[解説ニュース]

【Q&A】合同会社の社員が死亡した場合の取扱い

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(宮田 房枝/税理士)

 

 

[関連解説]

■法人が匿名組合契約により営業者に金銭出資している場合の出資金の相続税評価

■持分の定めのある社団医療法人の解散と課税関係

 

【Q】

合同会社の社員であった父が死亡しました。父に遺言はありません。相続人は、母と私の2人であり、母に相続放棄をする予定はありません。

 

〔問1〕父の社員としての地位を私だけが承継するには、母と私で遺産分割協議をすればよいですか?
〔問2〕相続税の計算上、合同会社の出資はどのように評価しますか?

 

 

【A】

〔問1〕について


まずは、定款に、社員が死亡した場合の持分の承継に関する定めがないかどうか確認してください。

 

① 定款に定めがない場合
合同会社の社員は死亡によって退社し、その地位は、原則として、相続人へ承継されないため、遺産分割協議の対象とはなりません(会社法607①三)。あなたが社員になりたいのであれば、今回の相続とは関係なく、定款の定めに従って入社の手続をする必要があります。

 

② 定款に定めがある場合
定款に「死亡した社員の相続人がその社員の持分を承継する」旨の定め(以下「別段の定め」)がある場合には、相続人にその地位が承継されます(会社法608①)。しかし、この場合も遺言がないということですので、仮に定款に別段の定めがあったとしても、共同相続人であるお母様とあなたとが相続分に応じてその地位を承継することとなり、遺産分割協議によって、あなたのみを社員にするということはできないと考えられます(青山修『持分会社の登記実務〔補訂版〕』(民事法研究会)121・122頁)。いったんお母様も社員となった上で、お母様は任意退社又は持分譲渡をする必要があると考えられます。

 

 

 

〔問2〕について


社員が死亡した場合の地位の承継に関して定款に別段の定めがない場合には、その社員の出資持分は「払戻請求権」として評価します(会社法611①)。

 

また、定款に別段の定めがあり、相続人が持分を承継する場合には、「出資」として、取引相場のない株式の評価方法に準じて評価します(財基通178~193、194)。

 

 

【解説】

(1) 合同会社の社員とは

合同会社は、1又は2以上の個人又は法人の出資により設立されます(会社法578)。この出資者のことを「社員」と呼びます(ここでいう「社員」は、従業員という意味合いではありません)。そして、出資者である社員は、原則として、経営者でもあるというのが合同会社の特徴です(会社法590)。

 

(2) 死亡した社員の出資持分の取扱い

① 原則
社員が死亡した場合に、もしその相続人その他の一般承継人(以下「相続人等」)が当然にその死亡した社員の地位を承継できるとなると、他の社員にとって望まない者が新たに社員として加わる可能性がでてきます。そこで、会社法上、社員の死亡は法定退社事由とされており、その地位は、原則として相続人等に承継されることはありません。この場合、その相続人等は、出資持分の払戻しを受けることになります(会社法611①)。

 

この払戻請求権は、いったん被相続人に帰属した後に、相続財産として相続人に承継されると解釈されています(神戸地判平成4年12月25日税務訴訟資料193号1189頁)。すなわち、その払戻金額がその法人の資本金等の額のうちその死亡した社員の出資持分に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額は被相続人に対する配当とみなされ、所得税が源泉徴収されて、被相続人の所得税の課税対象となった上で、払戻請求権は相続税の課税対象になると考えられます(所法25①四)。

 

このように出資持分の払戻しを受ける場合の払戻請求権の相続税評価額は、「退社した社員と持分会社との間の計算は、退社の時における持分会社の財産の状況に従ってしなければならない。」(会社法611②)とされていることから、評価すべき持分会社の課税時期における各資産を財産評価基本通達の定めにより評価した価額の合計額から課税時期における各負債の合計額を控除した金額に、持分を乗じて計算した金額となります(国税庁質疑応答事例)。

 

 

② 例外
一方、死亡した社員の地位を相続人等へ承継させたいという場合もあります。そのような場合には、定款に別段の定めをしておくことで、社員が死亡して退社したとしても、その地位を相続人等へ承継させることができます。この場合、その相続人等は、出資の払戻しは受けず、被相続人の出資持分を承継します(会社法611①)。
なお、相続人の中でも特定の相続人に社員の地位を承継させたい場合には、定款において別段の定めをするとともに、社員が遺言で特定の相続人に自己の持分の全部又は一部を承継する旨を定めておく必要があると考えられます。

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/09/13)より転載

[ゼロからわかる事業再生]

第2回:事業の磨き上げ

~貸借対照表B/S はスリム化し、損益計算書P/Lは事業の見直しや固定費の削減を~

 

[解説]

植木康彦(公認会計士・税理士)

 

 

[質問(Q)]

当社の貸借対照表では過去に取得した遊休資産の金額などが大きく、総資産に対する利益率が低いので磨き上げが必要、と会計事務所の担当者に言われました。この場合の磨き上げ方法を教えてください。

 

 

[回答(A)]

会社の業績の良し悪しは、総合的には総資産に対する利益の割合(ROA(注1))によって評価されます。そこで、貸借対照表B/S はスリム化し、損益計算書P/Lは事業の見直しや固定費の削減によって磨き上げます。

 

 

 

 

磨き上げに定型的な方法はありませんが、決算書の磨き上げの観点から言うと、貸借対照表(以下、「B/S」といいます。)の磨き上げと損益計算書(以下、「P/L」といいます。)の磨き上げが必要です。B/S とP/L の磨き上げによって、会社の財務状況を健全な状態に誘導します。

 

1.貸借対照表= B/S の磨き上げ


御社の場合、過去に取得した遊休資産があるとのことですので、まずはその処分が課題となります。固定資産は、総資産に占めるウエイトが大きいので、遊休資産のように収益を生まない場合には総資産経常利益率(ROA(注1))の計算式の分母のみが大きくなって、ROA は著しく悪化します。資産処分によってROA は改善しますが、将来的な資産の利用計画がある場合は、「タイムズ」のような臨時駐車場にする方法でも改善できます。

 

また、やや裏技的になりますが、リース会計基準の適用によって、オフバランスが難しい場合を除き、中小企業ではリース取引を利用することで、総資産を増やさず利益を獲得する方法もあります。

 

売掛金の適正化としては、不良債権については回収促進と回収不能な場合は損失処理、正常債権であっても回収サイト(回収期間)が長期化している取引先について取引条件の見直しによる回収サイトの短縮化を検討します。

 

在庫については、取引ロットや流通経路を見直すことによって圧縮できないかを検討しますが、保管場所を圧縮(例えば、2箇所を1箇所に集約)するだけで在庫が減少することもままあります。

 

さらに、大規模な磨き上げの方法としては、不採算事業の整理・撤退があります。複数の事業を営み、一部事業が赤字で他の事業とのシナジーが期待できない場合などです。不採算事業の整理・撤退によって得た資金は、優良事業の拡大、事業ポートフォリオの見直し、有利子負債の削減に利用します。

 

また、純資産が債務超過であったり、自己資本比率(注2)が低い場合、増資により純資産を厚くする方法もあります。

 

上記のような総資産のスリム化や純資産の増強によって企業体質は強化されますが、通常は一連の対応により固定費も削減されるため、P/L 改善も伴うことが多いと思います。

 

 

 

 

(注1) 総資産経常利益率(ROA)
総資産経常利益率(ROA)は、総資産(投資)に対するリターン(利益)の割合を意味します。この数値が低いということは、投資額が大きすぎるか、売上の回転が悪いか、利益率が低いかによります。会社全体の総合的な状態を見る上で、最も重要な指標です。

 

(注2) 自己資本比率
総資産に対する自己資本(純資産)の占める割合をいいます。この割合が高いほど財務の安定性が高いと評価されます。

 

 

2.損益計算書= P/L の磨き上げ


B/S の磨き上げに比べてP/L の磨き上げは難しいと言われます。

 

通常、無駄な経費(主には変動費)の削減は恒常的に実施しているでしょうから、主たる磨き上げの対象となるのは固定費の削減です。固定費の代表格は人件費と家賃ですが、これらの固定費を削減する意味は、事業の見直しです。不採算の事業や収益率が低い事業について、廃業や売却、ビジネスモデルの見直しを行い、経営体質の強化を図ります。

 

 

 

 

しかしながら、得意先ごとの粗利益率分析(粗利益率ABC 分析)をするだけで、高い利益率になっている得意先(ランクA B の得意先)と低い利益率の得意先(ランクC の得意先)を明確にし、又は発見し、粗利益率改善のための対応(値上げや取引縮小など)をするだけで、利益率や利益額が改善できるケースもあります。まずは、利益率が上位50% より低いランクCの得意先について、見直し対象にしてみるのもよいと思います。なお、ABC格付けはあくまで一例ですので、対象会社の実情に応じて格付け(例えばA~ D など)してみてください。

 

 

 

 

磨き上げによって、事業をより良い健康状態に仕上げることが可能となります。他方、自力で磨き上げができない場合には、B/S 面であれば法的手続等による債務カット、P/L 面であればスポンサーによる経営支援や譲渡を検討することになります。

 

 

 

 

 

 

[M&Aに関するおすすめ情報]

経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)、いわゆる「M&A促進税制」がスタートしました

 

〈解説〉

公認会計士  吉山尚人(かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社)

 

 

はじめに


令和3年度税制改正大綱で公表され、M&A業界で話題となっていた「中小企業の経営資源の集約化に資する税制」が令和3年8月2日から遂にスタートしました。

 

当該税制改正で以下の3つの措置が活用できるようになります。

①中小企業経営強化税制

②所得拡大促進税制

③中小企業事業再編投資損失準備金

 

今回のコラムでは③中小企業事業再編投資損失準備金について制度の大枠をわかりやすく解説していきます。

 

 

1.制度の概要と税務メリット


令和3年8月2日から令和6年3月31日の間に一定の記載事項を記載した経営力向上計画を主務大臣に申請し認定を受けた中小企業者が、株式取得によってM&Aを実施する場合、株式の取得価額(取得価額10億円以下に限る)のうち最大で70%をその事業年度において損金算入できる制度です。その後5年間の据置期間を経て6年目から10年目にかけて均等に取り崩しを行い益金算入を行います(青色申告であることが前提です)。

 

出典:中小企業の経営資源の集約化に資する税制リーフレット

 

 

実質的には単なる課税の繰延べ(10年通しでみると「いってこい」)ですが、M&A実施時は一時的に大きなキャッシュアウトが発生するため、この制度を活用することで相当の減税効果が得られ、M&Aによる資金繰りへの影響を軽減できます。

 

少し難しいですが、仕訳の例を以下に記載します(仕訳イメージ_準備金方式)。

 

①M&Aを実施した事業年度

有価証券 100百万円 / 現金 100百万円

事業再編投資損失 70百万円 / 中小企業事業再編投資損失準備金 70百万円

 

②M&A実施後6年目以降

中小企業事業投資損失準備金 14百万円 / 投資損失準備金取崩益 14百万円

②の仕訳をM&A実施後10年目まで毎事業年度計上します。

 

 

 

2.制度活用の流れ


出典:中小企業の経営資源の集約化に資する税制リーフレット

 

 

この制度を活用する場合は上記フローで行います。

 

注意が必要なのは基本合意を締結した後、最終契約を締結するまでの間に経営力向上計画を申請し、認定を受ける必要がある点です。

 

既に最終契約を締結し取得した株式についてはこの制度の活用はできません。

 

スケジュール管理が重要になるため、制度活用に際しては弊社のようなM&Aアドバイザーに相談されることをお勧めいたします。

 

また税務署に確定申告する際には、経営力向上計画の申請書、認定書、確認書(いずれも写し)を添付する必要があります。

 

 

出典:中小企業の経営資源の集約化に資する税制概要・手引き(P10)

 

 

3.要件


【買い手】

1.経営力向上計画の認定を受けた特定事業者等(常時使用する従業員数が2,000人以下の法人等)

2.租税特別措置法上の中小企業者等(資本金の額が1億円以下の法人等)であること

 

【売り手】

特定事業者等(常時使用する従業員数が2,000人以下の法人等)であること

 

【株式取得価額】

10億円以下

 

【M&Aの手法】

株式譲渡のみ(事業譲渡、合併、株式交換等は対象になりません)

 

 

また、売り手と買い手の関係についてですが、この制度の趣旨が「他社の経営資源を取得する際のリスクに備える」ことであるため、グループ内再編や親族内でのM&Aはこの制度を活用できません。

 

この他にも細かい制限や注意点があるため、詳細は中小企業庁のHPをご確認ください。

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第9回:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.なぜ事業計画を分析するの?

