[マッチングサイトを活用したスモールM&A]

~年商1,000万円から2億円までのM&Aの現場から~

第1回:「マッチングサイトを使ったスモールM&A」が活況なワケ~コロナも追い風~

 

〈解説〉

税理士 今村仁

 

(1)4つの数字「381」「127」「650」「22」からみる中小M&Aの今

日本の高齢化率は世界一ですが、同様に中小企業経営者も高齢化しています。具体的な数字を挙げると、全国における事業者数は、会社も個人事業主も含めて約「381」万者。そのうち、経営者の年齢が70歳以上の数は245万者で、そのうち後継者未定の数は「127」万者となっています(2025年予測値)。

 

つまり、日本にある製造業や建設業、飲食店や町のお豆腐屋さんなどすべての事業主のうち、3分の1は、「経営者年齢70歳以上かつ後継者未定」なのです。

 

 

ではこの127万者は、将来どうなるのでしょうか?

 

 

実は、最終的な選択肢は2つしかありません。1つは、「M&Aで第三者承継先に譲渡する」、もう1つは、残念なことではありますが、「廃業」です(親族外の従業員や役員に承継するというのも稀にありますが、単に代表者が変わるだけが大半で、きちんと株主が変わり銀行保証も精算されるケースは極めて少ないです)。

 

さらには、127万者のうち8割である約100万者は、いわゆる中小企業ではなく小規模企業です。小規模企業の場合、M&Aで第三者承継先を探そうとしても、売買対価が低額で十分な手数料が支払えないことから、M&A仲介業者や銀行等に依頼する案件としては相応しくありません。つまり、これまでは、小規模企業の場合は第三者承継先を探そうにも相談者がおらず、結果的に「廃業」しか選択肢がなかったといえます。

 

 

 

この廃業しか選択肢がなかった小規模企業に、「第三者承継」という選択肢を与えてくれるのが、このシリーズの主題である「マッチングサイトを使ったスモールM&A」なのです。

 

 

(2)第三者承継支援総合パッケージで「M&Aマッチングサイト」に言及

このまま放置しておくと日本経済に与えるマイナス要素が大き過ぎるため、中小企業庁は、2019年12月20日に、中小企業支援策として、「第三者承継支援総合パッケージ」を発表しました。「第三者承継=M&A」ですから、この資料には親から子へといった従来政府が推し進めてきた「親族内承継」の言葉はありません。親族内承継だけでは、日本経済は救えないと国がはっきりと方針を打ち出したようにも思います。

 

 

では国は、経済的に日本が沈没してしまうのを回避するために、先ほど見た127万者すべてに支援の手を差し伸べてくれるのでしょうか?

 

 

答えは、「ノー」です。昨今政治も新政権に変わり、「自助・公助・共助」を掲げられ、また、政権ブレーンであるイギリス出身日本在住の経営者デービッド・アトキンソン氏の影響も大きく、「廃業止む無し、生産性向上のためM&Aを推進」の方向性のようです。

 

第三者承継支援総合パッケージによると、2025年までに、70歳以上となる後継者未定の中小企業約127万者のうち、黒字廃業の可能性のある約60万者の第三者承継を促すことを目標としています。60万者のM&Aを10年間かけて実現するということですから、1年間で6万者のM&Aを実現させるということです。

 

 

ではこの国の目標に対して、現在、どれくらいのM&Aが行われているのでしょうか?

 

 

実は、公表ベースですが、年間たったの「4,000件」です。毎年増加しているとはいえ、この数字です。年間6万件と比較すると、15倍の開きがあります。これは対面(リアル)で人がいくら頑張っても実現できる数字ではありません。特に、お相手を探してくるというとても時間と費用の掛かる作業を対面(リアル)で行うことを想定すると、どのようなやり方をしようが実現は不可能でしょう。そこで国は、民間プラットフォーマーとの連携など、ネットを使ったM&Aに大きくシフトしていこうとしているのです。

 

国は年間6万件のM&A実現へ向けて、2015年に作成された「事業引継ぎガイドライン」を、マッチングサイトを使ったM&Aや専門家向けへの記述を加え全面改訂し、コロナ禍の最中である2020年3月31日に「中小M&Aガイドライン」を作成公表しました。

 

また、2020年7月には、マッチングサイトを使ったスモールM&A向けといっても過言ではない、「経営資源引継ぎ補助金」が創設され、M&Aにおける着手金や成功報酬に対して最大200万円が支給されることになりました。ちなみにこの補助金は、売り手も買い手も中小企業であれば対象となっています。

 

 

このように、マッチングサイトを使ったスモールM&Aを、あの手この手で国が支援してくれているのが現状なのです。

 

 

(3)意識の変化や金融緩和で案件増加!(コロナも追い風)

スモールM&Aが活況な理由は、他にもあります。現場に出ていて最近特に顕著に感じるのは、売り手や買い手における「意識の変化」です。

 

今どきの売り手では、例えば父親経営者は、たとえ承継候補となる息子や娘がいても、自ら継がそうとしないケースが増えてきました。それこそ一昔前の特に地方では、父親の会社を承継するというのはある種、運命みたいな部分があったかもしれませんが、それを父親自身がストップをかけるのです。

 

しかし自分事としてこの父親経営者のことを想像してみると、納得がいきます。今までそれこそ四六時中仕事のことを考え、時に従業員との確執なども乗り越えてきて、この先この会社を息子に承継させるとなれば、それこそ死ぬまで会社の心配や不安をぬぐうことはできないでしょう。もしこれを第三者に売却(M&A)できれば、老後はゆっくりと趣味や奥様との時間に何の心配もなく過ごすことができます。老後を不安なく自由に暮らしたいと考える父親経営者は、思いのほか増えています。さらにこのコロナで、立ち止まり考える時間も増えたため、コロナがトリガーとなり、M&Aを決心する経営者が増加しているように思われます。

 

 

息子のほうも、田舎にある父親の会社を引き継げといわれても、都会暮らしを手放したくない、妻の反対や子供の学区のこともある、などでM&Aを父親に自ら提案することも多いようです。

 

 

また、買い手においては、特にこのコロナ禍で、従来のような同業種や類似業種へのM&Aだけではなく、全く異なる分野へのM&Aを検討されるケースが増えています。背景にあるのは、事業におけるリスク分散だと考えられます。リスク分散としてのM&Aを考えるとき、いきなり大きな買い物はしにくいですから、「スモールM&A」が向いているのです。他にも、金融緩和で資金が余っていることもM&Aの追い風となっています。

 

 

このような理由により、現在、スモールM&A、特に手軽に始められる「マッチングサイトを使ったスモールM&A」がかつてない活況を見せているのです。

 

 

 

 

 

[参考資料]

第三者承継支援総合パッケージ(中小企業庁、2020年12月20日)

https://www.meti.go.jp/press/2019/12/20191220012/20191220012-1.pdf

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第7回:「産業廃棄物処理業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~収集運搬業者か処分業者か?許認可、設備、人材は?社内管理体制は?法改正は?

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、産業廃棄物処理業のM&Aを検討していますが、産業廃棄物処理業M&Aの特徴や留意点はありますか?


