[解説ニュース]

【Q&A】被相続人から相続開始の年に贈与を受けた相続人の課税関係

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

[関連解説]

■相続税の債務控除の対象とされる債務の範囲

■遺産分割による配偶者居住権の設定と相続税の小規模宅地等の特例の適用

 

 

 

【問】

Aさん(35歳)の父親(享年70歳)は、令和3年12月に急死しました。父親の相続人はAさんと兄の2人です。Aさんは、起業に伴う開業資金として令和3年4月に父親から現金2,000万円の贈与を受けており、また父親の事業の後継者である兄がその事業に係る多額の債務を承継することから、父親の遺産については相続をしないつもりです。この場合において、Aさんに対する贈与税や相続税の取扱いはどのようになるのでしょうか。

 

なおAさんは父親から令和3年の現金2,000万円以外に贈与を受けておらず、令和3年中に父親以外の人から財産の贈与を受けたことはありません。またAさんの父親は、生前に遺言を作成していません。

 

 

【回答】

1.贈与年に贈与者が死亡した場合における、受贈者の税務の取扱い


財産の贈与をした人(贈与者)が、その贈与をした年に死亡した場合、贈与により財産を取得した人(受贈者)の税務は、受贈者が贈与者から相続または遺贈により財産を取得したかどうかにより、次の通りに取扱われます。

 

(1)受贈者が贈与者から相続または遺贈により財産を取得した場合

相続または遺贈により財産を取得した者が、相続の開始年にその相続に係る被相続人から贈与により財産を取得した場合、その財産の価額は相続税の課税価格に加算されます。この場合、相続税の課税価格に加算されるものの価額は贈与税の課税価格には算入されず、贈与税の申告は不要です(相続税法(相法)21条の2第4項)。

 

(2)受贈者が贈与者から相続または遺贈により財産を取得しなかった場合

相続の開始した年に被相続人から贈与により財産を取得した個人が、被相続人から相続または遺贈により財産を取得しなかった場合には、その贈与財産の価額は、その贈与があった年の受贈者の贈与税の課税価格に算入されるのが原則です(相法基本通達21の2-3(1))。

 

ただし、被相続人からの贈与につき相続時精算課税制度の適用を受ける場合、その贈与により取得した財産の価額は贈与税の課税価格に算入されるものの(相法21条の10)、贈与税の申告書の提出は不要とされます(相法28条第4項、相法基本通達21の2-3(2))。この場合、その贈与により取得した財産は、贈与者より相続により取得したものとみなされ、贈与財産の価額は相続税の課税価格に算入されます(相法21条の15第1項、21条の16第1項)。相続開始の年に被相続人から贈与を受けた財産について相続時精算課税制度の適用を受けるためには、贈与者(被相続人)に係る相続税の申告期限または受贈者に係る贈与税の申告期限のいずれか早い日(本問の場合、Aさんの令和3年分贈与税の申告期限の令和4年3月15日)までに、被相続人(=父親)の所轄税務署長に対し相続時精算課税選択届出書を提出する必要があります(相法施行令5条第3項、第4項、相法基本通達21-9-2(1))。

 

2.結論


ご質問の場合、Aさんが父親から相続により財産を取得せず、かつ、令和3年中に父親から贈与を受けた現金2,000万円について、令和4年3月15日までに相続時精算課税選択届出書を提出して相続時精算課税制度の適用を受ける場合、前述1(2)より、その2,000万円が贈与税の課税価格に算入されますが、特別控除額2,000万円を控除することにより、Aさんの令和3年分の贈与税は生じません。一方、Aさんが父親から贈与を受けた現金2,000万円は相続税の対象となり、その現金の額と兄が相続する父親の相続財産の価額(債務控除後)との合計額が、遺産に係る基礎控除額以下であるときには、相続税も発生しません。

 

なお、上記の場合において、Aさんが令和4年3月15日までに相続時精算課税選択届出書を提出しないときは、相続時精算課税制度の適用を受けることができません。相続時精算課税制度の適用を受けず、かつ父親から相続により財産を取得しない場合は、前述1(2)前段より、父親から贈与を受けた現金2,000万円に贈与税が課税され、Aさんは贈与税額585万5,000円を納めることになりますので、注意が必要です。

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2022/01/17)より転載

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「同族関係者間における非上場株式の売買」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】非上場株式の売買とみなし譲渡課税

■【Q&A】事業譲渡に当たっての適正価額について

 


[質問]

㈱乙は㈱甲から、平成28年6月に会社分割で設立した法人です。

 

100%子会社です。適格分割です。

 

㈱乙の代表取締役であるBの実父Aは大株主であり、相続の発生が近いと思われます。

 

Bは、相続により㈱甲の株主構成が変更され、㈱乙の経営を妨害されないように、㈱乙の株式を過半数、あるいは全部を㈱甲から買い取りたいと考えています。

両法人とも通常の事業会社です。

 

株価の算定に当たって、小会社として(実際は大会社にあたる)、不動産の評価は時価、評価差額の法人税は控除しない、以外に特別に考慮すべきことはありますか。

 

 

 

[回答]

ご照会の件については、特に下記①及び②の条件にご注意ください。

 

〔説明〕
法人から個人への非上場株式の売買に関して、法人税の法令・通達のうちその価額の算定の参考となるものとしては、ご承知のように、法基通9-1-13及び9-1-14が挙げられます。ここでは、「当該事業年度終了の日前6月間の売買実例のうち適正と認められる価額」や「比準すべき類似法人の株価」などがない場合の価額の算定は、一定の条件を加えた上で、評基通178から189-7までの例により算定した価額によることを認めています(法基通9-1-14)。

 

法基通9-1-14について法人税基本通達逐条解説(税務研究会出版局)では、「なお、本通達は、気配相場のない株式について評価損を計上する場合の期末時価の算定という形で定められているが、関係会社間等において気配相場のない株式の売買を行う場合の適正取引価額の判定に当たっても、準用されることになろう。」と述べられており、非上場株式の売買においても指針となる通達であると考えられます。

 

法基通9-1-14は、「財産評価基本通達の178から189-7までの例によって算定した価額によっているときは、課税上弊害がない限り、次によることを条件としてこれを認める。」としており、大きく3つの条件を掲げています。3つの条件の概要は次のとおりです。

 

① 評基通179の例により算定する場合において、当該法人が当該株式の発行会社にとって「中心的な同族株主」に該当するときは、当該発行会社は常に同通達178に定める「小会社」に該当するものとしてその例によること。
② 当該株式の発行会社が土地等又は上場有価証券を有しているときは、評基通185の本文に定める「1株当たりの純資産額(相続税評価額によって計算した金額)」の計算に当たり、これらの資産については当該事業年度終了の時における価額によること。
③ 評基通185本文に定める「1株当たりの純資産額(相続税評価額によって計算した金額)」の計算に当たり評価差額に対する法人税額に相当する金額は控除しないこと。

 

 

これらの条件については、特に次の点にご注意いただく必要があります。

 

上記①の条件に関して、「『小会社』に該当するものとして」としているのは、「評基通179の例により算定する場合」であり、評基通180の類似業種比準価額の計算に当たっては、この条件は当てはまりません。したがって、本来の会社規模に応じていわゆる「しんしゃく割合」を適用することになり、評基通180の算式中の「×0.7」については、評価会社が大会社であれば0.7のまま計算する必要があります。

 

上記②の条件に関しては、土地等については相続税評価額ではなく、いわゆる「通常の取引価額」によること、上場株式等については3か月の月中平均は使えず、評価時期の終値によることになります。

 

 

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2021年8月19日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[解説ニュース]

速報!令和4年度税制改正案

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

 

~大綱に盛り込まれた資産課税を中心とされる改正案の主な内容は以下のとおり~

 

■【住宅・土地税制(所得税・固定資産税等)】《令和4年度税制改正大綱(「大綱」)P16~17、23、21、34~35、36》

1.住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除【見直し】

 

適用期限が令和7年12月31日まで4年延長されるとともに、次の措置が講じられる。

 

(1)住宅の取得等をして令和4年から令和7年までの間に居住の用に供した場合の、住宅借入金等の年末残高の限度額(借入限度額)、控除率及び控除期間が次のとおりとされる。

【図表①】

*1「認定住宅等で建築後使用されたことのあるもの」の取得である場合、借入限度額は一律 3,000万円。
*2 既存住宅の取得又は住宅の増改築等の場合、借入限度額は一律2,000万円。

 

(2)適用対象者の所得要件が、2,000万円以下(現行:3,000万円以下)に引き下げられる。

 

(3)個人が取得等をした①床面積が40㎡以上50㎡未満である住宅の用に供される家屋で、令和5年12月31日以前に建築確認を受けたものの新築又は②当該家屋で建築後使用されたことのないものの取得についても、本特例の適用ができることとされる。ただし、その者の控除期間のうち、その年分の所得税に係る合計所得金額が1,000万円を超える年については、適用されない。

 

(4)①令和6年1月1日以後に、建築確認を受ける住宅の用に供される家屋(登記簿上の建築日付が同年6月30日以前のも のを除く。)又は②建築確認を受けない住宅の用に供される家屋で登記簿上の建築日付が同年7月1日以降のもののうち、一定の省エネ基準を満たさないものの新築又は③当該家屋で建築後使用されたことのないものの取得については、本特例の適用を受けることができない。

 

(5)適用対象となる既存住宅の要件については、①築年数要件(家屋が建築された日からその取得の日までの期間が20年(マンションなどの耐火建築物は25年)以下とする要件)が廃止されるとともに、②新耐震基準に適合している住宅の用に供される家屋(登記簿上の建築日付が昭和57年1月1日以降の家屋については、新耐震基準に適合している住宅の用に供される家屋とみなされる。)であることが加えられる。

 

(注)上記(2)及び(5)の改正は、住宅の取得等をして令和4年1月1日以後に居住の用に供した場合について適用される。

 

2.居住用財産の譲渡に係る譲渡所得の特例【延長・見直し】

(1)特定の居住用財産の買換え及び交換の場合の長期譲渡所得の課税の特例について、買換資産が令和6年1月1日以後に建築確認を受ける住宅(登記簿上の建築日付が同年6月30日以前のものを除く。)又は建築確認を受けない住宅で登記簿上の建築日付が同年7月1日以降のものである場合の要件にその住宅が一定の省エネ基準を満たすものであることを加えた上、その適用期限が令和5年12月31日まで2年延長される。

 

(注)上記の改正は、令和4年1月1日以後に行う譲渡資産の譲渡に係る買換資産について適用する。

 

(2)居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除等及び特定居住用財産の譲渡損失の繰越控除等の特例の適用期限が、令和5年12月31日まで2年延長される。

 

3.土地に係る固定資産税等の負担調整措置【見直し】

令和4年度限りの措置として、商業地等(負担水準が60%未満の土地に限る。)の令和4年度の課税標準額が、令和3年度の課税標準額に令和4年度の評価額の2.5% (現行:5%)を加算した額(ただし当該額が評価額の60%を上回る場合には60%相当額とし、評価額の20%を下回る場合には20%相当額)とされる。

 

4.登録免許税・印紙税の特例【延長】

(1)住宅用家屋の所有権の移転登記に対する登録免許税の軽減税率について、築年数要件の廃止等上記1(5)と同様の見直しを行った上、適用期限が令和6年3月31日まで2年延長される。

 

(2)住宅用家屋の所有権の保存登記に対する登録免許税の軽減税率及び不動産の譲渡に関する契約書等に係る印紙税の税率の特例の適用期限が、令和6年3月31日まで2年延長される。

 

 

■【相続税・贈与税】《「大綱」P34、7、33》

1.事業承継税制(非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予の特例制度)【延長】

特例承継計画の提出期限が、令和6年3月31日まで1年延長される。

 

