[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』]

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、マーケット・アプローチ

2、倍率法

3、類似会社の選定

◇EBITDA倍率の計算例

4、個別論点

①類似会社は何社必要なのか?

②対象会社が複数事業を抱える会社(例えば、電子機器、化学品、自動車部品)の場合、どのように評価すればいいか?

③倍率法でサイズプレミアム(SCP)を考慮するケースはあるのか?

④倍率法でよくある誤りとは?

5、異次元緩和の影響

 

 

▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷関連記事:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

 

1、マーケット・アプローチ


マーケット・アプローチには、①対象会社の株価を基準とする評価方法(市場株価法)、②対象会社と類似する上場会社の株価を参考とする評価方法(倍率法)、③類似のM&A取引の取引価額を参考とする評価方法(取引事例法)等があります。どれも株式市場や第三者間の取引価格を参考とする評価であるため、評価の客観性が高いと考えられています。

 

 

①市場価格法は、対象会社が上場会社であるケースや上場会社が絡む組織再編時に採用されており、対象会社が非上場会社の場合は適用できない方法です。

 

②倍率法は、対象会社が非上場企業の場合に適用できます。M&A取引の中で対象会社が非上場会社の場合が圧倒的に多いことを考慮すると、最も使用頻度の高い方法と言えます。

 

③取引事例法は、そもそも類似取引自体が少なく、存在する場合であっても、個々のM&A取引は個別要因が深く絡んでいる(シナジー効果の見立て等)ので、あるM&Aの取引価格を別のM&Aの取引価格に適用するには高度な判断が必要となります。そのため、取引事例法は参考値として利用されるケースが多いです。

 

 

2、倍率法


上場企業の中から、対象企業と事業内容、事業規模、収益の状況等が類似する企業を複数選定し、それら類似会社の株式時価総額や事業価値に対する財務指標の倍率を算定し、当該倍率を対象企業の財務指標に乗じて価値を推計する手法です。

 

倍率は、EBITDA倍率の使用頻度が最も高いですが、その他にも様々な倍率が考えられます。下記のような業界特有の倍率を使用するケースもあります。

 

 

 

 

 

 

倍率の計算式の分子(事業価値と株式価値のどちらか)に注意する必要があります。PERは株式時価総額(株式価値)を分子とするため、「PER」×「対象会社の税引後利益」によって、対象会社の株式価値が算定されます。一方、EBITDA倍率は、事業価値を分子とするため、「EBITDA倍率」×「対象会社のEBITDA」によって、対象会社の事業価値が算定されます。事業価値と株式価値の整理ができていないと、交渉時に意見がかみ合わず、時間のロスが発生してしまいます。

 

 

 

 

 

 

使用する倍率に関して、特別の理由がない限り、M&Aで最も使用頻度の高いEBITDA倍率を用いるのがベターです。ただし、対象会社の一過性の損益を平準化した後の調整後EBITDAが赤字の場合、EBITDA倍率を使用できないため、その際は売上倍率等を検討します。なお、売上高倍率とEBITDA倍率を30:70のようにウェイト付けをしたレポートを見ることがありますが、ウェイト付けの計算根拠が曖昧で、社内外に対して説明に窮することになるため、避けた方がいいです。

 

 

3、類似会社の選定


倍率法では、類似会社の選定が最も重要です。対象会社に類似する上場企業を選定する際、以下のような基準を設定します。

 

[ビジネス]

●事業の類似性:業界、商品、製品、サービス

●事業の成熟度:製品ライフサイクル

●事業戦略:直営vsFC、自社製造vsファブレス、ブランド戦略vs低価格戦略 等

 

[財務]

●収益性、成長率、事業規模 等

●地域

●販売拠点、製造拠点 等

 

 

 

具体的には、以下のようなスクリーニング作業(初期的⇒量的⇒質的)を通じて、類似会社を選定します。

 

(初期的スクリーニング)

●データーベースの産業別分類による抽出

 

(量的スクリーニング)

●売上高規模:1,000億円超を除外

●EBITDAマージン30%超及び10%未満を除外

●売上高成長率10%超を除外 等

 

(質的スクリーニング)

●有価証券報告書、企業ホームページ等をチェック

✓事業が過度に多角化している会社を除外

✓収益の大半が製造業からの収益ではない会社(投資事業、不動産事業等)を除外

✓事業戦略の異なる会社を除外(B2C向け、ファブレス企業等) 等

 

 

◇EBITDA倍率の計算例◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4、個別論点


①類似会社は何社必要なのか?

⇒重複の程度の高い会社があれば、選定する企業は少なくてもいいが、倍率の分散傾向が強ければ、傾向を把握するために、より多くの類似会社が必要と考えています。実務上、上記のスクリーニングを通じて4社~7社程度の適当な類似会社が選定されていれば、評価結果の信頼性に問題ないと考えられます。

 

 

②対象会社が複数事業を抱える会社(例えば、電子機器、化学品、自動車部品)の場合、どのように評価すればいいか?

⇒対象会社の各事業別(電子機器、化学品、自動車部品)に類似会社を選定し、各事業別の倍率を用いて、事業別の事業価値を算定します。その後、事業別の事業価値を合算して全社の事業価値を計算します。なお、ソニーのような上場会社は、コングロマリット・ディスカウントによって、全社の事業価値が、事業別の事業価値の合計よりも小さいと考えられます。一方で、シナジー効果(共通仕入、多能工の活用、管理部門の共通化等)が存在する場合もあるため、複数事業のケースにおいて、コングロマリット・ディスカウントを機械的に反映するのではなく、案件ごとの詳細な検討が必要です。

 

 

③倍率法でサイズプレミアム(SCP)を考慮するケースはあるのか?

⇒サイズプレミアム(SCP)は、株式時価総額が小さな企業に対して適用するプレミアムのことをいいます。ビジネスリスクが同程度の場合、規模の大きな企業よりも小さい企業の方がリターンは高いという実証研究に基づくもので、実務で広く共有されている概念です。具体的には、DCF法の割引率を推定する際に、対象会社の株式価値の規模に応じたサイズプレミアム(5%~5.5% )を加味します。

⇒倍率法において、類似する上場会社が規模の大きい会社しかない場合、算定された倍率は大企業ベースの倍率と考えられるため、対象会社が小規模会社のケースでは、倍率法で算定された株式価値に対してサイズプレミアムを反映させることを検討します。具体的には、DCF法で、サイズプレミアムの有無に対応する株式価値の差額(比率)を用いて、倍率法の株式価値を減額させます。

 

 

④倍率法でよくある誤りとは?

⇒翌期以降、大型の設備投資を予定しているが、株式価値に反映されていない。DCF法では、将来の設備投資はフリーキャッシュフローに反映されますが、倍率法では、事業価値から翌期以降の大型の設備投資額(通常の設備投資と異なる規模)を控除する必要があります。

⇒規模、利益率、成長率等が大きく異なる会社を類似会社としているケース

⇒類似会社のEBITDAに一過性の損益が含まれているケース

⇒対象会社のEBITDAに一過性の損益が含まれているケース

⇒対象会社のEBITDAに経済合理性のない関連当事者取引が含まれているケース(多額の役員報酬、社長のプライベートの費用等)等が要因として考えられます。

 

 

 

5、異次元緩和の影響


2010年以降、日本銀行が金融緩和を目的として上場投資信託(ETF)を購入しており、2013年以降、インフレ目標を達成するため異次元緩和の一環として、毎年の購入量が大幅に増加しています(2020年3月:日本銀行のETF購入残高29.4兆円)。日本銀行は、一般投資家の経済合理性とは異なる価値判断に基づいて株式投資(日本銀行のETF購入は間接的な株式購入)をしているため、日本銀行のETF購入がマーケットに歪みを生じてる可能性があると考えています。マーケットの歪みの程度について、学術的な実証研究の成果がまだないので、定量的な判断は出来ないのですが、倍率法の倍率もある程度の影響を受けていると実務の中で感じることがあります。

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

—連載(全5回)—

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第6回】PPAにおける無形資産の評価手法とは?

-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第5回:PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

 

 

 

1.無形資産の評価手法

前回は,無形資産の測定プロセスの概要を解説しました。第6回は,無形資産測定の際の評価手法について詳解します。

PPAの際の無形資産評価における評価手法には,以下のようなものがあります(日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第57号より)。

 

 

 

①コスト・アプローチにおける評価手法

・複製原価法

複製原価法とは,現時点で,評価対象無形資産と全く同じ複製を製作するコストに基づいて無形資産の価値を評価する方法である。

 

・再調達原価法

再調達原価法とは,現時点で,評価対象無形資産と全く同じ効用を有する無形資産を製作するコストに基づいて無形資産の価値を評価する方法である。

 

 

②マーケット・アプローチにおける評価手法

・売買取引比較法

売買取引比較法は,無形資産の価値を当該無形資産と類似の無形資産の実際の売買取引に基づいて評価する方法である。

 

・利益差分比較法

利益差分比較法は,複数の類似事業の中から,一方は無形資産を使用している事業を他方は無形資産を使用していない事業を選定し,無形資産を使って事業をしている企業が達成した利益と,無形資産を使用しないで事業をしている企業の利益の差額に資本還元率を適用して無形資産を評価する方法である。

 

・概算法

特定の業界では,無形資産の売買においてよく使用される一定の経営指標と類似する無形資産取引金額とを手がかりにして無形資産を評価する方法である。

 

・市場取替原価法

市場取替原価法は,一般市場における無形資産の再調達原価をその無形資産に関する外部の専門家によって評価額を推定する方法である。

 

 

③インカム・アプローチにおける評価手法

・利益分割法

評価対象の無形資産が使用されている事業部門の全体の利益やキャッシュ・フロー等に対して無形資産の寄与割合を見積もり,当該無形資産を評価する方法である。

 

・企業価値残存法

評価対象の無形資産が使用されている事業の価値を算定して,その評価額から,運転資本の時価,当該事業のために使用されている有形資産の時価及び他の無形資産の時価を控除し,残余の金額を無形資産の評価額とみなす評価法である。

 

・超過収益法

詳解は後述。

 

・ロイヤリティ免除法

詳解は後述。

 

上記のように無形資産評価には多様な評価手法がありますが,実際の実務の現場では,評価の際に入手可能となるデータや情報は限られており,上記全ての評価手法が採用可能となる訳ではありません。例えば,コスト・アプローチの複製原価法や再調達原価法で,ブランド(商標)を評価する場合を考えてみます。永年に亘って培ってきたブランド力について,今現在における複製の際のコストや再調達原価のデータや情報を入手することは困難であることが想像できます。

 

また,顧客資産をマーケット・アプローチの売買取引比較法で評価するために必要となるデータや情報を入手するのは一般に困難です。加えて,利益差分比較法にあるような「複数の類似事業の中から,一方は無形資産を使用している事業を他方は無形資産を使用していない事業を選定」するといった,評価者にとって都合のよいデータを入手できるケースは多くありません。

 

本稿では,評価の際に必要となるデータや情報が比較的入手しやすく,そのため実務上も数多く採用されていると思われるインカム・アプローチに属する「超過収益法」と「ロイヤリティ免除法」について解説をします。

2.超過収益法とロイヤリティ免除法

(1)超過収益法とは

超過収益法とは,対象無形資産を活用している事業より生み出される利益から,事業活動において使用する資産が通常獲得すると想定される利益を差引いた(キャピタルチャージ)残余の利益が,無形資産に帰属する利益(超過収益)であると考えて,当該超過収益を基に無形資産価値を評価する方法です。図表1のように,無形資産の経済的耐用年数の期毎に超過収益を算出し,当該経済的耐用年数における超過収益の現在価値の総和をもって無形資産の価値とするものです。

 

 

【図表1】超過収益法の概念図

 

 

必要となる情報やデータは評価する無形資産によって様々ですが,無形資産を活用する事業の将来事業計画(それに準ずるものを含む)と貸借対照表があれば評価を行うことが可能となることも多く,実務上は最も採用されている評価手法の一つであると思われます。超過収益法による評価のポイントは,事業活動において使用する資産が通常獲得すべき利益を,資産ごとに設定した期待収益率にて算出して残余利益を出すことです。それぞれの資産に期待収益率を設定してキャピタルチャージを行いますが,この期待収益率をどの水準に設定するかによって,残余利益の金額は大きく変動し,結果,評価額も大きく異なることになる点に留意が必要です。

 

 

(2)ロイヤリティ免除法とは

ロイヤリティ免除法とは,特許やブランド(商標)等の無形資産を自社保有していることにより,第三者から当該無形資産の使用許諾を得る場合に比べロイヤリティ・コストが節約されているとみなし,当該「節約されているロイヤリティ額」に基づき,無形資産を評価する方法です(図表2参照)。

 

 

【図表2】ロイヤリティ免除法の概念図

 

 

当該無形資産または類似無形資産のロイヤリティレートの入手が必要となりますが,対象会社や買手企業において参考となるロイヤリティレートの実例がある場合や,有料データベース等にて類似ロイヤリティレートの入手が可能となる場合も多いことから,特許やブランドの評価の際には最も採用されている評価手法の一つです。一方で,特許やブランド以外の無形資産については採用し辛い評価手法でもあります。ロイヤリティ免除法においては,ロイヤリティレートをどの水準に設定するかによって評価額が大きく変動することから,当該レートの設定がポイントとなります。

 

 

(3)計算例

実際の計算例を掲記しますので,数字を見てイメージを掴んでください。なお,計算例の中には今回までに解説されていない概念や考え方が含まれていますが,そちらの解説は第7回以降に譲ります。

 

 

①超過収益法の計算例

【前提条件】

評価対象資産:ディストリビュータ契約(契約資産)

経済的耐用年数:5年

契約資産の期待収益率:10%

キャピタルチャージ資産とそれぞれの期待収益率:運転資本3%,固定資産5%,商標権10%,人的資産8%

減少率:評価基準日時点の契約資産は,経済的耐用年数の経過に伴って減少していくものとして減少率を年率20%(1÷5年)に設定する

 

 

【図表3】契約資産の計算例

 

 

②ロイヤリティ免除法による計算例

【前提条件】

評価対象資産:商標

経済的耐用年数:確定できないものとして非償却とする

ロイヤリティレート:3%

商標の期待収益率:10%

減少率:経済的耐用年数を非償却と想定するため設定しない

計画期間以降の成長率:0%

 

 

【図表4】商標権の計算例

 

 

