[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第11回:類似会社比較法(マルチプル法)とは

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.類似会社比較法(マルチプル法)とは

①マルチプル法って何?

②マルチプル法の手順

2.マルチプル法の実務

①類似企業を選ぼう

②倍率を出そう:EV/EBITDA倍率

③倍率を出そう:PER・PBR

④計算事例

 

 

今回はバリュエーションの中でもよく使用される「マルチプル法」についてご説明します。マルチプル法は類似上場会社の数値を基礎として価値を評価する手法です。ざっくりとした企業価値を算出するのにもってこいの手法なので、事例を基に見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1. 類似会社比較法(マルチプル法)とは


①マルチプル法って何?

東証や大証などの市場に株式が出回っている場合、価値の算定はそこまで難しくありません。普通株式であれば、単純に株価×発行済株式数を基礎として株主資本価値を算定することが可能です。

 

しかし、M&Aにおいて市場に株式が出回っている会社が登場することは非常に稀です。多くのM&A案件は非公開会社の売買案件ですので、上記のように単純に価値を評価することが出来ません。しかし、一定程度の客観性を持った評価金額が必要となります。

 

そこで、類似上場会社の数値を基礎として価値を評価する類似会社比較法(マルチプル法)を使用していくこととなります。

 

 

 

≪Column:企業価値評価の手法について≫


前回ご紹介した通り多くの企業価値評価手法がありますが、実際に使用される手法ランキングを作成した場合、1位:DCF法、2位:マルチプル法になると思われます。(筆者私見ですが、この2手法は群を抜いて使用されています。3位以下を大きく引き離してのワンツーフィニッシュですね。)

 

DCF法は将来情報を企業価値として織り込むことから非常によく用いられています。マルチプル法はそこまで難しくない計算過程の割に、一定の客観性を保った金額を得ることが出来るため重宝されています。

 


 

②マルチプル法の手順

まずはざっくりと、マルチプル法の手順についてご説明します。マルチプル法は、ある指標(倍率)が、評価対象会社と類似企業でほぼ同じである前提に基づいて価値を計算する手法です。実際には後述するEV/EBITDA倍率等が良く使用されますが、まずはイメージを掴みやすいよう、第10回で挙げた「経常利益」を指標とする例を再掲します。

 

 

 

 

 

❶上場している類似会社の決定

まず上場している類似企業を見つけます。バリュエーションにおける評価対象となる企業とビジネスが類似している上場企業を見つけます。今回は以下の会社が類似企業として選定されたとします。

 

 

 

 

❷倍率の算定

上記類似企業のデータを用いて倍率を算定します。時価総額を経常利益で割った倍率を求めてみましょう。

 

 

 

 

❸対象企業の価値評価

上記倍率(20倍)という数字が評価対象会社にも当てはまる前提に基づき、算定した倍率を評価対象会社に当てはめて、株主資本価値を求めます。

 

 

 

 

 

 

 

そこまで難しくなさそうですね。類似上場企業の倍率を算定し、その倍率をM&A対象となる非公開会社に当てはめて計算するだけです。類似企業であれば、ある程度倍率も同じ傾向を示すだろうという仮定に基づいている点がポイントです。

 

 

 

[Point]

マルチプル法は、評価対象会社と類似企業で使用する倍率が同じ傾向を示す前提での計算方法。

 

 

 

2.マルチプル法の実務


ざっくりとしたイメージは上記の通りですが、実務上はより細かく慎重に検討していくこととなります。

 

①類似企業を選ぼう

マルチプル法で最も重要なことは類似企業の選定と言っても過言ではないです。業種・業界の類似性はもちろん、製品や規模、地域、資本構成、利益率等様々な要素を加味して類似企業の選定を行うこととなります。

 

実務上は3社~10社程度の類似企業を選定することが多いです。上記の項目1つ1つを見た場合、当然対象会社とは異なると感じる項目も発生します。例えば業界や製品は似ているものの、資本構成が異なる(対象会社は負債が多い一方、類似企業は負債が少ない等)場合があります。類似企業の母集団が小さいと客観的な数値になりにくいため、そのように差異がある場合でも類似企業として含め、ある程度の類似企業数とすることが多いです。使用する倍率は類似企業の平均値や中央値を使います。

 

②倍率を出そう:EV/EBITDA倍率

使用する倍率はEV/EBITDA倍率、PERやPBRが使用されることが多いです。まずは最も使用されるEV/EBITDA倍率を見ていきましょう。

 

 

●EV/EBITDA倍率

EV/EBITDA倍率はEV÷EBITDAで求める倍率です。分子の「EV」はEnterprise Valueの略で企業価値と訳されますが、実際には事業価値がより近い概念となります。該当企業を買収する際、実際に必要な金額はいくらか?という観点からの指標です。

 

純有利子負債=有利子負債-余剰資金-非事業性資産等)

 

 

数式の通り、時価総額に純有利子負債を足した金額がEVです。時価総額は「株主資本価値」を示し、株主にとっての会社の価値部分です。これに純有利子負債を足すことで、その企業自体を保有した際に必要となる正味金額を示していることになります。

 

例えば100%株式買収により会社を買収したとします。その際、株式時価総額を支払うことで会社の買収は完了しますが、同時に会社が元々持っている負債の返済義務を負いますね。一方、余剰資金や非事業性資産の売却による現金流入によってカバーできる分もあります。そのため返済義務のある有利子負債から、余剰資金や非事業性資産を差し引いた正味の返済必要金額である「純有利子負債」が、実際購入金額に追加で必要となる金額です。株式時価総額に正味の返済義務である「純有利子負債」を足した金額が、「実際に必要な金額」であるEVとなります。

 

なお、非支配株主持分がある場合は上記に加算します。非支配株主持分は有利子負債と同様に他人資本であるため、正味金額に含めるべきという考え方です。

 

 

 

 

分母にくる「EBITDA」は第8回目でご説明した「金利支払前、税金支払前、減価償却費控除前の利益」(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)です。

 

借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図ろうとしています。なお、EBITDAは簡便的に「営業利益+減価償却費」で表現されることが多いです。営業利益であれば支払利息や税金を除いた状態ですので、営業利益に減価償却費を加算することで簡便的にEBITDAを表現しています。

 

上記の通り個別にEV・EBITDAを求め、EV÷EBITDAの倍率を算定することになります。

 

 

③倍率を出そう:PER・PBR

その他指標として、PERやPBRが使われることもあります。PER・PBRは株式に関する指標としてよく出てきますので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 

 

PER(Price Earnings Ratio:1株当たり当期純利益)=株式時価総額÷当期純利益

PBR(Price Book-value Ratio:1株当たり純資産)=株式時価総額÷純資産

 

 

1株当たりの当期純利益や純資産を用いています。EV/EBITDA倍率のように一捻りしておらず、株式時価総額を使用してさくっと求めることが可能ですので、M&Aの初期段階でざっくりした価値を求めるのに向いています。

 

 

 

 

≪Column:倍率の意味≫


マルチプル法はいずれも割り算を用いていますね。この割り算にも実は意味があり、EV/EBITDA倍率であれば「企業の買収に必要な株式時価総額と、買収後の純負債返済に必要な金額が、EBITDA何年分で充当できるか」、PERであれば「企業の買収に必要な株式時価総額が、当期純利益何年分で充当できるか」といった意味になります。

 

さて、マルチプル法を採用する場合、まずEV/EBITDA倍率の採用をまずは考えます。

 

EBITDAは借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図る指標でしたね。そのため、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の何年分か」を示す指標がEV/EBITDA倍率です。

 

EV/EBITDAの特徴

通常の事業活動を行った結果正味金額を何年で回収できるのかを確認する目安となる

●EBITDAは償却費等を除いているため企業間の比較可能性が高い

 

