[M&A担当者のための 実務活用型誌上セミナー『税務デューデリジェンス(税務DD)』]

第3回 M&A取引に伴う税務リスクとその対応

 

[解説]

税理士法人LINK 公認会計士・税理士 長野弘和

 

〈目次〉

1.M&A取引に伴う税務リスク

(①法人税、②消費税、③源泉所得税、④関税)

2.グループ企業に係る税務リスク

(①棚卸資産取引、②役務提供取引、③固定資産取引、④資金貸借取引)

3.オーナー企業に係る税務リスク

(①役員給与、②個人資産と会社資産の混同)

4.グローバル企業に係る税務リスク

(①移転価格税制、②タックスヘイブン対策税制、③海外子会社の所在する国の税制に係る税務リスク)

5.発見された税務リスクへの対応

(1)買収価格への反映による対応

(2)表明保証による対応

(3)ストラクチャーの変更による対応

(4)M&Aの中止による対応

 

 

▷第1回:M&Aにおける税務デューデリジェンスの目的、手順、調査範囲など

▷第2回:M&A取引の税務ストラクチャリング

 

1.M&A取引に伴う税務リスク


M&Aにおける一般的な税務リスクは、買収対象となる企業や事業の過去の税務処理の内容(税務申告書の内容等)に誤りがあり、それが買収後の税務調査等において露見し、想定外のデメリットを負うことと言えます。税務リスクの特徴として、企業の存続を脅かすような重大なリスクとなる可能性は高くありませんが、税務調査は定期的に行われることから、リスクが顕在化する可能性は高いと言えます。また、それがメディア等で報じられることによるレピュテーションリスクもあります。

 

 

M&Aの後に顕在化する可能性のある主な税務リスクを税目別に見ると、①法人税、②消費税、③源泉所得税、④関税等が挙げられます。

 

 

①法人税は、その他の税目に比べて税率が高く、また住民税や事業税と連動することもあり、金額的な重要性は高いです。税制も複雑で毎年のように税制改正が行われることもあり、税務処理を誤るリスクも高いです。M&Aにおいて複雑な組織再編を伴う場合には税制の適用を誤るリスク、グローバル企業の案件等では特に影響の大きい移転価格税制やタックスヘイブン対策税制等に係る税務リスク等、税務リスクを検討する上で最も重要性は高い税目と言えます。

 

②消費税は、近年の税率引き上げに伴い重要性は高まっていると言えます。一般的には金融業や不動産業等と言われますが、他の業種でも課税売上割合が低く、仕入税額控除が制限される会社については、税務リスクの重要性が高まります。特に詳細な検討を行う必要がある場合を除き、法人税と比べて調査の範囲・深度は限定的となる場合が多いと言えます。

 

③源泉所得税は、課税所得が発生していない場合でも支払が行われるという特徴があります。海外への支払がある場合、非経常的な支払がある場合等、源泉徴収漏れが生じやすい取引が行われている場合には、税務リスクが高まります。特に詳細な検討を行う必要がある場合を除き、法人税と比べて調査の範囲・深度は限定的となる場合が多いと言えます。

 

④関税は、国や業種によって重要性が高い場合があり、特に欧州では関税について税務調査等で問題となるケースが見られます。関税の専門家の関与が必要となるという特徴もあります。上記の税目とは異なり、一般的には調査が必要と判断された場合にのみDDが行われています。

 

 

2.グループ企業に係る税務リスク


資本関係のある企業グループは、グループ会社間で様々な規模・種類の取引が行われています。グループ会社間において、経済合理性に疑義のある取引が行われている場合、税務調査において寄附金や受贈益の認定が行われるリスクがあります。

 

グループ会社間の取引には、①棚卸資産取引、②役務提供取引、③固定資産取引、④資金貸借取引など、様々な取引があります。

 

 

 

 

 

①棚卸資産取引については、(後述する移転価格税制を除き)通常大きな税務リスクは想定されませんが、不自然な取引が行われていないか、頻繁な(異常な)取引価格の変更が行われていないか等には留意が必要です。

 