廃棄物は、産業廃棄物と一般廃棄物に分けられ、産業廃棄物は特別管理産業廃棄物等、一般廃棄物は事業系一般廃棄物、家庭廃棄物等それぞれ細分化されます。

 

 

 

 

 

 

産業廃棄物処理業は、大きく「収集運搬業」「中間処理業」「最終処分業」に分けられ、各業態でも例えば収集運搬業は、運搬する廃棄物の種類によって細かく細分化されます。一般家庭ゴミの収集運搬にしても、生ゴミ(可燃ゴミ)・プラスチック包装容器・缶瓶ペットボトル・紙・布・粗大ゴミと収集運搬業者はそれぞれ違います。

 

 

 

 

収集運搬業は排出元と処分場の両方の区域の許可を取得する必要があります。積替保管とは、排出元と処分場の間に廃棄物を一時的に保管する施設を設置し、そこを経由して処分場へ運ぶことを言います。積替保管なしの場合、排出元から処分場に直行する必要がありますが、積替保管ありの場合は一定量蓄積してから運搬するなど輸送効率の向上が可能となります。対象となる廃棄物の保管基準を満たす必要があり、許可取得難易度は積替保管なしと比較し高くなります。

 

中間処理では、埋立処分等の最終処分前に、生活環境保全上支障を生じないように、破砕、焼却、脱水、中和による減量・減容化、安定化、無害化を行います。

 

最終処分では、原則最終処分場への埋立処分により行われます。最終処分場は対象となる産業廃棄物により3タイプに分かれます。

 

●安定型最終処分場……処分対象:安定型産業廃棄物(廃プラスチック類、ゴムくず、がれき類、金属くず、ガラス・陶磁器くず、環境大臣が指定する産業廃棄物)

●遮断型最終処分場……処分対象:有害物質を含む特別管理廃棄物

●管理型最終処分場……処分対象:①、②以外の産業廃棄物

 

 

M&Aを検討している場合に、対象企業の産業廃棄物処理業が「収集運搬業」なのか、「中間処理業」なのか、「最終処分業」なのかを把握しましょう。一般的に「収集運搬業」よりも「中間処理」や「最終処分」業者の方が設備や埋め立てのための土地等を保有することから規模が大きく、参入障壁が高いことから利益率は高くなる傾向にあります。

 

また、産業廃棄物処理業特有の論点として、不法投棄の問題があります。不法投棄防止のために産業廃棄物管理表(マニフェスト制度)が導入されており、マニフェスト制度に沿った対応が必要となります。

 

 

産業廃棄物処理業のM&Aを検討する場合、収集運搬業者か処分業者か、また所有する許認可、設備、人材等について確認をする必要があります。どの業界向けの産業廃棄物を処理できるのか等の能力を確認しましょう。

 

また、社内管理体制の整備、マニフェスト(産業廃棄物管理表)の適切な処理ができているか、不法投棄を行ったり、近隣住民とトラブルを起こしたりしていないかを把握する必要があります。また、法改正の影響を受けやすい業界であるため、法改正の動向も確認しておく必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』」

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、株式価値の調整項目

2、支配権プレミアム

3、支配権プレミアムの適用

4、非流動性ディスカウント

5、評価方法との関係

6、適用順序

7、実務上の検討

 

 

▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

 

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

 

 

1、株式価値の調整項目


実務では、DCF法及び倍率法で計算した株式価値からさらに調整を行います。具体的には、支配権プレミアム、非流動性ディスカウントを反映させます。支配権プレミアム及び非流動性ディスカウントは、充分なマーケットデーターが整備されておらず、案件の内容に応じた数値が用いられます。

 

 

2、支配権プレミアム


支配権を取得した株主は、対象企業のキャッシュ・フローを実質的に支配できるため、少数株主の一株当たりの株価と比較した場合、支配権株主の一株当たりの株価の方が高いと言われています。これは、議決権比率が高まるにつれて、支配株主は少数株主よりも重要な権利を享受できるためです。支配権の獲得を目的とするTOB案件では、マーケットの株価よりも高値でTOB価格が設定されるケースが多く、その差額の一部には支配権プレミアムが含まれています。このように、経営権の移動を伴うM&A取引では、評価の際に、支配権プレミアムを考慮して株式価値を算定します。支配権プレミアムは、支配株主である売り手にとっては、高値で売却できることになるため、売却のインセンティブとして機能します。

 

 

 

 

 

なお、支配権の内容は、配当額の決定の他、経営方針の決定からガバナンス構築まで幅広い範囲が含まれます。

 

 

 

 

 

3、支配権プレミアムの適用


実務上、株式譲渡時に支配権(50%超)の移転を伴うか否かで、支配権プレミアムの適否を決定します。そして、支配権プレミアムは、20%~40%の範囲内で設定するケースが多いです。ただし、買収には様々なケースがあり、支配の程度に応じたプレミアムの検討が必要です。例えば、以下のような事例は、社内ルールで決められた支配権プレミアム20%程度を杓子定規に適用すべきではなく、個別検討を要します。

 

 

●50%超⇒7%⇒100%と買増しをする場合のぞれぞれのプレミアム

●50%ずつ保有する合弁会社(2社)への参画時のプレミアム

●33.3%ずつ保有する合弁会社(3社)への参画時のプレミアム

●過半数を保有する株式保有者がいない株主構成の中で、最大の株式数を保有する場合のプレミアム

●過半数を保有していないが、取締選任権を付与された株式を保有する場合のプレミアム

●過半数を保有していないが、重要事項の拒否権を付与された株式を保有する場合のプレミアム

 

 

4、非流動性ディスカウント


流動性のない株式(マーケットのない株式)を売却する際には、買い手候補を探す時間と手間、交渉に費やす時間と手間、アドバイザリー手数料等の取引コストが発生するため、取得時に高い利回りを要求します。この利回りの増し分(株式価値の減額)を非流動性ディスカウントといいます。実務上は、20%~30%のディスカウントを適用するケースが多く見られますが、前述の支配権プレミアムと同様、個別具体的なケースごとにディスカウントの数値検討が必要です。

 

<検討項目>

 

 

少数の株式を売却するよりもボリュームの大きい株式の方が、売却は容易と考えられます。そのため、支配持分の非流動性ディスカウントは、少数持分の非流動性ディスカウントと比べて、低いと言われます。米国の事例では、支配持分の非流動性ディスカウントは10~25%、少数持分の非流動性ディスカウントは30~50%とされています。

 

なお、支配持分の場合は、会社の売却、配当金の決定等を通じて、現金化の手段を有していることから、対象会社のキャッシュ・フローを実質的に支配しています。そのため、支配持分を有している場合は、非流動性ディスカウントを適用しないという考え方もあります。

 

 

 

5、評価方法との関係


DCF法の将来CFの前提となる事業計画には、経営者(支配株主)の意思が反映されています。そのため、DCF法によって算定された株式価値は、支配権プレミアムを含んでいると言われています。支配権を取得しない買収案件の場合、DCF法の計算結果にマイノリティーディスカウントを考慮して株式価値を算定する必要があります。

 

倍率法は、基礎数値(EBITDA等)×倍率で計算され、基礎数値は実績又は達成見込みを使用し、倍率はマーケットデーター(支配権のない株価)から引用します。そのため、倍率法の計算結果は、少数株主の価値を表しています。支配権を取得する買収案件の場合、倍率法の計算結果に支配権プレミアムを考慮して株式価値を算定する必要があります。

 

 

 

 

 

6、適用順序


前述のとおり、支配持分の非流動性ディスカウントは10~25%、少数持分の非流動性ディスカウントは30~50%というように、非流動性ディスカウントは、支配権の有無の影響を受けます。

 

そのため、DCF法で非公開会社の少数株主の価値を算定する場合又は倍率法で非公開会社の支配株主の価値を算定する場合、まず、①マイノリティーディスカウント/支配権プレミアムを反映した後、②非流動性ディスカウントを適用します。

 

 

 

7、実務上の検討


1、次のような場合、DCF法又は倍率法によって算定された株式価値は、支配株主の価値又は少数株主の価値のどちらを表しているか?