M&Aにおける企業価値算定の場面でEV/EBITDAがその他指標と比べてよく登場するのは、上記の通り客観的であり有用な情報となるためです。

 


 

④計算事例

EV/EBITDA倍率を用いた事例を見ていきましょう。簡単化のために、類似企業は1社とし、ストックオプションや非支配株主持分等の複雑な条件はなしとしています。

 

類似企業データ

 

 

類似企業のEV/EBITDA倍率は以下の通りとなります。

 

 

EV=株式時価総額21,000+純有利子負債12,000=33,000百万円

EBITDA=営業利益1,000+償却費3,000=4,000百万円

 

→EV/ EBITDA倍率=33,000÷4,000=8.25

 

 

 

 

この類似企業は、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の8.25年分」に相当すると言うことができますね。

 

評価対象企業と似た企業を類似企業として選定していますので、評価対象企業のEV/ EBITDA倍率もだいたい8.25になるだろうという前提のもと、評価対象企業の価値を求めていきます。

 

評価対象企業データ

 

評価対象企業のEBITDAは営業利益200+償却費800=1,000です。EV/ EBITDA倍率が8.25倍ですので、評価対象企業のEVは以下の通りとなります。

 

EV=EBITDA1,000×8.25=8,250百万円

 

 

 

EVが8,250百万円と算定されました。純有利子負債が7,000百万円ですので、対象会社の株主資本価値は8,250-7,000=1,250百万円と、ざっくり計算することができます。

 

 

≪Column:EV/EBITDA倍率の目安≫


一般的にEV/EBITDA倍率が6倍~12倍程度の案件が適正な案件と言われています。すなわち、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の6年~12年分」であればM&Aを行いやすいとも言えますね。

 

倍率が高いほど正常収益力で回収できる年数が増加し、倍率が低いほど方が早めの回収が見込まれるイメージです。経営者として実際にM&Aを行う際には、低倍率の方が目途を立てやすいためM&Aを実行しやすいですね。

もちろん業種によっても倍率感は様々で、医薬業界では15倍といった高倍率も普通だったりします。

 


 

 

 

 

[Point]

EV/EBITDA倍率は、「買収に必要となる正味金額」が、「正常収益力の何年分か」を示す指標とも言える!

 

 

バリュエーションは難しいという印象を持っている方も多いと思います。たしかに細かい計算は難しい部分も多いですが、全体像はそこまで難しくはありません。この連載で、少しでもイメージが具体的になっていただけると嬉しいです。

 

次回から、バリュエーションで最も使用されるDCF法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

[スモールM&A マッチングサイト活用が成功のカギ]

第2回:事業引継ぎ(スモールM&A)のスケジュール「事業の引継ぎって どうやって進めるの?」

 

〈解説〉

税理士 今村仁

 

 

 

 

早期の準備が成功の秘訣


マッチングサイトを使えば今までになかった新しい方法で「後継ぎ」が見つかるかもしれない。

 

では、実際に第三者への事業引継ぎはどのように進めていくことになるのだろうか。

 

過去の例によると、その多くにおいて成功要因といえるのが「早いうちに事業引継ぎのための準備」を行っていたことだ。これはとても大事な視点で、経営者が高齢になるにつれ売上げが減少していくことも多く、結果として承継対価などが下がることになる。そのため、廃業が脳裏にちらついたら、すぐにでも事業引継ぎの準備を始めてほしい。事業引継ぎは「早期の準備が成功の秘訣」なのである。

 

 

さて、親族内承継であれば、阿吽の呼吸である程度のおおまかな承継でも、新経営者と伴走しながら伝言不足の軌道修正などができるかもしれない。また、書類不足なども事後に補完して上手くいく可能性もある。

 

しかし、「第三者への承継」となると、そうはいかない。会社にとって大事な「契約書」や「規定」があれば、当然に承継前にきちんと開示し、最終的には現物を後継者候補に渡さないといけない。資産の中に承継後も社長が必要となる「車」や「生命保険」があれば、個人のものとして名義変更するなど事前に対策しなければならない。「借金」はなるべくなら減らしておいた方が、承継がスムーズなのは自明の理である。会社承継前に後継者候補にきちんと情報開示できていれば問題となることはほぼないが、退職金規程の有無や契約書の一部を紛失しているなどの情報を開示できていないと後日問題となる。これは誤解のないようにしておきたいのだが、書類が不備であるかどうかも大事だが、たとえ不備であったとしても、その不備であるということを事前にきちんと伝えておくことの方がより重要だということだ。

 

こういった整理をきちんと行い、決算書などの資料を準備した上で、マッチングサイトに登録し、後継者候補と交渉する場合と、後継者候補からの質問で慌てて整理を急いだり、資料を準備したりするのでは、当然にその最終結果は大きく異なるものとなる。実は、第三者承継の場合でも、不動産と似ていて、「最初に来た客=後継者候補」が一番良い客ということはよくある。そのためにも、マッチングサイト活用前に、まずは事前準備をしっかり行っておこう。

 

 

 

第三者への事業引継ぎスケジュール(スモールM&Aの手順)


事前準備を十分に行った上でマッチングサイトに登録することになるが、その登録は秘密保持の観点から、「会社名などを伏せた形のノンネームバリューシート(業種やエリア、概算売上金額や利益金額、特徴などの文章、売買価格を含めた売却条件などを記したもの)」で行うことになる。

 

その後、ノンネームバリューシートを見た後継者候補が、承継を考える社長やそのアドバイザーにアプローチをしてくるのが一般的な流れとなる。

 

次には、それら複数の後継者候補との「質疑応答」や「トップ面談」を経て、仮契約となる「基本合意書の締結」となる。この基本合意書の締結で、特定の後継者候補1社による承継を考える社長との独占交渉権が発生することになるが、それぞれの納得のもと、行うことになる。

 

更には、後継者候補による財務や労務を中心とした「会社調査(デューデリジェンス=DD)」を経て、「最終契約書の締結」がなされ、無事に「会社の引渡し」となる。

 

 

 

 

[用語解説]

■ノンネームシート
会社名などを伏せた状態で会社の概要を記したもの。

 

■ノンネームバリューシート
マッチングサイト用に、ノンネームシートに文章などを更に追加したもの。マッチングサイトを使った第三者承継で、特に最初の段階では、リアルで交渉を行う場合と比較して、文章情報のみで交渉相手を探さないといけないので、ノンネームバリューシートの上手な作成は第三者承継の成功のカギとなる。

 

■デューデリジェンス(DD)

M&Aを行うに当たって、リスクや課題を洗い出すために対象会社を詳しく調査すること。ビジネス、財務、税務、法務などの種類がある。

 

 

 

書籍「小さな会社の事業承継・引継ぎ徹底ガイド ~マッチングサイト活用が成功のカギ」より

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第10回:企業価値評価(Valuation)の全体像

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.なぜ企業価値評価(Valuation)が必要なの?

①買収価格決定の参考情報

②利害関係者への説明責任

2.バリュエーションで求める価値とは?

3.バリュエーションの方法

4.コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)

①簿価純資産法

②時価純資産法(修正純資産法)

5.マーケットアプローチ

①市場株価法

②類似会社比較法(マルチプル法)

6.インカムアプローチ.

①DCF(Discounted Cash Flow)法

②配当還元法

 

 

今回からはM&Aにおける企業価値評価(Valuation)についてです。バリュエーションの全体像について、具体的なイメージに結びつくよう1つずつ見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:企業価値、事業価値および株式価値について

 

 

1.なぜ企業価値評価(Valuation)が必要なの?


