[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第6回:税理士が関与できるM&A 業務

~M&A業務に対する対応力が事務所の成長力を左右する時代~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、税理士が関与できるM&A 業務を当事者別に教えてください。

 

A、売手、買手、対象会社に対して幅広い業務提供の機会があります。M&A業務に対する対応力が事務所の成長力を左右する時代であると言っても過言ではありません。

 

 

 

 

 

 

図表は当事者別にM&A支援業務をまとめたものです。売手向けと買手向けの業務について売買の仲介、スキーム策定、DD及び株価算定は支援する相手が違うだけでほぼ同一です。通常、DDとは買手サイドが行う買収監査を指しますが、売手が自社を調査するセルサイドDDも行われることがあります。買手のDDにより問題点を指摘されてから対処するよりも、事前に自社を調査して議論になりそうな点について事前準備をするために行います。特に複数の候補先に入札させるような案件では前さばきとしてセルサイドDDを行うケースが多いです。売手に対しては売却時の確定申告や売却後の資産管理業務も行えますし、買手に対しては購入時の税務申告の支援も行えます。とりわけ事業譲渡の案件では、譲渡対価の各資産への振り分け、減価償却資産の耐用年数の決定、営業権の処理など会計・税務で多数の論点が生じます。

 

また、対象会社に対してもPMI(Post Merger Integration) と言われるM&A 後の統合コンサルティング(事務処理体制の確立や買手との会計処理の統一、原価計算制度の構築など)や顧問税理士や監査役に就任しての関与などの業務提供が可能です。

 

以上、M&Aは税理士にとって非常に多くの業務機会がある一方、M&Aによる優良顧客喪失の可能性もあり、M&Aに対する対応力が会計事務所の成長力を左右すると言っても過言ではありません。

 

また、1 年の間でM&Aがよく行われる時期は7月以降で、4、5月は相対的に減少しますが何故だかわかりますか?日本の会社は3月決算が多いため、買手も売手も春先は自社の決算で忙しくM&Aなどやっている暇がないためです。自社の直近確定決算に基づき、いくらで売れそうか検討してから案件がスタートするため夏から秋がM&Aの繁忙期になるということです。

 

これは我々税理士の繁忙期(年末~5月)とかぶらないという点が重要なポイントです。事務所所長としては事務所スタッフの有効活用につながりますし、スタッフの方にとってもスキルの向上に役立ちますので、会計事務所がM&Aに取り組むことは収益源の多様化も含めて一石三鳥の効果があると言えます。

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

 

 

[スモールM&A マッチングサイト活用が成功のカギ]

第10回:企業価値UPの秘策

高い価格で小さな会社を引き継いでもらうポイント

 

〈解説〉

税理士 今村仁

 

 

 

小さな会社の第三者承継において、できるだけ高い価格で会社を引き継いでもらうためのポイントは、以下の3つである。

 

【できるだけ高い価格で会社を引き継いでもらうためのポイント】
1. 複数の優秀な後継ぎ候補を集めるために、自社の情報を正確にマッチングサイトに登録すること

2. 承継を決めたら、承継直前期の売上げや利益を上げる努力をすること

3. 社長業の終活をすること

 

 

 

引き合い件数が多いのは、デューデリジェンスを実施した会社


できるだけ高い価格で引き継いでもらうポイントの1つ目は、複数の優秀な後継ぎ候補を集めるために、正確な情報をマッチングサイトに登録することである。これまで手掛けてきた承継事例でも、きちんと自社のデューデリジェンスを実施し、それに基づいた情報をマッチングサイトに登録している会社は最初の引き合い件数が多かった。そして、価格や雇用継続などの条件でオーナー経営者の希望にそった形で交渉を進めることができているのである。

 

 

 

承継直前期の売上げや利益を上げる努力をする


ポイントの2つ目は、承継を決めたら、承継直前期の売上げや利益を上げる努力をすることである。小さな会社の価格算定に、土地のような路線価や固定資産税評価額などの目安となる公的指標はない。また、会社が小さければ小さいほど、取引事例のデータストックもない。ではどのように価格が決められているのかというと、特に小さな会社の第三者承継でよく用いられるのが、下記の簡便的価格算定方法である。

 

 

【小さな会社の第三者承継でよく用いられる簡便的価格算定方法】

承継直前の利益金額 × 〇年分 + 時価純資産価額

 

 

上記の計算式のとおり、なるべく高い価格で会社を第三者承継しようと考えると、承継直前期の売上げや利益を上げることが大切である。つまり承継前に売上げや利益を上げるべく努力すると、それがそのまま会社の価格に反映されることが多いと知っておいてほしい。もしそれほど売上げや利益を上げられなくとも、「売上げや利益が上がる傾向にあるのか」「下がる傾向にあるのか」というトレンドも価格算定や他の条件に大きく影響するので、たとえわずかでも上昇局面を作っておくということは、オーナー経営者側にとってとても大切なことになる。

 

 

 

社長業の終活をすること


ポイントの3つ目は、「社長業の終活をすること」である。小さな会社では、特に仕事における社長への依存度が高い。また、会社が組織化されていないため、書類の整理や情報の共有などで一般的な中小企業に大きく遅れていることが多い。書類がきちんと整理されていて、重要な取引先や仕入れ先などが一覧できる状態になっていると、それだけで後継者候補へのアピールとなるのだ。マッチングサイトに登録しても後継者候補がそれほど現れなかった場合や、努力しても承継直前期の売上げや利益を上げられなかった場合でも、このような終活を実行すれば、高い価格で会社を譲ることができる可能性がある。

 

 

 

 

 

 

書籍「小さな会社の事業承継・引継ぎ徹底ガイド ~マッチングサイト活用が成功のカギ」より

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

評価会社が課税時期前3年以内に取得した土地や家屋を有する場合の純資産価額方式の計算

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

[関連解説]

■自宅家屋を取壊して敷地を譲渡した場合の譲渡所得の3,000万円控除の取扱い②

■同族株主が相続等により取得した非上場株式の相続税評価

 

 

1.純資産価額方式による株式評価計算の原則


純資産価額方式は、非上場会社が課税時期(個人が相続、遺贈又は贈与により財産を取得した日をいう。)に清算した場合に株主に分配される正味財産の価値(純資産価額)を、その会社の発行株式の相続税法上の評価額とする評価方法です。具体的には、非上場会社(以下「評価会社」)が所有する資産を財産評価基本通達(以下「財基通」)に基づき評価し、その評価額の合計額から、負債金額の合計額及び資産の含み益に対する法人税額等相当額を差し引くことにより純資産価額を計算します(財基通185)。

 

2.課税時期前3年以内に取得した土地や家屋の評価


(1)通常の取引価額による評価

 

純資産価額の計算上、資産は財基通に基づいて計算することから、会社が所有する土地は路線価、建物は固定資産税評価額を基に評価するのが原則です。ただし、課税時期前3年以内に取得又は新築した土地や家屋の価額は、課税時期における通常の取引価額相当額(注)で評価します(財基通185かっこ書)。(注)その土地等や家屋等の帳簿価額が課税時期における「通常の取引価額」に相当すると認められるときには、帳簿価額(取得価額)に相当する金額によって評価できます(同)。

 

このような取扱いをする理由は、①純資産価額の計算において、評価会社が所有する土地の時価を算定する場合に、個人が所有する土地の評価を行うことを念頭においた路線価等によって評価替えすることが唯一の方法ではなく、適正な株式評価の見地からは、通常の取引価額によって評価すべきとも考えられること、②課税時期の直前に取得や新築をし、時価が明らかにわかっている土地や家屋についても、わざわざ路線価等によって評価替えを行うことは、時価の算定上、適切でないと考えられることによるものです(令和2年版財基通逐条解説682~683頁)。

 

 

 

(2)「取得」の意義

 

上記(1)における「取得」には、評価会社が土地や家屋を交換、買換え、現物出資、合併等により取得する場合が含まれます(令和2年版財基通逐条解説683頁)。合併や会社分割等の組織再編行為により評価会社が土地や家屋を取得した場合についても、(1)の「取得」に含まれるので注意が必要です。

 

 

 

(3)土地や家屋を課税時期前3年以内に取得したかどうかの判定時期

 

純資産価額の評価は、課税時期現在における評価会社の資産及び負債に基づき計算することが原則ですが、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債の金額について著しく増減がないと認められる場合には、直前期末の資産及び負債を基として評価することが認められています(「取引相場のない株式(出資)の評価明細書の記載方法等」12頁)。

 

この取扱いは、課税時期における仮決算を組むのが煩雑であるため、課税上弊害がない範囲で、直前期末の資産等を課税時期現在の資産等に置き換えることを認めたものであり、直前期末を課税時期とみなすものではありません。

 

したがって、評価会社の所有する土地及び家屋が3年以内に取得したものかどうかは、直前期末の資産等を基に評価する場合であっても、課税時期から遡って判定します(参考:東京国税局「令和3年8月資産税審理研修資料」224~225頁)。

 

 

 

(4)家屋とその敷地を取得後に家屋を賃貸した場合

 

評価会社が課税時期前3年以内に取得した家屋と敷地を所有している場合において、その家屋を取得後に自用から賃貸に利用区分を変更しているときは、その家屋と敷地の評価をどのように行うかが問題となります。上記の場合には、課税時期において家屋を賃貸していることから、家屋とその敷地を貸家及び貸家建付地としての通常の取引価額に相当する金額により評価することになります。

 

この場合、取得時の利用区分(自用家屋、自用地)と課税時期の利用区分(貸家、貸家建付地)が異なることから、前述(1)(注)のように取得価額そのものを評価額とすることはできません。そこで実務上、取得時の利用区分と課税時期の利用区分が異なり、その取得価額等から課税時期における通常の取引価額を算定することが困難である貸家及び貸家建付地の評価は、まず(1)によりその貸家と敷地が自用家屋と自用地であるとした場合の通常の取引価額を求め、次にその価額を財基通93の貸家の評価の定めと26の貸家建付地の評価の定めを適用して減額して計算することが認められています(参考:東京国税局「令和3年8月資産税審理研修資料」226頁)。

 

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2022/07/25)より転載

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第13回:DCF法のポイント、将来キャッシュフローを求めよう、現在価値に割り引こう、DCF法の計算をしてみよう

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.DCF法のポイント

2.将来キャッシュフローを求めよう

①将来CF(キャッシュフロー)の予測

②フリーキャッシュフロー(FCF)

3.現在価値に割り引こう

①残存価値(Terminal Value)

②計算事例

4.DCF法の計算をしてみよう

5.非事業用資産(遊休資産)の加算

 

 

M&Aの場面だけではなく、事業上の判断や減損判定等多くの場面においてDCF法は使用されています。本稿では第12回に引き続き、DCF法の計算の流れについて見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:類似会社比較法(マルチプル法)とは

▷関連記事:企業価値評価(Valuation)の全体像

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1. DCF法のポイント


DCF法はざっくりお伝えすると企業・事業の「将来キャッシュフロー」を「現在価値に割り引いて」企業価値を算出する方法です。

 

そのため重要なポイントは以下の2点です。

 

 

 

企業・事業の将来キャッシュフローを算出するためには「将来のCFを予測する」ことと「FCF(フリーキャッシュフロー)を計算する」ことが必要になります。こうして求めたFCFを前回ご説明した「現在価値に割り引く」ことで、現時点での企業価値を算出することができます。

 

2. 将来キャッシュフローを求めよう


①将来CF(キャッシュフロー)の予測

企業の将来CF予測に際して、まずは予想貸借対照表・予想損益計算書を作ります。その際、企業の事業計画を反映させるとともに、当該計画の妥当性を検証(デューデリジェンス)します。第9回でご説明した事業計画分析ですね。

 

予想貸借対照表・予想損益計算書の作成は、シナジー効果等、合併に際してプラスの要素やマイナスの要素も組み込んだ計画が望ましいです。過去の財務指標推移を参考にして作成し、投資・人事計画等の事業計画を織り込みます。もちろん夢物語では信頼性に乏しいため、ある程度の説得力のある財務諸表を作る必要があります。

 

 

②フリーキャッシュフロー(FCF)

DCF法で使うのは「フリーキャッシュフロー(FCF)」という概念です。事業が産み出すキャッシュフローのことで、イメージとしては「債権者・株主に分配可能なキャッシュフロー」です。税金を支払い、必要な投資を行った後に債権者・株主に分配可能なキャッシュフローとなります。

 

 

 

 

P/Lの営業利益を出発点として、債権者・株主に分配可能なキャッシュフローを求めに行きます。FCFの式は少し難解に見えますが、各項目をもう少し具体的に掘り下げていきましょう。

 

 

+営業利益×(1-税率)

税引後営業利益のことで、本業の成果である営業利益から税金分を差し引いた金額です。税金は国に支払う金額のため、債権者・株主に分配できません。そのため営業利益に帰属する税金部分を除くよう、×(1-税率)として簡便的に税引後営業利益を計算しています。

 

税引後営業利益のことを、専門用語でNOPAT(Net Operating Profit After Taxes)と言ったりします。

 

 

+減価償却費

減価償却費は営業利益の中に含まれていますが、現金支出を伴わない費用のため実際のキャッシュに影響を与えません。減価償却費は固定資産を期間配分計算しているに過ぎないので、特段現金は出ていきませんね。

 

今回必要となるのはキャッシュがいくら入るかの情報のため、営業利益に含まれている減価償却費を足し戻すことで、減価償却費の影響を排除し現金支出項目に絞っています。

 

非現金支出費用である減価償却費の影響を排除する点では、第8回でご説明したEBITDAの計算と同じ発想です。

 

 

▲(+)正味運転資本増加額

営業利益と現金収支のタイミングは通常異なります。売上や売上原価は先行して計上されますが、売掛金や買掛金は回収・支払に時間がかかります。そのため通常営業活動に投下されている資金を計算し、現金が必要になる部分を差し引きます。もちろん現金が余る場合は加算するので「正味」とついています。運転資本は各期において以下の通り求めます。

 

 

 

例えば以下の事例を考えてみましょう。売掛金と買掛金しかない会社で、運転資本が+20動いています。

 

 

 

×2年度において、売上高から手に入る現預金はいくらでしょうか。細かい条件は考えず、売上高は期末に1回のみ上がるとしましょう。

 

×2年に手に入る現預金は、×1年の売掛金精算分の100ですね。×2年の売上高はまだ売掛金なので、現金化されていません。

 

一方、×2年の損益計算書における売上高はいくらでしょうか。これは×2年に計上している売掛金分の130です。

 

 

×2年の営業損益計算においては130の売上を計上している一方、実際に流入しているキャッシュは100しかありません。そのため営業利益と実際に入っている現預金を比較すると、実際に入っている現預金の方が30小さい状況と言えますね。

 

運転資本はPL計上タイミングの方が早く、現預金の回収・支払タイミングの方が遅いために発生する状況です。

 

FCFでは債権者・株主に分配可能なキャッシュフローを求めるため、営業損益をキャッシュフローに変換することが必要となります。今回の売掛金の例で言うと、営業損益から▲30する(30減算する)と、実際に手に入ったキャッシュに変換することができます。

 

これを買掛金でも同様に考えると、この会社の運転資本は全体として+20となっていますので、FCF計算上は正味運転資本増加分である20を減算することとなります。

 

 

 

▲設備投資額

固定資産の更新投資、新規投資等、必要な投資に係る支出を差し引きます。買収後に大規模な設備投資が予定されている場合には、その計画を反映させていくこととなります。

 

以上の計算を通して、各年度においてフリーキャッシュフロー(FCF)を求めます。

 

 

 

 

≪Column:より深くNOPATを知ろう≫


●なぜ「営業利益」を使うの?