(注)令和9年12月31日までの特例の適用期限については、今後とも延長は行われない。

 

2.直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(震災特例法の非課税以外)等【見直し】

(1)適用期限(現行:令和3年12月31日)が、令和5年12月31日まで2年延長される。

 

(2)非課税限度額が、住宅用家屋の取得等に係る契約の締結時期にかかわらず、住宅取得等資金の贈与を受けて新築等をした次に掲げる住宅用家屋の区分に応じ、それぞれ次に定める金額とされる。

①耐震、省エネ又はバリアフリーの住宅用家屋:1,000万円
②上記以外の住宅用家屋:500万円

 

(3)適用対象となる既存住宅用家屋の要件について、①築年数要件(取得の日以前20年(耐火建築物は25年)以内に建築されたものとする要件)が廃止されるとともに、②新耐震基準に適合している住宅用家屋(登記簿上の建築日付が昭和57年1月1日以降の家屋は、新耐震基準に適合している住宅用家屋とみなされる。)であることが追加される。

 

(4)受贈者の年齢要件が、18歳以上(現行:20歳以上)に引き下げられる。

 

(5)上記((2)を除く。)の改正は、住宅取得等資金の贈与に係る相続時精算課税制度の特例措置も同様とされる。

 

(注)上記の改正は、令和4年1月1日(上記(4)の改正は同年4月1日)以後に贈与により取得される住宅取得等資金に係る贈与税について適用される。

 

 

■【その他(所得税・法人税・消費税・個人住民税等)】《「大綱」P26、59、65、71~72、86~87、27、91》

1.一定の内国法人が支払を受ける配当等に係る所得税の源泉徴収不要

次に掲げる配当等については所得税を課さないこととされ、その源泉徴収は行わないこととされる。

 

①完全子法人株式等(株式等保有割含100%)に該当する株式等に係る配当等
②配当等の支払に係る基準日において、当該内国法人が直接に保有する他の内国法人の株式等(当該内国法人が名義 人として保有されるものに限る。)の発行済株式等の総数等に占める割合が3分の1超である場合における、当該他の内国法人の株式等に係る配当等

 

(注)上記の改正は、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当等について適用される。

 

2.法人税の一括償却資産の損金算入・中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例の見直し

対象資産から貸付け(主要な事業として行われるものを除く。)の用に供した資産を除外した上、中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例の適用期限が2年延長される(所得税についても同様)。

 

3.消費税の免税事業者に係る適格請求書発行事業者の登録の見直し

(1)免税事業者が、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中に適格請求書発行事業者の登録 を受ける場合には、その登録日から適格請求書発行事業者となることができることとされる。

 

(2)上記(1)の適用を受けて登録日から課税事業者となる適格請求書発行事業者(その登録日が令和5年10月1日の属する課税期間中である者を除く。)の、その登録日の属する課税期間の翌課税期間からその登録日以後2年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、事業者免税点制度が適用されない。

 

4.財産債務調書制度等の見直し

(1)令和5年分以後の財産債務調書については、現行の提出義務者のほか、その年の12月31日において有する財産の価額の合計額が10億円以上である居住者が提出義務者とされる。

 

(2)令和5年分以後の財産債務調書の提出期限については、その年の翌年の6月30日(現行:その年の翌年の3月15日) とされる(国外財産調書についても同様)。

 

(3)提出期限後に財産債務調書が提出された場合において、その提出が「調査があったことにより更正又は決定がある べきことを予知してされたもの」でないときは、「その財産債務調書は提出期限内に提出されたものとみなす措置」については、その提出が調査通知前にされたものである場合に限り適用される(国外財産調書についても同様)。

 

(注)上記の改正は、財産債務調書又は国外財産調書を令和6年1月1日以後に提出する場合について適用される。

 

(4)令和5年分以後、財産債務調書への記載を運用上省略することができる「その他の動産の区分に該当する家庭用動産」の取得価額の基準を300万円未満(現行:100万円未満)に引き上げるほか、財産債務調書及び国外財産調書の記載事項について運用上の見直しを行う。

 

5.上場株式等に係る配当所得等の課税の特例の見直し

内国法人から支払を受ける上場株式等の配当等で、その支払を受ける居住者等(以下「対象者」)及びその対象者を判定の基礎となる株主として選定した場合に同族会社に該当する法人が保有する株式等の発行済株式等の総数等に占める割合が100分の3以上となるときにおける、その対象者が支払を受けるものは総合課税の対象とされる。

 

(注)上記の改正は、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき上場株式等の配当等について適用される。

 

6.個人住民税の上場株式等の配当所得等に係る課税方式の見直し

令和6年度分以後の個人住民税において、特定配当等及び特定株式等譲渡所得金額に係る所得の課税方式が所得税と一致させることとされる。これに伴い、上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除の適用要件を所得税と一致させる等の規定の整備が行われる。

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/12/14)より転載

[ゼロからわかる事業再生]

第4回:事業再生手続に舵を切るタイミング

~事業再生とは、事業再生の手続の種類、事業再生手続実施のタイミング~

 

[解説]

髙井章光(弁護士)

 

 

[質問(Q)]

当社は創業40 年となり20 店舗を有する中堅小売り店ですが、近年の不況のため毎年赤字が続き、3 年前から債務超過となってしまっています。「事業再生」の手続はどの時点で行うのがよいのでしょうか。

 

 

[回答(A)]

赤字が続き、債務超過に至ってしまえば、破産の危機に陥ってしまいます。今後2 ~ 3 年での黒字転換が難しい状況であれば、早期に「事業再生」を実施すべきと考えられます。赤字から黒字転換できたとしても、資金不足が解消せず、資金ショートの危険が生じている場合には、早期に「事業再生」を実施する必要があります。

 

 

 

1.事業再生とは


事業を営む者や企業が、赤字が続き、債務超過に至ってしまった場合には、資金不足となり、事業活動を継続することができなくなる危険が生じます。このような窮境状況にある場合に、事業を廃止・清算するのではなく、事業をなんとか継続するための手法が「事業再生」手続です。

 

「事業再生」手続のポイントは、①資金繰りの建て直し、②事業収益力の見直し、③過大負債の削減を行うことにあります。窮境状態に至ってしまった場合、資金不足となり資金ショートのおそれが高まりますので、一定範囲の支払を一時期留保してもらって、資金繰りを建て直しながら、支払留保の期間中に事業収益力の見直しを実施し、それでも負債を適正に返済することが難しい状態の場合には、過大な負債の削減を実施することになります。

 

2.事業再生の手続の種類


「事業再生」手続には、大きく分けて法的再生手続と私的再生手続があります。

 

法的再生手続は、法律の規定によって裁判所が手続を監督しながら進める手続であり、手続開始時におけるすべての債権者に対して支払猶予してもらいながら手続を進めます。民事再生手続や会社更生手続がこれに当たります。

 

私的再生手続は、必ずしもすべての債権者に支払猶予を依頼するのではなく、主に大口債権者たる金融機関のみに支払猶予を依頼しながら、金融機関と協議の上で再建策を構築する手続になります。事業再生ADR、中小企業再生支援協議会、特定調停手続がこれに当たります。なお、これらの手続には一定の手続ルール(準則)があり、そのルールに則って私的再生手続を進めていきますが(準則型私的整理手続)、特にルールが決まっている訳ではなく、弁護士が前面に立って債権者との協議を進めて行く方法もあり、「純粋私的再生手続」と呼ばれています。純粋私的再生手続において、会社の事業を他の会社に事業譲渡し、従前の会社は特別清算手続にて過大負債とともに清算する手法(いわゆる第二会社方式)も多く行われています。

 

3.事業再生手続実施のタイミング


「事業再生」手続を経ずに再建できれば、債権者に迷惑をかけることも少なくて済みますので、これに越したことはありません。しかし、再建できると思って、「事業再生」手続実施のタイミングを見誤り遅れてしまった場合には、「事業再生」手続を実施しても解消できないほど負債は過大となり、また、事業収益力の毀損が著しくなってしまい、「事業再生」を実施する期間中に必要となる資金が枯渇してしまうことなどによって、破産しか選ぶ途がなくなってしまいます。

 

通常、「事業再生」手続の実施が早ければ早いほど、その効果は大きくなります。資金が多く残っていれば、時間をかけて再建策を講じることができますし、事業収益力の毀損が大きくなければ、大手術でなく軽い手術にて改善することができます。

 

 

「事業再生」手続を実施するタイミング、判断ポイントをまとめると以下のとおりです。

 

 

 

 

すなわち、資金がショートしてしまえば事業活動を継続できませんので、早期に「事業再生」手続を実施する必要があります。また、資金繰りが一定期間において継続できるとしても、経常赤字が継続して解消の目途が立たなければ、早晩に資金繰りにも影響が生じる危険があります。経常利益を出していてもその利益の額は大きくないため、大幅な債務超過を解消する目途が立たない場合には、同様に過大負債の返済負担に耐えられなくなってしまいます。

 

「事業再生」の必要性を感じた場合には、早期に事業再生を専門とする弁護士に相談し、「事業再生」を実施する必要があるか見極めてもらうのがよいと思います。

 

 

 

 

 

 

[氏家洋輔先生が解説する!M&Aの基本ポイント]

第9回:会社分割および事業譲渡のメリットとデメリット(比較)

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:株式譲渡と事業譲渡~株式譲渡、事業譲渡のメリットとデメリットとは?~

▷関連記事:M&Aの主なスキーム (株式譲渡、事業譲渡、会社分割)~メリットとデメリット?留意点は?~

▷関連記事:どのようにM&Aを行うのか~株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)、合併、事業譲渡、会社分割、株式交換・株式移転~

 

 

 

M&Aを検討する場合に、最も多く用いられるスキームは株式譲渡です。株式譲渡によりそのまま親子関係となり、他のスキームと比べとてもシンプルな方法です。一方で、M&Aのニーズとして、会社の一部の事業だけを売却したいというニーズがあり、その場合には株式譲渡は用いずに、会社分割又は事業譲渡を用います。下図のような、A社のY事業をB社に移転するという方法に会社分割又は事業譲渡が用いられます。会社の置かれた状況によりどちらを用いた方がよいかが異なるため、違いを理解しておく必要があります。

 

 

 

 

 

会社分割は組織再編行為であることに対して、事業譲渡は取引法上の行為であることから以下のような違いが生じます。

 

 

 

権利義務の承継には包括承継と特定承継があります。包括承継は、その権利義務の全部または一部を包括的に別の会社へ承継することをいいます。特定承継は事業に関する財産等を個別移転することをいいます。会社分割では権利義務は包括承継となり、事業譲渡では特定承継となります。

 

会社分割のような組織再編では、資産の変動や債務者の変更により債権者の利害に影響を及ぼす恐れがあります。債権者保護手続きは債権者の利益を守る目的で、会社法で定められた手続きです。官報公告や個別催告で組織再編の通知を受けた債権者は、最低1か月間は異議を述べる機会が与えられます。債権者が異議を申し立てた場合、当事会社は弁済もしくは相当の担保を提供するといった対応をとる必要があります。会社分割では一定の場合を除いて債権者保護手続きが必要であるのに対して、事業譲渡では債権者保護手続きは不要です。

 

また、雇用、許認可、消費税、登録免許税、不動産取得税等の違いがあるため、譲渡事業の特性等に応じてスキームを検討する必要があります。

 

 

留意事項

一般的に、特定承継である事業譲渡は引き継ぐ資産負債、従業員等と個別に特定したうえで契約を行うため実務的に煩雑になります。

 

また、事業を行うにあたり許認可が必要であり、かつ許認可の取得が容易ではない場合は、事業譲渡では許認可の引継ぎが行われないため、事業運営に支障をきたす可能性があります。

 

