[解説ニュース]

法人が匿名組合契約により営業者に金銭出資している場合の出資金の相続税評価

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

 

1.匿名組合契約の概要


(1)匿名組合契約とは

匿名組合契約とは、当事者の一方(匿名組合員)が相手方(営業者)の営業に対して出資し、営業者はその営業から生ずる利益を匿名組合員に分配することを約する契約をいいます(商法535条)。

 

 

(2)匿名組合員の出資した財産の帰属

匿名組合員の出資は営業者の財産に属し(商法536条1項)、匿名組合員は営業者の行為につき第三者に対して権利義務を有しません(同4項)。
匿名組合員の出資した財産はすべて営業者に帰属し、匿名組合員は営業者が匿名組合員の出資により取得した財産に対して、何らの持分も有しません。

 

(3)契約期間中の利益と損失の分担

営業者はその各営業年度末において、匿名組合員に対し、匿名組合の営業により生じた利益を分配すべき義務を負い、匿名組合員は営業者に対し、匿名組合の営業から生ずる利益の分配を受ける権利を持ちます。匿名組合員による損失の分担は匿名組合契約に必要な要素ではありませんが、匿名組合契約に係る事業は匿名組合員と営業者による事実上の共同事業であることから、その契約に損失を分担しない旨の定めがない限り、匿名組合員は損失の分担をするものと解されています。

 

(4)匿名組合契約終了時の出資の返還

匿名組合契約が終了した場合には、営業者は匿名組合員にその出資の価額を返還しなければなりません。ただし、出資額が損失の分担により減少している場合には、その残額を返還すればよいとされています(同542条)。

 

 

 

2.【Q&A】法人が保有する匿名組合契約に係る出資の相続税法上の評価の解説


【問】

非上場会社の㈱Aは、B㈱との間で、自社を匿名組合員、B社を営業者とする匿名組合契約を締結し、B社の行う航空機リース事業に対して金銭出資をしています。A社の株主甲の死亡に伴い、甲に係る相続税の計算上、A社株式の1株当たりの純資産価額を評価する場合、A社の有する匿名組合契約に係る出資の評価はどのように行うべきでしょうか。なお匿名組合契約上、A社はその匿名組合の事業により生じた損失を分担しない旨の定めはありません。

 

【回答】

(1)匿名組合出資の評価の考え方

匿名組合契約に係る組合員の権利(以下「匿名組合出資」)の相続税法上の評価方法について、法令及び通達による特段の定めがありません。実務上は、平成20年7月25日東京国税不服審判所の裁決例等により、次のように取扱われています。

 

まず匿名組合出資の内容は、1(3)と(4)より、【営業者に対する利益配当請求権+匿名組合契約終了時における出資金返還請求権】と認められます。

 

匿名組合契約が終了した場合、上記1(4)より営業者は匿名組合員に匿名組合出資の価額を返還する必要があり、営業者はその財産状態を計算して、匿名組合員に対しその出資の価額を返還することになります。その出資の価額の返還における計算は、営業者と匿名組合員の間で実質上共同により事業を行っているといえるため、民法上の組合の規定(民法681条)を類推適用することが妥当であり、民法681条では組合員が脱退した場合の持分の払戻しにつき、脱退時における組合財産の状況に従って行うべきと定められているところです。

 

以上により匿名組合出資の価額は、出資金を含めた匿名組合契約に基づく営業者の全ての財産及び債務を対象とし、課税時期(本問では相続により財産を取得した日)において、その匿名組合契約が終了したものとした場合に、匿名組合員が分配を受けることができる清算金の額に相当する金額とするべきと解されます。また清算金の額は、財産評価基本通達(財基通)185(純資産価額)を準用し、課税時期における営業者のその匿名組合事業に係る全ての財産の相続税法上の評価額から、同事業に係る全ての負債の金額を差引いて計算すべきといえます。この場合、匿名組合自体には法人税が課税されないので、法人税等相当額の控除(37%控除)は行いません。

 

(2)匿名組合の事業に属する航空機の評価方法

(1)の匿名組合出資の相続税法上の評価においては、匿名組合の事業に属する航空機を評価する必要がありますが、財基通にその定めがありません。実務上は、財基通5より、航空機と同様に中古市場がある船舶の評価方法を定めた同136を準用し、原則、売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価するものと考えられます。

 

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2020/09/14)より転載

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

~原価計算の分析、販管費の分析、営業外・特別損益の分析~

 

〈目次〉

4、原価計算の分析

5、販管費の分析(①人件費の内容の把握、②1人あたり人件費水準の把握、③人員の過不足状況、退職率の把握、④残業の有無、支払いの有無の把握、⑤未払、引当等有無の確認、⑥退任役員の報酬水準の把握)

6、営業外・特別損益の分析

 

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

[関連解説]

■第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

(1、正常収益力の分析、2、事業別、店舗別、製品別、得意先別等損益の分析、3、製造原価の分析)

 

 

財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】


4、原価計算の分析

原価計算の分析を行う場合、原価計算の前提内容を把握します。作成方法の理解を進めながら、その作成方法が最もよい基準で作成されているかの検証を行います。

 

原価計算が行われていない場合は、財務デューデリジェンスの中で原価計算を行います。まず、製造原価に計上されている勘定科目、その内容、金額を把握します。その上で、それぞれの費用について原価計算を行う単位(製品等)に対して直課するのか配賦するのかの検討を行います。次に直課あるいは配賦を行う時のキードライバーを把握します。配賦を行う場合、実務的には売上高基準で行うことも多いですが、配賦を行う費用の金額が大きく、その配賦が原価計算の中で重要な場合等は、正確にキードライバーを把握し、そのドライバーで配賦を行うことで原価計算の精度を高めます。

 

しかし、中小企業の場合、これらの分析に必要な基礎情報が記録されておらず、精度の高い原価計算を行うことが難しい場合があります。原材料費であれば、仕入先別に金額は把握しているものの、1つの仕入先から複数の商品を購入している場合、原材料ごとの仕入金額を把握していないケースがあります。また、原材料ごとの仕入金額が把握できる場合であっても、原価計算を行う単位(製品等)ごとに原料の投入量が把握されていないケースもあります。そうすると、原料の正確な投入量がわからないため、原価計算単位ごとの製品1つあたり標準原料投入量および製品製造数量から原料投入量を推定する等行う場合もありますが、標準原料投入量を設定していない場合もあり、短期間のデューデリジェンスの期間の分析では精度の高い分析が難しい場合があります。このような場合、どこまで原価計算を行うかは買手企業との相談をした上で、分析を行います。

 