①M&A後の展望を考える土台

② 企業価値評価の前提

2.まずは前提条件を確認しよう

3.過去の達成度を見よう

4.事業計画の根拠を検証しよう

①前提条件には根拠が必要

②事例で見る根拠分析

 

 

前回は財務デューデリジェンスの中でも損益計算書の分析を見ていきました。今回は企業価値評価(バリュエーション)にも影響を与える事業計画について、財務デューデリジェンスでどのように分析していくのかを見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:デューデリジェンスとは何か?デューデリジェンスはなぜ必要なの? デューデリジェンスの種類とは?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】 ~運転資本の分析、固定資産・設備投資の分析~

 

 

1.なぜ事業計画を分析するの?


事業計画分析はM&Aにおいて非常に重要なプロセスとなります。これは、大きく「M&A後の展望を考える土台となる」ことと、「企業価値評価の前提となる」ことによります。

 

①M&A後の展望を考える土台

第1回で、会社や事業を買うことは、会社が目指す理想を達成するための1つの手段であることに触れました。まず目指す理想があって、その手段としてM&Aがあるのです。そのため、会社を買収する際には将来どのような効果を自社にもたらしてくれるかが重要であり、将来の方向性を検討する一番の資料が事業計画になります。

 

もし事業計画が買収後に実現できない場合、企業は事業の見直しや人事改革等を行うことになってしまいます。将来における影響が大きい以上、着実な事業計画であるかどうかの分析は欠かせません。

 

②企業価値評価の前提

もう1つ重要な点として、事業計画は企業価値評価(バリュエーション)の前提となることが挙げられます。次回より企業価値評価をご説明しますが、その前提となるのが事業計画です。

 

企業価値評価はM&Aの買収価格の参考情報とするために行われますので、事業計画が買収価格に結びついていくことになります。

 

事業計画が実現できない場合、買収価格が「当初想定より高すぎた」ことになってしまいます。M&Aを実行する会社の投資家に対する説明責任もありますし、買収時ののれんを減損するリスクにつながりますので、買収価格設定の根拠となる将来事業計画を分析することとなります。

 

2. まずは前提条件を確認しよう


事業計画は将来の計画ですが、誰も分からない将来のことを分析するのは一苦労です。財務デューデリジェンスの実施者の多くは財務面・会計面の専門家ですが、M&A対象会社の事業に関する専門家ではありません。

 

そのため、事業計画作成する際の前提については、買い手若しくは調査依頼者との合意に基づくものとなることがほとんどです。

 

例えばIT業界に属する会社のM&Aにおいて、将来計画で今期より売上が増加する計画になっているとします。業界関係者の中では、市場規模も年々増加しており、その会社の特殊な特許が今後有用になるため売上が増加する見込が高いというのが判断できますが、財務デューデリジェンスの担当者はIT業界についてそこまで詳しくないため、そのような判断はできません。

 

この場合、売上高が増加するという前提は、合意に基づくものとなります。餅は餅屋というように、ビジネス上の考え方についてはM&Aの当事者の方がより専門家となりますので、当事者の検討結果を踏まえつつ、実効性の高い事業計画としていくこととなります。

 

別途ビジネスデューデリジェンスを行っている場合には、ビジネスDDチームと協力し、ビジネスDDの結果を事業計画にうまく反映させることも重要ですね。

 

このように事業計画作成の前提となる事項について、最初に確認していきます。

 

 

3. 過去の達成度を見よう


事業計画を分析する上で留意すべき点の1つに、過去の達成度があります。事業計画の土台はこれから買収しようとしている相手会社が作成しています。もし相手会社が3年に1回等継続的に事業計画や中期経営計画を作成している場合、その達成度を確認します。

 

 

例えば、以下2社の達成度を考えてみましょう。

A社

 

 

A社は明らかに実現可能性が低い計画を立てていることが分かりますね。計画時に想定していた大型案件が頓挫してしまった、もともと楽観的な計画の立て方だった等、理由は様々考えられます。その理由を確認し、しょうがないと思えるような内容であれば問題ありませんが、そうでない場合は将来計画においても達成可能性が低いと考えた上で今後の検討を進めるべきです。

 

B社

 

 

一方、B社は堅実な事業計画を立てていることが分かります。概ね想定通りの事業計画となっており、安定的な推移を見せていることから、この会社が作成する事業計画は信頼がおけそうですね。

 

この場合、むしろ注意すべきはこれまでの財務諸表に不正がないかどうかです。実態はA社と変わらないにもかかわらず、計画達成への過度なプレッシャーから不正会計を行って上記実績値となっているとしたら、A社よりよほどたちが悪い状況です。そのため貸借対照表や損益計算書における財務デューデリジェンスにおける発見事項が重要となってきます。

 

財務DDで何も発見されず、ありのままの状態で計画通りに進んでいる際は、今後の事業計画も非常に堅実なものであると想定されますね。

 

(もちろん、会計不正は証拠の改ざんを伴いますので、強制調査権限をもたないDDで見つけるのが難しいケースも多いですが、、その点のリスクは抱え込んだ上で、第2回でご説明した最終契約時の表明保証や契約書で可能な限りカバーすることとなります。)

 

 

 

≪Column:社内評価と事業計画≫


事業計画に応じて社内の業績評価が決まる場合は、事業計画は達成しやすいよう低めの数値に設定される傾向があります。逆に評価基準としては利用されておらず、目標値である場合は高めに設定される傾向があります。

 


 

 

 

4. 事業計画の根拠を検証しよう


①前提条件には根拠が必要

事業計画は全て合意した前提条件とその根拠で決まると言っても過言ではありません。現在の財務諸表を発射台に、根拠に基づく様々な前提条件を加味して事業計画は作成されています。

 

「今日は雨が降りそう」と何気なく思うことも、実は将来予想ですね。「雲がどんよりしてて空が暗いから」といった根拠があるから、「今日は雨が降りそう」と感じています。

 

同様に、「売上が伸びそう」と感じる根拠は「市場規模が伸びてきているから」「会社が独自の特許を持っているから」等、様々な根拠の基に「売上が伸びる」という前提条件が置かれます。

 

事業計画における主な前提条件は、上記のような市場成長率やマーケットシェアに基づく数値設定、得意先の獲得や喪失に伴う売上高増減、販売価格や原材料価格の変動、法規制の変更等が挙げられます。

 

事業計画の前提は多岐に渡りますので、計画に重要な影響を与える項目に焦点をあてて検討していくこととなります。置かれている前提が何かを確認し、その根拠に問題がないかを過去実績を踏まえながら見ていきます。

 

②事例で見る根拠分析

簡単な事例で事業計画を分析してみましょう。売上高について以下の事業計画になっていたとします。計画上の前提として、「売上高成長率を10%として算定」されています。

 

 

<事業計画>

 

この時、売上高成長率を10%と置いて良いかが最も重要な点です。ぱっと見の印象として、成長率10%は非常に高い水準に感じますね。(新興国であれば10%の成長率は軽く超えていきますが、今回は日本でのビジネスとしましょう。)

 

 

売上高成長率10%の根拠は以下の通り説明を受けました。

 

●過去5年間の市場成長率は+7%

●会社は重要な特許を持っており、製品の認知度が高まるにつれてマーケットシェアも増大する見込

●市場成長率7%にマーケットシェア増加分を加味して、10%と仮定

 

 

では、10%に問題ないと言えるでしょうか。これでは情報が不足していますね。そこで追加調査をした結果、以下事項が追加で分かりました。

 

●会社は2つの異なる製品AとBを有しており、売上高は半々

●製品Aの市場成長率は+8%であるが、製品Bの市場成長率は+1%

●過去の実績に照らし合わせると、上記製品別の市場成長率は妥当

●重要な特許は5年前から保有しているものの、この5年間でマーケットシェア実績値に大きな変動はない

 

 

ちょっとお粗末すぎると思われるかもしれませんが、この事例のようにカテゴリーの分け方で市場成長率は大きく変わります。カテゴリーを大きく取るか小さく取るかの影響は大きく、この事例においてもカテゴリーを広く取った場合が+7%、狭く取った場合は+8%と+1%です。なお例として、広いカテゴリーは電化製品、狭いカテゴリーはパソコン部品とクーラー等です。

 

今回であれば売上高が半々の状況で+7%の大カテゴリーを使用するのは不適切で、狭いカテゴリーの市場成長率を使用した方が正確と言えますね。

 

また、マーケットシェアが増加する点も過去実績を鑑みれば根拠としては薄いと言えます。もちろん今後マーケットシェアが増大する可能性も十分ありますし、そうなれば良いとは感じますが、現時点での買収価格を決定する情報としての根拠としては厳しいと言わざるを得ません。

 

 

その結果、現実的には以下の計画となるでしょう。

 

<事業計画(修正後)>

 

 

当初計画値より現実的な路線となっているのが分かります。このように、前提条件に基づく事業計画は、前提条件に対する根拠の精度が非常に重要になってきます。

未来は誰にも分りませんが、精度を高くしていくことが現時点で出来る最善の見積りに繋がっていき、ひいては最善の価格設定に繋がっていきます。

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスにおける事業計画分析のイメージが、少しでも具体的になっていただけましたでしょうか。次回より、企業価値評価についてご説明させていただきます。

 

 

 

 

 

 

[新型コロナウイルスに関するM&A・事業再生の専門家の視点]

大手企業の下請けを主な生業としていますが、どのようなことに気を付けたらよいでしょうか。

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:コロナ融資の返済が難しい場合の対応

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大手企業と古くから関係を築いてきた一次受け企業の場合、他の中小企業と比較するとある程度安定した高い報酬を得ているケースが多いです。これは、大手企業と中小企業の関係の歴史的な背景であったり、中小企業の技術力や品質等の強みがあったりする場合などの要因によるかと思います。

 

大手企業からの受注の拡大に併せて、中小企業も規模を拡大し対応することで、中小企業にとっての大手企業への取引依存度(全ての売上に対する大手企業への売上の割合)が高くなっている企業が多いように感じます。

 

大手企業への販売依存度が高い企業の場合、大手企業からの受注が減少すれば、中小企業の経営に与えるインパクトは大きくなります。さらに、あろうことか取引の打ち切りとなれば、中小企業は一気に経営が立ち行かなくなってしまいます。

 

特定の企業に対する取引依存度が高いことは、経営上の重大なリスクとなることは経営学の基本的な考え方ですが、大手企業と良い関係を続けてきた中小企業にとっては、リスクを考えて事前に行動に移すことが難しいことも事実です。

 

大手企業からの取引の縮小の申し出や、取引の打ち切りの話は、昔からよくあることですが、近年では新型コロナウイルスの影響による大手企業の業績の変化や、方針転換等により、このような事態となった企業が増加しているように思います。

 

大手企業から中小企業への取引の見直しにかかる通知は、突然行われ、しかも条件の見直しや、取引の停止は、数か月程度の猶予しか与えられないケースが多いです。数か月の猶予では中小企業はできることは限られるため、このような事態に備えて事前に対応策を検討・実行することがリスクの低減のためには必要です。

 

事前の対応策としては、自社の強みを生かして新規の企業や取引の少ない企業からの受注を獲得し、大手企業の取引依存度を減少させる取り組みを実施することや、固定費の割合を減少させ変動費の割合を高くする等が考えられます。事後的な対応としては、当該大手企業との交渉や、他の取引先、経営が一気に苦しくなる場合には金融機関も巻き込んだ交渉が必要になる場合があります。

 

このような場合には、信頼できる専門家に相談をするなどし、経営の危機を一緒に乗り越えていくことが必要となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第5回:従業員への説明

~従業員への説明はどのようにすればいいですか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

 

▷関連記事:自社の売却を検討していますが、家族や従業員には伝えづらいです。どのように伝えればよいのでしょうか?

