[伊藤俊一先生が伝授する!税理士のための中小企業M&Aの実践スキームのポイント]

⑥(特別編)新型コロナウイルス等による業績悪化を理由とした M&A ・事業売却

 

〈解説〉

税理士  伊藤俊一

 

[目次]

1)  はじめに

2)(買主視点)M&AにおけるFAの初動ポイント

3)(買主視点)買主側で簡易的な投資レンジ(投資の許容幅)の決定方法

4)(売主・買主双方)のれんの考え方

5)(売主・買主双方)経営資源引継ぎ補助金

6)(売主・買主双方)事業承継税制(特例)と業績悪化

 


[関連解説]

■新型コロナウイルス等による業績不振に関連する税務上の注意点

■【Q&A】経営状況が悪化した場合の定期同額給与 ~コロナウイルスの影響で大幅に売上高が落ち急激に業績が悪化、役員報酬の大幅な減額を検討~

 

1)はじめに

本稿脱稿時点、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響から、業績不振に陥っている法人が多いと思われます。このような状態下では、キャッシュリッチな会社にとってはM&Aによる買収の機会ともいえます。これまで、売主主導であった中小零細企業のM&Aにおいて、対象会社の業績不振から、いわゆる「買いたたき」が起きる可能性があります(これは不動産や、普段プレミアムがついている趣味嗜好品(骨董品、高級車など)でも全く同様のことがいえます)。

 

リーマンショック以降の不況時もそうでしたが、いわゆる本格的なコロナ不況に仮に陥ったとしても、M&Aの件数自体にはさほど影響を与えないと思われます。しかし、上記の買いたたきの結果、スモールなディールが多くなっていくことが予想されます。

 

 

2)(買主視点)M&AにおけるFAの初動ポイント

①初動ヒアリング

FAはオーナー(買主株主)に対してM&A 意向の確認のため、初動で下記のヒアリングを実施します。

 

(初動ヒアリングのポイント)

⇒「明確な」買収の目的

⇒対象会社の事業内容

⇒対象会社の事業規模・地域

⇒買収予算(※不況時には、まさに「買いたたき」による買収価格の引下げが起きる可能性があります)

 

上記のうち、買収目的が最大のポイントです。これが不明確な場合、M&A を実行すべきではありません。単に買収価格が安いからといって、シナジー等、将来的な経営目的、経営戦略なくして、購入すべきではありません。

 

 

3)(買主視点)買主側で簡易的な投資レンジ(投資の許容幅)の決定方法

 

 

上記表に具体的な数値を当てはめていくだけです。

 

通常、ベスト、ニュートラル、ワーストの三種のシナリオを用意します。

 

なお、上記表はファイナンスの観点からすると全く正しくありません。

ファイナンスの考え方でいうと、× 1 年~× 5 年のCF はDCF 法の考え方に沿って、現在価値に割り引いて計算されるべきです。

 

しかし、中小零細企業のM&A実務においてはそこまでは必要がないと考えます。DCF法にて買収価格を算出するよりも、上記表の数値で投資額を割り引いた方が中小零細企業オーナーには直感的で分かりやすいからです。また、この方法であれば、税理士単独でも株価算定ができます。

 

そもそも、中小零細企業では買主自身も将来FCF の予測がつかないのに、対象会社が買収後、そのまま存続するかもわかりません(デフォルトリスク(倒産リスク))。そこで現時点での静的価値が譲渡対価の最低限の担保である、という買主側のニーズを捉えているということが言えます。

 

 

 

4)(売主・買主双方)のれんの考え方

業績悪化による買いたたきにより事業譲渡の場合、のれんを考慮する機会が増加すると思われます。

 

「同族特殊関係法人間のM&A」については下記のように見解が分かれます。

 

 

(1)一切不要と考える説

●もともと、売主で営業権の帳簿価額が存在していないのなら、それを敢えて認識することは事実上、評価益の認識計上となる。法人税法の原則は法令に定めのあるものを除き、評価損益は不計上(損金又は益金に計上しない)である。

●当事者間で有償、無償を問わず、営業権の譲渡があったとした会計処理について、当局が営業権の存在を否認する処分等は実際にある。しかし、当事者間でそもそも認識していないものを、当局が営業権の存在をあるものとみなして認定課税をすることは上記「・」の理由からあり得ない。

●この説を採用する論者は、第三者間M&A 等により取得した営業権につき、これを無償譲渡した場合には、当該無償譲渡に係る営業権相当額分だけ寄附・受贈があったものではないかと指摘するむきがある。

●営業権の定義は、「法人税法上、営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を統合した、他の企業を上回る企業収益を獲得することのできる無形の財産的価値を有する事実関係であると解する。」(昭和57年6 月24日鳥取地裁判決ほか)等とある。

仮に現時点で無形である財産的価値があったものとしても、当事者間がそれをそもそも認識していない自己創設のれんについて計上余地は一切ない。

●中小零細企業実務における事業譲渡に係るのれんは差額概念である。厳密には、当該営業権として評価、計上された金額が、売主会社の将来の収益性、採算性等(つまりDCF)から妥当と認められる場合には課税上の問題は生じない。

●この点、この説を支持する論者は、上記の収益性等を総合勘案しての営業権評価、計上額と実際計上額に差がある場合、当該差額相当額を、高額譲受に認定し、寄附金課税等が発動する見解もある。