企業価値を求める際は、債権者・株主に分配可能な、事業全体のキャッシュフローを計算する必要があります。そのため債権者に分配することとなる支払利息を差し引かないよう、便宜的に営業利益を使います。

なお、営業利益ではなく「営業利益+事業資産を源泉とする営業外損益」で計算されるEBITを使用することも多いですね。

 

●なぜ実際の税額ではなく「税引後営業利益」として計算しているの?

負債を有する場合、支払利息の税金軽減効果があるため実際の税金の方が小さいことが想定されます。しかし、DCF法においてこの税金軽減効果は第12回でご説明しているWACCの割引率に反映されています。

そのため、NOPATの段階では負債の税金軽減効果は考慮せず、株主資本100%とした場合(支払利息等がない場合)のキャッシュフローを用いるべく、営業利益に税率を乗じた値を差し引き、税引後営業利益としています。

 


 

 

3. 現在価値に割り引こう


①残存価値(Terminal Value)

これまで求めた各年度のFCFを、前回第9回でご説明した割引現在価値とすることで、企業価値を求めます。このとき、企業は永続的に続く前提を置くことが多いです。

 

読者の皆様も「30年後に企業が倒産する」といった前提は考えずに、永続的に企業が存続するつもりで日々仕事に取り組んでいるかと思います。この発想は企業価値評価の際も同様で、明確にいつ時点で解散すると決まっていない限り、永続的に存続するものとの仮定を置くことになります。

 

しかし、100年後・200年後までの計画は非現実的です。そこで実務上、5年~10年程度の事業計画を作成したうえで、その最終年度のFCFがずっと続くとして計算することが多いです。なお、30年後に終了することが分かっているような事業の場合は30年間のみしか考えませんし、その時点での解散価値を算出することとなります。

 

 

フリーキャッシュフローが一定 (ゼロ成長)の場合

 

 

フリーキャッシュフローが定率成長の場合

 

※上記の計算式は毎年のFCFに関する割引計算の数式について、年数n→∞としたときに導くことができます。無限等比級数と言われている式です。

 

算出した継続価値を現在価値に割り引いた上で、企業価値に加算します。

 

②計算事例

文章だけだと分かりにくい部分も多いので、簡単な事例を見てみましょう。

 

 

表にしてみると、毎年の流れは以下の通りです。

 

 

まずは残存価値を求めましょう。×6以降はFCF100百万円でゼロ成長(5年目と同様)ですから、継続価値は以下の通り2,000百万円となります。

 

FCF:100÷5%=2,000

 

 

継続価値のポイントは、CF計算開始年の前年の価値として表されることです。今回の例で言えば、6年目以降の継続価値を求めたので、継続価値2,000百万円は5年目における価値となります。

 

 

4. DCF法の計算をしてみよう


ここまでで各年度のFCFと、継続価値を求めてきました。DCF法に必要となる各年度のキャッシュフローの流れは全て算出したことになります。そこで、各年度のFCFを割引現在価値とすることで、事業の価値が算出されます。

 

年度毎のFCFに割引計算を行い、全ての価値を「現在」に合わせます。6年目以降の継続価値は5年目に反映されているため、計算自体は5年分で大丈夫です。1~5年目までのFCFを、各々割引計算しましょう。

 

 

上記式の通り、事業価値は1,946百万円となります。このようにして、事業の価値は算出されます。

 

 

5. 非事業用資産(遊休資産)の加算


最後に補足論点です。DCF法で算出した価値は「事業価値」となります。FCFは買収対象となる企業の事業から生じる価値ですね。特に使っていない非事業資産がない場合、この事業価値が「企業価値」となります。

 

一方、事業に用いていない非事業資産(遊休資産)があった場合、その売却によって手に入るキャッシュもまた企業の価値を構成します。そのため最後に遊休資産を加算することで「企業価値」となります。

 

 

 

 

なお、企業価値から有利子負債や非支配株主持分等を減額することで、株主にとっての価値である「株主資本価値」となります。

 

 

 

DCF法は一見すると複雑に感じますが、実は「FCFを求めて」「WACCで割り引く」だけの単純な構造です。実務上DCF法で重要なことは「どのように仮定を置くか」です。将来FCF・資本コスト・成長率等、多くの見積り要素があるため、1つ1つが信頼のおける見積りかどうかが、DCF法全体の計算結果に影響してくることとなります。

 

 

この連載も本稿で終了となります。M&Aは一見すると専門的であり、取っつきにくいと感じている方も多いかと思います。たしかに細かい論理は多々あり、実務を行う上では多くのことを確認していく必要があります。しかし、概要だけざっくりと確認するのであれば、そこまで難しい分野ではありません。全10回を通して、漠然としていたM&Aについて、ある程度でも具体的になっていただけたのであれば、大変嬉しい限りです。

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第12回:DCF法とは? 割引現在価値とは? WACCとは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.DCF法って何?

2.割引現在価値とは

①「今」と「1年後」の100万円

②現在価値の計算式

③事例で考える現在価値

3.WACCとは

①WACCの基本

②負債コスト

③株主資本コスト

④事例で考えるWACC

 

 

 

企業価値評価の様々な手法の中の1つがDCF法ですが、DCF法は有用性が高いため非常に多くの場面で使用される手法です。

 

本稿ではDCF法の考え方の基本となる「割引現在価値」「WACC」について見ていきます。割引現在価値やWACCの考え方は企業価値評価におけるDCF法はもちろん、収支タイミングを考慮する必要がある評価技法や、経済学・ファイナンスの分野など様々な場所で出てくる考え方ですね。

 

 

▷関連記事:類似会社比較法(マルチプル法)とは

▷関連記事:企業価値評価(Valuation)の全体像

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1.DCF法って何?


企業価値評価の中でも最も使用される手法が、DCF(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー)法です。会社が将来生み出すフリーキャッシュフローを現在価値に換算する方法です。DCF法が好まれるのは「将来の期待を反映できる」点と、「ファイナンスのプロでなくとも理解可能である」点にあります。

 

会社が会社を買うとき、既存事業を拡大しよう、新規事業に投資しよう、海外に参入しようというように、そこには多くの期待が含まれます。この期待は全て「将来」に向かった期待です。今はぱっとしない事業でも、将来は花開くことを期待しているから、会社の購入を決定します。事務効率化や規模の効率性を考えた結果会社の将来のためになるから、会社を購入するのです。そのため会社を購入する側は、その会社が「将来」どれだけ貢献することができるのかを一番に気にします。

 

コストアプローチである時価純資産法や、マーケットアプローチである市場株価法・類似会社比較法(マルチプル法)等は、あくまで「現時点」の価値を表しているにすぎません。もちろん株価はある程度投資家からの将来の期待も含まれた上で値付けがされていますから将来価値とも言えますし、また現時点の価値も重要な情報ではあります。しかし、買収効果を全て反映させて将来の期待を価値として評価するDCF法は、理論上は買収する側が最も必要とする情報になります。

 

一見すると難しそうに見えるDCF法ですが、1つずつ見ていくとそこまで難しい手法ではありません。第12回・13回の2回に分けて、DCF法の全体感についてざっくりとしたイメージをお伝えさせていただきます。

 

 

 

 

≪Column:DCF法って本当に有用なの?≫


理論上は上記のように価値ある金額の算定が可能なDCF法ですが、将来という不確定で恣意的な要素が非常に多く入るため、あまり客観的な数値とは言えません。

そのため実務上は「DCF法とマルチプル法」といったように、DCF法とその他の方法を組み合わせて総合的に判断することが多いです。企業価値は大体いくらからいくらと言ったように幅を持った金額で表現されることがほとんどですが、これも将来という読みにくいものを基礎として評価することが一因です。

 


 

 

2.割引現在価値とは


まずはDCF法の大前提として、割引現在価値をご説明します。DCFのDは割引を意味するディスカウントのDで、割引現在価値という考え方が用いられています。DCF法は将来に渡る複数年の時間軸を考えますが、最終的には「今の価値はいくら?」となりますよね。そのため割引現在価値という考え方を用いることで、「今の価値」に全て統一することとなります。

 

①「今」と「1年後」の100万円

突然ですが、「今」100万円手に入れるのと、「1年後」に100万円手に入れるのと、どちらが良いでしょうか。

 

多くの方が「今」手に入れる方が嬉しいと感じるはずです。嬉しい理由は様々だと思いますが、「今」手に入れた現金の方が「1年後」に手に入れる同額の現金よりも価値が高いということを無意識に感じている結果ではないかと思います。これを投資の観点から見てみましょう。

 

「今」100万円手に入れて、銀行預金に預けました。預金利息が3%だとすると、1年間に3万円の利息が手に入ります。「今」の100万円は、「1年後」には103万円になります。100×(1+0.03)=103ですね。(預金利息にしてはかなり高いですが、3%あたりが分かりやすいので説明上は3%としています。)

 

 

 

 

 

逆に考えると、1年後に手に入れる100万円は、今の価値にするといくらでしょうか。

 

1年後にするためには「×(1+0.03)」をしていましたので、1年前に戻すには割り算「÷(1+0.03)」をすれば良いです。100万円÷(1+0.03)=約97.09万円となります。

 

 

 

 

 

この割り算という考え方が大事ですので、検算をしてみましょう。

 

(検算)97.09万円×(1+0.03)=100万円

 

 

無事1年後に100万円になりましたね。「今」97.09万円を手に入れて銀行預金に預けると、1年後には100万円になります。1年後の利息を含めた金額を算定するには掛け算をしますので、逆に1年前の金額を算定するには割り算をすることになります。

 

このように、貨幣には「時間価値」の概念があります。先に現金を手に入れた方が、運用によって増やすことができる分価値が高いという概念です。何年にもわたって現金を産み出す会社の1時点の価値を考える際は、時間価値を考慮することよくあります。

 

 

さて、時間価値で重要な点は、「今の価値で比較が出来る」ことです。

 

今100万円もらうことと、1年後に100万円もらうことの価値を比較してみましょう。

 

 

1年後の100万円は今の価値で97.09万円になってしまうので、1年後に100万円もらうより今100万円もらった方が良い、ということが言えますね。

 

②現在価値の計算式

現在価値の計算式は以下のようにあらわすことができます。

 

 

 

 

先程の例を使って、かみ砕いて見ていきましょう。今の100万円は、1年後の103万円と同じ価値になっていました。1年後の金額は単純に×(1+利率)でしたね。1年前に戻す場合は、÷(1+利率)とすれば良いはずです。

 

 

では、2年後、3年後になったらどうでしょうか。1年後の103万円に更に×(1+利率)をしていきます。そのため2年後であれば現在の100万円に、(1+利率)を2回乗じる形になります。逆に、2年後から現在を考えるときは、同じく2回割り算をしていきます。

 

 

この2年後を「n年後」として割り算の形にすると、現在価値の数式となりますね。

 

③事例で考える現在価値

簡単な事例として、以下のような案件の現在価値を考えてみましょう。

 

年度毎の現在価値は次の通りです。

1年後:100万円÷1.03=97.0874…

2年後:100万円÷(1.03)^2=94.2596…

3年後:100万円÷(1.03)^3=91.5142…

 

 

これらを合計すると、282.8611…となるので、四捨五入すると283万円が今の価値(割引現在価値)となります。

 

 

 

 

≪Column:現在価値を求める際の割引率≫


現在価値を求める際に重要となるのは割引率です。何で割り引くかによって現在価値が全く異なる結果となるためです。

 

例えば銀行に預けて将来100万円を引き出すとしたら、銀行の預金利率を使います。同様に社債に投資して将来100万円返ってくる場合は、社債の利息を使うことになります。

 

このように、投資に対して求めることになる期待運用収益率で割り引くことが一般的です。リスクの低い投資(銀行預金等)であれば、期待運用収益率が低いため、割引率も低くなります。一方、リスクの高い投資(株式等)であれば、期待運用収益率が高く、割引率も高いものとなります。DCF法では、後述するWACCという割引率を使用することとなります。

 


 

 

3.WACCとは


①WACCの基本

これまでは「割引現在価値」の考え方について見てきました。将来キャッシュフローを運用利率で割り引くのが、割引現在価値です。

 

では、企業価値算出に際して使用する利率(割引率)は、どのようなものを使えば良いのでしょうか。

 

企業価値算出の際には、「WACC」という割引率を使用します。WACCはWeighted Average Cost of Capital:加重平均資本コストの略で、債権者(負債側)と株主(資本側)が対象企業に求める期待投資利回りの加重平均を示します。

 

 

 

企業が資金を調達する手段は大きく2つあります。返済義務のある負債で調達するか、返済義務がない資本(株式)で調達するかです。

 

両者は返済義務が異なるので、投資リスクが当然異なります。リスクが高い投資をする人はリターンも相応に求めることになるので、リスクが異なれば要求利回りも異なることとなります。債権者と株主、リスクの異なる投資をする両者の要求利回りを加味しつつ、調達金額比で加重平均を取るのがWACCです。

 

BSの右側(負債・資本)の調達にともなう利回りの平均を取るイメージですね。

 

企業が資金を1円調達するのに、平均していくらのコストがかかっているかを示す指標となります。

 

 

②負債コスト

負債コストは、評価対象企業の格付や実際の借入利率等を用いて算定します。多くの場合では現行の借入コスト(借入利率等)を使用し、事業計画期間における想定値がある場合はそれを加味しつつ、検証として評価対象会社と同水準の格付を持つ企業の社債利回りを参考にします。

 

ここで、負債の利息は税務上損金となります。利息100円、法人税率30%としたときに、利息100円を支払うとその分利益(課税所得)が減りますね。負債の利息を支払わない時と比べて、100×30%=30円だけ税金が小さくなります。

 

そのため負債利息は100ですが、実質的には100-30=70が負債に係るコストであると考えられます。この税金軽減効果を数式上示しているのが、(1-T)の部分です。

 

実質的に負担するコストは、(1-税率30%)である70%部分のみということですね。

 

③株主資本コスト

株主資本コストは、評価対象会社の株式へ投資する際の期待収益率です。負債コストは現行の借入利率があるので比較的算定に困りませんが、株主に対しては利率等の明確な概念がないため、株主の要求利回りをもとめることは一筋縄ではいきません。

 

そこでよく使用されるのが、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産評価モデル)という手法です。投資家の期待利回りを、リスクなく獲得できる利回り部分と、リスクを負うにあたり追加で求める利回り部分に分解して算定する手法です。このように一定の手法を用いて、株主資本コストを算定することとなります。

 

 

 

≪Column:CAPMについて≫


少し発展的な内容となりますが、CAPMの内容を少しご説明します。株主の要求利回りを大きく以下のように表すのがCAPMです。

株主資本コスト=リスクフリーレート+ベータ値×リスクプレミアム

 

リスクフリーレートはその名の通り無リスクの利回りで、長期国債利回りを使用することが多いです。リスクプレミアムは上記リスクフリーレートを超えて株式市場に求められる超過利回りです。これにベータ値という値を乗じて、評価対象企業固有のリスクを示す形となります。

ベータ値は評価対象企業のリスクと市場全体のリスクとの相関を示す係数というイメージです。市場全体の超過利回りを、評価対象企業固有のリスクに変換するための係数ですね。このような計算を経て、株主資本コストを算定していくこととなります。

 


 

 

④事例で考えるWACC

 

まず、株主資本比率E/(D+E)・負債比率D/(D+E)は以下の通りですね。ポイントは両者とも時価で考える点です。特に株式は時価と帳簿価格に乖離が生じることがほとんどですので、その時点の価値である時価とします。

 

株主資本比率E/(D+E)=20,000÷(20,000+30,000)=0.4

負債比率D/(D+E)=30,000÷(20,000+30,000)=0.6

 

株主資本が40%、負債が60%となりますので、この割合で加重平均を取ると、WACCは以下の通りとなります。

 

 