▷関連記事:M&Aのメリット・デメリット ~顧問先は?従業員は?~

 

 

Q、従業員への説明はどのようにすればいいですか

⑴所長税理士からの説明

 

従業員に相談しながらM&Aを検討しているケースであれば問題はありませんが、ほとんどのケースは、所長税理士が1 人で検討し、動いていますので、従業員にとっては寝耳に水の話です。

 

従業員が少人数の場合には、所長税理士のグリップが強く、また、顧問先も所長税理士を中心に関係が築かれているケースが多いので説明しやすいのですが、従業員の人数が10人を超えてくると、顧問先との関係が担当者中心で回っている場合が多く、担当者が退職するようなことがあれば、顧問先も不安を覚えて離れていくケースがあります。

 

そのため、従業員への説明について、全社員に一斉に話す場合もあれば、規模が大きい事務所の場合にはキーマンを中心に話をしてから全社員へ伝えるケースがあります。

 

M&Aに至った経緯、相手先の情報とその選定理由、スケジュール等を説明し、一番大切な所長税理士の想いを届ける機会となります。また、所長税理士の関与方法や事務所の存続などの内容を踏まえ、今後変わること、変わらないことを伝えて安心させることが重要です。

 

なお、説明するにあたり最も大切なのが、所長税理士がM&Aの契約内容やスケジュールに納得しているかということです。契約内容はもちろんですが、スケジュールの進め方にしても、早く進みすぎているのではないかなど、所長税理士が納得していない部分があると、従業員に説明をする前にM&Aに躊躇してしまうこともあります。

 

所長税理士自身が納得するまで、承継先とコミュニケーションをとり、認識を共有することが必要です。

 

契約上で合意をしたとしても、現場の細かい点まで、契約の中ですべて合意することは困難ですし、想定外のことも起きるので、契約からクロージングの日を迎えるまでの間、関係者が顔合わせをし、双方を理解しようとする機会を設けて、信頼関係を築くことが大切です。

 

実際には、実践してみないとわからないことも多く、そのタイミングで修正・共有をするコミュニケーションをとるため信頼関係が何より重要です。

 

 

⑵承継先からの従業員向け説明

 

承継先からあいさつと経営統合に関する説明をします。従業員は、どのような事務所と一緒になるのか、何が変わって、何が変わらないのかといったことが不安となりますので、その点を中心に説明をします。

 

なお、一度に経営統合に向けての情報を提供すると、混乱してしまうので、何度かに分けて、説明の場を設けていくケースも多いです。

 

説明会では、事務所の概要と最も心配している雇用条件について変更点を中心に説明を実施します。また、顧問先との契約についても、担当者から顧問先へ説明してもらう必要があるので、理解を深めてもらう必要があります。

 

 

①事務所の概要説明
・従業員数や支店について
・どのような業務を中心にしているか
・利用している会計ソフト

 

 

②雇用条件についての説明事項
・就業時間(始業時間、休憩時間、終業時間)
・給与締日、給与支払日
・残業代計算の仕方
・賞与支給について対象期間と支給日
・有給休暇付与と夏季休暇や試験休暇、慶弔休暇など
(夏季休暇や試験休暇などを有給消化としているか、特別休暇としているか。)
・通勤交通費の対象期間、支給日
・立替交通費の対象期間、精算方法、精算日
・退職金制度の有無
(特定退職金共済制度に加入している場合には、事業譲渡にあたって、一度精算することになるので注意が必要です。)
・社会保険組合の加入団体
・健康診断
・財形貯蓄、確定拠出年金等の福利厚生制度
・勤怠管理の方法

 

なお、給与の締め日が異なる場合には、統合前において一度精算する必要があります。賞与についても、賞与の対象計算期間が異なる場合には、統合前後での負担額を明確にしておくことが後々のためにも必要です。

 

例えば、賞与対象期間が、従前は4 月~ 9 月分を10月に支給、10月~ 3 月分を4 月に支給、統合後は1 月~ 6 月を7 月に支給、7 月~12月を1 月に支給の場合で、7 月に経営統合する場合に、4 月~ 6 月分の賞与負担は、従前の所長税理士が負担するのが一般的です。

 

 

③人事制度等の説明
人事制度、評価制度や研修制度、インセンティブ制度等についても共有をはかると、従業員はさらに安心して統合を迎えることができます。

 

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[M&A事業承継の専門家によるコラム]

第7回:M&A(株式譲渡)を行うにあたり、事前に留意する点

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業のM&A支援・事業計画支援を専門で行っている株式会社N総合会計コンサルティングの平野栄二氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

株式会社N総合会計コンサルティング

平野栄二

 

 

 

 

「私は現在75歳です。従業員5人の製造業を経営しています。第三者に株式譲渡による承継(M&A)を行うことを、検討しています。その場合、どういった準備や確認が必要でしょうか。今まで、M&Aを行うという前提ではなかったので何の準備もしておりません。また、下の表のように、昔、社員だった2名に、株式を保有してもらっていますが、所在が不明となっています。今後、どうやって株式を集約すればよろしいでしょうか?」

 

 


 

平野:ご質問いただきありがとうございます。以下のような手順でご説明をいたします。

 

1、まず、中小企業のありがちなM&Aを阻む問題について確認いただきます。
2、つぎに、M&Aで譲渡企業が準備する書類・資料について確認いただきます。
3、上記のなかで、特に株式の問題が発生しやすい事例についてご説明します。
①株主総会の議決権・株主の権利について
②株主名簿について
③株式の集約(名義株式の整理)
④株式の集約(所在不明株主の整理)

 

 

1、中小企業にありがちなM&Aを阻む問題


日常ではあまり意識しなくても支障が生じないことでもM&Aを行う場合、以下のような問題で、交渉がすすまない、中止になるケースがあります。大きく分けると、株主(株式)の問題、法的な問題、人間関係の問題、重要書類の欠如の問題があります。このような問題は、事前に、少しずつでも、解決しておく必要があります。

 

1.株主(株式)の問題

□名義株式(名前だけ借りているだけの株式)の処理
□株券の管理(株券発行会社)
□経営に参画していない株主の対策
□所在不明の株主への対策

 

2.法律上の問題

□裁判沙汰になっている事件
□登記の遅れ
□無許可営業
□未払残業賃金
□税金・社会保険の滞納
□脱税行為
□粉飾決算
□虚偽申請
□違法建築
□保証債務(保証人・担保の設定)
□遺産分割の対象となり紛争中の資産
□会社資産の私的利用
□第三者の名義の資産
□土壌汚染や騒音など環境汚染

 

3.人間関係の問題

□家族(親子・夫婦・兄弟姉妹)との確執
□敵対的な株主の存在
□近隣地域との確執
□従業員・役員との確執
□取引先・同業者との確執
□反社会的勢力のと交際

 

4.重要書類の欠如の問題

□定款(会社の憲法のようなもの)
□株主名簿
□議事録
□契約書
□決算申告書
□許認可等の証明書
□社内規程類(就業規則・退職金規定など)

 

 

 

これらの問題の解決には、専門的な知識やノウハウが必要であるため、専門家に相談して解決にあたることが良いでしょう。また、どうしても解決できない問題がある場合は、事前に、譲受者に隠すことなく、開示をしておくことが重要です。先送りにすればするほど、問題が大きくなる傾向があります。

 

中小企業の場合、大なり小なり何等かの問題を抱えているものですので、「正直路線」で、譲受者に交渉の最初の段階で説明を行い、理解を得ることで、話が進むケースもありますので、諦めないことが重要です。

 

 

 

2、M&Aで、譲渡企業が準備する資料集


M&Aの交渉が進んでいくと、下記のような資料を、譲受者に提出する必要があります。

 

▷「M&Aで売り手企業が準備する必要がある資料一覧」(ダウンロード)]

 

1.会社・法務

□会社の沿革、パンフレット等
□原始定款・変更後新定款
□履歴事項全部証明書
□会社の組織図
□株主名簿(過去の株主の移動があった場合の明細)
□株式譲渡承認通知書
□株主総会・取締役会議事録
□取締役・監査役一覧(氏名・経歴・会社との取引等)
□許認可関係資料(管轄官庁・許認可の種類の一覧とコピー)
□知的財産権一覧(特許権、商標権、意匠権、著作権等あれば)
□経営計画書(3~5年)
□係争事件の有無(過去3年間)、顧問弁護士との連絡事項の一覧
□現在契約期間中の契約書

 

2.営業

□商品別売上明細・得意先別売上明細
□仕入・外注先の取引明細・支払い条件・契約書・覚書
□得意先の回収条件の明細 (上位10社)
□貸倒実績の明細・回収可能性の低い債権の明細・根拠資料
□当期の直近までの営業実績(商品別等)・今後の営業戦略

 

3.設備

□所有不動産の一覧
□土地公図、建物取得原価の内訳書
□所有不動産の登記簿謄本
□賃貸借契約の明細表及び契約書
□リースの明細(物件、期間、総額、未経過リース料、支払リース料)及び契約書
□固定資産台帳または減価償却明細表
□所有不動産の鑑定評価書
□直近の固定資産税賦課通知書一式または評価証明
□使用しているコンピュータシステムおよびソフトウェア

 

4.財務・経理

□決算書及び法人税申告書(勘定明細を含む)
□部門別損益実績資料(管理上の区分で結構です)
□当期の各月の月次合計残高試算表・比較損益推移表
□各取引銀行の預金取引・融資取引の残高証明書
□総勘定元帳・補助元帳、売掛金元帳、棚卸資産台帳、仕入元帳
□保険契約に関する明細表(被保険者・保障内容・保険金額・契約期間など)・契約書
□関係会社・役員間との取引および債権債務の明細
□金融機関との金銭消費貸借契約書
□金融機関別借入、返済、利払明細
□担保設定に関する契約書
□保証債務等の明細及び保証書等
□投資有価証券・出資金等に係る直近の決算書

 

5.人事・労務

□給与台帳、一人別源泉徴収簿、扶養控除等申告書、年末調整関係資料
□従業員の退職金規定・退職金要支給額計算資料
□健康保険、厚生年金保険・雇用保険の届出書などの関係書類
□従業員のタイムカード・出勤簿
□就業規則、給与・賞与・退職金規程・役員退職金・その他諸規定
□労務管理上の問題点・過去の労災事故や労働問題の有無の明細
□社宅にかかる経済的利益の算定根拠資料

 

6.税務

□過去に提出した税務届出書一式(法人税・消費税)
□消費税計算根拠資料
□源泉所得税納付書、特別徴収地方税納付書
□納税証明書(国税、地方税、固定資産税等)滞納がないことを証明する資料
□税理士の関与状況
□税務上の問題点・ 過去の税務調査の概要および更正・修正内容(申告書など)

 

 

 

3、株式の問題が発生しやすい事例


①株主総会の議決権・株主の権利について

経営の安定のためにどれだけの議決権割合の株式を保有すべきか?

