題で挙げられるような課題について、M&Aによる会社売却や事業売却(=大手グループの傘下となること)が有効な手段とされています。

 

2021年の1年間において、売手を物流関連企業とするM&Aは公表ベースで51件(注1)となっており、うち約8割は同業者を買手とする買収事例となっています(図C/※2)。

 

「既存領域の強化」に加え、「効率化・相互補完」や「新事業の創出」という観点でのM&Aは今後も増加していくと考えられています。

 

 

(注1)国内企業同士の買収事例のみ。事業譲渡や資本参加事例は除く。
(※2)レコフデータより弊社作成 

4. 最後に


「経済・産業の血液」と評される物流業界は、我が国がさらに発展するための非常に重要なファクターとされています。

 

しかしながら、現状では労働環境や人材不足、後継者問題等の様々な課題に直面しており、2024年問題に代表されるような「直ぐに対応が求められる」課題に加え、「将来を見据えた変革」さえも求められています。

 

こうした状況に対応する前向きな解決策のひとつとして、M&Aをご検討されてみてはいかがでしょうか?

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第14回:「合同会社のM&Aの特徴や留意点」とは?

~合同会社と株式会社との比較した特徴は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、合同会社のM&Aを検討していますが、合同会社M&Aの特徴や留意点はありますか?


合同会社は、持分会社と呼ばれる会社形態の1種です。持分会社は株式会社と異なり株式を発行していないため、議決権の考え方や、所有と経営の分離に対する考え方等が異なります。合同会社の株式会社と比較した特徴は下記のとおりです。

 

 

合同会社におけるM&Aでは、持分を譲渡するために社員全員の同意が必要となります。さらに、持分を承継して合同会社に出資をした場合の持分は出資額に関係なく1となり、会社を支配することは難しくあまり会社売却には適していないといえるでしょう。

 

そのため、合同会社を売却するためには、会社変更手続きをして、株式会社に会社形態を変更した上で株式売却を行うことになります。

 

また、合同会社であっても、事業譲渡であれば可能です。事業譲渡は、会社を存続したまま会社の事業の一部、または全部を売却する事を意味します。

 

会社売却と違い、包括的ではなく、個別に必要な事業だけを選んで売却可能ですので、売り手にも買い手にもメリットがあります。事業譲渡をすると、事業における資産、負債、取引先や契約上の地位も買収先の会社に変更されるので契約先の債権者の同意が必要です。

 

合同会社においての事業譲渡は総社員の同意ではなく、通常の業務執行として社員の過半数の決定でよいとされています。しかし、事業譲渡は経営に直結する重要な決定事項なので、定款において総社員の同意が必要と定められている会社もあるため、定款を確認してみましょう。

 

合同会社は、株式会社と比較して設立の容易さや費用面でのメリットがある一方、M&Aではデメリットに働くことがあります。M&Aでの選択可能なスキームが限定される等の特徴があるので、専門家を交えて慎重に検討する必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第6回:会計ソフトの統合

~会計ソフトは統合した方がいいのでしょうか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

 

▷関連記事:事業が健全かそうでないかの判別

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、会計ソフトは統合した方がいいのでしょうか?

A、会計事務所に特有なのが、会計ソフトの問題です。M&Aした買主と売主の会計ソフトが違う場合に会計ソフトを統合するかどうかは、大きな課題となります。同じである場合には、業務を標準化しやすく、M&Aをスムーズに進めることもできます。

 

会計ソフトが違う場合、当初から統合することも選択肢の一つですが、税務申告・試算表作成等を提供するサービスの中心としていたとすると、会計ソフトがサービスの中心的な役割をしていますし、会計ソフトベンダーとの契約期間等もありますので、容易に統合はできません。

 

効率性を優先するのであれば会計ソフトなどは統合すべきですが、顧問先との長い年月の関係で現在のカタチができています。ありがたいことに最終的な成果物である申告書や決算書のひな形は同じです。それを作成するための道具(会計ソフト)は異なりますが、統合当初の段階から合わせていくべきものなのかは慎重に決めた方がいいでしょう。顧問先からのニーズを把握できない状態で、会計ソフトを統合することは控えるべきです。

 

会計事務所にとって、最大の商売道具(ツール)といえるのが「会計ソフト」です。道具を一気に変えてしまった場合、使う側としては戸惑いと同時に、慣れるまでに時間がかかります。特に、M&Aによる変化が多い状況でストレスがかかるので、M&A直後に会計ソフトを統合することは避けるべきと考えます。

 

当社の場合、M&A当初の時期は会計ソフトを基幹のソフトに一本化しようと考えていましたが、モチベーションの低下をもたらすとともに業務が非効率となったので、統合前のそのままの会計ソフトを使うようにしています。会計ソフトを変えずに継続して同じものを使うようになってからは業務上でのストレスがなくなり、経営統合はスムーズにいく機会が増えました。

 

 

 

また、結果的に、多数の会計ソフトを使用している多様性が強みになる可能性も感じています。

 

参考までに、当社がM&Aした際に承継先の事務所が使用していた会計ソフトは上記のグラフとなります。

 

統合した際の効果として、会計ソフトやITツールなどのシステムのシナジー効果があります。会計ソフトは、その事務所によってこだわりが出やすいものです。会計事務所によって、メインで使用する会計ソフトは全く異なります。

 

そのため、会計ソフトの範囲を限定してしまっていて、他に便利なソフトが出ても閉鎖的になり、新たなソフトを使用しようとしない傾向があります。まさに武士の魂である刀のように、こだわりが強いのです。

 

しかし、業務の内容によっては、メインで使用している会計ソフト以外のソフトの機能を駆使した方が効率が上がる場合があります。事務所が統合することにより、これまで使ったことのない会計ソフトに触れることで、臨機応変に使い分けることができるようになります。

 

また、業務の内容に応じて、それぞれの会計ソフトの利点を活かせるように、それぞれの事務所の使い方等を共有して融合できれば、業務の効率化をはかることができます。

 

当社のM&Aの事例でも、昔から使用していた会計ソフトしか使わないという文化に、クラウド型の会計ソフトなどの最新型のソフトを使う文化が融合した際、最初はなかなか浸透しませんでしたが、時間をかけてコミュニケーションをとり、それぞれの良さをわかり合うことができ、業務効率が格段に上昇した事例があります。

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第5回:従業員への説明

~従業員への説明はどのようにすればいいですか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

 

▷関連記事:自社の売却を検討していますが、家族や従業員には伝えづらいです。どのように伝えればよいのでしょうか?

▷関連記事:M&Aのメリット・デメリット ~顧問先は?従業員は?~

 

 

Q、従業員への説明はどのようにすればいいですか

⑴所長税理士からの説明

 

従業員に相談しながらM&Aを検討しているケースであれば問題はありませんが、ほとんどのケースは、所長税理士が1 人で検討し、動いていますので、従業員にとっては寝耳に水の話です。

 

従業員が少人数の場合には、所長税理士のグリップが強く、また、顧問先も所長税理士を中心に関係が築かれているケースが多いので説明しやすいのですが、従業員の人数が10人を超えてくると、顧問先との関係が担当者中心で回っている場合が多く、担当者が退職するようなことがあれば、顧問先も不安を覚えて離れていくケースがあります。

 

そのため、従業員への説明について、全社員に一斉に話す場合もあれば、規模が大きい事務所の場合にはキーマンを中心に話をしてから全社員へ伝えるケースがあります。

 

M&Aに至った経緯、相手先の情報とその選定理由、スケジュール等を説明し、一番大切な所長税理士の想いを届ける機会となります。また、所長税理士の関与方法や事務所の存続などの内容を踏まえ、今後変わること、変わらないことを伝えて安心させることが重要です。

 

なお、説明するにあたり最も大切なのが、所長税理士がM&Aの契約内容やスケジュールに納得しているかということです。契約内容はもちろんですが、スケジュールの進め方にしても、早く進みすぎているのではないかなど、所長税理士が納得していない部分があると、従業員に説明をする前にM&Aに躊躇してしまうこともあります。

 

所長税理士自身が納得するまで、承継先とコミュニケーションをとり、認識を共有することが必要です。

 

契約上で合意をしたとしても、現場の細かい点まで、契約の中ですべて合意することは困難ですし、想定外のことも起きるので、契約からクロージングの日を迎えるまでの間、関係者が顔合わせをし、双方を理解しようとする機会を設けて、信頼関係を築くことが大切です。

 

実際には、実践してみないとわからないことも多く、そのタイミングで修正・共有をするコミュニケーションをとるため信頼関係が何より重要です。

 

 

⑵承継先からの従業員向け説明

 

承継先からあいさつと経営統合に関する説明をします。従業員は、どのような事務所と一緒になるのか、何が変わって、何が変わらないのかといったことが不安となりますので、その点を中心に説明をします。

 

なお、一度に経営統合に向けての情報を提供すると、混乱してしまうので、何度かに分けて、説明の場を設けていくケースも多いです。

 

説明会では、事務所の概要と最も心配している雇用条件について変更点を中心に説明を実施します。また、顧問先との契約についても、担当者から顧問先へ説明してもらう必要があるので、理解を深めてもらう必要があります。