3.最後に

無形資産の評価プロセスにおいては,その評価手法を選択する必要がありますが,実務上は評価に必要となるデータ・情報の入手可能性によって,その選択が左右されることとなります。そのため,買収の際のデューデリジェンス時においては,PPAを見据えた情報入手を意識しておくことが,後の無形資産評価をスムーズに進めるためのポイントと考えます。買収対象会社にどういったデータ・情報が存在し,どういったデータ・情報が入手不可能であるかについて,デューデリジェンス実施時に確認しておくことは有用であります。

 

また,評価手法の選択はあくまでも評価の最初の段階であり,評価手法の選択後は,経済的耐用年数やロイヤリティレート,各資産の期待収益率等,評価結果に大きな影響を及ぼす検討事項がいくつもあって,ここからが評価の本番となります。

 

次回は,PPAにかかる無形資産評価において最も重要な概念の一つであるWACC,WARA,IRRについて解説します。

 

 

 

—本連載(全12回)—

 

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第1回:「財務デューデリジェンスの目的」を理解する

 

〈目次〉

①ディールブレイク要因の有無

②価値算定に影響を与える事項

③契約書の表明保証に記載すべき事項

④買収後の統合に向けた事項

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

 

 

「財務デューデリジェンスの目的」を理解する


財務デューデリジェンスの目的は大きく4つの事項を把握することにあります。

 

①ディールブレイク要因の有無

②価値算定に影響を与える事項

③契約書の表明保証に記載すべき事項

④買収後の統合に向けた事項

 

①ディールブレイク要因の有無

買収を進めるにあたり、重大な障害の有無を把握します。重大な障害はディールキラー、すなわちその事実のみで買収をしない意思決定を行う可能性があります。重大な障害が発生した場合、他のデューデリジェンスの内容は不要となるため、その時点でデューデリジェンスを一時中止・終了することもあります。

 

具体的には、全株主の把握ができていない場合、法令違反、粉飾決算などが挙げられます。全株主が把握できていない場合、M&A実行後に想定していない株主が株主として残る場合や、それらの株主に対して支払う株式の買い取り資金が追加でかかってしまうリスクがあります。

 

また、特に上場企業等社会的責任が大きい会社が買手の場合、法令違反のある会社を買収し、そのまま法令違反をし続けることはできません。そのため、当該法令違反を除去する必要がありますが、法令違反の除去が難しい場合や多大な資金がかかる場合には、M&Aを取りやめることになります。

 

ディールブレイク要因が確認された場合は、これらの要因によるリスクは何か、リスクは許容可能か、許容できない場合は除去が可能か、除去するための弊害は何か、どのくらいの追加資金がかかるのか、それらを考慮にいれてもなおM&Aが会社にとって必要か等を検討します。

 

 

②価値算定に影響を与える事項

買収価格に直接影響のある内容を把握します。次号にて解説する「『バリュエーション手法』と『デューデリジェンス』の関係を理解する」で詳細を記載しますが、バリュエーションの方法によって価値算定に影響のある内容は異なるので、分析の重点をどこに置くかがかわってきます。

 

例えばバリュエーションをDCF法を用いて評価する場合は、正常収益力、運転資本、設備投資、ネットデット、事業計画等の分析が価値算定に影響を及ぼしますので、重点的に分析することになります。

 

 

③契約書の表明保証に記載すべき事項

デューデリジェンスで把握された検出事項のうち、価値算定に直接影響を与えるものでない事項(訴訟の有無、労務問題、法令違反等)がある場合には、契約書の表明保証に記載するかどうかを検討する必要があります。

 

これらは潜在的な簿外債務の項目が多く、網羅的に把握することが必要となります。特に労務問題は、多くの会社で大なり小なり発生しているため、事実関係を正確に把握し、漏れがないように記載することが必要です。

 

 

④買収後の統合に向けた事項

買収対象会社をどこまで統合するかは経営判断になりますが、統合する場合の必要事項は把握しておく必要があります。どこまで把握するかは、買手企業により異なるため、M&A担当者としては自社のM&Aの方針、リソースの有無等総合的に判断をする必要があります。

 

把握すべき事項としては一般的には、会計方針、管理会計の内容、内部管理体制、人事制度、使用しているシステム等が挙げられます。特に使用しているシステムは、M&Aにより使用できない場合は、追加でコストが発生する可能性があるため注意が必要です。

 

またカーブアウト案件等では、必要に応じて事業分離後の移行期間に提供するサービスをどのように買手・売手間でマネージメントするかを規定した契約書であるTSA(Transition Service Agreement)の締結により、売手企業から継続サービスを受けることもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「取得した株式の取得価額と時価純資産価額に乖離がある場合」についてです。

 

 

[関連解説]

■【Q&A】のれんの税務上の取扱い

■【Q&A】事業譲渡により移転を受けた資産等に係る調整勘定

 

 

 


[質問]

日本法人がM&Aで外国法人の株式を取得した場合における日本法人株式の財産評価基本通達に基づく純資産価額方式による評価上、当該外国法人の買収価額と時価純資産価額に乖離がある場合の差額(のれん)の相続税法上の評価について、どのように取り扱うべきでしょうか。

 

財産評価基本通達185のかっこ書きの評価会社が課税時期前3年以内に取得または新築した土地及び土地の上に存する権利(以下「土地等」という。)並びに家屋及びその附属設備又は構築物(以下「家屋等」という。)の価額は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するものとし、当該土地等又は当該家屋等に係る帳簿価額が課税時期における通常の取引価額に相当すると認められる場合には、当該帳簿価額に相当する金額によって評価することができるものとされることを準用し、買収後3年間は買収価額(=帳簿価額)による評価を実施し、3年経過後は当該外国法人の純資産価額方式による評価としても差し支えないでしょうか。

 

[回答]

ご照会の趣旨は、評価会社の株式の価額を評価する際、評価会社がM&Aにより取得した本件外国法人の株式の取得価額と同法人の株式の時価純資産価額に乖離があることから、その乖離している差額部分(のれん)をどのように取り扱えばよいのか、を問うものです。

 

以下の1又は2のいずれにより取扱っても差し支えないと考えます。

 

 

1 取得した株式の価額のままで取扱う場合
本件事例の評価会社がM&Aにより取得した本件外国法人の株式の取得価額と同法人の株式の時価純資産価額に乖離がある場合で、その時価純資産価額が取得価額を下回っている場合には、評価会社の株式を評価する純資産価額(相続税評価)が過大に評価されることがないと考えますので、その乖離している部分の金額(以下「本件乖離差額の金額」といいます。)を特に考慮しないでも差し支えないと考えます。

 

評価会社の株式の価額を1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)を評価する際、その評価会社の保有資産に本件外国法人の株式が含まれていますので、本件外国法人の株式の価額は、財産評価基本通達(以下「評基通」といいます。)186-3《評価会社が有する株式等の純資産価額の計算》の定めにしたがって計算します。

 

その計算により算出された本件外国法人の株式の価額は、評価会社の株式を評価する際の「取引相場のない株式の評価明細書」の第5表の資産の部の有価証券(外国法人に係る株式)の科目の相続税評価額欄に記載され、その有価証券の帳簿価額欄の金額は本件外国法人に係る株式の帳簿価額(取得価額)を記載します。

結果的に、評価会社が有する有価証券(本件外国法人に係る株式)を含む各資産の価額の合計額が相続税評価額及び帳簿価額のそれぞれの純資産価額(第5表の⑤及び⑥)の計算の基に含まれているので、同表の⑤-⑥による⑦欄に評価差額に相当する金額(マイナスの場合は0)では本件乖離差額の金額が整理、吸収された後の金額が算出されます。

 

そうすると、評価会社が取得した本件外国法人の株式の取得価額と同株式の相続税評価額に乖離があったとしても、本件乖離差額の金額は評価会社の株式評価における純資産の評価差額の計算において整理、吸収されてしまうことになります。
評価差額に相当する金額は、株式の課税時期における純資産価額(相続税評価額)を計算する際に控除する法人税額等相当額(同表の⑨)の計算の基になる価額です。

 

したがって、本件乖離差額の金額は、評価会社の株式の純資産価額(相続税評価額)を算出する際の控除項目の中で整理、吸収されてしまいますので、評価会社の株価が過大に評価されることがないと考えます。

 

 

2 営業権として取扱う場合
評価会社の決算において、M&Aにより本件外国法人を買収した際の営業権を新たに貸借対照表に資産として計上がある場合には、評価会社の株式の評価における純資産価額(相続税評価額)の計算において営業権の科目を計上して評価することになります。

 

そのM&Aにより本件外国法人を買収した際、評価会社が本件外国法人の有する営業権(のれん)の価値を認め、その価値を評価してM&Aの買収価額を決定している場合は、その認定した営業権の価値に相当する金額を営業権の取得価額として取扱い、評価会社の資産に本件外国法人に係る営業権の価額を計上すべきと考えます。

 

なお、M&Aの契約書に本件外国法人に係る営業権が取引対象として掲記されていない場合には、簿外の営業権を含めて本件のM&Aが行われたと考えられます。

 

ところで、営業権とは、「企業が有する好評、愛顧、信認、顧客関係その他の諸要件によって期待される将来の超過収益力を資本化した価値」であると説明されています。

 

財産評価においては、営業権は、他からの有償取得のものであるか、自家創設のものであるかを問いませんが、本件においては他から取得した営業権になります。
相続税財産の評価上、営業権の価額は、企業の超過収益力を基に計算することで取扱われています(評基通165、166)。本件外国法人に係る営業権の価額は、評基通165、166の定めにより評価するのが相当です。

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2018年10月15日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』]

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、社内価値評価の重要性

2、社内価値評価の作業

3、評価対象

(事業価値、株式価値)

4、評価手法の概要

(インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コストアプローチの概要とメリット・デメリット)

5、終わりに

 

 

▷第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

1、社内価値評価の重要性


M&Aのリスクの一つは、高値買いです。M&Aが成長戦略のツールとして定着し、買い手候補は増加する一方で、高収益企業の売り案件はまだまだ少ない状況です。そんな中、入札形式を採用するケースが増加しているため、買収価格は高騰する傾向にあります。

 

高値掴みを防止するためには、外部評価機関の価値評価レポートの入手とともに、社内での適切な価値評価が重要です。相対取引の場合であっても、売り手企業の言い値に左右されず、売り手に対して合理的な評価額を主張することが必要です。

 

売り手の仲介会社から株式価値算定書が開示されることもありますが、その多くは純資産法をベースとしたものが多く、マーケット水準との乖離が不明であり、また将来の収益力を反映していません。純資産に営業権を加味したものであっても、営業権の算定に恣意性が関与しており、ファイナンス理論の裏付けのない評価方法といえます。特に、外部ステークホルダーに買収価格の説明責任がある場合、説明に窮することになりますので、あくまでも参考程度に留めることをお勧めします。

 

なお、上場会社では、M&A後の会計処理(減損の判定、PPA)において、DCF法によって計算された評価額を前提とするため、買収時に適切な価値評価を実施していないと、開示スケジュールに間に合わない(監査に時間がかかる)等の事態が生じる可能性があります。

 

 

2、社内価値評価の作業


M&Aにおける価値評価の主な社内作業は、以下となります。

 

①   倍率法で大まかな水準感をつかむ
②   DCF法の算定結果との整合性を確認する
③   ①②に差異がある場合、差異要因(事業計画、割引率、成長率、類似会社の選定)を分析する
④   価値変動に影響を与える項目を抽出し、シナリオ分析(パラメーターの設定)を実施する
⑤   シナジー効果の価値を算定する
⑥   財務税務DDの確認項目を抽出する
⑦   DDの結果を価値評価に反映する
⑧   最終的な提案価格を確定する

 

 

①倍率法は、EBITDA倍率を用いるケースが一般的です。類似会社は、データーベースの産業別分類等を利用して、企業規模、収益性、事業分野等の類似した会社を少なくとも5社程度選定します。

 

②DCF法では事業計画が必要となります。売り手企業から事業計画の開示がある場合、売り手の事業計画に一定の修正を加味した修正事業計画を基にDCF法の計算を行います。事業計画の開示がない場合は、予算等を参考に買い手企業が作成します。

 

③倍率法とDCF法によって算定された評価額のレンジは、一般的にオーバーラップすることが多いですが、乖離が生じるケースもあります。その場合は、乖離の要因を分析し、整合性を阻害している要因を特定し、修正の要否を検討します。

 

④事業計画の前提条件のうち、価値評価に影響を与える項目(例えば、材料費率、外注費率、労務費、設備投資等)を抽出し、それらをパラメーターとするシナリオ分析を行います。

 

⑤M&Aによるシナジー効果を検討します。DCF法の場合、シナジー効果の金額の見える化が可能です。

 

⑥④のシナリオ分析において、価値に与える影響の大きい項目及び⑤のシナジー効果の実現可能性を財務DDの重点項目として抽出し、調査します。

 

⑦DDの結果(例えば、主要取引先の喪失の可能性、主力製品の販売落ち込み予測、主要材料の調達コストの増加見込み、運送費の上昇見込み)を価値評価に反映させます。

 

⑧価値評価の算定結果と売り手との交渉過程を通じて、最終的な買収価格が確定します。なお、買収価格は、株式譲渡契約の契約内容(表明保証、補償条項)等の影響も受けます。

 

 

3、評価対象


「事業価値」と「株式価値」の言葉の定義が曖昧な場合、交渉時の意思疎通が上手く行かない可能性がありますので、正確に理解する必要があります。

 

[事業価値]

事業(ビジネス)から創出される価値です。DCF法ではフリー・キャッシュ・フローの割引現在価値の合計、EBITDA倍率法ではEBITDA×倍率、貸借対照表では運転資本、固定資産及びのれんの合計です。

 

[株式価値]

事業価値に非営業用資産(投資資産、遊休資産等)の時価を加算し、純有利子負債(借入金等の負債から現預金を控除)の時価を差し引いたものです。

 

 

 

 

 

 

4、評価手法の概要


価値算定の手法は、①インカム・アプローチ、②マーケット・アプローチ、③コスト・アプローチの3つに分類されます。

 

①インカム・アプローチ

DCF法が代表的な評価手法です。企業の事業活動によって生み出される将来のキャッシュ・フロー(FCF)を、想定割引率を用いて現在価値に割り引いて、事業価値を算定する手法です。事業価値に非営業用資産を加算し、純有利子負債を控除して株式価値を算出します。

 

 

(メリット)