株式会社の最高意思決定機関は株主総会とされ、会社法では、株主総会の決議が必要な事項が定められています。保有する議決権割合が多いほど、会社に対する支配権は強くなります。M&Aの場合、一般的には、譲受企業は、経営の安定化のため、株式を全株取得することを希望するケースが多いです。以下は、株主総会における決議の種類ごとの主な決議事項です。

 

 

 

 

少数の株主にも権利がある

株式が分散していたり、一部株主の所在が不明であったりする場合、M&Aを実行する際に重大な障害となるおそれがあります。会社法では、少数株主の権利の保護の観点から、以下のような権利が認められています。

 

そのため、敵対的な株主が存在する場合、権利行使を行うことで、嫌がらせをしたり、会社の運営に介入される可能性もあります。そのため、他の株主からの株式の買取り(及びそのための買取資金の調達)を進めていくなどの、事前の対策が必要となります。

 

自益権:会社から経済的な利益を受ける権利

共益権:株主が会社の経営に参加する権利
単独株主権:1株しか有していない株主でも行使できる権利

少数株主権:一定割合または一定数の株式数を有する株主だけが行使可能な権利

 

②株主名簿について

自社の株主が明確になっていますか? (株主名簿)

株式会社では、株主名簿を作成しなければならないと会社法(121)で定められています。

株主名簿の作成や更新をしていないと、誰が本当の株主かが分からないようになるケースもあり、トラブルが生じることもあります。そのため、以下のような書式の株主名簿を作成し、更新をしっかりと行っておく必要があります。M&Aの際にも必ず提出を求められる資料です。

 

 

③株式の集約(名義株式の整理)

名義株式がある場合、実質株主に変更しておく

名義株とは、実際に払い込みを行った人と名義人が異なっている株式のことをいいます。

平成2年(1990年)の商法改正前は、株式会社設立に当たり、7人以上の発起人が必要であり、かつ各発起人が1株以上の株式を引き受ける必要があったため、他人の承諾を得て、他人名義を用いて株式の引受け・取得がなされるケースが多く存在していました。

名義株主と実質的な株主の間で、株主たる地位や配当等の帰属を争う紛争が生じないよう、実質的な株主への株主名簿の名義書換等を進めておく必要があります。その際には、例えば事前に名義株主と実質的な株主の間で株主たる地位等について確認する合意を締結しておく等の方策が考えられます。

 

 

 

 

名義株を放置することによるリスク

①名義株主と真実の株主との聞で、株式の帰属についてトラブルを起こしやすい

②名義株主が死亡したり行方不明になったりするなどで、真実の株主が株主としての権利を行使できなくなることがある

③真実の株主に相続が発生したとき、権利関係が複雑となる。また、名義株主の相続人に相続税が課税されるリスクがある

④M&Aや事業承継の際に、後継者に株式を譲ろうと思っても、名義株は自分の名義になっていないため、譲ることができない

 

④株式の集約(所在不明株主の整理)

株主の所在が分からない株式の整理方法

個人が保有している株式を集約化するためには、通常は、適正な価格を提示し、株主の承諾を得て、買い取る方法で行うことになりますが、株主の所在が分からない場合、株主の個別の承諾を得ることなく、金銭を対価として取得(キャッシュアウトといわれます)する以下のような制度が活用できます。

 

 

 

 

そのため、できる限り所在不明株主を生じさせないように、「日ごろから株主間のコミュニケーションを充実させる」「株主間契約を締結しておき、連絡が取れなくなった場合の対応のルールを決めておく」ことは重要でしょう。

[氏家洋輔先生が解説する!M&Aの基本ポイント]

第8回:赤字企業で事業承継・M&Aは可能なのでしょうか。

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:赤字企業でも買い手は見つかる? ~中小零細企業のM&A事業承継~

▷関連記事:借金過多の状態とM&A ~破綻前の事業売却のリスクとは?再建型M&Aの前提とは?~

▷関連記事:事業が健全かそうでないかの判別 ~経営分析とは?非数値情報分析とは?健全性のチェック方法は?~

 

 

 

結論から申し上げると赤字企業でも事業承継・M&Aは可能です。

ただし、赤字企業の事業承継やM&Aは黒字企業と比べて割合が少ないことは事実です。

 

要因としては、まず、オーナーが自分の会社に価値がないと思っている場合があげられます。自社が赤字の場合に、こんな会社を誰がほしいのかと感じるオーナーも少なくないですが、価値は買手が判断するもので、シナジー効果を発揮して実はとても価値を感じている買手や、赤字を立て直す力を持っている買手や、事業の一部を切り出したら欲しいと感じる買手等様々です。そのため、赤字だからと言って売れないと判断するのは少し早いかもしれません。

 

次に、仲介企業の問題があげられます。これは、赤字の会社と黒字の会社を比較すると黒字の会社の方が企業価値が高くなることが一般的で、譲渡価格が高い方が仲介企業の報酬も高くなりますが、赤字の会社で企業価値が低いと仲介企業が取り合ってもらいにくいとうことも事実です。

 

さらに、買手企業側の問題もあります。赤字会社というだけで敬遠する買手企業も少なくありません。これは、事業会社のM&Aの目的とも関係しますが、例えば目的がM&Aによる売上や利益の増加である場合には利益が出ている企業が好まれる傾向があります。

 

また、赤字・債務超過・倒産・事業再生というテーマについて正確に理解できていないことからの苦手意識という部分もあろうかと思います。

 

一方で買手企業に能力がある場合は、赤字企業を安く購入し、事業を立て直すことで投資のリターンを大きくすることができますが、このような戦略をとる企業が多くないことも事実です。

 

上記のように赤字企業でのM&Aが進まない理由はあるのですが、赤字であるからと言って会社の価値がないとは限りません。会社の価値は複合的に決まるため、専門家に相談してみるのもよいでしょう。

 

経営が厳しい場合は、借入の大幅なカットなどの金融機関の支援を受けて事業承継・M&Aを実行するという選択肢や、自力再生、経営改善して企業価値を高めてから事業承継・M&Aを実行するという選択肢もあるため、専門家に相談する等して検討してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[事業再生・企業再生の基本ポイント]

第4回:事業再生業務の全体像を教えてください

~事前簡易調査、現状の把握を行うためのDD実施、事業再生計画の策定、事業再生計画で策定した施策を実行~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

▷関連記事:民事再生と会社更生の比較

▷関連記事:事業再生の概要を教えてください

▷関連記事:法的整理と私的整理の比較

 

 

事業再生のProcessは四段階あります。まずは事前簡易調査を行います。会社の概要や財務の内容、事業の内容、資金繰りをレビューして、初期的な再生スキームや事業再生計画における事業戦略のイメージを把握します。特に。事業再生プロセスは3か月から6か月程度を要するため、その間の資金繰りが大丈夫かどうかは非常に重要です。

 

次に、Process2として現状の把握を行うためのDDを実施します。現状の把握プロセスでは、財務DDと事業DDが実施されることが一般的です。期間は、1か月から2か月程度かけて、会社の過去から現在までの実態を財務・事業の両面から把握します。その後、債権者である金融機関に対して、会社の実態を説明するバンクミーティングを開催し、調査内容が報告され、会社の事業再生計画の方向性が議論されることとなります。

 

そして、Process3として、事業再生計画の策定を行います。Process2は専門家による調査であったことに対して、Process3は会社と専門家が一体となって作り上げます。会社の事業再生計画の骨子を策定し、それに向けたアクションプランを策定し、それらを数字に落とし込んだ計数計画や返済計画を策定します。計画の策定についても1か月から2か月程度で実施します。そして、事業再生計画を策定すると、事業再生計画の説明をするバンクミーティングを開催します。事業再生計画の内容を説明し、金融機関からの質疑応答を経て、全金融機関からの同意を得ることで、当該事業再生計画が実行されることとなります。バンクミーティングからすべての銀行から同意を得るまで2週間から1か月程度の期間となることが一般的です。

 

Process3までが、専門家が強く関与をして進めていくプロセスで、Process4からは会社が主体となって進めていくことになります。Process4では、事業再生計画で策定した施策を実行していくことになります。また、金融機関としても、事業再生計画の進捗状況を把握する必要があるため、計画と実績を比較した説明資料を作成し金融機関に提出する必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「非上場株式の売買とみなし譲渡課税 ~社長が買い取る場合、会社が買い取る場合~」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】事業譲渡に当たっての適正価額について

■【Q&A】事業を譲り受けた場合に営業権の計上について

 

 

 


[質問]

同族会社で親族に株が分散しています。

 

①社長が買い取る場合(中心的株主)→原則法
②会社が買い取る場合       →

②の場合、自己株式の取得となり、資本の払戻しとみなし配当が生ずると思いますが、そもそも買取価格は税務上どのように決めたらよいのでしょうか。

 

[回答]

ご照会の内容については、多くの課税上の要素を含んでおりますので、課税上問題のない取引価額とする際に留意すべき点についてご説明します。

 

 

〔説明〕
非上場株式をどのような価額で取引するかということは、本来、税法で決めるべきことではなく、利害関係の相反する当事者が適正な交渉によって決めた価額であれば、それが時価と考えられるため、通常、課税上特殊な問題は生じません。

 

しかし、非上場株式の取引の多くは親族間等、利害関係の相反さない者の間で行われるため、各税法・通達等の内容を参考にして適正な価額を算定し、課税上の問題が発生することを回避することが求められます。

 

 

1 個人間の取引について

個人間で非上場株式を取引する場合に多く発生する問題は、時価より低い価額で売買したため、買主に経済的な利益が生じ、贈与税が課税されることです(相法7条)。

 

贈与税における非上場株式の時価は、財産評価基本通達により評価した価額であり(相法22条、評基通1(1))、具体的には評基通178~189-7により評価した価額となります。ご照会のケースでは「社長が買取る」とされていますので、買取り後の社長の議決権数を基に評価方式を判定する必要があり、原則的評価方式により評価することになると思われます。したがって、原則的評価方式による評価額で売買すれば、贈与税の問題は発生しませんが、当該評価額を下回る価額で売買した場合には、その差額は買主が贈与により取得したものとみなされます。

 

 

2 法人・個人間の取引

法人が絡む取引の場合も、適正な時価で取引すれば通常、課税上の特殊な問題は生じませんが、時価の算定に当たっては、評価の安全性等を考慮した相続税評価額をそのまま適用することは適当ではありません。

 

(1) 所得税法上の考え方
所得税の法令・通達のうち非上場株式の価額の算定の参考となるものとしては、所基通23~35共-9が挙げられます。同項では、「最近の売買実例で適正と認められる価額」や「比準すべき類似法人の株価」などがない場合の価額の算定は、「その株式の発行法人の1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」によることとされています(所基通23~35共-9(4)ニ)。

 

また、所得税法59条≪贈与等の場合の譲渡所得等の特例≫(いわゆる「みなし譲渡課税」)の適用に当たっての通達として、所基通59-6があります。同項では、「その時における価額」について、所基通23~35共-9に準じて算定した価額によるとし、更に、所基通23~35共-9(4)ニについて、一定の条件を加えた上で、評基通178~189-7までの例により算定した価額とすることとされています。

 

一定の条件については、所基通59-6の内容を十分ご確認いただきたいと思いますが、特に、譲渡者の議決権数については、「株式の譲渡又は贈与直前」の議決権数により財産評価基本通達における評価方式の判定を行うことにご留意ください。

 

(2) 法人税法上の考え方
法人税の法令・通達のうち非上場株式の価額の算定の参考となるものとしては、法基通9-1-13及び9-1-14が挙げられます。ここでは、「当該事業年度終了の日前6月間の売買実例のうち適正と認められる価額」や「比準すべき類似法人の株価」などがない場合の価額の算定は、一定の条件を加えた上で、評基通178~189-7までの例により算定した価額によることを認めています(法基通9-1-14)。

 