●現実には、両社間の利益調整等によって、営業権相当の恩恵(税メリット)は両者が受けるはず。同族法人間での利益調整が過度に行われる場合、寄附金課税等が行われる可能性がある(ただしグループ法人税制の適用がある場合、実害は生じない)。

●まとめると、営業権の評価、計上自体が論点になるのではなく、差額概念が税務上適正額と差異があれば、寄附・受贈の論点に集約される。したがって、営業権の創設自体が不要である。

 

 

(2)自己創設のれんも計上すべきとする説

●上記のように「計上しない場合」寄附金認定の論点が登場する。したがって、当初から自己創設のれんを計上しておけば、そもそも寄附金認定課税の論点が生じない。

●営業権はどのように評価するのかということについては、諸説あり。

当該評価方法については、法令上の明確な定めなし。実務では、

○時価総額/事業価値と時価純資産価額(個別資産の時価の合計)との差額をもって営業権の時価を求める方法

○収益還元法等により営業権の時価を求める方法

○財産評価基本通達165項準用

等々が考えられる。なお、法文に根拠がないため、当該算定に合理性があれば租税法でも認容されると考えられる。

●非適格合併等(法法62の8 )における資産調整勘定(法令123の10④)の計算においては、当該非適格合併等により移転を受けた事業の価値は、当該事業により見込まれる収益の額を基礎とし、合理的に見積もられる金額を時価純資産価額とすることが容認されている(法規27の16①)。

明文化されていないが、黙示できるものとして、税制非適格再編成における資産調整勘定について、対価資産の交付時価額-移転事業の収益額を基礎として合理的な見積額における事業価値はDCF 法とある(法令123の10、法規27の16)。

●DCF 法-純資産価額=営業権とする考え方も許容される。法人税法上、DCF 法の許容を明示しているのは「適正評価手続に基づいて算定される債権及び不良債権担保不動産の価額の税務の取扱いについて(法令解釈通達課法2 -14、査調4 -20、平成10年12月4 日)」。ここでは、各手法で計算の基礎とした収支予測額及び割引率が適正であれば租税法においても許容されると読みとれる。

●非上場株式評価は法人税基本通達9 – 1 -14で行うが、これは財産評価基本通達178から189- 7 を準用するため、その際、営業権についても財産評価基本通達165項、166項(営業権の評価明細書のこと)で評価して良いかという論点もある。これはもともと個人の財産評価基準であって法人同士で類推するのは不適切との見解も多々あり、理論的にはそれは正しいと思われる。しかし、課税実務上、便宜のため、これを使うことも往々にしてある。

●各同族法人の株主構成が異なっていた場合、営業権を計上しなかった分だけ株主間贈与の認定があり得るのかという論点もあり。計上しなかった場合、または低かった場合、その差額が法人間での寄附の問題になりうる可能性があり。

前者の株主間贈与は、会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産を譲渡した場合、財産を譲り受けた会社の株式の価額が増加した場合には、当該増加部分を、譲渡した者から贈与により取得したものとみなすという、相続税第9 条の論点。

●まとめると、別途のれんを評価しなければ、寄附・受贈(株主間贈与)の論点に帰結するため、それならば、予め評価、計上しておいたほうがよい、ということ。

 

 

なお、上記と異なり、純然たる第三者間における当事者間合意価格には、租税法が介入する余地は一切ありません。第三者M&Aにおける租税法の適正な時価は当事者間合意価格です。

 

 

5)経営資源引継ぎ補助金

経済産業省支援策パンフレットによると、「第三者承継時に負担となる、士業専門家の活用に係る費用(仲介手数料・デューデリジェンス費用、企業概要書作成費用等)および、経営資源の一部を引き継ぐ際の譲渡側の廃業費用を補助」する施策が打ち出されています。

 

出典:経済産業省ウエブサイト(https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf

 

 

廃業、清算を検討する場合には、M&Aにおける売主としてのポジションもとりえる、そして、それに係る専門家等への報酬は上記施策により一定程度、負担軽減されること、についてクライアントに周知すべきです。

 

 

6)(売主・買主双方)事業承継税制(特例)と業績悪化

売主法人が事業承継税制特例適用対象会社の場合、将来、中小零細企業M&A 実務において、下記のような価格交渉手法が定着するかもしれません。

 

業績悪化事由において株式譲渡の場合は、一定の要件のもと、当該株式譲渡時に一部免除、さらに2年後に上乗せで一部免除が期待できます(措法70の7の5 ⑭等)。この一定要件は下記です。

 

 

M&A における買主側で当初譲渡後、当該2年を経過する日において、次の要件全てを満たす場合になります(措令40の85㉛等、措規23の12の2 ㉗等)。

 

⑴ 一定の業務を行っている。

⑵ (当初)譲渡等の事由に該当することとなった時の直前における特例認定贈与承継会社の常時使用従業員のうちその総数の2分の1以上に相当する数の者が、当該該当することとなった時から当該2年を経過する日まで引き続きその会社の常時使用従業員である。

⑶ 事務所、店舗、工場その他を所有し、又は賃借している。

 

価格交渉で利用できるのは⑵でしょう。当初M&A において売主会社の従業員を解雇した場合、上記の特典(2 年後の税メリット)の恩恵を授かることはできません。売主会社従業員継続雇用コスト(その他の雇用リスクも同時に考慮する必要があります)と2年後の一部免除額との有利・不利判定をし、売主、買主双方は最終価額を調整することになります。