②役務提供取引③固定資産取引④資金貸借取引などについては、実態を伴った取引か、対価の授受が行われているか、対価の設定が適切かどうか、といった点が税務調査の主な論点となります。取引実態の伴わない支払いが行われている、資金の貸付を行っているにも関わらず利息を受け取っていない、出張者や出向者に係る人件費等の費用が請求されていない等、様々なケースがあります。対価の設定が適切かどうかという点については、その妥当性の検討が難しいところですが、どのような考え方で取引価格を設定しているか確認するとともに、明らかに異常と考えられる取引価格になっていないか、頻繁な(異常な)取引価格の変更が行われていないか等には留意が必要です。

 

 

3.オーナー企業に係る税務リスク


個人やその一族が所有する会社(オーナー企業)は、上述のグループ企業と同様の税務リスクがありますが、それだけでなく、その個人(一族)との取引についても税務リスクがあります。

 

例えば、①役員給与、②個人資産と会社資産の混同などが挙げられます。

 

 

 

 

 

①役員給与については、不相当に高額と指摘された場合には、不相当に高額な部分について損金の額に算入することができません。また、いわゆる「定期同額給与」や「事前確定届出給与」等に該当しない役員給与についても損金の額に算入することができません。これらはオーナー企業に限った話ではありませんが、株主と役員が一致しているオーナー企業では特に留意が必要です。

 

②個人資産と会社資産の混同については、主にオーナー企業で見られる事象です。個人やその一族にとって、個人で支出すると節税効果がない場合でも、法人で支出すると節税効果が見込まれます。本来は個人で負担すべきものを法人に負担させている可能性がある点には留意が必要です。

 

 

4.グローバル企業に係る税務リスク


対象会社が海外に子会社を有する場合、留意すべき税務リスクが大幅に広がります。日本の税制だけをとっても、いわゆる国際税務に係る税務リスクが関わってきますが、その中でも特に留意すべき税務リスクとして、①移転価格税制と②タックスヘイブン対策税制が挙げられます。また、③海外子会社の所在する国の税制に係る税務リスクも関わってきますので、日本の税務専門家だけでなく、海外の税務専門家と連携した検討が必要となります。

 

 

 

 

 

①移転価格税制については、グローバル企業にとって影響が非常に大きく、税務調査で否認された場合の税負担が多額になりやすいという特徴があります。税務DDでは限られた時間・情報の中で調査をすることになりますが、移転価格税制への対応状況や取引規模、グループ各社の利益水準等から、効果的かつ効率的な調査を行い、重要な税務リスクを抱えていないか留意が必要です。

 

②タックスヘイブン対策税制については、軽課税国(税負担割合が20%未満)に所在する海外子会社が多額の利益を計上している場合には、特に検討が必要となります。ペーパーカンパニーではなく事業実態の伴った(適用除外要件を満たす)海外子会社であっても、資産性所得(利息、ロイヤリティ等)を多く有する場合には合算課税を受ける可能性がありますので、重要な税務リスクを抱えていないか留意が必要です。

 

③海外子会社の所在する国の税制に係る税務リスクについては、海外子会社についても同様に詳細な税務DDを行うことが望まれます。しかしながら、全ての海外子会社について詳細な税務DDを実施することは時間的・物理的な制約から現実的ではありません。特に重要な海外子会社は詳細な税務DDを実施するとしても、残りの海外子会社については日本の親会社を通じて得られる情報を用いたハイレベルな調査を実施する、重要な項目に限定して詳細な調査を行う等により、重要な税務リスクの特定に努める必要があります。重要性がないと考えられる海外子会社についても、想定外の税務リスクを抱えている可能性は否定できませんので、全く何も検討しないというのは避けた方が良いと言えます。

 

 

5.発見された税務リスクへの対応

税務DDを通じて発見された税務リスクについては、それぞれ対応方法を検討することになりますが、それには大きく4つの方法があります。

 

(1)買収価格への反映による対応

税務DDを通じて発見された税務リスクについては、なるべく定量化するとともに、可能な限り買収価格に反映すべきです。税務リスクは定量化が難しい場合も少なくありませんが、リスクの金額は極力大きく算定した上で、売手と交渉することが望ましいと考えます。

 

(2)表明保証による対応

売買契約書における売手の表明保証という形で対応する方法もあります。表明保証とは、売買契約書において、一定の事項が真実かつ正確であることを表明するもので、真実あるいは正確ではなかった場合には、金銭による補償等を可能とする条項が合わせて定められます。例えば、税務申告や納税が適正に行われていること等がありますが、発見された税務リスクのうち、定量化が困難なもの、あるいは買収価格への反映が困難なものについては、表明保証による対応が考えられます。