法基通9-1-14は非上場株式の譲渡価額について規定したものはありませんが、法人税基本通達逐条解説(税務研究会出版局)において、「なお、本通達は、気配相場のない株式について評価損を計上する場合の期末時価の算定という形で定められているが、関係会社間等において気配相場のない株式の売買を行う場合の適正取引価額の判定に当たっても、準用されることになろう。」と述べられており、非上場株式の売買においても指針となる通達であると考えられます。

 

 

3 法人による自己株式の取得について

法人が個人株主から自己株式を買い取る場合について、個人株主側から見れば、上記2(1)でお示ししたところにより算定した価額で売買すれば、所得税法上の問題は生じないと思われます。自己株式の取得に係る所法59条の適用に関しては、措通37の10・37の11共-22の注書きにおいて「当該自己株式等の時価」は、「所基通59-6により算定するものとする。」とされており、所基通59-6により算定した価額の1/2を下回る価額で売買した場合には、時価で譲渡したものとみなされることとなります(所法59、所令169)。この場合の時価は、個人株主の譲渡直前の議決権数により判定した評価方式が原則的評価方式となるのか、特例的評価方式(配当還元方式)となるのかにより異なることとなります。

 

なお、付言すれば、譲渡後に譲渡株主以外の株主の株価(相続税評価額)が大きく上昇するような取引とならないよう、相続税法9条(みなし贈与)の適用について考慮しておくことも必要と思われます。

 

法人側から見た場合には、上記2(2)でお示ししたところにより算定した価額が、適正な価額ということになりますが、仮にそれを下回る価額で売買されたとしても、自己株式の取得は資本等取引であるため、法人に課税上の特殊な問題は通常発生しないと思われます。

 

 

4 まとめ

ご照会の自己株式の取得については、上記2(1)でお示しした算定方法をベースとして取引価額を設定することが、課税上の問題を発生させない現実的な方法と思われます。

 

なお、算定に当たっては、通達の示す条件(相続税評価額と異なる点)に十分ご留意ください。

 

 

 

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2021年5月27日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第8回:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?~

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.損益計算書分析はなぜ必要か

2.正常収益力とは何?

① 正常収益力

②EBITDA

3.事例で確認してみよう

①事例の概要

②事例における収益力分析

4.その他の損益計算書分析

 

 

財務諸表といえば「貸借対照表」と「損益計算書」が中心ですが、第8回目となる今回は財務デューデリジェンスの中でも「損益計算書」に照準を絞って見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~貸借対照表分析とは?(現預金、売上債権、棚卸資産の具体例)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】~正常収益力の分析、事業別・店舗別・製品別・得意先別等損益の分析、製造原価の分析~

 

 

1. 損益計算書分析はなぜ必要か


損益計算書分析で最も重要なことは、会社の「収益力」がどれほどかを確認することです。読者の皆様が概要だけ知っている会社をM&Aで購入する立場になったとき、買い手として気になるのは会社がどれほどの収益・利益を稼得することができるのかではないでしょうか。

 

将来の収益力を示す「事業計画」も大事ですが、過去の成績に基づかない事業計画は絵に描いた餅となってしまいます。事業計画は当年度の財務諸表を発射台として作成されますので、発射台の正確さを確認することは将来計画の検証にもつながりますね。そのため過去の成績を示す「損益計算書」を分析し、正常な状況における収益力を把握していくこととなります。

 

 

2. 正常収益力とは何?


①正常収益力

正常収益力は、会社が正常な営業活動を行った際に稼得する経常的な収益力です。

例えば、希望退職に伴う特別退職金の支払がある期があったとします。特別退職金の支払はその期だけの一時的な支払で、その期だけ利益が大きく落ち込んでいる原因となります。(特別退職金は人件費として販管費に含まれていたものとします。)

 

 

 

極端なケースですが、×2期だけ営業利益が大きく赤字となっています。この状態は正常とは言えないですね。状況に応じて特別退職金を除く、退職給付引当金繰入として各期に配分する等様々な考え方がありますが、会社にとって正常な状態とはどのような状態か?を考え、計算していくこととなります。

会社の非経常的な損益を除外して、正常な収益力を計算します。

 

②EBITDA

収益力把握の際によく使われる指標として「EBITDA」があります。EBITDAはEarnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの頭文字を取った語で、直訳すると「金利支払前、税金支払前、減価償却費控除前の利益」です。すなわち当期純利益から税金・支払利息・減価償却費を加算した指標で、利益から税金や利息、減価償却の影響を排除した指標と言えますね。借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図ろうとしています

 

このEBITDAは、簡便的に「営業利益+減価償却費」で表現されることが多いです。営業利益であれば支払利息や税金を除いた状態ですので、営業利益に減価償却費を加算することで簡便的にEBITDAを表現しています。

 

 

ポイントは、減価償却費が「非現金支出費用」だという点です。減価償却費は費用計上時にキャッシュアウト(現金の流出)が生じない費用です。固定資産の減価償却であれば、最初に固定資産を購入する際に現金流出が生じていて、その後の償却はあくまで計算の結果発生している費用ですね。

営業利益に非金支出費用である減価償却費を足し戻すことから、簡便的な営業キャッシュフローとも言える、純粋な収益力を図る指標です。

 

 

ここで例として、2つの異なる会社の収益力を考えてみましょう。

 

 

 

両社とも売上高・営業利益が同じ会社ですが、当期純利益はB社の方がやや高い会社です。当期純利益で比較するとそこまで差はないものの、ややB社の方の収益力が高そうです。この考え方も決して間違ってはいないのですが、EBITDAで比較すると全く異なる発想が出てくることとなります。

 

 

 

 

EBITDAで見ると、A社の方が圧倒的に高い収益力を誇っています。この差はひとえに減価償却費の差です。例えば、A社は固定資産を購入したばかりで、定率法を選択しているため初年度の減価償却費負担が重い状態かもしれません。B社は10年前に固定資産を購入しており、ほぼ償却費がない状態とも考えられます。

 

利益での比較は上記のように会社の状況によって差が生じる原因となりますので、設備投資に影響されないEBITDAが活躍することとなります。

 

非現金支出費用である減価償却費を除いているので、A社とB社で比較するとA社の方が1年間に多くのキャッシュを手に入れています。固定資産投資をするために借入を積極的に行っているために支払利息が多くなっていると想定もできますね。

 

EBITDAを用いるとキャッシュベースの収益力を比較することが出来るため、利益や売上高と並んでEBITDAもよく使用される指標となっています。

 

3. 事例で確認してみよう


①事例の概要

最初の会社の事例を用いて、正常収益力を3期分算出してみます。その際、正常収益力に影響を与える項目が3つ発見されているとします。

 

 

 

 

 

最初に記載した点ですね。臨時的な支出であり、事業構造改革費用の性質であることが判明しました。先程の通り考え方は様々ですが、ここでは簡便的に特別損失と考え除外する方針とします。

 

 

 

 

続いて、経常的に発生する性質ではない売上が×1年にありました。継続した取引先ではなく、この期だけ発生した臨時の売上だったようです。このような項目は毎期経常的に発生する正常収益とは言えませんので除外します。

 

 

 

 

事業に関係ない販管費を含めてしまうと正常収益力を歪めますので、こちらも除外します。その他の例としては、役員が明らかに事業上必要でない高級車を社用車として使用している場合に社用車分の減価償却費を調整する等があります。

 

 

②事例における収益力分析

上記3項目を反映すると以下の通りです。各期の減価償却費は6,000→5,000→4,000とします。

 

 

利益のみを見ると×2期が赤字でしたが、会社の正常収益力を示す指標の1つであるEBITDAは毎期安定水準を保っていることが確認できます。

買い手である読者の皆様はこれを見ると安心できますね。長期的な視点に立って会社を買収する際には、結局本業でどれだけ稼いでいるかが一番の関心事となりますので、正常収益力を確認していくことになります。

 

逆に利益が安定的に出ていても正常収益力にばらつきがある場合もありますので、M&Aの意思決定に際して1つの重要な視点を提供することになります。

 

4. その他の損益計算書分析


正常収益力以外にも、各費目を事業部別、地域や拠点別、製品別、顧客別に分解して分析することが出来ますし、原価を変動費と固定費に分解して分析することもできます。

 

また、これまでの予算と実績を比較してその精度を確かめることで、将来の事業計画の精度を確認します。予算と実績が大きく乖離している場合は、原因を確認して将来の事業計画に与える影響を考えることとなります。

 

 

 

[Point]

損益計算書分析では、主に正常収益力(会社が正常な営業活動を行った際に稼得する経常的な収益力)がどれほどなのかを確認します。EBITDAを用いるとキャッシュベースの収益力を比較することが出来るため、売上高や営業利益と並んでよく使われます。

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけたでしょうか。次回は損益計算書分析から派生して、事業計画分析について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

[ゼロからわかる事業再生]

第1回:経営状態の把握と事業再生

~貸借対照表と損益計算書が示す財務の状態によって、会社の方向性を考える~

 

[解説]

植木康彦(公認会計士・税理士)

 

 

[質問(Q)]

祖父の代から承継してきた事業ですが、ここ数年間は営業赤字が続いています。事業再生をした方がよいと言われますが、どのように進めたらよいか、助言をください。

 

 

[回答(A)]

会社の現状の財務状態をよく把握し、B/S 面が弱い(悪い)のか、P/L 面が弱い(悪い)のかによって対応が相違します。症状が軽度の場合はB/S 面・P/L 面ともに自助努力での対応が中心となりますが、症状が重い(悪い)場合のB/S 面・P/L 面での対応は金融機関や債権者の協力を得て再生手続を進める方法があります。

 

 

1.経営状態の把握


会社の行く末を検討するに当たって、定期的に会社の現在の状態を分析してみることは重要です。そうはいっても複雑な経営分析をするまでもなく、貸借対照表(以下、「B/S」といいます。)と損益計算書(以下、「P/L」といいます。)の2 つの計算書類が示す財務の状態によって、ある程度、会社の方向性を考えることができます。

 

B/S が資産超過でP/L が営業黒字のケース(図右上のセル)は、健全な状態を意味するセルであり、良い状態をキープすることが望まれます。

 

B/S が資産超過でP/L が営業赤字のケース(図右下のセル)は、事業(P/L)の磨き上げによる営業黒字化を検討し、無理な場合には資産超過のうちに廃業も視野に入れます。

 

B/S が債務超過でP/L が営業黒字のケース(図左上のセル)は、財務内容(B/S)の磨き上げによる資産超過を検討し、無理な場合には廃業するか、不健全な部分を切り捨てて、健全部分の継続かM&A を検討します。

 

B/S が債務超過でP/L が営業赤字のケース(図左下のセル)は、営業赤字の拡大を予防するために早急な廃業を検討します。

 

もちろん、実際にはこれほど単純な例は少なく、例えば、B/S が債務超過でP/L が営業赤字のケースでも、従業員の高いモチベーションと経営改善策によって営業黒字が見込めるときは、すぐに廃業しないで経営改善をチャレンジしてみることも可能です。

 

以上はあくまでも、原則的な指針としての位置づけですが、方向性に迷ったときには参考にしてほしいと思います。

 

 

 

2.事業再生の方法


事業再生は、弱い点や悪い点を改善し修復する手続ということができます。

 

B/S 面が弱い(悪い)ならB/S を磨き上げ、P/L 面が弱い(悪い)ならP/L を磨き上げます。

 

B/S の磨き上げは、会社の意思決定でできる低利用(低稼働)資産や不要資産の処分、不採算事業の整理・撤退のほか、金融機関や債権者の協力を得て債務の削減までしてもらう場合もあります。

 

P/L の磨き上げは、不採算事業や収益率が低い事業の廃業や売却、事業内容の見直しが中心テーマとなります。B/S の見直しと違い、会社の自助努力が中心となります。

 

 

 

 