さらに、譲渡事業に多額の不動産が含まれる場合に事業譲渡を選択すると、登録免許税や不動産取得税の金額が高額となります。

 

上記のように、会社分割と事業譲渡は異なる点が多く、これらの内容を理解せずにスキームを決定すると、思わぬ落とし穴がある場合があるためスキームの選定は専門家を交えて慎重に行いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「法人の解散・清算に伴う役員退職金の損金算入時期」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】会社解散後清算人に就任した代表取締役に対する退職給与

■【Q&A】解散に際して支払われる役員退職金の課税関係

 


[質問]

㈱Aは建設業を営む青色申告法人です(売上高7千万円、役員は代表取締役甲 のみ、従業員3名、課税所得800万円、税務上の繰越欠損金額なし、8月決算)。

 

㈱Aの代表取締役甲は急病により余命1年と宣告されました。よって、甲は令和3年8月31日に㈱Aの解散登記、同10月31日に清算結了登記を行い、廃業することを決定しました。

 

甲は清算人に就任して、清算結了までの解散事務を行う予定です。
また、㈱Aは甲に対して退職金として800万円を支払う予定です。
※役員報酬月額70万円×勤続年数6年×功績倍率2倍=840万円

 

 

 

(質問事項)
この場合、解散の決議・清算人の選任を行う臨時株主総会(8月31日)におい て、併せて役員退職金(800万円)の支給決議を行い、直ちに支給する場合には、不相当に高額な場合を除き、解散事業年度の損金の額に算入することになる考えますが貴職のご見解をおたずねします。
※甲の入院にともない500万円の保険金が当期に㈱Aに入金されたことに対する税務対策として解散事業年度に退職金を支払う目的があります。

 

 

(参考資料)
所得税基本通達 30-2(6)
(引き続き勤務する者に支払われる給与で退職手当等とするもの)
30-2 引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われ る給与のうち、次に掲げるものでその給与が支払われた後に支払われる退職手当 等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に 支払われるものは、30-1 にかかわらず、退職手当等とする。
(1)~(5) 省略
(6) 法人が解散した場合において引き続き役員又は使用人として清算事務に従 事する者に対し、その解散前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与

 

 

 

[回答]

1 退職給与は、退職という事実に基因して支払われる一時の給与であり、清算人は、法人税法上の役員ですから、解散前の代表取締役が解散後も引き続き清算人に就任した場合、法人の役員としての地位は連続し、退職という事実がないことから、原則として、当該代表取締役に対する一時金の支給は、たとえ相当の金額であったとしても退職給与として損金の額に算入できないことになります。

 

2 しかしながら、次のような法人税及び所得税の取扱いがあります。
法人税基本通達9-2-32においては、分掌変更等の場合のように実質的に退職したと同様の事情があると認められる特別の場合に限り、その事情に基づき当該役員に対し役員退職金をいわゆる打切支給したときは、退職給与として損金算入することができる取扱いが認められています。また、所得税基本通達30-2の(6)においては、引き続き勤務する役員等に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち、その給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるもので、法人が解散した場合において引き続き役員又は使用人として清算事務に従事する者に対し、その解散前の勤務期間に係る退職手当等として支払われる給与は、退職所得として取り扱うことを認めています。

 

3 したがって、法人が解散した場合において、引き続き役員として清算事務に従事する者に対し、その解散前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる、いわゆる打切支給の退職給与は、上記のように所得税法上退職手当等として取り扱われることから、法人税法上も分掌変更等の場合の取扱い(法基通9-2-32)と同様、退職給与として取り扱われ、その適正額については損金の額に算入することが認められるものと考えます。

 

4 そして、退職役員に対する退職給与の損金算入時期は、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度が原則とされています(法基通9-2-28)。ただし、打切支給の退職給与は、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれないこととされています(法基通9-2-32(注))。

 

5 ご質問の場合、㈱Aは、代表者甲の代表取締役から清算人への職務の変更に際し、解散事業年度末に役員退職金の支給決議を行い、直ちにその退職金を支給するとのことです。また、甲の職務内容は激変し、清算人の職務に対する報酬も、無報酬か又は代表取締役時代より激減すると推察されるなど、実質的に退職したと同様の事情があるものと認められますし、退職金の額も不相当に高額とも認められませんから、上記の取扱いに照らして考えれば、解散事業年度の損金の額に算入することで問題ないと考えます。
なお、代表者甲の入院に伴う保険金の入金時期については、上記の判断のうえで考慮の対象とはなりえません。

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2021年8月10日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第11回:類似会社比較法(マルチプル法)とは

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.類似会社比較法(マルチプル法)とは

①マルチプル法って何?

②マルチプル法の手順

2.マルチプル法の実務

①類似企業を選ぼう

②倍率を出そう:EV/EBITDA倍率

③倍率を出そう:PER・PBR

④計算事例

 

 

今回はバリュエーションの中でもよく使用される「マルチプル法」についてご説明します。マルチプル法は類似上場会社の数値を基礎として価値を評価する手法です。ざっくりとした企業価値を算出するのにもってこいの手法なので、事例を基に見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1. 類似会社比較法(マルチプル法)とは


①マルチプル法って何?

東証や大証などの市場に株式が出回っている場合、価値の算定はそこまで難しくありません。普通株式であれば、単純に株価×発行済株式数を基礎として株主資本価値を算定することが可能です。

 

しかし、M&Aにおいて市場に株式が出回っている会社が登場することは非常に稀です。多くのM&A案件は非公開会社の売買案件ですので、上記のように単純に価値を評価することが出来ません。しかし、一定程度の客観性を持った評価金額が必要となります。

 

そこで、類似上場会社の数値を基礎として価値を評価する類似会社比較法(マルチプル法)を使用していくこととなります。

 

 

 

≪Column:企業価値評価の手法について≫


前回ご紹介した通り多くの企業価値評価手法がありますが、実際に使用される手法ランキングを作成した場合、1位:DCF法、2位:マルチプル法になると思われます。(筆者私見ですが、この2手法は群を抜いて使用されています。3位以下を大きく引き離してのワンツーフィニッシュですね。)

 

DCF法は将来情報を企業価値として織り込むことから非常によく用いられています。マルチプル法はそこまで難しくない計算過程の割に、一定の客観性を保った金額を得ることが出来るため重宝されています。

 


 

②マルチプル法の手順

まずはざっくりと、マルチプル法の手順についてご説明します。マルチプル法は、ある指標(倍率)が、評価対象会社と類似企業でほぼ同じである前提に基づいて価値を計算する手法です。実際には後述するEV/EBITDA倍率等が良く使用されますが、まずはイメージを掴みやすいよう、第10回で挙げた「経常利益」を指標とする例を再掲します。

 

 

 

 

 

❶上場している類似会社の決定

まず上場している類似企業を見つけます。バリュエーションにおける評価対象となる企業とビジネスが類似している上場企業を見つけます。今回は以下の会社が類似企業として選定されたとします。

 

 

 

 

❷倍率の算定

上記類似企業のデータを用いて倍率を算定します。時価総額を経常利益で割った倍率を求めてみましょう。

 

 

 

 

❸対象企業の価値評価

上記倍率(20倍)という数字が評価対象会社にも当てはまる前提に基づき、算定した倍率を評価対象会社に当てはめて、株主資本価値を求めます。

 

 

 

 

 

 

 

そこまで難しくなさそうですね。類似上場企業の倍率を算定し、その倍率をM&A対象となる非公開会社に当てはめて計算するだけです。類似企業であれば、ある程度倍率も同じ傾向を示すだろうという仮定に基づいている点がポイントです。

 

 

 

[Point]

マルチプル法は、評価対象会社と類似企業で使用する倍率が同じ傾向を示す前提での計算方法。

 

 

 

2.マルチプル法の実務


ざっくりとしたイメージは上記の通りですが、実務上はより細かく慎重に検討していくこととなります。

 

①類似企業を選ぼう

マルチプル法で最も重要なことは類似企業の選定と言っても過言ではないです。業種・業界の類似性はもちろん、製品や規模、地域、資本構成、利益率等様々な要素を加味して類似企業の選定を行うこととなります。

 

実務上は3社~10社程度の類似企業を選定することが多いです。上記の項目1つ1つを見た場合、当然対象会社とは異なると感じる項目も発生します。例えば業界や製品は似ているものの、資本構成が異なる(対象会社は負債が多い一方、類似企業は負債が少ない等)場合があります。類似企業の母集団が小さいと客観的な数値になりにくいため、そのように差異がある場合でも類似企業として含め、ある程度の類似企業数とすることが多いです。使用する倍率は類似企業の平均値や中央値を使います。

 

②倍率を出そう:EV/EBITDA倍率

使用する倍率はEV/EBITDA倍率、PERやPBRが使用されることが多いです。まずは最も使用されるEV/EBITDA倍率を見ていきましょう。

 

 

●EV/EBITDA倍率

EV/EBITDA倍率はEV÷EBITDAで求める倍率です。分子の「EV」はEnterprise Valueの略で企業価値と訳されますが、実際には事業価値がより近い概念となります。該当企業を買収する際、実際に必要な金額はいくらか?という観点からの指標です。

 

純有利子負債=有利子負債-余剰資金-非事業性資産等)

 

 

数式の通り、時価総額に純有利子負債を足した金額がEVです。時価総額は「株主資本価値」を示し、株主にとっての会社の価値部分です。これに純有利子負債を足すことで、その企業自体を保有した際に必要となる正味金額を示していることになります。

 

例えば100%株式買収により会社を買収したとします。その際、株式時価総額を支払うことで会社の買収は完了しますが、同時に会社が元々持っている負債の返済義務を負いますね。一方、余剰資金や非事業性資産の売却による現金流入によってカバーできる分もあります。そのため返済義務のある有利子負債から、余剰資金や非事業性資産を差し引いた正味の返済必要金額である「純有利子負債」が、実際購入金額に追加で必要となる金額です。株式時価総額に正味の返済義務である「純有利子負債」を足した金額が、「実際に必要な金額」であるEVとなります。

 

なお、非支配株主持分がある場合は上記に加算します。非支配株主持分は有利子負債と同様に他人資本であるため、正味金額に含めるべきという考え方です。

 

 

 

 

分母にくる「EBITDA」は第8回目でご説明した「金利支払前、税金支払前、減価償却費控除前の利益」(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)です。

 

借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図ろうとしています。なお、EBITDAは簡便的に「営業利益+減価償却費」で表現されることが多いです。営業利益であれば支払利息や税金を除いた状態ですので、営業利益に減価償却費を加算することで簡便的にEBITDAを表現しています。

 

上記の通り個別にEV・EBITDAを求め、EV÷EBITDAの倍率を算定することになります。

 

 

③倍率を出そう:PER・PBR

その他指標として、PERやPBRが使われることもあります。PER・PBRは株式に関する指標としてよく出てきますので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 

 

PER(Price Earnings Ratio:1株当たり当期純利益)=株式時価総額÷当期純利益

PBR(Price Book-value Ratio:1株当たり純資産)=株式時価総額÷純資産

 

 

1株当たりの当期純利益や純資産を用いています。EV/EBITDA倍率のように一捻りしておらず、株式時価総額を使用してさくっと求めることが可能ですので、M&Aの初期段階でざっくりした価値を求めるのに向いています。

 

 

 

 

≪Column:倍率の意味≫


マルチプル法はいずれも割り算を用いていますね。この割り算にも実は意味があり、EV/EBITDA倍率であれば「企業の買収に必要な株式時価総額と、買収後の純負債返済に必要な金額が、EBITDA何年分で充当できるか」、PERであれば「企業の買収に必要な株式時価総額が、当期純利益何年分で充当できるか」といった意味になります。

 