 

 

 

 

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

④M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

~中小企業M&Aで最も用いられている仲介会社方式とは?~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、中小企業のM&A において用いられる株式評価方法を教えてください。

 

A、時価純資産価額に正常営業利益の何倍かの営業権(のれん)を加算する、いわゆる仲介会社方式が主流となっています。

 

 

 

図表は、非上場企業に限定せず、M&A における企業価値の算定手法を概観したものですが、事業からもたらされる利益ないしキャッシュフローから事業価値を算定するインカムアプローチ、事業が有するストックに着目するアセットアプローチ及び株式市場から事業の価値を推定計算するマーケットアプローチに大別されます。

 

中小企業の評価で現状、最も用いられている手法が時価純資産価額に、年買法により算定した「営業権」(「のれん」とも言います)の評価額を加算する方式ですが、上記図表の整理では①のインカムアプローチと②のアセットアプローチの折衷法という位置づけとなります。

 

M&A 専門の仲介会社が幅広く用いることにより普及したため、最近は「仲介会社方式」とも呼ぶようであり、企業の収益面と資産面をバランスよく評価に織り込める点が優れており、また投資額をおよそ何年で回収できるかという経営者の思考に非常にマッチする方式であるため広く普及したものと思われます。

 

ただし、年買法による営業権はあくまで過去の利益に基づき算定されるため、利益が安定しない会社や将来の黒字化に向けて赤字が継続しているような会社の評価には適さない点は押さえておく必要があります。

 

この点、企業の価値は事業運営から将来もたらされるキャッシュフローの総和であるべきであることから、理論的にはDCF 法(ディスカウント・キャッシュフロー法)が最も優れていますが、同手法を採用する前提として将来の事業計画が客観的な根拠に基づき策定されている必要があるため、事業承継目的の中小企業のM&A ではほとんど用いられていないのが実状です。

 

また、マーケットアプローチについては評価対象が上場企業であれば、自社の株価は最も尊重されるべき指標となりますが、非上場企業については業種や規模が類似する類似会社を選定することが通常は難しいため、こちらもまず用いられません。

 

よって、中小企業のM&A 実務においては仲介会社方式をマスターすればこと足りることになります。M&A におけるバリュエーションなどと言うとDCF法やEV/EBITDA 倍率などと専門的な用語が飛び交い、税理士にとっては縁遠い分野と思うかもしれませんが、それは上場企業や投資ファンドなどの世界の話であり、一般的な非上場企業のM&A の局面においては意外と簡便的な手法により対価が計算されています。

 

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

③売却候補先選定の考え方

~M&Aの買手による違い、スキーム、売却後の経営体制、売却価格、売却スケジュールなど~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、M&A における買手先選定の着眼点と手続きを教えてください。

 

A、買手には同業他社や既存取引先、また属性としてはオーナー系事業会社、上場企業、投資ファンドなど様々考えられますが、何を重視するかによって適した買手が異なってきます。

 

 

図表は買手候補とM&A の全体方針の関係についてまとめたものです。

 

まず、①同業他社ですが、事業に関する説明をする必要がないので自社の良い面も悪い面も評価されます。数字には表れていないが卓越した製造技術や特許を保有していたり、大手の会社と取引口座を持っているなど同業であるからこそ評価できるポイントがあります。

 

一方で業界特有のリスクや問題点についても熟知している点は売手にとっては不利になります。ライバル会社の子会社となることを嫌うオーナーも多いですし、それにより従業員の士気が下がる可能性がある点はマイナス要因です。また、情報漏洩や業界内に事業売却のうわさが広まってしまうことも懸念されるので慎重な対応が必要です。

 

 

②の既存取引先への譲渡は実務上よくあるケースです。売手としては相手と長年の付き合いがありますので安心感がある点がメリットとなります。デメリットとしては既存顧客が離反する可能性が挙げられます。複数の上場メーカーを顧客に持つ卸売会社が、そのうちの1 社であるA 社の傘下に入ったところA 社のライバルであるB 社やC 社が商品を買ってくれなくなったといった話もあります。

 

また、同業他社同様、情報漏洩の可能性もあります。M&Aの過程では顧客別の取引条件など機密事項も開示をすることになりますが、M&A が成立しなかった場合、取引先に機密情報を知られただけに終わることにもなりますので情報開示には慎重な対応が必要です。

 

 

③から⑤は買手の属性の比較です。③のオーナー系事業会社であれば意思決定が早くスケジュールが比較的スムーズに進みます。考慮点ですが、オーナー企業はオーナーの個性が企業の個性に強く反映しますので社風が合わない場合、従業員が退職してしまうなどのデメリットが生じます。

 

なお、株価評価については現在、非上場企業による非上場企業を対象としたM&A では仲介会社方式が一般的となります。

 

 

④上場企業は③と全く逆で、デュー・ディリジェンス(DD)や機関決定などの手続きがあるためスケジュールは後ろ倒しになります。

 

また、譲渡価格は厳格なDD を行った上でDCF 法(ディスカウント・キャッシュフロー法)などを用いて決められますので成熟企業の評価額は厳しいものになることが多いです。従業員にとっては知名度のある企業グループに入れることになるので仕事の進め方についていけるかといった課題はあるものの、士気が上がる効果も期待できます。オーナーが従業員の将来を案じて信頼できる上場企業に自社を託すというのはストーリーとしても美しいのですが、上記のデメリットも勘案して候補にするか決めたいところです。

