[解説ニュース]
相続財産譲渡時の取得費加算の特例で加算される相続税額で争いになった事例
〈解説〉
税理士法人タクトコンサルティング(遠藤 純一)
[関連解説]
1.はじめに
相続財産に係る譲渡所得の課税の特例(以下、取得費加算の特例という。)は、財産を相続した後に相続税の支払いなどの資金需要が生じ相続財産を譲渡する際に、相続税の一部を取得費に加算することで譲渡所得課税を軽減できる制度です。
①相続や遺贈により財産を取得した人に、②相続税が課税されており、③相続財産を相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡する場合に、所定の書類を添付の上確定申告すれば適用があります。
情報公開で明らかになった国税庁の資料によると、適用件数はこのところ年々増加、直近(令和3年7月から令和4年6月まで)の適用件数は、20,352件に上り過去最高となっています。これに伴い、取得費加算の特例をめぐる税金トラブルも散見される状況です。
今回は、相続した土地に借地権を設定して得た権利金に係る譲渡所得の計算上、取得費加算の特例の計算で争いになった事例(東京地裁令和3年10月12日判決)を取り上げます。
2.事案の概要
この事案の経緯は、次のとおりです。
(1)原告納税者らは、養母が亡くなり、もともとビルの建っている土地(所在地の借地権割合は90%)を相続により取得した。
(2)相続税の申告に関しては、税務署が問題の土地の評価額について貸家建付地として再評価し、相続税を減額更正した。
(3)相続後、原告らは自ら代表を務める不動産会社にその土地に建っている建物を譲渡するとともに、借地権を設定した。権利金は合計で約49億円。
(4)権利金は相続土地の価額の2分の1を超えていたことから、原告らが長期譲渡所得として、相続税の取得費加が額を計算して申告。
(5)税務署は譲渡所得の計算上取得費として加算された相続税額について、貸家建付借地権の評価方法に基づき算定した金額として上記申告を一部否認したことで、原告らは国税不服審判所で争ったところ、「当該譲渡をした資産の当該課税価格の計算の基礎に算入された価額」は、貸家建付地としての土地の評価額に、借地権割合である90%を乗じた金額と判断された。
(6)原告はこれを不服として出訴した。
3.裁判所の判断
主な争点は、譲渡所得に係る取得費加算額を計算するに当たり、「当該譲渡をした資産の当該課税価格の計算の基礎に算入された価額」を土地の相続税評価額に100分の90を乗じた金額とすることの適否です。
取得費に加算される相続税額は、譲渡した相続財産に対応する相続税額です。
具体的には現行制度上、譲渡した財産以外にも相続財産がある場合には相続税の計算の基礎となった財産の評価額と加算される贈与財産の合計額(当該譲渡をした資産の当該課税価格の計算の基礎に算入された価額)に占める譲渡資産の評価額の割合を譲渡した人の払った相続税に乗じて求めます。
東京地裁は、法令や同制度のこれまでの改正動向から「当該譲渡をした資産の当該課税価格の計算の基礎に算入された価額」とは、相続税の課税価格の計算の基礎に算入された価額のうち譲渡をした相続財産に対応する部分をいうものであることは明らかしと認めました。
そのうえで東京地裁は、この事案において「譲渡をした資産」が借地権であることは、当事者間に争いがないものとして次のような指摘をしました。
①借地権を設定した土地が、相続開始時及び借地権設定時において借地権割合が90%の地域にあった
②相続税の減額更正において本件各土地の相続税評価額は、いずれも評価通達26に定める貸家建付地として評価されたものであること
こうしたことから、東京地裁は、「当該譲渡をした資産の当該課税価格の計算の基礎に算入された価額」は貸家建付地としての土地の評価額に、借地権割合である90%を乗じた金額としたことは相当であると判断しています。
原告は、自用地としての評価額に借地権割合を乗じて求めた金額を取得費加算額を計算する場合の当該譲渡をした資産の当該課税価格の計算の基礎に算入された価額とすることが妥当だと主張していました。
これに対し東京地裁は、原告主張の計算を認めると、「譲渡所得が課税されていない底地部分についても取得費加算の対象に含めることを認めることとなる」として、譲渡所得に係る「当該譲渡をした資産」が借地権であるという実体を適正に反映しておらず制度趣旨及び改正経緯等に反するものであるとして原告の主張を退けています。
この裁判の判断は控訴審でも維持されています。
税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2024/4/8)より転載