株主資本コスト10%、負債コスト3%の会社でしたが、加重平均を取ると5.26%となりました。そのためこの会社全体の資金調達コストは5.26%と言えます。

一般的に株主の方が債権者よりリスクを取っている分要求利回りも大きいため、株主資本比率が高い会社はWACCも高く、逆に負債比率が高い会社はWACCも小さくなることが多いです。

 

今回はDCF法の基礎となる割引現在価値と、割り引く利率であるWACCの考え方について見てきました。次回最終第10回は、これらの考え方を用いた上でのDCF法をご説明していきます。

 

 

 

 

 

 

[氏家洋輔先生が解説する!M&Aの基本ポイント]

第10回:事業価値を高めるために実施した施策の失敗例

~M&Aの売り手側の「事業の磨き上げ」という考え方(運送会社の事例)~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

 

 

M&Aの売り手側の事業の磨き上げという考え方について、コンサルタントが言っているのをよく見かけるようになりました。コンサルタントの勧めによる磨き上げを行った結果、資金繰りが苦しくなり、M&Aによる会社売却どころではなくなった事例を紹介します。

 

紹介する会社は運送会社で、経営状況はそれほど芳しくはありません。そのため、将来的にM&Aで会社を売却するために、コンサルタントは利益をねん出したいと考えました。利益をねん出するためには、受注を増やしたり、運送単価を上げることで売上を増加させるか、燃料費などの変動費や人件費などの固定費の削減を実施することで利益をねん出することが一般的です。

 

ここで、当運送会社の費用構造を見てみると、最も多いのはドライバーの人件費、次いで燃料費、旅費交通費、修繕費、リース料となります。

 

コンサルタントは、リース料に目を付け、車両をリースではなく現金で購入することで、リース料を削減して利益をねん出する方法を勧めたのです。

 

 

しかし、この方法は2つの重要な問題があります。

 

1つ目は、当会社は経営状況が芳しくないため、車両を購入するために借入を行うことができません。借入ができないため、通常はリースを組んで車両を調達するのですが、そのリースを組まずに、手元現金で調達するということをしました。運送業の車両は数千万円ほどの金額となるため、数台購入すると億単位の手元の現預金が減少します。経営状況が芳しくない状況で、現預金を減らすべきではありません。

 

2つ目は、M&Aの買手企業の株価算定方法によっては、車両をリースではなく現預金で購入するという施策は、実はあまり意味をなさないということです。株価算定の方法が償却前営業利益の数倍のような方法であれば、リースよりも現預金で購入した方が利益がよくなるため、株価が高くなる可能性があります。一方で、DCF法のように、株価算定の計算の中に車両の購入についても考慮に入れる株価算定手法の場合であれば、リースであれ現預金で購入した場合であれ株価は大きく変わらないのです。

 

コンサルタントの勧めにより、M&Aで会社を売却するどころか、資金繰りが苦しくなり経営が立ち行かなくなってしまうという可能性があります。コンサルタントの勧めを鵜吞みにせずに、おかしいと思った場合には、信頼のおける人や、専門家のセカンドオピニオンなどを求めることも必要になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第11回:類似会社比較法(マルチプル法)とは

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.類似会社比較法(マルチプル法)とは

①マルチプル法って何?

②マルチプル法の手順

2.マルチプル法の実務

①類似企業を選ぼう

②倍率を出そう:EV/EBITDA倍率

③倍率を出そう:PER・PBR

④計算事例

 

 

今回はバリュエーションの中でもよく使用される「マルチプル法」についてご説明します。マルチプル法は類似上場会社の数値を基礎として価値を評価する手法です。ざっくりとした企業価値を算出するのにもってこいの手法なので、事例を基に見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1. 類似会社比較法(マルチプル法)とは


①マルチプル法って何?

東証や大証などの市場に株式が出回っている場合、価値の算定はそこまで難しくありません。普通株式であれば、単純に株価×発行済株式数を基礎として株主資本価値を算定することが可能です。

 

しかし、M&Aにおいて市場に株式が出回っている会社が登場することは非常に稀です。多くのM&A案件は非公開会社の売買案件ですので、上記のように単純に価値を評価することが出来ません。しかし、一定程度の客観性を持った評価金額が必要となります。

 

そこで、類似上場会社の数値を基礎として価値を評価する類似会社比較法(マルチプル法)を使用していくこととなります。

 

 

 

≪Column:企業価値評価の手法について≫


前回ご紹介した通り多くの企業価値評価手法がありますが、実際に使用される手法ランキングを作成した場合、1位:DCF法、2位:マルチプル法になると思われます。(筆者私見ですが、この2手法は群を抜いて使用されています。3位以下を大きく引き離してのワンツーフィニッシュですね。)

 

DCF法は将来情報を企業価値として織り込むことから非常によく用いられています。マルチプル法はそこまで難しくない計算過程の割に、一定の客観性を保った金額を得ることが出来るため重宝されています。

 


 

②マルチプル法の手順

まずはざっくりと、マルチプル法の手順についてご説明します。マルチプル法は、ある指標(倍率)が、評価対象会社と類似企業でほぼ同じである前提に基づいて価値を計算する手法です。実際には後述するEV/EBITDA倍率等が良く使用されますが、まずはイメージを掴みやすいよう、第10回で挙げた「経常利益」を指標とする例を再掲します。

 

 

 

 

 

❶上場している類似会社の決定

まず上場している類似企業を見つけます。バリュエーションにおける評価対象となる企業とビジネスが類似している上場企業を見つけます。今回は以下の会社が類似企業として選定されたとします。

 

 

 

 

❷倍率の算定

上記類似企業のデータを用いて倍率を算定します。時価総額を経常利益で割った倍率を求めてみましょう。

 

 

 

 

❸対象企業の価値評価

上記倍率(20倍)という数字が評価対象会社にも当てはまる前提に基づき、算定した倍率を評価対象会社に当てはめて、株主資本価値を求めます。

 

 

 

 

 

 

 

そこまで難しくなさそうですね。類似上場企業の倍率を算定し、その倍率をM&A対象となる非公開会社に当てはめて計算するだけです。類似企業であれば、ある程度倍率も同じ傾向を示すだろうという仮定に基づいている点がポイントです。

 

 

 

[Point]

マルチプル法は、評価対象会社と類似企業で使用する倍率が同じ傾向を示す前提での計算方法。

 

 

 

2.マルチプル法の実務


ざっくりとしたイメージは上記の通りですが、実務上はより細かく慎重に検討していくこととなります。

 

①類似企業を選ぼう

マルチプル法で最も重要なことは類似企業の選定と言っても過言ではないです。業種・業界の類似性はもちろん、製品や規模、地域、資本構成、利益率等様々な要素を加味して類似企業の選定を行うこととなります。

 

実務上は3社~10社程度の類似企業を選定することが多いです。上記の項目1つ1つを見た場合、当然対象会社とは異なると感じる項目も発生します。例えば業界や製品は似ているものの、資本構成が異なる(対象会社は負債が多い一方、類似企業は負債が少ない等)場合があります。類似企業の母集団が小さいと客観的な数値になりにくいため、そのように差異がある場合でも類似企業として含め、ある程度の類似企業数とすることが多いです。使用する倍率は類似企業の平均値や中央値を使います。

 

②倍率を出そう:EV/EBITDA倍率

使用する倍率はEV/EBITDA倍率、PERやPBRが使用されることが多いです。まずは最も使用されるEV/EBITDA倍率を見ていきましょう。

 

 

●EV/EBITDA倍率

EV/EBITDA倍率はEV÷EBITDAで求める倍率です。分子の「EV」はEnterprise Valueの略で企業価値と訳されますが、実際には事業価値がより近い概念となります。該当企業を買収する際、実際に必要な金額はいくらか?という観点からの指標です。

 

純有利子負債=有利子負債-余剰資金-非事業性資産等)

 

 

数式の通り、時価総額に純有利子負債を足した金額がEVです。時価総額は「株主資本価値」を示し、株主にとっての会社の価値部分です。これに純有利子負債を足すことで、その企業自体を保有した際に必要となる正味金額を示していることになります。

 

例えば100%株式買収により会社を買収したとします。その際、株式時価総額を支払うことで会社の買収は完了しますが、同時に会社が元々持っている負債の返済義務を負いますね。一方、余剰資金や非事業性資産の売却による現金流入によってカバーできる分もあります。そのため返済義務のある有利子負債から、余剰資金や非事業性資産を差し引いた正味の返済必要金額である「純有利子負債」が、実際購入金額に追加で必要となる金額です。株式時価総額に正味の返済義務である「純有利子負債」を足した金額が、「実際に必要な金額」であるEVとなります。

 

なお、非支配株主持分がある場合は上記に加算します。非支配株主持分は有利子負債と同様に他人資本であるため、正味金額に含めるべきという考え方です。

 

 

 

 

分母にくる「EBITDA」は第8回目でご説明した「金利支払前、税金支払前、減価償却費控除前の利益」(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)です。

 

借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図ろうとしています。なお、EBITDAは簡便的に「営業利益+減価償却費」で表現されることが多いです。営業利益であれば支払利息や税金を除いた状態ですので、営業利益に減価償却費を加算することで簡便的にEBITDAを表現しています。

 

上記の通り個別にEV・EBITDAを求め、EV÷EBITDAの倍率を算定することになります。

 

 

③倍率を出そう:PER・PBR

その他指標として、PERやPBRが使われることもあります。PER・PBRは株式に関する指標としてよく出てきますので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 

 

PER(Price Earnings Ratio:1株当たり当期純利益)=株式時価総額÷当期純利益

PBR(Price Book-value Ratio:1株当たり純資産)=株式時価総額÷純資産

 

 

1株当たりの当期純利益や純資産を用いています。EV/EBITDA倍率のように一捻りしておらず、株式時価総額を使用してさくっと求めることが可能ですので、M&Aの初期段階でざっくりした価値を求めるのに向いています。

 

 

 

 

≪Column:倍率の意味≫


マルチプル法はいずれも割り算を用いていますね。この割り算にも実は意味があり、EV/EBITDA倍率であれば「企業の買収に必要な株式時価総額と、買収後の純負債返済に必要な金額が、EBITDA何年分で充当できるか」、PERであれば「企業の買収に必要な株式時価総額が、当期純利益何年分で充当できるか」といった意味になります。

 

さて、マルチプル法を採用する場合、まずEV/EBITDA倍率の採用をまずは考えます。

 

EBITDAは借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図る指標でしたね。そのため、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の何年分か」を示す指標がEV/EBITDA倍率です。

 

EV/EBITDAの特徴

通常の事業活動を行った結果正味金額を何年で回収できるのかを確認する目安となる

●EBITDAは償却費等を除いているため企業間の比較可能性が高い

 

M&Aにおける企業価値算定の場面でEV/EBITDAがその他指標と比べてよく登場するのは、上記の通り客観的であり有用な情報となるためです。

 


 

④計算事例

EV/EBITDA倍率を用いた事例を見ていきましょう。簡単化のために、類似企業は1社とし、ストックオプションや非支配株主持分等の複雑な条件はなしとしています。

 

類似企業データ

 

 

類似企業のEV/EBITDA倍率は以下の通りとなります。

 

 

EV=株式時価総額21,000+純有利子負債12,000=33,000百万円

EBITDA=営業利益1,000+償却費3,000=4,000百万円

 

→EV/ EBITDA倍率=33,000÷4,000=8.25

 

 

 

 

この類似企業は、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の8.25年分」に相当すると言うことができますね。

 

評価対象企業と似た企業を類似企業として選定していますので、評価対象企業のEV/ EBITDA倍率もだいたい8.25になるだろうという前提のもと、評価対象企業の価値を求めていきます。

 

評価対象企業データ

 

評価対象企業のEBITDAは営業利益200+償却費800=1,000です。EV/ EBITDA倍率が8.25倍ですので、評価対象企業のEVは以下の通りとなります。

 

EV=EBITDA1,000×8.25=8,250百万円

 

 

 

EVが8,250百万円と算定されました。純有利子負債が7,000百万円ですので、対象会社の株主資本価値は8,250-7,000=1,250百万円と、ざっくり計算することができます。

 

 

≪Column:EV/EBITDA倍率の目安≫


一般的にEV/EBITDA倍率が6倍~12倍程度の案件が適正な案件と言われています。すなわち、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の6年~12年分」であればM&Aを行いやすいとも言えますね。

 

倍率が高いほど正常収益力で回収できる年数が増加し、倍率が低いほど方が早めの回収が見込まれるイメージです。経営者として実際にM&Aを行う際には、低倍率の方が目途を立てやすいためM&Aを実行しやすいですね。

もちろん業種によっても倍率感は様々で、医薬業界では15倍といった高倍率も普通だったりします。

 


 

 

 

 

[Point]

EV/EBITDA倍率は、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の何年分か」を示す指標とも言える!

 

 

バリュエーションは難しいという印象を持っている方も多いと思います。たしかに細かい計算は難しい部分も多いですが、全体像はそこまで難しくはありません。この連載で、少しでもイメージが具体的になっていただけると嬉しいです。

 

次回から、バリュエーションで最も使用されるDCF法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第10回:企業価値評価(Valuation)の全体像

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.なぜ企業価値評価(Valuation)が必要なの?

①買収価格決定の参考情報

②利害関係者への説明責任

2.バリュエーションで求める価値とは?

3.バリュエーションの方法

4.コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)

①簿価純資産法

②時価純資産法(修正純資産法)

5.マーケットアプローチ

①市場株価法

②類似会社比較法(マルチプル法)

6.インカムアプローチ.

①DCF(Discounted Cash Flow)法

②配当還元法

 

 

今回からはM&Aにおける企業価値評価(Valuation)についてです。バリュエーションの全体像について、具体的なイメージに結びつくよう1つずつ見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1.なぜ企業価値評価(Valuation)が必要なの?


①買収価格決定の参考情報

企業価値評価(Valuation:バリュエーション)は、会社・事業の価値を評価することです。

 

例えば、にんじん1袋を買おうと思ったとき、いくらで買えば良いでしょうか。スーパーに行くと150円で買うことができるのであれば、にんじん1袋の価値は「150円」と確認することが出来ます。そのため、150円で買えば良いとすぐ分かります。では、会社を1社買おうと思ったとき、いくらで買えば良いでしょうか。スーパーに行って確認できるものではないですし、金額はすぐには分かりません。

 

そこでバリュエーションを行うことで、会社を買う時に値段をつけることができるようになります。バリュエーションによって「100億円」の価値がある会社であると分かれば、100億円が取引の参考価格になります。

 

このように、買収に際する価額の検討を行う参考資料としてバリュエーションが行われます。

 

②利害関係者への説明責任

株主や債権者等、会社は多くの利害関係者からの出資の基で成り立っています。

 

M&Aともなれば会社の命運を左右しかねない重大案件ですので、当然利害関係者からの注目を集めますし、その買収価格は最大の関心事となります。このとき、バリュエーションに基づく買収価格であれば、利害関係者への説明もしやすくなりますね。もちろん、証券取引所、監査法人、税務署等への説明にも役立ちます。

 

M&Aで最も重要になるのは買収に際する価額の検討ですが、あまりに価格が高すぎると本当に良かったのかといった話になってしまいます。そのため関係各所への説明責任を果たすことも企業価値評価の目的となります。

 

グループ内でのM&Aや事業譲渡もよくあります。新聞でも○○企業再編!と記事になっていますね。グループ内といえども各企業は独立した企業ですし、税金を支払う単位も各企業になりますので、ある程度適切な金額で譲渡金額を算出する必要があるのです。

 

 

2. バリュエーションで求める価値とは?