また、原価計算をデューデリジェンスで作成する場合には、特に慎重な検討が必要となります。期間や物理的なアクセス、ヒアリングの可否等の制約が多い状況下で、対象会社の損益の核となる部分を専門家と言えども外部の人間が作成する場合には、必ずしも正確な金額が示せるとは限らず、むしろ精緻なものの作成は難しいと考えます。そのため、分析の前提条件や作成方法を正確に記して、レポートの読み手に誤解を与えないようにすることが必要となります。また、前提条件や作成方法を正確に記述することで、デューデリジェンスを実施しているチーム内での検証も行いやすくなります。

 

5、販管費の分析

販管費の分析の主な目的は、EBITDA、ネットデットでの調整項目の把握、事業計画の前提条件である過去数値(1人あたり人件費や人員の過不足の状況等)の把握となります。

 

製造原価内容は人件費と経費に分けて分析を行うことが一般的です。

 

製造原価に計上すべき費用が販管費に計上されている場合や、年度によって製造原価の計上となっていたり、販管費の計上となっていたり継続的に同じ計上区分となっていない場合があるため、販管費の分析を行う場合には、併せて製造原価の分析を行うことが望ましいです。

 

 

人件費の分析は、主に下記の観点から行います。

 

①人件費の内容の把握

②1人あたり人件費水準の把握

③人員の過不足状況、退職率の把握

④残業の有無、支払いの有無の把握

⑤未払、引当等有無の確認

⑥退任役員の報酬水準の把握

 

①人件費の内容の把握

まず人件費の内容をレビューし、役員報酬の金額感、社員やパートのバランス、出向者の有無、退職金の支払いの有無、法定福利費の計上等の内容を把握します。

 

②1人あたり人件費水準の把握

対象会社が作成した、事業計画上の人員採用計画で、人員の採用数と採用に伴い増加する人件費が折り込まれます。その計画上の人件費の金額が適切であるかどうかは過年度の人件費の分析により確認を行います。

 

1人あたり人件費を分析する場合、部門ごとに人件費の金額水準が異なる場合には部門別に人件費を分析するのが有用です。今後、どの部門の人員を採用するのかで増加する人件費が異なるからです。上表では全体の人件費分析を行います。

 

上表のように月次平均人員数を賃金台帳等から算出します。月次で人員数を把握するのが困難な場合は、期初と期末の人員数の平均として分析することもありますが、人員の出入りが多い会社では、1人あたり人件費の水準の精度が下がってしまいますので、可能なかぎり月次で把握するのが望ましいでしょう。

 

また、社員、パートの別で賃金水準は大きく異なるため、それらを区分して把握します。給料手当が社員の給与、雑給がパートの給与であることを確認した上で、それぞれ平均人員数で除することで1人あたり給料手当・雑給を算出します。

 

この場合、1人あたり人件費ではなく、給与・雑給としているのは、法定福利費等を除いた純粋な給料の水準を把握する目的があります。法定福利費等には役員の法定福利費も含まれた金額となっているため、それを含めて人員数で除した金額は本来の社員1人あたりの人件費よりも高くなってしまいます。役員にかかる金額を除いて分析することも考えられますが、デューデリジェンスの短い期間での分析であるため、他の分析の重要度と勘案して行いますが、筆者の経験および見聞きした限りではここまでは分析していないものばかりでした。

 

役員報酬の金額が人件費の中で占める割合があまり多くない場合は、法定福利費等も含んだ社員1人あたり人件費は本来の金額とは大きく変わらないため、算出することが有用となります。

 

③人員の過不足状況、退職率の把握

現状の会社運営において、人員の過不足の状況を把握し、事業計画上の人員採用計画の妥当性を検証するための情報を入手します。人員が不足している状況下で、売上が増加する計画を作成しているものの、人員の補充が足りていない場合等が考えられ、このような場合は事業計画を修正する必要があります。また、事業計画上人員の採用を行っており十分な補充となっているように見えても、退職による人員減の影響を加味しておらず、計画上の採用人員では不足するケース等も考えられるため、人員の退職率等も把握するのが望ましいでしょう。

 

残業の有無、支払いの有無の把握

こちらの項目は未払残業代の金額を把握することが目的で、法務デューデリジェンスの労務部分との連係が必要となります。中小企業では残業代を支払っていない会社も少なくありません。また、残業代を支払っている場合でも、管理職には支払っておらず、法務デューデリジェンスの結果によっては当該管理職にも残業代の支払義務が生じていたことがわかるケースがあります。そのような場合は、ネットデットにて未払残業代を計上します。

 

⑤未払、引当等有無の確認

中小企業では、人件費の支払を発生主義ではなく現金主義を採用しており、発生したタイミングではなく、支払ったタイミングで費用処理をしている会社が少なくありません。例えば、対象会社が人件費の支払いは月末締め翌月25日払いであったとします。3月決算の場合、現金主義であれば3月末締めで4月25日払いの給料は費用処理されていません。発生主義で計上すると、3月末締めの給料は費用処理され、貸方に未払金が計上されます。当該未払金をネットデットの調整項目とするかを検討します。また給料だけでなく、会社負担の未払社会保険料も同様の処理を行います。

 

また、賞与を支給している場合であれば、賞与引当金の有無を確認します。賞与引当金が計上されていない場合は、対象会社の賞与規程を閲覧し賞与の支給対象期間を確認した上で、賞与引当金を計算します。当該賞与引当金をネットデットに計上するかを検討します。

 

さらに、対象会社の退職金規程において退職金を支給することとなっている場合には、確定給付制度なのか確定拠出制度なのかを確認します。確定給付制度を採用している場合には、退職給付引当金の計上が必要となります。退職給付引当金が未計上である会社の多くは従業員300人未満の会社であると想定されますので、その場合は簡便法にて退職給付引当金を計算します。簡便法では多くの場合、期末自己都合要支給額の金額を退職給付債務とする方法がとられることが多いように思います。そして計算された退職給付引当金をネットデットの調整項目とするかを検討します。

 

⑥退任役員の報酬水準の把握

M&Aの成立によって退任役員が決まっている場合には、EBITDAのプロフォーマ調整項目となりますので、退任役員の役員報酬の金額を把握します。

 

 

6、営業外・特別損益の分析

営業外損益の分析の主な目的は、EBITDAに調整すべき項目の有無の把握および利息や売上割引、仕入割引等の金融費用を把握することです。

 

事業関連性が高く、経常的に発生する項目があればEBITDAの調整項目となります。例えば借上社宅の賃料支払いは販管費にて計上しており、従業員負担分を営業外収益としている場合には、それらは表裏一体と考えるのが自然ですので、EBITDA調整項目とします。また、持分法適用会社を所有している場合、持分法適用会社から生じる持分法投資損益が今後も発生が見込まれる場合には、EBITDA調整項目とします。

 

また、金融費用については、M&Aが成立した場合は負債構成が変更され、金融費用は従前と同様には発生しないと考えられます。事業計画上は、従前の金融費用を除外して新たな金融費用を組み込みます。

 

特別損益の分析の主な目的は、過年度における会社の主な動きの把握、EBITDA調整項目の有無の把握をすることです。

 

特別損益は、「特別」な項目ですので、会社として特別な事象が発生した場合に計上されます。固定資産の売却や店舗の撤退、補助金の取得等が計上され、過年度の会社の動きを特別損益項目からも確認します。

 

特別損益に計上されている項目であっても、事業関連性が強く経常的に発生する項目があればEBITDA調整項目とすることがあります。例えば、助成金収入を特別利益に計上している場合、助成金が継続的に得られ、今後も継続的に得られる見込みがある場合等は、EBITDA調整項目とすることを検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』」

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

◆DCF法とは?