①買収価格決定の参考情報

企業価値評価(Valuation:バリュエーション)は、会社・事業の価値を評価することです。

 

例えば、にんじん1袋を買おうと思ったとき、いくらで買えば良いでしょうか。スーパーに行くと150円で買うことができるのであれば、にんじん1袋の価値は「150円」と確認することが出来ます。そのため、150円で買えば良いとすぐ分かります。では、会社を1社買おうと思ったとき、いくらで買えば良いでしょうか。スーパーに行って確認できるものではないですし、金額はすぐには分かりません。

 

そこでバリュエーションを行うことで、会社を買う時に値段をつけることができるようになります。バリュエーションによって「100億円」の価値がある会社であると分かれば、100億円が取引の参考価格になります。

 

このように、買収に際する価額の検討を行う参考資料としてバリュエーションが行われます。

 

②利害関係者への説明責任

株主や債権者等、会社は多くの利害関係者からの出資の基で成り立っています。

 

M&Aともなれば会社の命運を左右しかねない重大案件ですので、当然利害関係者からの注目を集めますし、その買収価格は最大の関心事となります。このとき、バリュエーションに基づく買収価格であれば、利害関係者への説明もしやすくなりますね。もちろん、証券取引所、監査法人、税務署等への説明にも役立ちます。

 

M&Aで最も重要になるのは買収に際する価額の検討ですが、あまりに価格が高すぎると本当に良かったのかといった話になってしまいます。そのため関係各所への説明責任を果たすことも企業価値評価の目的となります。

 

グループ内でのM&Aや事業譲渡もよくあります。新聞でも○○企業再編!と記事になっていますね。グループ内といえども各企業は独立した企業ですし、税金を支払う単位も各企業になりますので、ある程度適切な金額で譲渡金額を算出する必要があるのです。

 

 

2. バリュエーションで求める価値とは?


バリュエーションでは「事業価値」「企業価値」「株主資本価値」という価値を求めます。紛らわしい単語が3つもありますが、これらの関係についてまずは図で見てみましょう。

 

 

 

事業遂行のために使用される純粋な事業用資産・負債から生じる価値は「事業価値」と言われます。そこに事業に使用されていない資産の価値を加えたものが、企業全体の価値を示す「企業価値」となります。

 

 

 

企業価値から有利子負債や非支配株主持分等を減額することで、株主にとっての価値である「株主資本価値」となります。

 

 

 

用語だけ見ると紛らわしいですが、1つ1つの意味は分かりやすいです。買い手の立場に立つと、「本業から生じる価値はいくらか」、「会社全体の価値はいくらか」、「株主に帰属する価値はいくらか」という点が気になりますね。そのため事業価値、企業価値、株主資本価値を求めることになるのです。

 

 

3. バリュエーションの方法


バリュエーションは大きく3つの方法に分かれます。実務では3つの方法の中から、1つもしくは複数の方法を選びます。案件の特性に応じて合う方法、合わない方法がありますので、バリュエーションを行う際はM&A対象となる会社が置かれている状況を見極め、適切な方法を選択することになります。

 

●コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)

●マーケットアプローチ

●インカムアプローチ

 

 

4. コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)


コストアプローチは、企業の純資産価値に基準にする方法です。

 

ざっくりお伝えすると、資産-負債で計算される「純資産」が株主資本価値になるという考え方です。直感的に分かりやすいアプローチですね。コストアプローチには「簿価純資産法」や「時価純資産法(修正純資産法)」といった計算方法があります。

 

①簿価純資産法

単純に企業の純資産を株主資本価値とする手法です。とても分かりやすい手法ですが、欠点として企業の時価を反映していないことが挙げられます。

 

例えば30年前に10億円で購入した土地があるとします。現在の値段が5倍の50億円になっていた場合、相当な含み益(40億円)が会社にあることになります。しかし、土地は購入時の値段である原価で持ち続けているため、含み益(40億円)は純資産には反映されていません。

 

今「土地だけ」を購入すると50億円かかる一方、今「土地を持っている会社」を購入した際の土地部分代金は10億円ですむというのはおかしいですね。

 

現時点での会社の価値を厳密に計算できる訳ではないことから、コストアプローチを用いる場合は、実務上、次の「時価純資産法」が通常使われます。

 

②時価純資産法(修正純資産法)

時価と簿価に大きな差が出ている項目について時価で評価した上で「純資産」を求める手法です。上記欠点を克服した形となりますが、どこまで時価評価するかは案件によって異なります。

 

先程の例では、純資産価額に土地の時価評価に伴う含み益40億円を加算した金額が株主資本価値となります。なお、継続して使用する資産負債は「再調達する際の時価」、廃止する資産負債は「処分する際の時価」を使います。

 

 

5. マーケットアプローチ


株式市場(マーケット)で成立する相場価格を基礎として企業価値を算定する手法です。「市場株価法」、「類似会社比較法(マルチプル法)」といった計算方法があります。

 

①市場株価法

上場企業の場合、既にマーケットに出回っている株式があるため、その金額も容易に確認することができます。この時に、株式市場で取引された株価の一定期間における平均値等を使用して、株主資本価値を評価します。

 

市場の評価に基づくことから非常に客観的で有用である反面、非上場企業には用いることができません。

 

②類似会社比較法(マルチプル法)

対象となる企業の類似会社を上場会社の中から見つけ、売上高・経常利益・EBIT・EBITDA・純資産等の項目から算出された倍率(マルチプル)を基礎として株主資本価値を算定する方法です。

 

非上場会社の場合は当然ながら市場株価が存在しないため、市場株価法に代替する手段として利用されます。

 

文章だけでは分かりにくいと思いますので、具体例を用いて見ていきましょう。指標には事業価値/EBITDAや事業価値/EBIT等が使用されることが多いですが、やや専門的となってしまいますので、ここでは分かりやすく「経常利益」を指標として用いることにします。

 

 

❶上場している類似会社の決定

まず上場している類似企業を見つけます。バリュエーションにおける評価対象となる企業とビジネスが類似している上場企業を見つけます。

 

 

 

 

❷倍率の算定

上記類似企業のデータを用いて倍率を算定します。

 

 

 

 

❸対象企業の価値評価

算定した倍率を評価対象会社に当てはめて、株主資本価値を求めます。

 

 

 

 

計算を見ると分かりやすいですね。類似会社であれば株主資本価値と指標(経常利益)の倍率は大きく変わらないという前提のもと、株主資本価値を求める手法です。

 

 

 

 

 

なお、非上場会社の株式は市場がないため、売買は必ず相対取引となります。譲渡制限がついている場合もあり、上場会社株式と比べて非上場会社株式は売却が困難です。そのため、売主は売却先が見つかった際に割引してでも売りたいと思うでしょう。

 

この発想を「非流動性ディスカウント」と言い、非上場企業の企業価値評価はやや割り引いて小さい金額で求めることが実務上よく行われます。

 

 

 

 

≪Column:類似会社の選定≫


類似会社は業界・業種・顧客属性・事業構造・ビジネスモデル・地域制・許認可等の観点から選びます。類似会社によって評価額が変わることも多いから、類似会社の選定が最も肝となる部分となります。

 


 

 

 

6. インカムアプローチ


将来期待されるキャッシュフローや損益(インカム)を基礎として企業価値を算定する方法です。主に「DCF(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー)法」、「配当還元法」といった計算方法があります。

 

①DCF(Discounted Cash Flow)法

DCF法は将来のフリーキャッシュフローを算定し、現在価値に割り引いた上で企業価値を評価する方法です。企業価値評価の中心どころとなる評価方法で、次回以降詳細に取り上げることとします。

 

②配当還元法

株主が受け取る配当に着目して企業価値を評価します。実績ベース・業種平均ベースでの配当を使用するほか、国税庁が公表している財産基本通達に規定する評価方法もあります。

 