 

 

①事務所の概要説明
・従業員数や支店について
・どのような業務を中心にしているか
・利用している会計ソフト

 

 

②雇用条件についての説明事項
・就業時間(始業時間、休憩時間、終業時間)
・給与締日、給与支払日
・残業代計算の仕方
・賞与支給について対象期間と支給日
・有給休暇付与と夏季休暇や試験休暇、慶弔休暇など
(夏季休暇や試験休暇などを有給消化としているか、特別休暇としているか。)
・通勤交通費の対象期間、支給日
・立替交通費の対象期間、精算方法、精算日
・退職金制度の有無
(特定退職金共済制度に加入している場合には、事業譲渡にあたって、一度精算することになるので注意が必要です。)
・社会保険組合の加入団体
・健康診断
・財形貯蓄、確定拠出年金等の福利厚生制度
・勤怠管理の方法

 

なお、給与の締め日が異なる場合には、統合前において一度精算する必要があります。賞与についても、賞与の対象計算期間が異なる場合には、統合前後での負担額を明確にしておくことが後々のためにも必要です。

 

例えば、賞与対象期間が、従前は4 月~ 9 月分を10月に支給、10月~ 3 月分を4 月に支給、統合後は1 月~ 6 月を7 月に支給、7 月~12月を1 月に支給の場合で、7 月に経営統合する場合に、4 月~ 6 月分の賞与負担は、従前の所長税理士が負担するのが一般的です。

 

 

③人事制度等の説明
人事制度、評価制度や研修制度、インセンティブ制度等についても共有をはかると、従業員はさらに安心して統合を迎えることができます。

 

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第4回:M&A後の所長税理士の関与方法

~M&A後の所長税理士の関与方法はどのようになりますか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

▷関連記事:失敗例から学ぶM&A ~従業員の大半が退職したケース 、所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース ~

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、M&A後の所長税理士の関与方法はどのようになりますか?

A、M&A後の所長税理士(「所長税理士」は、売主側の個人事務所の所長をいいます。以下同様。)の関与度合いは、契約の中で待遇面も含めて決めることが重要です。M&A後の所長税理士の関与度合いには、大きく分けて四つのケースが考えられます。

 

①M&Aと同時に退職する
②M&A後一定期間は、所長として従来通りの業務をし、一定期間経過後退職する
③M&A後顧問などの相談役となり、一定期間経過後退職する
④期間は設けず、所長を継続する

 

①のM&Aと同時に退職するケースでは、業務の引継ぎに時間をかけることができず、瞬間的な引継ぎとなってしまいますので、引継ぎを受ける方の負担が大きくなり、また、従業員や顧問先も所長税理士が急に変わることによる不安感が大きいので、買主側としてはできるだけ避けます。

 

ただし、売主側である所長税理士は健康問題や個人的な事情があり、やむなく選択するケースがあります。この場合には、新しい所長をみつけて手配する必要があり、他のケースに比べて対応すべきことのスピードを速める必要が出てきます。

 

会計事務所の場合、高齢化や健康問題を要因とした事業承継型のM&Aをするケースが多いので、②又は③のように一定期間残って、引継ぎを進めていくケースが大半です。

 

なお、一定期間をどのくらいにするかは、その後の所長税理士のライフプランもあるので、契約段階での調整となりますが、1 年~ 5 年程度が目安となります。

 

特に③のケースのように、顧問などの相談役として関与する場合の出社頻度は、業務の引継ぎ状況に応じて決めていくケースが大半であり、毎日の場合もあれば、徐々に日数を減らす場合、当初から週何日と決める場合があります。

 

④の期間を設けず所長を継続するケースは、相当長い期間を見据えてM&Aをした場合が考えられますが、あまり多くありません。期間を設けず、そのまま継続するのであれば、個人事務所で事業をしているのと変わらないため、M&Aになるケースが少ないからです。

 

いずれにしろ従業員・顧問先に対して安心してもらうためにも、長年にわたり牽引してきた所長税理士が残ってくれることが重要です。

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第12回:「トラック運送業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~トラックの取得条件は?人員(ドライバー)の確保は?損益管理の状況は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「産業廃棄物処理業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

 

Q、トラック運送業のM&Aを検討していますが、トラック運送業M&Aの特徴や留意点はありますか?


トラック運送業は、当たり前ですがトラックを保有しているという特徴があります。会社の資産の大部分が車両運搬具(トラック)となっている会社も多いです。トラックは、取得にかかる投資が必要となり、金融機関から借入又はリースによりトラックを調達します金融機関やリース会社と信頼関係を築けていないと、借入期間やリース期間が少し短くなる場合があります。期間が短いと月々の返済金額が多くなり、資金繰りが苦しくなるため注意が必要です。なお、一般的には、リースよりも借入の方が利率や手数料が低いため有利な条件でトラックを取得できます。また、リースよりも借入でトラックを購入している方が、財務的な健全であることが多いため、M&Aを検討している場合にはこれらを確認するようにしましょう。

 

また、トラック運送業は人員の確保に苦慮している業界の1つであると言えるでしょう。職業別労働市場関係指標によると、ドライバーの有効求人倍率は2019年で約3倍となっており、募集をかけてもなかなか応募が来ないのが現状となっています。

 

 

 

 

 

 

このような状況であるため、ドライバーを獲得するというのもM&Aの主要な役割となっています。この場合には、ドライバーが高齢化していないか、年齢を確認する必要があります。

 

トラック運送業の主なコストは、人件費、減価償却費(又は支払リース料)、燃料費です。人件費の上昇はどの業種でも同様となっていますが、燃料である軽油を少しでも安く調達するために、協会や組合等に加入している会社が多いです。また、資源エネルギー庁によると軽油の価格は2004年から2019年の間では@90円から@135円程度をだいたい5年周期で変動しています。

 

 

 

 

 

人件費の上昇や軽油の価格の変動を価格に転嫁できると良いですが、中小企業の運送業は大手の下請けを行っている場合が多く、値上げ交渉をできずにいる会社も少なくありません。この点、国土交通省から基本運賃が公表されていますが、やはり中小企業は基本運賃を獲得できていない会社が多いのが実情となっています。

 

車両は10年程度で買い替えることになるため、車両の購入費用等を賄えているかを確認するためにも、車両別の損益管理が必要です。さらに、車両だけでは戦略的に安い金額で受注している場合等もあるため、得意先別での損益管理も重要となります。M&Aを検討する場合には、損益管理の状況も含めて把握すると良いでしょう。

 

トラック運送業は、トラックを保有して事業を行うため、どうしてもトラック関連と人件費関連の支出がメインとなります。M&Aを検討する場合には、これらの経費のコントロールの状況や、取引条件等の得意先との関係性、トラックを借入で購入しているのかリースとしているのか、ドライバーの年齢の確認等を行いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第10回:「アパレル小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~ブランド・店舗ごとの損益管理は?商品仕入れは?会計処理は?在庫状況・利益率は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、アパレル小売業のM&Aを検討していますが、アパレル小売業M&A特徴や留意点はありますか?


 

アパレル小売業の多くは、店舗での販売とECでの販売を併用しています。また、1ブランドのみを運営している企業もありますが、ある程度の規模になると複数のブランドを運営している企業が多くなってきます。複数の店舗や複数のブランドを運営している場合に、重要となってくるのがブランドごとの損益、店舗ごとの損益管理ができているかです。ブランドごとや店舗ごとに損益管理をすることで、実状の正確な把握と今後の適切な打ち手の検討が可能となるからです。M&Aを検討する場合でも、ブランド別や店舗別の損益状況は非常に重要な損益指標となります。

 

ブランド別や店舗別の損益以外に、KPIとしてされる基本的な指標として、客数・客単価が挙げられます。売上高を購入客数、客単価に分解をして分析を行います。入店客数の把握が可能な場合には、購入率(購入客数/入店客数)もKPIとして設定しましょう。買上点数を把握して、客単価を買上点数×平均商品単価に分解することも可能となります。どのようにKPIを設定するかは企業ごとの判断になりますが、一般的にはこれらの指標は重要であるため、分析している企業も多いです。

 

また、アパレル業界の特徴として、小売価格を上代(じょうだい)、卸売価格を下代(げだい)と呼ぶので、覚えておきましょう。また、アパレル業界だけではないですが、商品仕入に関して、買取仕入、委託仕入、消化仕入の3つの取引方法があります。

 

 

①買取仕入は、仕入れ先から商品を買取る仕入れ方法です。買取るわけですから、売れなかったとしても返品することは出来ません。つまり在庫リスクがあるため、商品の仕入れ内容や数の精度が重要となります。

 

②委託仕入は、仕入先と販売委託契約を結び、店舗に商品を置き、商品が売れた場合に商品代金ではなく「販売手数料」をもらう方式の仕入方法です。在庫リスクがないことがメリットとなります。

 

③消化仕入は、商品が売れるまでは仕入先の資産となり、商品が売れた場合に、仕入と売上を計上します。委託仕入と同様に在庫リスクがないことがメリットとなります。

 