1、FCF(フリー・キャッシュ・フロー)の算定

2、WACC(割引率)の計算

(WACC、負債コスト、株主資本コスト、リスクフリーレート、株式リスクプレミアム(ERP)、ベータ、サイズプレミアム

3、継続価値の算定

(継続価値、FCFに基づく成長モデル(ゴードンモデル)、倍率法モデル)

4、事業価値の算定

5、株式価値の算定

 

 

 

DCF法とは?


DCF法は、対象事業の営業活動から生じる評価基準日以降の「FCF(フリー・キャッシュ・フロー)」を「WACC (当該キャッシュ・フローのリスクを反映した割引率)」を用いて現在価値に割り引き、事業価値を算定する方法です。

 

将来の事業価値を買うという買収実態に適合する評価方法ですが、将来キャッシュ・フロー(見積もり)への依存が大きいため、評価の客観性に欠ける面もあります。そのため、倍率法等の結果を用いたクロスチェックが必要です。

 

 

◇DCF法の株式価値は、以下の手順で計算します。

(1)FCF(フリー・キャッシュ・フロー)の算定

(2)WACC(割引率)の計算

(3)継続価値の算定

(4)事業価値の算定

(5)株式価値の算定

 

 

 

 

 

1、FCF(フリー・キャッシュ・フロー)の算定


FCFとは、営業活動によって獲得したキャッシュ・フローのことです。このキャッシュは、投資家(債権者と株主)に自由に分配することができるため、フリーという文字が付いています。

具体的には、以下の式によって計算されます。

 

FCF=A)営業利益+B)減価償却費-D)税金-E)設備投資±F)運転資本の増減

 

 

 

FCF算定の基礎となる事業計画は、対象会社から提供された事業計画をベースとします。売り手の事業計画の前提条件が買い手の想定と異なる場合は、売り手にする前提条件のヒアリング、両者の相違要因の検討、根拠資料の裏取り、外部コンサルタントからのアドバイスの入手等の作業を通じて、買い手の修正事業計画を作成します。

 

さらに、買い手のシナジー効果の金額効果を把握できるように、シナジー効果の有無を分けた事業計画を作成すると、価格交渉時にシナジー効果を売り手にどの程度与えるかという実践的な検討が可能となります。

 

 

 

2、WACC(割引率)の計算


【WACC】

WACCとはFCFのリスク(運用サイド)を反映した割引率のことです。投資家が要求する利回り(調達サイド)と説明されることもあります。割引率は、負債コストと株主資本コストの加重平均で算定されます。

割引率=(負債コスト/ 負債+資本)+(株主資本コスト/負債+資本)

 

負債は純有利子負債の残高、資本は株式時価総額(自己株式調整後)を用います。(厳密には、非支配持分等も考慮します)なお、以下で述べるβの観測期間中(2年~5年)に資本構成が大きく変動している場合、直近四半期末の負債及び時価総額ではなく、期間中の平均とすることを検討します。

 

 

 

【負債コスト】

負債コストとは、借入(借入金、社債等)による資金調達コストのことです。例えば、資金調達金利が3.0%の場合、税率30%と仮定すると、負債コストは2.1%(=3.0%×(1-30%)となります。支払利息は税務上損金算入できるので、負債コストは節税効果を考慮します。

 

実務では、対象会社が社債発行会社と社債未発行会社の場合に区分して、社債発行会社の場合は、当該社債の金利、社債未発行会社の場合は、対象会社と同等の格付けの社債金利を使用します。格付け別の社債金利情報は、日本証券業協会のHPに開示されています。

 

なお、借入金の金利を使用する場合、①借入時期が価値評価基準日の数年前の場合、その間に市場金利の水準や会社の信用リスクが変動している可能性があり、また、②対象会社が子会社である場合、親会社の信用補完が借入コストに反映されている可能性があります。そのため、価値評価基準日時点の社債市場等の公表利回りデータを参考にして、クロスチェックをすることをお勧めします。

 

 

 

【株主資本コスト】

株主資本コストは、対象会社の事業に対して、株主が要求する投資収益率のことをいいます。実務上は資本資産評価モデル(CAPM: Capital Asset Pricing Model)の公式を用いて、株主資本コストを推計します。

Ke = Rf +β×ERP

 

Ke:株主資本コスト

Rf:リスクフリーレート

β:株式市場全体に対する個別株式の感応度

ERP :株式リスクプレミアム(Equity Risk Premium)

 

投資家の合理的な行動を前提とする場合、リスクを最も低減しつつ、リターンを最も高めるポートフォリオは、株式市場全体の構成比率に分散させたポートフォリオであり、その場合の株主資本コストはRf+ERPとなります。

 

βは、株式市場全体の期待収益率の変化に対する個別株式の変化の度合いをいいます。βが1の場合は、株式市場全体が1変動すると、個別株式も1変動します。βが1.5の場合は、株式市場全体が1変動すると、個別銘柄は1.5変動します。このβをERPに乗じてRfを加算することによって、個別株式のリターンを算定しています。上場企業のβは、Bloomberg、日経会社情報等の市場データーベースから入手できます。

 

 

 

【リスクフリーレート】

取得の容易性、流動性を考慮して、直近日の日本国債(10年物)の流通利回りを用いるのが一般的です。Bloomberg、財務省HP等の市場データーベースから入手します。

 

 

 

【株式リスクプレミアム (ERP)】

株式リスクプレミアム(ERP)とは、株式市場全体(TOPIX等)に投資しようとする場合、投資家がリスクフリーレートに対して追加的に要求する期待リターンのことをいいます。

 

過去の東京証券取引所の上場株式に対する平均投資利回りと日本国債の投資利回りの差に関する実証分析から、実務では、5.5%~6.0%の範囲内で設定するケースが多いです。

 

 

 

【ベータ】

βとは、対象会社への株式投資が、株式式市場全体への投資と比較して、どれだけリスク(ボラティリティ)があるかを表す指標です。実務では、過去2年間の週次又は過去5年間の月次データを用いるのが一般的です。