さて、マルチプル法を採用する場合、まずEV/EBITDA倍率の採用をまずは考えます。

 

EBITDAは借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図る指標でしたね。そのため、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の何年分か」を示す指標がEV/EBITDA倍率です。

 

EV/EBITDAの特徴

通常の事業活動を行った結果正味金額を何年で回収できるのかを確認する目安となる

●EBITDAは償却費等を除いているため企業間の比較可能性が高い

 

M&Aにおける企業価値算定の場面でEV/EBITDAがその他指標と比べてよく登場するのは、上記の通り客観的であり有用な情報となるためです。

 


 

④計算事例

EV/EBITDA倍率を用いた事例を見ていきましょう。簡単化のために、類似企業は1社とし、ストックオプションや非支配株主持分等の複雑な条件はなしとしています。

 

類似企業データ

 

 

類似企業のEV/EBITDA倍率は以下の通りとなります。

 

 

EV=株式時価総額21,000+純有利子負債12,000=33,000百万円

EBITDA=営業利益1,000+償却費3,000=4,000百万円

 

→EV/ EBITDA倍率=33,000÷4,000=8.25

 

 

 

 

この類似企業は、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の8.25年分」に相当すると言うことができますね。

 

評価対象企業と似た企業を類似企業として選定していますので、評価対象企業のEV/ EBITDA倍率もだいたい8.25になるだろうという前提のもと、評価対象企業の価値を求めていきます。

 

評価対象企業データ

 

評価対象企業のEBITDAは営業利益200+償却費800=1,000です。EV/ EBITDA倍率が8.25倍ですので、評価対象企業のEVは以下の通りとなります。

 

EV=EBITDA1,000×8.25=8,250百万円

 

 

 

EVが8,250百万円と算定されました。純有利子負債が7,000百万円ですので、対象会社の株主資本価値は8,250-7,000=1,250百万円と、ざっくり計算することができます。

 

 

≪Column:EV/EBITDA倍率の目安≫


一般的にEV/EBITDA倍率が6倍~12倍程度の案件が適正な案件と言われています。すなわち、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の6年~12年分」であればM&Aを行いやすいとも言えますね。

 

倍率が高いほど正常収益力で回収できる年数が増加し、倍率が低いほど方が早めの回収が見込まれるイメージです。経営者として実際にM&Aを行う際には、低倍率の方が目途を立てやすいためM&Aを実行しやすいですね。

もちろん業種によっても倍率感は様々で、医薬業界では15倍といった高倍率も普通だったりします。

 


 

 

 

 

[Point]

EV/EBITDA倍率は、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の何年分か」を示す指標とも言える!

 

 

バリュエーションは難しいという印象を持っている方も多いと思います。たしかに細かい計算は難しい部分も多いですが、全体像はそこまで難しくはありません。この連載で、少しでもイメージが具体的になっていただけると嬉しいです。

 

次回から、バリュエーションで最も使用されるDCF法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

区分所有建物の敷地への小規模宅地特例の適用巡り争いになった裁決事例

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(遠藤 純一)

 

 

[関連解説]

■小規模宅地等の評価減『特定事業用宅地等』

■介護施設で亡くなった場合の相続税の小規模宅地等の特例

 

1、はじめに


父親が建てた1棟の区分所有建物で、1階に子供夫婦が住み、2階にその親夫婦が住んでいたケースにおいて、父親が亡くなって開始した相続で、子が相続した建物1階部分の敷地権につき、「小規模宅地等の特例」の適用をめぐり争われた裁決事例が出てきました(国税不服審判所、令和3年6月21日、請求棄却)。

 

平成25年度税制改正で、1棟の建物なら、小規模宅地等の特例の適用対象となる被相続人の居住していた宅地には被相続人の親族の居住している宅地も含めるとされましたが、1棟の建物が区分所有建物である敷地については、被相続人の居住している宅地のみに限る、つまり被相続人の居住していた宅地以外の宅地は小規模宅地等の特例の適用対象にならないとする改正が行われています。その改正後、改めて区分所有建物の敷地について小規模宅地等の特例適用の是非が問われた事例といえます。

 

 

2、小規模宅地等の特例


この特例は、被相続人等(被相続人または被相続人と生計を一にする親族)が「事業の用」または「居住の用」に供していた宅地等のうち所定の要件を満たした宅地等について、相続税の課税対象額を最大80%減額する特例です。被相続人等の居住用宅地の場合は現行制度上、その面積の330㎡までに対し80%減額できます(措法69の4)。

 

 

3、事案の概要


裁決書によると、被相続人は、平成13年1月、2階建ての一棟の建物を新築し、区分所有建物である旨の登記をしました。建物はそれぞれ玄関、リビング、寝室、台所、洗面所、風呂場、トイレがあり、建物の内部では1階と2階で行き来することができず、外階段によって行き来する構造でした。相続開始後、母親と子は、それぞれ居住する敷地権について小規模宅地等の特例を適用して申告したところ、税務署から子の相続した敷地権部分について特例適用を否認し、子供ら相続人が最終的に国税不服審判所(以下、審判所という)に審査請求して争いとなったものです。

 

 

4、争点


争点は、①子の住む建物の敷地権は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当するか。②子は、被相続人と生計を一にしていた親族に該当するか否か。
ここでは争点①について見ていくことにします。

 

 

5、審判所の認定・判断


審判所は①の判断に当たり、特例の適用対象となる「被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の居住の用に供されていた宅地等」について、相続開始直前において、それらの者が現に居住の用に供していた宅地等に限られるものと解されると考え方を示し、その宅地に当たるかどうかの判断基準は、「基本的には、それらの者が、建物に生活の拠点を置いていたかどうかにより判断すべきものと考えられ、(中略)①それらの者の日常生活の状況、②その建物への入居目的、③その建物の構造及び設備の状況、④生活の拠点となるべき他の建物の有無その他の事実を総合勘案して、社会通念に照らして客観的に判断すべき」としました。また区分所有建物について、取扱い(措置法通達69の4-7の3)で区分所有建物である旨の登記がされている建物をいう旨定められていることは、合理的としています。

 

あてはめでは、被相続人が子の住む1階部分にも生活の拠点を置いていたか否かの問題と整理したうえで、次のように認定しています。

 

①日常生活の状況については、各々が現に独立した日常生活を送っていたと認められ、被相続人夫婦が、1階部分において、請求人らと共に生活していた等の事実は認められない。

②被相続人夫婦が2階部分に入居するに当たり、孫の足音を気にすることない生活が出来るなどの事情が認められ、子供らと生活を共にすることも目的としていなかったことがうかがえる。

③設備及び構造の状況については、それぞれの区分ごとに独立して日常生活を送ることのできる構造であったと認められる。

④被相続人の生活の拠点となる建物については、問題の建物以外にはなかった。

 

 

 

審判所は「これらの事実を総合勘案して、社会通念に照らして客観的に判断すると、被相続人夫婦は、1階部分に生活の拠点を置いていたと認めることはできず、敷地権は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当するとは認められない」と判断しています。

 

また問題の建物は「一棟の建物と認められるものの、「区分所有建物」に該当することから、問題の敷地権は、被相続人の居住の用に供されていた部分に含めることはできないと判断しています。

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/11/22)より転載

[事業再生・企業再生の基本ポイント]

第6回:事業再生における財務DDとは何ですか?-フリーキャッシュフロー

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

▷関連記事:事業再生における財務DDとは何ですか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷関連記事:経営状態の把握と事業再生

 

 

事業再生における財務DDでのフリーキャッシュフロー(営業キャッシュフロー+投資キャッシュフロー、以下FCFという。)の分析は、再生企業の過年度の営業、投資、財務でのキャッシュフロー(以下CFという。)を把握することで、どのようにして資金繰りに窮してしまったのかを検討するうえで重要な分析となります。

 

損益の分析は直近から過年度の3年間の分析を行うことが一般的ですが、FCFの分析は3年間ではなく、10年間の分析をする場合があります。これは、多くの再生企業は、直近の業績不振のみならず、過年度からの慢性的な業績不振や、過剰な投資を行っているケースが多く、窮境となった原因の全体を把握するためには概ね10期程度の分析が必要となるからです。

 

 

 

 

上のグラフはFCFの分析結果です。ほとんどの期で、FCFの金額はマイナスとなっています。これは、本業で獲得したCFである営業CFの金額を、設備等の投資で使用した投資CFの金額が上回っているからです。上記の再生企業の場合は、x9期を除いて営業キャッシュフローはプラスで推移しているため、本業でCFを獲得はできていたのです。しかし、それを上回る投資を毎期行っていたことでFCFがマイナスとなり資金繰りに窮してしまったと考えられます。

 

FCFがマイナスとなっている場合は、通常不足した資金は財務CFで補います。そのため、下表のように借入残高が大きくなることが一般的です。借入残高が大きくなると、借入金の返済負担が重くなり、返済できるだけのFCFを獲得できていないと資金繰りに窮するという流れとなります。

 

 

 

このように、FCFの分析は、会社の資金の流れを掴むのにとても重要な分析ですので、必ず分析を実施し、可能な限り10期程度の長期間での分析とすることをお勧めします。

 

なお、FCFの算出方法は様々な方法がありますが、10期分の貸借対照表と損益計算書からキャッシュフロー計算書を作成した上で、営業CFと投資CFを把握する方法が正確で納得感のある分析となるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

相続税の債務控除の対象とされる債務の範囲

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

[関連解説]

■同族株主が相続等により取得した非上場株式の相続税評価

■相続税の家屋評価をめぐる最近の裁判例から

 

 

1.控除対象とされる「確実と認められる債務」とは


(1)相続税の債務控除

相続税は相続財産の課税価格を基に計算されますが、この課税価格の計算上、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」等が控除されます(相続税法13条第1項1号外)。この場合、相続税の課税価格の計算上控除されるべき債務は、「確実と認められるものに限る。」(同法14条1項)とされています。

 

(2)法令通達上の「確実と認められる債務」の基準

相続税法14条の「確実と認められる債務」については、法令通達上、その「確実」性をどのようにして判断するかの基準が明確ではありません。相続税法基本通達14−1は、「債務が確実であるかどうかについては、必ずしも書面の証拠があることを必要としないものとする。なお、債務の金額が確定していなくても当該債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始当時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけを控除するものとする。」としていますが、具体的な判断基準が示されているわけではありません。そこで次の2と3では、過去の裁判例等から債務の確実性についての具体的な判断基準のありかたについて考えてみます。

 

 

2.債務の確実性についての具体的な判断基準


(1)基本的な考え方

債務控除の対象とされる債務であるためには、まず相続開始時点で、被相続人にその【債務が存在していること】が必要です。債務が存在しているとは、支払い等の財産的な給付をする法的な義務(債務)を生じる契約等が成立・発生している、ということです。次に、債務が【存在】するとしても、次は、【それが「確実」なもの】といえなくてはなりません。その「確実」性の判断の時点は、相続財産の評価が財産の取得の時=相続の時点(の現況)で行われること(相続税法22条)から、同様に相続開始の時の状況で判断されるべきと考えられます。そして、「確実」性の判断に当たっては、債務控除制度の趣旨を確認しておくことが必要です。なぜなら、その趣旨に照らし、「確実」というために求められる確かさのレベルが導き出されると考えられるからです。

 

(2)平成4年2月6日の東京高裁判決における債務控除制度の趣旨

表題の判決では、「確実」性を求める相続税法14条第1項の趣旨を、「相続人ないし相続財産の負担となる債務(消極財産)は、積極財産の価額から控除して正味(純)財産により相続税の課税価格を計算しようとするものだからである。したがって、その存在が確実であっても、保証債務のように、債務の性質上、相続人が履行するとは限らず、必ずしも相続人ないし相続財産の負担とならないものは、原則として、それから除かれるものと解さなければならない。…その債務の存在すること及びその債務の履行されることが証拠上確実と認められるならば、これを『確実と認められるもの』ではないとはいえない…」(二重否定に注意)としています。
上記の判決では、被相続人の正味(純)財産を相続税の課税対象として捉え、それを求めるための控除が債務控除制度(の趣旨)であり、債務が存在していることに加え、その履行が証拠上確実か、により判断されるべきとしていることがわかります。