配当のみを重視することとなるため、配当を重視する非支配株主間における企業評価に適していますが、その企業のビジネスモデル等は勘案されないことから、配当以外を考慮に入れる必要がある合併には適していません。

 

 

バリュエーションは難しいという印象を持っている方も多いと思います。たしかに細かい計算は難しい部分も多いですが、全体像はそこまで難しくはありません。この連載で、少しでもイメージが具体的になっていただけると嬉しいです。

 

次回から、バリュエーションで最も使用されるマルチプル法とDCF法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

[スモールM&A マッチングサイト活用が成功のカギ]

第1回:『廃業と承継の 比較』~「廃業」するとこんなに大変! 「承継」できるとこんなに幸せ!~

 

〈解説〉

税理士 今村仁

 

 

 

廃業するとこんなに大変


「もし自分が明日倒れたり病気になったら、従業員やお客さん、取引先はどうなるのだろう?」と、食事の後や寝る前に、又は夢の中で、不安に駆られたことはないだろうか。

 

後継者不在の多くの社長と話をしていると、大体60歳を超えたあたりでまず「漠然と今後の会社の行く末」に不安を感じ始め、65歳を超えると「廃業」が頭をよぎり始めるようである。

 

 

では、皆さんの会社が「もし」廃業した場合、ご自身や周囲に実際どのような影響があるのだろうか。

 

まずは従業員であるが、廃業する場合には基本的には「解雇」となる。小さな会社であれば、その多くが地元採用であろうから、現実的には、解雇でハイサヨウナラと杓子定規にドライに対応することなどできない。例えば、社長が謝罪すると共に再就職先を斡旋することまで行うケースもある。従業員の配偶者と社長の配偶者が同じ社交ダンスサークルのメンバーだったり、廃業した次の日にスーパーで出会うなんてことも想定されるのが、小さな会社の廃業の現実だからである。

 

 

社長が廃業を選択した場合に、得意先や仕入先、外注先などの取引先にはどのような影響があり、何をしないといけないのだろうか。

 

今まで長くお付き合いがあったところが大半だろうから、取引の頻度や金額にもよるが、できるだけ早く廃業予定の案内をすることになる。御社が取引終了することにより、連鎖的に廃業や倒産とならないようにするべきなのは当然であるから、得意先に限らず広く取引先全般に、なるべく早めに案内を行うべきだ。

 

 

法律論はさておき現実的には、小さな会社で廃業を選択した社長は、広く取引先への謝罪行脚をしないといけない。時には、こちらで自社に代わる会社を紹介する必要も出てくる。

 

また、ご自身にとっての影響も事前に知っておくべきである。事業で使っている機械や車両、備品などは、事業継続して使い続ける限り高い価値があるが、それを廃業と共に売却するとなると二束三文に、時には逆に廃棄コストがかかることもある。更には、工場や店舗、事務所には、撤去費用が莫大にかかることもある。

 

 

承継できればこんなに幸せ


では、マッチングサイトを使ってお相手が現れ、廃業ではなく「第三者承継(M&A)」ができた場合は、どうであろうか。

 

まずは従業員であるが、ほとんどの第三者承継では、雇用の継続が図られる。理由は単純で、昨今の人手不足の影響もあるが、小さな会社では従業員個々の役割が重要なことが多く、承継者である買い手には貴重な存在だからである。

 

次に取引先であるが、こちらも基本的には継続となる。廃業前の謝罪行脚ほど、辛く恥ずかしいものはないと思うので、これは廃業予定だった社長にとって有り難いことではないかと思う。

 

 

小さな会社の場合、雇用や取引先の継続が図られるということは、その多くが地元採用や地元企業であることも含めて考えると、地域社会に好影響となることも付け加えておく。

 

 

最後にお金の話であるが、社長の手残りは、廃業よりも第三者承継を選択できた方が多くなることが大半だ。廃業コストがかからず、承継対価も貰えるので、一般的には手残りが多くなるのである。税金も株式譲渡の2割課税であると、一般的には得することが多い。

 

 

 

 

書籍「小さな会社の事業承継・引継ぎ徹底ガイド ~マッチングサイト活用が成功のカギ」より

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第6回:会計ソフトの統合

~会計ソフトは統合した方がいいのでしょうか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

 

▷関連記事:事業が健全かそうでないかの判別

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、会計ソフトは統合した方がいいのでしょうか?

A、会計事務所に特有なのが、会計ソフトの問題です。M&Aした買主と売主の会計ソフトが違う場合に会計ソフトを統合するかどうかは、大きな課題となります。同じである場合には、業務を標準化しやすく、M&Aをスムーズに進めることもできます。

 

会計ソフトが違う場合、当初から統合することも選択肢の一つですが、税務申告・試算表作成等を提供するサービスの中心としていたとすると、会計ソフトがサービスの中心的な役割をしていますし、会計ソフトベンダーとの契約期間等もありますので、容易に統合はできません。

 

効率性を優先するのであれば会計ソフトなどは統合すべきですが、顧問先との長い年月の関係で現在のカタチができています。ありがたいことに最終的な成果物である申告書や決算書のひな形は同じです。それを作成するための道具(会計ソフト)は異なりますが、統合当初の段階から合わせていくべきものなのかは慎重に決めた方がいいでしょう。顧問先からのニーズを把握できない状態で、会計ソフトを統合することは控えるべきです。

 

会計事務所にとって、最大の商売道具(ツール)といえるのが「会計ソフト」です。道具を一気に変えてしまった場合、使う側としては戸惑いと同時に、慣れるまでに時間がかかります。特に、M&Aによる変化が多い状況でストレスがかかるので、M&A直後に会計ソフトを統合することは避けるべきと考えます。

 

当社の場合、M&A当初の時期は会計ソフトを基幹のソフトに一本化しようと考えていましたが、モチベーションの低下をもたらすとともに業務が非効率となったので、統合前のそのままの会計ソフトを使うようにしています。会計ソフトを変えずに継続して同じものを使うようになってからは業務上でのストレスがなくなり、経営統合はスムーズにいく機会が増えました。

 

 

 

また、結果的に、多数の会計ソフトを使用している多様性が強みになる可能性も感じています。

 

参考までに、当社がM&Aした際に承継先の事務所が使用していた会計ソフトは上記のグラフとなります。

 

統合した際の効果として、会計ソフトやITツールなどのシステムのシナジー効果があります。会計ソフトは、その事務所によってこだわりが出やすいものです。会計事務所によって、メインで使用する会計ソフトは全く異なります。

 

そのため、会計ソフトの範囲を限定してしまっていて、他に便利なソフトが出ても閉鎖的になり、新たなソフトを使用しようとしない傾向があります。まさに武士の魂である刀のように、こだわりが強いのです。

 

しかし、業務の内容によっては、メインで使用している会計ソフト以外のソフトの機能を駆使した方が効率が上がる場合があります。事務所が統合することにより、これまで使ったことのない会計ソフトに触れることで、臨機応変に使い分けることができるようになります。

 

また、業務の内容に応じて、それぞれの会計ソフトの利点を活かせるように、それぞれの事務所の使い方等を共有して融合できれば、業務の効率化をはかることができます。

 

当社のM&Aの事例でも、昔から使用していた会計ソフトしか使わないという文化に、クラウド型の会計ソフトなどの最新型のソフトを使う文化が融合した際、最初はなかなか浸透しませんでしたが、時間をかけてコミュニケーションをとり、それぞれの良さをわかり合うことができ、業務効率が格段に上昇した事例があります。

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

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~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第9回:会社を譲渡した後、取引先との関係はどうなりますか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:会社の譲渡後も、社長は会社に残れますか?

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Q.会社を譲渡した後、取引先との関係はどうなりますか?