バリュエーションでは「事業価値」「企業価値」「株主資本価値」という価値を求めます。紛らわしい単語が3つもありますが、これらの関係についてまずは図で見てみましょう。

 

 

 

事業遂行のために使用される純粋な事業用資産・負債から生じる価値は「事業価値」と言われます。そこに事業に使用されていない資産の価値を加えたものが、企業全体の価値を示す「企業価値」となります。

 

 

 

企業価値から有利子負債や非支配株主持分等を減額することで、株主にとっての価値である「株主資本価値」となります。

 

 

 

用語だけ見ると紛らわしいですが、1つ1つの意味は分かりやすいです。買い手の立場に立つと、「本業から生じる価値はいくらか」、「会社全体の価値はいくらか」、「株主に帰属する価値はいくらか」という点が気になりますね。そのため事業価値、企業価値、株主資本価値を求めることになるのです。

 

 

3. バリュエーションの方法


バリュエーションは大きく3つの方法に分かれます。実務では3つの方法の中から、1つもしくは複数の方法を選びます。案件の特性に応じて合う方法、合わない方法がありますので、バリュエーションを行う際はM&A対象となる会社が置かれている状況を見極め、適切な方法を選択することになります。

 

●コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)

●マーケットアプローチ

●インカムアプローチ

 

 

4. コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)


コストアプローチは、企業の純資産価値に基準にする方法です。

 

ざっくりお伝えすると、資産-負債で計算される「純資産」が株主資本価値になるという考え方です。直感的に分かりやすいアプローチですね。コストアプローチには「簿価純資産法」や「時価純資産法(修正純資産法)」といった計算方法があります。

 

①簿価純資産法

単純に企業の純資産を株主資本価値とする手法です。とても分かりやすい手法ですが、欠点として企業の時価を反映していないことが挙げられます。

 

例えば30年前に10億円で購入した土地があるとします。現在の値段が5倍の50億円になっていた場合、相当な含み益(40億円)が会社にあることになります。しかし、土地は購入時の値段である原価で持ち続けているため、含み益(40億円)は純資産には反映されていません。

 

今「土地だけ」を購入すると50億円かかる一方、今「土地を持っている会社」を購入した際の土地部分代金は10億円ですむというのはおかしいですね。

 

現時点での会社の価値を厳密に計算できる訳ではないことから、コストアプローチを用いる場合は、実務上、次の「時価純資産法」が通常使われます。

 

②時価純資産法(修正純資産法)

時価と簿価に大きな差が出ている項目について時価で評価した上で「純資産」を求める手法です。上記欠点を克服した形となりますが、どこまで時価評価するかは案件によって異なります。

 

先程の例では、純資産価額に土地の時価評価に伴う含み益40億円を加算した金額が株主資本価値となります。なお、継続して使用する資産負債は「再調達する際の時価」、廃止する資産負債は「処分する際の時価」を使います。

 

 

5. マーケットアプローチ


株式市場(マーケット)で成立する相場価格を基礎として企業価値を算定する手法です。「市場株価法」、「類似会社比較法(マルチプル法)」といった計算方法があります。

 

①市場株価法

上場企業の場合、既にマーケットに出回っている株式があるため、その金額も容易に確認することができます。この時に、株式市場で取引された株価の一定期間における平均値等を使用して、株主資本価値を評価します。

 

市場の評価に基づくことから非常に客観的で有用である反面、非上場企業には用いることができません。

 

②類似会社比較法(マルチプル法)

対象となる企業の類似会社を上場会社の中から見つけ、売上高・経常利益・EBIT・EBITDA・純資産等の項目から算出された倍率(マルチプル)を基礎として株主資本価値を算定する方法です。

 

非上場会社の場合は当然ながら市場株価が存在しないため、市場株価法に代替する手段として利用されます。

 

文章だけでは分かりにくいと思いますので、具体例を用いて見ていきましょう。指標には事業価値/EBITDAや事業価値/EBIT等が使用されることが多いですが、やや専門的となってしまいますので、ここでは分かりやすく「経常利益」を指標として用いることにします。

 

 

❶上場している類似会社の決定

まず上場している類似企業を見つけます。バリュエーションにおける評価対象となる企業とビジネスが類似している上場企業を見つけます。

 

 

 

 

❷倍率の算定

上記類似企業のデータを用いて倍率を算定します。

 

 

 

 

❸対象企業の価値評価

算定した倍率を評価対象会社に当てはめて、株主資本価値を求めます。

 

 

 

 

計算を見ると分かりやすいですね。類似会社であれば株主資本価値と指標(経常利益)の倍率は大きく変わらないという前提のもと、株主資本価値を求める手法です。

 

 

 

 

 

なお、非上場会社の株式は市場がないため、売買は必ず相対取引となります。譲渡制限がついている場合もあり、上場会社株式と比べて非上場会社株式は売却が困難です。そのため、売主は売却先が見つかった際に割引してでも売りたいと思うでしょう。

 

この発想を「非流動性ディスカウント」と言い、非上場企業の企業価値評価はやや割り引いて小さい金額で求めることが実務上よく行われます。

 

 

 

 

≪Column:類似会社の選定≫


類似会社は業界・業種・顧客属性・事業構造・ビジネスモデル・地域制・許認可等の観点から選びます。類似会社によって評価額が変わることも多いから、類似会社の選定が最も肝となる部分となります。

 


 

 

 

6. インカムアプローチ


将来期待されるキャッシュフローや損益(インカム)を基礎として企業価値を算定する方法です。主に「DCF(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー)法」、「配当還元法」といった計算方法があります。

 

①DCF(Discounted Cash Flow)法

DCF法は将来のフリーキャッシュフローを算定し、現在価値に割り引いた上で企業価値を評価する方法です。企業価値評価の中心どころとなる評価方法で、次回以降詳細に取り上げることとします。

 

②配当還元法

株主が受け取る配当に着目して企業価値を評価します。実績ベース・業種平均ベースでの配当を使用するほか、国税庁が公表している財産基本通達に規定する評価方法もあります。

 

配当のみを重視することとなるため、配当を重視する非支配株主間における企業評価に適していますが、その企業のビジネスモデル等は勘案されないことから、配当以外を考慮に入れる必要がある合併には適していません。

 

 

バリュエーションは難しいという印象を持っている方も多いと思います。たしかに細かい計算は難しい部分も多いですが、全体像はそこまで難しくはありません。この連載で、少しでもイメージが具体的になっていただけると嬉しいです。

 

次回から、バリュエーションで最も使用されるマルチプル法とDCF法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第7回:M&Aにおける売却価格は

~企業価値や売却価格の算定のポイントは? 会社を高く売却するためには?~

 

[解説]

上原久和(公認会計士)

 

 

 

 


[質問(Q)]

M&Aで会社売却を意思決定するにあたり、企業価値や売却価格の算定ポイントが知りたいです。また、実際に会社を高く売却するためにはどのようにすればよいのでしょうか。

 

 

[回答(A)]

M&Aの企業価値並びに売買価格は譲渡側と譲受側の交渉によって決定されます。ただし、交渉にあたっての売却価格には一般的にはいくつかの算定方式があり、その間の範囲で決まることが一般的です。特に中小企業で用いられものとして以下の算定方法があります。

 

① 資産・負債を基礎に算定(時価純資産法、年買法)
② 収益を基礎に算定(収益還元法)
③ キャッシュフローを基礎に算定(DCF法)
等が一般的です。

 

実際に高い価格で売却するためには、これらの算定で株価が高くなるように財務内容を改善し、かつ収益性の向上に努める必要があります。

 

 

1.資産・負債を基礎に算定(時価純資産法、年買法)


対象会社の資産・負債を時価で評価し直した後の純資産額を株主価値として評価する方法です(時価純資産法)。このためバブル期などに取得した土地やゴルフ会員権などは簿価上の金額より低下するケースが多いことに留意する必要があります。また、売掛金や在庫の金額も同様に時価にすると、回収見込みのない売掛金や販売見込みのない在庫などが評価減されることにより評価額が低下する可能性があります。

 

なお、中小企業のM&A時の評価としては、単純に時価純資産額をベースとすることもあれば、これに「のれん」として営業利益又は経常利益の数年分を加算して評価額とする算定方法も使われています(年買法)。この時に用いられる営業利益や経常利益については、過大な役員報酬や役員保険などを調整した正常収益力に調整して利益を加算することに留意が必要です。他の算定方法と比較すると算定が容易で、わかりやすいという特徴があります。

 

 

 

2.収益を基礎に算定(収益還元法)


将来の獲得が見込まれる収益(税引後利益)を資本還元率で割り戻して株価を算定する方法で、DCF法の簡易版的な計算方法です。ここで用いられる資本還元率は、一般には資本コストと呼ばれるもので、個々の会社の事業の個別リスク(危険率)などを加味して算定されます。

 

留意点とすれば、将来見込まれる収益算定がDCF法より精度が落ちるという点と、見積もり的な要素が強く恣意性が入りやすいという弱点があります。

 

 

3.キャッシュフローを基礎に算定(DCF法)


キャッシュフローを基礎に株価を算定する代表として、DCF(Discounted Cash Flow)法があります。DCF法とは、対象会社が将来獲得すると予想されるフリーキャッシュフロー(FCF)を株主資本コストと負債コストの加重平均である加重平均コスト(WACC)で現在価値に割り引いて「事業価値」を算定する方法です。

 

なお、「事業価値」から「株主価値(株価)」を算定するためには、事業価値に非事業資産を加算し、負債を控除しなければなりません。このDCF法についても将来利益(将来事業計画)をベースに将来キャッシュフローを算定するため、見積もり的な要素が強いという弱点があります。

 

なお、フリーキャッシュフローと収益の大きな相違点としては、減価償却費がキャッシュフローには含まれていますが収益には含まれていません。また、年度の設備投資などがフリーキャッシュフローでは控除されている点が相違しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[解説ニュース]

同族株主が相続等により取得した非上場株式の相続税評価

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

[関連解説]

■非上場株式を後継者等(非居住者)に贈与した場合の留意点

■相続税法64条1項の同族会社等の行為又は計算の否認規定の適用要件

 

 

1.はじめに


相続又は遺贈(「相続等」)により非上場株式を取得した個人がその株式を発行した会社(評価会社)の同族株主に該当する場合、その株式の相続税評価額は常に原則的評価方式により評価すると考えがちです。

しかし、同族株主である個人が有する議決権割合によっては、その相続等により取得した株式を特例的評価方式により評価する場合もありえます。

 

2.同族株主のいる非上場会社で、同族株主グループに属する個人が相続等により取得したその会社の株式の相続税評価


「同族株主」とは、原則、課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその親族等の「同族関係者」の所有議決権の合計数が、その会社の議決権総数の30%以上である場合における、その株主及びその同族関係者(以下、両者をあわせて「同族株主グループ」という。)をいいます(財産評価基本通達188(1))。

同族株主グループに属する個人株主が相続等により取得した非上場株式の相続税評価方式は、その取得後の議決権割合(その株主の有する議決権数÷評価会社の議決権総数)に応じ、次のとおりとなります(財産評価基本通達178・188)。

 

(1)その議決権割合が5%以上の同族株主の株式原則的評価方式により評価します。

 

(2)その議決権割合が5%未満の同族株主の株式

 

①評価会社に中心的な同族株主がいない場合は、原則的評価方式により評価します。

 

②評価会社に中心的な同族株主がいる場合は、その同族株主が次のいずれに当たるかに応じ、それぞれに掲げる方式で評価します。
イ.中心的な同族株主は、原則的評価方式により評価します。
ロ.課税時期において評価会社の役員である同族株主または課税時期の翌日から法定申告期限までの間に評価会社の役員となる同族株主は、原則的評価方式により評価します。
ハ.イ及びロ以外の同族株主が取得した株式は、特例的評価方式により評価します。

 

③「中心的な同族株主」とは、同族株主のいる会社の株主で、課税時期において次のイ〜ハの株主グループの有する議決権の合計数が、評価会社の議決権総数の25%以上である場合における、その株主をいいます(財産評価基本通達188(2))。
イ.同族株主の1人
ロ.イの株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の姻族
ハ.イ及びロの者の同族関係者である会社のうち、イ及びロの者が有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の25%以上である会社

 

3.事例による非上場株式の相続税評価方式の判定


非上場会社の㈱Y(議決権総数10,000個)の代表取締役の甲が死亡し、その遺言により甲所有の㈱Yの株式を、甲の長男Aと孫C(次男Bの子)が取得しました。これにより長男Aの有する㈱Yの議決権数は9,600個、孫Cの有する議決権数は400個となりました(甲に係る相続税の申告期限において、Aは㈱Yの役員ですが、Cは役員ではありません)。この場合、AとCが取得した㈱Y株式の相続税評価は、次のとおりとなります。

 

(1)長男Aの取得した株式の評価方式

Aは㈱Yの議決権総数の96%を有する同族株主です。したがって、Aが取得した㈱Yの株式の評価方式は前述2(1)より、原則的評価方式となります。

 

(2)孫Cの取得した株式の評価方式

Aは中心的な同族株主となり、㈱Yは中心的な同族株主のいる会社となります。これに対し、Cは同族関係者(叔父)であるAとあわせて㈱Yの議決権をすべて有するので、同族株主に該当します。Cについて中心的な同族株主の判定を行うと、Cが有する㈱Yの議決権数は議決権総数の4%(25%未満)、C以外の㈱Yの株主は叔父のAのみであり、株主のなかにCの配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び1親等の姻族はいません。よってCは中心的な同族株主には該当しません。また、Cの有する㈱Yの議決権数は議決権総数の5%未満であり、かつCは甲に係る相続税の申告期限までに㈱Yの役員となるわけでもありません。したがって、Cが取得した㈱Yの株式の評価方式は、前述2(2)②ハより、特例的評価方式となります。

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/4/12)より転載

[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』」

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、財務DD

2、買収価格への反映

3、収益性分析

4、BS分析

5、事業計画分析

 

 

▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

 

 

1、財務DD


中規模以上のM&Aでは、公認会計士が財務DDを行い、調査結果を報告するケースが多いと思います。財務DDの目的は、「買収をストップするような重要イシューの検出」です。さらに、調査結果を①買収価格に反映、②契約書に反映、③PMI計画に反映することによって、買い手のリスク低減を図ります。

 

 

①買収価格に反映

「過去に設備投資が十分に行われておらず、事業計画の売上高を達成するために、買収後に200百万円の設備投資が必要」という調査結果が報告された場合、事業計画の設備投資額の十分性(設備投資のタイミング及び金額)を確認し、金額等が適当でないと判断される場合は、事業計画を修正します。これによって、財務DDの検出事項が、買収価格に反映され、高値買いのリスクが低減されます。

 

②契約書に反映

「環境債務等の定量化できない偶発債務の存在」が報告された場合、①土地を譲渡対象から除外する等のスキーム変更、②土壌改善をM&Aの成立条件とする、③当事者が把握していない汚染事実が発覚した場合の補償方法等を検討し、契約書に織り込みます。これによって、財務DDの検出事項が、契約書に反映され、買い手のリスクが低減されます。

 

③PMI計画に反映

「多額の滞留債権」が報告された場合、買収後に内部統制の構築が必要になります。具体的には、与信管理、月次債権管理資料の作成・報告によって、滞留債権の適時検出、債権回収の早期実行ができる管理体制を構築します。そのための、経理規定の整備、経理メンバーの追加、本社サポート体制を検討します。このように内部統制の構築によって、買い手のビジネスリスクが低減されます。

 

 

2、買収価格への反映


財務DDの報告書は、調査結果を価値評価に反映する方法を明示的に記載したものばかりではないため、買い手は、財務DDの検出項目の価値評価(DCF法及び倍率法)への反映方法を理解しておく必要があります。倍率法では、すべての検出項目を価値評価に反映できるわけではない点に注意してください。

 

 

 

3、収益性分析


(1)一過性費用

●例えば、「創業50周年記念費用として100百万円を計上」のように一過性費用を前期に計上していた場合、DCF法及び倍率法では、どのように反映すればいいでしょうか。

 