 

委託仕入や消化仕入は在庫リスクがないことがメリットですが、1商品あたりの利益率は買取仕入よりも低くなります。それぞれの仕入方法を理解した上で、在庫の状況や商品の利益率を正確に把握しましょう。

 

アパレル業界では一般的に夏と冬の売上・利益が大きくなり、中でも冬の売上・利益の金額が最も大きくなります。これは、夏と冬にバーゲン等が行われること、冬物はコート等を取り扱うことから商品単価が大きくなることためです。夏は暑く、冬は寒い方が売上は大きくなる傾向にあり、バーゲン期間中や売上が大きくなる土日の天気によっても売上は変動します。自社の努力以外の天候の要素等で売上高が変動してしまうというところもアパレル業界の特徴となります。

 

商品の売上の状況により在庫も増減しますが、アパレル企業の在庫は鮮度が重要であることが多く、1シーズン売れ残ってしまうと価値が一気に下落します。そのため、在庫の状況の把握は非常に重要です。滞留在庫の会計処理や、値引き販売時の会計処理、在庫処分時の会計処理は企業により様々であるため、M&Aを検討している場合は、対象の企業がどのような会計処理を選択しているのかを把握して、実態を掴む必要があります。

 

小売業の場合は、バイヤーは非常に重要な役割を持っており、アパレル企業におけるバイヤーも例外ではなく、むしろ一般的な小売業よりも重要度は高いかもしれません。ある程度の規模のブランドになるとカリスマ性のあるバイヤーが存在することが多く、M&Aを検討する場合にはキーマンとなります。

 

アパレル小売業では、ブランド別や店舗別、商品別等の売上・損益、KPI指標等基本的な項目を把握しましょう。さらに、アパレル小売業特有の季節性や仕入方式および会計処理を理解した上で実態を掴み、M&Aを成功に導きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第9回:「民泊運営事業者のM&Aの特徴や留意点」とは?

~どの法律に基づいて運営しているか?物件は所有か賃貸か?物件オーナーとの契約内容は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「産業廃棄物処理業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、民泊運営事業者のM&Aを検討していますが、民泊運営事業者M&Aの特徴や留意点はありますか?


民泊運営事業者が民泊事業を行うには、旅館業法簡易宿泊営業、特区民泊、住宅宿泊事業法(いわゆる民泊新法)のいずれかに従う必要があります。2018年6月に住宅宿泊業法(民泊新法)が施行されたことにより、これまで民泊運営を行ってきた事業者の多くが事業を見直すきっかけとなりました。住宅宿泊業法(民泊新法)では、年間営業日数が180日以内という制限が課されたため、180日の営業では利益が出しづらく事業としては成り立たないケースがほとんどとなったためです。

 

事業として行うには、旅館業法簡易宿泊営業又は特区民泊のどちらかにて営業を行うことが考えられます。旅館業法簡易宿泊営業および特区民泊では住宅宿泊事業法(民泊新法)に比べ遵守事項が多く、特に通常の住宅設備では消防法の遵守事項を達成できないケースが多く民泊事業を続けることを断念した事業者も多くいました。

 

 

 

そのため、まずはM&Aを検討している会社がどの法律に基づいて運営しているのかを把握する必要があります。そして、物件を所有しているのか、賃借しているのか、或いはオーナーから民泊運営のみの委託を受けているのかについて把握しましょう。これにより固定資産の有無や、損益分岐点が大きく異なってきます。また、運営委託を受けている場合は、物件のオーナーとの契約関係が非常に重要な事項であるため、契約書は必ず確認しましょう。

 

民泊事業者の主な収入はインターネットの旅行サイト等からの収入であり、その収入に応じて支払手数料を支払っています。主な費用はこの支払手数料と、物件の清掃費、人件費、その他外注部分があればその外注費等です。

 

コロナ禍で、外国人観光客の減少によりインバウンドの産業が厳しい状況の中、民泊事業も厳しい状況となっており、今後M&A案件が増加する可能性もあるため、民泊事業の特徴や留意点を把握しておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第8回:「グループホーム(障がい者向けの共同生活援助)のM&Aの特徴や留意点」とは?

~運転資金は?入居者の状況は?入居者の獲得ルートは?従業員の状況は?許認可等は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「産業廃棄物処理業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、グループホーム(障がい者向けの共同生活援助)のM&Aを検討していますが、グループホームM&Aの特徴や留意点はありますか?


グループホームとは障がいのある人が、日常生活上の介護や支援を受けながら共同生活を営む住居のことです。 グループホームで暮らす人に対し、入浴、食事などの介護や生活相談、その他の日常生活上の支援を提供するサービスは「共同生活援助」と呼ばれ、障がい者総合支援法が定める「障がい福祉サービス」のひとつです。この共同生活援助のことを通称としてグループホームと呼びます。

 

なお、介護保険制度にも高齢者を対象とする「グループホーム」がありますが、「認知症対応型共同生活介護」と呼ばれる別のサービスにおける住居を指します。

 

 

グループホーム利用者は、障害者総合支援法が定めるサービス利用料が必要となります。利用料はグループホームの入居者数などにより異なります。 入居者は原則として利用料の1割を負担しますが、負担額には前年の世帯収入に応じた上限が設定されており、上限額以上の自己負担は生じません。利用料の他グループホームの家賃、食費や水道光熱費、その他の経費(町内会費や新聞代など)の実費を自己負担します。これらの料金設定はグループホームにより異なりますが、家賃は一般の住宅に比べ低く設定されているケースが一般的です。また、グループホームには家賃補助制度があります。対象は「市町村民税非課税世帯」または「生活保護」の対象者です。入居者1人当たりの家賃月額1万円を上限とした助成があります。利用者は、これらの費用を一般企業やA型事業所で受ける給料、障がい者年金、家族等の補助によって賄います

 

 

グループホーム運営会社の収入は、利用者からの収入および、地方自治体からの収入がメインとなりますが、通常地方自治体からの収入の割合が大きくなります。

 

地方自治体からの収入は給付金という名目で、障がい支援区分や夜間支援等の体制加算等により決定・支給されます。このような制度により、グループホーム運営会社の主な債権の相手先は地方自治体となります。地方自治体への債権は基本的に貸し倒れることがなく安定した収入となります。ただし、請求から入金までの期間が2か月間となるため、運転資金が必要な点に留意しましょう。運転資金を賄うためにファクタリングを実施している企業もあるため、M&Aの対象企業がファクタリング利用の有無を含め、債権内容を確認しましょう。

 

 

ビジネスモデルとしては、定められた人員配置基準や資格等により給付金の金額が決まるため、入居者および従業員を雇用することができれば安定的でかつ見通しの立てやすい収入が得られまます。利益の獲得のためには入居者の獲得、従業員の雇用、効率的な運営が重要となります。

 

 

グループホームのM&Aを検討する場合は、ビジネスモデルを理解した上で、入居者の状況、入居者の獲得ルート、従業員の状況、施設の状況、運営体制、許認可等を正確に把握しましょう。収益は地方自治体が大半であることから、回収はほぼ確実となりますが、回収期間が長く、運転資金が必要となることからファクタリングの有無を含めた運転資金の状況を確認することが必要となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第3回:M&Aの譲渡対価とその後の処遇

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

〈目次〉

⑴譲渡対価の計算方法

⑵譲渡対価の支払方法と事後的な価格調整条項

⑶承継後にかかる負担の確認も

⑷経営統合後の待遇等について

⑸役員退職慰労金

⑹従業員退職金

 

 

 

 

▷関連記事:いくらで売却できる?-譲渡金額の算出方法-  ~ゼロから学ぶ「M&A超入門」

▷関連記事:株式譲渡スキームにおける役員慰労退職金支給~現金支給・現物支給の有利不利判定~

 

⑴譲渡対価の計算方法

譲渡対価について、ディスカウント・キャッシュ・フロー等の収益還元的な考えに基づく評価方法や、時価純資産等の静的な評価方法などが考えられます。

 

一方で、一身専属に基づく士業という事業の特殊性から、その収益獲得の源泉が、代表者の個人的な実力によるところもあれば、数十人規模での組織的な実力によるところもあり、その評価はケースによりまちまちなのが実態です。

 

そのような中で実務的な慣習として、年間報酬総額に一定率を乗じて算出されるケースが多いのも事実です。顧問報酬、税務申告報酬などの継続的に収入が見込める報酬をベースに検討されますが、よほどスポット業務(相続税や保険手数料など)の売上割合が多くない限り、別途計算はせず、年間報酬総額として算出します。

 

例えば、法人の顧問報酬で毎年3,000万円、個人の確定申告報酬で毎年1,000万円、相続税の申告報酬で1,000万円が年間の報酬であった場合、毎年継続的に見込まれる4,000万円が年間報酬総額となります。

 

また、譲渡対価の検討時には、譲渡資産の特定をしておかないと、どこまでが対象かわからないので、対象範囲を契約内容に盛り込んでおく必要があります。

 

 