 

また上記判決では、「相続開始後の状況、特に相続人によって現実に当該債務の履行がされたか否かの点は、相続開始時点において債務の履行が確実と認められるか否かの認定においても斟酌されて然るべき」(太字下線部は筆者)としており、この点についても留意すべきと思います。

 

 

3.事例による債務の確実性についての考え方


例えば、被相続人が生前に自宅の改修工事をリフォーム業者に発注し、契約上、工事完了後に代金を一括して支払う取決めをしたとします。実務上、相続税法14条1項の「確実」は、文字の表す通り、”確定”まで至っていなくてもよいと解されています。したがって、工事完了前に被相続人の相続が開始したときであっても、工事の大半が終了していて契約の取消されることが通常見込まれず、工事完了後に相続人による代金の支払い(債務の履行)が見込まれるのであれば、相続開始時点で被相続人の債務(工事代金の支払債務)は、”確定”には至っていないものの、「確実」であるとは言えると思われます。

 

さらに上記2の下線部の内容を踏まえると、工事代金の支払債務につき、相続税の申告期限までに相続人により債務が引き継がれ、その履行(工事代金の支払い)がされた事実があれば、それはその債務が相続の開始時点において「確実」なものであったことの強い証拠となると思われます。

 

 

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/11/09)より転載

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第10回:企業価値評価(Valuation)の全体像

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.なぜ企業価値評価(Valuation)が必要なの?

①買収価格決定の参考情報

②利害関係者への説明責任

2.バリュエーションで求める価値とは?

3.バリュエーションの方法

4.コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)

①簿価純資産法

②時価純資産法(修正純資産法)

5.マーケットアプローチ

①市場株価法

②類似会社比較法(マルチプル法)

6.インカムアプローチ.

①DCF(Discounted Cash Flow)法

②配当還元法

 

 

今回からはM&Aにおける企業価値評価(Valuation)についてです。バリュエーションの全体像について、具体的なイメージに結びつくよう1つずつ見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1.なぜ企業価値評価(Valuation)が必要なの?


①買収価格決定の参考情報

企業価値評価(Valuation:バリュエーション)は、会社・事業の価値を評価することです。

 

例えば、にんじん1袋を買おうと思ったとき、いくらで買えば良いでしょうか。スーパーに行くと150円で買うことができるのであれば、にんじん1袋の価値は「150円」と確認することが出来ます。そのため、150円で買えば良いとすぐ分かります。では、会社を1社買おうと思ったとき、いくらで買えば良いでしょうか。スーパーに行って確認できるものではないですし、金額はすぐには分かりません。

 

そこでバリュエーションを行うことで、会社を買う時に値段をつけることができるようになります。バリュエーションによって「100億円」の価値がある会社であると分かれば、100億円が取引の参考価格になります。

 

このように、買収に際する価額の検討を行う参考資料としてバリュエーションが行われます。

 

②利害関係者への説明責任

株主や債権者等、会社は多くの利害関係者からの出資の基で成り立っています。

 

M&Aともなれば会社の命運を左右しかねない重大案件ですので、当然利害関係者からの注目を集めますし、その買収価格は最大の関心事となります。このとき、バリュエーションに基づく買収価格であれば、利害関係者への説明もしやすくなりますね。もちろん、証券取引所、監査法人、税務署等への説明にも役立ちます。

 

M&Aで最も重要になるのは買収に際する価額の検討ですが、あまりに価格が高すぎると本当に良かったのかといった話になってしまいます。そのため関係各所への説明責任を果たすことも企業価値評価の目的となります。

 

グループ内でのM&Aや事業譲渡もよくあります。新聞でも○○企業再編!と記事になっていますね。グループ内といえども各企業は独立した企業ですし、税金を支払う単位も各企業になりますので、ある程度適切な金額で譲渡金額を算出する必要があるのです。

 

 

2. バリュエーションで求める価値とは?


バリュエーションでは「事業価値」「企業価値」「株主資本価値」という価値を求めます。紛らわしい単語が3つもありますが、これらの関係についてまずは図で見てみましょう。

 

 

 

事業遂行のために使用される純粋な事業用資産・負債から生じる価値は「事業価値」と言われます。そこに事業に使用されていない資産の価値を加えたものが、企業全体の価値を示す「企業価値」となります。

 

 

 

企業価値から有利子負債や非支配株主持分等を減額することで、株主にとっての価値である「株主資本価値」となります。

 

 

 

用語だけ見ると紛らわしいですが、1つ1つの意味は分かりやすいです。買い手の立場に立つと、「本業から生じる価値はいくらか」、「会社全体の価値はいくらか」、「株主に帰属する価値はいくらか」という点が気になりますね。そのため事業価値、企業価値、株主資本価値を求めることになるのです。

 

 

3. バリュエーションの方法


バリュエーションは大きく3つの方法に分かれます。実務では3つの方法の中から、1つもしくは複数の方法を選びます。案件の特性に応じて合う方法、合わない方法がありますので、バリュエーションを行う際はM&A対象となる会社が置かれている状況を見極め、適切な方法を選択することになります。

 

●コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)

●マーケットアプローチ

●インカムアプローチ

 

 

4. コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)


コストアプローチは、企業の純資産価値に基準にする方法です。

 

ざっくりお伝えすると、資産-負債で計算される「純資産」が株主資本価値になるという考え方です。直感的に分かりやすいアプローチですね。コストアプローチには「簿価純資産法」や「時価純資産法(修正純資産法)」といった計算方法があります。

 

①簿価純資産法

単純に企業の純資産を株主資本価値とする手法です。とても分かりやすい手法ですが、欠点として企業の時価を反映していないことが挙げられます。

 

例えば30年前に10億円で購入した土地があるとします。現在の値段が5倍の50億円になっていた場合、相当な含み益(40億円)が会社にあることになります。しかし、土地は購入時の値段である原価で持ち続けているため、含み益(40億円)は純資産には反映されていません。

 

今「土地だけ」を購入すると50億円かかる一方、今「土地を持っている会社」を購入した際の土地部分代金は10億円ですむというのはおかしいですね。

 

現時点での会社の価値を厳密に計算できる訳ではないことから、コストアプローチを用いる場合は、実務上、次の「時価純資産法」が通常使われます。

 

②時価純資産法(修正純資産法)

時価と簿価に大きな差が出ている項目について時価で評価した上で「純資産」を求める手法です。上記欠点を克服した形となりますが、どこまで時価評価するかは案件によって異なります。

 

先程の例では、純資産価額に土地の時価評価に伴う含み益40億円を加算した金額が株主資本価値となります。なお、継続して使用する資産負債は「再調達する際の時価」、廃止する資産負債は「処分する際の時価」を使います。

 

 

5. マーケットアプローチ


株式市場(マーケット)で成立する相場価格を基礎として企業価値を算定する手法です。「市場株価法」、「類似会社比較法(マルチプル法)」といった計算方法があります。

 

①市場株価法

上場企業の場合、既にマーケットに出回っている株式があるため、その金額も容易に確認することができます。この時に、株式市場で取引された株価の一定期間における平均値等を使用して、株主資本価値を評価します。

 

市場の評価に基づくことから非常に客観的で有用である反面、非上場企業には用いることができません。

 

②類似会社比較法(マルチプル法)

対象となる企業の類似会社を上場会社の中から見つけ、売上高・経常利益・EBIT・EBITDA・純資産等の項目から算出された倍率(マルチプル)を基礎として株主資本価値を算定する方法です。

 

非上場会社の場合は当然ながら市場株価が存在しないため、市場株価法に代替する手段として利用されます。

 

文章だけでは分かりにくいと思いますので、具体例を用いて見ていきましょう。指標には事業価値/EBITDAや事業価値/EBIT等が使用されることが多いですが、やや専門的となってしまいますので、ここでは分かりやすく「経常利益」を指標として用いることにします。

 

 

❶上場している類似会社の決定

まず上場している類似企業を見つけます。バリュエーションにおける評価対象となる企業とビジネスが類似している上場企業を見つけます。

 

 

 

 

❷倍率の算定

上記類似企業のデータを用いて倍率を算定します。

 

 

 

 

❸対象企業の価値評価

算定した倍率を評価対象会社に当てはめて、株主資本価値を求めます。

 

 

 

 

計算を見ると分かりやすいですね。類似会社であれば株主資本価値と指標(経常利益)の倍率は大きく変わらないという前提のもと、株主資本価値を求める手法です。

 

 

 

 

 

なお、非上場会社の株式は市場がないため、売買は必ず相対取引となります。譲渡制限がついている場合もあり、上場会社株式と比べて非上場会社株式は売却が困難です。そのため、売主は売却先が見つかった際に割引してでも売りたいと思うでしょう。

 

この発想を「非流動性ディスカウント」と言い、非上場企業の企業価値評価はやや割り引いて小さい金額で求めることが実務上よく行われます。

 

 

 

 

≪Column:類似会社の選定≫


類似会社は業界・業種・顧客属性・事業構造・ビジネスモデル・地域制・許認可等の観点から選びます。類似会社によって評価額が変わることも多いから、類似会社の選定が最も肝となる部分となります。

 


 

 

 

6. インカムアプローチ


将来期待されるキャッシュフローや損益(インカム)を基礎として企業価値を算定する方法です。主に「DCF(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー)法」、「配当還元法」といった計算方法があります。

 

①DCF(Discounted Cash Flow)法

DCF法は将来のフリーキャッシュフローを算定し、現在価値に割り引いた上で企業価値を評価する方法です。企業価値評価の中心どころとなる評価方法で、次回以降詳細に取り上げることとします。

 

②配当還元法

株主が受け取る配当に着目して企業価値を評価します。実績ベース・業種平均ベースでの配当を使用するほか、国税庁が公表している財産基本通達に規定する評価方法もあります。

 

配当のみを重視することとなるため、配当を重視する非支配株主間における企業評価に適していますが、その企業のビジネスモデル等は勘案されないことから、配当以外を考慮に入れる必要がある合併には適していません。

 

 

バリュエーションは難しいという印象を持っている方も多いと思います。たしかに細かい計算は難しい部分も多いですが、全体像はそこまで難しくはありません。この連載で、少しでもイメージが具体的になっていただけると嬉しいです。

 

次回から、バリュエーションで最も使用されるマルチプル法とDCF法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「会社解散後清算人に就任した代表取締役に対する退職給与」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】法人が解散した場合の欠損金の控除

■【Q&A】解散に際して支払われる役員退職金の課税関係

 


[質問]

1. 支給した役員退職金が、法人税法上も「退職金」として是認されるか。

 

2. 経緯
①A㈱の代表取締役甲は諸般の事情により、法人を解散することを決断しました。
②A㈱の営業権を譲渡して、1億円の資金を得ることができる予定です。
*営業権の取得価格はありません。
③A㈱を解散し、役員退職金として「6千万円」を受給することとしました。
解散を決議した株主総会で、同時に上記の役員退職金支給を決議します。
④甲は、A㈱の清算人に就任します。

 

3. 確認したいこと
①甲は、A㈱の取締役は退任しますが、直ちに清算人に就任します。
甲に支給した退職金は「役員退職金」として認識されるのでしょうか。
引き続き「清算人(役員)」に就任することで、退職したとはみなされないのでしょうか。
②資金繰りの関係で、当該退職金の半分は清算中の事業年度において支給します。
支給の時期も、税務上の判断に影響を与えますか。

