PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]
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[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]
【第4回】PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
〈解説〉
株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)
1.無形資産の認識プロセス
前回は無形資産の認識基準について解説し,認識される無形資産の例示(例えば,商標,特許権など)を紹介しました。
今回は無形資産をどういったプロセス・手続で認識するのか,について解説します。
【図表1】はPPA全体の一般的なプロセスを示していますが,その中でも「(1)無形資産の認識」に焦点を当てます。「無形資産の認識プロセス」は【図表2】に示すとおりであり,そのプロセス(1)~(4)のそれぞれについて解説します。
(1)初期依頼資料リストの送付
【図表3】はPPAプロジェクトを始めるに際して,一番初めに買い手企業へ依頼する資料の例示です。
依頼する資料は案件ごとに異なり,これが必要な資料のすべてを網羅している訳ではない点に留意ください。
【図表3】初期依頼資料リスト例示
(2)受領資料の分析
初期依頼資料リストに基づき依頼した資料を受領し,そこから分析・検討が始まります。無形資産の認識は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等を把握しつつ,買い手企業がどういった目的で対象会社を買収したかが大きく関わってくるため,資料依頼リスト№1にあり,買収の概要や買収目的等が分かる資料が重要となります。
例えば,ある会社の技術力を評価し,その技術の取得を目的として対象会社を買収した場合には,技術関連資産が無形資産として認識される可能性が高いと考えられます。
また,一般的に認知されているファッションブランドを有している会社を,そのブランドを得る目的で買収した場合にはマーケティング関連資産が認識される可能性が高くなります。財務デューデリジェンス(以下,「DD」と言う)レポートを分析・検討し,対象会社の財務状況や収益構造等を把握することによって,対象会社の収益の源泉,価値の源泉がどこにあるかを把握することも重要です。
これは,無形資産を認識する際には,認識する無形資産が対象会社の収益獲得の源泉になっているか否かに関連づけて検討する必要があるからです。
更に,法務DDレポートや株式譲渡契約書等を分析して,被買収企業がどのような知的財産権(例えば,商標権,特許権など)や契約を有しているかを把握することも必要です。法律や契約で保護されているか,または,分離して譲渡可能かどうか,無形資産の認識基準に照らして検討する必要があります(【図表4】)。
このように入手した資料の分析を通じて,認識する無形資産にあたりをつけ,「(3)買い手企業へのインタビュー」に臨むこととなります。
なお,入手した資料の分析を進める中で,追加で必要となる資料は随時依頼しておく方が望ましいでしょう。
(3)買い手企業へのインタビュー
入手した資料等の分析により,対象会社のビジネスモデル,商流,強み,買収目的や買収によるシナジーを把握した上で認識する無形資産を想定し,買い手企業へのインタビューに臨みます。事前にインタビュー時に聞きたい質問等をリスト化して送付しておくことで,買い手企業は回答を準備することができ,インタビューがより有意義なものとなります。
【図表5】は,質問事項の一部になりますが,買収の目的や対象会社のビジネスについてクライアントの担当者から直接確認し,資料の分析段階での理解と齟齬がないか確認することを意図しています。
【図表5】は,対象会社が特許権を保有していることを前提とした質問事項でありますが,特許権以外にも法的権利を有するようなものを保有しているような場合は,その権利内容,法的有効期限などを確認することとなります。
それ以外にも,一般的な市場条件と比べて有利な契約の有無や連載第3回で記載した無形資産の例示を利用して,認識すべき無形資産の網羅性について確認する必要があります。認識する無形資産の認識根拠を把握することは当然ですが,認識しない無形資産についても,認識しない理由・根拠を把握して整理しておくことが必要となります。無形資産の網羅性については,会計監査においても重要なポイントの一つであることから,認識しなかった理由や根拠を会計監査時に示すことが求められます。
【図表5】クライアントインタビュー 質問事項例示
質問リストを事前に送付しておくことによって,買い手企業においても,当該質問について誰が回答することが最適かを把握できます。一般的には,経理担当者だけでなく,経営企画部や事業部のM&A実行担当者にもインタビューの場へ出席して頂き,案件に直接携わった方から対象会社のビジネスや買収目的等を説明して頂くことが多いのではないでしょうか。更に,対象会社が特許権などの知的財産権を保有しているケースでは,知的財産部の方にも出席して頂くこともあります。
(4)認識する無形資産の特定
依頼資料の分析や買い手企業へのインタビューを通じて,認識する無形資産が特定され,次のプロセスである無形資産の評価へ進むこととなります。
次の事例は,無形資産の認識プロセスの具体例です。ただし,この段階で認識対象となった無形資産であっても,測定の結果として価値が出ない(算定結果がマイナス)場合は,無形資産が計上されないこともある点に注意が必要です。
2.無形資産の認識プロセスの具体例
簡単な例を用いて,無形資産の認識プロセスについて解説します。
【図表7】具体例概要
X社は革新的な技術力を持つY社を買収した。受領した買収検討資料から,買収目的はY社が持つ技術力の取得であり,その技術をX社の技術と組み合わせることで,成長が見込まれる市場で優位なポジションを得ることを狙っていることが把握できた。また,Y社は設立後3年程度しか経過していないいわゆるベンチャー企業であり,買収時点においては売上も僅少であり,営業赤字が続いている状況であった。更に,株式譲渡契約書や法務DDレポートから,Y社は製品名を商標登録し,保有する技術に関する特許権を有していることも知ることができた。
以上の状況を踏まえて,評価会社としては下記の想定で買い手企業へのインタビューに臨むこととなりました。ただし,商標権はY社がベンチャー企業で売上も僅少であることから,ブランドの認知度は高くなく,無形資産として認識するほどの重要性はないものと想定しています。当該想定の適否についても,インタビューにて買い手企業の見解を把握した上で最終的な判断を下すことを考えています。
買い手企業へのインタビューでは,経理担当者に加えて事業部のM&A担当者も出席し,見解を聞くこととなりました。改めて,買収目的を確認したところ,入手資料から読み取れた通り,買収の主な目的はY社の技術力であり,X社はこの技術を非常に高く評価していました。
このことから,Y社が有する技術を無形資産として認識し,評価対象とすることとしました。他方,商標権に関しては,Y社製品の市場における認知度が高くないことから,X社のブランド名をつけてY社製品を販売する計画となっているとのことです。X社はY社の商標権に価値があると考えていなかったことになります。
更に,Y社は製品を販売するチャネルを確立できていないため,X社の販売網を利用して,Y社の製品を販売することが予定されていました。
このことからも,商標権には重要な価値がないものと判断できることから,無形資産として認識しないこととしました。更に,技術や商標権以外にも認識すべき無形資産の有無を網羅的に確認しましたが,無形資産として認識すべき重要なものはないと判断できました。結果,認識の対象となる無形資産は技術のみとなりました。
なお,この例のようなアーリーステージのベンチャー企業では,売上が十分に計上されておらず,赤字が継続している場合も多いことから,一般的には,認識対象となる無形資産はかなり限定される傾向にあると言えます。
また,上記の無形資産の認識ロジックは,あくまでも筆者の私見であり,読者の方々がPPAプロジェクトを始める際は会計監査人と協議して認識する無形資産を決めてください。
3.最後に
今回は無形資産の認識プロセスを解説しましたが,どのように無形資産を認識するかについてご理解頂けたでしょうか。無形資産は,形式的な認識基準に合致しているかどうかだけでなく,買収目的やビジネスなどの関連性までを考慮し,実質面を重視して分析・検討する必要があると筆者は考えます。
次回は,無形資産の測定について解説していきます。
—本連載(全12回)—
第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?
第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?