 

 

 

 

対象会社が非上場会社の場合、類似会社数社のベータの中央値(異常値を除いた平均値)を使用します。なお、マーケットから入手した類似会社のベータ―は、財務リスク(資本構成の影響)を取り除く作業が必要なのですが、紙面の都合上、ここでは割愛します。

 

 

 

【サイズプレミアム】

サイズプレミアム(SCP)は、株式時価総額が小さな企業に対して適用するプレミアムのことをいいます。βが同じである場合、大企業よりも規模の小さな企業の方がリターンが高いという実証研究に基づくものであり、資本資産評価モデルでは捉えきれないリスクです。実務では、 ダフ・アンド・フェルプス株式会社が毎年公表している資料を参考にして、対象会社の株式時価総額の規模に応じたサイズプレミアム( 3.5%~5.3% )を決定します。

 

<計算例>

・社債金利: 3.0%

・税率: 30%

・リスクフリーレート:-0.05%

・β:18

・株式リスクプレミアム(ERP): 6.0%

・サイズプレミアム(SCP): 5.37%

・負債:資本=60:40

 

⇒負債コスト:2.1% = 3.0%×(1-30%)

⇒株主資本コスト:12.4%= -0.05% + 1.18 ×6.0% + 5.37%

⇒WACC:6.22% = 2.1%×60/(60+40)+12.4%×40/(60+40)

 

 

 

3、継続価値の算定


【継続価値】

DCF法による事業価値は、事業計画期間のFCFの現在価値と計画期間以降のFCFの現在価値(継続価値)から構成されます。継続価値は事業価値の過半以上を占めるケースが多く、慎重に算定する必要があります。実務では、案件の状況に応じて、以下の2つの方法がよく使用されます。

 

 

 

【FCFに基づく成長モデル(ゴードンモデル)】

 

 

計画期間以降の期間を通じて成長率が一定であること及び永久成長率がWACCを上回らないことを前提とします。実務上、永久成長率は、予想インフレ率・GDP成長率等を考慮して設定します。最近の国内案件では0%とすることが多いです。

 

 

 

【倍率法モデル】

 

EBITDA倍率は、事業計画期間終了時の会社の成長率・投資利回り・資本コスト等を総合的に考慮して設定します。なお、投資ファンド等の投資家は、将来の株式売却(EXIT)がほぼ確定しているため、現時点のEBITDA倍率を用いることがあります。

 

 

 

4、事業価値の算定


事業価値は、各期のFCF及び継続価値の現在割引価値の合計額となります。実務上、割引計算は、期央主義(各期のFCFは各期の中間時点で発生)を採用します。継続価値は、事業計画の最終年度と同じディスカウントファクターを用いて現在価値に割り引きます。

 

 

 

5、株式価値の算定


事業価値から非営業用資産の時価を加算し、純有利子負債を控除して株式価値を算定します。

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

—連載(全5回)—

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。

 

 

[解説ニュース]

借地人の建物を地主が取壊した際の費用をめぐる税金トラブル

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(遠藤 純一)

 

 

[関連解説]

■最近の事例にみる「不動産所得で経費になるもの」

■不動産取得税の「相続による取得」を巡る最近のトラブル

 

1.はじめに


最近、借地人側で相続が開始し、借地契約の解約、借地人の建物収去の問題が発生、それが地主の税金トラブルになるケースが散見されます。問題なのは、借地人の相続人に財力が期待できない場合です。というのも、地主側で建物を取壊す場合には、借地人名義の建物の収去費用について税金トラブルになることがあるからです。

 

借地人名義の建物の取壊しは本来、借地人が行うべきものです。建物を収去して更地にして返す契約となっているためです。この建物収去費用が地主の不動産所得の計算上必要経費と認められるかどうかをめぐって、昨年2つの裁決事例が出ています。1つは、必要経費と認められたもの(国税不服審判所、令和元年9月20日)、もう1つは必要経費として認められなかったもの(国税不服審判所、令和元年9月3日)です。その違いはどこにあったのか、見ていくことにします。

 

 

2.必要経費と認められた場合


事案の成り行きは次の通りです。

 

1、未払地代もあった借地人の相続(平成24年10月)に伴い、その相続人全員が相続放棄をした。

 

2、亡くなった借地人の財産は、相続財産法人に移行(民法951条)。

 

3、地主は平成25年8月、管轄の家庭裁判所に借地人の相続財産管理人の選任の申立てを行い(民法952条)、費用約100万円を予納した。同年9月管理人が選任。

 

4、地主は、平成25年10月、未払賃料の1週間以内の支払い催告とともに、支払いなきときは土地の賃貸借契約解除の意思表示の書面を相続財産管理人に送る。同月、土地の賃貸借契約は解除。

 

5、地主は相続財産法人を相手に、管轄の裁判所に対し賃貸住宅である建物の収去、損害金支払い等を求め提訴。

 

6、地主は、平成27年4月、建物の借家人の立退き、建物収去などにつき相続財産法人と和解が成立。

 

7、地主は和解条項通りに建物が収去されなかったので、同年12月までに裁判所の建物収去の代執行、土地明け渡しの強制執行を申立て、翌年3月までに執行を完了。収去費用は約650万円。

 

 

国税不服審判所は、前記事実関係などから「請求人らが本件土地を賃貸業務以外の用途に転用したことをうかがわせる事情も認められないことからすれば、請求人らの土地の貸付けに係る業務、すなわち、不動産所得を生ずべき業務は、土地賃貸借契約の解除後本件各建物の収去に至るまで継続していたものと認められる」と認定。

 

そのうえで「土地から収益を得る業務を遂行するためには、(借地人の)建物を収去する必要があり、その収去に係る費用については、当初から自らが負担することを想定して建物の収去までの手続を遂行し、建物収去費を支出したところ、実際にも、相続財産法人は無資力であり、支出の時点において、請求又は事後的に求償しても、およそ回収が見込めない状況にあったのであり、客観的にみても、建物収去費は、請求人らにおいて、自ら負担するほかなかったものと認められる」として「建物収取壊費用の支出は、客観的にみて、不動産所得を生ずべき業務と直接関係し、かつ、業務の遂行上必要なものであった」としています。

 

 

3.必要経費と認められなかった場合


次の事案も、借地人側で相続が開始し、借地人の相続人が地代滞納したため、平成25年に地主が賃料債務不履行を理由に契約解除の意思表示をし、契約解除、建物収去明け渡しに関し裁判沙汰になったものです。ただ、平成26年に裁判外で「借家人の退去や建物解体手続きに協力すること、それが実現したときはその費用等を免除する」といった和解をしていました。

 

建物の収去は平成26年6月あら8月末までの間に行い、地主は、取壊しに係る費用3,656,880円を支払ったというものです。

 