●将来の収益力を考慮するため、継続企業の評価に適しています。また、キャッシュ・フローをベースとする計算であるため、会計処理方法の影響を受けません(クロスボーダーのM&Aでは重要な点となります)。さらに、将来CFと事業価値・株式価値の関係を明示的に把握できるため、買収価格のシミュレーションやシナジー効果の見える化が可能です。そして、前述のように会計上のPPA・減損テストでも用いられる手法であるため、買収時に必須の方法と考えられます。

 

(デメリット)

●事業計画、資本構成、割引率、成長率等により評価額が大きく左右されます。そのため、可能な限り客観的・合理的・説明可能な前提条件の設定が重要になります。

 

 

②マーケット・アプローチ

株価等のマーケット情報を基礎に価値を推定する方法で、市場株価法、類似会社比準法及び取引事例法が多く用いられています。

 

◆市場株価法

対象会社が上場会社の場合に使用される方法です。株価には、企業の将来性、収益力、財政状態が織り込まれています。上場会社の組織再編の株価算定、TOB価格、自己株式の買取価格に使用されています。

 

◆類似会社比準法

上場企業の中から、対象会社と事業内容、事業規模、収益の状況等が類似する企業を複数選定し、それら類似会社の株式時価総額や事業価値に対する財務指標の倍率を算定し、当該倍率を評価対象企業の財務指標に乗じて価値の推計を行う手法です。

 

◆取引事例法

対象会社と類似事業の買収事例にもとづき、事業価値及び株式価値を評価する手法です。

 

 

(メリット)

●市場株価法は、実際の市場株価に基づくため、不特定多数の投資家の評価を反映できる客観的な指標といえます。類似会社比準法は、簡便に計算できる点がメリットです。取引事例法は、実際の第三者による買収実績を反映しているため、客観的な評価と考えらる場合があります。

 

(デメリット)

●市場株価法は、上場会社の株価であっても、あらゆる場面で適用できるものでなく、株式の取引状況、マーケット環境、市場株価の動向を踏まえて、採用できないケースがあります。

●類似会社比準法は、対象企業と類似性の高い上場企業の選定が困難な場合は、対象企業と類似会社の相違点の調整や採用する倍率の選定等の高度な判断が必要です。

●取引事例法は、案件の特異性等によって買収価額が実態価格と乖離した状態で取引されている可能性があります。

 

 

③コスト・アプローチ

貸借対照表上の純資産額を基礎に株式価値を算定する方法です。資産及び負債のうち時価の判明するものについては時価に評価替えを行い、その評価替え後の資産と負債の差額である修正純資産(含み損益を反映)によって株式価値を評価します。

 

 

(メリット)

●純資産法による株式価値は、貸借対照表を基に評価するため、その計算方法が一般的に理解されやすく、比較的客観的な評価結果と言えます。また、金融資産が主要資産である金融会社や不動産会社等のアセットビジネスに対して有用な評価手法です。

 

(デメリット)

●将来の超過収益力が評価に反映されません。対象会社の強み(超過収益力)に着目してM&Aを実行しているにも関わらず、その超過収益力が評価されないため、M&Aの実態に整合しない評価方法と言えます。また、営業用資産の含み損益を時価評価しても、事業を廃止しない限り、価値として実現しないので、事業継続性を前提とした評価と乖離する可能性があります。

 

 

5、終わりに


このように、価値評価の一般的な算定手法として、「DCF法」、「類似会社比準法」、「取引事例法」、 「純資産法」等があります。それぞれの方法にメリット、デメリットがあるため、評価対象事業の特性、評価の目的等を総合的に勘案して評価方法を選定し、さらに、評価方法間のクロスチェックが重要となります。

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全5回)—

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。

 

 

[伊藤俊一先生が伝授する!税理士のための中小企業M&Aの実践スキームのポイント]

⑥(特別編)新型コロナウイルス等による業績悪化を理由とした M&A ・事業売却

 

〈解説〉

税理士  伊藤俊一

 

[目次]

1)  はじめに

2)(買主視点)M&AにおけるFAの初動ポイント

3)(買主視点)買主側で簡易的な投資レンジ(投資の許容幅)の決定方法

4)(売主・買主双方)のれんの考え方

5)(売主・買主双方)経営資源引継ぎ補助金

6)(売主・買主双方)事業承継税制(特例)と業績悪化

 


[関連解説]

■新型コロナウイルス等による業績不振に関連する税務上の注意点

■【Q&A】経営状況が悪化した場合の定期同額給与 ~コロナウイルスの影響で大幅に売上高が落ち急激に業績が悪化、役員報酬の大幅な減額を検討~

 

1)はじめに

本稿脱稿時点、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響から、業績不振に陥っている法人が多いと思われます。このような状態下では、キャッシュリッチな会社にとってはM&Aによる買収の機会ともいえます。これまで、売主主導であった中小零細企業のM&Aにおいて、対象会社の業績不振から、いわゆる「買いたたき」が起きる可能性があります(これは不動産や、普段プレミアムがついている趣味嗜好品(骨董品、高級車など)でも全く同様のことがいえます)。

 

リーマンショック以降の不況時もそうでしたが、いわゆる本格的なコロナ不況に仮に陥ったとしても、M&Aの件数自体にはさほど影響を与えないと思われます。しかし、上記の買いたたきの結果、スモールなディールが多くなっていくことが予想されます。

 

 

2)(買主視点)M&AにおけるFAの初動ポイント

①初動ヒアリング

FAはオーナー(買主株主)に対してM&A 意向の確認のため、初動で下記のヒアリングを実施します。

 

(初動ヒアリングのポイント)

⇒「明確な」買収の目的

⇒対象会社の事業内容

⇒対象会社の事業規模・地域

⇒買収予算(※不況時には、まさに「買いたたき」による買収価格の引下げが起きる可能性があります)

 

上記のうち、買収目的が最大のポイントです。これが不明確な場合、M&A を実行すべきではありません。単に買収価格が安いからといって、シナジー等、将来的な経営目的、経営戦略なくして、購入すべきではありません。

 

 

3)(買主視点)買主側で簡易的な投資レンジ(投資の許容幅)の決定方法

 

 

上記表に具体的な数値を当てはめていくだけです。

 

通常、ベスト、ニュートラル、ワーストの三種のシナリオを用意します。

 

なお、上記表はファイナンスの観点からすると全く正しくありません。

ファイナンスの考え方でいうと、× 1 年~× 5 年のCF はDCF 法の考え方に沿って、現在価値に割り引いて計算されるべきです。

 

しかし、中小零細企業のM&A実務においてはそこまでは必要がないと考えます。DCF法にて買収価格を算出するよりも、上記表の数値で投資額を割り引いた方が中小零細企業オーナーには直感的で分かりやすいからです。また、この方法であれば、税理士単独でも株価算定ができます。

 

そもそも、中小零細企業では買主自身も将来FCF の予測がつかないのに、対象会社が買収後、そのまま存続するかもわかりません(デフォルトリスク(倒産リスク))。そこで現時点での静的価値が譲渡対価の最低限の担保である、という買主側のニーズを捉えているということが言えます。

 

 

 

4)(売主・買主双方)のれんの考え方

業績悪化による買いたたきにより事業譲渡の場合、のれんを考慮する機会が増加すると思われます。

 

「同族特殊関係法人間のM&A」については下記のように見解が分かれます。

 

 

(1)一切不要と考える説

●もともと、売主で営業権の帳簿価額が存在していないのなら、それを敢えて認識することは事実上、評価益の認識計上となる。法人税法の原則は法令に定めのあるものを除き、評価損益は不計上(損金又は益金に計上しない)である。

●当事者間で有償、無償を問わず、営業権の譲渡があったとした会計処理について、当局が営業権の存在を否認する処分等は実際にある。しかし、当事者間でそもそも認識していないものを、当局が営業権の存在をあるものとみなして認定課税をすることは上記「・」の理由からあり得ない。

●この説を採用する論者は、第三者間M&A 等により取得した営業権につき、これを無償譲渡した場合には、当該無償譲渡に係る営業権相当額分だけ寄附・受贈があったものではないかと指摘するむきがある。

●営業権の定義は、「法人税法上、営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を統合した、他の企業を上回る企業収益を獲得することのできる無形の財産的価値を有する事実関係であると解する。」(昭和57年6 月24日鳥取地裁判決ほか)等とある。

仮に現時点で無形である財産的価値があったものとしても、当事者間がそれをそもそも認識していない自己創設のれんについて計上余地は一切ない。

●中小零細企業実務における事業譲渡に係るのれんは差額概念である。厳密には、当該営業権として評価、計上された金額が、売主会社の将来の収益性、採算性等(つまりDCF)から妥当と認められる場合には課税上の問題は生じない。

●この点、この説を支持する論者は、上記の収益性等を総合勘案しての営業権評価、計上額と実際計上額に差がある場合、当該差額相当額を、高額譲受に認定し、寄附金課税等が発動する見解もある。

●現実には、両社間の利益調整等によって、営業権相当の恩恵(税メリット)は両者が受けるはず。同族法人間での利益調整が過度に行われる場合、寄附金課税等が行われる可能性がある(ただしグループ法人税制の適用がある場合、実害は生じない)。

●まとめると、営業権の評価、計上自体が論点になるのではなく、差額概念が税務上適正額と差異があれば、寄附・受贈の論点に集約される。したがって、営業権の創設自体が不要である。

 

 

(2)自己創設のれんも計上すべきとする説

●上記のように「計上しない場合」寄附金認定の論点が登場する。したがって、当初から自己創設のれんを計上しておけば、そもそも寄附金認定課税の論点が生じない。

●営業権はどのように評価するのかということについては、諸説あり。

当該評価方法については、法令上の明確な定めなし。実務では、

○時価総額/事業価値と時価純資産価額(個別資産の時価の合計)との差額をもって営業権の時価を求める方法

○収益還元法等により営業権の時価を求める方法

○財産評価基本通達165項準用

等々が考えられる。なお、法文に根拠がないため、当該算定に合理性があれば租税法でも認容されると考えられる。

●非適格合併等(法法62の8 )における資産調整勘定(法令123の10④)の計算においては、当該非適格合併等により移転を受けた事業の価値は、当該事業により見込まれる収益の額を基礎とし、合理的に見積もられる金額を時価純資産価額とすることが容認されている(法規27の16①)。

明文化されていないが、黙示できるものとして、税制非適格再編成における資産調整勘定について、対価資産の交付時価額-移転事業の収益額を基礎として合理的な見積額における事業価値はDCF 法とある(法令123の10、法規27の16)。

●DCF 法-純資産価額=営業権とする考え方も許容される。法人税法上、DCF 法の許容を明示しているのは「適正評価手続に基づいて算定される債権及び不良債権担保不動産の価額の税務の取扱いについて(法令解釈通達課法2 -14、査調4 -20、平成10年12月4 日)」。ここでは、各手法で計算の基礎とした収支予測額及び割引率が適正であれば租税法においても許容されると読みとれる。

●非上場株式評価は法人税基本通達9 – 1 -14で行うが、これは財産評価基本通達178から189- 7 を準用するため、その際、営業権についても財産評価基本通達165項、166項(営業権の評価明細書のこと)で評価して良いかという論点もある。これはもともと個人の財産評価基準であって法人同士で類推するのは不適切との見解も多々あり、理論的にはそれは正しいと思われる。しかし、課税実務上、便宜のため、これを使うことも往々にしてある。

●各同族法人の株主構成が異なっていた場合、営業権を計上しなかった分だけ株主間贈与の認定があり得るのかという論点もあり。計上しなかった場合、または低かった場合、その差額が法人間での寄附の問題になりうる可能性があり。

前者の株主間贈与は、会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産を譲渡した場合、財産を譲り受けた会社の株式の価額が増加した場合には、当該増加部分を、譲渡した者から贈与により取得したものとみなすという、相続税第9 条の論点。

●まとめると、別途のれんを評価しなければ、寄附・受贈(株主間贈与)の論点に帰結するため、それならば、予め評価、計上しておいたほうがよい、ということ。

 

 

なお、上記と異なり、純然たる第三者間における当事者間合意価格には、租税法が介入する余地は一切ありません。第三者M&Aにおける租税法の適正な時価は当事者間合意価格です。

 

 

5)経営資源引継ぎ補助金

経済産業省支援策パンフレットによると、「第三者承継時に負担となる、士業専門家の活用に係る費用(仲介手数料・デューデリジェンス費用、企業概要書作成費用等)および、経営資源の一部を引き継ぐ際の譲渡側の廃業費用を補助」する施策が打ち出されています。

 

出典:経済産業省ウエブサイト(https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf

 

 

廃業、清算を検討する場合には、M&Aにおける売主としてのポジションもとりえる、そして、それに係る専門家等への報酬は上記施策により一定程度、負担軽減されること、についてクライアントに周知すべきです。

 

 

6)(売主・買主双方)事業承継税制(特例)と業績悪化

売主法人が事業承継税制特例適用対象会社の場合、将来、中小零細企業M&A 実務において、下記のような価格交渉手法が定着するかもしれません。

 

業績悪化事由において株式譲渡の場合は、一定の要件のもと、当該株式譲渡時に一部免除、さらに2年後に上乗せで一部免除が期待できます(措法70の7の5 ⑭等)。この一定要件は下記です。

 

 

M&A における買主側で当初譲渡後、当該2年を経過する日において、次の要件全てを満たす場合になります(措令40の85㉛等、措規23の12の2 ㉗等)。

 

⑴ 一定の業務を行っている。

⑵ (当初)譲渡等の事由に該当することとなった時の直前における特例認定贈与承継会社の常時使用従業員のうちその総数の2分の1以上に相当する数の者が、当該該当することとなった時から当該2年を経過する日まで引き続きその会社の常時使用従業員である。

⑶ 事務所、店舗、工場その他を所有し、又は賃借している。

 

価格交渉で利用できるのは⑵でしょう。当初M&A において売主会社の従業員を解雇した場合、上記の特典(2 年後の税メリット)の恩恵を授かることはできません。売主会社従業員継続雇用コスト(その他の雇用リスクも同時に考慮する必要があります)と2年後の一部免除額との有利・不利判定をし、売主、買主双方は最終価額を調整することになります。

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第5回】PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

▷第6回:PPAにおける無形資産の評価手法とは?