 

 

[事業承継・M&A専門家によるコラム]

思ったより厳しかった事業再構築補助金 しかしやってみてよかった・・・

~ぜひ皆さまも一度は事業再構築にチャレンジもしくは考えてみてはいかがでしょうか?~

 

〈解説〉

ビジネス・ブレイン税理士事務所(畑中孝介/税理士)

 


 

今年、1兆円を超える予算規模、5万社の採択予定という超大型の事業再構築補助金が出ました。5万社の採択予定ですので初回の採択率はかなり高いのだろうと思いましたが、ふたを開けてみると緊急事態宣言特別枠(大幅に業績悪化した会社用)は5181社中2866社が採択 採択率55.3%、通常枠に至っては17050社中5150社 採択率30.2%とほかの補助金に比べても採択率が低い結果となりました。

 

しかし、採択結果の分析を中小企業庁 村上経営支援部長自らYOUTUBE動画として「第1回公募終了 ~その傾向と参考事例~」を公開し、全体的な傾向や事業計画を作る上での注意点、そして、これから申請される方へのアドバイスも含め配信していただいています。さらに、採択結果について個別にフィードバックをもらえるという、過去にないサービスも実施されています。

 

▷参考URL:https://jigyou-saikouchiku.go.jp/

 

 

そこでは、新規性に関する記述が不足、既存事業の延長ではない事業としての記載をもっとすべき。思い切った挑戦とは言えない。競合分析が不十分。新規性を追うがあまり、既存事業のリソースが生かし切れていないがもっと生かせるのでは。アフターコロナのための取り組みに関する説明不足。など真摯なコメントがあふれていました。

 

今回補助金の申請まで間に合わなかったお客様、申請要件をぎりぎり満たせなかったお客様、採択されなかったお客様などからも「結果的にはダメだったが、この新規事業について考えた結果、自分のビジネスを見つめ直し、新しい取り組みのアイディアが浮かんだのでやってみてよかった。」との声を頂戴しました。

 

 

ぜひ皆さまも、一度は事業再構築にチャレンジもしくは考えてみてはいかがでしょうか?

 

 


 

「ビジネスブレイン月間メルマガ(2021/07/26号)」より一部修正のうえ掲載

[解説ニュース]

貸家と敷地を所有する親が子に貸家を贈与し、敷地を使用貸借で貸付け後に死亡した場合の敷地の相続税評価

 

〈解説〉

税理士法人タクトコンサルティング(山崎 信義/税理士)

 

 

[関連解説]

■自宅家屋を取壊して敷地を譲渡した場合の譲渡所得の3,000万円控除の取扱い①

■相続税の家屋評価をめぐる最近の裁判例から

 

 

1.貸家建付地の相続税法上の評価


土地付き建物の所有者が建物を他に貸付けている場合、その建物の敷地を「貸家建付地」といいます。貸家の借家人には建物敷地の利用権があり、所有者もその敷地の処分や利用が制限されます。よって貸家建付地を相続により取得した場合は、相続税計算上、土地所有者の自己使用地(自用地)としての評価額から借家人の有する敷地利用権相当額(=自用地評価額×借地権割合×借家権割合×賃貸割合)を控除して評価をします(財産評価基本通達通26)。

 

 

2.使用貸借により土地を貸していた個人に相続が発生した場合の、その土地の相続税法上の評価の原則


使用貸借に係る土地を相続により取得した場合、その土地に係る相続税法上の評価額は、自用地としての価額となります(使用貸借通達3)。

 

建物の所有を目的として使用貸借により土地を借受けた場合の借主の使用権は、借地借家法が適用されず、借主には賃貸借による賃借権などの借地権とは違い、強い法的保護がなく、貸主は、その求めにより、いつでも無償で土地の返還を受けられます。よって、使用貸借に係る土地の使用権の経済的価値は極めて低いと考えられ、その相続税評価額はゼロとされます。つまり、使用貸借に係る土地の貸主側のその土地の相続税法上の評価は、【自用地の価額-使用貸借の使用権の価額(=0)】により、自用地としての評価となります。

 

 

3.貸家とその敷地を所有する親が、子に貸家を贈与し、その敷地を使用貸借により貸し付け後に親が死亡した場合の敷地の相続税評価


(1)原則的な考え方

貸家とその貸家の敷地を所有する親が、貸家のみを子に贈与し、その敷地を子に使用貸借により貸付けている場合、貸家贈与後のその貸家敷地の相続税法上の評価の原則的な考え方は、前述2と同様に、自用地評価となります。自用地として評価する理由につき、使用貸借通達3の取扱いを解説した「令和2年11月改訂版相続税法基本通達逐条解説」(以下「逐条解説」)867頁は次のように述べています。「…すなわち、一般に、使用貸借により借り受けた土地の上に建物が建築され、その建物が賃貸借により貸し付けられている場合における、その建物賃借人の敷地利用権は、建物所有者(土地使用借権者)の敷地利用権から独立したものではなく、建物所有者の敷地利用権に従属し、その範囲内において行使されるにすぎないものと解されている。したがって、土地の使用借権者である建物の所有者敷地利用権の価額をゼロとして取り扱うこととした以上、その建物賃借人の有する敷地利用権についてもゼロとして取り扱うことは当然であり、また、その土地自体の価額も自用であるとした場合の価額によるべきと考えられるからである。」

 

(2)貸家に係る賃貸借契約が贈与前に既に締結されており、贈与後から敷地の相続による取得の時までその契約が継続している場合の貸家の敷地の評価

表題の場合、その貸家の敷地の相続税法上の評価は、次の理由により貸家建付地としての評価とされます(参考:「逐条解説」867頁~868頁)。

 

貸家の贈与前は、貸家の所有者である親がその敷地の所有者でもあり、貸家の所有者である親と貸家の借家人との間で締結された賃貸借契約に基づき、貸家の借家人は貸家を通じてその敷地利用権を有しています。その敷地利用権は敷地の所有権に対するものであり、判例(最判昭和38年2月21日民集17巻1号219頁、最判昭和41年5月19日民集20巻・989頁参照)において、貸家借家人の有する敷地利用権は、貸家が第三者に譲渡された場合でも侵害されないとしています。つまり、借家人の権利の保護の観点から、その貸家の譲渡(贈与や相続による所有権の移転も含むと解されます)により、貸家自体の土地に対する利用権が使用貸借となっても、借家人の従前の敷地の所有権に対する敷地利用権が、敷地の使用貸借による利用権(ゼロ評価)に対する敷地利用権に変わることはないということです。

 

表題の場合の貸家の借家人は、相続で新たにその貸家の敷地の所有者が変わっても、それより前の贈与の前に取得している貸家の敷地に対する利用権は侵害されることなく有しているため、その敷地は、相続で誰に取得されても、引き続きその処分や利用が、その利用権により直接制限されるため、表題の場合の貸家敷地の評価額は、自用地としての評価額から貸家建付地と同等の減額を行うのが当然といえます。以上により、表題の場合の貸家の敷地の相続税法上の評価は、前述 (1)にかかわらず、貸家建付地としての評価とされます。

 

 

 

 

税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2021/07/26)より転載

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第4回:M&A後の所長税理士の関与方法

~M&A後の所長税理士の関与方法はどのようになりますか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

▷関連記事:失敗例から学ぶM&A ~従業員の大半が退職したケース 、所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース ~

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、M&A後の所長税理士の関与方法はどのようになりますか?

A、M&A後の所長税理士(「所長税理士」は、売主側の個人事務所の所長をいいます。以下同様。)の関与度合いは、契約の中で待遇面も含めて決めることが重要です。M&A後の所長税理士の関与度合いには、大きく分けて四つのケースが考えられます。

 

①M&Aと同時に退職する
②M&A後一定期間は、所長として従来通りの業務をし、一定期間経過後退職する
③M&A後顧問などの相談役となり、一定期間経過後退職する
④期間は設けず、所長を継続する

 

①のM&Aと同時に退職するケースでは、業務の引継ぎに時間をかけることができず、瞬間的な引継ぎとなってしまいますので、引継ぎを受ける方の負担が大きくなり、また、従業員や顧問先も所長税理士が急に変わることによる不安感が大きいので、買主側としてはできるだけ避けます。

 

ただし、売主側である所長税理士は健康問題や個人的な事情があり、やむなく選択するケースがあります。この場合には、新しい所長をみつけて手配する必要があり、他のケースに比べて対応すべきことのスピードを速める必要が出てきます。

 

会計事務所の場合、高齢化や健康問題を要因とした事業承継型のM&Aをするケースが多いので、②又は③のように一定期間残って、引継ぎを進めていくケースが大半です。

 

なお、一定期間をどのくらいにするかは、その後の所長税理士のライフプランもあるので、契約段階での調整となりますが、1 年~ 5 年程度が目安となります。

 

特に③のケースのように、顧問などの相談役として関与する場合の出社頻度は、業務の引継ぎ状況に応じて決めていくケースが大半であり、毎日の場合もあれば、徐々に日数を減らす場合、当初から週何日と決める場合があります。

 

④の期間を設けず所長を継続するケースは、相当長い期間を見据えてM&Aをした場合が考えられますが、あまり多くありません。期間を設けず、そのまま継続するのであれば、個人事務所で事業をしているのと変わらないため、M&Aになるケースが少ないからです。

 

いずれにしろ従業員・顧問先に対して安心してもらうためにも、長年にわたり牽引してきた所長税理士が残ってくれることが重要です。

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「法人が解散した場合の欠損金の控除」についてです。

 

[関連解説]

■【Q&A】法人が解散・残余財産が確定した場合の事業年度

■【Q&A】解散に際して支払われる役員退職金の課税関係

 

 

 


[質問]

顧問先がコロナの影響を受けて売上が激減したため法人の解散を検討しております。当該法人は代表取締役(現在70歳)とその兄弟が100%出資の株式会社で同族会社であり青色申告法人です。

 

現在の貸借対照表の状況は、資産の部700万円(うち不動産は無し)、負債の部が3,000万円(負債はほぼ代表取締役からの役員借入金で第三者からの借入金は無し)、純資産の部が△2,300万円(うち資本金が1,000万円、別途積立金が500万円)という状況です。

 

なお、直前期の別表7(一)5の繰越欠損金は約200万円残っており、別表5(1)の差引翌期首現在利益積立金額は約3,400万円となっています。

 

この状況で期限切れ欠損金を損金算入できるか否かご教示頂きたく照会させて頂いております。

 

私見としては、資産を処分価格で算定したとしても「残余財産は無いと見込まれる」状況にあると考えるため法人税法59条3項より期限切れ欠損金(別表5(1)の3,400万円)は損金算入でき、債務免除益として出てくるであろう約2,300万円に法人税は課税されないと考えておりますが、私の考え方に間違い無いでしょうか。

 

[回答]

ご承知のように、平成22年度税制改正において、清算所得課税が廃止され、通常所得課税に移行したことに伴い、従来の清算所得課税においては残余財産がない場合には最終的な清算所得もゼロであったことを考慮して、通常所得課税においても残余財産がないと見込まれるときには、その所得の金額を限度として期限切れ欠損金を損金算入することにより、税額が生じないようにする仕組みが導入されたものです。

 

つまり、法人が解散した場合において、「残余財産がないと見込まれる」ときは、その清算中に終了する事業年度前の各事業年度において生じた欠損金額(期限切れ欠損金額)に相当する金額は、青色欠損金等の控除後の所得の金額を限度として、その事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することとされています(法法59③)。

 

そして、この措置の適用上、残余財産がないと見込まれるかどうかの判定は、この措置を受けようとする清算中の各事業年度終了の時の現況により行うこととされ(法基通12-3-7)、その事業年度終了の時において債務超過の状態にあるときは「残余財産がないと見込まれる」ことが明らかにされています(法基通12-3-8)。また、一般には、実態貸借対照表(その法人の有する資産及び負債の時価ベースで作成された貸借対照表)により債務超過の状態にあるかどうかが確認できることとなります(法基通12-3-9)。