 

(1)持分法の範囲内で株式を取得

●対象会社の策定した事業計画に対して買い手(30%取得予定)がストレスをかけた修正事業計画をもとに、DCF法によって株式価値を算定した場合

●対象会社の策定した事業計画に対して買い手(30%取得予定)がシナジー効果を反映した修正事業計画をもとに、DCF法によって株式価値を算定した場合

 

(回答)

事業計画を修正できるのは支配株主だけであるという前提に立つと、少数株主が事業計画を修正していますが、あたかも自分が支配株主であると考えています。そのため、その事業計画を用いてDCF法で算定された株式価値は、支配株主の価値を表します。本件は、持分法の範囲内の株式取得のため、DCF法で算定された株式価値にマイノリティーディスカウントを反映して少数持分の株式価値を算定します。

 

なお、ストレスをかけた場合は、①フリー・キャッシュ・フローの減額、②ディスカウントによる減額と2重に減額調整が入るため、売り手サイドの認識する株式価値との乖離が非常に大きくなりますので、①②の内容を丁寧に売り手に説明する必要があります。

 

 

(2)支配権を取得

●対象会社の策定した着地見込みに対して買い手(100%取得予定)がストレスをかけた修正予算をもとに、倍率法によって株式価値を算定した場合

●対象会社の策定した着地見込みに対して買い手(100%取得予定)がシナジー効果を反映した修正予算をもとに、倍率法によって株式価値を算定した場合

 

(回答)

原則、どちらも修正予算を使用しているため、支配株主の価値を表していると考えられます。本件は、持分法の範囲内の株式取得のため、倍率法によって算定された株式価値にマイノリティーディスカウントを反映して少数持分の株式価値を算定します。

 

なお、ストレスをかけた場合は、①財務数値の減額、②ディスカウントと2重に減額調整が入るため、対象会社の認識する株式価値との乖離が非常に大きくなりますので、①②を売り手に丁寧に説明しないと交渉が決裂する可能性があります。

 

 

2、プレミアム/ディスカウントは株式価値と事業価値のどちらに適用するべきか?

 

(回答)

事業価値又は企業価値(事業価値に非営業資産を加算したもの)に対して、支配権プレミアム、非流動性ディスカウント等を適用して、事業価値及び企業価値を減額することも考えられますが、実務上は、株式価値に対してプレミアム/ディスカウントを適用しています。

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第6回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】

~ネットデットの分析、純資産の分析~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

▷第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

 

 

財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【後編】


3、ネットデットの分析

ネットデットの分析に先だって、ネットデットは考え方が1つに定まっておらず、どの項目をネットデットに含めてどの項目を含めないのかは、バリュエーションを行う人や考え方によって左右されるということをお断りしておきます。その上で、筆者の実務上の経験等により、ネットデットに含める項目および含めない項目を記載しますが、筆者の考え方であるということをご留意ください。

 

ネットデットは、貸借対照表上の有利子負債から現金及び現金同等物を控除した金額として設定し、そこから調整項目を検討します。ネットデットの調整項目を検討するうえで重要な観点は、検討している債務の金額が事業計画上、EBITDA、運転資本および設備投資で既に事業価値の算定に取り込まれていないかを検討することです。既にネットデット以外の項目で事業価値に織り込まれている場合は、ネットデットでも計上すると二重で事業価値に織り込まれることになるため注意が必要です。

 

 

 

 

①必要手元資金

必要手元資金は、小売業におけるレジに必要な現金など事業運営に最低限必要な現金や引き出しに制約のある現金については運転資本としての性格があると考えられるため、ネットデットの現金および現金同等物から控除する調整が必要となります。

 

②未払法人税

未払法人税は、対象企業の売上ではなく利益によって左右されるものであるため、運転資本とは考えずにネットデットの調整項目とします。一方、未払消費税は課税売上と課税仕入により左右され、売上の規模にある程度連動することが見込まれるため、ネットデットではなく運転資本と考えます。

 

③ファイナンス・リース債務

ファイナンス・リース債務は、今後リース債務の支払いが行われ、リース資産から減価償却費が計上されます。事業計画上、EBITDAでは当該支払いは反映されず、設備投資上でリース債務の支払いが反映されていればネットデットではなく設備投資のキャッシュアウトとしてバリュエーションに織り込まれます。設備投資上でリース債務の返済を織り込んでいなければ当該リース債務はネットデットとしてバリュエーションを行うことになります。しかし、事業計画上で、設備投資でリース債務の支払いが折り込まれている場合であっても、M&Aの成立後、買手企業がリース取引を行わない方針等で全てのリース債務を買取る等する場合には評価基準日時点のリース債務残高は有用となりますので、ネットデットの調整項目として記載しておくのが有用です。

 

④退職給付引当金

対象会社の退職金規程において退職金を支給することとなっている場合には、確定給付なのか確定拠出なのかを確認します。確定給付制度を採用している場合には、退職給付引当金の計上が必要となります。退職給付引当金が未計上である会社の多くは従業員300人未満の会社であると想定されますので、その場合は簡便法にて退職給付引当金を計算します。簡便法では多くの場合、期末自己都合要支給額の金額を退職給付債務とする方法がとられることが多いように思います。そして計算された退職給付引当金をネットデットの調整項目とするかを検討します。

 

また、例えば退職一時金制度を採用しており、従業員が300人未満であるため簡便法で期末時点の自己都合退職金の金額を調整しているとします。退職給付引当金を対象会社が計上しておらず、財務デューデリジェンスの中で調整項目としてネットデットに含めた場合は、当該引当金がバリュエーション上二重で控除される可能性があるため留意が必要です。対象会社が、退職給付引当金を計上していないということは、退職金の支払い時に費用処理を行っているため、EBITDAの中で退職金の支払いが反映されます。EBITDAで退職金を支払った上で、ネットデットでも基準日時点の退職給付引当金を事業価値から控除すると、基準日時点に発生している退職給付債務を二重で控除することになります。そのため、EBITDAの中で退職金の支払いが行われているかどうかを確認の上、ネットデットの調整項目とするかを検討します。また、退職給付引当金を他の人件費と同様に運転資本とする考え方もあるため留意が必要です。

 

⑤資産除去債務

資産除去債務は、税法基準で会計処理をしている中小企業の場合、計上していないことが通常です。資産除去債務は、工場を賃借している場合や、店舗等を賃借しており、内装を大幅に変更している場合や店舗数が多い場合に金額が大きくなる傾向があります。