⑵譲渡対価の支払方法と事後的な価格調整条項

譲渡対価の支払方法については、

①クロージング時に一括で支払う方法

②クロージング時に一部を支払い、分割又は一定期間経過後に残金を支払う方法

があります。

 

売主にとっては、①の方法が望ましい反面、買主にとっては資金調達の問題や譲渡後の顧問契約や雇用契約の継続が未確定であることから、②の方法が望ましいこととなります。

 

また、顧問契約等の継続状況に応じて、譲渡後一定期間を経過した後、譲渡対価を見直す方式をとることも可能ですが、継続をしなかった理由が買主側に起因することも想定されるため、支払方法や事後的な譲渡対価の見直しは慎重に協議したうえで、契約書に明記する必要があります。

 

 

さらに、譲渡対価の分割又は一定期間経過後に残金を支払う方法を選んでいて、売主が死亡したときは、その相続人が債権者となります。売主及び買主はその点も留意して、支払方法や事後的な譲渡対価の価格調整条項を設定します。

 

 

⑶承継後にかかる負担の確認も

譲渡対価の決定に際して、承継後にかかる費用も確認する必要があります。

 

継続的に発生する経費もありますが、比較的大きな支出は会計ソフトにかかるものとなり、使用しているソフトのバージョンや更新時期等を確認し、その負担も考慮して譲渡対価を決める必要もありますので、注意してください。

 

また、事務所を借りている場合には、更新時期に手数料が発生しますので、確認が必要となります。これらの後発的に発生が見込まれる費用について、譲渡対価の算定上、織り込んでおく必要があります。

 

 

⑷経営統合後の待遇等について

一般的に承継元の代表者は、顧問先や従業員の引継ぎの関係から、事業承継後も一定期間は社員税理士や顧問として関与することになります。社用車や交際費の利用など、事前に細かく取り決めをしておくと後々のトラブルを回避できます。

 

また、競合避止義務との関係がありますが、顧問先の監査役に就任しているケースも見受けられます。このような場合の取扱いについて、どのようにするかの取り決めを統合前に行っていくことと、それを踏まえて譲渡対価の算定を行う必要があります。

 

 

⑸役員退職慰労金

税理士法人を取得する場合に、承継元の代表が退任する際に退職慰労金の支給があるときは、当然、出資持分の譲渡対価の金額は減少します。退職金は実際に退職するまで支給ができない点で、承継元にとっては、受領できるまで時間を要する一方、承継先にとっては退職までの期間、きちんと承継業務に従事できる点と、支給時には法人にとって損金となるため、税務メリットを得ることができます。

 

なお、個人事業で行っている場合には、退職金という考え方は発生しません。

 

 

⑹従業員退職金

従業員の退職金制度として、特定退職金共済制度に加入しているケースが見受けられます。また、独自の退職金制度を導入している事務所もありますので、これらの退職金制度を継続するのか、継続する場合には譲渡対価に反映するべきか検討が必要です。

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第7回:「産業廃棄物処理業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~収集運搬業者か処分業者か?許認可、設備、人材は?社内管理体制は?法改正は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、産業廃棄物処理業のM&Aを検討していますが、産業廃棄物処理業M&Aの特徴や留意点はありますか?


廃棄物は、産業廃棄物と一般廃棄物に分けられ、産業廃棄物は特別管理産業廃棄物等、一般廃棄物は事業系一般廃棄物、家庭廃棄物等それぞれ細分化されます。

 

 

 

 

 

 

産業廃棄物処理業は、大きく「収集運搬業」「中間処理業」「最終処分業」に分けられ、各業態でも例えば収集運搬業は、運搬する廃棄物の種類によって細かく細分化されます。一般家庭ゴミの収集運搬にしても、生ゴミ(可燃ゴミ)・プラスチック包装容器・缶瓶ペットボトル・紙・布・粗大ゴミと収集運搬業者はそれぞれ違います。

 

 

 

 

収集運搬業は排出元と処分場の両方の区域の許可を取得する必要があります。積替保管とは、排出元と処分場の間に廃棄物を一時的に保管する施設を設置し、そこを経由して処分場へ運ぶことを言います。積替保管なしの場合、排出元から処分場に直行する必要がありますが、積替保管ありの場合は一定量蓄積してから運搬するなど輸送効率の向上が可能となります。対象となる廃棄物の保管基準を満たす必要があり、許可取得難易度は積替保管なしと比較し高くなります。

 

中間処理では、埋立処分等の最終処分前に、生活環境保全上支障を生じないように、破砕、焼却、脱水、中和による減量・減容化、安定化、無害化を行います。

 

最終処分では、原則最終処分場への埋立処分により行われます。最終処分場は対象となる産業廃棄物により3タイプに分かれます。

 

●安定型最終処分場……処分対象:安定型産業廃棄物(廃プラスチック類、ゴムくず、がれき類、金属くず、ガラス・陶磁器くず、環境大臣が指定する産業廃棄物)

●遮断型最終処分場……処分対象:有害物質を含む特別管理廃棄物

●管理型最終処分場……処分対象:①、②以外の産業廃棄物

 

 

M&Aを検討している場合に、対象企業の産業廃棄物処理業が「収集運搬業」なのか、「中間処理業」なのか、「最終処分業」なのかを把握しましょう。一般的に「収集運搬業」よりも「中間処理」や「最終処分」業者の方が設備や埋め立てのための土地等を保有することから規模が大きく、参入障壁が高いことから利益率は高くなる傾向にあります。

 

また、産業廃棄物処理業特有の論点として、不法投棄の問題があります。不法投棄防止のために産業廃棄物管理表(マニフェスト制度)が導入されており、マニフェスト制度に沿った対応が必要となります。

 

 

産業廃棄物処理業のM&Aを検討する場合、収集運搬業者か処分業者か、また所有する許認可、設備、人材等について確認をする必要があります。どの業界向けの産業廃棄物を処理できるのか等の能力を確認しましょう。

 

また、社内管理体制の整備、マニフェスト(産業廃棄物管理表)の適切な処理ができているか、不法投棄を行ったり、近隣住民とトラブルを起こしたりしていないかを把握する必要があります。また、法改正の影響を受けやすい業界であるため、法改正の動向も確認しておく必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第2回:失敗例から学ぶM&A

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

〈目次〉

●従業員の大半が退職したケース

●所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース

所長税理士退職時の従業員の退職、顧問先の解約

 

 

 

▷関連記事:M&Aのメリット・デメリット ~顧問先は?従業員は?~

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

当社では、今まで50以上のM&A を実践してきましたが、そのM&A の大半が事業承継を中心としており、従業員と顧問先の承継が一番の目的となります。M&A について、全て同じケースはなく、それぞれ事情が異なり、引継ぎ方も異なります。その中で、何が成功で、何が失敗かを考えた際に、「従業員と顧問先を承継し、経営を継続できる」ことが最も重要なポイントになります。

 

M&A を失敗した三つのケースを下記でみていきます。失敗したと思っても、その後のフォローで立て直しができますので、参考にしてください。

 

<従業員の大半が退職したケース>

所長税理士と譲渡契約書を締結し、所長税理士から経営統合の話を従業員に説明したところ、半数以上の従業員が統合までに退職をし、やめた従業員が担当していた顧問先からは、担当者が退職なら解約するということになってしまったというケースがありました。

 

経営統合の話を初めて聞いた際には、従業員に経営統合により今までと環境が大きく変わるのではないかという不安が生じることは当然ですので、事前に変わること・変わらないことを丁寧に説明し、納得してもらうことが必要です。

 

説明したにもかかわらず従業員が退職するケースには、大きい税理士法人だとサラリーマンと変わらない働き方となるので嫌だという方や、本人が所長税理士の承継者となるものと考えていたのにM&A をすることに納得がいかないという方などがいます。

 

ただし、話をすることすら拒まれるケースもあり、所長税理士と従業員との関係がコミュニケーション不足のためうまくいっていなかったのかと感じる瞬間があります。そもそも、会計事務所内の人間関係に所長税理士が悩まれていてM&A を実施する場合もあります。

 

 

<所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース>

契約は無事終了し、従業員や顧問先にも納得してもらい、経営統合までできたのですが、引継ぎをしている中で、所長税理士と新所長との間での業務の進め方について意見が対立し、経営統合を解除することになってしまったケースがありました。

 

まず、もめた原因は業務の進め方について、所長税理士が何十年もかけて築いてきたやり方を、新所長が一気に変えようとしたからでした。顧問先に毎月出していた報告書を廃止したり、資料収集の方法を変更したのです。そして、新所長の従業員に対することば遣いや上から目線と感じられる発言などからも不信感が募っていきました。

 

M&A を成功させるのに一番大切なことは、所長税理士と新所長の信頼関係に他なりません。信頼関係を築くにはコミュニケーションが重要です。理解しているだろうと思っていても、双方の認識はズレているものです。同じ言葉を使っていても、言葉の定義が異なっている可能性があると思って話した方が良いでしょう。

 

また、M&A といえども、簡単に環境への変化に対応できないので、一定期間は、業務の進め方を変えることは最低限に控え、慣れてきてから徐々に必要なことを変えていけばよいのです。焦りは禁物です。