 

 

[回答]

ご承知のように、株式会社が解散した場合、合併による解散の場合及び破産手続開始の決定による解散の場合でその破産手続が終了していないときを除き、清算をしなければならず、清算株式会社は清算の目的の範囲内において清算結了まで存続することとされています(会社法475一、476)。
そして、清算株式会社の清算人は、清算株式会社の業務を執行する機関であり(会社法482①)、現務の結了、債権の取立て及び債務の弁済並びに残余財産の分配を行うことをその職務とされています(会社法481)。
また、清算人は、清算株式会社を代表し(会社法483①)、法人税法上、役員に該当します(法法2十五)。

 

ところで、法人税基本通達9-2-32《役員の分掌変更等の場合の退職給与》の取扱いがあり、これは、「分掌変更等」の前も後も役員である場合に、その分掌変更等が実質的に退職したと同様の事情にあると認められるときは、その時点での退職給与の打切り支給について損金算入を認めるというものです。
この取扱いは、地位の低下を前提としているので、監査役が取締役になるようなケースは考えられていないとされています(税務研究会「九訂版法人税基本通達逐条通達」P.864)から、ご照会の事例の場合に直接当てはめることは困難ではないかと考えられます。

 

しかしながら、所得税の取扱いでは、法人が解散した場合において、引き続き役員又は使用人として清算事務に従事する者に対し、その解散前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与で、その後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは、所得税法上退職手当等として取り扱われています(所基通30-2(6))。
このことからすれば、これを法人税法上も退職給与として取り扱うことが相当であると考えます(国税庁HP 質疑応答事例参照)。
したがって、ご照会の事例の場合も、過大退職金(法法34②)に該当しない限り、退職給与として、支給時の損金とする(法基通9-2-28)ことができるものと考えます。

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2021年7月26日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[解説ニュース]

【事例】中小企業オーナーの遺産分割対策としての会社分割の活用法

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

[関連解説]

■株式交付制度の概要と活用時の留意点

■遺産分割による配偶者居住権の設定と相続税の小規模宅地等の特例の適用

 

 

【問】

A氏はB株式会社(B社)の代表取締役として、発行済株式を全部保有しています。B社は甲事業と乙事業を営んでおり、A氏の長男と次男がそれぞれ甲事業、乙事業の責任者として経営に参加しています。A氏の死亡後、長男と次男が揉めないように、B社をどのように承継させたらよいでしょうか。

 

 

【回答】

1.会社分割を活用した対策の概要


現状のまま遺言もなくA氏の相続が開始した場合、B社株式を兄弟でどう分けるかでトラブルになるおそれがあります。また遺産分割協議により、兄弟がそれぞれB社の株式を半分ずつ相続したような場合には、会社の意思決定に支障が出る問題があります。

 

上記の問題点を踏まえれば、A氏が生前にB社を甲事業、乙事業と事業別に二つに分割しておくことが有効な対策となります。具体的には、B社は甲事業を営む会社として存続させる一方で、乙事業を営む会社としてC社を下記2の会社分割により設立(会社法762条以下。以下「新設分割」。)します。生前にそのような対策を実行することにより、A氏の相続開始時には相続財産がB社株式と新設のC社の株式になります。

 

B社株式とC社株式を長男と次男兄弟がそれぞれ相続することで、遺産分割とその後の会社経営にかかるトラブルを未然に防ぐことができます。税務上は、A氏が生前に上記の会社分割を行い、①分割後のB社株式とC社株式を相続開始時まですべて保有する予定で、②他にB社からは何も給付を受けなければ、その他の要件を満たすことにより適格分割となり、課税の問題も生じません(下記2参照)。A氏の相続開始後に、B社を甲事業、乙事業と事業別に分割することは可能ですが、すでに兄弟間でトラブルが顕在化している場合には、会社分割を行うことが手続面も含めて煩雑になります。会社分割による遺産分割対策は、A氏がB社のオーナー経営者であるうちに実行すべきでしょう。

 

2.会社分割を実行した場合の税務上の取扱い


会社分割とは、株式会社または合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割により他の会社に承継させることをいいます(会社法2条29号、30号)。この場合の「他の会社」には、既存の会社のときと新設会社のときとがありますが、本稿では新たに会社を設立する「新設分割」を想定します。新設分割にかかる税務上の取扱いをまとめると、次のとおりになります。

(1)分割した場合の株主A氏の課税(所得税)

分割により新設されるC社が、A氏に対してC社株式以外の資産を交付しなければ、法人税法上の「適格分割型分割」に該当します。適格分割型分割に該当する場合のA氏の課税関係は次の通りです。

 

①C社株式に関してみなし配当は生じません(所得税法25条第1項2号)。
②A氏の側から見ると、実態として会社分割の前後でB社株式の価値の一部がC社株式に変わった(移転した)だけであると考えられます。したがって、この分割によりB社株式からC社株式へ移転した株式の価値については、B社株式の取得価額の一部をC社株式の取得価額に付替える計算のみを行い、譲渡所得課税は行いません(所得税法施行令113条・租税特別措置法37条の10第3項2号かっこ書)。

(2)B社とC社の課税(法人税)

適格分割型分割を行った場合には、B社の乙事業に係る資産および負債を適格分割直前の簿価でC社に引き継ぎます(法人税法62条の2)。よって、B社において乙事業の分割に伴う資産負債の譲渡損益は認識せず、B社とC社に課税関係は生じません。

 

3.会社分割の実行による相続税への影響


会社分割を行うことにより、A氏に係る相続税の計算上、会社分割前のB社株式の相続税評価額に比べ、分割後のB社株式とC社株式の相続税評価額の合計額が大きくなる場合があるので注意が必要です。

 

例えば、会社分割後3年以内にオーナー経営者に相続が発生した場合、C社株式の純資産価額の計算上、C社がその土地や家屋の取得(=会社分割)後3年以内にA氏の相続が発生したことになるので、その土地や家屋は相続税評価額ではなく通常の取引価額で評価されることになります(財産評価基本通達185)。路線価や固定資産税評価額に基づく相続税評価に比べて、通常の取引価額に基づく評価の方が、相続税評価額は通常高くなります。また、この場合のC社株式は、開業後3年未満の会社の株式となるので、純資産価額方式のみによる評価となり、一般的に相続税評価額の低くなる類似業種比準価額による評価はできません(同189-4)。

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/10/25)より転載

[ゼロからわかる事業再生]

第3回:チェックリストによる磨き上げ

~チェックリストによる健全性チェック~

 

[解説]

植木康彦(公認会計士・税理士)

 

 

[質問(Q)]

“会社の財務状態を磨き上げた方がよい” と言われますが、正直何をしたらよいのか、よくわかりません。何から手をつけたらよいか、教えてください。

 

 

[回答(A)]

“磨き上げ” とは、会社の財務状態や経営状況をより良くすることで、決まった方法があるわけではありません。しかしながら、何をしたらよいかわからないという声もよく耳にします。一例としては、「健全性チェックリスト」を用いて×となった項目につき、〇になるように対策を立て実施する方法があります。

 

 

 

1.チェックリストによる健全性チェック


チェックリストの例を以下に示したので、まずは会社の現在の状況をチェックしてみてください。20 項目のうち過半の10 項目以上が〇であれば、健全の範疇に入ると言えます。また、チェックリストの実施によって、対象会社の強みと弱みが明確になります。強みは伸ばし、弱みは“ 磨き上げの課題” として位置づけ、〇又は×の理由を分析し、経営にフィードバックすることも有用です。

 

 

2.主な磨き上げ項目


(1)営業キャッシュフローや営業利益が赤字

(対策)
一過性の赤字の場合には、黒字化の事業計画を立て、計画と実績を月次で管理しながら営業黒字化に導きましょう。恒常的な赤字の場合、事業構造の見直しが必要となる場合が多いと思います。ビジネスモデルの見直し、費用構造の見直し等によって、営業黒字化を図りましょう。

(2)総資産経常利益率が低い場合

(意味)
総資産経常利益率(ROA)は、総資産(投資)に対するリターン(利益)の割合を意味します。この数値が低いということは、投資額が大きすぎるか、売上の回転が悪いか、利益率が低いかによります。会社全体の状態を見る上で、最も重要な指標です。

 

(対策)
総資産の圧縮、売上回転率の増加、収益拡大、費用の見直しによって、ROA 向上を図りましょう。

 

(3)流動比率が低い場合

(意味)
流動比率は、流動資産(短期資産)と流動負債(短期債務)の比較によって、短期的な支払能力を見る指標です。この数値が低いということは、短期債務の支払のための短期資産の貯えが十分でないことを意味します。また、固定資産投資を短期債務で資金調達した場合も数値が低くなります。

 

(対策)
継続的な利益の計上や短期債務の長期債務化、又は増資による流動資産の増加、流動負債の減少を図ります。

 

(4)在庫が大きい場合

(意味)
在庫金額が大きいということは、通常備えるべき量を超えて在庫が不良化、滞留化している場合があります。また、資金がその分寝ている状態にあるため、負債も大きくなっている場合があります。

 

(対策)
決算セールや処分による在庫の圧縮、それでも売れないデッドストックは廃棄します。

 

(5)管理会計面が弱い

(意味)
中小零細企業では、せっかく決算書を作成しても経営に生かされず、税務申告くらいにしか利用されていない場合が多いようです。

 

(対策)
せっかく時間と費用をかけて作成した決算書類を、税務申告だけにしか利用しない手はありません。簡単な利用法としては、下図のとおり、①事業計画を作成し、②事業計画を数値に落とし込んだ月次予算を作成し、③月次試算表の実績と予算を比較し、④予算と実績の差異につき、原因を分析、判明した原因は関係部署内で共有し、必要に応じて事業計画を修正するなどして、経営に役立てましょう。この一連の流れをPDCA サイクル(Plan 計画・Do 実行・Check 評価・Action 改善)により繰り返すことで、継続的な改善活動となり、決算情報がより有効活用できます。

 

 

 

 

 

チェックリストの項目ごとに、B/S の磨き上げ、P/L の磨き上げの区別、目標例を示してみましたので、参考にしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

株式交付制度の概要と活用時の留意点

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(吉濱 康倫/税理士)

 

 

[関連解説]

■円滑な事業承継のための種類株式の活用

■法人税法132条の2・・・組織再編成に係る行為・計算の一般的否認規定・・・の及ぶ範囲

 

 

 

1.はじめに


令和3年3月1日から改正会社法が施行され、株式交付制度が創設されました。この制度によって自社株式を対価とするM&Aへの活用が期待されています。中小企業における組織再編においても適用の可能性が考えられることから、今回その概要と活用にあたっての留意点等をご説明いたします。

 

2.概要


株式交付制度は、「株式会社(以下、A社)が他の株式会社(以下、B社)をその子会社(法務省令で定めるものに限る。第七百七十四条の三第二項において同じ。)とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して当該株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいう(会法2三十二の二)。」と定義されています。

 

子会社化する制度で類似するものとして株式交換(会法2三十一)や、現物出資(会法207)があります。しかし、株式交換は完全子会社化する制度であり、株主の意向(B社株主の中にA社株主になってほしくない者がいる、A社株式ではなくB社株式を持ち続けたい等)により完全子会社化を望まない場合には適用ができません。また、現物出資は現物出資規制(検査役の調査が原則必要)(会法207➀)や有利発行規制(有利発行の場合に株主総会特別決議が必要)(会法199②、309②五)など手続きが煩雑であるというデメリットがあります。

 