 

工場であれば、有害物質や土壌汚染の問題が発生すると、億単位の費用となる場合があるため注意が必要です。工場の土壌汚染等の問題が重要な場合は、環境デューデリジェンス等により詳細な調査および見積もりを行うことも必要となります。

 

店舗の賃借であれば、内装を大幅に変更していると原状回復費用が多額になる傾向にありますし、それらの店舗が多ければ多いほど合計額は大きくなります。既に撤退を予定している店舗であれば、業者による正式な見積が可能であれば、見積を依頼することもあります。撤退を予定していない店舗であれば、過去の原状回復費用の実績から、平米数等を基準として見積を行います。但し、差入保証金・敷金からの充当により、追加のキャッシュアウトが生じない場合もあるため、差入保証金・敷金の取り扱いとの整合性を加味した上でネットデットの調整項目の可否を検討します。

 

⑥投資有価証券

投資有価証券は、非事業用資産で売却が可能であるものについて時価で評価をしてネットデットの調整項目とします。事業関連性があるものについては、今後も投資を継続することが想定されますので、ネットデットの調整項目とはしないことが多いですが、対象会社の株主が変更されることにより投資価値が変わる場合がありますので、投資先との取引関係、役員の兼任や株主の投資状況などの人的・資本的な関係についても確認する必要があります。

 

⑦保険積立金

保険積立金は、非事業用資産でありM&Aの成立後に解約される場合が想定されます。そのため、基準日時点での時価(一般的には解約返戻金の金額)で評価を行い、ネットデットの調整項目とします。

 

⑧遊休資産

遊休資産は、事業計画上も活用されない場合は非事業用資産であり、売却が検討されます。金額が重要な場合は買手とディスカッションの上、不動産鑑定評価書を取得し、金額的重要性が低い場合は固定資産税評価額等から時価を把握して、ネットデットの調整項目とします。

 

潜在的調整項目は、分析の結果ネットデットの調整項目とはしないものの、M&Aの買手企業のシナリオやその他の要因により今後発生する可能性がある事項について記載します。

 

⑨オフバランスのオペレーティングリース債務

オペレーティングリース債務は、現状の日本の会計基準ではオンバランスする必要はありませんが、IFRS(国際財務報告基準)ではオンバランスが求められています。そのため、買手企業の採用している会計基準がIFRSであれば、ネットデットの調整項目とすることが望ましいでしょう。また、買手企業のシナリオにより、当該資産のリースを行わないことも想定されるため、参考情報としてオペレーティングリース債務を記載しておく必要があります。さらに、中小企業の場合は支払リース料がEBITDAに含まれているため、参考情報として債務額を記載するケースもあります。

 

⑩オフバランスの保証債務

オフバランスの保証債務は、主要な関連会社や取引先等に対して、対象会社が債務保証を行っている場合に当該保証額を記載します。債務保証を行っている場合は、保証先が倒産等で債務を履行できなくなった場合に、対象会社が当該債務を支払う必要があるため、潜在的な債務として認識します。また、M&Aの成立により、債務保証の契約を外す交渉をすることや、保証債務の履行が請求された場合は対象会社の現在の株主が支払う等の条項を表明保証に織り込むことが想定されますが、備忘のため保証債務の金額を記載しておく必要があります。

 

⑪未払残業代

未払残業代は、対象会社が支払う必要がある費用ですが、未払残業代が発生した要因は対象会社の現株主の経営によるものです。そのため、未払残業代については、買収価格の調整にて精算するケースや、現在の株主が未払残業代を支払ってから譲渡するケース、経営判断で過去の分については支払わず、表明保証に記載するというケースもあるため、備忘のため未払残業代の金額を記載しておく必要があります。

 

 

4、純資産の分析

バリュエーションで、DCF法を採用している場合は純資産の分析がバリュエーションに影響することはないため、バリュエーション手法でDCFを採用している場合の財務デューデリジェンスで純資産の分析を行うことは実務的にはあまり多くありませんが、純資産法を採用している場合は、純資産の分析が重要となります。

 

ここで説明する純資産の分析は、純資産法でバリュエーションを行うための修正時価純資産を分析することを目的とした説明とします。

 

 

 

 

①回収可能性に疑義のある売上債権

長期滞留している等で、回収可能性に疑義のある売上債権については回収可能性を加味した金額まで減額します。回収可能性を加味した金額とは、対象会社で滞留期間等による貸倒設定基準を設けていれば当該基準を検討の上、売上債権の減額(貸倒引当金の設定)を行います。貸倒設定基準を設けていない場合は、税法基準や、ヒアリング等による実態を加味した金額を売上債権から減額(貸倒引当金の設定)を行います。

 

②長期間滞留している棚卸資産の評価減

棚卸資産では、滞留在庫の内容を確認して、長期滞留している残高の有無、販売可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、評価替えの必要性等を検討します。筆者の経験上、棚卸資産は利益操作のため過大計上による不適切会計が行われやすい勘定科目であるため、棚卸資産の金額水準については特に慎重に検討を行う必要があります。対象会社が、棚卸資産の評価減の基準を設けていない場合には、販売可能期間、過去の処分実績、値引販売の実績、滞留期間と販売実績割合の分析等を行い、評価減の金額の算出を行います。

 

③固定資産の除却漏れ金額

中小企業の場合、固定資産を処分しても、会計上除却を行っていないことは少なくありません。そのため、調査基準日時点の固定資産の簿価の中には、過年度に処分をしており調査日時点では実在しない固定資産が含まれていることがあります。そのため、財務デューデリジェンスでは、固定資産台帳の閲覧やヒアリングにより除却漏れの固定資産がないかを確認します。除却漏れの固定資産があった場合は、調査日時点の簿価を調整額とします。

 

④固定資産の減価償却不足額

中小企業の場合は税法基準により会計処理を行っていることが多く、税法基準によっている場合、減価償却は強制されません。そのため、業績が芳しくない年度で減価償却費を計上しないことも少なくありません。よって、調査基準日に計上されている固定資産の簿価は、取得以降減価償却を行っていた場合と比較して、大きい残高となっていることが想定されます。財務デューデリジェンスでは、固定資産台帳より固定資産の事業供用日、取得価額、償却方法、耐用年数、基準日の簿価等より、当初から減価償却を行っていた場合の簿価を算出し、対象会社にて計上されている簿価との比較を行い、償却不足がある場合は純資産の調整項目とします。

 

⑤遊休不動産の時価評価

遊休資産は、事業計画上も活用されない場合は非事業用資産であり、売却が検討されます。また、会計上も減損の検討が必要となります。当該遊休資産の金額が重要な場合は買手とディスカッションの上、不動産鑑定評価書を取得し、金額的重要性が低い場合は固定資産税評価額等から時価を把握して、純資産の調整項目とします。

 

⑥投資有価証券の時価評価

投資有価証券は、保有目的を把握し、基本的にはそれぞれの保有目的に即した会計処理を行います。対象会社は売買目的で保有していなかったとしても、買手企業のシナリオ上当該有価証券は不要であり売却を予定している場合等には、時価評価を行う等、今後のシナリオも考慮の上評価を行う必要があります。上場有価証券であれば時価を把握するのは容易ですが、非上場であれば投資先の決算書を取り寄せて時価を検討します。