 

 

最後の⑤投資ファンドも基本的には上場企業と同じですが、一番異なるのはファンドは投資の回収で利益を上げないといけないので、原則として3 年~5年後には再売却されるという点です。また、ファンドは金融投資家であり、事業経営のノウハウは持たないことが多いので、交渉次第ですが、株式を売却した後も経営陣として残留できるメリットもあります。

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第6回:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第5回:実際に売却するときの留意点は?-DDの受入れや価格交渉-

▷第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

▷第8回:デューデリジェンスとは?-各種DDと中小企業特有の論点―

 


私達が日常生活で接している商品やサービスの売買では、売り手はなるべく高く売りたい、買い手はなるべく安く買いたいと考えるのが自然ですが、売買の対象が株式や事業であるM&Aでもその点は同じです。

 

それでは、実際のM&Aでは対象となる株式や事業の売買価格はどのようにして決まるのでしょうか。

 

 

一般的に、株式等の価値の算定方法にはインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチという3つの考え方があります。

 

 

インカム・アプローチは、将来獲得されるリターン(フリーキャッシュフロー、利益、配当⾦など)を現在価値に割り引くことで株式等の価値を算定する方法であり、代表的な算定手法としてDCF法、収益還元法、配当還元法などがあります。

 

DCF法は、算定対象の将来キャッシュ・フローを基礎としており、算定対象の将来に亘る超過収益⼒や事業リスクを株式価値に反映させることが可能となるため、⼀般的に、理論価値の算定を行う上で最も合理的な算定手法であると考えられています。一方で、インカム・アプローチに属する方法は、事業計画や割引率、成長率といった前提条件が算定結果に大きく影響を与えるため、客観的なデータに基づいて算定を行う必要があります。

 

 

マーケット・アプローチは、算定対象もしくは類似会社の株価、財務指標等を用いて株式等の価値を算定する方法であり、代表的な算定手法には市場株価法、類似会社比準法などがあります。

 

市場株価法は、算定対象⾃身の株価を用いる手法であり、類似会社比準法は算定対象と同種の事業を営む会社の株価及び財務指標を用いる手法です。

 

類似上場企業の株価と財務指標の倍率など、一般に入手が容易なデータに基づいて評価を行えることから採用しやすく、また市場株価を用いるため客観性が保たれるという長所があります。一方で、類似企業の選定に恣意性が介入する余地もあり、留意が必要です。

 

 

コスト・アプローチは、算定対象の財産価値をある⼀定時点で評価することにより株式等の価値を算定する方法であり、代表的な算定手法に簿価純資産法、時価純資産法などがあります。

 

コスト・アプローチは、対象会社の貸借対照表に基づいて評価を行える点で採用しやすいという長所はありますが、営業権(のれん)や無形資産等の目に⾒えない資産の価値を算定分析に反映させることが困難であり、また、将来の利益⽔準が価値に反映されない点には留意が必要です。加えて、事業の継続を前提としない価値算定手法と解されるため、事業継続を前提とする企業の価値算定手法としてはそぐわないとも考えられている面もあります。

 

 

このように、3つの算定アプローチにはそれぞれ長所・短所がありますので、実際のM&Aでは、状況に応じてこれらの中から適したものを採用し、場合によっては組み合わせて使うのがよいでしょう。

 

例えば、対象会社や事業の業績が安定していて、なおかつ、合理的な事業計画が策定されているような場合は、インカム・アプローチが適しているといえます。反対に、将来の業績やキャッシュ・フローの予測が難しいような場合には、インカム・アプローチを採用すると評価の客観性や信頼性が損なわれてしまうこともあります。

 

M&Aにおいては、これらの算定手法に基づく理論価値を参考としつつ、直接的には売り手と買い手による交渉で売買価格が決まります。これを示したものが図表1であり、概念的にはスタンドアロンの価値 をベースに一定程度買い手のシナジーを加味した金額で合意されるものと考えられます。

 

買い手の目線では、買収プレミアムの裏付けとなる合理的な材料があるか、例えば、どの程度シナジーが実現されれば売り手の売却希望価格に達するか、シナジーの実現可能性はどの程度あるか、といった検討を行い買収可否の判断を行うこととなります。

 

 

最近のM&A市場では、超低金利政策等により余剰資金を持つ企業が増加していることや、M&Aが多くの企業にとって一般化してきたこと等により、どちらかというと需要が供給を上回る状況にあるのではないかと考えます。買い手企業にとっては、優良な売り手企業を見極める判断力と粘り強い交渉力が求められると言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第5回:実際に売却するときの留意点は?-DDの受入れや価格交渉-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第4回:「事業譲渡と株式譲渡」どっちがいいの?-M&Aのスキーム-

▷第6回:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

 


それでは、買い手候補先も見つかり、売却に関する協議交渉が順調に進んだ場合において、どのような点に留意していくべきでしょうか?