国税不服審判所は、地主が「借地人が経済的に困窮しているため、建物の収去義務を確実かつ迅速に履行する保証がない旨判断し、和解契約を締結した上で、自己の負担で本件建物を取り壊した」としているが「各借地人の資産状況及び支払資力などを裏付ける客観的な資料をいずれも確認しておらず、また、各借地人のうち少なくとも1名にはその当時一定の所得があったことが認められることからすれば、請求人が取壊費用を負担せざるを得ない事情があったとは認められない」として、収去費用を必要経費と認めませんでした。

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2020/09/07)より転載

[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第4回目:公的機関の活用(事業引継ぎ支援センター)

~事業引継ぎ支援センターとは?どのような相談ができる?~

 

[解説]

宇野俊英(M&Aコンサルタント)

 

 

[質問(Q)]

M&Aを検討するにあたり、相手先探しを支援してくれる公的機関として事業引継ぎ支援センター(以下、「センター」という)があると聞きましたが、よくわかりません。概要とどのような支援をしてくれるのか教えてください。また、センターに相談すると費用はいくらぐらいかかりますか。

 

 

[回答(A)]

センターは、後継者不在の中小企業・小規模事業承継をM&A等を活用して支援する目的である国の事業です。現在47 都道府県に設置されています。センターは、親族・従業員承継、再生、創業、廃業等事業承継に関連した相談やトラブルについても幅広く相談に乗り、対応しています。また、後継者不在の企業に対するマッチング支援を実施しています(相談料は無料です)。

 

 

 

1.センターの概要


センターは産業競争力強化法に基づき実施されている国の事業です。2011年から東京、大阪に開設されて以降、後継者問題に課題等を抱える中小企業経営者・小規模事業者に対して事業承継全般のご相談を受け、事業引継ぎ支援(M&A、役員・従業員承継)を実施しています。

 

また、地元の金融機関、士業と連携して、マッチングについて進捗支援を行うほか、登録機関等(※)にはノンネームデータベース(以下、「NNDB」という)を通じて案件情報を提供して相手先探しを促進しています。また、M&Aの経験が少ない士業の育成も実施しているセンターがあります。2018年度には全国で相談者数11,677 者、成約923 組の支援をしました。

 

 

(※) 登録機関は登録民間支援機関とマッチングコーディネーター(以下「MC」という)の総称。それぞれ各センターに登録した支援者を言います。

 

「登録民間支援機関」: 金融機関や民間仲介会社等がM&Aをフルサポートできる支援者
「MC」:士業法人等小規模マッチングに取り組む支援者

 

 

2.特徴


①立ち位置
公的機関ですので、公平、中立、秘密厳守で相談を受けています。

 

②受けられる相談
以下のようなご相談も幅広く受け付けています。
・ 事業承継について悩んでいる経営者が何から考えてよいのかわからない
・ 役員・従業員に事業承継したいがどのようにしたらよいかわからない
・ M&Aで相手先を探したい(譲渡、譲受両方)
・ 事業を成長させるために会社を引き継ぎたい(譲受)
・ 相手先と基本的な合意があるがどのように進めてよいかわからない
・ 後継者が不在なので廃業したい
等々です。

 

③ 主たる支援対象
・ 支援企業規模は小規模企業が中心

図1 にあるとおり、成約している譲渡側事業者の約60%が売上高1億円以下の事業者です。従業規模で見ても45%が従業員数1~5名以下の事業者となっています。

 

 

 

3.支援方法


支援方法は主に3 つの段階に分かれています。

 

①一次対応(相談)~方針決定まで
面談を通じて相談者の現状やご要望の相談を受け、方針決定まで助言をします。

 

②二次対応(登録機関に橋渡し)
M&A 方針の決定した候補先探索が必要な譲渡希望事業者、譲受希望事業者をセンターに登録している登録機関に橋渡しして支援する方法です(センターの相談は無料ですが、登録機関との契約は民間の契約となり、登録機関の費用は有料です)。

 

③三次対応(センター自ら引継ぎ支援)
相手が既に決定している相談者や、二次対応で相手先が見つからなかった相談者、後継者人材バンク(廃業予定の事業者と創業希望者をマッチングする支援手法)でセンターがお手伝いする方法です。主に、マッチングコーディネーターとして士業の皆様と連携支援しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

円滑な事業承継のための種類株式の活用

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(吉濱 康倫/税理士)

 

 

[関連解説]

■事業承継税制を複数の後継者に適用する場合の留意点

■贈与税の納税猶予の適用を受ける贈与により非上場株式を取得した者のみなし配当課税の特例

 

 

 

1.種類株式とは


会社法では「株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。」(会社法109条1項)としており、株式一株の権利内容は、原則として同じです。しかし、株式会社は異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行するように、定款で定めることができます(会社法108)。これを「種類株式」といいます。

 

 

2.種類株式の活用例


(1)議決権制限株式

議決権制限株式とは、株主総会における議決権を行使することができる事項について、他の株式とは異なる定めを置く株式です(会社法108条1項3号)。事業承継における問題として、相続による株式の分散により議決権が分散するため、後継者が過半数の議決権を確保することが困難になるという点が考えられます。これを解消するため、オーナー経営者が保有する普通株式の一部を完全無議決権株式に転換しておき、後継者に普通株式を、後継者以外の相続人には完全無議決権株式を相続させることで、株式は分散しても議決権を分散させないことが可能です。

 

(2)取得条項付株式

取得条項付株式は、株式を発行する会社が一定の事由が生じたことを条件として、その株式を取得できるという株式です(会社法108条1項6号)。取得条項付株式の対価は金銭に限らず、社債や他の種類株式など幅広い設定ができます。これを利用して、議決権制限株式に取得条項をつけておき、いつでも普通株式に転換できるようにしておくことも可能です。例えば、複数の後継者候補に議決権制限付かつ取得条項付株式を贈与しておき、後継者が確定した時点で普通株式に転換することで、後継者のみが議決権を手にすることができます。また、後継者以外の者に相続させる株式を取得条項付株式にしておけば、分配可能額((3)参照)の範囲で会社は自由にその株式を買い取ることが可能であり、少数株主対策の心配が無くなります。

 

(3)分配可能額

分配可能額とは、簡単に言うと、株式会社の最終の貸借対照表の純資産の部に計上されているその他資本剰余金の額とその他利益剰余金の合計額から、自己株式の帳簿価額等及び当期に既に分配した価額をマイナスした残額です(会社法461条2項)。また、株式会社が期中に臨時決算手続き(会社法441条)を行うことにより、前期末から配当基準日までの期間分の利益を分配可能額に反映させ、当該利益分だけ分配可能額を増加させることができます(会社法461条2項2号)。
株式会社が自己株式の買い取りを行う場合には、自己株式の取得の対価の総額が、分配可能額を超えることができないという規制(財源規制)があります(会社法461条1項)。この財源規制に違反して、株式会社が自己株式の買い取りをした場合であっても、原則としてその買い取り自体は無効にはなりません。しかし、取得条項付株式が自己株式として買い取られる場合(会社法155条1号)は、これらの財産の帳簿価額が分配可能額を超えているときには、取得条項付株式の取得が無効になります。(会社法170条5項)