 

⑦保険積立金の時価評価

実務上の煩雑性から、保険契約は金融商品会計基準の対象外とされています。(実務指針13項、224項)それは、保険料の中の保険部分と積立部分の区分計算が困難であること等が理由と考えられます。一方で、対象会社は中小企業であり、税法基準で会計処理をしている場合は支払額の半分を資産計上している場合、それに対応する年ベースの解約返戻金は容易に把握可能となります。また、M&Aの成立後、生命保険を解約することも少なくないため、生命保険の解約返戻金の額を把握することは有用です。そのため、純資産の調整項目で生命保険の解約返戻金と簿価との差額を調整することを検討します。

 

⑧未計上の資産除去債務

税法基準で会計処理をしている中小企業の場合、資産除去債務を計上していないことが通常です。資産除去債務は、工場を賃借している場合や、店舗等を賃借しており、内装を大幅に変更している場合や店舗数が多い場合に金額が大きくなる傾向があります。

 

工場であれば、有害物質や土壌汚染の問題が発生すると、億単位の費用となる場合があるため注意が必要です。工場の土壌汚染等の問題が重要な場合は、環境デューデリジェンス等により詳細な調査および見積もりを行うことも必要となります。

 

店舗の賃借であれば、内装を大幅に変更していると原状回復費用が多額になる傾向になりますし、それらの店舗が多ければ多いほど合計額は大きくなります。既に撤退を予定している店舗であれば、業者による正式な見積が可能であれば、見積を依頼することもあります。撤退を予定していない店舗であれば、過去の原状回復費用の実績から、平米数等を基準として見積を行います。

 

⑨未計上の期末月未払人件費

中小企業では、人件費の支払を発生主義ではなく現金主義を採用しており、発生したタイミングではなく支払ったタイミングで費用処理をしている会社が少なくありません。例えば、対象会社が人件費の支払いは月末締め翌月25日払いであったとします。3月決算の場合、現金主義であれば3月末締めで4月25日払いの給料は費用処理されていません。発生主義で計上すると、3月末締めの給料は費用処理され、貸方に未払金が計上されます。当該未払金を純資産の調整項目とするかを検討します。また給料だけでなく、会社負担の未払社会保険料も同様の処理を行います。

 

⑩未計上の退職給付引当金

対象会社の退職金規定において退職金を支給することとなっている場合には、確定給付なのか確定拠出なのかを確認します。確定給付制度を採用している場合には、退職給付引当金の計上が必要となります。退職給付引当金が未計上である会社の多くは従業員300人未満の会社であると想定されますので、その場合は簡便法にて退職給付引当金を計算します。簡便法では多くの場合、期末自己都合要支給額の金額を退職給付債務とする方法がとられることが多いように思います。そして計算された退職給付引当金を純資産の調整項目とします。

 

⑪撤退予定店舗の資産負債差額

M&Aの成立後撤退することが予定されている店舗は、買手企業に引き継がれない、或いは引き継がれたのちに撤退することになります。どちらの場合であっても撤退店舗にかかる資産および負債は精算(撤退店舗の資産および負債を別店舗等で引き継ぐ場合は調整不要となります)されることになります。他の項目で時価調整、減価償却不足等の調整を行っている場合にはそれらを考慮の上、資産負債差額を純資産調整額として調整します。

 

⑪オフバランスの保証債務

オフバランスの保証債務は、主要な関連会社や取引先等に対して、対象会社が債務保証を行っている場合に当該保証額を記載します。債務保証を行っている場合は、保証先が倒産等で債務を履行できなくなった場合に、対象会社が当該債務を支払う必要があるため、潜在的な債務として認識します。また、M&Aの成立により、債務保証の契約を外す交渉をすることや、保証債務の履行が請求された場合は対象会社の現在の株主が支払う等の条項を表明保証に織り込むことが想定されますが、備忘のため保証債務の金額を記載しておく必要があります。

 

⑫未払残業代

未払残業代は、対象会社が支払う必要がある費用ですが、未払残業代が発生した要因は対象会社の現株主の経営によるものです。そのため、未払残業代については、買収価格の調整にて精算するケースや、現在の株主が未払残業代を支払ってから譲渡するケース、経営判断で過去の分については支払わず、表明保証に記載するというケースもあるため、備忘のため未払残業代の金額を記載しておく必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第5回目:M&Aの主なスキーム (株式譲渡、事業譲渡、会社分割)

~メリットとデメリット?留意点は?~

 

[解説]

上原久和(公認会計士)

 

 

[質問(Q)]

M&Aの主なスキームにはどのようなものがありますか。
それぞれの概要とメリット・デメリット・留意点を教えてください。

 

 

[回答(A)]

M&Aのスキームは様々な手法があります。どの手法を選択するかは譲渡側・譲受側の会社ごとの事情によって異なります。譲渡代金の受領先や財務内容、業績、許認可、技術の有無、取引口座の重要性等によっても留意が必要です。一般的には比較的手続が簡易な株式譲渡や事業譲渡を選択されるケースが多いです。

 

 

 

 

M&Aで主に利用されるスキームには、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の手法があります。その中でも株式譲渡と事業譲渡が中小企業のM&Aでは多く利用されています。

 

1.株式譲渡


株式譲渡とは、譲渡企業の株主であるオーナー(経営者)が保有する株式を他の会社(第三者)に売却することで譲渡企業の所有権(経営権)を移転させる取引を言います。株式譲渡は譲渡企業のオーナーと譲受側が譲渡企業の株式を譲渡・売買するだけで成立するため、M&Aの実務手続としては事業譲渡に比べ簡便であるという特徴があります。

 

その一方で株式譲渡は譲渡企業を包括的に譲り受けてしまうことから、帳簿外の債務も含めて譲り受けてしまうデメリットが譲受企業側に生じることがあります。なお、株式譲渡取引は譲渡企業のオーナーと譲受企業との間で行われる取引になるため、譲渡対価は譲渡企業のオーナー(株主)が受け取ることに留意が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.事業譲渡


事業譲渡は、会社の事業の全部又は一部を他の会社に売却する取引を言います。事業譲渡の対象となる「事業」とは、一定の目的のために組織化された有形、無形の財産・債務、人材、事業組織、ノウハウ、ブランド、取引先との関係などを含むあらゆる財産と言われています。また、事業譲渡は契約によって個別の財産・負債・権利関係等を移転させる手続のため、事業譲渡契約書には譲渡対象となる財産を明示して契約が行われます。

 

このため、譲受側(買い手)にとっては必要な事業や財産のみを取得したり、また契約の範囲を定めることで、帳簿外の債務(簿外債務、偶発債務など)を遮断することができる点が大きなメリットと言われます。

 

一方で個々の財産・負債の移転手続であるため権利関係等を移転させる手続が煩雑で、譲渡側が保有している許認可や取引口座が移転できない等のデメリットがあります。なお、事業譲渡における取引は譲渡企業と譲受企業との間で行われる取引であるため、譲渡対価は譲渡企業が受け取ることに留意する必要があります。

 

