PPAで使用する事業計画とは?[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第9回】PPAで使用する事業計画とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

前回は無形資産の経済的耐用年数について詳しく解説します。第9回は,無形資産評価において用いられる事業計画について解説します。なお,以下の解説は,無形資産の測定においてインカム・アプローチを採用する場合を前提としています。

 

 

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

 

1.使用される事業計画について

PPAにおける無形資産評価は,端的に言えば,事業計画上の将来キャッシュ・フローからもたらされる経済的価値を,無形資産の価値とのれんの価値に配分する手続です。

 

第5回でも解説したように,無形資産の評価は,公正価値アプローチに基づき行われます。

繰り返しになりますが,公正価値とは「測定日時点で,市場参加者間の秩序ある取引において,資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」であり,無形資産の評価は,一般的な市場参加者の見地に立って行わなければならないことを意味しています。

事業計画についても,上述のような公正価値アプローチに基づき策定されたものを使用することが求められます。

 

それでは,公正価値アプローチに基づき一般的な市場参加者の見地に立った事業計画とはどのようなものでしょうか。

 

M&Aのプロセスにおいて,企業価値や株式価値の算定にあたっては,複数の事業計画を用いて検討されることが一般的です。これは,将来のビジネスの予測にはリスクや不確実性が伴うためであり,競合状況や市場の成長性といった外部環境,新製品開発の成否やシナジーの発現等,企業内外のさまざま要素を考慮して複数のシナリオを想定することが通常です。

 

M&Aにおいては,当然のことながら,売り手は高く売却したいと考え,買い手は安く譲り受けたいと考えます。買収金額は,買い手と売り手が合意した価格ですが,買い手と売り手の交渉力等に左右されるものの,多くの場合,概ねスタンドアロン価格をベースに一定程度買い手のシナジーを加味した金額で合意されるものと考えられます。

 

 

【図表1】買収価格とシナジーのイメージ

 

 

無形資産評価の一般的な実務においては買い手「固有」のシナジーを除いた事業計画が使用されます。

「固有」とは,買い手のみがコントロールし実現できることを意味します。買い手固有のシナジーは,それを実現できる買い手にとってのみ価値を有するものの,一般的な市場参加者からみた場合その価値を実現できるものではないため無形資産の価値を構成しない,という考え方が基礎となっています。

買い手固有のシナジーによりもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんを構成することとなります。

 

一方で,買い手が実現可能なシナジーのうち客観的に見て誰が買い手となる場合であっても実現可能と考えられるシナジーは,事業計画上考慮しなければならない点には留意が必要です。

 

それらに該当するものとしては,例えば,事業規模拡大に伴うスケールメリットや,管理体制一元化によるコスト削減といったシナジーが考えられます。

 

 

【図表2】WACC,IRR,WARAの関係図

 

 

 

2.実務上の対応

一般的な無形資産評価の実務では,買い手企業と外部評価者の間で,どの事業計画を無形資産評価において使用すべきかについてディスカッションが行われます。

 

その結果,実際の買収価額と整合的な事業計画が使用される場合が多いです。そのような事業計画は,案件によってベースケースであったり,コンサバティブケースであったりとさまざまですが,買い手固有のシナジーを含まない点において共通しています。

 

使用される事業計画を決定したら,当該事業計画数値をもとに無形資産の測定を行います。中でも重要なプロセスは下記の2点です。

 

 

(1)IRRの算定

買収価格と事業計画上の将来キャッシュ・フローをもとにプロジェクトのIRRを算出します。

第7回で解説したとおり,IRRの算定は無形資産の測定に用いるWACCが合理的な水準かどうかを確認するために行われます。IRRは,買収価格及び投資実行時期と,事業計画上の将来キャッシュ・フロー金額及びその発生時期を設定の上,エクセルのXIRR関数を用いれば容易に計算が可能です。

 

公正価値アプローチの考え方に立つと,ここで用いられる買収価格は一般的な市場参加者が想定する金額であり,買い手が支払ったプレミアムを除いた金額となります。

 

同時に,事業計画上の将来キャッシュ・フローについても,買い手固有のシナジー効果による影響を除外した金額となります。このような前提の下,算出されたIRRが,設定されたWACCに近似しているかどうかが判断のポイントとなります。