●DCF法では、基準日以降のFCFの割引現在価値の合計が事業価値となるため、過去の一過性費用は、価値評価には影響しません。ただし、事業計画の販管費を見積もる際に、過去の販管費率を参考にする場合は、過去の販管費率の計算から一過性費用の影響を除外する必要があります。

 

●倍率法では、過去実績及び予算値に倍率を乗じて事業価値を計算します。そのため、過去実績及び予算値から一過性費用を除外することによって、一過性費用の影響のない事業価値が算定されます。

 

 

(2)撤退事業・取引先の喪失

●DCF法では、事業計画に撤退事業・取引先の喪失の影響が反映されているかを確認し、反映されていない場合は事業計画を修正します。なお、新規取引先の増加によって売上減少の補填を見込んでいる場合、当該取引の実現可能性を十分に検討します。

 

●倍率法では、過去実績又は当期予算から撤退事業・取引先の喪失にかかる影響を控除する必要があります。具体的には、過去実績又は当期予算から撤退事業にかかる損益及び喪失した取引にかかる損益を取り除きます。

 

 

4、BS分析


(1)滞留債権・滞留在庫(帳簿上、評価減を計上していない)

●滞留債権・滞留在庫は財務DDの最頻出の検出項目です。基準時点の運転資本に滞留債権・滞留在庫が含まれている場合、運転資本の水準が、適正な水準と比較して過大になっている可能性があります。そのため、基準時点の運転資本から滞留部分を控除して、運転資本の増減を計算します。なお、基準時点の債権・在庫の回転期間を用いて、将来の債権・在庫の残高推移を推計する場合、基準時点の債権・在庫から滞留部分を控除して回転期間を計算します。さらに、滞留在庫の処分に廃棄コストが見込まれる場合、廃棄コストを純有利子負債に含めます。

 

●倍率法では、運転資本の水準・増減を考慮しないため、滞留債権・滞留在庫の影響を価値評価に反映することが出来ません。そのため、DCF法との計算結果の相違要因となります。なお、滞留在庫の処分に廃棄コストが見込まれる場合、DCF法と同様に廃棄コストを純有利子負債に含めます

 

 

(2)引当金の不足

●財務DDで引当金不足が検出されるケースも非常に多いです。DCF法では、検出された引当金が毎期経常的に発生するキャッシュアウトに対応する場合(ex 製品保証引当金、賞与引当金等)、事業計画に適切な引当金の見込額を費用計上するとともに、引当金残高の増減を運転資本の増減としてFCFに反映させます。これによって、引当金のキャッシュアウトのタイミングとFCFが対応して、引当金の不足が事業価値に反映されます。検出された引当金が一時的に発生するキャッシュアウトに対応する場合(ex 資産除去債務)、キャッシュアウト見込み額を純有利子負債に含めます。

 

●倍率法では、検出された引当金が毎期経常的に発生するキャッシュアウトに対応する場合(ex 製品保証引当金、賞与引当金)、過去実績又は当期予算に適切な引当金の見込額を費用計上します。これによって、引当金の不足が事業価値に反映されます。検出された引当金が一時的に発生するキャッシュアウトに対応する場合(ex 資産除去債務)、DCF法と同様にキャッシュアウト見込み額を純有利子負債に含めます。

 

 

(3)偶発債務(訴訟、環境債務等)

●偶発債務は定量化しないと、価値評価に反映できないので、財務DD担当者は可能な限り、前提条件を置いて、偶発債務の定量化を図ります。DCF法及び倍率法ともに、定量化された偶発債務を純有利子負債として、事業価値の控除項目とします。

 

 

(4)過去の設備投資の不足

●過去の資金繰りの影響によって、設備投資が十分に行われていないケースがあります。DCF法では、事業計画の売上高を達成するために必要な設備投資見込額を将来のFCFに反映します。

 

●一方、倍率法では、将来の設備投資額を考慮しない(類似会社の設備投資の水準をベースとしており、個別企業の特殊事情を考慮しない)ので、過去の設備投資の不足の影響を価値評価に反映することが出来ません。そのため、DCF法との計算結果の相違要因となります。設備投資の不足額が金額的に重要である場合は、不足額を純有利子負債として、事業価値から控除することを検討します。

 

 

5、事業計画分析


(1)事業計画の前提条件

●「製品が成熟化しているにも関わらず、事業計画の販売価格が横置きのままである」、「新規取引先の増加によって販売数量の増加を達成する見込み」、「材料価格の変動を販売価格に転嫁するまでのタイムラグが長い」、「人件費のベースアップが考慮されていない」等、事業計画の前提条件が、過去の実績と比較してアグレッシブになっているケースが多くあります。DCF法では、市場データーや専門家のアドバイスを参照して、前提条件を見直し、見直し後の修正事業計画を基にした事業価値を算定します。

 

●倍率法では、過去実績又は予算をベースに事業価値を算定するため、前提条件の修正をダイレクトに事業価値に反映させることが出来ません。

 

 

(2)カーブアウト

●カーブアウト案件では、①コスト構造の変化( 売り手のグループ間取引から買い手のグループ間取引への変更等)と②一過性コストの発生(ex. ITデーターの移管コスト、オフィス移転コスト、従業員の引越費用等)が検出事項となります。

 

●DCF法では、カーブアウト後の前提条件に沿った事業計画を用いて価値評価をすることで、検出事項を価値評価に反映することができます。具体的には、①コスト構造の変化を事業計画に織り込み、②一過性コストを純有利子負債に含めて事業価値の控除項目とします。

 

●倍率法では、過去実績又は予算をカーブアウト後の数字に修正(プロフォーマ調整:過去にカーブアウトがあったと仮定して財務諸表を作成)をします。具体的には、①コスト構造の変化を過去実績又は予算に織り込み、これに倍率を乗じて事業価値を算定します。②一過性コストは、DCF法と同様に、純有利子負債に含めて事業価値の控除項目とします。

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第11回】PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー

 

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

 

当連載では,前回まで10回に渡ってPPAにおいて基礎となる考え方や認識プロセス及び測定プロセスにおける前提条件や算定方法等について解説を行ってきました。第11回は,それらの論点について具体的な設例を用いて解説を行います。

 

 

【設例】

X0年12月31日にX社がY社の全株式を3,000百万円で購入した。X社はもともと消費財のメーカーであるが,OEMでの受託生産のみを行っており,自社で商品を販売するブランドも流通網も有していなかった。そこで,X社は高い知名度を持つブランド「Z」(日本において商標登録されている)を保有し,それを販売する小売店への流通網を持った国内のY社を買収することとなった。なお,X社の会計基準は日本基準である。また,クロージング日はX0年12月31日であるため,評価基準日をX0年12月31日とする。事業計画は図表1の通りである。

 

 

【図表1】事業計画と株式価値

 

 

1.算定手順の解説

(1)無形資産の認識

 

まず,認識すべき無形資産の検討を行います。本設例の場合,買収対象のブランドは高い知名度を持ち,かつ商標登録もされていることから分離して譲渡可能という無形資産認識の要件を満たすと考えられます。さらに,流通網についても対象会社にとっての顧客である小売業者との取引関係が顧客資産として無形資産の認識要件を満たすと考えられます。以上から,認識される無形資産は商標権(ブランド)と顧客資産の2点となります。

 

 

(2)クロージングB/Sの確認(図表2)

 

次に,クロージング日時点のB/Sにおける運転資本,固定資産,投資等の残高を確認します。

本設例では下記のとおりとなります。

 

運転資本=現預金50+売上債権700‐仕入債務550=200

固定資産=1,200

投資等=300

 

 

【図表2】クロージングB/S(単位:百万円)

 

 

ここで確認した運転資本及び固定資産の金額は,無形資産測定の際,超過収益法におけるキャピタルチャージの計算にも使用されます。

 

また,この段階で無形資産認識前の広義ののれんが2,346百万円となることを確認します。

 

 

(3)採用する事業計画及びWACCの決定

 

無形資産を測定するために採用する事業計画の検討を行います。事業計画が複数ある場合は,一般的な市場参加者からみて最も合理的と考えられる事業計画を採用することに留意します。

本設例においては,株式の取得価額3,000百万円をサポートする事業計画(図表1)を採用します。

 

通常,WACCは買収検討段階の株式価値算定時に用いられた割引率や,投資案件の想定IRR(内部収益率)を勘案して設定されます。本設例では,株式取得価額3,000百万円のベースとなる事業計画上のWACCである10%を採用します。

 

 

(4)各資産の期待収益率の仮設定

 

採用する事業計画とWACCが決まったら,WARAがWACCと整合するように各資産の期待収益率を設定します。通常の実務では,B/Sの資産・負債残高や無形資産の測定値等が変わる度にWARAが変動し,その都度資産の期待収益率を調整していく作業が必要となります。

本設例では,運転資本,固定資産,商標権,顧客資産,のれんの期待収益率を下記のとおりとします。

 

 

 

(5)無形資産の測定

①商標権(図表3)

ここから,無形資産の測定プロセスに移ります。本設例の商標権は,インカム・アプローチの代表的手法であるロイヤリティ免除法により測定を行います。

 

【前提条件】

・ロイヤリティレート:3%

・商標は日本で登録されており,クロージング時点の残存保護期間は5年,今後1回の更新が見込まれている。日本における商標権の法的保護期間は10年である。

・商標権の税務上償却期間は10年である。

・事業計画期間経過後売上高は毎期1%増加するものとする。

 

 

以上を織り込んだ計算過程が図表3です。経済的耐用年数は残存保護期間に更新後の保護期間10年を加えた15年としています。

 

 

【図表3】商標権の評価

 

 

②人的資産の算定(図表4-1及び4-2)

顧客資産の測定の前に人的資産の算定を行います。現在と同規模の100名の人員を再雇用し教育訓練を行うと仮定した場合のコストに基づいています。

 

実務上,人的資産の期待収益率はのれんの期待収益率もしくはWACCとされることが多いです。

本設例では,のれんの期待収益率である13%としています。

 

 

【図表4-1】人的資産の見積り(節税効果考慮前)

 

 

【図表4-2】償却による節税効果の計算

 

 

③顧客資産の測定(図表5)

最後に超過収益法により顧客資産の測定を行います。経済的耐用年数については,取引実績等に基づき8年で顧客が入れ替わる想定を置き,減少率12.5%(1/8年)を用いています。

 

なお,複数の無形資産を認識する場合には,無形資産相互の関係性や事業への貢献度合について検討し,測定に反映することが必要となります。

本設例では,商標権(ブランド)の貢献が基礎にあり,その上で顧客資産の構築・維持が行われてきたものとの考えに立ち,顧客資産の測定上,商標権へのキャピタルチャージを行っている点にご留意ください。

 

④測定結果の確認(図表6及び7)

以上の測定結果をまとめたものが図表6及び7です。図表6において,各資産の期待収益率,WARA及びWACCの関係性について再度ご確認ください。また,図表7において,無形資産が計上される場合,会計上の一時差異に該当し,繰延税金負債が計上され,同額ののれんが増加する点についてご留意ください。

 

 

【図表5】顧客資産の評価

 

 

【図表6】WARAとWACC

 

 

【図表7】PPAの結果

 

 

2.まとめ

今回解説した設例では,実務でも非常に多くみられる商標権及び顧客資産が計上される例を取り上げました。数値や前提条件については可能な限り簡素化に努めましたが,無形資産の算定手順についてご理解頂けたでしょうか。

 

次回(最終回)は,PPAにおける実務上のポイントについて解説します。

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』」

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、株式価値の調整項目

2、支配権プレミアム

3、支配権プレミアムの適用

4、非流動性ディスカウント

5、評価方法との関係

6、適用順序

7、実務上の検討

 

 

▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

 

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

 

1、株式価値の調整項目


実務では、DCF法及び倍率法で計算した株式価値からさらに調整を行います。具体的には、支配権プレミアム、非流動性ディスカウントを反映させます。支配権プレミアム及び非流動性ディスカウントは、充分なマーケットデーターが整備されておらず、案件の内容に応じた数値が用いられます。

 

 

2、支配権プレミアム


支配権を取得した株主は、対象企業のキャッシュ・フローを実質的に支配できるため、少数株主の一株当たりの株価と比較した場合、支配権株主の一株当たりの株価の方が高いと言われています。これは、議決権比率が高まるにつれて、支配株主は少数株主よりも重要な権利を享受できるためです。支配権の獲得を目的とするTOB案件では、マーケットの株価よりも高値でTOB価格が設定されるケースが多く、その差額の一部には支配権プレミアムが含まれています。このように、経営権の移動を伴うM&A取引では、評価の際に、支配権プレミアムを考慮して株式価値を算定します。支配権プレミアムは、支配株主である売り手にとっては、高値で売却できることになるため、売却のインセンティブとして機能します。

 

 

 

 

 

なお、支配権の内容は、配当額の決定の他、経営方針の決定からガバナンス構築まで幅広い範囲が含まれます。

 

 

 

 

 

3、支配権プレミアムの適用


実務上、株式譲渡時に支配権(50%超)の移転を伴うか否かで、支配権プレミアムの適否を決定します。そして、支配権プレミアムは、20%~40%の範囲内で設定するケースが多いです。ただし、買収には様々なケースがあり、支配の程度に応じたプレミアムの検討が必要です。例えば、以下のような事例は、社内ルールで決められた支配権プレミアム20%程度を杓子定規に適用すべきではなく、個別検討を要します。

 

 

●50%超⇒7%⇒100%と買増しをする場合のぞれぞれのプレミアム

●50%ずつ保有する合弁会社(2社)への参画時のプレミアム

●33.3%ずつ保有する合弁会社(3社)への参画時のプレミアム

●過半数を保有する株式保有者がいない株主構成の中で、最大の株式数を保有する場合のプレミアム

●過半数を保有していないが、取締選任権を付与された株式を保有する場合のプレミアム

●過半数を保有していないが、重要事項の拒否権を付与された株式を保有する場合のプレミアム

 

 

4、非流動性ディスカウント


流動性のない株式(マーケットのない株式)を売却する際には、買い手候補を探す時間と手間、交渉に費やす時間と手間、アドバイザリー手数料等の取引コストが発生するため、取得時に高い利回りを要求します。この利回りの増し分(株式価値の減額)を非流動性ディスカウントといいます。実務上は、20%~30%のディスカウントを適用するケースが多く見られますが、前述の支配権プレミアムと同様、個別具体的なケースごとにディスカウントの数値検討が必要です。

 

<検討項目>

 

 

少数の株式を売却するよりもボリュームの大きい株式の方が、売却は容易と考えられます。そのため、支配持分の非流動性ディスカウントは、少数持分の非流動性ディスカウントと比べて、低いと言われます。米国の事例では、支配持分の非流動性ディスカウントは10~25%、少数持分の非流動性ディスカウントは30~50%とされています。

 

なお、支配持分の場合は、会社の売却、配当金の決定等を通じて、現金化の手段を有していることから、対象会社のキャッシュ・フローを実質的に支配しています。そのため、支配持分を有している場合は、非流動性ディスカウントを適用しないという考え方もあります。

 

 

 

5、評価方法との関係


DCF法の将来CFの前提となる事業計画には、経営者(支配株主)の意思が反映されています。そのため、DCF法によって算定された株式価値は、支配権プレミアムを含んでいると言われています。支配権を取得しない買収案件の場合、DCF法の計算結果にマイノリティーディスカウントを考慮して株式価値を算定する必要があります。

 

倍率法は、基礎数値(EBITDA等)×倍率で計算され、基礎数値は実績又は達成見込みを使用し、倍率はマーケットデーター(支配権のない株価)から引用します。そのため、倍率法の計算結果は、少数株主の価値を表しています。支配権を取得する買収案件の場合、倍率法の計算結果に支配権プレミアムを考慮して株式価値を算定する必要があります。

 

 

 

 

 

6、適用順序


前述のとおり、支配持分の非流動性ディスカウントは10~25%、少数持分の非流動性ディスカウントは30~50%というように、非流動性ディスカウントは、支配権の有無の影響を受けます。

 

そのため、DCF法で非公開会社の少数株主の価値を算定する場合又は倍率法で非公開会社の支配株主の価値を算定する場合、まず、①マイノリティーディスカウント/支配権プレミアムを反映した後、②非流動性ディスカウントを適用します。

 

 

 

7、実務上の検討


1、次のような場合、DCF法又は倍率法によって算定された株式価値は、支配株主の価値又は少数株主の価値のどちらを表しているか?