 

会計ソフトの変更も、いずれは着手するべきかもしれませんが、M&A で変化することが多いときにやるべきではありません。会計ソフトを変更する際に、事務所内で切替はできたとしても、顧問先に導入している会計ソフトを変更するのは容易ではありません。顧問先の会計ソフトを変更できないケースでは、当初のソフトを残しておかなければならず、コストが二重になることもあるので、自計化している先の会計ソフトの状況も把握しておいた方が、結局は効率的です。

 

まずは、今までの業務の進め方を把握し、所長税理士との新所長が二人三脚でM&A を進めて、従業員にも顧問先にも安心してもらうことを最優先とすべきです。承継元である所長税理士は、あまり細かいことを気にしないことが重要です。

 

 

<所長税理士退職時の従業員の退職、顧問先の解約>

引継ぎも順調に終わってホッとしたとしても、一定期間が経ち、所長税理士が当初の契約により退任した後に、従業員が退職したい、顧問先が解約したいという話が出てきたケースがあります。お世話になった所長税理士が退職するのをきっかけに、従業員が退職を申し出たり、顧問契約を解除したいという話があります。

 

経営統合時には、ひとまず解約せず、また統合後の事務所に残った所長税理士も面倒を見てくれるので契約を継続する場合でも、所長税理士が退職してしまうと、相談もできなくなってしまうので、契約を変更してしまう可能性が出てきてしまいます。それまでに新所長は顧問先との関係を築いておく必要があります。

 

逆に比較的うまくいくケースの場合は、下記①~③をクリアしている場合に多いです。

 

①引継ぎ期間を設けているケース
②新所長を明確にし、常駐者として設置しているケース(番頭を新所長する場合も含む)
③顧問先の重要な事項(主に税務調査、相続、事業承継など)を一緒に対応したケース

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第6回:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

~代表先生の影響度は?従業員(キーマン)の退職の可能性は?M&Aスキームは?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

 

▷関連記事:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、会計事務所・税理士事務所のM&Aを検討していますが、会計事務所・税理士事務所M&Aの特徴や留意点はありますか?


会計事務所は他業界と比較して、個人の公認会計士・税理士の影響力が大きい業界であるという特徴があります。大手や中堅の会計事務所であれば、ある程度事務所の名前で仕事の依頼が入ることもありますが、それでも〇〇先生にお願いしたいというような依頼も少なくありません。個人の会計事務所であれば、なおさら代表の先生の影響度は大きいです。そのため、会計事務所のM&Aを検討する場合、代表の先生の影響度について把握する必要があります。

 

 

M&Aの成立後、代表の先生による業務の継続の有無は、今後の業績に重要な影響を与えることが多いです。そのため、代表の先生の業務の継続の意思を確認し、継続しない場合は引継ぎを十分にしてもらう等の対策が必要となります。

 

代表の先生の影響度を把握するには、対顧客の観点と対業務の観点で検討しましょう。

 

対顧客では、代表の先生がどの程度の頻度で顧客を訪問していたか、どのような顧客満足につながる業務を提供していたかを確認しましょう。訪問頻度が高ければ、代表の先生の影響度は大きい可能性が高く、また税務申告等の定型業務のみならず、コンサルティング業務を行っている場合にも、影響度が高いと言えるでしょう。

 

対業務では、代表の先生でしか行うことのできない業務の有無を確認する必要があります。通常は上述したようなコンサルティング業務がそれにあたると思います。

 

 

また、従業員の習熟度についても確認しましょう。人手不足の会計業界ですので、人手不足解消のため従業員が多い事務所を前提にM&Aを検討することがあると思いますが、従業員が多くても習熟度が低ければ、M&A実施後に教育や指導に時間がとられて本来想定していた売上・利益を確保することが難しくなります。そのため、習熟度は事前に確認しておきましょう。

 

さらに、従業員の作成した申告書等をチェック・指導ができる人物や1人で業務をこなせる人物(キーマン)を把握しましょう。キーマンがM&Aにより退職する可能性を確認し、退職しないように検討することが必要となります。

 

 

会計事務所の特徴として、他の業界と比較した場合に粉飾等の会計操作が少ないことが挙げられます。公認会計士や税理士は会計の専門家として高い倫理観をもって業務を行っているため、事務所の決算についても会計操作をすることは少ないでしょう。

 

 

組織の特徴として会計事務所や税理士法人は株式会社ではないため、M&Aのスキームが株式会社とは異なります。

 

会計事務所の場合、株式会社のように株の譲渡ではなく、個人事業主からの経営権の取得となります。スキームは事業譲渡によって行われます。売手側の会計事務所では所長は譲渡所得となります。

 

税理士法人の場合は、持分譲渡、合併、事業譲渡のスキームによりM&Aを行います。

 

持分譲渡の場合は、個人同士の譲渡となり、かつ税理士同士でしか譲渡を行うことができません。そのため、買手側の税理士に持分を譲り受けるための十分な資力が必要となります。

 

合併の場合は、売手側の税理士法人を吸収合併し、その対価として現金を支払います。税理士法人によるM&Aでは最も一般的な手法と言えます。

 

事業譲渡は、必要な事業(税理士法人のM&Aの場合は通常は全ての事業)のみを切り出して譲渡する方法です。税理士法人になると、契約関係も多くなり事業譲渡は手続きが煩雑になることが多いこともあり、合併を選択する事が一般的となっています。

 

 

会計事務所のM&Aを検討する場合は、売手側事務所の代表の先生による業務の継続の有無、影響度を把握しましょう。また、株式会社ではないことから一般的に行われる株式譲渡以外でのスキームとなります。公認会計士や税理士の先生とは言え、M&Aには不慣れな場合もありますので、M&Aを検討する場合は、M&Aの経験豊富な専門家に相談することをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第5回:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

~特有の規制は?設備投資は?スキームは?バリュエーションは?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、医療業界のM&Aを検討していますが、医療業界M&Aの特徴や留意点はありますか?


他業界と比較した医療業界の特徴は公益性が非常に高く、そのため規制が多いことです。

 

規制産業であることで、医業収益を制約する項目が存在します。例えば、病院の開設・増床をするためには、その開設地域における都道府県知事等の許可が必要となります。開設・増床しようとする地域の既存病床数が、医療計画が定める基準病床数を上回っている場合、都道府県知事等は新たな病院開設・増床を認めないことが可能です。つまり、病院側が増床を行いたくても、認められない可能性があります。

 

製造業であれば、会社の規模の拡大には工場の設備投資を行うことが一般的ですが、病院の場合、上述のように病床を増やすことは地域によっては難しい場合があります。そのため、病院の規模拡大を行う場合は、M&Aを活用して他の病院を買収し病床を増やすことが必要となる点が医業業界のM&Aの特徴となります。

 

 

また、保険診療に係る各診療行為には、その報酬金額算定のための点数(1点10円換算)が定められています。これによって、同じ条件で保険診療を行う限りは、どの医師が診療を行ったとしても、その医業収益は同じ金額となります。つまり、保険診療を行う限りは、医師1人当たりの医業収益の上限がある程度決まります。

 

さらに、病床数により、医師やコ・メディカル(看護師や薬剤師等)の必要な配置基準が定められています。例えば、一般病床であれば病床数に対して、医師は16:1、看護師は3:1等の基準です。一般企業では人員を削減して効率的な経営を行ったとしても特に問題とはなりませんが、医療業界では人員数を削減して配置基準を下回った場合には、医療法に反することとなり、診療点数が減算されるため医業収益が減少することとなります。そのため、有資格者の一定数の確保が必要となり、労働集約型である医療法人にとって人件費は最も大きい費用ですが、思うように下げられないという特徴があります。一方で、従前より看護師等の不足が医療業界の問題となっていますが、看護師を確保できない事により、配置基準を達成できないという問題を抱える医療法人も少なくありません。

 

 

他にも、医療業界の特徴として、診察室、手術室、処置室、病室、その他医療提供に必要となる各種設備・施設を設ける必要があります。これらの設備については、安全上、衛生上、防火上、療養環境上など様々な視点で規定が定められており、設備基準を満たすために設備投資の金額も多額になることが一般的です。

 

 

ところが、資金繰り等の理由で設備投資を後ろ倒しにしていることがあります。このような場合は、M&A実施後多額の設備投資が必要になる可能性があるため、M&Aを検討する場合には、設備投資を実施しておらず設備が老朽化していないかについて確認する必要があります。M&A実施後に設備投資が必要な場合は、設備投資に必要な金額を譲渡価格から減額する等の交渉をすることを検討しましょう。

 

 

医療法人は株式会社とは異なり、その多くは持ち分の定めのある社団法人であり、機関設計が異なります。株式会社では株主総会が最高意思決定機関となりますが、医療法人では社員総会、取締役会にあたる期間が理事会となります。また、医療法人の理事長は医師である必要があります(一部例外あり)。

 

M&Aの局面においても、医療法人は株式会社とは異なります。まず、スキームは事業譲渡、合併、出資持分の譲渡および理事長等の交代のどれかを選択することとなります。

 