 

ご照会の事例の場合、「解散を検討」しているとのことで、まだ解散はしていないようですが、ご照会の事例の法人が解散し、清算中の事業年度に入ったという前提で考え、実態貸借対照表がご照会にあるとおりの数額であるとするならば、ご照会のとおりでおおむね差し支えないと考えます(別表5(1)の「約3,400万円」はマイナスの金額であると理解します)。

 

なお、言わずもがなですが、「期限切れ欠損金(別表5(1)の3,400万円)」の全額が損金算入されて所得金額がマイナスになるわけではありませんから、念のため申し添えます。

 

また、損金算入の対象となる期限切れ欠損金額は、この措置を受けようとする事業年度(適用年度)の前事業年度から繰り越された欠損金額の合計額から法人税法第57条第1項《青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し》又は第58条第1項《青色申告書を提出しなかった事業年度の災害による損失金の繰越し》により適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される青色欠損金額又は災害欠損金額を控除した金額とされており(令118)、「前事業年度から繰り越された欠損金額の合計額」とは、適用年度の確定申告書に添付する申告書別表5(1)の「期首現在利益積立金額」の合計額として記載されるべき金額で、その金額がマイナスである場合のその金額(申告書別表7(1)の控除未済欠損金額に満たない場合にはその控除未済欠損金額)とされています(法基通12-3-2)。

 

ただし、適用年度終了の時における資本金等の額がマイナスである場合には、「繰り越された欠損金額の合計額」からそのマイナスの資本金等の額を減算することとされており、そのマイナスの資本金等の額を欠損金額と同じように損金算入の対象とすることとされています(法法59③、法令118①一)。

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2021年5月14日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第12回:「トラック運送業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~トラックの取得条件は?人員(ドライバー)の確保は?損益管理の状況は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「産業廃棄物処理業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

 

Q、トラック運送業のM&Aを検討していますが、トラック運送業M&Aの特徴や留意点はありますか?


トラック運送業は、当たり前ですがトラックを保有しているという特徴があります。会社の資産の大部分が車両運搬具(トラック)となっている会社も多いです。トラックは、取得にかかる投資が必要となり、金融機関から借入又はリースによりトラックを調達します金融機関やリース会社と信頼関係を築けていないと、借入期間やリース期間が少し短くなる場合があります。期間が短いと月々の返済金額が多くなり、資金繰りが苦しくなるため注意が必要です。なお、一般的には、リースよりも借入の方が利率や手数料が低いため有利な条件でトラックを取得できます。また、リースよりも借入でトラックを購入している方が、財務的な健全であることが多いため、M&Aを検討している場合にはこれらを確認するようにしましょう。

 

また、トラック運送業は人員の確保に苦慮している業界の1つであると言えるでしょう。職業別労働市場関係指標によると、ドライバーの有効求人倍率は2019年で約3倍となっており、募集をかけてもなかなか応募が来ないのが現状となっています。

 

 

 

 

 

 

このような状況であるため、ドライバーを獲得するというのもM&Aの主要な役割となっています。この場合には、ドライバーが高齢化していないか、年齢を確認する必要があります。

 

トラック運送業の主なコストは、人件費、減価償却費(又は支払リース料)、燃料費です。人件費の上昇はどの業種でも同様となっていますが、燃料である軽油を少しでも安く調達するために、協会や組合等に加入している会社が多いです。また、資源エネルギー庁によると軽油の価格は2004年から2019年の間では@90円から@135円程度をだいたい5年周期で変動しています。

 

 

 

 

 

人件費の上昇や軽油の価格の変動を価格に転嫁できると良いですが、中小企業の運送業は大手の下請けを行っている場合が多く、値上げ交渉をできずにいる会社も少なくありません。この点、国土交通省から基本運賃が公表されていますが、やはり中小企業は基本運賃を獲得できていない会社が多いのが実情となっています。

 

車両は10年程度で買い替えることになるため、車両の購入費用等を賄えているかを確認するためにも、車両別の損益管理が必要です。さらに、車両だけでは戦略的に安い金額で受注している場合等もあるため、得意先別での損益管理も重要となります。M&Aを検討する場合には、損益管理の状況も含めて把握すると良いでしょう。

 

トラック運送業は、トラックを保有して事業を行うため、どうしてもトラック関連と人件費関連の支出がメインとなります。M&Aを検討する場合には、これらの経費のコントロールの状況や、取引条件等の得意先との関係性、トラックを借入で購入しているのかリースとしているのか、ドライバーの年齢の確認等を行いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A事業承継の専門家によるコラム]

第6回:ノンネームシートや企業概要書とは何か? 譲渡企業側のアピールの方法を考える。

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業のM&A支援・事業計画支援を専門で行っている株式会社N総合会計コンサルティングの平野栄二氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

株式会社N総合会計コンサルティング

平野栄二

 

 

 

「私は現在75歳です。従業員5人の製造業を経営しています。第三者に承継(M&A)を行う場合、候補先に、どのようにアピールしていけばよいでしょうか。また、よく、「ノンネームシート」とか「企業概要書」という資料があると聞きますが、どういったものでしょうか。よろしくお願いいたします。」

 


 

平野:ご質問いただきありがとうございます。以下のような手順でご説明をいたします。

 

①M&Aにおいて、譲渡企業はどのような資料を候補先に開示するのか説明いたします。具体的には、「ノンネームシート」、「企業概要書」についての説明を行います。

②ノンネームシートの役割や留意点、アピール方法を説明いたします。

③企業概要書の役割や留意点、アピール方法を説明いたします。

④成功事例を紹介します。

 

 

1、ノンネームシート(ティーザー)

M&Aで候補先を探索を開始するにあたり、まずは「ノンネームシート」と呼ばれる匿名での案内書を作成します。

 

ノンネームシート(ティーザー)とは、譲渡企業が特定されないよう企業概要を簡単に要約した企業情報をいいます。譲受企業側に対して関心の有無を打診するために使用されるものです。

 

 

 

 

2、企業概要書(IM、IP)

企業概要書とは、譲渡企業側が秘密保持契約を締結した後に、譲受企業側に対して提示する譲渡企業についての具体的な情報(実名や事業・財務に関する一般的な情報)が記載された資料をいいます。インフォメーション・メモランダム「IM(Information Memorandum)」やインフォメーション・パッケージ「IP(Information Package)」とも呼びます。

 

 

 

 

3、提出時期と提出目的の違い

ノンネームシートと企業概要書はそれぞれ役割が違っており、以下のとおり、目的と提出時期が異なります。

 

①目的

(ノンネームシート)

譲受企業側に対して関心の有無を打診するために使われます。関心があれば、連絡を受けて、企業名等を開示するかの検討に入ります。

 

(企業概要書)

譲受企業側に対して、譲渡企業の経営・財務情報を開示することによって、関心があれば、企業トップ同士の面談や基本合意へと交渉を進めるために使われます。

 

②提出時期

(ノンネームシート)

M&A の方法や時期などの方針が概ね決まり、これから候補先の探索を始める段階。

 

(企業概要書)

譲受企業側との秘密保持契約を締結すると同時に実名の開示が行われ、譲受企業側が、譲渡企業に関心を持って、交渉に進みたいと打診をしてきた段階。

 

③M&Aの流れと「ノンネームシート」と「企業概要書」の作成時期

ノンネームシートと企業概要書は、以下のようなタイミングで作成されることが求められます。

 

❶アドバイザー等に相談⇒❷アドバイザリー契約の締結⇒❸ノンネームシートの作成候補先の探索・紹介⇒➎候補作と秘密保持契約の締結⇒❻企業概要書の作成トップ面談(お見合い)⇒❽意向表明提出(譲渡企業)⇒❾基本合意の締結(独占交渉権付与)⇒❿譲受企業による買収監査⇒⓫最終条件交渉⇒⓬最終契約書(本契約)の締結⇒⓭対価の授受、業務引継ぎ

 

 

 

4、「ノンネームシート」のアピールポイント

①業種

(例)〇〇の製造販売 など

 

業種はできる限り具体的に記載することがポイントです。ここを広げすぎると、無用な対応の時間が増えてしまいます。しかし、ニッチな業種の場合、特定される可能性があるので、業種を絞らずに大きく記載する場合もあります。

 

②譲渡理由

(例)事業の選択と集中のため

 

譲渡理由は、「後継者不在のため」「事業の選択と集中のため」「アーリーリタイアし別事業へ挑戦するため」「企業の成長・発展のため」などと記載します。業績不振や健康不安など負のイメージはノンネームの段階では、なるべく記載しないようにします。

 

③会社所在地

(例)関西地方

 

業種によっては、地域を狭めると特定されるケースもあるので留意します。

 

④売上高等

(例)1億円弱

 

売上は大きい方が好まれるが、嘘のない範囲で数字を丸めて記載します。また、売上高以外に、純資産額なども譲受企業は重視する傾向があるので、財務内容が良い企業はあえて記載することもあります。

 

⑤従業員数

(例)9名(役員除く)

 

従業員数も、「10人前後」「10人~15人」などとぼやかす場合もあります。ただし、引退予定の役員などは含めない方がよいです。

 

⑥希望形態条件

(例)株式譲渡 (社長所有の事業用不動産の賃貸を希望)

 

「株式譲渡」「事業譲渡」や「会社分割後新設会社を譲渡」などと記載します。100%株式譲渡でない場合など、特殊な場合はその旨を記載しておく必要があります。また、個人の事業用不動産を譲渡や賃貸する場合も記載します。その他条件として、「従業員全員の雇用継続」「代表者の保証債務の抹消」「オーナー一族以外の役員の勤務継続」など記載しておきたいことを簡単に記載します。

 

⑦譲渡希望額

(例)応相談

 

譲渡希望価額はまだ算定できていないケースもあり、その場合は「応相談」と記載しておきます。あまり法外な価額を記載することは相手先が見つからない可能性があります。一方で、低く見積もるとその後の値上げには応じてもらえない可能性があるため慎重に記載する必要があります。

 

⑧特徴

(例)〇〇の部品・を製造・販売している。〇〇品にも力を入れている。歴史ある企業で長年の実績があり、顧客との信頼関係が強い。在庫管理が行き届いており、迅速な配送体制が強みである。本社事務所社屋はオーナー親族の所有であり、譲渡後は適正価格にて賃借が可能であり、交通の便が良好な場所に位置している。

 

①~⑦までの内容について、もう少し詳細に記載したい場合に補足説明します。たとえば、支店や営業所がある場合など。企業の持つ強み・特長を完結に記載します。具体的には、会社の社風や、歴史、ブランド力、取引先の多さ、多様なネットワーク・立地のよさ、技術力・知的財産権などです。逆指名として「〇〇〇〇のような企業を求める」というような記載をしても良いです。

 

 

 

5、「企業概要書」のアピールポイント

【フルバージョンの場合の企業概要書の一例】

1.はじめに

2.概要

3.会社の沿革・代表者のプロフィール

4.会社付近の地図・全景写真など

5.自社の製品・サービスの案内

6.自社の強み

7.株主名簿

8.従業員/役員の状況/労働組合の状況

9.主な売上先・仕入・外注先の概要

10.地代家賃の概要

11.不動産・固定資産の概要

12.借入金の状況

13.M&A後のシナジー効果

14.3期(または2期)比較財務諸表

15.時価貸借対照表

16.EBITDAの計算

 

 

企業概要書は、譲受企業が初めて手にする譲渡企業の概要です。この資料で、譲り受けの判断をすることになるので、非常に重要です。

 

ポイントとしては、4つあります。

 

①「良い会社、希望を持てる会社である」という印象をもってもらう必要があります。そのため、自社の強みについては分かりやすく記載します。

 