 

近畿地方で食品卸売を営んでいます。戦前に父が開業した会社を引き継ぎはや40年。「いつか誰かに譲らないといけない」と思いながら事業を続け、この年齢になってしまいました。会社をM&Aで譲渡することに異存はありませんが、一つ懸念するのが、譲渡後の取引先との関係です。

 

数十年前に取引先が倒産して大変な危機に陥りまして、Bという会社だけが掛けの取引に応じてくれました。B社への恩義を忘れず、「人で取引をする」という理念をかかげ、信用を重視して会社を大きくすることができました。

 

ただ、私がM&Aで会社を譲渡したら、「買い手企業に仕入先を変えられてしまわないか」という不安を感じています。私は恩義のあるB社をはじめ既存取引先との取引を継続してほしいのですが、その点はどうなるのでしょうか?

 

 (食品商社 Hさん)

 

 

 

A.取引先も会社の重要な資産。取引継続だけでなく、相乗効果を目指すのが買い手企業です。

 

取引先との信頼関係や従業員と会社の関係など、企業の価値は財務諸表だけで測りづらい面があります。社長が「会社の顔」である場合も多く、M&Aで別の会社の傘下に入ると、その繋がりが断絶してしまうのではないかと心配される方は多くいらっしゃいます。

 

ただ、これまでの経験からいえば、買い手企業もそのあたりは理解していることが多いと思います。取引先や従業員に不安を感じさせないよう、買い手企業もあまり急激な事業環境の変化を起こさないようにすることが一般的です。取引先が離れると、せっかく買収した企業の価値が下がってしまい、買い手企業にとってはデメリットが大きいからです。

 

買い手企業にとっては、「買収した企業の価値をより高めるためにどうするか」「相乗効果をどう生み出すのか」が最も大事です。例えば、ある包装資材関連の企業は、買収した大手企業が自社の販売ネットワークを活用して取引メーカー(仕入先)の商品販路を拡大しました。譲渡したオーナーは、取引先だったメーカーの社長から感謝されたそうです。

 

買い手企業にとっても、重要な取引先がM&A後も確実に取引を継続してくれるのかどうか重要です。例えば、譲渡企業の有力な販路だった企業から、取引を停止されて困るのは、買い手企業です。継続取引の可否が企業価値に大きく影響を与える取引先がある場合には、事前に買い手から、取引が継続されることを先方に確認するよう求められることもあるほどです。

 

もちろん、買い手企業が従来の取引先とずっと取引を続けるかを確約することはできません。社会情勢、経済環境や、買い手企業の財務状況や戦略の変化があるかもしれないからです。どうしても気になる場合は事前に買い手企業と相談しておいてもよいかもしれません。不安なことがある場合は、是非、M&Aの実績とノウハウを蓄積しているM&Aアドバイザーにご相談されてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第9回:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.なぜ事業計画を分析するの?

①M&A後の展望を考える土台

② 企業価値評価の前提

2.まずは前提条件を確認しよう

3.過去の達成度を見よう

4.事業計画の根拠を検証しよう

①前提条件には根拠が必要

②事例で見る根拠分析

 

 

前回は財務デューデリジェンスの中でも損益計算書の分析を見ていきました。今回は企業価値評価(バリュエーション)にも影響を与える事業計画について、財務デューデリジェンスでどのように分析していくのかを見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:デューデリジェンスとは何か?デューデリジェンスはなぜ必要なの? デューデリジェンスの種類とは?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】 ~運転資本の分析、固定資産・設備投資の分析~

 

 

1.なぜ事業計画を分析するの?


事業計画分析はM&Aにおいて非常に重要なプロセスとなります。これは、大きく「M&A後の展望を考える土台となる」ことと、「企業価値評価の前提となる」ことによります。

 

①M&A後の展望を考える土台

第1回で、会社や事業を買うことは、会社が目指す理想を達成するための1つの手段であることに触れました。まず目指す理想があって、その手段としてM&Aがあるのです。そのため、会社を買収する際には将来どのような効果を自社にもたらしてくれるかが重要であり、将来の方向性を検討する一番の資料が事業計画になります。

 

もし事業計画が買収後に実現できない場合、企業は事業の見直しや人事改革等を行うことになってしまいます。将来における影響が大きい以上、着実な事業計画であるかどうかの分析は欠かせません。

 

②企業価値評価の前提

もう1つ重要な点として、事業計画は企業価値評価(バリュエーション)の前提となることが挙げられます。次回より企業価値評価をご説明しますが、その前提となるのが事業計画です。

 

企業価値評価はM&Aの買収価格の参考情報とするために行われますので、事業計画が買収価格に結びついていくことになります。

 

事業計画が実現できない場合、買収価格が「当初想定より高すぎた」ことになってしまいます。M&Aを実行する会社の投資家に対する説明責任もありますし、買収時ののれんを減損するリスクにつながりますので、買収価格設定の根拠となる将来事業計画を分析することとなります。

 

2. まずは前提条件を確認しよう


事業計画は将来の計画ですが、誰も分からない将来のことを分析するのは一苦労です。財務デューデリジェンスの実施者の多くは財務面・会計面の専門家ですが、M&A対象会社の事業に関する専門家ではありません。

 

そのため、事業計画作成する際の前提については、買い手若しくは調査依頼者との合意に基づくものとなることがほとんどです。

 

例えばIT業界に属する会社のM&Aにおいて、将来計画で今期より売上が増加する計画になっているとします。業界関係者の中では、市場規模も年々増加しており、その会社の特殊な特許が今後有用になるため売上が増加する見込が高いというのが判断できますが、財務デューデリジェンスの担当者はIT業界についてそこまで詳しくないため、そのような判断はできません。

 

この場合、売上高が増加するという前提は、合意に基づくものとなります。餅は餅屋というように、ビジネス上の考え方についてはM&Aの当事者の方がより専門家となりますので、当事者の検討結果を踏まえつつ、実効性の高い事業計画としていくこととなります。

 

別途ビジネスデューデリジェンスを行っている場合には、ビジネスDDチームと協力し、ビジネスDDの結果を事業計画にうまく反映させることも重要ですね。

 

このように事業計画作成の前提となる事項について、最初に確認していきます。

 

 

3. 過去の達成度を見よう


事業計画を分析する上で留意すべき点の1つに、過去の達成度があります。事業計画の土台はこれから買収しようとしている相手会社が作成しています。もし相手会社が3年に1回等継続的に事業計画や中期経営計画を作成している場合、その達成度を確認します。

 

 

例えば、以下2社の達成度を考えてみましょう。

A社

 

 

A社は明らかに実現可能性が低い計画を立てていることが分かりますね。計画時に想定していた大型案件が頓挫してしまった、もともと楽観的な計画の立て方だった等、理由は様々考えられます。その理由を確認し、しょうがないと思えるような内容であれば問題ありませんが、そうでない場合は将来計画においても達成可能性が低いと考えた上で今後の検討を進めるべきです。

 

B社

 

 

一方、B社は堅実な事業計画を立てていることが分かります。概ね想定通りの事業計画となっており、安定的な推移を見せていることから、この会社が作成する事業計画は信頼がおけそうですね。

 

この場合、むしろ注意すべきはこれまでの財務諸表に不正がないかどうかです。実態はA社と変わらないにもかかわらず、計画達成への過度なプレッシャーから不正会計を行って上記実績値となっているとしたら、A社よりよほどたちが悪い状況です。そのため貸借対照表や損益計算書における財務デューデリジェンスにおける発見事項が重要となってきます。

 

財務DDで何も発見されず、ありのままの状態で計画通りに進んでいる際は、今後の事業計画も非常に堅実なものであると想定されますね。

 