第一に、事業譲渡は病院の新規開設と廃止手続きを同時に行う等、行政の許可が求められるため、手続期間は比較的長くなります。さらに、病床の引継ぎができないこともあり、実務上ではほとんど採用されていません。

 

第二に、合併は事業譲渡とは手続きは異なりますが、行政の許可が求められることは同様であるため、手続期間は比較的長くなります。事業譲渡と異なる部分として、病床を引き継ぐことが可能であるため、大手の医療法人等は合併を利用してM&Aを行うことがあります。

 

第三に、出資持分の譲渡及び理事長等の交代では、社員総会で議決権を有する社員の交代をし、さらに理事会のメンバー(理事長等)を交代することで経営権を取得します。この方法は、行政手続上の許可は不要で、届出で足りることから手続期間は比較的短くなります。M&A後も、売手側の医療法人格は存続し、病床の引継ぎも可能であることから実務上広く利用される方法です。

 

 

上述のように、医療法人は株式会社とは異なり様々な制約があるため、株式会社を設立して経営を柔軟に行う場合があります。その方法として、医療法人の関連事業をMS(メディカル・サービス)法人として株式会社を設立し、経営している場合があります。MS法人は医療法人と一体として経営されているため、売手側の医療法人がMS法人も経営している場合には、基本的にはMS法人も含めてM&Aを検討することとなります。

 

 

診療報酬は、健康保険が7割(後期高齢者の場合は9割)を負担するため、医療法人のメインの医療収益の回収先は当該7割の支払業務を行う審査支払機関となります。審査支払機関は国によって設立が定められた機関であり、一般企業と比較して貸倒れのリスクが低いため、ファクタリングを行うことが容易となります。ファクタリングとは、審査支払機関に対する債権を売却し早期に資金を回収することです。資金繰りの苦しい医療法人はファクタリングを行っていることが多く、M&Aを検討する場合に、対象の医療法人のファクタリングの利用の有無、利用している場合にどのような会計処理を行っているかを確認しましょう。

 

 

他産業と比べて規制が多い特性から、バリュエーション手法も一般的なDCF法や時価純資産法、年買法等だけでなく、病床数を基準とする方法等も取られることがあります。売手側の場合は買手側のバリュエーション手法を理解することで交渉がスムーズに進むことも多いため、把握できる場合は把握しましょう。

 

 

さらに、医療業界は規制産業であるため、異業種からの参入は難しく閉鎖的な産業となっています。また、医療法人は近年赤字の法人が多くなっていることもあり、財務内容を正確に把握する必要があります。規制産業であることから他業種と比較して事業や財務の内容や把握すべきポイントが異なることも多いため、医療法人のM&Aを検討する場合は、医療法人の事業をよく理解しているアドバイザーや、財務の専門家を利用することをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第1回 :M&Aのメリット・デメリット

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

〈目次〉

⑴売主側におけるメリット

①顧問先や従業員の承継

②事務所の譲渡に伴う資金化

⑵買主側におけるメリット

①顧問先の獲得

②従業員の獲得

③規模拡大に伴うシナジー

⑶売主及び買主双方におけるデメリット

①顧問先の契約解除

②従業員の退職

 

 

 

 

▷関連記事:失敗例から学ぶM&A ~従業員の大半が退職したケース 、所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース ~

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

⑴売主側におけるメリット


売主側におけるM&Aの主なメリットは、①顧問先や従業員の承継と②事務所の譲渡に伴う資金化です。

 

①顧問先や従業員の承継

会計事務所の担う業務は、顧問先における日常の会計・税務相談や経理業務、経営相談など多岐にわたります。社内に経理や総務、経営企画などの部門がある大手企業とは異なり、特に中小企業にとっては、会計事務所に依存している部分が多く、当然に信頼関係の下にこれらの業務が成立しています。

 

今後10年、20年と顧問先は成長を続け、従業員も家庭を持ち、年を重ねていく中で、会計事務所として長期間のサービスを提供し続けていかなければなりません。

 

顧問先と従業員を一緒に承継できるのがM&Aのメリットと考えられます。

 

個別に承継していく場合は、引継ぎ先の事務所を1件ずつ紹介していくこととなり、また、従業員についても転籍先をあっせんしていくことになります。この場合、従業員は、顧問先の担当者として長年、同じ顧問先の業務にあたっていることが一般的で、顧問先=担当従業員のセットとなっており、双方で信頼関係ができています。それぞれの承継先が同じ事務所でない場合は、注意が必要です。

 

②事務所の譲渡に伴う資金化

M&Aの手法による最も大きいメリットとなります。会計事務所の資産は、顧問先と従業員、所長税理士の信頼を表したものとなります。

 

これら無形の資産から生み出されるキャッシュフローを、譲渡時点に資金化できることがメリットとなります。もちろん、会計事務所業は誰でもできるわけではないので、流動性の観点からは低いこと、目に見えない顧問先・従業員・所長税理士の複合的な信頼関係を維持できるような承継先を見つけることが重要になります。

 

⑵買主側におけるメリット


買主側におけるM&Aのメリットは、①顧問先の獲得、②従業員の獲得、③規模拡大に伴うシナジーが考えられます。

 

①顧問先の獲得

顧問先の獲得は、売上の拡大が一時で図れる点がメリットとなります。つまり通常の顧問契約の獲得は、時間をかけて1件ずつ増やしていく形となりますが、それにかかる時間を短縮することができます。

 

通常、顧問契約を獲得するのに、次のような流れの中で、それぞれの段階で時間とコストをかけて獲得していきます。これら一連の流れを省略でき、また、複数の顧問先を一括で承継できることがメリットと考えられます。

 

 

 

 

②従業員の獲得

人が稼ぐ労働集約型の会計事務所業界において、人材の確保は非常に重要な要素です。特に事務所ごと承継する意味は、通常の採用と異なり、意思疎通がとれた人材の集まり(組織体)を取得することができ、またそれぞれの従業員が担当先を持っていることから、承継したその日から売上・スキル・組織コミュニケーション力を持っている点で大きなメリットがあります。

 

通常、従業員の採用は、下記のような流れがあり、それぞれの段階で時間とコストが発生します。顧問先との契約と同様に雇用契約においても、これら一連の流れを省略でき、また複数の雇用を一括で承継できることがメリットと考えられます。

 

 

③規模拡大に伴うシナジー

規模拡大に伴うシナジーは、事業所の統合により主に管理コスト等の圧縮と、知識やノウハウの共有により提供するサービスの質や従業員の教育面の充実が見込まれます。

 

管理コスト等の圧縮の例としては、利用会計システムの料金、地代家賃、給与計算や請求書の発行事務などが挙げられます。また、知識やノウハウの共有においては、各種事例の集積により事案を検討する時間の圧縮や、より専門性の高いサービスの追求が行えるとともに、従業員1 人1 人のスキルアップによる生産性の効率化がはかられます。したがって、事例研究や社内勉強会といった機会を設け、情報共有や人材交流が行いやすい環境を整えることが重要となります。

 

⑶売主及び買主双方におけるデメリット


一方、売主及び買主双方におけるM&Aのデメリットは、①顧問先の契約解除、②従業員の退職となります。

 

①顧問先の契約解除

顧問先から契約を解除されるのは、主に二つの理由によります。

 

一つ目は、売主である所長税理士や従業員の退職をきっかけに、顧問先から解約の申出がなされるケースです。特に所長税理士が退職される場合、古い顧問先であればあるほど人間関係が深いことから顧問契約が維持されていましたが、M&Aをきっかけに解約の申出を行いやすい状況になります。

 

また、もともと顧問先に、監査頻度が少ない、提案をしてくれない、ITサービスへの対応が遅れているなどの不満があったものの、所長税理士には設立からお世話になっていたり、親の世代からのつきあいで言いにくかったような場合は、M&Aを機に契約解除の可能性が高まりますので、そのような顧問先がないか、後任担当者の選定は適切か、事務所としてフォローアップできるかなど事前に検討しておくことが大事です。

 

二つ目は、新しい会計事務所や担当者によるサービスへの不満です。これは、特に所長税理士が直接担当している顧問先を新しい担当者が引き継いだ場合に起こりやすいのですが、当然、所長税理士と同等の経験やスキルをもった担当者をつけることは困難です。M&Aに際して、サービス内容、契約金額、担当者経歴などをもとに顧問先を分類し、M&Aの前後にサービスの低下が起こらないようにフォローできる体制を事前に検討しておくことが重要です。特に、大口の顧問先については、契約解除となった場合には対象事務所の損益に大きく影響するため慎重な対応が求められます。

 

 

②従業員の退職

M&Aによる譲渡時に従業員が転籍をしないケースとM&A後に退職をするケースがあります。

 

人手不足で売手市場の現在では、特に中堅どころの30~40代の社員は引く手あまたの状況です。事務所を売却する話が出た場合、売られた側の従業員にとっては身売りされたように感じたり、経営体制や環境が変わることについて自分自身の処遇がどのように変わるのか、不安を感じたりします。

 