なお、表明保証による対応については、金額や期間に一定の制限が設けられることが一般的です。また、実際に売手からの補償が得られそうかという点についても留意が必要です。

 

(3)ストラクチャーの変更による対応

ストラクチャーの変更によって、税務リスクに対応する方法もあります。例えば、ストラクチャーについて株式買収から事業買収へ変更することで、税務リスクを切り離してしまうという方法があります。ストラクチャーの変更は、売手が難色を示すことも少なくありませんので、売手との交渉が重要になります。

 

(4)M&Aの中止による対応

いずれの方法によっても税務リスクへの対応が出来ず、かつ、それが許容できない税務リスクと判断された場合は、M&Aの中止を検討することになります。

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第2回:M&A取引の税務ストラクチャリング

 

[解説]

税理士法人LINK 公認会計士・税理士 長野弘和

 

〈目次〉

1.M&Aのストラクチャー

2.オーナー企業を買収する場合

(1)株式買収(株式譲渡)と事業買収(事業譲渡)の比較

(2)役員退職慰労金の利用

3.他社の子会社を買収する場合

(1)株式買収(株式譲渡)と事業買収(事業譲渡)の比較

(2)配当金の利用

4.買収対象に多額の繰越欠損金がある場合

5.終わりに

 

 

▷第1回:M&Aにおける税務デューデリジェンスの目的、手順、調査範囲など

▷第3回:M&A取引に伴う税務リスクとその対応

 

1.M&Aのストラクチャー


M&Aに際しては、様々な観点から最適なストラクチャーを検討することになりますが、税務の観点からはストラクチャーの選定によって税務上の有利・不利が生じることも少なくありません。税務上、M&Aのストラクチャーとして、株式買収(株式譲渡)や事業買収(事業譲渡)、合併、株式分割、株式交換、株式移転等、様々な手法が紹介されています。実務上は、株式買収(株式譲渡)、あるいは事業買収(事業譲渡)の手法が採られることが多いので、これらについて解説します。

 

株式買収(株式譲渡)は、買収対象となる企業の株主(売手)から株式を取得する手法で、最もシンプルな手法と言えます。法人格をそのまま維持したい、既存の契約関係や許認可等をそのまま維持したい場合等に検討されます。

 

 

 

 

 

 

事業買収(事業譲渡)は、買収対象となる事業を行う売手から事業の全部又は重要な一部を取得する手法で、株式買収(株式譲渡)に比べて手続は煩雑になります。取得する資産・負債を選択したい、簿外債務を切り離したい場合等に検討されます。

 

 

 

 

 

 

ストラクチャーの検討では、誰が買収するのかという点が論点になることもあります。クロスボーダーの案件では特に論点となり、日本企業が買収するよりも、その海外子会社が買収する形を採る方が、租税条約の関係で源泉税率が軽減される等、税務上の有利・不利が生じることも少なくありません。

 

 

2.オーナー企業を買収する場合


(1)株式買収(株式譲渡)と事業買収(事業譲渡)の比較

よくあるケースとして、オーナー企業を買収する場合を例に、株式買収(株式譲渡)と事業買収(事業譲渡)で税負担にどの程度の差が生じるのか検討してみましょう。

 

 

 

 

(前提)

✓対象会社の株式(事業)の譲渡価額は2,000百万円

✓売手株主が保有する対象会社の株式の取得価額は100百万円

✓法人税率は30%、譲渡所得の税率は20%、配当所得の税率は50%

 

 

(売手サイドの税負担)

①株式買収(株式譲渡)の場合

✓対象会社:影響なし(株主が変わるのみ)

✓売手の株主:取得価額100百万円の株式を譲渡価額2,000百万円で譲渡した結果、譲渡所得は1,900百万円となり、税負担は380百万円(=1,900百万円×20%)となります。

 

②事業買収(事業譲渡)の場合

✓対象会社:純資産500百万円の事業を譲渡価額2,000百万円で譲渡した結果、譲渡益は1,500百万円となり、税負担は450百万円(=1,500百万円×30%)となります。