(もちろん、会計不正は証拠の改ざんを伴いますので、強制調査権限をもたないDDで見つけるのが難しいケースも多いですが、、その点のリスクは抱え込んだ上で、第2回でご説明した最終契約時の表明保証や契約書で可能な限りカバーすることとなります。)

 

 

 

≪Column:社内評価と事業計画≫


事業計画に応じて社内の業績評価が決まる場合は、事業計画は達成しやすいよう低めの数値に設定される傾向があります。逆に評価基準としては利用されておらず、目標値である場合は高めに設定される傾向があります。

 


 

 

 

4. 事業計画の根拠を検証しよう


①前提条件には根拠が必要

事業計画は全て合意した前提条件とその根拠で決まると言っても過言ではありません。現在の財務諸表を発射台に、根拠に基づく様々な前提条件を加味して事業計画は作成されています。

 

「今日は雨が降りそう」と何気なく思うことも、実は将来予想ですね。「雲がどんよりしてて空が暗いから」といった根拠があるから、「今日は雨が降りそう」と感じています。

 

同様に、「売上が伸びそう」と感じる根拠は「市場規模が伸びてきているから」「会社が独自の特許を持っているから」等、様々な根拠の基に「売上が伸びる」という前提条件が置かれます。

 

事業計画における主な前提条件は、上記のような市場成長率やマーケットシェアに基づく数値設定、得意先の獲得や喪失に伴う売上高増減、販売価格や原材料価格の変動、法規制の変更等が挙げられます。

 

事業計画の前提は多岐に渡りますので、計画に重要な影響を与える項目に焦点をあてて検討していくこととなります。置かれている前提が何かを確認し、その根拠に問題がないかを過去実績を踏まえながら見ていきます。

 

②事例で見る根拠分析

簡単な事例で事業計画を分析してみましょう。売上高について以下の事業計画になっていたとします。計画上の前提として、「売上高成長率を10%として算定」されています。

 

 

<事業計画>

 

この時、売上高成長率を10%と置いて良いかが最も重要な点です。ぱっと見の印象として、成長率10%は非常に高い水準に感じますね。(新興国であれば10%の成長率は軽く超えていきますが、今回は日本でのビジネスとしましょう。)

 

 

売上高成長率10%の根拠は以下の通り説明を受けました。

 

●過去5年間の市場成長率は+7%

●会社は重要な特許を持っており、製品の認知度が高まるにつれてマーケットシェアも増大する見込

●市場成長率7%にマーケットシェア増加分を加味して、10%と仮定

 

 

では、10%に問題ないと言えるでしょうか。これでは情報が不足していますね。そこで追加調査をした結果、以下事項が追加で分かりました。

 

●会社は2つの異なる製品AとBを有しており、売上高は半々

●製品Aの市場成長率は+8%であるが、製品Bの市場成長率は+1%

●過去の実績に照らし合わせると、上記製品別の市場成長率は妥当

●重要な特許は5年前から保有しているものの、この5年間でマーケットシェア実績値に大きな変動はない

 

 

ちょっとお粗末すぎると思われるかもしれませんが、この事例のようにカテゴリーの分け方で市場成長率は大きく変わります。カテゴリーを大きく取るか小さく取るかの影響は大きく、この事例においてもカテゴリーを広く取った場合が+7%、狭く取った場合は+8%と+1%です。なお例として、広いカテゴリーは電化製品、狭いカテゴリーはパソコン部品とクーラー等です。

 

今回であれば売上高が半々の状況で+7%の大カテゴリーを使用するのは不適切で、狭いカテゴリーの市場成長率を使用した方が正確と言えますね。

 

また、マーケットシェアが増加する点も過去実績を鑑みれば根拠としては薄いと言えます。もちろん今後マーケットシェアが増大する可能性も十分ありますし、そうなれば良いとは感じますが、現時点での買収価格を決定する情報としての根拠としては厳しいと言わざるを得ません。

 

 

その結果、現実的には以下の計画となるでしょう。

 

<事業計画(修正後)>

 

 

当初計画値より現実的な路線となっているのが分かります。このように、前提条件に基づく事業計画は、前提条件に対する根拠の精度が非常に重要になってきます。

未来は誰にも分りませんが、精度を高くしていくことが現時点で出来る最善の見積りに繋がっていき、ひいては最善の価格設定に繋がっていきます。

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスにおける事業計画分析のイメージが、少しでも具体的になっていただけましたでしょうか。次回より、企業価値評価についてご説明させていただきます。

 

 

 

 

 

 

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第5回:従業員への説明

~従業員への説明はどのようにすればいいですか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

 

▷関連記事:自社の売却を検討していますが、家族や従業員には伝えづらいです。どのように伝えればよいのでしょうか?

▷関連記事:M&Aのメリット・デメリット ~顧問先は?従業員は?~

 

 

Q、従業員への説明はどのようにすればいいですか

⑴所長税理士からの説明

 

従業員に相談しながらM&Aを検討しているケースであれば問題はありませんが、ほとんどのケースは、所長税理士が1 人で検討し、動いていますので、従業員にとっては寝耳に水の話です。

 

従業員が少人数の場合には、所長税理士のグリップが強く、また、顧問先も所長税理士を中心に関係が築かれているケースが多いので説明しやすいのですが、従業員の人数が10人を超えてくると、顧問先との関係が担当者中心で回っている場合が多く、担当者が退職するようなことがあれば、顧問先も不安を覚えて離れていくケースがあります。

 

そのため、従業員への説明について、全社員に一斉に話す場合もあれば、規模が大きい事務所の場合にはキーマンを中心に話をしてから全社員へ伝えるケースがあります。

 

M&Aに至った経緯、相手先の情報とその選定理由、スケジュール等を説明し、一番大切な所長税理士の想いを届ける機会となります。また、所長税理士の関与方法や事務所の存続などの内容を踏まえ、今後変わること、変わらないことを伝えて安心させることが重要です。

 

なお、説明するにあたり最も大切なのが、所長税理士がM&Aの契約内容やスケジュールに納得しているかということです。契約内容はもちろんですが、スケジュールの進め方にしても、早く進みすぎているのではないかなど、所長税理士が納得していない部分があると、従業員に説明をする前にM&Aに躊躇してしまうこともあります。

 

所長税理士自身が納得するまで、承継先とコミュニケーションをとり、認識を共有することが必要です。

 

契約上で合意をしたとしても、現場の細かい点まで、契約の中ですべて合意することは困難ですし、想定外のことも起きるので、契約からクロージングの日を迎えるまでの間、関係者が顔合わせをし、双方を理解しようとする機会を設けて、信頼関係を築くことが大切です。

 

実際には、実践してみないとわからないことも多く、そのタイミングで修正・共有をするコミュニケーションをとるため信頼関係が何より重要です。

 

 

⑵承継先からの従業員向け説明

 

承継先からあいさつと経営統合に関する説明をします。従業員は、どのような事務所と一緒になるのか、何が変わって、何が変わらないのかといったことが不安となりますので、その点を中心に説明をします。

 

なお、一度に経営統合に向けての情報を提供すると、混乱してしまうので、何度かに分けて、説明の場を設けていくケースも多いです。

 

説明会では、事務所の概要と最も心配している雇用条件について変更点を中心に説明を実施します。また、顧問先との契約についても、担当者から顧問先へ説明してもらう必要があるので、理解を深めてもらう必要があります。

 

 

①事務所の概要説明
・従業員数や支店について
・どのような業務を中心にしているか
・利用している会計ソフト

 

 