 

 

一般的なM&Aプロセスにおいては、買い手側は買収対象会社を対象に、デューデリジェンスという調査を実施します。

 

これは、会社が法律面から正しく存在し運営され、取引先や従業員等との法的な関係がきちんと整備されているかを調査する法務デューデリジェンスや、財務的な数値や会計処理の適切性、会社の税務に関するリスク等を調査する財務・税務デューデリジェンスなどがあります。

 

このデューデリジェンスは、買い手が対象会社から資料や情報の提供を受けて実施するもので、買い手が雇った弁護士や公認会計士や税理士が対象会社にコンタクトを取って資料を依頼したり質問を行ったりします。

 

 

 

 

その際、売り手は第1章で述べたように従業員や取引先に極力知られないように配慮しつつ、デューデリジェンスを受入れなければなりません。

 

このときに、売り手側の経営者が一人でデューデリジェンス対応をすることは現実的には難しいため、例えば、管理責任者や経営者の右腕的な人に相談して、デューデリジェンスの受入れをサポートしてもらうことが必要となります。

 

 

デューデリジェンスを受ける売り手にとっては、問題点を隠すことではなく、全てを詳らかにして買い手に問題点や潜在的なリスクを把握してもらって、それを前提に売買条件等の交渉を行う、ということが重要です。

 

仮に、悪い面を隠し通してM&Aを実行できたとしても、売り手側で意図的に隠していたことがM&A実行後に発覚したりすると、場合によっては譲渡対価の一部を返却しなければならなかったり、損害賠償を求められたりすることになります。

 

 

M&Aの際には売り手側と買い手側双方にて契約を締結しますが、一般的にはその契約書の中に、売り手の開示情報が正しくないことがM&A後に判明した場合は売り手が賠償責任を負う、といった条件が織り込まれるからです(これを表明保証といいます)。

 

 

また、一般的なプロセスでは、デューデリジェンスと並行して価格交渉等が行われますが、その交渉において、会社の収益性や財務内容等を基に、株価算定やValuationと呼ばれる会社の価値を算定するプロセスを買い手が実施することがあります。

 

そこで算出された会社の価値を参考に、売り手と買い手双方が各々希望価格を考慮しながら売買金額の妥協点を見つけて行くこととなります。

 

価格交渉の際には、先に述べたデューデリジェンスでの発見事項が考慮されて、時には価格を下げる要因となったり、または価格を上げる材料となったりします。

 

 

そのため、デューデリジェンスのプロセスは、M&A実行前の非常に重要な手続であることをご理解ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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①M&Aにおいて一部門を譲受(譲渡)する際の注意点

~一部門を譲受(譲渡)する際に把握しておくべき情報とは?売買金額のつけ方とは?~

 

〈解説〉

公認会計士 大原達朗

 


今回は、“一部門を譲受(譲渡)する際の注意点”というテーマです。 まず一部門を譲渡するというのはどういうことかを確認します。

 

 

 

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[株式譲渡と事業譲渡]

通常M&Aというと、株式譲渡を想定される方が多いと思います。改めて、株式譲渡とはどのようなものかを整理します。

 

 

 

売り手とは、対象会社のオーナー(株主)となります。中小企業の場合は、社長が株主を兼ねていることが多いので、株主兼社長のような方が株式譲渡における売り手になることが多くなります。

 

 

その方が持っている会社の株を、買い手が買うというのが、シンプルなM&Aとなります。何も言わないでM&Aというと、ほとんどの方がこれを想像すると思います。ただし、この場合(株式譲渡)、対象会社の権利は全て買い手に移ってしまいますので、100%の株を譲渡した場合、例えば、この対象会社が店を3つ持っていた場合、3つ全ての権利義務が売り手から買い手に移ります。

 

 

もしかすると、3つのお店(事業)のうち、1つのお店(事業)のみ、買い手が欲しい場合もあるかと思います。実務的に言えば、このようなケースは意外とあります。場合によっては、「不採算部門(事業・店舗)のみを売却したい」「儲かっていないから、それだけを引き取って欲しい」というように考える売り手もいるかと思います。一方で、「儲かっていない事業はいらないから、儲かっている事業のみ売って欲しい」という買い手もいると思いますので、部分的に会社の一部だけを譲渡しなければいけないというケースは思ったよりあるわけです。

 

 

そのような時に、株式譲渡という通常のスキームを使ってしまうと、言い方が悪いですが“いらない部分(事業)”も含めて、会社を丸ごと引き取らないといけないわけです。

 

 

 

それを避けるための1つの方法が“事業譲渡”となります。事業譲渡というスキームは、会社の一部を切り取って売買の対象とすることができるので、先ほどの“株式譲渡”の絵とは少し変わってきます。 この“事業譲渡”の売り手というのは、先ほどで言うところの対象会社になります。自分の会社の一部を切り取って、買い手に売るわけですので、対象会社が“事業譲渡”の当事者となります。

 

 

1つの会社の中にビジネスが3つあり、そのうち1つのビジネスを買い手に買ってもらう。こうなると、当たり前ですが対象会社というのは譲渡契約の当事者となりますので、譲渡代金はこの売り手である対象会社に入ってくる(支払われる)ことになります。 この点が、株式譲渡と少し違うところです。

 

 

 

このような形で、会社の一部譲渡というのが行われています。事業譲渡というのは、これはこれで便利な部分もあるのですが、デメリットもあります。理由があって、事業譲渡のスキームは使えないということがあります。しかしながら、どうしても会社の一部だけを欲しいといったニーズもあります。

 

 

そのような場合は、そもそもの売買の対象となる会社のうち、譲渡の対象としたい事業の一部のみを新しく作った会社に振る(会社を分ける)ことができるのです。 これを“会社分割”と言いますが、例えば譲渡の対象としたい会社の「一部のみを譲渡したい」とします。その一部を切り取って新しい会社に振る(会社を分ける)わけです。その新しい会社の株を売り手と買い手で売買するということを行います。このようなやり方もあるわけです。 このスキームは、弁護士の先生にしっかりと相談して、法的に問題が無いかの確認を取ってもらいたいと思います。やり方はいくらでもあるということです。

 

 

どうしても、会社とか事業の一部を譲渡しなければならないといったニーズはあるわけです。ですので、一部門を譲渡するということは比較的、頻繁に起きているということです。

 

 

[一部譲受の際に必要な情報とは?]