✓売手の株主:対象会社を清算して資金を回収した結果、配当所得は1,050百万円(=1,500百万円-450百万円)となり、税負担は525百万円(=1,050百万円×50%)となります(ここでは簡便的に計算しています)。

 

 

 

 

 

(買手サイドの税負担)

①株式買収(株式譲渡)の場合

✓対象会社:影響なし(株主が変わるのみ)

✓買手の株主:影響なし(株式を取得するだけで税負担は生じない)

 

②事業買収(事業譲渡)の場合

✓受皿会社:純資産500百万円の事業を譲渡価額2,000百万円で取得した結果、1,500百万円の資産調整勘定(いわゆる、税務上ののれん)が発生します。資産調整勘定はその後の償却を通じて450百万円(=1,500百万円×30%)の税負担を軽減することができます。

✓買手の株主:影響なし(事業を取得するだけで税負担は生じない)

 

 

 

 

 

上記は非常にシンプルな例ですが、売手側には株式買収(株式譲渡)の方が有利、買手側には事業買収(事業譲渡)の方が有利となり、売手・買手の合計で考えると株式買収(株式譲渡)の方が有利と言えます。オーナー企業を買収する場合には、オーナーの税負担の観点から株式買収(株式譲渡)が採用されることが多いです。ただし、売手の都合で事業買収(事業譲渡)の方が望ましい場合もある点には留意が必要です。

 

 

 

(2)役員退職慰労金の利用

上述のとおり、一般的には、オーナー企業を買収する場合には株式買収(株式譲渡)が採用されることが多いですが、単純に株式を売買するだけでなく、役員退職慰労金の支払いと組み合わせた手法が採られることが少なくありません。

 

例えば、上記のケースは対象会社の株式の譲渡価額は2,000百万円ですが、2,000百万円のうち400百万円を役員退職慰労金として支給し、株式の譲渡価額を1,600百万円に引き下げるという手法が考えられます。売手(オーナー)から見ると、総額2,000百万円を受領することに違いはなく、また譲渡所得と退職所得の税負担はそれほど大きくは変わりません。買手から見ると、総額2,000百万円を支払うことに違いはなく、また役員退職慰労金は対象会社において損金の額に算入されますので、400百万円×30%=120百万円の節税メリットが得られます。

 

なお、役員退職慰労金は、税務調査において不相当に高額と指摘された場合には、不相当に高額な部分について損金の額に算入することができません。過大な役員退職慰労金として否認されないように留意する必要があります。

 

 

3.他社の子会社を買収する場合


(1)株式買収(株式譲渡)と事業買収(事業譲渡)の比較

よくあるケースとして、他社の子会社を買収する場合(対象会社の株主が法人の場合)を例に、株式買収(株式譲渡)と事業買収(事業譲渡)で税負担にどの程度の差が生じるのか検討してみましょう。

 

 

 

(前提)

✓対象会社の株式(事業)の譲渡価額は2,000百万円

✓売手株主が保有する対象会社の株式の取得価額は100百万円

✓法人税率は30%

 

 

(売手サイドの税負担)

①株式買収(株式譲渡)の場合

✓対象会社:影響なし(株主が変わるのみ)

✓売手の株主:取得価額100百万円の株式を譲渡価額2,000百万円で譲渡した結果、譲渡益は1,900百万円となり、税負担は570百万円(=1,900百万円×30%)となります。

 

②事業買収(事業譲渡)の場合

✓対象会社:純資産500百万円の事業を譲渡価額2,000百万円で譲渡した結果、譲渡益は1,500百万円となり、税負担は450百万円(=1,500百万円×30%)となります。

✓売手の株主:影響なし(受取配当金の益金不算入により税負担は生じない)

 

 

 

 

 

(買手サイドの税負担)

①株式買収(株式譲渡)の場合

✓対象会社:影響なし(株主が変わるのみ)

✓買手の株主:影響なし(株式を取得するだけで税負担は生じない)

 

②事業買収(事業譲渡)の場合

✓受皿会社:純資産500百万円の事業を譲渡価額2,000百万円で取得した結果、1,500百万円の資産調整勘定(いわゆる、税務上ののれん)が発生します。資産調整勘定はその後の償却を通じて450百万円(=1,500百万円×30%)の税負担を軽減することができます。