従業員は、年齢や、家族構成、働き方に関するモチベーションなど状況が様々です。またこれらは、時の経過とともに変化をします。M&Aの前段階においては、本人との面談により、新しい体制になって、何が変わるのか、何が変わらないのかをきちんと明示し、本人のやりたいことや、やりたくないことをヒアリングするとともに、引き続き働いてほしい旨を伝える必要があります。

 

できれば、スタート時点としては、「今までと何も変わらない+α」で新しい仕事にチャレンジできる環境(成長できる環境)を用意できると望ましいと考えられます。

 

M&A後に退職をするケースは、新しい環境に慣れないことが一番の要因です。新しい勤務地、出勤時間や給与等の待遇面の変更、新しい会計システムへの移行など、通常業務の負担に加えて、何かと従業員には負荷がかかります。

 

会計事務所のM&Aの場合、顧問先と従業員が揃って初めて事業として成り立ちます。つまり、極端な話、顧問契約をすべて承継できても従業員が1人も承継できなければ、顧問先へのサービスを買主側の従業員で行う必要が出てきますし、逆に従業員を全員承継できても顧問契約を一つも承継できなければ、従業員へ支払う給与を買主側の事務所の経費で賄う必要が出てきます。

 

すなわち、買主側では顧問契約と雇用契約の両面から、これらのリスクを認識し重要な顧問先や従業員の洗い出し、また、実際に離反が出た際の対処方法も併せて検討しておくことが重要となります。

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第4回:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~ビジネスモデルは?研究開発費は?会計処理は?株主は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、情報通信(IT)業のM&Aを検討していますが、情報通信(IT)業M&Aの特徴や留意点はありますか?


情報通信業は、インターネット、パソコン・ハードウェア、ソフトウェア、プロバイダ、通信回線等様々な業界・産業が集積しています。製造業であれば製品を製造している、小売業であれば消費者に商品を販売しているという想像がつきますが、情報通信業とだけ情報が存在しても、どのようなビジネスを営んでいるのかすぐに想像ができないところが情報通信業の特徴と言えるでしょう。また、フリマアプリで上場した会社や、アパレルECサイトで上場した会社があるように、一つのコンテンツがヒットすれば、爆発的な収益をもたらし得る業界であり、そこが魅力の1つと言えるでしょう。

 

M&Aを検討する場合には、ビジネスモデル、すなわちどのようなビジネスを営んでいてどのようなマネタイズ(収益化)方法をとっているのか、を正確に理解する必要があります。

 

 

情報通信業で開発を行っている企業は、開発が成功し、収益化できるようになって初めて売上高が計上されます。つまり、開発段階では売上高は計上されないため、下図のように資金は流出する一方となります。

 

 

 

 

そのため、資金を外部から調達する必要がありますが、情報通信業は一般的に銀行等からの借入ではなく、資本の出資という形でベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、投資に積極的な事業会社、エンジェル投資家等から資金を調達することが一般的です。これは、銀行等は現在の預金や不動産等の担保力を重視する事に対して、VC等は将来のリターンを重視するためです。情報通信業は銀行等に担保として提供できる資産を保有していないことがほとんどです。一方で、研究開発が成功しソフトウェアが多額の収益を生むこと可能性を秘めています。この可能性を投資家に説明し納得が得られると、担保等がなくても多額の資金を調達することが可能となります。そのため、情報通信業では借入ではなく資本での資金調達を行うことが多くなっています。

 

資本が多いということは、親族以外の株主がいることとなります。そのため、一般的な中小企業では親族のみの意思決定で株の売買が可能であったところ、既に株主となっているVC等の投資家の意見も検討した上でM&Aに臨むこととなります。投資家は投資のプロであるため、投資家が株主として存在する場合には自社内だけで検討せずにM&Aの専門家を交えて検討することをお勧めいたします。

 

 

 

また、情報通信業は、一般的に研究開発費が多額に必要となることも特徴の1つです。情報通信業の研究開発はビジネスの肝となることが多いため、外注ではなく社内にて研究開発を行うことが多く、研究開発にかかる人件費が多額となります。その人件費が研究開発費として計上されているのか、給料手当等人件費の勘定科目で計上されているのかについて正確に把握し、対象会社が研究開発にどれほどの人件費を割いているのかを確認しましょう。

 

また、会計上の話となりますが、研究開発がある程度進むと研究に要した支出をソフトウェア勘定(資産)とするか、研究開発費(費用)するかの論点が発生します。詳細な解説は割愛しますが、収益化の可能性が高くなったり、費用の削減の可能性が高くなった時点で、研究開発にかかった支出を費用ではなく資産(ソフトウェア勘定)として計上し、減価償却を行うこととなります。ソフトウェア勘定に振り替わると、費用が減少し、その分損益が改善します。つまり、ソフトウェア勘定に資産計上されているか、研究開発費等で費用計上されているかで、PL(損益計算書)の営業利益の見え方が大きく異なることになるため、ソフトウェア勘定が計上されている場合には、その内容を正確に把握する必要があります。特に、資産性が低いものの、PLの営業利益を良く見せるためにソフトウェア勘定として資産計上していないかに注意して検討しましょう。

 

 

情報通信(IT)業のM&Aを検討する場合は、ビジネスモデルを正確に理解した上で、ソフトウェア勘定の有無を確認し、開発費用の計上科目を確認しましょう。また、株主に投資家が存在する場合には、株主の意向はM&Aを検討する上で重要ですので、専門家を交えた上で適切に検討するのが望ましいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第3回:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~工事管理は?経営審査事項とは?会計処理は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、建設業のM&Aを検討していますが、建設業M&Aの特徴や留意点はありますか?


建設業は、元請となる大手の建設企業から、下請となる中小零細の工事企業まで様々な企業が含まれます。一つの工事に多数の企業が関与することは建設業の特徴の一つとなります。そして、多数の企業が関与するため、スケジュールの管理や予算の管理が難しいと言えます。

 

また、工事が長期にわたることも特徴の一つです。数か月で終了する工事もありますが、数年かかる工事もあります。一般的な商品・製品であれば、商品・製品の引渡しと対価であるお金(又は売上債権)の受取は同時に行われます。一方で、建設業の場合は工事が長期間にわたること、受注額が多額である性質から、数回に分けてお金が支払われることが一般的です。支払い金額やタイミングは個別の契約ごとに異なりますが、契約、中間、引渡の3回程度とされることが多いようです。下図のように、3回入金がある場合では、工事関連の運転資金は入金のタイミングが合えばほとんど必要にならず、クライアントからの売上金で工事費用を賄えます。

 

 

 

 

次に、公共工事が多いことも他業種と比べた際の特徴となります。公共工事をメインのビジネスとしている企業であれば、年度末が最も忙しく、売上高も多く計上されることとなります。公共工事を元請企業として受注するためには、経営審査事項(通称経審)と呼ばれるもので一定の点数を獲得する必要があります。経営審査事項の点数は財務諸表の数値等(例えば赤字だと点数が低い)で決定されるため、公共工事を受注するためには、赤字にしたくないというインセンティブが働きます。

 

建設業以外では、決算の数値を操作する目的は銀行から融資を獲得することが多いですが、建設業では、銀行からの融資に加えて、経営審査事項の点数獲得を目的として決算数値を操作することがあります。特に公共工事を元請として行っている企業をM&Aにて買収検討している場合は、決算数値の確からしさをには留意が必要となります。

 

 

さらに、建設業は会計処理が特有であり、建設業会計と呼ばれる会計処理を用いることも特徴の一つです。工事にかかる会計基準は、工事完成基準と工事進行基準があり、どちらかを用います。会計処理の詳細は割愛しますが、それぞれの特徴を簡単に説明します。

 

工事の時系列は下図のように20/3期に工事を開始して、21/3期に完成・引渡が行われる例を想定します。受注額は100,000千円、見積原価は85,000千円とします。

 

 

 

 

工事完成基準は、工事完成・引渡のタイミングで売上高と売上原価(材料費、人件費、外注費等)を計上します。つまり、工事が完成するまで損益としては認識されず、完成・引渡により初めて損益計上されます。例えば20/3期に工事を開始して、20/3期の期末に未完成の場合は、20/3期では売上高や売上原価は計上されません。そして、21/3期に工事が完成した場合は、21/3期に20/3期に稼働した分も含めて損益計上がなされます。

 

 

 

 

 

 

工事進行基準は、材料仕入や人件費、外注費の発生のタイミングで当初の見積原価率を用いて売上高を概算計上します。

 

下図では、19/12月より工事を開始しており、工事の開始月より費用が発生しております。19/12月の費用は10,000千円であり、見積原価率から売上高を計算すると10,000÷0.85=11,765千円が売上高として計上されます。毎月同様に計算され、20/3期で売上高76,471千円、売上原価65,000千円(粗利率15%)が計上されます。同様に、21/3期で売上高23,529千円、売上原価20,000千円(粗利率15%)が計上されます。工事完成基準とは異なり、工事の進行に応じて売上と売上原価が計上されるのが特徴となります。

 

 

 

 

工事完成基準と工事進行時基準の損益計上の概要を説明しましたが(貸借対照表項目については割愛しております。)、工事完成基準は稼働とは関係なく完成・引渡時に損益計上されとてもシンプルです。一方、工事進行基準は稼働と連動して損益が計上されるため適切に会計処理が行われれば実態に合った損益計上がなされます。しかし、工事進行基準は上記で説明したように、「見積」による利益率が会計数値に影響を与えます。この「見積」により、利益の操作が可能となる点は留意が必要です。工事進行基準を採用している場合には、工事完成基準に比べて、会計操作を容易に行える状況にありますので、特に留意が必要です。

 

建設業は工事の管理の難しさ、経営審査事項という決算数値を含めた点数が求められること、会計処理の複雑さ等により、会計操作が行われる可能性が他の業種と比べて高いものと思います。M&Aを検討する場合には、これらの点を留意して、決算数値の確からしさを公認会計士等の専門家を用いて調査することをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第2回:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~店舗ごとの貢献利益は?運転資金は?在庫リスクは?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、小売業のM&Aを検討していますが、小売業M&Aの特徴や留意点はありますか?