その際に注意しなければならないことですが、会社の一部(一部門)の譲受(譲渡)をする場合には当然ですが“当該部門の情報が必要”となります。

 

 

全社の数字(BS、PLなど)ではなくて、譲渡の対象となっている部門やお店の情報がないと話にならないわけです。なぜならば、会社全体を引き取るわけではないためです。 たとえば、全く利益が出ていない事業を譲受しようとした際に、会社全体の数字を見て「こんなに儲かっているのですか?」と言っても何も意味がないわけです。 反対に、会社全体としての業績は良くないのですが、業績の良い事業を買収して、売り手はその資金を基に、残っている会社(事業譲渡しなかった事業)を再生したいといった場合は、会社全体を見れば悪いに決まっているわけですので、「こんなに悪いのか」と考えても仕方がないのです。

 

 

ターゲットとなっているお店もしくは事業の財務状態や契約関連などを把握しなければならないわけです。そのようなことから、会社全体の財務数値を入手しても始まらないわけです。

 

 

むしろ売り手の方にとってみると、「売買の対象となっていないような事業の情報を、なんで買い手候補に出さなければいけないのか?」といった話になるわけです。そもそも会社全体は売り物でなく、会社のほんの一部が譲渡対象でしかないのに、「それ以外の情報をなぜ提供しなければならないのか?」というのは売り手の立場に立ってみれば当然のことになります。

 

 

買い手としては、譲渡対象外の情報も「提供してくれるなら欲しい」と言われる方も当然いるかと思いますが、「その情報をもらって何に使うのですか?」というところもあるわけです。お互いのメリット・デメリットのことを考えると、しっかりとフォーカスをして必要な情報を取っていくことを念頭に置いておかなければならないのです。

 

 

ですから、全社の数字がどうしても欲しいと、例えばM&Aの本に“M&Aをする際は、少なくとも全社の過去3年間分の決算書が必要”と書いてあったから「3年間分の全社の数字をください」と言っても意味がないわけです。譲渡の対象(ターゲット)となっている箇所(部門)の数字を見なければいけないということになります。

 

 

 

[一部譲受の売買金額のつけ方]

では、その一部の譲受(譲渡)の時の金額のつけ方についてですが、基本的に株式譲渡の場合と変わりません。ターゲットとなっている対象事業の財務諸表の数値をベースにバリュエーションを実施することになります。

 

 

 

これは中小企業の事例(案件)になると、実務的にネックになるところです。「部門別あるいはお店別の収支や財務状況をください」とお願いしても、現実問題として作成していない会社があります。先ほど、全社の数字を見ても仕方がないと言いましたが、全社の数字は年に1回税務申告をしなければいけないため、どの会社も基本的にはあります。しかし、対象となっている事業やお店の数字がないとなると基本的には諦めることになると思います。

 

 

 

どれくらい稼いているかさっぱり分からない、どのような資産を持っているかさっぱり分からない事業の買収は中々できません。ただし、それで諦めるのはもったいないというのであれば、我々はこのようなやり方を行います。

 

 

少なくとも売上に関しては実在していないと話になりませんので、過去の売上の実績がどれぐらいであったのかといったチェックをしてもらいます。これは財務デュー・ディリジェンスの一環でもありますが、それほど難しいことではないです。

 

 

売上が分からないのであれば、その案件は止めた方がよいかもしれません。売上が全く分からないというケースは殆んど無いので、「そのデータをベースに本当に入金されているのか?」を預金通帳などでチェックすればよいのです。そう考えればさほど難しくはないわけです。

 

 

 

では、売上だけしか分からなくて、「事業の譲渡ができるのか?」「価値の算定ができるのか?」という話ですが、買い手が買った後に「どのように経営をしていくのか?」ということを想定します。例えば、店舗を想像してもらえると分かるかもしれませんが、“意外と難しくない”のです。発生する経費と言えば賃料があります。あるいはスタッフの方の人件費、あとは店舗で使う消耗品類、あるいは飲食店などであれば部材や商材などがあると思います。あと水道光熱費など、その他もろもろです。

 

 

事業を買収した後に、「どんな経費が掛かるのか?」「どんなコストがかかるのか?」というのは意外とシミュレーションできるものなのです。自分が譲渡を受けた後に、「このような体制でやっていくのだ」と、数字もシミュレーションできるので、そのシミュレーションした数字をベースに金額を算出することが出来るわけです。

 

 

 

もちろん、売り手にとってはちゃんとした情報や数字を出し、自分たちが有利に交渉を進めるようにした方が良いに越したことはないですが、そうは言ってもそのような部門別の数字なんて今まで作ったことがない。そうなると、どうしても今回事業を売りたいというのであれば、買い手の立場に立って、協力してそのようなシミュレーションをすることもできます。

 

 