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

 

 

 

 

 

【図表1】PPAにおける無形資産評価の一般的なプロセス

 

 

前回は無形資産の認識プロセスについて詳しく解説したが,今回は,無形資産の認識を行った後の測定プロセスについて解説します。

 

1.無形資産の測定プロセスの概要

前回説明したように,無形資産の評価実務においては,認識プロセスにおいて初期的資料の分析や買い手企業へのインタビュー等を実施し,認識すべき無形資産を特定します。

 

その後の測定プロセスにおいては,認識対象と判断した無形資産についての定量的な評価を,価値評価の実務に基づいて進めることとなります。

 

無形資産評価においては,他の資産の価値評価の場合と同様に,絶対的な解が存在するわけではなく,個々の案件において概ね合理的かつ妥当と考えられる算定結果を導くことがゴールとなります。

 

そのために,評価者は無形資産の認識プロセスにおいて買収案件の目的や被買収企業の事業特性等を理解した上で,測定プロセスにおいてそれらの理解に基づき適切と考えられる評価手法の選択や前提条件の設定を行い,無形資産価値の測定を行います。

 

以下,無形資産の測定プロセスにおいて検討すべきポイントについて,どのような考え方に基づき評価手法が選択され,また,選択された評価手法における前提条件にはどのようなものがあるのか,といった点から概観していきます。

 

 

【測定プロセスにおいて検討すべきポイント】

(1)基礎となる考え方(公正価値アプローチ)

(2)評価手法・評価アプローチの選択

(3)評価上の前提条件等の検討

  •    ①認識する無形資産の関係性
  •    ②WACC・WARA・IRR
  •    ③事業計画
  •    ④経済的耐用年数
  •    ⑤節税効果
  •    ⑥人的資産の評価

 

 

(1)基礎となる考え方(公正価値アプローチ)

公正価値の概念は,PPAにかかる無形資産価値評価において基礎となる非常に重要な概念であり,無形資産はこの公正価値の概念により測定される。IFRS13号「公正価値」によれば,公正価値とは「測定日時点で,市場参加者間の秩序ある取引において,資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」とされます。

 

これは,無形資産の評価は,一般的な市場参加者の見地に立って行わなければならないことを意味しています。日本基準においても,企業会計基準適用指針第10号に同様の内容が規定されており,公正価値とは(1)観察可能な市場価格に基づく価額であり,(2)(1)がない場合には,合理的に算定された価額とされています。

 

また,合理的に算定された価額による場合には,一般的な市場参加者が利用する情報や前提等が入手可能である限り,それらに基礎を置くこととし,そのような情報等が入手できない場合には,見積りを行う企業が利用可能な独自の情報や前提等に基礎を置くものとされています。

 

合理的に算定された価額は,一般に,コスト・アプローチ,マーケット・アプローチ,インカム・アプローチなどの見積方法を採用することが考えられ,資産の特性等により,これらのアプローチを併用又は選択して算定することとなります。この点について,IFRSと日本基準の考え方に差異はないものと解されます。

 

 

(2)評価アプローチ・評価手法の選択

上述の3つのアプローチについて解説します。

①インカム・アプローチ

インカム・アプローチとは,評価対象資産から得られる将来の経済的便益の総和を現在価値に割引くことにより,評価対象資産を評価する手法です。

無形資産評価の実務ではほとんどのケースにおいて採用される主要な評価手法です。代表的な算定方法に,ロイヤリティ免除法,超過収益法などがあります。

 

②マーケット・アプローチ

評価対象資産あるいは評価対象資産に類似した資産の取引市場における取引価格を参考にして,評価対象資産の価値を算定する手法です。

 

③コスト・アプローチ

無形資産を構成する要素それぞれの再調達原価や複製原価を算定し,集計した額を評価対象資産の価値とする手法です。実務では,のれんに含まれる人的資産の評価等に用いられることが多いです。

 

 

【図表2】評価アプローチと留意事項

 

 

(3)評価上の前提条件等の検討
①認識する無形資産相互の関係性

複数の無形資産が認識される場合においては,対象会社の事業遂行上,無形資産の収益貢献度合や無形資産相互の関係性について理解・把握し,算定分析を行うことが必要であります。

 

例えば,非常に強力な製品ブランドを有する事業において,ブランド力を背景として顧客との取引関係が構築されていると考えられるようなケースにおいては,ブランドを主たる無形資産,顧客関連資産を従たる資産と捉えるのが合理的です。

 

このような関係性は,無形資産の算定上,評価手法の選択や計算過程において考慮されます。一方で,複数の無形資産が存在するものの,それぞれが相互に補完し合うことなく独立して機能し,収益稼得に貢献しているといった場合であれば,無形資産相互の影響については考慮せず,各々を個別に評価するのが合理的と考えられます。

 

 

②WACC・WARA・IRR

無形資産の測定には主にインカム・アプローチが用いられるため,割引計算に必要なWACC(加重平均資本コスト),WARA(加重平均資産収益率)といったパラメータを設定する必要があります。

 

設定にあたっては,対象案件におけるIRR(内部収益率)が参照されます。実務上は,WACC・WARA・IRRの整合が求められることが多いです。

 

 

③事業計画

PPAにおける無形資産評価は,端的に言えば,将来キャッシュ・フローからもたらされる経済的価値を無形資産とのれんに配分する手続です。将来キャッシュ・フローの構成要素のうち,無形資産の価値とのれんの価値を,事業計画上のキャッシュ・フローに基づき測定します。

 

通常,買収案件の検討時においては,複数の事業計画が策定されるが,測定の実務では,公正価値アプローチに基づき一般的な市場参加者の観点と整合的な事業計画が採用されます。

公正価値アプローチでは,買い手が誰であろうと,買い手の特性等については価値に影響を及ぼさない,という前提に立つため,買い手企業によってのみ実現可能なシナジー効果からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産の構成要素とは看做さずに,のれんの構成要素となります。

 

また,こちらも重要なポイントであるが,PPAの無形資産評価において測定対象となるものは,評価基準日時点に存在する無形資産です。

したがって,無形資産は,評価基準日時点において既に存在する顧客・契約・技術・製品等から生じるキャッシュ・フローに基づき測定・評価されなければなりません。対象企業が将来獲得すると想定する顧客・契約・技術・製品等からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんの構成要素となる点に留意が必要です。

 

 

【図表3】キャッシュ・フロー配分の概念図

 

 

④経済的耐用年数

経済的耐用年数は,測定される資産価値に影響するとともに,無形資産の会計上の償却年数にも影響を及ぼす実務上最も重要な論点であると考えられ,十分な分析・検討が必要となります。

 

無形資産評価において難しいのは,例えば,有形固定資産であれば,税法上の規定など資産の種別に応じた耐用年数に関する指針等が存在しますが,PPAにかかる無形資産評価の場合そのような個別具体的な指針はなく,認識される無形資産について個別的な検討が求められます。

 

実務上は,下表にあるように,商標権や契約関連資産で法的保護期間(契約期間)が明示的なものについては,残存保護期間や更新可能性が考慮されることが多いです。一方,契約期間が不明確な契約関連資産や顧客資産については,取引の継続実績や過去の顧客減少率といった,被買収企業から入手できる関連データを総合的に勘案して,経済的耐用年数が決定される場合が多いです。

 

 

【図表4】経済的耐用年数の検討材料(例)

 

⑤節税効果
無形資産価値の測定において,当該無形資産の償却による節税効果を,資産価値に含めることが一般的です。連結財務諸表のみに無形資産が計上され,実際の単体決算の税務申告上,償却費が発生しないような場合であっても,償却を擬制して節税効果を見積もり,その価値を加味する場合がある点に留意ください。

 

 

⑥人的資産の評価

人的資産は,インカム・アプローチに属する評価手法である超過収益法が採用される場合に測定が必要となります。一般的に,企業買収において,買収者は資産設備等以外に,対象会社の組織化され訓練された労働力を得ることとなります。

 

そのため買収者は,対象会社の事業を継続運営する上で,新たに人を採用し,訓練するためのコストを節約できたとみなして,当該節約コストを見積ることによって人的資産の価値を概算することとなります。具体的な概算方法としては,評価基準日時点の人員を採用して,職務を果たせるレベルまで教育訓練した場合に生ずるコストの合計値が人的資産の価値となります。

 

 

2.最後に

今回は無形資産の測定プロセスを解説したが,測定プロセスの流れや検討すべきポイントについてご理解頂けたでしょうか。無形資産の測定においては,選択される評価手法や設定される前提条件等によって測定結果が大きく異なります。よって,測定プロセスは慎重かつ適切な判断に基づいて進めることが必要です。

 

次回は,無形資産の測定プロセスにおける代表的な評価手法について解説します。

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第4回:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

~中小企業M&Aで最も用いられている仲介会社方式とは?~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、中小企業のM&A において用いられる株式評価方法を教えてください。

 

A、時価純資産価額に正常営業利益の何倍かの営業権(のれん)を加算する、いわゆる仲介会社方式が主流となっています。

 

 

 

図表は、非上場企業に限定せず、M&A における企業価値の算定手法を概観したものですが、事業からもたらされる利益ないしキャッシュフローから事業価値を算定するインカムアプローチ、事業が有するストックに着目するアセットアプローチ及び株式市場から事業の価値を推定計算するマーケットアプローチに大別されます。

 

中小企業の評価で現状、最も用いられている手法が時価純資産価額に、年買法により算定した「営業権」(「のれん」とも言います)の評価額を加算する方式ですが、上記図表の整理では①のインカムアプローチと②のアセットアプローチの折衷法という位置づけとなります。

 

M&A 専門の仲介会社が幅広く用いることにより普及したため、最近は「仲介会社方式」とも呼ぶようであり、企業の収益面と資産面をバランスよく評価に織り込める点が優れており、また投資額をおよそ何年で回収できるかという経営者の思考に非常にマッチする方式であるため広く普及したものと思われます。

 

ただし、年買法による営業権はあくまで過去の利益に基づき算定されるため、利益が安定しない会社や将来の黒字化に向けて赤字が継続しているような会社の評価には適さない点は押さえておく必要があります。

 

この点、企業の価値は事業運営から将来もたらされるキャッシュフローの総和であるべきであることから、理論的にはDCF 法(ディスカウント・キャッシュフロー法)が最も優れていますが、同手法を採用する前提として将来の事業計画が客観的な根拠に基づき策定されている必要があるため、事業承継目的の中小企業のM&A ではほとんど用いられていないのが実状です。

 

また、マーケットアプローチについては評価対象が上場企業であれば、自社の株価は最も尊重されるべき指標となりますが、非上場企業については業種や規模が類似する類似会社を選定することが通常は難しいため、こちらもまず用いられません。

 

よって、中小企業のM&A 実務においては仲介会社方式をマスターすればこと足りることになります。M&A におけるバリュエーションなどと言うとDCF法やEV/EBITDA 倍率などと専門的な用語が飛び交い、税理士にとっては縁遠い分野と思うかもしれませんが、それは上場企業や投資ファンドなどの世界の話であり、一般的な非上場企業のM&A の局面においては意外と簡便的な手法により対価が計算されています。

 

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第4回】PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)

 

 

▷第3回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

▷第5回:PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

▷第6回:PPAにおける無形資産の評価手法とは?

 

 

 

1.無形資産の認識プロセス

前回は無形資産の認識基準について解説し,認識される無形資産の例示(例えば,商標,特許権など)を紹介しました。

今回は無形資産をどういったプロセス・手続で認識するのか,について解説します。

 

 

 

【図表1】はPPA全体の一般的なプロセスを示していますが,その中でも「(1)無形資産の認識」に焦点を当てます。「無形資産の認識プロセス」は【図表2】に示すとおりであり,そのプロセス(1)~(4)のそれぞれについて解説します。

 

 

 

 

 

 

(1)初期依頼資料リストの送付

【図表3】はPPAプロジェクトを始めるに際して,一番初めに買い手企業へ依頼する資料の例示です。

依頼する資料は案件ごとに異なり,これが必要な資料のすべてを網羅している訳ではない点に留意ください。

 

 

【図表3】初期依頼資料リスト例示

 

 

(2)受領資料の分析

初期依頼資料リストに基づき依頼した資料を受領し,そこから分析・検討が始まります。無形資産の認識は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等を把握しつつ,買い手企業がどういった目的で対象会社を買収したかが大きく関わってくるため,資料依頼リスト№1にあり,買収の概要や買収目的等が分かる資料が重要となります。

 

例えば,ある会社の技術力を評価し,その技術の取得を目的として対象会社を買収した場合には,技術関連資産が無形資産として認識される可能性が高いと考えられます。

 

また,一般的に認知されているファッションブランドを有している会社を,そのブランドを得る目的で買収した場合にはマーケティング関連資産が認識される可能性が高くなります。財務デューデリジェンス(以下,「DD」と言う)レポートを分析・検討し,対象会社の財務状況や収益構造等を把握することによって,対象会社の収益の源泉,価値の源泉がどこにあるかを把握することも重要です。

 

これは,無形資産を認識する際には,認識する無形資産が対象会社の収益獲得の源泉になっているか否かに関連づけて検討する必要があるからです。

 

更に,法務DDレポートや株式譲渡契約書等を分析して,被買収企業がどのような知的財産権(例えば,商標権,特許権など)や契約を有しているかを把握することも必要です。法律や契約で保護されているか,または,分離して譲渡可能かどうか,無形資産の認識基準に照らして検討する必要があります(【図表4】)。

 

このように入手した資料の分析を通じて,認識する無形資産にあたりをつけ,「(3)買い手企業へのインタビュー」に臨むこととなります。

 

なお,入手した資料の分析を進める中で,追加で必要となる資料は随時依頼しておく方が望ましいでしょう。

 

 

 

 

 

 

(3)買い手企業へのインタビュー

入手した資料等の分析により,対象会社のビジネスモデル,商流,強み,買収目的や買収によるシナジーを把握した上で認識する無形資産を想定し,買い手企業へのインタビューに臨みます。事前にインタビュー時に聞きたい質問等をリスト化して送付しておくことで,買い手企業は回答を準備することができ,インタビューがより有意義なものとなります。

 

【図表5】は,質問事項の一部になりますが,買収の目的や対象会社のビジネスについてクライアントの担当者から直接確認し,資料の分析段階での理解と齟齬がないか確認することを意図しています。

【図表5】は,対象会社が特許権を保有していることを前提とした質問事項でありますが,特許権以外にも法的権利を有するようなものを保有しているような場合は,その権利内容,法的有効期限などを確認することとなります。

 

それ以外にも,一般的な市場条件と比べて有利な契約の有無や連載第3回で記載した無形資産の例示を利用して,認識すべき無形資産の網羅性について確認する必要があります。認識する無形資産の認識根拠を把握することは当然ですが,認識しない無形資産についても,認識しない理由・根拠を把握して整理しておくことが必要となります。無形資産の網羅性については,会計監査においても重要なポイントの一つであることから,認識しなかった理由や根拠を会計監査時に示すことが求められます。