 

 

3.種類株式を発行するための手続き


種類株式を発行するには、種類株式の内容及び発行する数を定款に定めて登記しなければなりません。(会社法108条2項、911条3項7号)。定款に種類株式に関する定めがない場合は定款を変更する必要があります。定款を変更するためには、株主総会の特別決議(議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の多数)が必要です(会社法309条2項11号、466条)。

 

 

4.種類株式の相続税法上の評価


財産評価基本通達(以下「財基通」)には種類株式の類型ごとに評価方法を定めている規定はありません。平成30年版財基通逐条解説704頁~705頁の「[参考2]種類株式の評価方法」では、「多種多様な種類株式については、権利内容や転換条件など様々な要因によってその発行価格や時価が決まってくると考えられる。しかもこのような種類株式については、社会一般における評価方法も確立されていないうえに、権利内容の組み合わせによっては、相当数の種類の株式の発行が可能であるから、その一般的な評価方法をあらかじめ定めておくことは困難である。したがって、財基通に定める評価方法がなじめないような種類株式については、個別に権利内容等を判断して評価する」という趣旨の考え方が示されています。その中で、中小企業の事業承継目的で活用が想定される特定の種類株式の評価方法は、国税庁から公表されている「相続等により取得した種類株式の評価について」や質疑応答事例において紹介されています。

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2020/08/31)より転載

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「従業員である相続人に退職金を支払った場合の債務控除の可否」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】解散に際して支払われる役員退職金の課税関係

■【Q&A】個人事業者が事業を廃止した場合の事業用資産に係る課税関係

 


[質問]

被相続人甲は、2020年2月に死亡しました。

 

相続人は甲の事業を承継しないこととし、甲が雇用していた全ての従業員を解雇し、退職金を支払います。甲が雇用していた従業員の中には、甲の相続人である乙も含まれています。

 

被相続人の死亡によって事業を廃止し、従業員を解雇していることから、乙以外の従業員に対して支払う退職金については、甲の相続税申告に当たって債務控除の対象になると考えます。

 

しかし、乙に対して支払う退職金については、相続税法第13条の規定により債務控除の対象とならないとの認識でよいでしょうか。

 

 

[回答]

個人事業者が死亡し、その事業を相続人が承継せず廃業したときに、当該個人事業者が雇用していた従業員に対して退職金を支払った場合、その退職金は相続税の債務控除の対象になる旨の質疑応答事例が国税庁ホームページに掲載されていますが、これはご承知のことかと思います。

 

この質疑応答事例によると、「その支給された退職金は、被相続人の生前事業を営む期間中の労務の対価であり、被相続人の債務として確実なものであると認められる」との考え方の下、債務控除することが可能との取扱いを明らかにしています。

 

ところで、ご質問の事例の乙への退職金については、乙が被相続人甲の相続人であることから、相続税法第13条の規定により債務控除の対象とならない、とのご見解のようですが、債務控除の対象になるとする考え方は、上記のとおり、被相続人が事業を営んでいる間の労務の対価であるかどうかがポイントですから、乙が実際に従業員として勤務した事実があれば、相続人(家族従業員)であるか否かは関係しませんし、相続税法第13条の規定をみても、相続人に対する債務を債務控除の対象から除外する規定もありません。

 

確かに、家族・相続人に対する支払いや債務ということだと、例えば、所得税法第56条のように、生計を一にする親族に労務の対価等を支払った場合は必要経費に算入しないという規定がありますし、民法上、相続人が積極財産と債務を承継した場合、混同により債務が消滅するということもありますので、第三者の場合とは異なるところがあるのではないかという疑問も生じるかも知れませんが、こと相続税の債務控除については、相続人乙に勤務実績があって、他の従業員と同様の基準等により退職金が支払われる限り、債務控除の対象にして差し支えないものと考えます。

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2020年6月3日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[わかりやすい‼ はじめて学ぶM&A  誌上セミナー]  

第3回:M&A手法の選び方

~必要資金、事務手続の煩雑さ、買収リスクを伴うか~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.必要資金

2.事務手続の煩雑さ

3.買収リスクを伴うか

 

 

 

M&A手法の選び方

前回の解説にて多くのM&A手法を見てきました。では、実際にどの手法を選べばよいのでしょうか。まず「必要資金」「事務手続の煩雑さ」「買収リスク」の観点を考慮して自社の戦略を決定し、交渉事の世界に入っていく形となります。

 

 

1. 必要資金

M&Aを行う際、必要となる資金の観点は非常に重要ですね、まず大きい点として、対価を現金ではなく自社株式とすれば現金を用意する必要はありません。これは交渉事の世界ですが、事業を売る側が現金を必要としていない場合は、自社株による売買が可能となります。合併、会社分割、株式交換・株式移転が株式対価とすることが可能な手続です。

 

また、実際にかかるコストを見逃すことはできません。紹介会社や調査会社、アドバイザーへの事務手数料等、M&Aでは多くのコストがかかってきます。必要となる税金資金も異なります。課税の繰延によりその時点では税金がかからないケースもありますし、コスト負担は案件ごと・手法ごとにばらばらのため、M&Aの状況に照らし合わせてコストを考える必要があります。

 

 

2. 事務手続の煩雑さ

手法によって事務手続の煩雑さは異なりますが、株式売買であれば売買契約のみで済むため、比較的楽に終わります。

 

合併や会社分割、株式交換・株式移転は原則として株主総会特別決議が必要となります。合併や会社分割では債権者に対する異議申立の機会も必要です。

 

事業譲渡ですと資産負債を個別に売買するため、各契約・登記・許認可関係を一から行う必要があります。事業規模が膨らむほど手続は煩雑になります。また、重要な譲渡等一定の場合には株主総会の特別決議が必要です。

 

 

3. 買収リスクを伴うか

個々の資産にはリスクを伴わないものの、会社や事業全体を譲り受ける場合は一定のリスクを伴うことになります。思わぬ訴訟を抱えていたり、思わぬ簿外負債を抱えていたり、事業単位をまるっと買った場合には思わぬリスクがついてくるのです。

 

当然リスクを減らすよう表明保証やデューデリジェンス等様々な方策がM&Aの過程で取られますが、最終的にリスクを引き受けるのは買い手となります。

 

事業譲渡であれば個々の資産の承継となるので、事務手続は非常に煩雑であるものの、思わぬリスクを取らずに済むことができます。

 

 

あとは交渉事の世界となります。相手がどのような形を望むのか、自社として望ましい展開はどれかを考慮に入れ、最終的な着地を目指していきます。

 

 

 

 

[Point]

M&Aには多くの手法があり、自社と相手会社の思惑に合わせた手法を選択することが可能!