M&Aというのは多種多様の案件によって事情が異なりますので、「数字が出て こないので、情報が不足しているから買収は止めよう」というように考えるのでは少しもったいない案件もあります。必ずしも、このようなやり方で一部譲渡のM&A案件全てが上手くいくわけではないのですが、工夫の仕方によって、このようなことが出来るということを覚えて置いて頂きたいと思います。

 

 

 

事業譲渡契約は個別にリストアップしていきます。「これとこれとこれを下さい」「これとこれとこれを譲り渡します」といった契約になりますので、簿外債務を引き継ぐ必要がないのです。つまりはリスクが非常に低いのです。ただし、株式譲渡の場合は会社丸ごとになりますので、譲渡をしたときに気が付かなかった債務や負債を引き継ぐ可能性があります。事業譲渡にはそれがないので、財務のデュー・ディリジェンスについてもやり方次第では、かなりコストや工数も軽くなります。つまりは、コストや時間やリスクも取らずに、事業を譲渡することができるのです。

 

 

このようなやり方もあるのだということを皆さんには是非知っておいて頂きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 


動画解説を見る(外部サイト)

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

①実行段階におけるM&A 支援業務の相互関連性

~デューデリジェンス・スキーム策定・バリュエーションの関連性~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、税理士が行うM&A 支援業務の相互の関連性を教えてください。

 

A、DD により検出されたリスク要因をスキームの工夫によって遮断・軽減できる場合があります。また、リスク要因はバリュエーションにマイナスの影響を及ぼしますが、これもスキームの工夫で軽減させることが可能な場合があるなど各業務は密接に関連しています

 

 

 

 

 

図表はM&A の実行段階における支援業務の全体像と関連性を示したものです。DD、バリュエーション及びスキーム策定は独立したものではなく相互に関連していることを理解することが重要です。

 

 

まず、DD ですが、図に列挙したとおり、各種観点から対象会社をM&A で取得する際のリスク要因を洗い出す手続きとなります。税理士や会計士が行う財務・税務DD は必須の手続きと言えます。

 

 

弁護士が行う法務DD も大多数の案件で行われますが、図表 のDD の欄内の④以降のDD については必要に応じて行われます。めっき工場の売買で土地の環境汚染が心配であれば専門家に依頼し環境DD を行いますし、多様な形態で人員を雇用し、未払残業代や名ばかり管理職など労働法規上の問題が懸念されるのであれば社会保険労務士に依頼して人事面の調査を行うといった感じです。こうしたDD を行う場合、案件全体をコントロールする税理士としては常にリスクを定量化する思考を持つことが大切です。金額に換算できるリスクであれば売買金額の調整などでクリアできるためです。

 

 

次にスキーム策定ですが、DD において検出されたリスクについてスキームを工夫することで遮断したり軽減したりできることがあります。株式取得では対象会社の潜在リスクが全て引き継がれますが、スキームを事業譲渡に切り替えることによりリスクを遮断するといった対応が可能です。また、スキームを工夫することで税金コストの削減が可能になるのであれば、利益やキャッシュフローが増加しますので株価評価にもプラスの影響が生じます。

 

 

最後にバリュエーション(価値算定)ですが、DD においてリスクが検出された場合、当然に評価額に対してマイナスの影響を与えます。中小企業のM&A では仲介会社方式と呼ばれる方法が一般的です。

 

 

以上、M&A の実行段階における支援業務の相互関連について説明しました。

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第2回:売却したいけれどどうしたらいい?  -会社を売却すると決めたら-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第1回:何のためのM&A? ーM&Aの目的を考えるー

▷第3回:売却するならどこがいい? -同業他社?大企業?ファンド?-

▷第4回:「事業譲渡と株式譲渡」どっちがいいの?-M&Aのスキーム-

 


それでは、会社を売却したいと思った場合は、どうすればいいでしょうか?

 

売却したいというからには、この場合は売り手の立場でのお話となります。

 

会社を売却したいと考える場合は、前章でも述べた通り、会社を将来に向けて継続させることを前提に、株式を売却して経営を他の人に任せる、ということを目指します。その場合、まずは株式を買ってくれて、会社を自身に変わって経営してくれる人を探すことになります。

 

 

では、そのような人をどうやって探せばよいのでしょうか?

 

よくあるケースとしては、懇意にしている取引先に相談して、その取引先に資金力や経営能力等があれば、その取引先に買ってもらう、ということが考えられます。また、日頃から経営相談をしている税理士の先生や取引銀行に相談して、買い手候補を探してもらう、ということもよくあるケースです。

 

最近では、M&A専門の仲介会社がたくさん出てきていますので、インターネットなどでそういった仲介会社を探して、そこに相談して買い手候補を探してもらう、ということも多くなっています。

 

 

このように、買い手候補を探す場合は、自身で探すには限界があることから、誰かしらに相談して買い手候補を探していく、ということが現実的な方法になっています。

 

 

その場合に、留意すべき点は、会社を売却したいと思って買い手候補先を探しているということを、可能な限り秘密にして動くということです。

 

会社を売却しようとしていることが、例えば従業員や取引先の耳に入ってしまうと、従業員が不安になって会社を辞めたり、また、取引先がいらぬ勘繰りをして取引を絞り込んだりする可能性がないとは言えません。そういう事態を招かないためにも、買い手候補を探す段階においては、社内の信頼できるごく一部の人間にだけ相談して秘密裏に進める慎重さが必要となります。

 