 

ここで留意すべきは,設定されたWACCの水準が無形資産価値に重大な影響を与えるという点です。WACCの合理性がIRRによって確かめられた後,当該WACCとWARAが一致するように無形資産を含む各資産の期待収益率が設定されることとなりますが,その水準によって,最終的に算定される無形資産の金額が大きく異なることはお分かり頂けるかと思います。

 

 

【図表3】キャッシュ・フロー配分の概念図

 

 

算出されるIRRは,買収金額とそれに整合する事業計画が入手可能な場合,当然のことながらWACCに近似する値となります。しかし,実務では,入手可能な事業計画が買収金額と整合しないケースもあり,その場合算出されたIRRと想定されるWACCに差異が生じることがあります。そのような場合,以下のような要因が考えられます。

 

 

① IRR<WACCとなるケース

一般投資家の想定よりも高い価格で買収が行われている,あるいは,買収価格に買い手が支払ったプレミアムが含まれてしまっている場合が考えられます。

 

また,事業計画が過度に弱気である可能性があります。例えば,事業計画に一般的な市場参加者からみて当然に享受できると考えられるシナジーが織り込まれていないような場合が考えられます。

 

 

② IRR>WACCとなるケース

一般投資家の想定よりも低い価格で買収が行われている,または,事業計画が過度に楽観的または強気である可能性があります。また,買い手固有のシナジー等がキャッシュ・フローに含まれてしまっているような場合も考えられます。

 

実務上は,上記要因による影響を勘案して,事業計画を一般的な市場参加者が想定する水準へ可能な限り調整し,WACCの合理性を判断することになります。

 

 

(2)価値測定におけるキャッシュ・フローの検討

 

続いて,ロイヤリティ免除法や超過収益法といった評価技法を用いて,無形資産の測定に使用する事業計画を基礎として,どのように無形資産の測定を行うかを検討することとなります。

 

事業計画上の将来キャッシュ・フローに基づき無形資産を評価することは,将来キャッシュ・フローの価値を,無形資産とのれんの価値に配分することです。

 

また,無形資産は,評価基準日時点に存在する顧客・契約・技術・製品等から生じるキャッシュ・フローに基づき測定・評価されます。よって,対象企業が将来獲得する顧客や契約,技術等からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんの価値を構成することとなる点に留意が必要です。

 

 

① 商標権の場合

測定される無形資産が商標権の場合,評価手法は多くのケースでロイヤリティ免除法が採用されます。ロイヤリティ免除法は将来の売上高に一定のロイヤリティレートを乗じたロイヤリティ収入をもとに無形資産価値を算定する評価技法ですが,将来売上高は,使用される事業計画における商標関連事業の想定売上をそのまま採用することが一般的といえます。

 

 

② 顧客資産の場合

一方,顧客資産の場合は商標権と少々取扱いが異なる点に留意を要します。顧客資産の測定においては超過収益法を採用することが一般的ですが,前述のように,測定対象となるのは評価基準日時点に既に存在する顧客であることから,その価値を測定する際には事業計画上の数値に調整を加える必要があります。

 

当該調整は,主に新規顧客からもたらされる価値を除外することと,測定対象となる既存顧客の減少率を考慮することの2点です。

 

通常,事業計画上のキャッシュ・フローには将来獲得が期待される新規顧客からもたらされる価値が含まれるため,当該価値について顧客資産の価値を構成するキャッシュ・フローから除く必要があります。

 

また,前回も述べたように,長い期間でみると顧客は入れ替わりが生じると考えることが合理的であることから,有限の経済的耐用年数を設定し,当該年数に即した減少率を考慮することとなります。

 

 

3.まとめ

無形資産価値の測定に使用する事業計画については,一般的な市場参加者が想定するであろう事業計画を使用するという点が最も基本的かつ重要であると考えます。買い手企業においては,PPAにおいてこのような要請があることを理解して,予め事業計画上のキャッシュ・フローの構成について整理・把握しておくことが必要です。

 

次回は,人的資産と節税効果について解説します。

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?