 

(1)持分法の範囲内で株式を取得

●対象会社の策定した事業計画に対して買い手(30%取得予定)がストレスをかけた修正事業計画をもとに、DCF法によって株式価値を算定した場合

●対象会社の策定した事業計画に対して買い手(30%取得予定)がシナジー効果を反映した修正事業計画をもとに、DCF法によって株式価値を算定した場合

 

(回答)

事業計画を修正できるのは支配株主だけであるという前提に立つと、少数株主が事業計画を修正していますが、あたかも自分が支配株主であると考えています。そのため、その事業計画を用いてDCF法で算定された株式価値は、支配株主の価値を表します。本件は、持分法の範囲内の株式取得のため、DCF法で算定された株式価値にマイノリティーディスカウントを反映して少数持分の株式価値を算定します。

 

なお、ストレスをかけた場合は、①フリー・キャッシュ・フローの減額、②ディスカウントによる減額と2重に減額調整が入るため、売り手サイドの認識する株式価値との乖離が非常に大きくなりますので、①②の内容を丁寧に売り手に説明する必要があります。

 

 

(2)支配権を取得

●対象会社の策定した着地見込みに対して買い手(100%取得予定)がストレスをかけた修正予算をもとに、倍率法によって株式価値を算定した場合

●対象会社の策定した着地見込みに対して買い手(100%取得予定)がシナジー効果を反映した修正予算をもとに、倍率法によって株式価値を算定した場合

 

(回答)

原則、どちらも修正予算を使用しているため、支配株主の価値を表していると考えられます。本件は、持分法の範囲内の株式取得のため、倍率法によって算定された株式価値にマイノリティーディスカウントを反映して少数持分の株式価値を算定します。

 

なお、ストレスをかけた場合は、①財務数値の減額、②ディスカウントと2重に減額調整が入るため、対象会社の認識する株式価値との乖離が非常に大きくなりますので、①②を売り手に丁寧に説明しないと交渉が決裂する可能性があります。

 

 

2、プレミアム/ディスカウントは株式価値と事業価値のどちらに適用するべきか?

 

(回答)

事業価値又は企業価値(事業価値に非営業資産を加算したもの)に対して、支配権プレミアム、非流動性ディスカウント等を適用して、事業価値及び企業価値を減額することも考えられますが、実務上は、株式価値に対してプレミアム/ディスカウントを適用しています。

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第10回】PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

 

 

 

1.PPAにかかる無形資産評価の特殊論点

第6回にてロイヤリティ免除法と超過収益法を解説した際,計算例を掲記しましたが,その中に「償却による節税効果の計算」が含まれていました(図表1の①参照)。

 

これは,インカム・アプローチ(ロイヤリティ免除法や超過収益法)を用いる場合に採用されている考え方で,PPA実務における特徴的な論点です。

 

また,超過収益法の計算例においては人的資産という概念(図表1の②参照)が出てきましたが,こちらは更に,超過収益法を用いるときにのみ使われる考え方となります。

 

今回は,節税効果と人的資産という,PPAに関する特殊論点について解説します。

 

 

【図表1】超過収益法の計算例(償却による節税効果の計算と人的資産)

 

 

2.無形資産の償却による節税効果について

(1)節税効果を考慮する意味

PPAにかかる無形資産評価においてインカム・アプローチを採用する場合,無形資産の償却による節税効果を無形資産の価値へ考慮することが求められます。

 

これは,図表2をご覧頂ければ分かる通り,株式を取得して連結子会社とした場合と,無形資産そのものを購入した場合において,両スキームとも無形資産を取得するということにおいて経済的効果は同様ですが,償却による節税効果が得られるかどうかについてはスキームによって異なります。

 

その場合,実態を捉えて,一方のスキームについては償却による節税効果を考慮し,他方のスキームについては考慮しない,とすると,買収スキームによって無形資産の評価結果が異なることとなります。

 

無形資産評価の実務においては,市場参加者の観点からの公正価値を測定することが求められるため,買収スキームによって無形資産の価値は変わらない,という考え方のもと,償却による節税効果については無形資産の価値へ考慮することが求められます。(ただし,節税効果のあるスキームの場合のみ節税効果が評価に考慮されるべき,という考え方も否定されるべきものではない,という考え方もあります(日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第57号)。)

 

 

【図表2】スキームによって節税効果の有無が変わる

 

 

それでは,節税効果を無形資産評価に考慮するとは,どのようなものでしょうか。

 

その考え方は,図表3に記載しています。償却による節税効果は無形資産評価額から計算されるものである一方,無形資産評価額は償却による節税効果が確定しなければ求められません。そのため,図表3に記載の通り,償却による節税効果を無形資産の価値へ上乗せするという計算を永久に繰り返していきます(循環計算)。その計算を数字に表したものが図表1の①の計算となります。

 

なお,この計算は考え方の理解が難しいものですから,実務上は概念を理解しておけば十分です。

 

 

【図表3】節税効果の計算概念

 

 

(2)節税効果計算のポイント

節税効果計算の際の償却期間について

 

買収対象会社が日本国内の会社の場合,税務上の償却は,法人税法上の耐用年数によることから,節税効果の計算においても税務上の耐用年数を用いることとなります。

 

ただし,商標権や特許権のように,税務上耐用年数が定められている資産については当該耐用年数を用いればよいのですが,顧客資産や技術資産のような税務上の耐用年数が定められていないものについては,それら無形資産は税務上の資産調整勘定に含められて償却されることから,資産調整勘定の耐用年数を用いることとなります。

 

日本におけるPPAにて認識される無形資産と節税効果を計算する際に用いる耐用年数の関係については,図表4の通りです。

 

一方,海外の会社を買収した場合はどうなるのでしょうか?買手が日本国内の会社の場合,買手が得ると想定される償却による節税効果を考慮すると上述と同様となります。

 

また,買収対象会社が得ると想定される節税効果を考慮すると,買収対象会社が税金を納める国における税務上の耐用年数となります。

 

結論としては,市場参加者の観点から,一番経済的合理性が高いと考えられる国における耐用年数を選択することになりますが,実務上は,買収対象会社の本社のある国の税務上の耐用年数を用いることが多いと考えられます。

 

節税効果計算の際の税率について

税率は,上記耐用年数の論点と全く同じでリンクします。税率は国によって差異があり,無形資産の価値に重要な影響を及ぼすケースも少なくありません。一方で,海外の税制や税率を精緻に把握することは難しい場合も多く,実務上のハードル・負担となっていると思われます。

 

以上のように,償却による節税効果については,計算に用いる耐用年数と税率さえ決定すれば難しくないものと考えられますが,上述のように,海外の会社を買収した場合においては,海外の税制や税率,耐用年数を把握することが難しいケースもあって,実務上留意が必要と考えられます。

 

 

【図表4】 日本における無形資産と税務上の耐用年数の関係

 

 

*3で説明した人的資産については,超過収益法の計算上の概念ですが,実務上,人的資産の計算においても償却による節税効果を考慮する必要があるものと考えられます。

 

 

 

3.人的資産について

人的資産は,インカム・アプローチにおける超過収益法を採用する場合にのみ出て来る概念です。超過収益法においては,「対象無形資産を活用している事業より生み出される利益から,事業活動において使用する資産が通常獲得すると想定される利益を差し引く(キャピタルチャージ)計算」が必要となりますが,その際の事業活動において使用する資産の一つとして人的資産が必要となります。

 

その概念はコスト・アプローチ的なものであり,買収時点における対象会社に所属する人員を,再度採用して教育研修した場合にかかるコストから求めることが多いです。

 

図表5は実務上使われている簡便的な計算例ですが,人員の採用費と,採用後の教育研修コストを大まかに見積もって人的資産を概算して,これをキャピタルチャージの計算に使用します。

 

なお,当該人的資産は,キャピタルチャージに用いるためだけに算出されるものであり,無形資産として認識されるものではありません。当該人的資産は,PPA上は残余としてののれん(狭義)の中に含まれることとなります。

 

 

【図表5】人的資産の計算例

 

 

4.最後に

今回は,PPAにかかる無形資産評価の特殊論点である,償却による節税効果と人的資産についての解説を行いました。これらの考え方は机上の理論であり,ビジネスの実務においてはなじみが薄いと感じる方も多いでしょう。PPAにかかる無形資産評価はこういった考え方をするものである,と捉えて,概念を理解して頂ければよいのではないでしょうか。

 

次回は,PPAプロセスの具体例を,買収からPPAまで数値を入れて解説します。

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第9回】PPAで使用する事業計画とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

前回は無形資産の経済的耐用年数について詳しく解説します。第9回は,無形資産評価において用いられる事業計画について解説します。なお,以下の解説は,無形資産の測定においてインカム・アプローチを採用する場合を前提としています。

 

 

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

 

1.使用される事業計画について

PPAにおける無形資産評価は,端的に言えば,事業計画上の将来キャッシュ・フローからもたらされる経済的価値を,無形資産の価値とのれんの価値に配分する手続です。

 

第5回でも解説したように,無形資産の評価は,公正価値アプローチに基づき行われます。

繰り返しになりますが,公正価値とは「測定日時点で,市場参加者間の秩序ある取引において,資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」であり,無形資産の評価は,一般的な市場参加者の見地に立って行わなければならないことを意味しています。

事業計画についても,上述のような公正価値アプローチに基づき策定されたものを使用することが求められます。

 

それでは,公正価値アプローチに基づき一般的な市場参加者の見地に立った事業計画とはどのようなものでしょうか。

 

M&Aのプロセスにおいて,企業価値や株式価値の算定にあたっては,複数の事業計画を用いて検討されることが一般的です。これは,将来のビジネスの予測にはリスクや不確実性が伴うためであり,競合状況や市場の成長性といった外部環境,新製品開発の成否やシナジーの発現等,企業内外のさまざま要素を考慮して複数のシナリオを想定することが通常です。

 

M&Aにおいては,当然のことながら,売り手は高く売却したいと考え,買い手は安く譲り受けたいと考えます。買収金額は,買い手と売り手が合意した価格ですが,買い手と売り手の交渉力等に左右されるものの,多くの場合,概ねスタンドアロン価格をベースに一定程度買い手のシナジーを加味した金額で合意されるものと考えられます。

 

 

【図表1】買収価格とシナジーのイメージ

 

 

無形資産評価の一般的な実務においては買い手「固有」のシナジーを除いた事業計画が使用されます。

「固有」とは,買い手のみがコントロールし実現できることを意味します。買い手固有のシナジーは,それを実現できる買い手にとってのみ価値を有するものの,一般的な市場参加者からみた場合その価値を実現できるものではないため無形資産の価値を構成しない,という考え方が基礎となっています。

買い手固有のシナジーによりもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんを構成することとなります。

 

一方で,買い手が実現可能なシナジーのうち客観的に見て誰が買い手となる場合であっても実現可能と考えられるシナジーは,事業計画上考慮しなければならない点には留意が必要です。

 

それらに該当するものとしては,例えば,事業規模拡大に伴うスケールメリットや,管理体制一元化によるコスト削減といったシナジーが考えられます。

 

 

【図表2】WACC,IRR,WARAの関係図

 

 

 

2.実務上の対応

一般的な無形資産評価の実務では,買い手企業と外部評価者の間で,どの事業計画を無形資産評価において使用すべきかについてディスカッションが行われます。

 

その結果,実際の買収価額と整合的な事業計画が使用される場合が多いです。そのような事業計画は,案件によってベースケースであったり,コンサバティブケースであったりとさまざまですが,買い手固有のシナジーを含まない点において共通しています。

 

使用される事業計画を決定したら,当該事業計画数値をもとに無形資産の測定を行います。中でも重要なプロセスは下記の2点です。

 

 

(1)IRRの算定

買収価格と事業計画上の将来キャッシュ・フローをもとにプロジェクトのIRRを算出します。

第7回で解説したとおり,IRRの算定は無形資産の測定に用いるWACCが合理的な水準かどうかを確認するために行われます。IRRは,買収価格及び投資実行時期と,事業計画上の将来キャッシュ・フロー金額及びその発生時期を設定の上,エクセルのXIRR関数を用いれば容易に計算が可能です。

 

公正価値アプローチの考え方に立つと,ここで用いられる買収価格は一般的な市場参加者が想定する金額であり,買い手が支払ったプレミアムを除いた金額となります。

 

同時に,事業計画上の将来キャッシュ・フローについても,買い手固有のシナジー効果による影響を除外した金額となります。このような前提の下,算出されたIRRが,設定されたWACCに近似しているかどうかが判断のポイントとなります。

 

ここで留意すべきは,設定されたWACCの水準が無形資産価値に重大な影響を与えるという点です。WACCの合理性がIRRによって確かめられた後,当該WACCとWARAが一致するように無形資産を含む各資産の期待収益率が設定されることとなりますが,その水準によって,最終的に算定される無形資産の金額が大きく異なることはお分かり頂けるかと思います。

 

 

【図表3】キャッシュ・フロー配分の概念図

 

 

算出されるIRRは,買収金額とそれに整合する事業計画が入手可能な場合,当然のことながらWACCに近似する値となります。しかし,実務では,入手可能な事業計画が買収金額と整合しないケースもあり,その場合算出されたIRRと想定されるWACCに差異が生じることがあります。そのような場合,以下のような要因が考えられます。

 

 

① IRR<WACCとなるケース

一般投資家の想定よりも高い価格で買収が行われている,あるいは,買収価格に買い手が支払ったプレミアムが含まれてしまっている場合が考えられます。

 

また,事業計画が過度に弱気である可能性があります。例えば,事業計画に一般的な市場参加者からみて当然に享受できると考えられるシナジーが織り込まれていないような場合が考えられます。

 

 

② IRR>WACCとなるケース

一般投資家の想定よりも低い価格で買収が行われている,または,事業計画が過度に楽観的または強気である可能性があります。また,買い手固有のシナジー等がキャッシュ・フローに含まれてしまっているような場合も考えられます。

 

実務上は,上記要因による影響を勘案して,事業計画を一般的な市場参加者が想定する水準へ可能な限り調整し,WACCの合理性を判断することになります。

 

 

(2)価値測定におけるキャッシュ・フローの検討

 

続いて,ロイヤリティ免除法や超過収益法といった評価技法を用いて,無形資産の測定に使用する事業計画を基礎として,どのように無形資産の測定を行うかを検討することとなります。

 

事業計画上の将来キャッシュ・フローに基づき無形資産を評価することは,将来キャッシュ・フローの価値を,無形資産とのれんの価値に配分することです。

 

また,無形資産は,評価基準日時点に存在する顧客・契約・技術・製品等から生じるキャッシュ・フローに基づき測定・評価されます。よって,対象企業が将来獲得する顧客や契約,技術等からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんの価値を構成することとなる点に留意が必要です。

 

 

① 商標権の場合

測定される無形資産が商標権の場合,評価手法は多くのケースでロイヤリティ免除法が採用されます。ロイヤリティ免除法は将来の売上高に一定のロイヤリティレートを乗じたロイヤリティ収入をもとに無形資産価値を算定する評価技法ですが,将来売上高は,使用される事業計画における商標関連事業の想定売上をそのまま採用することが一般的といえます。

 

 

② 顧客資産の場合

一方,顧客資産の場合は商標権と少々取扱いが異なる点に留意を要します。顧客資産の測定においては超過収益法を採用することが一般的ですが,前述のように,測定対象となるのは評価基準日時点に既に存在する顧客であることから,その価値を測定する際には事業計画上の数値に調整を加える必要があります。

 

当該調整は,主に新規顧客からもたらされる価値を除外することと,測定対象となる既存顧客の減少率を考慮することの2点です。

 

通常,事業計画上のキャッシュ・フローには将来獲得が期待される新規顧客からもたらされる価値が含まれるため,当該価値について顧客資産の価値を構成するキャッシュ・フローから除く必要があります。

 

また,前回も述べたように,長い期間でみると顧客は入れ替わりが生じると考えることが合理的であることから,有限の経済的耐用年数を設定し,当該年数に即した減少率を考慮することとなります。

 

 

3.まとめ

無形資産価値の測定に使用する事業計画については,一般的な市場参加者が想定するであろう事業計画を使用するという点が最も基本的かつ重要であると考えます。買い手企業においては,PPAにおいてこのような要請があることを理解して,予め事業計画上のキャッシュ・フローの構成について整理・把握しておくことが必要です。

 

次回は,人的資産と節税効果について解説します。

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』」

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

◆DCF法とは?