会社を売却すると決めたら、まずは信頼できる人に相談して、買い手候補を探しましょう。そのためにも、普段からM&Aに関する情報収集や、信頼できる・相談できる相手を作っておく、という準備は行っておくべきだと思います。

 

 

 

 

 

 

また、会社の経営管理体制をしっかりと整備しておくことも、会社を売却する際の買い手からの評価にはプラスとなり、より売り易くなることから、日頃から意識しておくべきと考えます。

 

特に、会計処理の適正化や、契約書等の法的書類の整備、労務管理のあたりは、いざM&Aを実行する際にここができていないと、後々追加的な負担が生じるため買い手からの評価を下げることになり、M&Aを進める上で大きなボトルネックとなったりしますので、日頃から意識して整備しておくことをお薦めします。

 

 

次章では、買い手探しの際のポイントについて解説したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[初級者のための入門解説]

いくらで売却できる?-譲渡金額の算出方法-  ~ゼロから学ぶ「M&A超入門」①~

 

M&A実務の基本ポイントを、実務経験豊富な植木康彦先生(Ginza会計事務所/公認会計士・税理士)にわかりやすく解説していただきます。

今回は、M&Aに携わる皆さまにとって、最も関心のあると思わる「譲渡金額の算出方法」を取り上げます。「中小企業で活用される評価法とは?」「価格交渉はできるの?」など、皆さまの疑問にお答えます。

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 植木康彦(Ginza会計事務所)

 

 

事業価値評価の考え方は??

M&Aで売買するのは事業そのものですが、多くのケースではその企業が発行する株式を売買の対象とします。すなわち、株式の価値が売買価額の基礎となりますが、企業の株式価値事業価値とでは違いがあるので、まずはその違いを整理しましょう(複雑と感じる方は、違うという認識だけで大丈夫です)。

 

下図のように、企業価値は事業価値(事業資産-事業負債)と非事業資産(図左側)によって構成されます。非事業資産とは遊休資産のように事業価値を生まない資産が持つ価値のことをいい、事業価値は事業自体の持つ価値のことをいいます。

 

M&Aの多くのケースで売買の対象となる株式価値(図右下側の黄色部分)は、事業価値に非事業資産を加え、そこから債権者に帰属する有利子負債(債権者価値)を控除したものをいいます。なお、事業価値を売買対象とするケースもあります。

 

 

 

 

一般的には、まず事業価値を評価します。事業価値の算定方法には、将来のキャッシュフローからアプローチするインカムアプローチ(DCF法など)、貸借対照表の純資産からアプローチするコストアプローチ(純資産価額法など)、類似上場会社の指標からアプローチするマーケットアプローチ(マルチプル法など)があります。

 

 

 

 

なお、税法にも株式評価のルールがあって、非上場株式の評価の方法は国税庁の財産評価通達に示されております。

 

端的に言うと、少数株主の場合は配当還元法(およそ額面価額)支配株主の場合は会社の規模によって純資産価額法と類似業種比準法によって評価します。

 

少数株主か支配株主かの分岐点は、親族グループで議決権割合30%より上か下かで判定します。

 

 

 

中小企業のM&Aで活用される評価基準は??

上場会社やクロスボーダーのM&Aでは、先に説明した将来キャッシュフローから算定するDCF法や類似上場会社の指標に倍率を乗じて算定するマルチプル法がとられます。

 

一方で、中小企業のM&Aは少し違い、時価純資産価額に数年分(3~5年程度)の営業利益を加算した“年倍法”といわれる評価法がとられます。

 

 

 

 

時価純資産価額は、株主から出資を受けた資本(資本金+資本剰余金)に、今まで稼いだ利益の累計額(利益剰余金)、更に資産の含み損益を加減算して求めます。ちなみに資産の含み損益を加減しない方法を簿価純資産価額と言います。年倍法は、直前期の貸借対照表と損益計算書があれば凡その評価額が測定できる簡便な方法です。

 

なお、時価純資産価額によるとその時点の株式価値が算出されますが、企業が将来獲得できる利益は考慮されておりません。そこで、評価に際して将来利益分として営業利益の数年分を加算するわけです。

 


 

 

 

業種特有の評価基準は??

中小企業M&Aで用いられる“年倍法”は極めてシンプルな計算法で、売買価額の基礎とすることが多いのですが、そうはいっても業種によっては他の方法によった方が適切なケースがあります。

 

例えば、不動産賃貸業の場合は、所有している不動産の価値が重視されますし、調剤薬局の場合は、処方箋の枚数や近隣競合店の有無等が重視されます、そのほか、最近の人手不足を反映し、新たに人材をリクルートする場合に年俸の30%~40%かかることから、専門家の人数等から売買価額がアプローチされるケースもあります。

 

 

 

価格交渉はできるの??

売買価額はM&Aにおける最大の交渉条件といえます。M&Aに限った話ではありませんが、売り手は高く売りたい、買い手は安く買いたいと思うのは自然なことです。

 

売り手側の高く売りたい想いを価格に反映するためには、事業の希少価値面のアピールや買い手のM&Aによるシナジー効果を考慮させる方法があります。一般的に希少な事業新規参入が容易でない事業などは価値が高いですし、同業の買い手の場合にはM&Aによる事業拡大によりマーケットシェアが拡大し、コストのコントロールが可能(重複固定費のカット等により)な場合があるためです。

 

反対に買い手が行うデューデリジェンスによってマイナス材料が抽出された場合には、価格が引き下げられる方向に働くことになります。