 

 

 

【図表5】クライアントインタビュー 質問事項例示

 

 

 

質問リストを事前に送付しておくことによって,買い手企業においても,当該質問について誰が回答することが最適かを把握できます。一般的には,経理担当者だけでなく,経営企画部や事業部のM&A実行担当者にもインタビューの場へ出席して頂き,案件に直接携わった方から対象会社のビジネスや買収目的等を説明して頂くことが多いのではないでしょうか。更に,対象会社が特許権などの知的財産権を保有しているケースでは,知的財産部の方にも出席して頂くこともあります。

 

 

 

 

 

 

(4)認識する無形資産の特定

依頼資料の分析や買い手企業へのインタビューを通じて,認識する無形資産が特定され,次のプロセスである無形資産の評価へ進むこととなります。

次の事例は,無形資産の認識プロセスの具体例です。ただし,この段階で認識対象となった無形資産であっても,測定の結果として価値が出ない(算定結果がマイナス)場合は,無形資産が計上されないこともある点に注意が必要です。

 

 

2.無形資産の認識プロセスの具体例

簡単な例を用いて,無形資産の認識プロセスについて解説します。

 

 

 

【図表7】具体例概要

 

 

 

X社は革新的な技術力を持つY社を買収した。受領した買収検討資料から,買収目的はY社が持つ技術力の取得であり,その技術をX社の技術と組み合わせることで,成長が見込まれる市場で優位なポジションを得ることを狙っていることが把握できた。また,Y社は設立後3年程度しか経過していないいわゆるベンチャー企業であり,買収時点においては売上も僅少であり,営業赤字が続いている状況であった。更に,株式譲渡契約書や法務DDレポートから,Y社は製品名を商標登録し,保有する技術に関する特許権を有していることも知ることができた。

 

以上の状況を踏まえて,評価会社としては下記の想定で買い手企業へのインタビューに臨むこととなりました。ただし,商標権はY社がベンチャー企業で売上も僅少であることから,ブランドの認知度は高くなく,無形資産として認識するほどの重要性はないものと想定しています。当該想定の適否についても,インタビューにて買い手企業の見解を把握した上で最終的な判断を下すことを考えています。

 

買い手企業へのインタビューでは,経理担当者に加えて事業部のM&A担当者も出席し,見解を聞くこととなりました。改めて,買収目的を確認したところ,入手資料から読み取れた通り,買収の主な目的はY社の技術力であり,X社はこの技術を非常に高く評価していました。

 

このことから,Y社が有する技術を無形資産として認識し,評価対象とすることとしました。他方,商標権に関しては,Y社製品の市場における認知度が高くないことから,X社のブランド名をつけてY社製品を販売する計画となっているとのことです。X社はY社の商標権に価値があると考えていなかったことになります。

更に,Y社は製品を販売するチャネルを確立できていないため,X社の販売網を利用して,Y社の製品を販売することが予定されていました。

 

このことからも,商標権には重要な価値がないものと判断できることから,無形資産として認識しないこととしました。更に,技術や商標権以外にも認識すべき無形資産の有無を網羅的に確認しましたが,無形資産として認識すべき重要なものはないと判断できました。結果,認識の対象となる無形資産は技術のみとなりました。

 

なお,この例のようなアーリーステージのベンチャー企業では,売上が十分に計上されておらず,赤字が継続している場合も多いことから,一般的には,認識対象となる無形資産はかなり限定される傾向にあると言えます。

 

また,上記の無形資産の認識ロジックは,あくまでも筆者の私見であり,読者の方々がPPAプロジェクトを始める際は会計監査人と協議して認識する無形資産を決めてください。

 

 

3.最後に

今回は無形資産の認識プロセスを解説しましたが,どのように無形資産を認識するかについてご理解頂けたでしょうか。無形資産は,形式的な認識基準に合致しているかどうかだけでなく,買収目的やビジネスなどの関連性までを考慮し,実質面を重視して分析・検討する必要があると筆者は考えます。

 

次回は,無形資産の測定について解説していきます。

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第3回】PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第2回:PPAのプロセスと関係者の役割とは?

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

▷第5回:PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

 

 

 

1.何を無形資産として認識すべきか?

第3回は,PPAを実施した際に計上すべき無形資産をどのように認識するか,について解説します。

まず,のれんと無形資産の関係について,図表1をご覧ください。

 

PPAに関する会計基準がなかった時代は,図表1(左側)の図の買収価額と資産・負債の時価(=時価純資産額)との差額がのれんとして計上され,償却されていました。

 

PPAに関する会計基準導入後は,原則として当該差額の内訳として無形資産が計上されることとなります。

(差額を超える無形資産が計上される場合は,差額を超える金額が負ののれんとして取扱われることとなる。)

 

 

 

【図表1】PPAにおける無形資産評価手続の概要

 

 

 

 

 

図表1(右側)の図のように,無形資産を計上する際には,2つのステップが必要となります。

 

Step1が,本稿の主題である何を無形資産として認識するかであり,

Step2が,Step1で認識した無形資産の評価額の算出,です。

 

その意味では,Step1において認識すべき無形資産を的確に把握しないと,そのあとの無形資産の評価にまで影響を及ぼし,見当違いな無形資産が貸借対照表に計上されることとなるため,無形資産の認識の手続は,PPA手続の最初の山場となるところであり,しっかりした分析と検討が必要となります。

 

また,この段階で「無形資産として認識すべきものはない」との結論が導き出されることもあり得ます。その場合,無形資産の評価の手続は省略されます。

 

 

 

2. 無形資産の認識基準‐IFRSと日本基準

PPAにおける無形資産の認識基準は,厳密にはIFRSと日本基準の認識基準は微妙に異なるものとなっています。

日本基準では,分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には,当該無形資産は識別可能なものとして取扱う,とされ,分離して譲渡可能かどうかが実質的な判断基準となっています。

 

一方,IFRSでは,資産が分離可能かどうかを問わず,契約または法的権利から生じている場合は識別可能とされ(契約・法律規準),契約・法律規準を満たさない場合でも,分離可能であれば識別可能とされます(分離可能性規準)。

 

また,日本基準においては,分離して譲渡可能な無形資産とは,当該無形資産の独立した価格を合理的に算定できなければならないとし,企業結合の目的の1つが,特定の無形資産の受入れにあり,その無形資産の金額が重要になると見込まれる場合には,当該無形資産については分離して譲渡可能なものとして取扱う,とされています。

 

日本基準の認識基準は少し分かり辛いですが,意訳すると日本基準もIFRSも,法律や契約で保護されるものであるかどうか,または,分離して譲渡可能かどうか,ということが実質的な判断基準となります。

 

商標や特許は,登録されていれば法的に保護されているので,無形資産としての認識基準を満たしていることとなります。

 

一方で,商標登録をされていないがブランドとして広く認知されているものや,特許として登録はされていないが特殊な技術で価値があるものについては,法的に保護はされないが,分離して譲渡することが可能(簡単に言うと,売却することが出来る)であることから,日本基準においてもIFRS基準においても無形資産としての認識基準を満たしていることとなります。

 

 

3.具体的な無形資産の例示

無形資産の認識基準は上述のとおりですが,実際は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等から,何が無形資産として認識されるのかを分析・検討していくこととなります。

 

本稿では,具体的に無形資産の例示を見ながらポイントを解説します。こちらをご覧頂ければ,どのような業種の会社にどのような無形資産が認識されるか,ポイントをご理解頂けるのではないでしょうか。

なお,当該例示は,認識される全ての無形資産を網羅しているものではない点にご留意ください。

 

 

①マーケティング関連の無形資産

マーケティング関連の無形資産の例示は,図表2のとおりですが,実際に認識される無形資産は,ほとんどが商標・商号・ブランドです。筆者の経験上は,その他のものについて実際に認識されることは稀です。

 

 

 

【図表2】無形資産の例示(マーケティング関連)

 

 

 

 

②顧客関連の無形資産

顧客関連の無形資産の例示は,図表3のとおりです。顧客関連の無形資産は,業種に関係なく認識されます。

顧客との関係に価値があるかどうかは,主観的な判断が伴う場合も多いので,対象会社のビジネスにおいて顧客との関係が収益稼得の源泉となっているかどうかを,ヒアリング等で把握して分析・検討していくこととなります。

 

もし仮に,製造業の会社で,特定の顧客との関係があって,その顧客が対象会社の製品を購入しているために対象会社のビジネスが成り立っている場合においても,顧客が対象会社製品の機能や品質等の技術的なものを評価して購入しているような場合は,その技術が存在しなくなった場合に顧客関係は継続されないことも推測できることから,そのような場合においては,顧客関係を無形資産として認識すべきかどうかについては,より慎重な分析・検討が必要となります(図表6参照)。

 

 

 

【図表3】無形資産の例示(顧客関連)

 

 

 

 

③契約関連の無形資産

契約関連の無形資産の例示は,図表4のとおりです。多くの会社は,様々な取引先と種々の契約を締結しています。そのため,全ての契約について個々に検討することは現実的ではありません。

 

ポイントは,その契約が,会社の収益稼得に貢献する重要なものであるかどうかです。会社が収益を稼得する際に必要不可欠な契約,その契約が解除された場合に会社の収益が激減する契約等,直接的・間接的を問わずに,そういった契約がないかどうかをインタビュー等にて洗い出していくこととなります。

 

 

 

【図表4】無形資産の例示(契約関連)

 

 

 

 

④技術関連の無形資産

技術関連の無形資産の例示は,図表5のとおりです。製造業においては,特許や特許を含む技術が認識されることが多いです。

 

 

 

 

【図表5】無形資産の例示(技術関連)

 

 

 

4.まとめ

以上のように,実務上,無形資産の認識は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等を把握しながら,無形資産の例示に当て嵌めて,何を無形資産として計上すべきかを分析・検討していくことになります。

 

業種によっては,簡単に無形資産を認識することができる一方,ビジネスが複雑であったり,特殊な業種であったり,または複数の事業を営んでいるような会社の場合は,無形資産の認識についてはより慎重な分析と検討が求められることとなります。

 

無形資産として何を認識するかが,そのあとの無形資産の評価額の算出の際に,評価手法の選択であったり,経済的耐用年数の設定である場合についても影響し,評価額そのものが大きく変動する可能性があります。そのため,的確に無形資産を認識しておくことが肝要です。

 

勘所をご理解頂ければ,買収前においてどういった無形資産が認識されるのかをある程度推察可能となることから,事前検討の際には是非本稿を一読頂ければ幸いです。

 

最後に,筆者が無形資産の認識を分析・検討する際に用いている「無形資産の所在の考察」に関する簡単な図を掲記します。

このように商流や仕入先,顧客との関係性を整理すれば,自ずと何を無形資産として認識すべきかが見えてくることとなります。

 

 

 

【図表6】無形資産の所在の考察(例)

 

 

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第3回:売却候補先選定の考え方

~M&Aの買手による違い、スキーム、売却後の経営体制、売却価格、売却スケジュールなど~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、M&A における買手先選定の着眼点と手続きを教えてください。

 

A、買手には同業他社や既存取引先、また属性としてはオーナー系事業会社、上場企業、投資ファンドなど様々考えられますが、何を重視するかによって適した買手が異なってきます。

 

 

図表は買手候補とM&A の全体方針の関係についてまとめたものです。

 

まず、①同業他社ですが、事業に関する説明をする必要がないので自社の良い面も悪い面も評価されます。数字には表れていないが卓越した製造技術や特許を保有していたり、大手の会社と取引口座を持っているなど同業であるからこそ評価できるポイントがあります。

 

一方で業界特有のリスクや問題点についても熟知している点は売手にとっては不利になります。ライバル会社の子会社となることを嫌うオーナーも多いですし、それにより従業員の士気が下がる可能性がある点はマイナス要因です。また、情報漏洩や業界内に事業売却のうわさが広まってしまうことも懸念されるので慎重な対応が必要です。

 

 

②の既存取引先への譲渡は実務上よくあるケースです。売手としては相手と長年の付き合いがありますので安心感がある点がメリットとなります。デメリットとしては既存顧客が離反する可能性が挙げられます。複数の上場メーカーを顧客に持つ卸売会社が、そのうちの1 社であるA 社の傘下に入ったところA 社のライバルであるB 社やC 社が商品を買ってくれなくなったといった話もあります。

 

また、同業他社同様、情報漏洩の可能性もあります。M&Aの過程では顧客別の取引条件など機密事項も開示をすることになりますが、M&A が成立しなかった場合、取引先に機密情報を知られただけに終わることにもなりますので情報開示には慎重な対応が必要です。

 

 

③から⑤は買手の属性の比較です。③のオーナー系事業会社であれば意思決定が早くスケジュールが比較的スムーズに進みます。考慮点ですが、オーナー企業はオーナーの個性が企業の個性に強く反映しますので社風が合わない場合、従業員が退職してしまうなどのデメリットが生じます。

 

なお、株価評価については現在、非上場企業による非上場企業を対象としたM&A では仲介会社方式が一般的となります。

 

 

④上場企業は③と全く逆で、デュー・ディリジェンス(DD)や機関決定などの手続きがあるためスケジュールは後ろ倒しになります。

 

また、譲渡価格は厳格なDD を行った上でDCF 法(ディスカウント・キャッシュフロー法)などを用いて決められますので成熟企業の評価額は厳しいものになることが多いです。従業員にとっては知名度のある企業グループに入れることになるので仕事の進め方についていけるかといった課題はあるものの、士気が上がる効果も期待できます。オーナーが従業員の将来を案じて信頼できる上場企業に自社を託すというのはストーリーとしても美しいのですが、上記のデメリットも勘案して候補にするか決めたいところです。

 

 

最後の⑤投資ファンドも基本的には上場企業と同じですが、一番異なるのはファンドは投資の回収で利益を上げないといけないので、原則として3 年~5年後には再売却されるという点です。また、ファンドは金融投資家であり、事業経営のノウハウは持たないことが多いので、交渉次第ですが、株式を売却した後も経営陣として残留できるメリットもあります。

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第2回】PPAのプロセスと関係者の役割とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

▷第1回:PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

▷第3回:PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

 

 

1.M&AのプロセスにおけるPPA

第2回では,PPAを進めるにあたってのプロセスに登場する人物(ステークホルダー)とその役割,当該登場人物の関係性等について解説します。

 