 

 

 

 

 

3.会社分割


会社分割とは、複数の事業部門を持つ会社(譲渡企業)がその一部門を分割して切り出し、他の会社(譲受企業)に承継させる手法のことを言います。事業譲渡と異なり、会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を他の会社に包括的に承継させることができます。ただし、ケースによっては許認可等を承継できないケースもあるため事前の確認が必要です。

 

会社分割は譲受側が譲渡対価として金銭を交付することも、譲受会社の株式を交付することも可能であるため、譲受側に資金的余裕がない場合には譲受企業の株式を対価にすることもできます。また、その対価も譲渡企業自身が受け取ることも譲渡企業の株主(オーナー)が受け取ることも可能です。ただし、他の手法と比較すると実務的な手続が煩雑になる点には留意が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第2回:失敗例から学ぶM&A

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

〈目次〉

●従業員の大半が退職したケース

●所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース

所長税理士退職時の従業員の退職、顧問先の解約

 

 

▷関連記事:M&Aのメリット・デメリット ~顧問先は?従業員は?~

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

当社では、今まで50以上のM&A を実践してきましたが、そのM&A の大半が事業承継を中心としており、従業員と顧問先の承継が一番の目的となります。M&A について、全て同じケースはなく、それぞれ事情が異なり、引継ぎ方も異なります。その中で、何が成功で、何が失敗かを考えた際に、「従業員と顧問先を承継し、経営を継続できる」ことが最も重要なポイントになります。

 

M&A を失敗した三つのケースを下記でみていきます。失敗したと思っても、その後のフォローで立て直しができますので、参考にしてください。

 

<従業員の大半が退職したケース>

所長税理士と譲渡契約書を締結し、所長税理士から経営統合の話を従業員に説明したところ、半数以上の従業員が統合までに退職をし、やめた従業員が担当していた顧問先からは、担当者が退職なら解約するということになってしまったというケースがありました。

 

経営統合の話を初めて聞いた際には、従業員に経営統合により今までと環境が大きく変わるのではないかという不安が生じることは当然ですので、事前に変わること・変わらないことを丁寧に説明し、納得してもらうことが必要です。

 

説明したにもかかわらず従業員が退職するケースには、大きい税理士法人だとサラリーマンと変わらない働き方となるので嫌だという方や、本人が所長税理士の承継者となるものと考えていたのにM&A をすることに納得がいかないという方などがいます。

 

ただし、話をすることすら拒まれるケースもあり、所長税理士と従業員との関係がコミュニケーション不足のためうまくいっていなかったのかと感じる瞬間があります。そもそも、会計事務所内の人間関係に所長税理士が悩まれていてM&A を実施する場合もあります。

 

 

<所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース>

契約は無事終了し、従業員や顧問先にも納得してもらい、経営統合までできたのですが、引継ぎをしている中で、所長税理士と新所長との間での業務の進め方について意見が対立し、経営統合を解除することになってしまったケースがありました。

 

まず、もめた原因は業務の進め方について、所長税理士が何十年もかけて築いてきたやり方を、新所長が一気に変えようとしたからでした。顧問先に毎月出していた報告書を廃止したり、資料収集の方法を変更したのです。そして、新所長の従業員に対することば遣いや上から目線と感じられる発言などからも不信感が募っていきました。

 

M&A を成功させるのに一番大切なことは、所長税理士と新所長の信頼関係に他なりません。信頼関係を築くにはコミュニケーションが重要です。理解しているだろうと思っていても、双方の認識はズレているものです。同じ言葉を使っていても、言葉の定義が異なっている可能性があると思って話した方が良いでしょう。

 

また、M&A といえども、簡単に環境への変化に対応できないので、一定期間は、業務の進め方を変えることは最低限に控え、慣れてきてから徐々に必要なことを変えていけばよいのです。焦りは禁物です。

 

会計ソフトの変更も、いずれは着手するべきかもしれませんが、M&A で変化することが多いときにやるべきではありません。会計ソフトを変更する際に、事務所内で切替はできたとしても、顧問先に導入している会計ソフトを変更するのは容易ではありません。顧問先の会計ソフトを変更できないケースでは、当初のソフトを残しておかなければならず、コストが二重になることもあるので、自計化している先の会計ソフトの状況も把握しておいた方が、結局は効率的です。

 

まずは、今までの業務の進め方を把握し、所長税理士との新所長が二人三脚でM&A を進めて、従業員にも顧問先にも安心してもらうことを最優先とすべきです。承継元である所長税理士は、あまり細かいことを気にしないことが重要です。

 

 

<所長税理士退職時の従業員の退職、顧問先の解約>

引継ぎも順調に終わってホッとしたとしても、一定期間が経ち、所長税理士が当初の契約により退任した後に、従業員が退職したい、顧問先が解約したいという話が出てきたケースがあります。お世話になった所長税理士が退職するのをきっかけに、従業員が退職を申し出たり、顧問契約を解除したいという話があります。

 

経営統合時には、ひとまず解約せず、また統合後の事務所に残った所長税理士も面倒を見てくれるので契約を継続する場合でも、所長税理士が退職してしまうと、相談もできなくなってしまうので、契約を変更してしまう可能性が出てきてしまいます。それまでに新所長は顧問先との関係を築いておく必要があります。

 

逆に比較的うまくいくケースの場合は、下記①~③をクリアしている場合に多いです。

 

①引継ぎ期間を設けているケース
②新所長を明確にし、常駐者として設置しているケース(番頭を新所長する場合も含む)
③顧問先の重要な事項(主に税務調査、相続、事業承継など)を一緒に対応したケース

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第2回:非公開の同族会社で経営に参加しない者が保有する株式を現金化できますか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:取引先に知られないように会社を譲渡することはできますか?

▷関連記事:事業引継ぎ支援センターとは?どのような相談ができる?

▷関連記事:売るために準備しておく、財務上、労務上、法務上のポイントとは?

 

Q.非公開の同族会社で経営に参加しない者が保有する株式を現金化できますか

 

父が20 年前に創業した樹脂加工関連の製造業を営む非公開企業の株主です。昨年父が他界し、経営は長男が継ぐことになりました。現在の株主構成は、長男30%、私(次男)20%、妹10%、母40%で、長男以外は経営にいっさい関わっておりません。

 

私は今年で65歳を迎えたこともあり、将来的な相続問題も考えた上で長男に株式の買い取りを打診しましたが、1株あたりの純資産額の10分の1という、信じられないような低い価格を提示されました。もっと高い金額で第三者に売却することは可能でしょうか?