✓買手の株主:影響なし(事業を取得するだけで税負担は生じない)

 

 

 

 

 

上記は非常にシンプルな例ですが、売手側には事業買収(事業譲渡)の方が有利、買手側には事業買収(事業譲渡)の方が有利となり、売手・買手の合計で考えても事業買収(事業譲渡)の方が有利と言えます。実務上は消費税や不動産取得税等、その他の税負担も考慮の上で検討する必要があります。

 

 

 

 

(2)配当金の利用

上述のとおり、他社の子会社を買収する場合(対象会社の株主が法人の場合)には、一般的に事業買収(事業譲渡)の方が税務上はメリットがあるとされていますが、株式買収(株式譲渡)の場合でも配当金の支払いと組み合わせることで、それに近いメリットを得るという手法が採られています。

 

例えば、上記のケースは対象会社の株式の譲渡価額は2,000百万円ですが、2,000百万円のうち400百万円を株式譲渡の前に配当金として対象会社から支給することで、株式の譲渡価額を1,600百万円に引き下げるという手法が考えられます。売手から見ると、総額2,000百万円を受領することに違いはなく、また受取配当金の益金不算入の適用を受けることで、配当金で受け取る分について税負担を軽減することが出来ます。買手から見ると、総額2,000百万円を支払うことに違いはなく、税負担も変わりません。

 

✓売手の株主:取得価額100百万円の株式を譲渡価額1,600百万円(=2,000百万円-400百万円)で譲渡した結果、譲渡益は1,500百万円となり、税負担は450百万円(=1,500百万円×30%)となります。配当金として受領した400百万円は、受取配当金の益金不算入の適用を受けることで、税負担は生じません。結果として、上記の例では事業買収(事業譲渡)の場合の税負担(450百万円)と変わらない結果となっています。

 

 

 

 

なお、配当金の支払いと組み合わせた手法について、連結納税制度に加入している連結子会社を買収する場合には有効な手法とならない点に留意する必要があります。また、連結納税制度に加入していない子会社を買収する場合であっても、令和2年度の税制改正により、その子会社(対象会社)が過去に買収した会社の場合等では同様の効果が得られない可能性がある点についても留意する必要があります。

 

 

4.買収対象に多額の繰越欠損金がある場合


買収対象に多額の繰越欠損金がある場合、株式買収(株式譲渡)の手法を採用すると、買手はその後その繰越欠損金を利用することができるというメリットがあります。繰越欠損金には使用期限(9年~10年)がありますので、その繰越欠損金が発生した時期や、その後の使用見込み等を勘案する必要はありますが、株式買収(株式譲渡)を採用する一つのメリットとなります。

 

 

5.終わりに


M&Aに際しては、最適なストラクチャーを検討することになりますが、そこでは税務の観点からだけでなく、事業の観点や法務の観点等、様々な観点から検討されることになります。事業の観点から検討した結果、株式買収(株式譲渡)の選択肢しか考えられない場合、あるいは、法務の観点から検討した結果、事業買収(事業譲渡)の選択肢しか考えられない場合等、その他の観点から検討した結果、採り得るストラクチャーが限られることもあります。税務上の有利・不利も確かに重要ですが、常にあらゆる選択肢を詳細に検討するというのも非効率と言えます。ストラクチャーの検討に際しては、考慮すべき事項を挙げて優先度を明確にしておくことで、効果的・効率的に検討を進めることができます。

[M&A担当者のための 実務活用型誌上セミナー『税務デューデリジェンス(税務DD)』]

第1回:M&Aにおける税務デューデリジェンスの目的、手順、調査範囲など

 

[解説]

税理士法人LINK 公認会計士・税理士 長野弘和

 

〈目次〉

1.税務デューデリジェンスの意義

2.M&Aにおける税務専門家の関与

(1)売手・買手の接触~基本合意書の締結

(2)基本合意書の締結後~売買契約書の締結

(3)売買契約書の締結後~クロージング

3.税務DDの調査範囲

(1)調査対象とする法人

(2)調査対象とする期間

(3)調査対象とする税目

4.終わりに

 

 

▷第2回:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷第3回:M&A取引に伴う税務リスクとその対応

 