M&AのプロセスにおけるPPAの実施時期は図表1のとおりです。

 

 

 

【図表1】M&AのプロセスにおけるPPA

 

 

 

 

PPAは,M&Aによって取得する資産及び負債の金額を確定する会計処理であり,会計基準上,企業結合日(取得日)から最長1年以内に処理することが求められます。一般的な実務では,各種のデューデリジェンスが終了した後,価格交渉・調整等を経てクロージングが見えてきた段階でPPAの準備作業に入り,クロージング日の属する会計期間の期末決算時において,会計処理を確定させるというスケジュールで進められることが多いです。

 

近年では,M&Aを重要な成長戦略と位置付け日常的に調査・検討を行う企業も増加しており,M&Aは企業にとってより身近なものとなってきています。監査の厳格化等の流れの中で,PPAが必要となるM&Aも増加傾向にあり,最近ではデューデリジェンスや株式価値評価の段階で,M&Aを実行した場合に発生が予測されるのれん及び無形資産の金額や,償却による損益インパクトをシミュレーションするプレPPAが行われるケースも増えています。

 

プレPPAの利点は,早い段階で買収企業の業績への影響を把握できることや関係者間の情報共有や意見調整等の準備を整えることにより,本番のPPAをスムーズに進められることです。

 

 

2.PPAにおける登場人物

続いて,PPAに登場するステークホルダーとその関係性についてみていきます。

 

図表2はM&Aの当事者である買収企業を中心に,左側を買収企業の監査法人グループ,右側を外部評価者として,4者のやりとりを図示したものです。

 

買収企業から依頼を受けた外部機関が,買収企業及び被買収企業が提供する情報に基づき,PPAにかかる無形資産評価を実施し,その評価結果が監査上妥当であるか否かについて,買収企業の監査法人とレビュー専門家が検討を行う,という流れです。

 

 

 

【図表2】PPAにおけるステークホルダー関係図

 

 

 

 

PPAは,M&Aにより取得される資産・負債の金額を確定する手続であり,その結果計上されるのれん及び無形資産の償却等を通じて,買収後の企業業績や事業計画に直接的な影響を与えます。特に,大規模なM&Aになると,PPAが企業の業績や経営そのものに与える影響は重大なものとなることから,監査上も重要なテーマの一つとなって,監査法人が専門家をアサインしてレビューを行うこととなります。

 

では,PPAにおける無形資産評価は具体的にどのような方法で行われるのでしょうか。

 

PPAに関連する会計基準においては,PPAは一般的な市場参加者の目線,すなわち公正価値アプローチによって評価しなければならないという原則論や,無形資産の認識要件は示されているものの,評価手続に関する具体的な指針や詳細な規定といったものは存在しません。無形資産の評価は,株式価値評価等と同様に一般的な実務上確立された手法に則って,多くの場合は将来予測やファイナンス理論といった見積りや不確実性が伴う前提条件に基づいて行われます。

 

このような性質から,PPAは評価の前提条件や採用する考え方等によって,結果が大きく異なってしまう点に留意が必要です。

 

すなわち,不適切な前提条件や評価手法等を採用すると,不適切な結果につながってしまうというリスクを孕んでいるため,適切な前提条件や評価手法を採用することが大前提となります。当然のことながら,そのためには必要な専門的知識や十分な実務経験が要求され,多くの場合,そのような条件を満たす評価機関が買収企業をサポートする外部評価者として起用されることになります。また,見積りには主観的要素や恣意性が介入する余地があり,PPAを通じた利益操作や不適切な処理が行われる恐れもあることから,監査上重点項目として扱われる点にも留意が必要です。

 

以下では,PPAの一般的なプロセスと関係者間のやり取りについてみていくこととします。

 

 

 

【図表3】PPAにおける無形資産評価の一般的なプロセス

 

 

 

3.PPAのプロセス

(1)無形資産の認識・測定

買収企業において,PPAに関与するのは,M&Aの実行部隊である経営企画部門,会計処理や開示を行う経理部門等です。外部評価者が起用される多くのケースでは,必要な情報が全て揃っていれば,PPAの検討開始から会計処理の確定まで最短であれば2ヵ月程度で行うことが可能と考えられますが,そのような期間で手続が完了するケースは少ないです。

 

例外もありますが,M&Aのクロージング前から検討を開始し,結果的にはその期の期末決算で会計処理を確定させるようなスケジュールとなる場合が少なくありません。効率的にPPAを進める上で初動は非常に重要です。PPAの分析開始の段階で必要な資料が全て揃っていると評価者の分析が遅滞なく進み,結果として買収企業との意見交換や調整に十分な時間をかけることが可能となります。このため,買収企業においては,M&A実施段階からPPAを念頭におき,必要な情報を収集・整理しておくことが肝要となります。

 

特に,海外企業を買収する場合等は,PPAに使用する情報をデューデリジェンスの段階で入手しておけば時間と手間の節約になるため,頭に入れておくとその後の手続がスムーズとなります。

 

質疑・インタビューは,外部評価者が買収企業の案件責任者やキーマン,そして被買収企業のマネジメントを対象に行います。また,無形資産評価の基礎となるクロージングB/S(買収企業の財務報告において連結対象となる貸借対照表)の入手に時間を要する場合は,仮のB/Sに基づき予備的評価を行うこともあります。以上を経て,評価結果のドラフトが買収企業に提出されます。

 

 

(2)評価結果の確認
買収企業は,外部評価者の評価結果について,自社の認識や理解との間に不整合や矛盾がないかどうか,また,自社の会計方針等に照らして受入可能な内容となっているか等を確認します。

 

必要な場合は外部評価者との間で適宜ディスカッション等を行い,監査法人に提出します。評価を外部機関へ依頼する場合においても,評価結果とそれに伴う会計処理及び開示に関する責任は,買収企業が有する点に留意ください。

 

 

(3)監査法人及び専門家によるレビュー
監査法人及びレビュー専門家が,買収企業が提出した無形資産評価結果の合理性,妥当性等について検討を行います。PPAの実務は,専門的な知見が必要となることから,通常は監査法人と同一ファーム内の専門部署がレビュー専門家として起用されるケースが多いです。

 

レビュー専門家は,PPAや価値評価に精通したプロフェッショナルでありますが,監査法人の意見形成にも影響を与える重要な役割を担うことから,PPAや価値評価の実務のみならず,監査実務に対する理解も求められます。

 

 

(4)調整及び会計処理の確定
監査法人及びレビュー専門家が,無形資産の評価手続に関し,外部評価者及び買収企業に対し,質問等の監査・レビュー手続を行います。前述の通り,無形資産評価は見積りの要素を含み,いわば絶対的な解が存在しない類のものであるため,専門家同士でも見解が異なる状況がたびたび生じうることがあります。

 

特に,インカム・アプローチにより評価を行う場合のWACC(加重平均資本コスト)や継続成長率,認識した無形資産の経済的耐用年数といった重要項目は,しばしば論点となるところです。

 

外部評価者には,買収企業の会計上の要請に最大限配慮しつつ,監査法人やレビュー専門家からの厳しい質問や指摘に対応する高度な専門性と調整能力が求められることとなります。

 

実務においては,この手続だけで1ヵ月,場合によっては数ヵ月を要するケースもあります。

 

監査上の論点が事業そのものに関係するようなケースでは,当事者である買収企業を含めた4者でのディスカッション等が必要となる場合もあります。買収企業においては,PPAにかかるのれん及び無形資産の会計処理について,早い段階で監査法人に相談しておくことも有用です。

 

以上のプロセスが完了した後,買収企業において,評価結果に基づく財務報告(会計処理・開示等)が行われます。

 

 

4.まとめ

本稿で最も強調したい点は,それぞれに異なるミッションを持った4者が,限られた時間の中で必要十分なコミュニケーションをとって,議論をしながら,最善の結果を導くべく,協力して手続を進めていく必要があるということです。これら一連のPPAのプロセスは,企業の経理担当者の立場からみると,監査法人への対応,外部評価人との連携,社内関係部署への報告・説明など,相当なタスクが生じる点にも留意ください。

 

特に,大企業においては,監査対応を行う経理部門とM&Aを実行した経営企画部門との連携は非常に重要です。通常,企業担当者がPPA評価を自ら行うケースは少ないと思われますが,手続全体をスムーズに進める上で,PPAの実務に対する理解を深めておくことは有用です。

 

 

5.無形資産評価に必要な資料の例

最後に,一般的なPPAにおいて必要とされる情報・資料についてみていきます。

 

必要な情報は,デューデリジェンス(DD)報告書等,M&Aの実施段階で入手されるものがほとんどですが,定量的,定性的,さまざまな情報が必要となります。無形資産評価において採用される方法によっては,下記資料の他に,顧客データや人事データ等が必要となる場合があります。

 

 

PPAにおいて必要となる資料の例

・買収案件の概要や買収目的に関する資料
・買収案件に関するインフォメーションメモランダム
・買収対象会社の決算書
・買収対象会社の税務申告書
・財務・税務DDレポート
・法務DDレポート
・ビジネスDDレポート
・株式譲渡契約書
・株式価値算定レポート
・対象会社の将来事業計画
・事業上のシナジー効果に関する検討資料
・対象会社のクロージングB/S(連結開始対象B/S)

 

次回は,無形資産の認識要件について解説します。

 

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPAの基本的な考え方とは?
第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?
第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第6回:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第5回:実際に売却するときの留意点は?-DDの受入れや価格交渉-

▷第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

▷第8回:デューデリジェンスとは?-各種DDと中小企業特有の論点―

 


私達が日常生活で接している商品やサービスの売買では、売り手はなるべく高く売りたい、買い手はなるべく安く買いたいと考えるのが自然ですが、売買の対象が株式や事業であるM&Aでもその点は同じです。

 

それでは、実際のM&Aでは対象となる株式や事業の売買価格はどのようにして決まるのでしょうか。

 

 

一般的に、株式等の価値の算定方法にはインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチという3つの考え方があります。

 

 

インカム・アプローチは、将来獲得されるリターン(フリーキャッシュフロー、利益、配当⾦など)を現在価値に割り引くことで株式等の価値を算定する方法であり、代表的な算定手法としてDCF法、収益還元法、配当還元法などがあります。

 

DCF法は、算定対象の将来キャッシュ・フローを基礎としており、算定対象の将来に亘る超過収益⼒や事業リスクを株式価値に反映させることが可能となるため、⼀般的に、理論価値の算定を行う上で最も合理的な算定手法であると考えられています。一方で、インカム・アプローチに属する方法は、事業計画や割引率、成長率といった前提条件が算定結果に大きく影響を与えるため、客観的なデータに基づいて算定を行う必要があります。

 

 

マーケット・アプローチは、算定対象もしくは類似会社の株価、財務指標等を用いて株式等の価値を算定する方法であり、代表的な算定手法には市場株価法、類似会社比準法などがあります。

 

市場株価法は、算定対象⾃身の株価を用いる手法であり、類似会社比準法は算定対象と同種の事業を営む会社の株価及び財務指標を用いる手法です。

 

類似上場企業の株価と財務指標の倍率など、一般に入手が容易なデータに基づいて評価を行えることから採用しやすく、また市場株価を用いるため客観性が保たれるという長所があります。一方で、類似企業の選定に恣意性が介入する余地もあり、留意が必要です。

 

 

コスト・アプローチは、算定対象の財産価値をある⼀定時点で評価することにより株式等の価値を算定する方法であり、代表的な算定手法に簿価純資産法、時価純資産法などがあります。

 

コスト・アプローチは、対象会社の貸借対照表に基づいて評価を行える点で採用しやすいという長所はありますが、営業権(のれん)や無形資産等の目に⾒えない資産の価値を算定分析に反映させることが困難であり、また、将来の利益⽔準が価値に反映されない点には留意が必要です。加えて、事業の継続を前提としない価値算定手法と解されるため、事業継続を前提とする企業の価値算定手法としてはそぐわないとも考えられている面もあります。

 

 

このように、3つの算定アプローチにはそれぞれ長所・短所がありますので、実際のM&Aでは、状況に応じてこれらの中から適したものを採用し、場合によっては組み合わせて使うのがよいでしょう。

 

例えば、対象会社や事業の業績が安定していて、なおかつ、合理的な事業計画が策定されているような場合は、インカム・アプローチが適しているといえます。反対に、将来の業績やキャッシュ・フローの予測が難しいような場合には、インカム・アプローチを採用すると評価の客観性や信頼性が損なわれてしまうこともあります。

 

M&Aにおいては、これらの算定手法に基づく理論価値を参考としつつ、直接的には売り手と買い手による交渉で売買価格が決まります。これを示したものが図表1であり、概念的にはスタンドアロンの価値 をベースに一定程度買い手のシナジーを加味した金額で合意されるものと考えられます。

 

買い手の目線では、買収プレミアムの裏付けとなる合理的な材料があるか、例えば、どの程度シナジーが実現されれば売り手の売却希望価格に達するか、シナジーの実現可能性はどの程度あるか、といった検討を行い買収可否の判断を行うこととなります。

 

 

最近のM&A市場では、超低金利政策等により余剰資金を持つ企業が増加していることや、M&Aが多くの企業にとって一般化してきたこと等により、どちらかというと需要が供給を上回る状況にあるのではないかと考えます。買い手企業にとっては、優良な売り手企業を見極める判断力と粘り強い交渉力が求められると言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第5回:実際に売却するときの留意点は?-DDの受入れや価格交渉-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第4回:「事業譲渡と株式譲渡」どっちがいいの?-M&Aのスキーム-

▷第6回:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

 


それでは、買い手候補先も見つかり、売却に関する協議交渉が順調に進んだ場合において、どのような点に留意していくべきでしょうか?