②雇用条件についての説明事項
・就業時間(始業時間、休憩時間、終業時間)
・給与締日、給与支払日
・残業代計算の仕方
・賞与支給について対象期間と支給日
・有給休暇付与と夏季休暇や試験休暇、慶弔休暇など
(夏季休暇や試験休暇などを有給消化としているか、特別休暇としているか。)
・通勤交通費の対象期間、支給日
・立替交通費の対象期間、精算方法、精算日
・退職金制度の有無
(特定退職金共済制度に加入している場合には、事業譲渡にあたって、一度精算することになるので注意が必要です。)
・社会保険組合の加入団体
・健康診断
・財形貯蓄、確定拠出年金等の福利厚生制度
・勤怠管理の方法

 

なお、給与の締め日が異なる場合には、統合前において一度精算する必要があります。賞与についても、賞与の対象計算期間が異なる場合には、統合前後での負担額を明確にしておくことが後々のためにも必要です。

 

例えば、賞与対象期間が、従前は4 月~ 9 月分を10月に支給、10月~ 3 月分を4 月に支給、統合後は1 月~ 6 月を7 月に支給、7 月~12月を1 月に支給の場合で、7 月に経営統合する場合に、4 月~ 6 月分の賞与負担は、従前の所長税理士が負担するのが一般的です。

 

 

③人事制度等の説明
人事制度、評価制度や研修制度、インセンティブ制度等についても共有をはかると、従業員はさらに安心して統合を迎えることができます。

 

 

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[氏家洋輔先生が解説する!M&Aの基本ポイント]

第8回:赤字企業で事業承継・M&Aは可能なのでしょうか。

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:赤字企業でも買い手は見つかる? ~中小零細企業のM&A事業承継~

▷関連記事:借金過多の状態とM&A ~破綻前の事業売却のリスクとは?再建型M&Aの前提とは?~

▷関連記事:事業が健全かそうでないかの判別 ~経営分析とは?非数値情報分析とは?健全性のチェック方法は?~

 

 

 

結論から申し上げると赤字企業でも事業承継・M&Aは可能です。

ただし、赤字企業の事業承継やM&Aは黒字企業と比べて割合が少ないことは事実です。

 

要因としては、まず、オーナーが自分の会社に価値がないと思っている場合があげられます。自社が赤字の場合に、こんな会社を誰がほしいのかと感じるオーナーも少なくないですが、価値は買手が判断するもので、シナジー効果を発揮して実はとても価値を感じている買手や、赤字を立て直す力を持っている買手や、事業の一部を切り出したら欲しいと感じる買手等様々です。そのため、赤字だからと言って売れないと判断するのは少し早いかもしれません。

 

次に、仲介企業の問題があげられます。これは、赤字の会社と黒字の会社を比較すると黒字の会社の方が企業価値が高くなることが一般的で、譲渡価格が高い方が仲介企業の報酬も高くなりますが、赤字の会社で企業価値が低いと仲介企業が取り合ってもらいにくいとうことも事実です。

 

さらに、買手企業側の問題もあります。赤字会社というだけで敬遠する買手企業も少なくありません。これは、事業会社のM&Aの目的とも関係しますが、例えば目的がM&Aによる売上や利益の増加である場合には利益が出ている企業が好まれる傾向があります。

 

また、赤字・債務超過・倒産・事業再生というテーマについて正確に理解できていないことからの苦手意識という部分もあろうかと思います。

 

一方で買手企業に能力がある場合は、赤字企業を安く購入し、事業を立て直すことで投資のリターンを大きくすることができますが、このような戦略をとる企業が多くないことも事実です。

 

上記のように赤字企業でのM&Aが進まない理由はあるのですが、赤字であるからと言って会社の価値がないとは限りません。会社の価値は複合的に決まるため、専門家に相談してみるのもよいでしょう。

 

経営が厳しい場合は、借入の大幅なカットなどの金融機関の支援を受けて事業承継・M&Aを実行するという選択肢や、自力再生、経営改善して企業価値を高めてから事業承継・M&Aを実行するという選択肢もあるため、専門家に相談する等して検討してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第8回:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?~

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.損益計算書分析はなぜ必要か

2.正常収益力とは何?

① 正常収益力

②EBITDA

3.事例で確認してみよう

①事例の概要

②事例における収益力分析

4.その他の損益計算書分析

 

 

財務諸表といえば「貸借対照表」と「損益計算書」が中心ですが、第8回目となる今回は財務デューデリジェンスの中でも「損益計算書」に照準を絞って見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~貸借対照表分析とは?(現預金、売上債権、棚卸資産の具体例)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】~正常収益力の分析、事業別・店舗別・製品別・得意先別等損益の分析、製造原価の分析~

 

 

1. 損益計算書分析はなぜ必要か


損益計算書分析で最も重要なことは、会社の「収益力」がどれほどかを確認することです。読者の皆様が概要だけ知っている会社をM&Aで購入する立場になったとき、買い手として気になるのは会社がどれほどの収益・利益を稼得することができるのかではないでしょうか。

 

将来の収益力を示す「事業計画」も大事ですが、過去の成績に基づかない事業計画は絵に描いた餅となってしまいます。事業計画は当年度の財務諸表を発射台として作成されますので、発射台の正確さを確認することは将来計画の検証にもつながりますね。そのため過去の成績を示す「損益計算書」を分析し、正常な状況における収益力を把握していくこととなります。

 

 

2. 正常収益力とは何?


①正常収益力

正常収益力は、会社が正常な営業活動を行った際に稼得する経常的な収益力です。

例えば、希望退職に伴う特別退職金の支払がある期があったとします。特別退職金の支払はその期だけの一時的な支払で、その期だけ利益が大きく落ち込んでいる原因となります。(特別退職金は人件費として販管費に含まれていたものとします。)

 

 

 

極端なケースですが、×2期だけ営業利益が大きく赤字となっています。この状態は正常とは言えないですね。状況に応じて特別退職金を除く、退職給付引当金繰入として各期に配分する等様々な考え方がありますが、会社にとって正常な状態とはどのような状態か?を考え、計算していくこととなります。

会社の非経常的な損益を除外して、正常な収益力を計算します。

 

②EBITDA

収益力把握の際によく使われる指標として「EBITDA」があります。EBITDAはEarnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの頭文字を取った語で、直訳すると「金利支払前、税金支払前、減価償却費控除前の利益」です。すなわち当期純利益から税金・支払利息・減価償却費を加算した指標で、利益から税金や利息、減価償却の影響を排除した指標と言えますね。借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図ろうとしています

 

このEBITDAは、簡便的に「営業利益+減価償却費」で表現されることが多いです。営業利益であれば支払利息や税金を除いた状態ですので、営業利益に減価償却費を加算することで簡便的にEBITDAを表現しています。

 

 

ポイントは、減価償却費が「非現金支出費用」だという点です。減価償却費は費用計上時にキャッシュアウト(現金の流出)が生じない費用です。固定資産の減価償却であれば、最初に固定資産を購入する際に現金流出が生じていて、その後の償却はあくまで計算の結果発生している費用ですね。

営業利益に非金支出費用である減価償却費を足し戻すことから、簡便的な営業キャッシュフローとも言える、純粋な収益力を図る指標です。

 

 

ここで例として、2つの異なる会社の収益力を考えてみましょう。

 

 

 

両社とも売上高・営業利益が同じ会社ですが、当期純利益はB社の方がやや高い会社です。当期純利益で比較するとそこまで差はないものの、ややB社の方の収益力が高そうです。この考え方も決して間違ってはいないのですが、EBITDAで比較すると全く異なる発想が出てくることとなります。

 

 

 

 

EBITDAで見ると、A社の方が圧倒的に高い収益力を誇っています。この差はひとえに減価償却費の差です。例えば、A社は固定資産を購入したばかりで、定率法を選択しているため初年度の減価償却費負担が重い状態かもしれません。B社は10年前に固定資産を購入しており、ほぼ償却費がない状態とも考えられます。

 