1.税務デューデリジェンスの意義


デューデリジェンス(Due Diligence:DD)とは、M&Aなどに際して、買収対象となる企業や事業などを対象として行う調査をいいます。このDDの主な目的は、買収対象となる企業や事業の実態を調査し、その企業や事業の様々なリスクを把握することにあります。

 

税務DDは文字どおり、買収対象となる企業や事業の税務に関する調査をいいます。この税務DDの主な目的は、①買収対象となる企業や事業の税務リスクを分析するとともに、②ストラクチャーの検討に有用な情報を収集することにあります。ここで言う税務リスクとは、買収対象となる企業や事業の過去の税務処理の内容(税務申告書の内容等)に誤りがあり、それが買収後の税務調査等によって顕在化することと言えます。税務DDではこの税務リスクを分析するために行いますが、そこで得られる情報はストラクチャーの検討にも役立てられます。ストラクチャーの選択によって税負担が変わり、節税メリットを享受することができる場合も少なくありません。

 

 

2.M&Aにおける税務専門家の関与


税務DDは多くの場合、何らかの形で外部の税務専門家(税理士・税理士法人など)のサポートを受けています。大きな事案や複雑な事案では、税務専門家が税務DDを主導する場合が多いです。そのような中、事業会社のM&A担当者にとっては、M&Aの各プロセスにおいて、税務専門家をどのように関与させるべきか、税務専門家の使い方やその目的等について押さえておくことが重要と言えます。

 

そこで、一般的なM&Aのプロセスに沿って、各プロセスにおいて税務専門家がどのように関わってくるのかについて解説します。

 

 

 

 

 

(1)売手・買手の接触~基本合意書の締結

基本合意書の締結に向けたプロセスでは、売手と買手との間で秘密保持契約書が締結され、初期的な検討に必要な情報が記載された案件概要書(Information Memorandum:IM)が買手に開示されます。この段階では、IMに記載された情報や初期的なDDから得られる情報等の限られた情報に基づき、買収対象となる企業や事業を評価することになります。初期的な検討が行われ、売手と買手との間で基本的な条件について合意に達した段階で、基本合意書が締結されることになります。

 

①買手サイド

買手サイドの税務専門家は、一般的にこの段階から関与させることが多く、税務専門家は税務DDやストラクチャーの検討を行います。

 

税務DDについては、この時点で得られる情報は限定的であることも多く、調査内容も限られたものになることが多いです。とはいえ、この時点で得られる情報でも、その後に行われる詳細な税務DDにおいて重点的に調査すべきポイントの特定や調査のスコープについて検討することができますので、その後の税務DDを効果的かつ効率的に進められるように、この段階で税務専門家と検討・協議しておくことは有用です。一般的にDDは非常に限られた時間の中で行うことも多く、特に複雑な案件やクロスボーダーの案件等では、重点的に調査すべきポイントの特定や調査のスコープについて、なるべく早く税務専門家と検討・協議しておくことがポイントとなります。

 

ストラクチャーの検討については、この段階では(詳細な税務DDを行う前の)暫定的なストラクチャーの検討を行います。ストラクチャーの選択によって税負担が変わり、節税メリットを享受することができる場合も少なくありません。買収価格の提示に加えて、買収ストラクチャーの提示を求められることも多いので、なるべく早い段階で税務専門家を関与させることが有用です。売手サイドからストラクチャーを提案されることもありますので、その検討を行うこともあります。

 

②売手サイド

一方、売手サイドの税務専門家には、必要に応じて買手サイドによる初期的な税務DDへの対応をサポートしてもらうことがあります。

 

 

 

(2)基本合意書の締結後~売買契約書の締結

売買契約書の締結に向けたプロセスでは、より詳細なDDが行われることになります。買手は詳細なDDを経て、買収価格やストラクチャーを決定するとともに、売手と買手との間で交渉が行われます。これらの過程を経て、売買契約書が締結されることになります。

 

①買手サイド

買手サイドの税務専門家は、この段階において詳細な税務DDを行います。詳細な税務DDで得られる税務リスクに関する情報は、買収価格の決定や、表明保証の内容等の検討に活用され、売買契約書に織り込むこととなります。また、詳細な税務DDを通じて暫定的なストラクチャーに問題がないか、実行可能性を検証し、ストラクチャーを決定します。売手が想定しているストラクチャーと異なるストラクチャーを提示する場合は交渉が難航することも少なくありません。売手が納得しやすいように売手・買手双方の税務上の取扱いを明示する等の対応が求められます。