1、FCF(フリー・キャッシュ・フロー)の算定

2、WACC(割引率)の計算

(WACC、負債コスト、株主資本コスト、リスクフリーレート、株式リスクプレミアム(ERP)、ベータ、サイズプレミアム

3、継続価値の算定

(継続価値、FCFに基づく成長モデル(ゴードンモデル)、倍率法モデル)

4、事業価値の算定

5、株式価値の算定

 

 

▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

▷関連記事:M&Aにおける税務デューデリジェンスの目的、手順、調査範囲など

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

 

DCF法とは?


DCF法は、対象事業の営業活動から生じる評価基準日以降の「FCF(フリー・キャッシュ・フロー)」を「WACC (当該キャッシュ・フローのリスクを反映した割引率)」を用いて現在価値に割り引き、事業価値を算定する方法です。

 

将来の事業価値を買うという買収実態に適合する評価方法ですが、将来キャッシュ・フロー(見積もり)への依存が大きいため、評価の客観性に欠ける面もあります。そのため、倍率法等の結果を用いたクロスチェックが必要です。

 

 

◇DCF法の株式価値は、以下の手順で計算します。

(1)FCF(フリー・キャッシュ・フロー)の算定

(2)WACC(割引率)の計算

(3)継続価値の算定

(4)事業価値の算定

(5)株式価値の算定

 

 

 

 

 

1、FCF(フリー・キャッシュ・フロー)の算定


FCFとは、営業活動によって獲得したキャッシュ・フローのことです。このキャッシュは、投資家(債権者と株主)に自由に分配することができるため、フリーという文字が付いています。

具体的には、以下の式によって計算されます。

 

FCF=A)営業利益+B)減価償却費-D)税金-E)設備投資±F)運転資本の増減

 

 

 

FCF算定の基礎となる事業計画は、対象会社から提供された事業計画をベースとします。売り手の事業計画の前提条件が買い手の想定と異なる場合は、売り手にする前提条件のヒアリング、両者の相違要因の検討、根拠資料の裏取り、外部コンサルタントからのアドバイスの入手等の作業を通じて、買い手の修正事業計画を作成します。

 

さらに、買い手のシナジー効果の金額効果を把握できるように、シナジー効果の有無を分けた事業計画を作成すると、価格交渉時にシナジー効果を売り手にどの程度与えるかという実践的な検討が可能となります。

 

 

 

2、WACC(割引率)の計算


【WACC】

WACCとはFCFのリスク(運用サイド)を反映した割引率のことです。投資家が要求する利回り(調達サイド)と説明されることもあります。割引率は、負債コストと株主資本コストの加重平均で算定されます。

割引率=(負債コスト/ 負債+資本)+(株主資本コスト/負債+資本)

 

負債は純有利子負債の残高、資本は株式時価総額(自己株式調整後)を用います。(厳密には、非支配持分等も考慮します)なお、以下で述べるβの観測期間中(2年~5年)に資本構成が大きく変動している場合、直近四半期末の負債及び時価総額ではなく、期間中の平均とすることを検討します。

 

 

 

【負債コスト】

負債コストとは、借入(借入金、社債等)による資金調達コストのことです。例えば、資金調達金利が3.0%の場合、税率30%と仮定すると、負債コストは2.1%(=3.0%×(1-30%)となります。支払利息は税務上損金算入できるので、負債コストは節税効果を考慮します。

 

実務では、対象会社が社債発行会社と社債未発行会社の場合に区分して、社債発行会社の場合は、当該社債の金利、社債未発行会社の場合は、対象会社と同等の格付けの社債金利を使用します。格付け別の社債金利情報は、日本証券業協会のHPに開示されています。

 

なお、借入金の金利を使用する場合、①借入時期が価値評価基準日の数年前の場合、その間に市場金利の水準や会社の信用リスクが変動している可能性があり、また、②対象会社が子会社である場合、親会社の信用補完が借入コストに反映されている可能性があります。そのため、価値評価基準日時点の社債市場等の公表利回りデータを参考にして、クロスチェックをすることをお勧めします。

 

 

 

【株主資本コスト】

株主資本コストは、対象会社の事業に対して、株主が要求する投資収益率のことをいいます。実務上は資本資産評価モデル(CAPM: Capital Asset Pricing Model)の公式を用いて、株主資本コストを推計します。

Ke = Rf +β×ERP

 

Ke:株主資本コスト

Rf:リスクフリーレート

β:株式市場全体に対する個別株式の感応度

ERP :株式リスクプレミアム(Equity Risk Premium)

 

投資家の合理的な行動を前提とする場合、リスクを最も低減しつつ、リターンを最も高めるポートフォリオは、株式市場全体の構成比率に分散させたポートフォリオであり、その場合の株主資本コストはRf+ERPとなります。

 

βは、株式市場全体の期待収益率の変化に対する個別株式の変化の度合いをいいます。βが1の場合は、株式市場全体が1変動すると、個別株式も1変動します。βが1.5の場合は、株式市場全体が1変動すると、個別銘柄は1.5変動します。このβをERPに乗じてRfを加算することによって、個別株式のリターンを算定しています。上場企業のβは、Bloomberg、日経会社情報等の市場データーベースから入手できます。

 

 

 

【リスクフリーレート】

取得の容易性、流動性を考慮して、直近日の日本国債(10年物)の流通利回りを用いるのが一般的です。Bloomberg、財務省HP等の市場データーベースから入手します。

 

 

 

【株式リスクプレミアム (ERP)】

株式リスクプレミアム(ERP)とは、株式市場全体(TOPIX等)に投資しようとする場合、投資家がリスクフリーレートに対して追加的に要求する期待リターンのことをいいます。

 

過去の東京証券取引所の上場株式に対する平均投資利回りと日本国債の投資利回りの差に関する実証分析から、実務では、5.5%~6.0%の範囲内で設定するケースが多いです。

 

 

 

【ベータ】

βとは、対象会社への株式投資が、株式式市場全体への投資と比較して、どれだけリスク(ボラティリティ)があるかを表す指標です。実務では、過去2年間の週次又は過去5年間の月次データを用いるのが一般的です。

 

 

 

 

対象会社が非上場会社の場合、類似会社数社のベータの中央値(異常値を除いた平均値)を使用します。なお、マーケットから入手した類似会社のベータ―は、財務リスク(資本構成の影響)を取り除く作業が必要なのですが、紙面の都合上、ここでは割愛します。

 

 

 

【サイズプレミアム】

サイズプレミアム(SCP)は、株式時価総額が小さな企業に対して適用するプレミアムのことをいいます。βが同じである場合、大企業よりも規模の小さな企業の方がリターンが高いという実証研究に基づくものであり、資本資産評価モデルでは捉えきれないリスクです。実務では、 ダフ・アンド・フェルプス株式会社が毎年公表している資料を参考にして、対象会社の株式時価総額の規模に応じたサイズプレミアム( 3.5%~5.3% )を決定します。

 

<計算例>

・社債金利: 3.0%

・税率: 30%

・リスクフリーレート:-0.05%

・β:18

・株式リスクプレミアム(ERP): 6.0%

・サイズプレミアム(SCP): 5.37%

・負債:資本=60:40

 

⇒負債コスト:2.1% = 3.0%×(1-30%)

⇒株主資本コスト:12.4%= -0.05% + 1.18 ×6.0% + 5.37%

⇒WACC:6.22% = 2.1%×60/(60+40)+12.4%×40/(60+40)

 

 

 

3、継続価値の算定


【継続価値】

DCF法による事業価値は、事業計画期間のFCFの現在価値と計画期間以降のFCFの現在価値(継続価値)から構成されます。継続価値は事業価値の過半以上を占めるケースが多く、慎重に算定する必要があります。実務では、案件の状況に応じて、以下の2つの方法がよく使用されます。

 

 

 

【FCFに基づく成長モデル(ゴードンモデル)】

 

 

計画期間以降の期間を通じて成長率が一定であること及び永久成長率がWACCを上回らないことを前提とします。実務上、永久成長率は、予想インフレ率・GDP成長率等を考慮して設定します。最近の国内案件では0%とすることが多いです。

 

 

 

【倍率法モデル】

 

EBITDA倍率は、事業計画期間終了時の会社の成長率・投資利回り・資本コスト等を総合的に考慮して設定します。なお、投資ファンド等の投資家は、将来の株式売却(EXIT)がほぼ確定しているため、現時点のEBITDA倍率を用いることがあります。

 

 

 

4、事業価値の算定


事業価値は、各期のFCF及び継続価値の現在割引価値の合計額となります。実務上、割引計算は、期央主義(各期のFCFは各期の中間時点で発生)を採用します。継続価値は、事業計画の最終年度と同じディスカウントファクターを用いて現在価値に割り引きます。

 

 

 

5、株式価値の算定


事業価値から非営業用資産の時価を加算し、純有利子負債を控除して株式価値を算定します。

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

—連載(全5回)—

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第8回】PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

 

1.無形資産の経済的耐用年

前回は,WACC,IRR,WARAと各資産の割引率の設定について解説しました。第8回は,無形資産の評価の際に設定する必要がある経済的耐用年数について解説します。

 

PPAにおいて認識される無形資産の経済的耐用年数は,当該無形資産より経済的効果が得られる期間=キャッシュ・フローを生み出す期間,として見積もられることとなります。そのため,インカム・アプローチによる評価手法によって無形資産を評価する場合,経済的耐用年数の長短によって見積もりキャッシュ・フロー期間も変わってくることから,耐用年数の設定如何によって無形資産の評価額が変わってくることとなります。

 

また,設定した経済的耐用年数は,PPA確定後の会計期間における無形資産の償却年数とされることが多いため,買収した企業の営業利益等にも影響を与えます。

 

現状,日本の会計基準においては,経済的耐用年数の明確な決定方法や考え方等は定められておらず,経済的耐用年数の根拠となるデータや情報を参照して個別に設定することが求められますが,実務上は,情報の入手に制約があり,根拠となるデータや情報が入手できないことも多く,経済的耐用年数はしばしば監査上の論点となり得ます。

 

 

2.日本基準とIFRS

後に詳述しますが,無形資産においては,その効果が及ぶ期間を見積もることが難しいケースも多く,耐用年数を決定することが困難な場合も多いです。IFRSでは,耐用年数が確定できない無形資産については非償却が認められており,実質的には半永久的に法的保護期間が継続される商標権等においては,非償却とされることも多いです。一方,日本基準においては,無形資産には耐用年数の設定が求められるとの解釈が多数を占めており,何らかの論拠で経済的耐用年数を設定することが求められる,という考え方が一般的です。

 

これは,のれんの償却の考え方にもリンクすると考えられており,のれんを非償却として毎期の減損テストにてその効果を測定するIFRSと,のれんを20年以内で償却する日本の会計基準との考え方の相違が,無形資産の耐用年数の考え方にも影響を及ぼしているものと考えられます。

 

 

【図表1】会計基準による耐用年数の考え方の相違

 

 

3.主な無形資産における経済的耐用年数の設定

経済的耐用年数については,一般的には,評価対象無形資産の将来の使用予測,法的保護期間,過去の継続利用実績,資産の減少率・陳腐化率,競争・競合状況等の様々な経済的及びその他の要因等を考慮して決定することとなります。

 

主な無形資産の経済的耐用年数の設定に関する考え方とそのポイントは以下の通りです。

 

 

【図表2】耐用年数設定の考え方

 

 

■商標権

 

10年毎の更新により,理論上は商標権を半永久的に保持することが可能となります。また,その更新にかかるコストは僅少であることから,IFRS及び米国基準においては耐用年数が確定できないとして非償却とされることが多いです。一方,日本基準においては,無形資産には耐用年数を設定することが求められており,商標権についても何らかの論拠にて耐用年数を設定することが必要となります。

 

 

■特許権

 

特許権は,特許権の残存年数によって設定するケースが多いと思われます。一方で,競争の激しい業界等において10年超の残存年数がある場合に,実際の当該特許権の競争力,優位性等の実態に合わない場合も想定されます。そういった場合においては,当該特許権を用いた技術が競争力を維持する期間を推察して経済的耐用年数を設定する必要がありますが,その場合は,定性的な論拠を積み上げる必要があることから,議論となることが多いです。

 

 

■契約資産

 

契約資産については,当該契約の残存契約期間を基に経済的耐用年数を設定することが多いです。一方で,契約期間が定められていない場合や,契約更新が自動継続となっていて残存契約期間が確定できない場合は,定性的な論拠を積み上げて耐用年数を設定する必要があります。

 

 

■顧客資産

 

顧客資産について一番分かりやすい経済的耐用年数設定の考え方は,顧客の減少率を用いるものです。顧客減少率とは,毎期顧客がどのくらい入れ替わるのかのデータを用いて,例えば,100の顧客が毎年10減少し,新たに20増加した場合は,期末には110となるが,減少率としては10/100となって,10年で現状の顧客が全ていなくなると想定するものです。こういった定量的かつ有意なデータが入手できる場合は,比較的容易に経済的耐用年数を設定することができます。一方で,定量的データが入手できないケース,例えば,大口顧客が数社のみある場合で,顧客の入れ替わりがない場合(顧客減少率0%)や,極端に顧客減少率が低い場合(仮に1%だとすると耐用年数は100年となる)においては,経済的耐用年数の設定が難しいものとなります。

 

4.陳腐化率について

評価基準日時点の無形資産,例えば,顧客資産や特許権については,耐用年数が10年であれば,10年間をかけて徐々にその経済的な効果が減少していく,ということは感覚的に理解できるのではないでしょうか。図表3はその概念図ですが,無形資産の評価においては,経済的耐用年数の設定に伴って陳腐化率や顧客減少率を設定することとなります。その際の陳腐化率は,例えば耐用年数が10年であれば,1÷10年として年率10%の陳腐化が起こると想定して設定することが一般的です。

 

一方で,商標権については,陳腐化率を設定しないことが実務上定着していますが,これは,IFRSでは商標権は非償却となることが多いことが理由であると推察します。

 

私見ですが,日本基準において商標権に耐用年数を設定した場合,年数の経過に伴って商標権が生み出す経済的効果も年々減少するとして,陳腐化率を設定するケースがあっても良いのではないでしょうか。

 

 

【図表3】陳腐化率の考え方

 

 

5.実務上議論となったケースの紹介

経済的耐用年数の設定において,弊社にて実際に議論となったケースを紹介します。ただし,個別案件が特定されないよう一部については内容を変更しています。

 

 

【図表4】耐用年数の設定事例

 

 

6.計算例

参考に,顧客資産を超過収益法にて評価する際の計算例を掲記します。経済的耐用年数については,過去3期間の顧客数の推移から顧客減少率を想定して,その結果を基に設定しています。また,減少率については,1÷経済的耐用年数により算出しています。

 

〈顧客資産‐超過収益法による計算例〉

【前提条件】

評価対象資産:顧客資産

経済的耐用年数:顧客減少率から3年と設定

減少率:33.3%

 

 

【図表5】顧客資産の耐用年数の計算例

 

 

【図表6】超過収益法による顧客資産の計算例

 

 

7.最後に

無形資産の経済的耐用年数の設定は,定量的かつ有意なデータが入手できない等,一筋縄でいかないケースも多く,実務上は定性的な論拠を積み上げて設定している場合も多いものと推察されます。

 

上述のように,IFRSやUS-GAAPにおいては,経済的耐用年数が確定できないとして,非償却とすることが認められているものが,現状の日本基準においては非償却が認められず,必ず経済的耐用年数を設定しなければならないことから,実務上は大きな負担となっていると感じます。定性的な論拠を積み上げて経済的耐用年数を設定するということは,一つの方法としては有用ではあるが,一方で,恣意性が介入する余地も大きく,また,評価者,買収者,対象会社,監査人で異なる見解が生じやすいことから,実務上のボトルネックとなっており,経済的耐用年数設定の考え方に一定のルールや規則が設けられることが必要と考えます。

次回は,PPAで使用する事業計画について解説します。

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第7回】WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)

 

 

▷第6回:PPAにおける無形資産の評価手法とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

 

 

 

1.はじめに

前回は無形資産の超過収益法やロイヤリティ免除法について解説しましたが,これらの評価においては,将来キャッシュ・フローを個々の資産に応じて想定されるリスクを考慮した割引率(期待収益率)を用いて現在価値へ割引くことが必要となります。そのためには資産毎に割引率を設定する必要がありますが,どのように設定するのでしょうか?