 

  (兵庫県 K・S さん)

 

 

 

A.第三者に高い価格で売却できる可能性はありますが、いくつか条件をそろえる必要があります。

 

非公開企業の経営に参画しない少数株主が株の売却を成立させるためには、大きく2つのハードルがあります。一つは、株式譲渡制限です。もう一つは、マイノリティの株式(相談者様のケースだと20%)でも譲り受けたいという意向がある第三者を見つけることです。

 

前者は、代表取締役や取締役会の承認が必要とされているケースが多いため、事前に長男との交渉が必要になります。後者は事業会社が株式の買い取りを検討する場合、経営権を保持できない比率では、ガバナンスが弱くなるため、十分なシナジー効果を発揮できないと判断されてしまうことが多いです。そのため、相談者様は、他の親族などと協力し、過半数の株式(50%超)を確保した上でマジョリティの地位を確保することが必要です。

 

株式を譲渡する際には長男の同意が必要となる可能性が高く、同族会社の場合は、他の親族からも第三者への株式譲渡を慎重にしたいとの声が出ることが考えられます。親族だけの話し合いは、非常にまとまりづらく、感情的にもなりやすいため、相続・税務・M&A等の総合的な知識やノウハウを持つ専門家に一度ご相談されることをお勧めします。専門家を通じて、各当事者の意向を確認しつつ、親族承継とM&Aの違いやリスク、メリット・デメリットなどを洗い出した上で、しっかりと話し合っていただくことが重要だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第6回:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

~代表先生の影響度は?従業員(キーマン)の退職の可能性は?M&Aスキームは?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、会計事務所・税理士事務所のM&Aを検討していますが、会計事務所・税理士事務所M&Aの特徴や留意点はありますか?


会計事務所は他業界と比較して、個人の公認会計士・税理士の影響力が大きい業界であるという特徴があります。大手や中堅の会計事務所であれば、ある程度事務所の名前で仕事の依頼が入ることもありますが、それでも〇〇先生にお願いしたいというような依頼も少なくありません。個人の会計事務所であれば、なおさら代表の先生の影響度は大きいです。そのため、会計事務所のM&Aを検討する場合、代表の先生の影響度について把握する必要があります。

 

 

M&Aの成立後、代表の先生による業務の継続の有無は、今後の業績に重要な影響を与えることが多いです。そのため、代表の先生の業務の継続の意思を確認し、継続しない場合は引継ぎを十分にしてもらう等の対策が必要となります。

 

代表の先生の影響度を把握するには、対顧客の観点と対業務の観点で検討しましょう。

 

対顧客では、代表の先生がどの程度の頻度で顧客を訪問していたか、どのような顧客満足につながる業務を提供していたかを確認しましょう。訪問頻度が高ければ、代表の先生の影響度は大きい可能性が高く、また税務申告等の定型業務のみならず、コンサルティング業務を行っている場合にも、影響度が高いと言えるでしょう。

 

対業務では、代表の先生でしか行うことのできない業務の有無を確認する必要があります。通常は上述したようなコンサルティング業務がそれにあたると思います。

 

 

また、従業員の習熟度についても確認しましょう。人手不足の会計業界ですので、人手不足解消のため従業員が多い事務所を前提にM&Aを検討することがあると思いますが、従業員が多くても習熟度が低ければ、M&A実施後に教育や指導に時間がとられて本来想定していた売上・利益を確保することが難しくなります。そのため、習熟度は事前に確認しておきましょう。

 

さらに、従業員の作成した申告書等をチェック・指導ができる人物や1人で業務をこなせる人物(キーマン)を把握しましょう。キーマンがM&Aにより退職する可能性を確認し、退職しないように検討することが必要となります。

 

 

会計事務所の特徴として、他の業界と比較した場合に粉飾等の会計操作が少ないことが挙げられます。公認会計士や税理士は会計の専門家として高い倫理観をもって業務を行っているため、事務所の決算についても会計操作をすることは少ないでしょう。

 

 

組織の特徴として会計事務所や税理士法人は株式会社ではないため、M&Aのスキームが株式会社とは異なります。

 

会計事務所の場合、株式会社のように株の譲渡ではなく、個人事業主からの経営権の取得となります。スキームは事業譲渡によって行われます。売手側の会計事務所では所長は譲渡所得となります。

 

税理士法人の場合は、持分譲渡、合併、事業譲渡のスキームによりM&Aを行います。

 

持分譲渡の場合は、個人同士の譲渡となり、かつ税理士同士でしか譲渡を行うことができません。そのため、買手側の税理士に持分を譲り受けるための十分な資力が必要となります。

 

合併の場合は、売手側の税理士法人を吸収合併し、その対価として現金を支払います。税理士法人によるM&Aでは最も一般的な手法と言えます。

 

事業譲渡は、必要な事業(税理士法人のM&Aの場合は通常は全ての事業)のみを切り出して譲渡する方法です。税理士法人になると、契約関係も多くなり事業譲渡は手続きが煩雑になることが多いこともあり、合併を選択する事が一般的となっています。

 

 

会計事務所のM&Aを検討する場合は、売手側事務所の代表の先生による業務の継続の有無、影響度を把握しましょう。また、株式会社ではないことから一般的に行われる株式譲渡以外でのスキームとなります。公認会計士や税理士の先生とは言え、M&Aには不慣れな場合もありますので、M&Aを検討する場合は、M&Aの経験豊富な専門家に相談することをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第5回:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】

~運転資本の分析、固定資産・設備投資の分析~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

 

 

財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】


1、運転資本の分析

運転資本分析の主な目的は、対象会社の①短期的な資金的側面を把握すること、および、②事業計画上の必要な運転資本を把握することです。

 

運転資本は一般的に、売上債権、棚卸資産、仕入債務、前払金、未払費用、その他流動資産、その他流動負債等が含められますが、ネットデットの調整項目としていない貸借対照表の勘定科目を運転資本に含めるかどうかは慎重に検討する必要があります。

 

運転資本の増減がキャッシュフローに与える影響は重要であることが多いため、少なくとも数期間の分析を行うことが有用です。運転資本の増減は、売上高や売上原価(仕入)がドライバーとなることが一般的ですが、それ以外のドライバーの有無を理解することも必要となります。

 

 

①短期的な資金的側面の把握

対象会社の運転資本の金額および運転資本回転期間の水準を把握します。例えば、運転資本がプラスである場合は売上が増加する局面では運転資本が増加するため追加の資金が必要となります。

 

また、下図のように月次で運転資本の増減があるような場合には、年間の変動トレンドや必要額を把握することで対象会社の運営上必要な資金水準を把握することができます。

 

 

 

さらに、月次での運転資本の変動が大きい場合、評価対象時点とM&Aのクロージング時点がどの水準なのかを正確に把握する必要があります。一般的にバリュエーションは評価対象時点の運転資本の水準で行うため、評価対象時点とクロージング時点の運転資本が大きく異なる場合、追加の資金が必要となる場合があります。

 

例えば、評価対象時点がx4/3月末でクロージング予定がx4/11月とします。X4/3月の運転資本は500百万円ですが、11月の運転資本は毎年小さくなることが過去のトレンドから把握可能ですので、x4/11月の運転資本も小さくなることが想定されます。X3/11月の水準であれば250百万円であり、x4/3月と比較して250百万円少なくなります。クロージング予定のx4/11月の翌月は12月であり、毎期運転資本が大きく1,200百万円程度となることが想定され、クロージング後すぐに250百万円との差額の950百万円の追加の運転資本が必要となることが想定されます。

 

そのため、対象会社の基準運転資本残高について、売手と買手の間で協議し、株式譲渡契約書に記載することが考えられます。

 

 

②事業計画上の必要な運転資本

事業計画上の必要運転資本残高を把握するために、過年度の運転資本を分析します。

 

 

 