3.税務上の取扱い


①株主における譲渡損益の繰延

B社の株主が、株式交付によりB社株式をA社に譲渡し、A社株式の交付を受けた場合(A社株式の価額が交付を受けた金銭及び金銭以外の資産の価額の合計額のうちに占める割合が80%以上の場合に限ります)、その譲渡したB社株式の譲渡損益は繰り延べられます(措法37の13の3①,66の2の2①)。

 

この場合において、A社株式以外の資産の交付を受けたときは、A社株式に対応する部分のみ譲渡損益が繰り延べられます(措法37の13の3①,66の2の2①)。

 

B社株主が対価として取得したA社株式の取得価額は原則として、譲渡したB社株式の取得価額を引き継ぎます(措令25の12の3④、39の10の3③一)。

 

 

②A社におけるB社株式の取得価額

A社におけるB社株式の取得価額は、B社株式を取得する株主数に応じて以下の通りです(措令39の10の3④一)。

 

一、50人未満の株主から取得した場合:
当該株主が有していた当該株式の当該取得の直前における帳簿価額に相当する金額

 

二、50人以上の株主から取得した場合:
当該株式交付子会社の前期期末時の資産の帳簿価額から負債の帳簿価額を減算した金額に相当する金額に当該株式交付子会社の当該取得の日における発行済株式の総数のうちに当該取得をした当該株式交付子会社の株式の数の占める割合を乗ずる方法その他財務省令で定める方法により計算した金額

 

4.留意点


株式交付は、株式会社が他の「株式会社」を子会社にする制度であることから、持分会社や外国会社は対象になりません(会法774の3①一)。

 

また、子会社でない株式会社を「子会社にする」制度のため、既に子会社である会社の株式を追加取得する場合や取得後に子会社にならない場合には適用できません。加えてこの場合の子会社は議決権割合50%超の子会社に限定(実質支配力基準による子会社化は対象外)されているため注意が必要です(会規3③一、4の2)。

 

5.必要な手続き


株式交付制度を利用する場合、A社において以下の手続きを取る必要があります。詳細は紙面の都合により割愛致します。

 

①株式交付計画の作成(会法774の2)
②事前開示手続(会法816の2)
③株式譲渡の申込み及び割当て(会法774の4、5)
④株主総会決議による承認(会法816の3)
⑤反対株主の株式買取請求(会法816の6)。
⑥債権者異議手続(会法816の8、会規213の7)。
⑦事後開示手続(会法816の10)。

 

6.まとめ


株式交付は自社株対価M&Aだけでなく、B社に同族株主以外の第三者(集約困難な他の親族や事業上の取引先など)がいた場合に比較的簡単な手続きにより同族株主のみを株主とする資産管理会社A社(株主に第三者が入らず、第三者はB社株式を保有し続けられる)を構築するなども可能と考えられます。株式交付は新しい制度であり実務事例が少ないことから、活用を検討される際は弊社担当税理士にご相談ください。

 

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/10/12)より転載

[M&A事業承継の専門家によるコラム]

第8回:株主の所在が分からない株式の整理方法

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業のM&A支援・事業計画支援を専門で行っている株式会社N総合会計コンサルティングの平野栄二氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

株式会社N総合会計コンサルティング

平野栄二

 

 

 

 

「前回の解説でご説明いただいた「株主の所在が分からない株式の整理方法」について、詳しく教えていただけますでしょうか」

 

 


株主の所在が分からない株式の整理方法

個人が保有している株式を集約化するためには、通常は、適正な価格を提示し、株主の承諾を得て、買い取る方法で行うことになりますが、株主の所在が分からない場合、株主の個別の承諾を得ることなく、金銭を対価として取得(キャッシュアウトといわれます)する以下のような制度が活用できます。

 

 

 

 

そのため、できる限り所在不明株主を生じさせないように、「日ごろから株主間のコミュニケーションを充実させる」「株主間契約を締結しておき、連絡が取れなくなった場合の対応のルールを決めておく」ことは重要でしょう。

 

 

1、所在不明株主の株式売却制度(会社法197 198)


次のような要件を満たせば、株主の承諾を得ることなく、売却を行うことが認められています。

 

 

[問題点]

これまで株主総会招集通知を所在不明株主に送付していなかったり、あるいはそもそも株主総会をやっていなかった会社は要件を満たさず、すぐにこの制度を利用することができません。

 

株主総会は年1回以上の開催が義務付けられていますので、今後株主総会の招集通知を毎年所在不明株主に送付し、5年間継続して受け取りがないことを確認するまではこの制度を利用することはできません。

 

 

 

 

2、株式等売り渡し請求制度(会179)


株式等売り渡し請求制度とは、総株主の議決権の10分の9以上を有する株主(特別支配株主)が他の株主に対して、その保有する株式の全てを売り渡すことを請求できる制度のことをいいます。所在不明になっている株主の株式を強制的に取得する方法として、活用されています。

 

メリットとしては、対象会社の取締役会の承認があれば、株主総会の決議を経ることなく、少数株主が保有する株式を取得することがきることです。(会社179)

 

M&Aなどでは、全株譲受が条件になっている場合が多く、株式を迅速に取得したいときに、有効な方法だといえます。

 

 

[留意点]

特別支配株主は1人又は1社である必要があるという点です。そのため、株主で残しておきたい人の株式(右表でいうと専務の株式)も売渡の対象になってしまいます。そのため、買い戻すなどの処理が必要な場合があります。

 

[手順の概要]

①特別支配株主から対象会社への通知

特別支配株主が株式の取得日や株式の買取代金額等の取引条件を決めて株式売渡請求をすることを会社に通知する。

 

②対象会社の承認

株式売渡請求について、会社の承認を得る。対象会社が取締役会設置会社である場合は、承認するか否かの決定は取締役会の決議により、取締役会非設置会社である場合は、取締役の過半数をもって決定。

 

③売り渡し株主への通知

会社が少数株主に対して、株式の取得日の20日前までに、特別支配株主から売渡請求がされ、会社が承認したことを通知する。この通知は株主名簿に記載された少数株主の住所に宛てて通知すれば足り、通知が届かないときでも通常届くべき時期に届いたものとみなされます(会社法第126条)。

 

④事前開示手続き

対象会社は、売渡株主等に対する通知又は公告の日のいずれか早い日から取得日後1年を経過するまでの間、次の事項を記載・記録した書面又は電磁的記録をその本店に備え置く。

 

⑤取得日

会社に通知した「取得日」に、株式が特別支配株主から多数株主に移転する。 買取代金は本来、所在不明株主に支払うべきものですが、支払先がわからないため、法務局に供託(株式買取代金を預ける)が認められている。

 

⑥事後開示手続き

対象会社は、取得日後遅滞なく取得日から1年間(非公開会社の場合)、所定の事項を記載・記録した書面又は電磁的記録をその本店に備え置く。

 

 

[問題点]

不満のある売渡株主から以下のような訴え等をされるリスクがあります。会社法では、少数株主の利益が害されないように、少数株主を保護するための様々な制度があります。

 

(1)売渡株式の全部の取得の差止請求

(2)売買価格の決定の申立て

(3)無効の訴え

(4)取締役に対する損害賠償請求

 

特別支配株主の株式等売渡請求を行う場合には、紛争に発展し、問題が長期化するリスクがあります。そのため、他の方法を検討してから、最終手段として、この方法を考えることが望ましいと思います。

 

 

3、株式併合による株式集約化(会180)


株式の併合とは、数個の株式をあわせて、それよりも少数の株式にすることで、すべての株主の保有株式数を一律に減少させることになります。(会社法1801項)

 

株式併合によって、株式を集約する方法とは、①少数株主が保有する株式について、株式の併合により交付される株式が端株になるように、併合割合を決めて、株式の併合を行います。②併合によって生じた1株に満たない端株の株式は換金されて少数株主に交付されることにより、少数株主は株主でなくなり、株式の集約が完了します。

 

 

[手順の概要]

①対象企業による事前の情報開示手続き

株主総会に先立って、会社本店において、一定の書類を備え置いておき、株主から希望があった場合には閲覧させる。

 

②株主総会で株式併合の特別決議をする

株主総会を正しく招集して特別決議により株式併合を決定する。併合の割合、株式の併合の効力発生日などを決議し、株式併合の理由などを説明する。

※「特別決議」とは、議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権数の2/3以上の賛成で可決する決議方法

 

③株主に対する個別の通知発送

株式の併合の効力発生日の20日前までに、全株主に対して、個別に併合の割合等を通知する。連絡がとれない株主については株主名簿に記載された住所に宛てて通知すれば、通知が届かないときでも通常届くべき時期に届いたものとみなされる。

 

④効力発生

従来の株式数に併合割合を乗じた数の株主となる。

 

⑤対象企業による事後の情報開示

 

⑥裁判所に売却許可の申立てをする

株式併合により生じた端株(1株未満の株式)について、競売もしくは裁判所に売却許可の申し立てをすることができる。裁判所から売却を許可されれば、会社は端株を自ら買い取ることが可能となる。支払先がわからない場合は、法務局に代金を預けること(供託)が認められている。

 

[問題点]

●株式併合が法令または定款に違反する場合において、株式が不利益を受けるおそれがあるときは、併合の差し止めの請求が可能であります。

●反対株主には株式併合によって、生じる端数について、株式買取請求権がみとめられている。このときには、価格決定の申し立てがされた場合、想定外の高い価格で買い取らねばならないリスクがあります。

●会社または、他の株主が、反対株主や端数の買取りのための資金を準備しておく必要があります。

●自己株式を取得する場合、剰余金の分配可能額の範囲内でしか行うことができません(財源規制)(会461)ので、注意が必要です。

紛争に発展しないためにも、できるかぎり事前に株主の理解を得ることが重要です。

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「事業譲渡があった場合に譲受法人が支払う引受従業員への退職金の課税関係」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】事業譲渡に当たっての適正価額について

■【Q&A】「事業譲渡に係る収益計上時期

 


[質問]

事業譲渡法人A社の株主と事業譲受法人B社の株主は親族であるため、兄弟会社になります。A社は、債務超過の法人であったため、平成29年9月、事業譲渡法人A社、事業譲受法人B社とする事業譲渡が行われました。その際、A社が保有する債権債務、従業員もすべてB社が引き継ぎました。その後、A社は解散し、平成30年9月に清算結了しました。A社は、債務超過の状態であり、従業員に退職金を支給する原資がなかった為、事業譲渡の際には従業員に退職金を支給しておりませんでした。

 

この度、A社から引き継いだ従業員甲がB社を退職することになりました。従業員甲は、B社では勤続年数が4年ほどですが、A社では勤続期間は30年ほどあります。長い間の功労として退職金を支給する予定ですが、退職所得控除額を計算するうえで、勤続年数はB社で働いた勤続期間になるのでしょうか。それともA社での勤続期間を合わせた勤続年数となるのでしょうか。

 

[回答]

結論から申し上げますと、ご照会の従業員甲に係る勤続年数が、いずれの勤続期間になるかは、B社の退職金支給規程の定め方次第ということになります。

 

すなわち、所得税法施行令第69条第1項第1号ロの規定に「退職所得者(甲)が退職手当等の支払者(B社)の下において勤務しなかった期間に他の者(A社)の下において勤務したことがある場合において、その支払者(B社)がその退職手当等の支払金額の計算の基礎とする期間(4年+?年)のうちに当該他の者(A社)のもとにおいて勤務した期間(30年)を含めて計算するときは、当該他の者(A社)において勤務した期間(30年)を勤続期間に加算した期間(34年)により勤続年数を計算する。」旨の定めがあります。

 

従って、この規定が適用できれば、従業員甲の退職金に係る勤続年数は、34年ということになります。ただし、この規定を適用するには、一定の条件があります。

 

その条件とは、所得税基本通達30-10に定める条件をいいます。

 

具体的には、こうした他の者の下で勤務した期間を加算して勤続年数を計算できるのは、「法律若しくは条例の規定により、又は所得税法施行令第153条若しくは旧法人税法施行令第105条に規定する『退職給与規程において他の者の下において勤務した期間—を含めた期間により退職手当等の支払金額の計算をする旨が明らかに定められている場合に限り適用する』ものとする。」とされていますので、この条件を満たす規程を支給者であるB社が有するか、或いは制定し得るかということに懸かっていることになります。

 

このような取扱いになっているのは、引受者のうち特定の者だけを通算対象とし、他の者は自社の勤続期間だけで計算するという偏った取り扱いが行われるといった弊害を排除するためのものであり、事業譲渡法人元A社の従業員の全てを、普遍的、一律に取り扱うことを期待した条件といえます。

 

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2021年2月4日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第6回:会計ソフトの統合

~会計ソフトは統合した方がいいのでしょうか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

▷関連記事:事業が健全かそうでないかの判別

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、会計ソフトは統合した方がいいのでしょうか?