 

 

一般的なM&Aプロセスにおいては、買い手側は買収対象会社を対象に、デューデリジェンスという調査を実施します。

 

これは、会社が法律面から正しく存在し運営され、取引先や従業員等との法的な関係がきちんと整備されているかを調査する法務デューデリジェンスや、財務的な数値や会計処理の適切性、会社の税務に関するリスク等を調査する財務・税務デューデリジェンスなどがあります。

 

このデューデリジェンスは、買い手が対象会社から資料や情報の提供を受けて実施するもので、買い手が雇った弁護士や公認会計士や税理士が対象会社にコンタクトを取って資料を依頼したり質問を行ったりします。

 

 

 

 

その際、売り手は第1章で述べたように従業員や取引先に極力知られないように配慮しつつ、デューデリジェンスを受入れなければなりません。

 

このときに、売り手側の経営者が一人でデューデリジェンス対応をすることは現実的には難しいため、例えば、管理責任者や経営者の右腕的な人に相談して、デューデリジェンスの受入れをサポートしてもらうことが必要となります。

 

 

デューデリジェンスを受ける売り手にとっては、問題点を隠すことではなく、全てを詳らかにして買い手に問題点や潜在的なリスクを把握してもらって、それを前提に売買条件等の交渉を行う、ということが重要です。

 

仮に、悪い面を隠し通してM&Aを実行できたとしても、売り手側で意図的に隠していたことがM&A実行後に発覚したりすると、場合によっては譲渡対価の一部を返却しなければならなかったり、損害賠償を求められたりすることになります。

 

 

M&Aの際には売り手側と買い手側双方にて契約を締結しますが、一般的にはその契約書の中に、売り手の開示情報が正しくないことがM&A後に判明した場合は売り手が賠償責任を負う、といった条件が織り込まれるからです(これを表明保証といいます)。

 

 

また、一般的なプロセスでは、デューデリジェンスと並行して価格交渉等が行われますが、その交渉において、会社の収益性や財務内容等を基に、株価算定やValuationと呼ばれる会社の価値を算定するプロセスを買い手が実施することがあります。

 

そこで算出された会社の価値を参考に、売り手と買い手双方が各々希望価格を考慮しながら売買金額の妥協点を見つけて行くこととなります。

 

価格交渉の際には、先に述べたデューデリジェンスでの発見事項が考慮されて、時には価格を下げる要因となったり、または価格を上げる材料となったりします。

 

 

そのため、デューデリジェンスのプロセスは、M&A実行前の非常に重要な手続であることをご理解ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第1回】PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)

 

 

▷第2回:PPAのプロセスと関係者の役割とは?

▷第3回:PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

 

 

1.はじめに

今回からおおよそ12回にわたって取得原価の配分(Purchase Price Allocation)に伴う無形資産評価(以下,便宜的に「PPA」という。)について解説をしていきます。PPAが2010年4月より日本の会計基準においても要求されるようになってから約10年が経過しました。

 

また,PPAが必須とされる国際会計基準(以下,「IFRS」という。)を採用する企業も増加し,日本でもPPAの実務が定着しつつありますが,まだまだ完全に定着しているとは言えない状況にあります。更に,昨今の会計不正が起きている現状において,監査を取り巻く環境も変化し,それに応じて監査人の対応も厳しくなり,PPAも重要な監査項目になってきているのではないでしょうか。

 

このような状況を踏まえて,上場会社の経営企画担当者・経理担当者が読まれることを想定して,PPAの基本的な考え方から,企業業績に与える影響,プロジェクトの進め方,監査対応などを網羅的に解説します。

 

 

2.過去から現在の状況

PPAの実務は,主に米国において確立されたものであり,長い間,多くの日本企業にとってPPAはなじみのないものでした。企業結合会計が日本に導入された後も,しばらくの間はM&A時のPPAにかかる無形資産の計上は強制ではなかったため,資産・負債の差額は,全額のれんとして一括計上処理されることが一般的であったと思われます。

 

ただし,2010年4月の企業結合会計基準の改正に伴い,日本基準においても,原則としてPPAにかかる無形資産の計上が求められることとなりました。

 

現状,経理・監査の現場においても,IRに対する企業の意識の高まりや監査の厳格化等を背景に,M&AにおけるPPAにかかる無形資産評価の要請が高まっており,筆者の個人的感覚ではPPAへの対応が必要となるケースが増加しています。

 

 

3.PPAの課題

日本の企業では,PPAにかかる無形資産評価についての理解がまだまだ不十分な状況にあります。専門書もネット検索でも,PPAについて得られる知識・情報は豊富とは言えず,買収後の会計処理及び開示に関して,実務に即した解説をしている媒体が限られています。多くの企業にとって,M&Aを検討・実行する機会が増えた昨今,当事会社においても,PPAプロセスを円滑に進めるためにも,PPAにかかる手続や無形資産評価実務,監査プロセスに対する理解を深めることが必要となってきています。

 

今後,経理担当者の方にとっても重要性が高まる可能性が高いPPAの概略や無形資産評価の実務について,本稿をきっかけにご理解頂ければ幸いです。

 

 

4.PPAのイメージ

本稿ではまず,PPAのイメージを解説します。図表1に示す通り,従来,日本基準においては,買収価額と時価純資産の差額(以下,「広義ののれん」という。)を20年以内の一定の年数にて償却していました。

それがPPAの導入により,広義ののれんに含まれる無形資産が特定され,広義ののれんから特定された無形資産を差引いた残額(以下,「狭義ののれん」という。)が,いわゆるのれんとして扱われるものとなりました。

 

つまり,従来は買収価額と純資産の差額が一括してのれんとして計上されていたものが,PPAの導入により,のれんのうち,商標権,特許権,顧客関係などに特定された無形資産が計上され,それらを配分後の残額をのれんとして取扱うこととなりました。

 

 

 

【図表1】PPAの流れ

 

 

 

 

詳細は,今後の連載を通じて説明していきますが,無形資産として計上される無形資産にはどのようなものがあるのでしょうか。一般的には図表2で示すような項目を無形資産として認識することとなります。

 

 

 

【図表2】無形資産の例示

 

 

 

 

5.数値例を用いた説明

図表1で示した事柄について数値例を用いて説明します。

X社(日本基準を採用)がY社のすべての株式を10,000百万円で買収して子会社とし,買収時のY社の純資産は7,000百万円でした。PPAを実施する前は,買収価額10,000百万円と純資産7,000百万円の差額3,000百万円が広義ののれんとなります。

 

PPAを実施し,無形資産1,500百万円が計上されると,狭義ののれん1,500百万円は広義ののれん3,000百万円から無形資産1,500百万円を差引くことで計算されます。

 

しかしながら,PPAの手続きはここで終了ではなく,計上された無形資産は,連結上の一時差異として繰延税金負債が計上されます。

本例では,法定実効税率を30%として,1,500百万円×30%の450百万円が繰延税金負債として計上されます。

 

その結果として,繰延税金負債分だけ狭義ののれんが増加することとなることから,1,500百万円+450百万円=1,950百万円が最終的な狭義ののれんとなります。

 

 

 

【図表3】PPA実施によるB/Sの動き

 

 

 

 

Y社をX社の連結財務諸表へ取込む時の仕訳を図表3に沿って作成すると下記のようになります。

 

 

 

 

 

 

図表4がPPAの実施の有無による計上される無形資産の金額の差異を比較したものです。

PPAを実施しない場合,計上されるのはのれん3,000百万円であるのに対して,PPAを実施した場合の広義ののれん相当額は,狭義ののれん1,950百万円と無形資産1,500百万円の合計3,450百万円となります。

両者の差異は,3,450百万円と3,000百万円の差額450百万円ですが,これは無形資産に対する繰延税金負債分に該当し,その分だけのれんが増加したこととなります。

 

このため,無形資産を計上すると,その税効果分だけのれんが増加することとなるため,日本基準を採用している場合,当初ののれんにかかる償却費よりも償却額が増加することとなる点に留意が必要です。

 

 

 

【図表4】 PPA実施の有無による無形資産計上額の差異

(単位:百万円)

 

 

 

6.PPAが業績に与える影響

先ほどPPA実施の有無により計上される無形資産の金額の差異について説明しましたが,ここではP/Lに与える影響について見ていきます。のれんと無形資産では,ケースバイケースではありますが,一般的にはのれんの耐用年数が無形資産の耐用年数より長くなるケースが多いです。つまり,無形資産の耐用年数はのれんの耐用年数より短くなるケースが多いと言えます。

 

仮に,無形資産の償却年数がのれんの償却年数より短いとすると,無形資産の償却が終わるまでの単年度で見た場合,PPAを実施すると毎期の償却負担額は多くなることとなります。図表3の例で,無形資産の耐用年数を5年,のれんの耐用年数を10年とした場合,PPAを実施した場合の方がPPA未実施の場合より,償却費が195百万円多くなっています。これは,①と②の影響によるものです。

 

①無形資産に対する繰延税金負債の計上によるのれんの増加による影響

無形資産1,500百万円×30%÷10年=45百万円

 

②無形資産とのれんの耐用年数の差異による影響

無形資産1,500百万円×(1/5‐1/10)=150百万円

 

 

 

【図表5】PPAの実施が償却費に与える影響

(単位:百万円)

 

 

 

7.本連載で説明していく内容

PPAのイメージを図表と簡単な数値例で説明しましたが,PPAは広義ののれんを無形資産と狭義ののれんに切り分ける作業だけに留まらず,企業業績にも影響を与えることがご理解頂けたのではないでしょうか。

 

例えば,企業買収前の業績シミュレーションを,広義ののれんを10年で償却すると仮定して実施し,買収後にPPAを実施したところ,当初の想定と異なる結果になってしまうことも起こり得ます。このようなことを理解した上で買収を進める場合と,理解しないで進める場合とでは,買収後のプロジェクト関係者の利害調整に大きな影響を及ぼす可能性があります。

 

また,PPAの結果は会計監査人による監査の対象となることから,監査に要する時間を考慮したスケジューリング及び監査に耐えうるPPAのロジック付け等が必要となってきます。

 

以上のことを踏まえて,本連載では,経営企画部門,経理部門がPPAプロジェクトを進めていく上で,必要な知識及び留意点を一つずつ解説していくことを予定しています。なお,現時点で想定している記載内容は下記の通りです。

 

【主な内容】

・PPAのプロセスと登場人物

・無形資産の認識識別基準

・PPAで識別する無形資産

・無形資産の評価手法

・経済的耐用年数

・PPAを実施する上での実務上のポイント

 

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

[小規模M&A(マイクロM&A)を成功させるための「M&A戦略」誌上セミナー]

①M&Aにおいて一部門を譲受(譲渡)する際の注意点

~一部門を譲受(譲渡)する際に把握しておくべき情報とは?売買金額のつけ方とは?~

 

〈解説〉

公認会計士 大原達朗

 

 

 

 


今回は、“一部門を譲受(譲渡)する際の注意点”というテーマです。 まず一部門を譲渡するというのはどういうことかを確認します。

 

 

 

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[株式譲渡と事業譲渡]

通常M&Aというと、株式譲渡を想定される方が多いと思います。改めて、株式譲渡とはどのようなものかを整理します。

 

 

 

売り手とは、対象会社のオーナー(株主)となります。中小企業の場合は、社長が株主を兼ねていることが多いので、株主兼社長のような方が株式譲渡における売り手になることが多くなります。

 

 

その方が持っている会社の株を、買い手が買うというのが、シンプルなM&Aとなります。何も言わないでM&Aというと、ほとんどの方がこれを想像すると思います。ただし、この場合(株式譲渡)、対象会社の権利は全て買い手に移ってしまいますので、100%の株を譲渡した場合、例えば、この対象会社が店を3つ持っていた場合、3つ全ての権利義務が売り手から買い手に移ります。

 

 

もしかすると、3つのお店(事業)のうち、1つのお店(事業)のみ、買い手が欲しい場合もあるかと思います。実務的に言えば、このようなケースは意外とあります。場合によっては、「不採算部門(事業・店舗)のみを売却したい」「儲かっていないから、それだけを引き取って欲しい」というように考える売り手もいるかと思います。一方で、「儲かっていない事業はいらないから、儲かっている事業のみ売って欲しい」という買い手もいると思いますので、部分的に会社の一部だけを譲渡しなければいけないというケースは思ったよりあるわけです。

 

 

そのような時に、株式譲渡という通常のスキームを使ってしまうと、言い方が悪いですが“いらない部分(事業)”も含めて、会社を丸ごと引き取らないといけないわけです。

 

 

 

それを避けるための1つの方法が“事業譲渡”となります。事業譲渡というスキームは、会社の一部を切り取って売買の対象とすることができるので、先ほどの“株式譲渡”の絵とは少し変わってきます。 この“事業譲渡”の売り手というのは、先ほどで言うところの対象会社になります。自分の会社の一部を切り取って、買い手に売るわけですので、対象会社が“事業譲渡”の当事者となります。

 

 

1つの会社の中にビジネスが3つあり、そのうち1つのビジネスを買い手に買ってもらう。こうなると、当たり前ですが対象会社というのは譲渡契約の当事者となりますので、譲渡代金はこの売り手である対象会社に入ってくる(支払われる)ことになります。 この点が、株式譲渡と少し違うところです。

 

 

 

このような形で、会社の一部譲渡というのが行われています。事業譲渡というのは、これはこれで便利な部分もあるのですが、デメリットもあります。理由があって、事業譲渡のスキームは使えないということがあります。しかしながら、どうしても会社の一部だけを欲しいといったニーズもあります。

 

 

そのような場合は、そもそもの売買の対象となる会社のうち、譲渡の対象としたい事業の一部のみを新しく作った会社に振る(会社を分ける)ことができるのです。 これを“会社分割”と言いますが、例えば譲渡の対象としたい会社の「一部のみを譲渡したい」とします。その一部を切り取って新しい会社に振る(会社を分ける)わけです。その新しい会社の株を売り手と買い手で売買するということを行います。このようなやり方もあるわけです。 このスキームは、弁護士の先生にしっかりと相談して、法的に問題が無いかの確認を取ってもらいたいと思います。やり方はいくらでもあるということです。

 

 

どうしても、会社とか事業の一部を譲渡しなければならないといったニーズはあるわけです。ですので、一部門を譲渡するということは比較的、頻繁に起きているということです。

 

 

[一部譲受の際に必要な情報とは?]