運転資本項目を特定した上で、過年度の正常運転資本としての調整後運転資本を把握します。事業計画上の運転資本残高は売上高等に対する回転期間で見積もられることが一般的ですが、滞留等の異常な残高が含まれた運転資本の回転期間で将来の残高を見積もると誤った運転資本の金額となります。

 

売上債権では、滞留債権の内容を確認して、長期滞留している残高の有無、回収可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、異常な残高があれば除外します。また、手形の割引やファクタリング等をしている場合もそれらによる影響を除外する必要があります。さらに、月末が休日等の年度があれば、入金のタイミングがずれることで残高が通常よりも少なくなることがあるため、それらの異常値も除外して検討する必要があります。

 

棚卸資産では、滞留在庫の内容を確認して、長期滞留している残高の有無、販売可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、評価替えの必要性等を検討します。筆者の経験上、棚卸資産は利益操作のため過大計上による不適切会計が行われやすい勘定科目であるため、棚卸資産の金額水準については特に慎重に検討を行う必要があります。

 

仕入債務では、売上債権と同様に滞留債務の有無を確認し、長期滞留している残高の有無、支払可能性、回転期間分析による異常値、それらの会計処理等を分析し、異常な残高があれば理由を確認の上、除外する調整を行います。また、売上債権と同様に月末が休日等の年度があれば、支払いのタイミングがずれることで残高が通常よりも多くなることがあるため、それらの異常値も除外して検討する必要があります。

 

その他の残高では、他の分析と同様に、推移分析、滞留分析、会計処理の確認等を行い、異常な残高があればそれらを除外する調整を行います。

 

また、各運転資本残高の項目について、合計額だけではなく明細を把握し、少なくとも主要な残高については個別に締め日、支払日等のリードタイムを把握しておく必要があります。M&A成立後に、特定の得意先への販売、特定の仕入先からの仕入、特定の商品の販売等を増加、減少させる計画である場合、それらの運転資本の回転期間が他の運転資本と異なる場合は、全体としての運転資本の回転期間に影響を及ぼす場合があるためです。

 

 

2、固定資産・設備投資の分析

固定資産・設備投資の分析の主な目的は、対象会社の過去の設備投資実績および維持費用の水準の把握および事業計画上の必要な設備投資水準の把握です。

 

 

 

 

過年度に行われた投資実績および設備の維持費用の金額を把握して、必要以上に設備投資が抑制されていないかを把握します。M&Aに先立って設備投資を抑制し見た目のフリーキャッシュフローを高く見せることが行われる可能性があるためです。また、過去に作成した設備投資計画や設備予算等があればそれを入手し、計画と実績の比較を行い、必要以上の設備投資の抑制が行われていないかを検討します。

 

過年度の設備投資の金額と売上高とを比較することで、売上計画を実現するためにどの程度の設備投資が必要なのかの参考値として有用です。また、過年度の設備投資の金額と減価償却費とを比較することで、設備を維持するのに十分であったかを検討する参考値として有用です。

 

また、設備投資を維持更新投資と新規投資とに区分して把握することが有用です。維持管理に必要な設備投資は、現状の生産能力を維持するために必要な支出額で、新規投資による設備投資は、生産能力の拡大や効率化等にかかる支出額です。これらを区分して把握することで、将来において生産能力の維持を目的とした必要最低限の投資額の参考値が理解でき、買手側での新たな設備投資の検討にも有用となります。

 

固定資産の残高の分析は、主にネットデット項目の有無の把握、バリュエーションで純資産法を採用する場合は純資産に影響を与える項目の把握が目的となります。固定資産を事業用資産と非事業用資産とを区分して把握する必要があります。遊休資産を含む非事業用資産はM&Aの成立後売却が想定されるため、金額が重要な場合は買手とディスカッションの上、不動産鑑定評価書を取得する等して時価を把握する必要があります。また、所有不動産を店舗等で使用しており、当該店舗が赤字の場合には減損の検討が必要となる場合もあるため留意が必要です。

 

固定資産をリースしている場合には、それらがファイナンス・リースかオペレーティングリースかを把握し、ファイナンス・リースの場合は、貸借対照表にオンバランスされているかを確認します。オンバランスされていない場合は、リース債務を把握する必要があり、ネットデットでの調整項目とするかを検討します。オペレーティングリースの場合であってもリース債務残高を把握し、ネットデットの調整項目とするかを検討します。

 

無形固定資産に計上される資産は権利関係やソフトウェア等で、経済的価値は契約内容や事実関係により大きく変化し、売手企業にとっては価値を有していた無形固定資産も買手企業にとっては無価値となることもあります。そのため、無形固定資産が買手企業にとって有用であるのか、不要である場合に売却は可能であるか等検討をする必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第1回:取引先に知られないように会社を譲渡することはできますか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:非公開の同族会社で経営に参加しない者が保有する株式を現金化できますか?

▷関連記事:企業価値を向上させ売却金額を増大させるためには?

▷関連記事:M&Aとは?M&Aの流れと専門家の役割とは?

 

Q.取引先に知られないように会社を譲渡することはできますか?

光学機器関連の製造業を営んでいます。私どもの業種は専門性が高く、市場が狭い技術分野ですので、信頼できる従業員達や取引先の仲間としっかりと協力し合って成長してきました。ただ、私も高齢になり、健康に不安を感じるようになってきました。妻や子どもからも「いつまで経営を続けるのか」「健康を害したり、事故にあったりするなど、何かが起こってからでは遅い」などと言われ、事業承継を考えるようになりました。親族に後継者の候補がいないので、良い経営者に会社を譲渡できればと思っています。

 

しかし、一つ難点があります。我々の業界は、狭い市場で複数社がしのぎを削っている状況です。私自身が弊社の信用になっているところがあり、取引先も「Tさんがいるので」と言って委託してくれています。考えすぎかもしれませんが、私が急に経営から降りると業績悪化要因になりかねません。取引先に知られないように、スムーズに会社を譲渡することはできないでしょうか。

 

(埼玉県 光学機器部品製造業代表取締役 Tさん)

 

 

A.可能ですが、いずれ取引先に告知する必要があります。

Tさんが希望されるように、取引先に知られないようにM&Aを進めること自体は可能です。また、M&Aで最も多く活用されている株式譲渡という手法は、株主が変わるだけですので、対外的には目立った変化がないように見えます。

 

ただし、実際のM&Aでは取引先を引き継げるかどうかが、事業を続けるうえで重要なポイントとなります。このため重要な取引先には、契約締結前や契約締結後、すぐに説明に行くケースが多いです(※)。また、会社を譲渡した経営者が代表権のない会長や顧問に就任する場合もあります。例えば1年間というふうに一定期間、会社に残って経営に関与する条件で、M&Aをするというやり方です。その間に取引先への告知、新社長への引き継ぎなどを、一定の時間をかけながら行うこともできます。いずれにしても、いつかは取引先に会社を譲渡することについて告知しなくてはなりません。もちろん取引先への告知のタイミングや方法等には細心の注意を払い、トラブル等を避ける必要があります。まずはM&Aの専門家にご相談されることをお勧めします。

 

※取引先との契約で、株主が変更する場合に事前に了承を得る条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が付されている場合には、例外的に事前に了承を得る必要があります。