 

②売手サイド

一方、売手サイドの税務専門家には、必要に応じて買手サイドによる詳細な税務DDへの対応をサポートしてもらうことがあります。また、買手が提示してきた税務リスクに関する内容やストラクチャーについて、税務専門家に意見を求めることもあります。

 

 

 

(3)売買契約書の締結後~クロージング

クロージングに向けたプロセスでは、売買価格等を検討する際に基準とした日(基準日)と実際に株式や資産・負債が移転する日(移転日)との間の期間に関する調査(クロージング監査)が実施され、必要に応じて売買価格が調整されることがあります。

 

①買手サイド

買手サイドの税務専門家は、この段階においてクロージング監査を実施することがあります。この段階では税務申告書の内容を確認することができない場合が多いため、税務上の取扱いに留意する必要がある取引・事象等でもない限り、税務専門家の役割は限定的と言えます。

 

②売手サイド

一方、売手サイドの税務専門家には、これまで同様に買手からの依頼に対して、必要に応じてサポートしてもらうことがあります。

 

 

 

3.税務DDの調査範囲


税務DDの調査範囲はストラクチャーによって異なります。一般的には、ストラクチャーが株式売買の場合、税務リスクを買手がそのまま引き継ぐことになりますので、網羅的な税務DDが求められます。とはいえ、DDは限られた時間の中で行うことも多く、網羅的かつ詳細な調査を税務専門家へ依頼するとコストも多額になります。効果的かつ効率的な税務DDを行うためには、調査範囲の検討が特にポイントになります。

 

 

(1)調査対象とする法人

税務DDを行うにあたっては、調査の対象とする法人を検討します。このとき、買収対象となる企業が挙げられるのは当然ですが、買収対象となる企業が子会社を有している場合、子会社まで調査の対象とするかを検討する必要があります。

 

全ての子会社を対象とするのであれば検討する必要はありませんが、その場合は当然ながら時間・コストがかかります。M&Aが検討されていることを知らされていない子会社については、その子会社に関する情報提供や質問対応等が制限されます。海外に子会社がある場合は、物理的な距離や言語、税制の違い等もあり、現地の税務専門家の利用も必要になります。このように、実務的には様々な制約の中で税務DDが行われることが一般的ですので、各子会社の事業規模や事業内容等を踏まえて調査範囲を検討する必要があります。

 

 

(2)調査対象とする期間

税務DDの対象期間は、基準日から直近3年~5年を対象とすることが一般的です。この調査期間は、買収後に税務調査が行われる可能性のある期間を前提に検討します。既に税務調査が行われた期間がある場合、次回の税務調査ではそれ以降の期間が税務調査の対象となることから、その期間に焦点を当てた税務DDを行うことが一般的です。その場合でも、税務DDの中で特に重要な税務リスクが発見され、それが既に税務調査が終了した事業年度にまで影響が及ぶ可能性があるときは、更正決定が可能な期間まで遡って調査すべきです。

 

 

(3)調査対象とする税目

法人の支払う税金には、法人税や住民税、事業税、消費税、印紙税、不動産取得税、固定資産税、事業所税、関税等、多岐にわたります。

 

税務DDにおいては、金額的な影響度が最も大きい法人税を中心に調査が行われることが一般的です。法人税以外の税目については、事業内容や過去の税務調査の状況等から、必要に応じて調査の範囲や深度を検討することになります。クロスボーダーの案件では、国によって重要な税目が異なる可能性も考えられますので、現地の税務専門家と連携して調査対象とする税目を検討する必要があります。

 

 

4.終わりに


税務という分野は専門性が高いため、M&Aにおいても税務専門家のサポートを受ける場合が多く、税務DDを依頼、あるいは協力して行うことが一般的です。

 

税務DDの範囲や深度を広げるほど、より詳細に税務リスクを把握できるかもしれませんが、調査に要する時間やコストの負担も大きくなります。一方で、十分な調査が行われず、M&A後に想定外の税務リスクが顕在化することは極力避ける必要もあります。案件の規模や内容等に応じて、効果的かつ効率的な税務DDを行えるように、早い段階で税務専門家と協議しながら検討することがポイントです。