割引率は,一般的に加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital. 以下,WACCと言う。),内部収益率(Internal Rate of Return. 以下,IRRと言う。)及び加重平均資産収益率(Weighted Average Return on Assets. 以下,WARAと言う。)の分析を通じて設定されます。そのため,本稿ではWACC,IRR,WARAの概念及び3者の関係及び各資産の割引率の設定方法について解説します。

 

 

2.WACC,IRR,WARAについて

(1)WACC

WACCは一般的に企業価値評価に用いられる割引率であり,企業全体の投下資本に対する資本の調達コストであり,株主資本コストと負債コストの加重平均で表されます。言い換えれば, WACCとは,資本提供者の要求に応えるために,企業が投下資本を活用して生み出さなければならない最低限の収益率です。図表1はWACCの計算例ですが,WACCはPPA実施時に改めて計算するというよりも,M&A実施時に行った企業評価において算定したWACCを時点修正することが通常となります。無形資産の評価においては,WACCそのものを利用して割引計算をするというよりは,資産毎の割引率を設定するためのベンチマークとしてWACCが利用されます。なお,WACCの詳細な解説はここでは割愛させて頂きます。

 

 

【図表1】WACC計算例

 

 

 

(2)IRR

IRRとは,NPV(Net Present Value, NPV)がゼロとなる割引率です。NPVは,将来キャッシュ・フローの現在価値の合計額から初期投資額を控除したものです。そのため,IRRは投資家が投資によって必要最低限獲得したいと考える利回りであり,WACCを投資家側から見たものと言えます。通常の場合,IRR≒WACCとなります。

 

図表2において,投資額8,000百万円,事業計画期間のフリー・キャッシュ・フロー(以下,FCFと言う)を前提としたIRRは9.8%と計算されます。なお,IRRはエクセルのXIRR関数を利用することで容易に計算可能です。

 

 

【図表2】IRRの試算

 

 

 

無形資産評価においてIRRは,評価に使用されるWACCが合理的な水準といえるかどうかを検証するために用いられることが多いです。PPAにおける無形資産評価の目的は,当該資産の公正価値を測定することであり,公正価値を測定するには,一般的な市場参加者が想定すると考えられるWACCが設定される必要があることから,一般的な市場参加者の代表である買手企業が求めるIRRを用いて,WACCを検証することとなります。なお,この点についての詳細は連載第9回「事業計画」で解説する予定です。

 

 

(3)WARA

WARAは加重平均資産収益率で,文字通り各資産の収益率を加重平均した値です。そのため,一般的には,WACCやIRRと異なり一定の算式に基づき直接的に求めることはできず,各資産の想定リスクに応じた収益率を設定した結果として求められます。図表3は,WARAの計算例ですが,運転資本からのれんまでの各資産に応じた収益率(=期待収益率)を設定することによって,その加重平均値であるWARAが9.8%と計算されます。

 

また,株主資本及び負債の調達コストたるWACCは,事業に使用する資産が稼得する収益によって賄われるものと考えられます。そのため,事業に供する資産は,調達コストを賄う水準の運用収益が最低限期待されることとなります。つまり,資本の調達コストであるWACCと期待運用収益率であるWARAは一致することとなります。

 

 

【図表3】WARA計算例

 

残高(百万円) 構成比① 期待収益率② 加重平均
③=①×②
運転資本 500 6.3% 3.0% 0.2%
有形固定資産 3,000 37.5% 5.0% 1.9%
商標権 1,500 18.8% 12.0% 2.3%
顧客関連資産 1,000 12.5% 14.0% 1.8%
のれん 2,000 25.0% 15.0% 3.8%
合計 8,000 100.0% 9.8% ←WARA

 

 

(4)WACC,IRR,WARAの関係

概念上は,IRR=WACCとなり,WACC=WARAとなると述べましたが,改めて図表4を用いて説明します。まず,WARAは運用サイドに要求される期待収益率であり,いわゆる貸借対照表(以下,B/Sと言う。)の借方の概念と言えます。これに対して,WACCは調達サイドに係るコストであり,B/Sの貸方の概念と言えます。このことからも,WARA≒WACCとなるのは直観的にも分かり易いのではないでしょうか。また,これと同様に,IRRはNPVがゼロになる収益率ですから,収益=費用となる割引率と言え,調達コストであるWACCと等しくなると言えます。この結果として,WACC≒WARA≒IRRの関係が成立し,これを前提としてPPAの分析を進めていくこととなります。なお,(1)から(3)までの数値例でもすべての値が9.8%になっていることに読者の皆様も気付かれたと思います。

 

 

【図表4】WACC,IRR,WARAの関係図

 

3.各資産の期待収益率(割引率)の設定

各資産の期待収益率を設定する際に,WACC≒WARAを前提とする必要があります。これは,個々の資産の期待収益率を一義的に設定することは実務上困難のため,WACC≒WARAを前提に,各資産の期待収益率を設定し,その加重平均値たるWARAがWACCと近似するようにするのが一般的な実務上の対応となります。PPAの実務においては,資産は,運転資本,有形固定資産,無形固定資産,のれん等に分類して,この分類において期待収益率を設定することが一般的ですが,各資産の内訳や中身は対象会社によってそれぞれ異なり,運転資本も預金,売掛金,棚卸資産,買掛金などから構成されます。預金のように利率が存在するものは容易に期待収益率の設定が可能ですが,売掛金や棚卸資産の期待収益率を決めることは一義的には困難です。そこで,資産をグループ化して期待収益率を設定することとなります。ここで,直観的に,短期資産より長期資産の方が回収期間も長くリスクが高いと一般的には言えますし,現物のある有形固定資産より現物のない無形資産の方がリスクが高いと考えるのが通常ではないでしょうか。このような考え方に基づき,資産分類ごとの期待収益率の高低の関係には一般的なルールがあると言えます。日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第57号にも下記の記述があります。

 

【運転資本,有形固定資産,無形固定資産及びのれんの期待収益率】

運転資本<有形固定資産<無形固定資産<のれん

 

前述のWARAの計算例を見てみると,期待収益率が,運転資本→有形固定資産→無形固定資産→のれん,の順になっていることがお分かりになるでしょう。本例では,IRR=WACC=9.8%を念頭に置きながら,各資産の期待収益率を決めていくこととなりますが,運転資本の期待収益率はプライムレートの水準等をベースにまず3.0%と設定し,有形固定資産は多少リスクを上乗せして5.0%としています。商標権と顧客関連資産は同じ無形資産ですが,前者は法的権利として存在するものですから顧客関連資産よりリスクは低いと考えて,商標権は12.0%とし,顧客関連資産は商標権よりはリスクがあるとして14.0%と設定し,最後にのれんは,一番リスクが高いと考えられ15.0%と設定しました。この結果として,加重平均収益率たるWARAは9.8%となり,WACCと一致することとなります。

 

運転資本 3.0%<有形固定資産 5.0%<商標権12.0%<顧客関連資産 14.0%<のれん 15.0%
4.最後に

本稿のまとめとして,各資産の期待収益率の設定プロセスについて述べます。PPAの分析では,通常IRR≒WACC≒WARAという関係が成り立つことが想定されることから,これを念頭に置きながらIRRを計算してWACCを算出します。通常はIRRとWACCの関係に異常がなければ,WACCを確定し,各資産の期待収益率を設定するが,この時も運用サイドのWARAと調達サイドのWACCが近似することに留意する必要があります。このような一連のプロセスを経て,最終的にWARAがWACCと近似して計算が確定します。なお,実務上は,各資産の期待収益率の算定方法に画一的なルールがないため,レビューワーによっても見解が異なることが多く,監査上議論になることも多い点に留意が必要です。

 

 

【図表5】期待収益率の設定プロセス

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

 

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[失敗しないM&Aのための「財務デューデリジェンス」]

第2回:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

 

〈目次〉

①バリュエーション手法と財務デューデリジェンスの重点調査項目

②DCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷第1回:「財務デューデリジェンスの目的」を理解する

▷第3回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】

▷第4回:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【後編】

 

 

「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する


①バリュエーション手法と財務デューデリジェンスの重点調査項目

前号で解説したように、財務デューデリジェンスの重点調査項目は、バリュエーション方法によって変わります。

 

 

DCF法でバリュエーションを行う場合であれば、正常収益力、設備投資、運転資本、ネットデット、事業計画の分析が重点調査項目となり、純資産を用いた評価を行う場合は、実態純資産の分析が重要調査項目となります。

 

なお、重点調査項目以外にも、店舗を保有する企業であれば店舗別損益、工場を保有する企業であれば原価計算、製品別損益、小売店であれば客数・客単価、商品別損益等重要な調査項目があり、これらは買手企業のニーズによっても異なります。

 

 

買手企業の担当者としては、バリュエーションと財務デューデリジェンスの一般的な内容を理解し、対象会社の重点的な調査項目を検討し、また自社で行っている管理会計と照らしあわせて理解しやすい分析の切り口を検討しておくべきでしょう。

 

また、アドバイザーとしてM&Aをサポートする専門家としては、デューデリジェンスの開始に先立って買手企業の業種の特性、買手企業固有の状況、ニーズ、使用するバリュエーション手法等を把握するため、買手企業と十分なコミュニケーションをとることが必要となります。

 

 

②DCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係

下記では上場会社等のM&Aにて採用する代表的なバリュエーション手法の1つであるDCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係を説明します。

 

 

 

 

 

 

事業計画から各期のFCF(フリーキャッシュフロー)を算出し、各期のFCFおよび残存価値をWACCを用いて現在価値に割引きます。

 

この割引額の合計が事業価値となります。この事業価値からネットデット(有利子負債から余剰資金および非事業用資産の時価を差し引いたもの)を差し引くことで株式価値を算出します。

 

つまり、株式価値を算出するためには、各期のFCF、WACC、ネットデットの金額が必要ということが分かります。

 

 

WACCは一般的にバリュエーション業務で算出し、FCFの金額についてもバリュエーションで算出することもありますが、財務デューデリジェンスではその基礎となる事業計画を分析する場合があります。

 

なお、事業計画のFCFの分析を行うには、その発射台となる現状のFCFの分析が不可欠であり、正常収益力、運転資本、設備投資の分析を行った上で事業計画を分析する必要があります。

 

ただし、事業計画については買手企業で分析を行うため、財務デューデリジェンスの範囲外となることもあります。

 

よって、DCF法によるバリュエーションを行う場合、価値算定に直接影響を与える項目は正常収益力、運転資本、設備投資、ネットデット、事業計画となり、これらの項目を財務デューデリジェンスで重点的に分析することになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第2回:譲渡・M&Aにおいて準備すべきこと

~企業価値を向上させ売却金額を増大させるためには?~

 

[解説]

宇野俊英(M&Aコンサルタント)

 

 

 

 

 


[質問(Q)]

当社は後継者不在であることからM&Aで会社売却をしたいと考えています。具体的に何から手を付けてよいかわかりません。M&Aにおいて事前に準備しておくべき必要な事項を教えてください。

 

 

[回答(A)]

事前準備で必要な事項は会社の状況に異なります。事業承継への対応では後継者の有無によって手法は異なりますが、いずれも早めの検討と準備が求められます。M&Aを選択する場合にはより企業価値をブラッシュアップし、譲渡・売却しやすい会社に近づかせることにより、企業価値を向上させ売却金額を増大させる方向が望ましいと考えられます。

 

そのためには、
 ①会社の実態の見える化(実態把握、個人の資産と事業用資産の整理)
 ②M&Aのメリット・デメリットを理解した上で意思決定
 ③株式が分散していた場合には集約化と名義株の整理
 ④仲介・FA機関の選定とFA・仲介契約の締結
等が必要になります。

 

 

 

まずは経営者に改めて事業承継に向けたM&Aへの準備の必要性の認識を持っていただくことが最初の一歩です。

 

1.準備の必要性を認識しましょう


M&Aをする場合にも相応の時間が必要です。M&Aはある意味タイミングが重要です。適切なタイミングを逃してしまうと探してもそもそも候補先が見つからないということがあり得ます。また、候補先がいてもタイミングが適切でなければ不利な条件を許容せざるを得なくなってしまったり、交渉自体が流れてしまうこともあり得ます。

 

タイミングの一つは業績が上げられます。一期赤字でM&Aを決断しても交渉成立時に2 期連続赤字の状態であれば、期待していた売却価格にならないことはよくあることです。また、いたずらに時間を費やしている間に譲渡側の経営者が健康上の問題を引き起こしてしまうこともあります。経営者には「まだ先のことだから……」「日常業務で忙しいから……」とさまざまな理由はあります。しかし、準備が遅れるほど希望する条件に合った候補者を探すことが難しくなってきます。

 

 

2.経営状況・経営課題の「見える化」をしてみましょう


M&Aを準備するためにはまず、自社の経営状況・経営課題、経営資源等を見える化し、正確に現状把握することから始まります。

 

把握した自社の経営状況・経営課題等をベースに自社の強みの伸長と弱みを改善する方向性を見つけ、着手することが重要です。その際に経営者の視点に加え顧問税理士、中小企業診断士などの専門家や金融機関に協力を求めることで客観的かつ効率的に把握することが可能になります。また「見える化」することの効能はM&A に役立つのみならず、自社の経営改善につながる効果も見込まれます。

 

 

3.M&Aの意思決定、信頼できる仲介者等の選定及び仲介契約等の締結


上記過程を経てM&Aの意思決定がなされ、候補者を探索する必要があるときには仲介者・アドバイザリー(以下、「仲介者等」という)を選定して仲介契約若しくはアドバイザリー契約(以下、「仲介契約等」という)を締結します。

 

締結後は基本仲介者等の指導・助言に基づき実行していきますが、仲介者等も必ずしもすべての工程・分野に習熟してない場合もあり得ます。必要に応じて専門家や事業引継ぎ支援センター等のセカンドオピニオンを活用しましょう。あわせて、見える化で把握した課題の改善を図り、企業価値の増大を目指していきます。