小売業は、最終顧客に商品を販売する業種です。BtoBの業種と比較すると小売業を含むBtoCの業種は、販売先(顧客)の数が非常に多くなります。そのため、顧客ごとの売上高・利益率等を把握して分析することはせず、客数・客単価等をKPI指標として設定し、分析することが小売業の特徴の1つとなります。

 

また、小売業は、販売ルートとしては実店舗での販売と、オンライン・通販等での販売とに分類ができます。近年では、オンライン・通販等を行う小売業者も増加していますが、中小企業では実店舗での販売がメインとなっているとことが多いように思います。

 

店舗が複数ある場合には、各店舗の損益管理が経営上重要となります。店舗別損益は、最低限売上高と売上原価、そして店舗でかかった経費について把握する必要があります。さらに、店舗ごとの貢献利益・営業利益の分析や客数・客単価等のKPIの情報を把握することが望ましいでしょう。貢献利益とは、店舗の売上高から売上に直接紐づく変動費(売上原価や販促費等)および店舗単独で発生する固定費(店舗人件費や店舗家賃等)を差し引いた利益のことです。貢献利益は店舗単独でどれぐらいの利益を獲得したのかを把握し、今後の施策や出退店等を検討する重要な利益指標となります。

 

貢献利益について具体例を用いて説明します。下図は本社と3店舗を有し、売上高3億円、営業利益5百万円の企業です。

 

 

 

 

 

 

 

 

店舗Aおよび店舗Bは貢献利益がプラスであるのに対して、店舗Cは貢献利益がマイナスとなっています。店舗Cを閉店して、売上も費用も全てかからない状態になる場合は、全社損益が5百万円改善することになります。しかし、正社員の雇用を継続する必要がある場合や、地代家賃の契約上途中解約による違約金が発生する場合等個別事情がある場合には、それらの事項も含めた上で検討する必要があります。

 

M&Aを検討している場合、対象会社の損益管理の状況を把握し、損益管理ができていない場合には、デューデリジェンス等にて会計士等の専門家を用いて店舗の損益数値を分析した上で、M&Aの検討をすることをお勧めします。

 

 

 

また、飲食店等も同様ですが、小売業の特徴として、現金売上が多い点が挙げられます。現金売上が多く、商品の仕入時は掛仕入で行っている企業の場合、買掛金の支払いよりも現金売上が先に発生するため、運転資金がほとんど必要ありません。

 

 

 

 

 

 

上図の例では、5月10日に仕入れた商品の支払いが6月末であることに対して、5月20日に現金売上となり、5月20日から6月末までの間現金が多い状況が続きます。そのため、小売業は他業種と比べ資金繰り上有利な業種と言えます。

 

一方で、2019年から実施されているキャッシュレス・消費者還元事業等の影響で、クレジットカードや電子マネー等での支払いが増加しているため、資金繰り上必ずしも有利とは言えない状況になりつつあります。M&Aの対象会社の運転資金の状況を分析し、キャッシュレス化の影響も把握することが望ましいでしょう。

 

 

また、小売業でも特に生鮮食品など、商品の劣化により販売できる期間が短い商品を扱っている場合は、廃棄ロスの管理が重要です。中小企業では廃棄ロスの管理を行っていない企業も少なくありません。例えば、筆者が関与した企業で改めて廃棄ロスを計測したところ、廃棄ロス率が20%であることがわかったケースもあります。仕入れた商品5つのうち1つは廃棄する計算です。廃棄ロスをゼロにするのが良いかどうかは経営判断となりますが、20%はさすがに多いためすぐに削減の施策を実行しました。M&Aの対象会社が廃棄ロスを管理していない場合や、廃棄ロスが多い場合には、貸借対照表に計上されている棚卸資産について全額資産性があるかどうかの検討が必要となります。また、買収後は廃棄ロス率の削減等の改善施策を行う必要があります。

 

 

また、小売業特有の仕入方法として買取仕入、委託仕入、消化仕入の大きく3つの仕入方法があります。

 

●買取仕入は、一般的な仕入のイメージで、その名の通り、店舗側で商品を買取って販売することです。

 

●委託仕入は、仕入先と販売委託契約を結び、店舗に商品を置きます。商品が売れたら商品代金ではなく「販売手数料」をもらう方式の仕入方法です。

 

●消化仕入れは、商品が店舗に納品されても仕入計上せずに、商品が販売された時点で初めて仕入れが計上される方法となります。売上仕入とも言います。

 

 

買取仕入は、買取っていますので商品が売れ残っても返品はできませんが、消化仕入と委託仕入は商品が売れ残った場合に返品が可能であり在庫リスクがないことが特徴です。M&Aの対象会社の仕入方法を確認し、在庫リスク等を把握した上でM&Aを検討することをお勧めします。

 

 

小売業のM&Aを検討する場合は、店舗損益をどのレベルまで把握できるかを確認しましょう。損益が把握できていない場合には、資料を入手して店舗損益を作成・分析する必要があります。また、KPIの分析状況、運転資金の状況、キャッシュレス化での影響、仕入先との契約関係等を把握した上でM&Aに臨むことをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第1回:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~原価計算は?運転資本は?設備投資は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、製造業のM&Aを検討していますが、製造業M&Aの特徴や留意点はありますか?


製造業の特徴は、当たり前ですが製品を製造しているということです。製品を製造していると製造していないでは、経営管理上大きく異なります。なお、製造業といっても多岐にわたりますが、広く一般的な製造業について記載いたします。

 

製造業のビジネスは、簡潔に記載すると「部品調達→製造→販売」となります。良い製品・商品・サービスを販売することはどの業種でも同様に重要ですが、製造業では製造工程の改善等による自社内の努力による利益改善の余地が大きいことがまず重要な特徴となります。

 

また、自社内で製品の製造を行うため、一般的に製造部品の仕入額、製造人員の人件費、外注費が重要な費用項目となります。会社の費用構造を把握した上で、製品の製造の中でどの部分が会社の強みであり、また改善余地があるのかを把握することが重要となります。

 

例えば小売業であれば、A商品を100円で仕入れて150円で販売すると、A商品の売上総利益は50円となりますが、製造業では商品の製造原価を算出する必要があります。製造原価を算出すること、つまり原価計算ですが、この原価計算を正確に行わないと製品ごとの原価が分からず、150円で販売した場合に利益がいくらになるのかが不透明となってしまいます。

 

 

しかし中小企業の場合、原価計算を行っておらず、製品の原価を把握できないままに製造し販売していることも少なくありません。社長の頭の中には、なんとなくの原価が想定されていますが、専門家により原価計算を行うと、実は赤字販売をしていたというような事もあります。つまり、原価計算を正確に行っていないと、製品ごとの利益の大小がわからず、どの製品を重点的に製造し・販売するのが会社として良いのか等の経営判断を誤る可能性があります。

 

製造業は、「部品調達→製造→販売」となり、一般的に製品のリードタイムが長いため、運転資金が他の業種と比べて多額になる傾向にあります。

 

 

仕入の支払いサイト、製造にかかる期間、売上の回収サイト等を把握することで製品リードタイムが把握でき、必要な運転資本の把握が可能となります。併せて、在庫の棚卸の頻度や滞留状況、廃棄の実施状況等の確認もしましょう。

 

また、M&Aにより、製造する製品の種類や量が変更になる場合、どの工程がボトルネックになるのかを把握することも重要です。ボトルネックを事前に把握しておくことで、製造工程の変更や、投資による解消を早期から検討できるからです。

 

さらに、工場の設備や機械の実質的な耐用年数、現在の消耗度、設備投資の周期や金額等を事前に把握しておくことも重要です。売手企業は、M&A実施前に設備投資は積極的には行わず、むしろ抑えることが多いため、買手企業による買収後、設備投資により多額の出費が必要になる可能性があります。設備投資の予定等も踏まえて買収価格の交渉を行うことが望ましいでしょう。

 

製造業は、他の業種とは異なる様々な特徴や留意点があるため、事前にデューデリジェンス等を通じてこれらを十分に理解した上でM&Aに臨むことが必要です。