 

 

 

 

 

前回と今回でM&Aの第一歩として、「なぜM&Aが行われるか」「M&Aにはどのような方法があるか」を見ていきました。漠然としたM&Aに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第4回:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~ビジネスモデルは?研究開発費は?会計処理は?株主は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

 

Q、情報通信(IT)業のM&Aを検討していますが、情報通信(IT)業の特徴や留意点はありますか?


情報通信業は、インターネット、パソコン・ハードウェア、ソフトウェア、プロバイダ、通信回線等様々な業界・産業が集積しています。製造業であれば製品を製造している、小売業であれば消費者に商品を販売しているという想像がつきますが、情報通信業とだけ情報が存在しても、どのようなビジネスを営んでいるのかすぐに想像ができないところが情報通信業の特徴と言えるでしょう。また、フリマアプリで上場した会社や、アパレルECサイトで上場した会社があるように、一つのコンテンツがヒットすれば、爆発的な収益をもたらし得る業界であり、そこが魅力の1つと言えるでしょう。

 

M&Aを検討する場合には、ビジネスモデル、すなわちどのようなビジネスを営んでいてどのようなマネタイズ(収益化)方法をとっているのか、を正確に理解する必要があります。

 

 

情報通信業で開発を行っている企業は、開発が成功し、収益化できるようになって初めて売上高が計上されます。つまり、開発段階では売上高は計上されないため、下図のように資金は流出する一方となります。

 

 

 

 

そのため、資金を外部から調達する必要がありますが、情報通信業は一般的に銀行等からの借入ではなく、資本の出資という形でベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、投資に積極的な事業会社、エンジェル投資家等から資金を調達することが一般的です。これは、銀行等は現在の預金や不動産等の担保力を重視する事に対して、VC等は将来のリターンを重視するためです。情報通信業は銀行等に担保として提供できる資産を保有していないことがほとんどです。一方で、研究開発が成功しソフトウェアが多額の収益を生むこと可能性を秘めています。この可能性を投資家に説明し納得が得られると、担保等がなくても多額の資金を調達することが可能となります。そのため、情報通信業では借入ではなく資本での資金調達を行うことが多くなっています。

 

資本が多いということは、親族以外の株主がいることとなります。そのため、一般的な中小企業では親族のみの意思決定で株の売買が可能であったところ、既に株主となっているVC等の投資家の意見も検討した上でM&Aに臨むこととなります。投資家は投資のプロであるため、投資家が株主として存在する場合には自社内だけで検討せずにM&Aの専門家を交えて検討することをお勧めいたします。

 

 

 

また、情報通信業は、一般的に研究開発費が多額に必要となることも特徴の1つです。情報通信業の研究開発はビジネスの肝となることが多いため、外注ではなく社内にて研究開発を行うことが多く、研究開発にかかる人件費が多額となります。その人件費が研究開発費として計上されているのか、給料手当等人件費の勘定科目で計上されているのかについて正確に把握し、対象会社が研究開発にどれほどの人件費を割いているのかを確認しましょう。

 

また、会計上の話となりますが、研究開発がある程度進むと研究に要した支出をソフトウェア勘定(資産)とするか、研究開発費(費用)するかの論点が発生します。詳細な解説は割愛しますが、収益化の可能性が高くなったり、費用の削減の可能性が高くなった時点で、研究開発にかかった支出を費用ではなく資産(ソフトウェア勘定)として計上し、減価償却を行うこととなります。ソフトウェア勘定に振り替わると、費用が減少し、その分損益が改善します。つまり、ソフトウェア勘定に資産計上されているか、研究開発費等で費用計上されているかで、PL(損益計算書)の営業利益の見え方が大きく異なることになるため、ソフトウェア勘定が計上されている場合には、その内容を正確に把握する必要があります。特に、資産性が低いものの、PLの営業利益を良く見せるためにソフトウェア勘定として資産計上していないかに注意して検討しましょう。

 

 

情報通信(IT)業のM&Aを検討する場合は、ビジネスモデルを正確に理解した上で、ソフトウェア勘定の有無を確認し、開発費用の計上科目を確認しましょう。また、株主に投資家が存在する場合には、株主の意向はM&Aを検討する上で重要ですので、専門家を交えた上で適切に検討するのが望ましいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者のための 実務活用型誌上セミナー『税務デューデリジェンス(税務DD)』]

第1回 M&Aにおける税務デューデリジェンスの目的、手順、調査範囲など

 

[解説]

税理士法人LINK 公認会計士・税理士 長野弘和

 

 

1.税務デューデリジェンスの意義


デューデリジェンス(Due Diligence:DD)とは、M&Aなどに際して、買収対象となる企業や事業などを対象として行う調査をいいます。このDDの主な目的は、買収対象となる企業や事業の実態を調査し、その企業や事業の様々なリスクを把握することにあります。

 

税務DDは文字どおり、買収対象となる企業や事業の税務に関する調査をいいます。この税務DDの主な目的は、①買収対象となる企業や事業の税務リスクを分析するとともに、②ストラクチャーの検討に有用な情報を収集することにあります。ここで言う税務リスクとは、買収対象となる企業や事業の過去の税務処理の内容(税務申告書の内容等)に誤りがあり、それが買収後の税務調査等によって顕在化することと言えます。税務DDではこの税務リスクを分析するために行いますが、そこで得られる情報はストラクチャーの検討にも役立てられます。ストラクチャーの選択によって税負担が変わり、節税メリットを享受することができる場合も少なくありません。

 

 

2.M&Aにおける税務専門家の関与


税務DDは多くの場合、何らかの形で外部の税務専門家(税理士・税理士法人など)のサポートを受けています。大きな事案や複雑な事案では、税務専門家が税務DDを主導する場合が多いです。そのような中、事業会社のM&A担当者にとっては、M&Aの各プロセスにおいて、税務専門家をどのように関与させるべきか、税務専門家の使い方やその目的等について押さえておくことが重要と言えます。

 

そこで、一般的なM&Aのプロセスに沿って、各プロセスにおいて税務専門家がどのように関わってくるのかについて解説します。

 

 

 

 

 