その際に注意しなければならないことですが、会社の一部(一部門)の譲受(譲渡)をする場合には当然ですが“当該部門の情報が必要”となります。

 

 

全社の数字(BS、PLなど)ではなくて、譲渡の対象となっている部門やお店の情報がないと話にならないわけです。なぜならば、会社全体を引き取るわけではないためです。 たとえば、全く利益が出ていない事業を譲受しようとした際に、会社全体の数字を見て「こんなに儲かっているのですか?」と言っても何も意味がないわけです。 反対に、会社全体としての業績は良くないのですが、業績の良い事業を買収して、売り手はその資金を基に、残っている会社(事業譲渡しなかった事業)を再生したいといった場合は、会社全体を見れば悪いに決まっているわけですので、「こんなに悪いのか」と考えても仕方がないのです。

 

 

ターゲットとなっているお店もしくは事業の財務状態や契約関連などを把握しなければならないわけです。そのようなことから、会社全体の財務数値を入手しても始まらないわけです。

 

 

むしろ売り手の方にとってみると、「売買の対象となっていないような事業の情報を、なんで買い手候補に出さなければいけないのか?」といった話になるわけです。そもそも会社全体は売り物でなく、会社のほんの一部が譲渡対象でしかないのに、「それ以外の情報をなぜ提供しなければならないのか?」というのは売り手の立場に立ってみれば当然のことになります。

 

 

買い手としては、譲渡対象外の情報も「提供してくれるなら欲しい」と言われる方も当然いるかと思いますが、「その情報をもらって何に使うのですか?」というところもあるわけです。お互いのメリット・デメリットのことを考えると、しっかりとフォーカスをして必要な情報を取っていくことを念頭に置いておかなければならないのです。

 

 

ですから、全社の数字がどうしても欲しいと、例えばM&Aの本に“M&Aをする際は、少なくとも全社の過去3年間分の決算書が必要”と書いてあったから「3年間分の全社の数字をください」と言っても意味がないわけです。譲渡の対象(ターゲット)となっている箇所(部門)の数字を見なければいけないということになります。

 

 

 

[一部譲受の売買金額のつけ方]

では、その一部の譲受(譲渡)の時の金額のつけ方についてですが、基本的に株式譲渡の場合と変わりません。ターゲットとなっている対象事業の財務諸表の数値をベースにバリュエーションを実施することになります。

 

 

 

これは中小企業の事例(案件)になると、実務的にネックになるところです。「部門別あるいはお店別の収支や財務状況をください」とお願いしても、現実問題として作成していない会社があります。先ほど、全社の数字を見ても仕方がないと言いましたが、全社の数字は年に1回税務申告をしなければいけないため、どの会社も基本的にはあります。しかし、対象となっている事業やお店の数字がないとなると基本的には諦めることになると思います。

 

 

 

どれくらい稼いているかさっぱり分からない、どのような資産を持っているかさっぱり分からない事業の買収は中々できません。ただし、それで諦めるのはもったいないというのであれば、我々はこのようなやり方を行います。

 

 

少なくとも売上に関しては実在していないと話になりませんので、過去の売上の実績がどれぐらいであったのかといったチェックをしてもらいます。これは財務デュー・ディリジェンスの一環でもありますが、それほど難しいことではないです。

 

 

売上が分からないのであれば、その案件は止めた方がよいかもしれません。売上が全く分からないというケースは殆んど無いので、「そのデータをベースに本当に入金されているのか?」を預金通帳などでチェックすればよいのです。そう考えればさほど難しくはないわけです。

 

 

 

では、売上だけしか分からなくて、「事業の譲渡ができるのか?」「価値の算定ができるのか?」という話ですが、買い手が買った後に「どのように経営をしていくのか?」ということを想定します。例えば、店舗を想像してもらえると分かるかもしれませんが、“意外と難しくない”のです。発生する経費と言えば賃料があります。あるいはスタッフの方の人件費、あとは店舗で使う消耗品類、あるいは飲食店などであれば部材や商材などがあると思います。あと水道光熱費など、その他もろもろです。

 

 

事業を買収した後に、「どんな経費が掛かるのか?」「どんなコストがかかるのか?」というのは意外とシミュレーションできるものなのです。自分が譲渡を受けた後に、「このような体制でやっていくのだ」と、数字もシミュレーションできるので、そのシミュレーションした数字をベースに金額を算出することが出来るわけです。

 

 

 

もちろん、売り手にとってはちゃんとした情報や数字を出し、自分たちが有利に交渉を進めるようにした方が良いに越したことはないですが、そうは言ってもそのような部門別の数字なんて今まで作ったことがない。そうなると、どうしても今回事業を売りたいというのであれば、買い手の立場に立って、協力してそのようなシミュレーションをすることもできます。

 

 

M&Aというのは多種多様の案件によって事情が異なりますので、「数字が出て こないので、情報が不足しているから買収は止めよう」というように考えるのでは少しもったいない案件もあります。必ずしも、このようなやり方で一部譲渡のM&A案件全てが上手くいくわけではないのですが、工夫の仕方によって、このようなことが出来るということを覚えて置いて頂きたいと思います。

 

 

 

事業譲渡契約は個別にリストアップしていきます。「これとこれとこれを下さい」「これとこれとこれを譲り渡します」といった契約になりますので、簿外債務を引き継ぐ必要がないのです。つまりはリスクが非常に低いのです。ただし、株式譲渡の場合は会社丸ごとになりますので、譲渡をしたときに気が付かなかった債務や負債を引き継ぐ可能性があります。事業譲渡にはそれがないので、財務のデュー・ディリジェンスについてもやり方次第では、かなりコストや工数も軽くなります。つまりは、コストや時間やリスクも取らずに、事業を譲渡することができるのです。

 

 

このようなやり方もあるのだということを皆さんには是非知っておいて頂きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 


動画解説を見る(外部サイト)

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第1回:実行段階におけるM&A 支援業務の相互関連性

~デューデリジェンス・スキーム策定・バリュエーションの関連性~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、税理士が行うM&A 支援業務の相互の関連性を教えてください。

 

A、DD により検出されたリスク要因をスキームの工夫によって遮断・軽減できる場合があります。また、リスク要因はバリュエーションにマイナスの影響を及ぼしますが、これもスキームの工夫で軽減させることが可能な場合があるなど各業務は密接に関連しています

 

 

 

 

 

図表はM&A の実行段階における支援業務の全体像と関連性を示したものです。DD、バリュエーション及びスキーム策定は独立したものではなく相互に関連していることを理解することが重要です。

 

 

まず、DD ですが、図に列挙したとおり、各種観点から対象会社をM&A で取得する際のリスク要因を洗い出す手続きとなります。税理士や会計士が行う財務・税務DD は必須の手続きと言えます。

 

 

弁護士が行う法務DD も大多数の案件で行われますが、図表 のDD の欄内の④以降のDD については必要に応じて行われます。めっき工場の売買で土地の環境汚染が心配であれば専門家に依頼し環境DD を行いますし、多様な形態で人員を雇用し、未払残業代や名ばかり管理職など労働法規上の問題が懸念されるのであれば社会保険労務士に依頼して人事面の調査を行うといった感じです。こうしたDD を行う場合、案件全体をコントロールする税理士としては常にリスクを定量化する思考を持つことが大切です。金額に換算できるリスクであれば売買金額の調整などでクリアできるためです。

 

 

次にスキーム策定ですが、DD において検出されたリスクについてスキームを工夫することで遮断したり軽減したりできることがあります。株式取得では対象会社の潜在リスクが全て引き継がれますが、スキームを事業譲渡に切り替えることによりリスクを遮断するといった対応が可能です。また、スキームを工夫することで税金コストの削減が可能になるのであれば、利益やキャッシュフローが増加しますので株価評価にもプラスの影響が生じます。

 

 

最後にバリュエーション(価値算定)ですが、DD においてリスクが検出された場合、当然に評価額に対してマイナスの影響を与えます。中小企業のM&A では仲介会社方式と呼ばれる方法が一般的です。

 

 

以上、M&A の実行段階における支援業務の相互関連について説明しました。

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第2回:売却したいけれどどうしたらいい?  -会社を売却すると決めたら-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第1回:何のためのM&A? ーM&Aの目的を考えるー

▷第3回:売却するならどこがいい? -同業他社?大企業?ファンド?-

▷第4回:「事業譲渡と株式譲渡」どっちがいいの?-M&Aのスキーム-

 


それでは、会社を売却したいと思った場合は、どうすればいいでしょうか?

 

売却したいというからには、この場合は売り手の立場でのお話となります。

 

会社を売却したいと考える場合は、前章でも述べた通り、会社を将来に向けて継続させることを前提に、株式を売却して経営を他の人に任せる、ということを目指します。その場合、まずは株式を買ってくれて、会社を自身に変わって経営してくれる人を探すことになります。

 

 

では、そのような人をどうやって探せばよいのでしょうか?

 

よくあるケースとしては、懇意にしている取引先に相談して、その取引先に資金力や経営能力等があれば、その取引先に買ってもらう、ということが考えられます。また、日頃から経営相談をしている税理士の先生や取引銀行に相談して、買い手候補を探してもらう、ということもよくあるケースです。

 

最近では、M&A専門の仲介会社がたくさん出てきていますので、インターネットなどでそういった仲介会社を探して、そこに相談して買い手候補を探してもらう、ということも多くなっています。

 

 

このように、買い手候補を探す場合は、自身で探すには限界があることから、誰かしらに相談して買い手候補を探していく、ということが現実的な方法になっています。

 

 

その場合に、留意すべき点は、会社を売却したいと思って買い手候補先を探しているということを、可能な限り秘密にして動くということです。

 

会社を売却しようとしていることが、例えば従業員や取引先の耳に入ってしまうと、従業員が不安になって会社を辞めたり、また、取引先がいらぬ勘繰りをして取引を絞り込んだりする可能性がないとは言えません。そういう事態を招かないためにも、買い手候補を探す段階においては、社内の信頼できるごく一部の人間にだけ相談して秘密裏に進める慎重さが必要となります。

 

会社を売却すると決めたら、まずは信頼できる人に相談して、買い手候補を探しましょう。そのためにも、普段からM&Aに関する情報収集や、信頼できる・相談できる相手を作っておく、という準備は行っておくべきだと思います。

 

 

 

 

 

 

また、会社の経営管理体制をしっかりと整備しておくことも、会社を売却する際の買い手からの評価にはプラスとなり、より売り易くなることから、日頃から意識しておくべきと考えます。

 

特に、会計処理の適正化や、契約書等の法的書類の整備、労務管理のあたりは、いざM&Aを実行する際にここができていないと、後々追加的な負担が生じるため買い手からの評価を下げることになり、M&Aを進める上で大きなボトルネックとなったりしますので、日頃から意識して整備しておくことをお薦めします。

 

 

次章では、買い手探しの際のポイントについて解説したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[初級者のための入門解説]

いくらで売却できる?-譲渡金額の算出方法-  ~ゼロから学ぶ「M&A超入門」①~

 

M&A実務の基本ポイントを、実務経験豊富な植木康彦先生(Ginza会計事務所/公認会計士・税理士)にわかりやすく解説していただきます。

今回は、M&Aに携わる皆さまにとって、最も関心のあると思わる「譲渡金額の算出方法」を取り上げます。「中小企業で活用される評価法とは?」「価格交渉はできるの?」など、皆さまの疑問にお答えます。

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 植木康彦(Ginza会計事務所)

 

 

事業価値評価の考え方は??

M&Aで売買するのは事業そのものですが、多くのケースではその企業が発行する株式を売買の対象とします。すなわち、株式の価値が売買価額の基礎となりますが、企業の株式価値事業価値とでは違いがあるので、まずはその違いを整理しましょう(複雑と感じる方は、違うという認識だけで大丈夫です)。

 

下図のように、企業価値は事業価値(事業資産-事業負債)と非事業資産(図左側)によって構成されます。非事業資産とは遊休資産のように事業価値を生まない資産が持つ価値のことをいい、事業価値は事業自体の持つ価値のことをいいます。

 

M&Aの多くのケースで売買の対象となる株式価値(図右下側の黄色部分)は、事業価値に非事業資産を加え、そこから債権者に帰属する有利子負債(債権者価値)を控除したものをいいます。なお、事業価値を売買対象とするケースもあります。

 

 

 

 

一般的には、まず事業価値を評価します。事業価値の算定方法には、将来のキャッシュフローからアプローチするインカムアプローチ(DCF法など)、貸借対照表の純資産からアプローチするコストアプローチ(純資産価額法など)、類似上場会社の指標からアプローチするマーケットアプローチ(マルチプル法など)があります。

 

 

 

 

なお、税法にも株式評価のルールがあって、非上場株式の評価の方法は国税庁の財産評価通達に示されております。

 

端的に言うと、少数株主の場合は配当還元法(およそ額面価額)支配株主の場合は会社の規模によって純資産価額法と類似業種比準法によって評価します。

 

少数株主か支配株主かの分岐点は、親族グループで議決権割合30%より上か下かで判定します。

 

 

 

中小企業のM&Aで活用される評価基準は??

上場会社やクロスボーダーのM&Aでは、先に説明した将来キャッシュフローから算定するDCF法や類似上場会社の指標に倍率を乗じて算定するマルチプル法がとられます。

 

一方で、中小企業のM&Aは少し違い、時価純資産価額に数年分(3~5年程度)の営業利益を加算した“年倍法”といわれる評価法がとられます。

 

 

 

 

時価純資産価額は、株主から出資を受けた資本(資本金+資本剰余金)に、今まで稼いだ利益の累計額(利益剰余金)、更に資産の含み損益を加減算して求めます。ちなみに資産の含み損益を加減しない方法を簿価純資産価額と言います。年倍法は、直前期の貸借対照表と損益計算書があれば凡その評価額が測定できる簡便な方法です。

 

なお、時価純資産価額によるとその時点の株式価値が算出されますが、企業が将来獲得できる利益は考慮されておりません。そこで、評価に際して将来利益分として営業利益の数年分を加算するわけです。

 


 

 

 

業種特有の評価基準は??

中小企業M&Aで用いられる“年倍法”は極めてシンプルな計算法で、売買価額の基礎とすることが多いのですが、そうはいっても業種によっては他の方法によった方が適切なケースがあります。

 

例えば、不動産賃貸業の場合は、所有している不動産の価値が重視されますし、調剤薬局の場合は、処方箋の枚数や近隣競合店の有無等が重視されます、そのほか、最近の人手不足を反映し、新たに人材をリクルートする場合に年俸の30%~40%かかることから、専門家の人数等から売買価額がアプローチされるケースもあります。

 

 

 

価格交渉はできるの??

売買価額はM&Aにおける最大の交渉条件といえます。M&Aに限った話ではありませんが、売り手は高く売りたい、買い手は安く買いたいと思うのは自然なことです。

 

売り手側の高く売りたい想いを価格に反映するためには、事業の希少価値面のアピールや買い手のM&Aによるシナジー効果を考慮させる方法があります。一般的に希少な事業新規参入が容易でない事業などは価値が高いですし、同業の買い手の場合にはM&Aによる事業拡大によりマーケットシェアが拡大し、コストのコントロールが可能(重複固定費のカット等により)な場合があるためです。

 

反対に買い手が行うデューデリジェンスによってマイナス材料が抽出された場合には、価格が引き下げられる方向に働くことになります。