②開示した資料についての「算定根拠についてはなるべく詳細に記載する」ことで、読み手の理解を助けることになります。とくに「イレギュラーな数値や内容についてはコメントを記して説明」しておく必要があります。

 

③現状、業績が芳しくない企業については「その原因を記載し改善策も提示」しておくことで、少しでも希望をもってもらう必要があります。

 

④想定される譲受企業の譲受後の統合作業のイメージがわくように、「M&A後のシナジー効果」なども記載しておくと、譲受企業が参考にしやすいと思います。

 

 

【企業概要書のアピール法】
■自社の強みの説明ポイント

(留意点)

●強みを「営業面・商品面、生産面・技術面、組織面」などに区分して記載する

●商品の特長については、写真や図を付けて、視覚的にアピールする

●他社製品との比較表なども付けると、競争力のある事業だと感じてもらえる

●具体的に記載することが重要(実績・経験・資格・許認可・成果など)

 

 

生産プロセスや、サービス提供プロセスなどを、上図のように簡単に図解し、写真なども添付しながら説明を行い、プロセスのどの部分に強み(付加価値)があるのかを記載します。

 

■従業員・株主・役員構成の記載のポイント

従業員の内容は、譲受企業の多くが関心を持つので、丁寧な記載が必要になります。また、イレギュラーな内容がある場合は脚注を付すなどして、理解をしてもらいやすくします。

 

 

 

 

■主要な取引先の記載ポイント

譲受企業の関心の一つに、取引先企業の業種、規模、件数、構成比などがあります。上位5社から10社程度の取引先を以下のように開示すると、参考にしてもらいやすくなります。

 

 

 

 

 

■固定資産等の記載ポイント

固定資産の場合は、できる限り現況を記載する。固定資産台帳などが実際の現況と異なる記載がある場合は、脚注にその旨を記載するなど、配慮をすると参考になります。

 

 

 

 

 

■損益計算書の記載ポイント

●過去3期分程度の損益計算書の推移を決算書などから作成する。

●イレギュラーな数字がある場合は脚注にて説明を行う。

●増減が大きい数字については原因なども記載をするとわかりやすい。

 

 

 

 

 

 

■貸借対照表(時価貸借対照表)の記載ポイント

●過去3期分程度の貸借対照表の推移を決算書などから作成する。

●イレギュラーな数字がある場合は脚注にて説明を行う。

●以下のように簡易な時価評価を記載することで、実態に合った財政状態を提示できる。

 

 

 

 

 

 

6、成功事例(学習塾の場合)

【事例概要】

(譲渡企業)

●30代男性社長

●1教室のみ独立型学習塾を経営

●数年程前に起業をし、駅前のビルを賃貸し、学習塾を立ち上げる

●誠実な指導方法が評判で順調であったが、アーリーリタイアにより、M&Aを検討

 

(譲受企業)

●10教室以上を経営している中堅学習塾

●コロナウイルス禍で学習塾が休業になり、一時交渉が延び延びになったにもかかわらず、交渉は順調に進み、値引きなしの当初の売買価格にてクロージングが達成

 

【成約のポイント】

①譲渡社長の誠実な人柄が信頼されたこと

②充実したサービスを提供しているにもかからず、講座価格等が低く、収益性は悪かったが、平均以上の顧客を抱えており、潜在能力を評価してもらえたこと

 

【企業概要書でのアピールポイント】

●ノンネームの生徒の情報(学校名・学年・学力など)・ 講師の情報(出身校・経験・得意科目など)を掲載して、商圏や学力レベル、講師の指導レベルなどが一目でわかるように記載した。

●授業料の計算方法やサービスの内容を詳細に記載して、問題点と解決策などを記載した。

●本来、受け取るべきテキスト代や臨時講習料なども適正価格に修正した損益シミュレーションを作成し、業務改善しだいでは高い収益を得ることができることを記載した。

●講師1人に対する生徒数の数比率を世間一般での生徒数に変更することで、なお、高い収益性が確保できることをアピールした。

●当面、現経営者にも講師として参画してもらうことで、既存の生徒に安心感をもらってもらうように、現経営者を含めた収益予測を行い企業概要書に提示した。

 

【結果

当初の提示額の3~4倍の譲渡価額で納得いただき、成約することができた

 

 

7、まとめ

①ノンネームシート

●譲受企業に判断してもらいやすいように、情報を簡潔に記載する。

●企業名が特定できないように、記載方法に注意すること。

●ホームページなどの用語をコピーすると、検索に引っかかる可能性があるので注意する。

●ノンネームとはいえ、信頼できるアドバイザーに渡すこと(承諾なく、ファックスやメールでばら撒く業者も存在するので注意する)。

 

②企業概要書

●必ず、秘密保持契約を交わすか、秘密保持の誓約書を受けとってから開示する。

●企業概要書は自社のプレゼンテーション資料だという認識で記載する。

●提示する相手の重要度・信頼度によって、提出する資料の詳細は加減して提示する。

●強みを強調し、今後も持続的に発展する要因がある旨をアピールする。

●問題点を敢えて提示し、その解決策を示すことで、誠実さをアピールする。

●譲渡後の改善策とともに、改善後の収益予測など数字でアピールする。

●確認に時間がかかる場合は、後で随時改良し、概要書の品質を高めていく。

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第8回:経営コンサルタントから「売りたくても売れないタイミングが来るよ」と言われました。本当ですか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:取引先に知られずに会社を譲渡することはできる?

▷関連記事:会社の譲渡を検討していますが、譲渡してしまったら、共に働いてきた役員や従業員達から見放されたと思われないか不安です。

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Q.経営コンサルタントから「売りたくても売れないタイミングが来るよ」と言われました。本当ですか?

 

半導体関連の製造業を営んでいます。創業来25年、特殊なオーダーにも応えられる高い技術力を軸に、取引先から多くの受注をいただいてきました。利益も出しており、財務状態は健全です。私はまだ体力、気力共に充実していますので、これから10年くらいかけてさらに会社を成長させ、70歳を迎えたら会社を譲渡して引退しようと考えております。

 

ただ、知り合いのコンサルタントにその話をしたところ、「10年も待っていたら経済環境が変わって、売りたくても売れなくなってしまうし、引退もしづらくなる」と指摘されました。今のところ取引も順調ですし、10年後に譲渡してもまったく問題ないと思うのですが、そんなことがあるのでしょうか?

 

(愛知県 製造業 K・T さん)

 

 

 

A.会社の業績やご自身の年齢だけでなく、M&Aの市場動向や日本の人口構造も考慮して引退時期を決めた方が良いでしょう。

 

会社の業績も良く、ご相談者の体力・気力が充実されている中で、引退を急かされるような指摘をいただいても、なかなかピンときませんよね。気持ちはよくわかります。一方で、トップの引退を考えるに当たり、今後の経済環境をまったく考えなくてよいかと問われると、決してそんなことはありません。M&Aでは、良い買い手を見つけて会社運営や従業員の雇用を任せることが大事です。譲渡価額などを含めて良い条件でのM&Aを実現するには、自分の主観や都合だけで引退時期を考えるのではなく、好条件で譲渡できる最適なタイミングを客観的に検討する必要があると思います。

 

経営者の平均引退年齢は68歳前後が多いです。ご相談者も70歳を迎えたらとおっしゃっていますので、同じぐらいの年齢ですね。年齢別人口の分布では70~74歳、65~69歳が多くなっています。多くの経営者はこのボリュームゾーンに集中していると考えられています。

 

 

このような情報から見えてくることは次の2つです。

 

①経営者の多くが引退年齢を迎え、譲渡ニーズが増加し始めている。

②それに伴い、買収ニーズに対して譲渡ニーズが過多となり、社長が譲渡したくとも買い手企業が少ない状況に陥ることが見込まれる。

 

 

 

人口構造の変化を考えると、業種を問わず「売りたくても売れなくなる状況」が予測されますので、それを踏まえて経営の出口を考えなければならないと思います。

 

ご相談者に「売りたくても売れなくなる時がくる」とおっしゃったコンサルタントは半導体関連事業の将来性を気にされていたのかもしれません。以前に私がお手伝いしたM&Aでも、ご相談者と似たケースがありました。金型関連のファブレスメーカーで、優良な取引先を有し、売上は減少しているものの無借金で純資産は2億円、ノウハウを持った従業員達が複数在籍する会社でした。「このまま自社単独で経営していたら、今は良いが、いずれ行き詰まる。ならば企業価値が高いうちに譲渡したい」とのご要望があり、ちょうど第二の収益の柱を求めていた異業種のメーカーとのM&Aが早々に実現しました。「今ならば売れる、今しか売れない」―― その決断力が成功要因だったと社長は話されていました。

 

また、買収側の企業は、譲渡側のオーナーの年齢はもちろん、継続勤務する従業員(特にキーパーソン)の年齢も気にします。M&A後、数年でキーパーソンも定年退職する可能性がある場合、買い手企業は二の足を踏んでしまいます。ご相談者は10年後に譲渡を検討すると仰っていますが、その時の社内のキーパーソンは何歳になっているでしょうか。

 

M&Aニーズの多寡は業種・エリア・事業規模により異なります。「少し前のタイミングだったら、良いお相手がいたのに…」と後悔しないために、最近のM&A市場の動向や具体的な候補先の有無、M&Aの条件などについて、ぜひ専門のM&Aアドバイザーにご相談されてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

[事業再生・企業再生の基本ポイント]

第3回:事業再生の概要を教えてください

~事業再生の概要、法的整理と私的整理のメリットとデメリット、財務面と事業面の検討~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

▷関連記事:法的整理と私的整理の比較

▷関連記事:民事再生と会社更生の比較

▷関連記事:事業再生業務の全体像を教えてください

 

 

【事業再生の概要】

営業不振や過剰な設備投資等により営業活動に支障をきたす程資金繰りに窮してしまった会社・事業を、財務面や事業面で正常な営業活動を行える状態に再生していくことを、事業再生と言います。

 

事業再生には、法的整理と私的整理があります。

 

 

 

【法的整理と私的整理】

法的整理は、その名の通り法的な事業再生となるため、裁判所が関与し法律に則り事業再生をすすめていくことになります。一方で、私的整理は、法律に縛られることなく事業再生を進めていくことになります。

 

法的整理と私的整理の違いについての詳細な説明は本章では割愛しますが、主な特徴として、法的整理を行った場合は倒産企業として外部に周知されるという点があります。この点、私的整理では再生企業と事業再生に参加している債権者等以外に情報が洩れることはないため、事業や取引関係をこれまで通り行えるというメリットがあります。一方で、私的整理では事業再生に参加した債権者の全ての同意が必要となります。この点、法的整理は債権者の多数決や債権金額の多数決により決定されるため、債権者が多い場合や一部反対している債権者がいる場合には私的整理ではなく法的整理で事業再生を進めていくことになります。

 

事業再生をする場合に、まずは私的整理を検討して、様々な要因により私的整理が難しい場合には法的整理となるケースが多いです。件数としては、法的整理と私的整理では圧倒的に私的整理の件数の方が多く、私的整理であれば情報が外部に漏れることはないため、実は取引先が私的整理を行っていたということも決して少なくないでしょう。

 

【財務面と事業面の検討】

事業再生は、財務面と事業面の2面から検討する必要があります。

 

 

 

事業再生はリストラ、業務の効率化、採算管理の徹底などのイメージが先行すると思いますが、これらはどちらかというと事業面の施策となります。事業面での施策を実施するためにも、事業面での施策を実施している間の資金繰りを担保するための金融支援が必須となります。金融支援とは、金融機関への返済を一時的に止めたり、返済を免除してもらう等の方法があります。これらの金融支援の検討・獲得が事業再生を進めていくために必須であり、事業面の施策と両輪で進めていくことが重要となります。