(1)売手・買手の接触~基本合意書の締結

基本合意書の締結に向けたプロセスでは、売手と買手との間で秘密保持契約書が締結され、初期的な検討に必要な情報が記載された案件概要書(Information Memorandum:IM)が買手に開示されます。この段階では、IMに記載された情報や初期的なDDから得られる情報等の限られた情報に基づき、買収対象となる企業や事業を評価することになります。初期的な検討が行われ、売手と買手との間で基本的な条件について合意に達した段階で、基本合意書が締結されることになります。

 

①買手サイド

買手サイドの税務専門家は、一般的にこの段階から関与させることが多く、税務専門家は税務DDやストラクチャーの検討を行います。

 

税務DDについては、この時点で得られる情報は限定的であることも多く、調査内容も限られたものになることが多いです。とはいえ、この時点で得られる情報でも、その後に行われる詳細な税務DDにおいて重点的に調査すべきポイントの特定や調査のスコープについて検討することができますので、その後の税務DDを効果的かつ効率的に進められるように、この段階で税務専門家と検討・協議しておくことは有用です。一般的にDDは非常に限られた時間の中で行うことも多く、特に複雑な案件やクロスボーダーの案件等では、重点的に調査すべきポイントの特定や調査のスコープについて、なるべく早く税務専門家と検討・協議しておくことがポイントとなります。

 

ストラクチャーの検討については、この段階では(詳細な税務DDを行う前の)暫定的なストラクチャーの検討を行います。ストラクチャーの選択によって税負担が変わり、節税メリットを享受することができる場合も少なくありません。買収価格の提示に加えて、買収ストラクチャーの提示を求められることも多いので、なるべく早い段階で税務専門家を関与させることが有用です。売手サイドからストラクチャーを提案されることもありますので、その検討を行うこともあります。

 

②売手サイド

一方、売手サイドの税務専門家には、必要に応じて買手サイドによる初期的な税務DDへの対応をサポートしてもらうことがあります。

 

 

 

(2)基本合意書の締結後~売買契約書の締結

売買契約書の締結に向けたプロセスでは、より詳細なDDが行われることになります。買手は詳細なDDを経て、買収価格やストラクチャーを決定するとともに、売手と買手との間で交渉が行われます。これらの過程を経て、売買契約書が締結されることになります。

 

①買手サイド

買手サイドの税務専門家は、この段階において詳細な税務DDを行います。詳細な税務DDで得られる税務リスクに関する情報は、買収価格の決定や、表明保証の内容等の検討に活用され、売買契約書に織り込むこととなります。また、詳細な税務DDを通じて暫定的なストラクチャーに問題がないか、実行可能性を検証し、ストラクチャーを決定します。売手が想定しているストラクチャーと異なるストラクチャーを提示する場合は交渉が難航することも少なくありません。売手が納得しやすいように売手・買手双方の税務上の取扱いを明示する等の対応が求められます。

 

②売手サイド

一方、売手サイドの税務専門家には、必要に応じて買手サイドによる詳細な税務DDへの対応をサポートしてもらうことがあります。また、買手が提示してきた税務リスクに関する内容やストラクチャーについて、税務専門家に意見を求めることもあります。

 

 

 

(3)売買契約書の締結後~クロージング

クロージングに向けたプロセスでは、売買価格等を検討する際に基準とした日(基準日)と実際に株式や資産・負債が移転する日(移転日)との間の期間に関する調査(クロージング監査)が実施され、必要に応じて売買価格が調整されることがあります。

 

①買手サイド

買手サイドの税務専門家は、この段階においてクロージング監査を実施することがあります。この段階では税務申告書の内容を確認することができない場合が多いため、税務上の取扱いに留意する必要がある取引・事象等でもない限り、税務専門家の役割は限定的と言えます。

 

②売手サイド

一方、売手サイドの税務専門家には、これまで同様に買手からの依頼に対して、必要に応じてサポートしてもらうことがあります。

 

 

 

3.税務DDの調査範囲


税務DDの調査範囲はストラクチャーによって異なります。一般的には、ストラクチャーが株式売買の場合、税務リスクを買手がそのまま引き継ぐことになりますので、網羅的な税務DDが求められます。とはいえ、DDは限られた時間の中で行うことも多く、網羅的かつ詳細な調査を税務専門家へ依頼するとコストも多額になります。効果的かつ効率的な税務DDを行うためには、調査範囲の検討が特にポイントになります。

 

 

(1)調査対象とする法人

税務DDを行うにあたっては、調査の対象とする法人を検討します。このとき、買収対象となる企業が挙げられるのは当然ですが、買収対象となる企業が子会社を有している場合、子会社まで調査の対象とするかを検討する必要があります。

 

全ての子会社を対象とするのであれば検討する必要はありませんが、その場合は当然ながら時間・コストがかかります。M&Aが検討されていることを知らされていない子会社については、その子会社に関する情報提供や質問対応等が制限されます。海外に子会社がある場合は、物理的な距離や言語、税制の違い等もあり、現地の税務専門家の利用も必要になります。このように、実務的には様々な制約の中で税務DDが行われることが一般的ですので、各子会社の事業規模や事業内容等を踏まえて調査範囲を検討する必要があります。

 

 

(2)調査対象とする期間

税務DDの対象期間は、基準日から直近3年~5年を対象とすることが一般的です。この調査期間は、買収後に税務調査が行われる可能性のある期間を前提に検討します。既に税務調査が行われた期間がある場合、次回の税務調査ではそれ以降の期間が税務調査の対象となることから、その期間に焦点を当てた税務DDを行うことが一般的です。その場合でも、税務DDの中で特に重要な税務リスクが発見され、それが既に税務調査が終了した事業年度にまで影響が及ぶ可能性があるときは、更正決定が可能な期間まで遡って調査すべきです。

 

 

(3)調査対象とする税目

法人の支払う税金には、法人税や住民税、事業税、消費税、印紙税、不動産取得税、固定資産税、事業所税、関税等、多岐にわたります。

 

税務DDにおいては、金額的な影響度が最も大きい法人税を中心に調査が行われることが一般的です。法人税以外の税目については、事業内容や過去の税務調査の状況等から、必要に応じて調査の範囲や深度を検討することになります。クロスボーダーの案件では、国によって重要な税目が異なる可能性も考えられますので、現地の税務専門家と連携して調査対象とする税目を検討する必要があります。

 

 

4.終わりに


税務という分野は専門性が高いため、M&Aにおいても税務専門家のサポートを受ける場合が多く、税務DDを依頼、あるいは協力して行うことが一般的です。

 

税務DDの範囲や深度を広げるほど、より詳細に税務リスクを把握できるかもしれませんが、調査に要する時間やコストの負担も大きくなります。一方で、十分な調査が行われず、M&A後に想定外の税務リスクが顕在化することは極力避ける必要もあります。案件の規模や内容等に応じて、効果的かつ効率的な税務DDを行えるように、早い段階で税務専門家と協議しながら検討することがポイントです。