A、会計事務所に特有なのが、会計ソフトの問題です。M&Aした買主と売主の会計ソフトが違う場合に会計ソフトを統合するかどうかは、大きな課題となります。同じである場合には、業務を標準化しやすく、M&Aをスムーズに進めることもできます。

 

会計ソフトが違う場合、当初から統合することも選択肢の一つですが、税務申告・試算表作成等を提供するサービスの中心としていたとすると、会計ソフトがサービスの中心的な役割をしていますし、会計ソフトベンダーとの契約期間等もありますので、容易に統合はできません。

 

効率性を優先するのであれば会計ソフトなどは統合すべきですが、顧問先との長い年月の関係で現在のカタチができています。ありがたいことに最終的な成果物である申告書や決算書のひな形は同じです。それを作成するための道具(会計ソフト)は異なりますが、統合当初の段階から合わせていくべきものなのかは慎重に決めた方がいいでしょう。顧問先からのニーズを把握できない状態で、会計ソフトを統合することは控えるべきです。

 

会計事務所にとって、最大の商売道具(ツール)といえるのが「会計ソフト」です。道具を一気に変えてしまった場合、使う側としては戸惑いと同時に、慣れるまでに時間がかかります。特に、M&Aによる変化が多い状況でストレスがかかるので、M&A直後に会計ソフトを統合することは避けるべきと考えます。

 

当社の場合、M&A当初の時期は会計ソフトを基幹のソフトに一本化しようと考えていましたが、モチベーションの低下をもたらすとともに業務が非効率となったので、統合前のそのままの会計ソフトを使うようにしています。会計ソフトを変えずに継続して同じものを使うようになってからは業務上でのストレスがなくなり、経営統合はスムーズにいく機会が増えました。

 

 

 

また、結果的に、多数の会計ソフトを使用している多様性が強みになる可能性も感じています。

 

参考までに、当社がM&Aした際に承継先の事務所が使用していた会計ソフトは上記のグラフとなります。

 

統合した際の効果として、会計ソフトやITツールなどのシステムのシナジー効果があります。会計ソフトは、その事務所によってこだわりが出やすいものです。会計事務所によって、メインで使用する会計ソフトは全く異なります。

 

そのため、会計ソフトの範囲を限定してしまっていて、他に便利なソフトが出ても閉鎖的になり、新たなソフトを使用しようとしない傾向があります。まさに武士の魂である刀のように、こだわりが強いのです。

 

しかし、業務の内容によっては、メインで使用している会計ソフト以外のソフトの機能を駆使した方が効率が上がる場合があります。事務所が統合することにより、これまで使ったことのない会計ソフトに触れることで、臨機応変に使い分けることができるようになります。

 

また、業務の内容に応じて、それぞれの会計ソフトの利点を活かせるように、それぞれの事務所の使い方等を共有して融合できれば、業務の効率化をはかることができます。

 

当社のM&Aの事例でも、昔から使用していた会計ソフトしか使わないという文化に、クラウド型の会計ソフトなどの最新型のソフトを使う文化が融合した際、最初はなかなか浸透しませんでしたが、時間をかけてコミュニケーションをとり、それぞれの良さをわかり合うことができ、業務効率が格段に上昇した事例があります。

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第8回:財務デューデリジェンス「レポート(報告書)作成・報告」を理解する

~M&Aをサポートする専門家に向けたアドバイス~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

▷第6回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】

▷第7回:財務デューデリジェンス「事業計画の分析」を理解する

 

 

財務デューデリジェンス「レポート(報告書)作成・報告」を理解する


1、レポートの作成イメージ

財務デューデリジェンスにおいて、論点は一定程度どの会社も同様ですが、会社ごとに特に重要と考えられる論点やその重要度が異なることがあります。また、買手企業から依頼を受けて財務デューデリジェンスを実施している場合、買手企業のニーズに合わせた分析・レポートにする必要があります。そのため、財務デューデリジェンスのレポートは対象会社ごとに毎回異なった分析・レポートとなることが一般的です。

 

筆者は財務デューデリジェンスのセミナー等を行った時に、受講生から「財務デューデリジェンスのレポートひな形を頂けませんか」と言われることがあります。先に述べたように、対象会社ごとに異なる分析・レポートを作成するため、ある程度の「ひな形」がないわけではないですが、ひな形通りにレポートを作ればとりあえず大丈夫というようなものは持ち合わせていません。

 

私のイメージするひな形は一般的な分析例が載っているものと理解していますが、おそらくそのひな形通りに分析をしても8割から9割の論点は抑えられますが、1~2割の分析が抜けてしまう可能性があります。その1~2割の分析が対象会社・買手のニーズごとに異なる部分であり、実は、その部分がとても重要な分析・レポートとなることが筆者の経験上多いです。

 

筆者がひな形をあまり好ましくないと思っている理由のもう一つに、対象会社ごとに異なるのはレポート全体だけはありません。それぞれの分析において、対象会社の規模や業種等によっても分析の切り口が変わり、発見事項が異なることが一般的です。レポートは、会計監査の監査調書や、税務調査対応のための証憑とは異なり、常に読み手を意識しながら、どのように伝えるか、伝わるかを考え作成します。

 

例えば、発見事項の有無に関わらず、全ての実施した分析とその結果がレポートに記載されているとどうでしょうか。伝えたい部分をつかみにくく、読み手としては読みにくいと思います。「発見事項がなかったという事実」が重要な場合を除いて、発見事項がない場合はレポートに記載するかどうかを検討する必要があります。

 

そのため、同じ分析であっても、どのような事実があり、その事実が対象会社と買手企業のM&Aにおいてどのような影響をもたらすのか、そしてそれをどのように伝えるかを検討してレポートを作成するため、レポートに載せる表やグラフ、強調したい部分、キーメッセージが異なることになります。

 

分析項目については、市販の本やインターネット等である程度記載されていると思います。ただ、上述したように対象会社特有の論点が重要となりやすいため、それらの論点が漏れてないかは常に意識する必要があります。その上で、各スライドで伝えたいことを意識して、さらにはレポート全体として伝えたいことを意識してレポートを作成する必要があります。

 

 

2、適時の報告

財務デューデリジェンスでは、レポートを作成して報告することが必要ですが、分析途中で、想定以上の粉飾が発見された等重大な問題が生じた場合は、どのような対応をするのが良いでしょうか。それは、レポートが完成する前に、当該事実を買手企業に適時に報告することが望ましいです。対象企業に重大な問題があった場合、ディールブレイクの要因となり得ます。つまり、この重大な事実のみをもってM&Aを実行しないという意思決定になり得るため、その場合はそれ以外の分析に意味を成さないのです。ディールブレイク要因になり得る重大な事実を確認した場合は、買手企業に適時に報告し、以降のデューデリジェンスを続けるかどうかの指示を仰ぐ必要があります。

 

 

3、スライド構成の検討

必要な分析を進めていくと、スライドは50枚や100枚、子会社の有無等によっては100枚を超えるレポートになることがあります。それらのスライドを、例えばBS項目、PL項目程度の分類で並べたレポートとすると、読み手にとって何が重要な事なのかが伝わりにくいレポートになってしまいます。また、M&Aは買手企業にとって重要な意思決定であることが多いため、レポートを社長や取締役が見ることも少なくありません。社長や取締役がレポートの全てのページを見る時間はありませんので、重要な項目のみを記したサマリースライドを作成します。このサマリーページをエグゼクティブサマリーと呼ぶことが一般的です。

 

エグゼクティブサマリーのスライドにどの内容を記載するか、そしてその記載の順番は、発見事項の中でも特に重要な項目の有無や、買手企業のニーズの有無、読み手に取って理解しやすいかどうかを意識して検討します。そのため、レポートごとにエグゼクティブサマリーの内容、順番は異なります。

 

報告会でもエグゼクティブサマリーについて報告し、その他のスライドは捕捉で必要があれば説明し、聞き手にとっても短い時間で必要な内容を把握することが可能となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第9回:会社を譲渡した後、取引先との関係はどうなりますか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

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Q.会社を譲渡した後、取引先との関係はどうなりますか?

 

近畿地方で食品卸売を営んでいます。戦前に父が開業した会社を引き継ぎはや40年。「いつか誰かに譲らないといけない」と思いながら事業を続け、この年齢になってしまいました。会社をM&Aで譲渡することに異存はありませんが、一つ懸念するのが、譲渡後の取引先との関係です。

 

数十年前に取引先が倒産して大変な危機に陥りまして、Bという会社だけが掛けの取引に応じてくれました。B社への恩義を忘れず、「人で取引をする」という理念をかかげ、信用を重視して会社を大きくすることができました。

 

ただ、私がM&Aで会社を譲渡したら、「買い手企業に仕入先を変えられてしまわないか」という不安を感じています。私は恩義のあるB社をはじめ既存取引先との取引を継続してほしいのですが、その点はどうなるのでしょうか?

 

 (食品商社 Hさん)

 

 

 

A.取引先も会社の重要な資産。取引継続だけでなく、相乗効果を目指すのが買い手企業です。

 

取引先との信頼関係や従業員と会社の関係など、企業の価値は財務諸表だけで測りづらい面があります。社長が「会社の顔」である場合も多く、M&Aで別の会社の傘下に入ると、その繋がりが断絶してしまうのではないかと心配される方は多くいらっしゃいます。

 

ただ、これまでの経験からいえば、買い手企業もそのあたりは理解していることが多いと思います。取引先や従業員に不安を感じさせないよう、買い手企業もあまり急激な事業環境の変化を起こさないようにすることが一般的です。取引先が離れると、せっかく買収した企業の価値が下がってしまい、買い手企業にとってはデメリットが大きいからです。

 

買い手企業にとっては、「買収した企業の価値をより高めるためにどうするか」「相乗効果をどう生み出すのか」が最も大事です。例えば、ある包装資材関連の企業は、買収した大手企業が自社の販売ネットワークを活用して取引メーカー(仕入先)の商品販路を拡大しました。譲渡したオーナーは、取引先だったメーカーの社長から感謝されたそうです。

 

買い手企業にとっても、重要な取引先がM&A後も確実に取引を継続してくれるのかどうか重要です。例えば、譲渡企業の有力な販路だった企業から、取引を停止されて困るのは、買い手企業です。継続取引の可否が企業価値に大きく影響を与える取引先がある場合には、事前に買い手から、取引が継続されることを先方に確認するよう求められることもあるほどです。

 

もちろん、買い手企業が従来の取引先とずっと取引を続けるかを確約することはできません。社会情勢、経済環境や、買い手企業の財務状況や戦略の変化があるかもしれないからです。どうしても気になる場合は事前に買い手企業と相談しておいてもよいかもしれません。不安なことがある場合は、是非、M&Aの実績とノウハウを蓄積しているM&Aアドバイザーにご相談されてみてはいかがでしょうか。