利益での比較は上記のように会社の状況によって差が生じる原因となりますので、設備投資に影響されないEBITDAが活躍することとなります。

 

非現金支出費用である減価償却費を除いているので、A社とB社で比較するとA社の方が1年間に多くのキャッシュを手に入れています。固定資産投資をするために借入を積極的に行っているために支払利息が多くなっていると想定もできますね。

 

EBITDAを用いるとキャッシュベースの収益力を比較することが出来るため、利益や売上高と並んでEBITDAもよく使用される指標となっています。

 

3. 事例で確認してみよう


①事例の概要

最初の会社の事例を用いて、正常収益力を3期分算出してみます。その際、正常収益力に影響を与える項目が3つ発見されているとします。

 

 

 

 

 

最初に記載した点ですね。臨時的な支出であり、事業構造改革費用の性質であることが判明しました。先程の通り考え方は様々ですが、ここでは簡便的に特別損失と考え除外する方針とします。

 

 

 

 

続いて、経常的に発生する性質ではない売上が×1年にありました。継続した取引先ではなく、この期だけ発生した臨時の売上だったようです。このような項目は毎期経常的に発生する正常収益とは言えませんので除外します。

 

 

 

 

事業に関係ない販管費を含めてしまうと正常収益力を歪めますので、こちらも除外します。その他の例としては、役員が明らかに事業上必要でない高級車を社用車として使用している場合に社用車分の減価償却費を調整する等があります。

 

 

②事例における収益力分析

上記3項目を反映すると以下の通りです。各期の減価償却費は6,000→5,000→4,000とします。

 

 

利益のみを見ると×2期が赤字でしたが、会社の正常収益力を示す指標の1つであるEBITDAは毎期安定水準を保っていることが確認できます。

買い手である読者の皆様はこれを見ると安心できますね。長期的な視点に立って会社を買収する際には、結局本業でどれだけ稼いでいるかが一番の関心事となりますので、正常収益力を確認していくことになります。

 

逆に利益が安定的に出ていても正常収益力にばらつきがある場合もありますので、M&Aの意思決定に際して1つの重要な視点を提供することになります。

 

4. その他の損益計算書分析


正常収益力以外にも、各費目を事業部別、地域や拠点別、製品別、顧客別に分解して分析することが出来ますし、原価を変動費と固定費に分解して分析することもできます。

 

また、これまでの予算と実績を比較してその精度を確かめることで、将来の事業計画の精度を確認します。予算と実績が大きく乖離している場合は、原因を確認して将来の事業計画に与える影響を考えることとなります。

 

 

 

[Point]

損益計算書分析では、主に正常収益力(会社が正常な営業活動を行った際に稼得する経常的な収益力)がどれほどなのかを確認します。EBITDAを用いるとキャッシュベースの収益力を比較することが出来るため、売上高や営業利益と並んでよく使われます。

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけたでしょうか。次回は損益計算書分析から派生して、事業計画分析について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

[事業承継・M&A専門家によるコラム]

思ったより厳しかった事業再構築補助金 しかしやってみてよかった・・・

~ぜひ皆さまも一度は事業再構築にチャレンジもしくは考えてみてはいかがでしょうか?~

 

〈解説〉

ビジネス・ブレイン税理士事務所(畑中孝介/税理士)

 


 

今年、1兆円を超える予算規模、5万社の採択予定という超大型の事業再構築補助金が出ました。5万社の採択予定ですので初回の採択率はかなり高いのだろうと思いましたが、ふたを開けてみると緊急事態宣言特別枠(大幅に業績悪化した会社用)は5181社中2866社が採択 採択率55.3%、通常枠に至っては17050社中5150社 採択率30.2%とほかの補助金に比べても採択率が低い結果となりました。

 

しかし、採択結果の分析を中小企業庁 村上経営支援部長自らYOUTUBE動画として「第1回公募終了 ~その傾向と参考事例~」を公開し、全体的な傾向や事業計画を作る上での注意点、そして、これから申請される方へのアドバイスも含め配信していただいています。さらに、採択結果について個別にフィードバックをもらえるという、過去にないサービスも実施されています。

 

▷参考URL:https://jigyou-saikouchiku.go.jp/

 

 

そこでは、新規性に関する記述が不足、既存事業の延長ではない事業としての記載をもっとすべき。思い切った挑戦とは言えない。競合分析が不十分。新規性を追うがあまり、既存事業のリソースが生かし切れていないがもっと生かせるのでは。アフターコロナのための取り組みに関する説明不足。など真摯なコメントがあふれていました。

 

今回補助金の申請まで間に合わなかったお客様、申請要件をぎりぎり満たせなかったお客様、採択されなかったお客様などからも「結果的にはダメだったが、この新規事業について考えた結果、自分のビジネスを見つめ直し、新しい取り組みのアイディアが浮かんだのでやってみてよかった。」との声を頂戴しました。

 

 

ぜひ皆さまも、一度は事業再構築にチャレンジもしくは考えてみてはいかがでしょうか?

 

 


 

「ビジネスブレイン月間メルマガ(2021/07/26号)」より一部修正のうえ掲載

[会計事務所の事業承継・M&Aの実務]

第4回:M&A後の所長税理士の関与方法

~M&A後の所長税理士の関与方法はどのようになりますか?~

 

[解説]

辻・本郷税理士法人 辻・本郷ビジネスコンサルティング株式会社

黒仁田健 土橋道章

 

 

 

▷関連記事:失敗例から学ぶM&A ~従業員の大半が退職したケース 、所長税理士と新所長の引継ぎがうまくいかなかったケース ~

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

 

Q、M&A後の所長税理士の関与方法はどのようになりますか?

A、M&A後の所長税理士(「所長税理士」は、売主側の個人事務所の所長をいいます。以下同様。)の関与度合いは、契約の中で待遇面も含めて決めることが重要です。M&A後の所長税理士の関与度合いには、大きく分けて四つのケースが考えられます。

 

①M&Aと同時に退職する
②M&A後一定期間は、所長として従来通りの業務をし、一定期間経過後退職する
③M&A後顧問などの相談役となり、一定期間経過後退職する
④期間は設けず、所長を継続する

 

①のM&Aと同時に退職するケースでは、業務の引継ぎに時間をかけることができず、瞬間的な引継ぎとなってしまいますので、引継ぎを受ける方の負担が大きくなり、また、従業員や顧問先も所長税理士が急に変わることによる不安感が大きいので、買主側としてはできるだけ避けます。

 

ただし、売主側である所長税理士は健康問題や個人的な事情があり、やむなく選択するケースがあります。この場合には、新しい所長をみつけて手配する必要があり、他のケースに比べて対応すべきことのスピードを速める必要が出てきます。

 

会計事務所の場合、高齢化や健康問題を要因とした事業承継型のM&Aをするケースが多いので、②又は③のように一定期間残って、引継ぎを進めていくケースが大半です。

 

なお、一定期間をどのくらいにするかは、その後の所長税理士のライフプランもあるので、契約段階での調整となりますが、1 年~ 5 年程度が目安となります。

 

特に③のケースのように、顧問などの相談役として関与する場合の出社頻度は、業務の引継ぎ状況に応じて決めていくケースが大半であり、毎日の場合もあれば、徐々に日数を減らす場合、当初から週何日と決める場合があります。

 

④の期間を設けず所長を継続するケースは、相当長い期間を見据えてM&Aをした場合が考えられますが、あまり多くありません。期間を設けず、そのまま継続するのであれば、個人事務所で事業をしているのと変わらないため、M&Aになるケースが少ないからです。

 

いずれにしろ従業員・顧問先に対して安心してもらうためにも、長年にわたり牽引してきた所長税理士が残ってくれることが重要です。

 

 

 

 

▷参考URL:M&A各種契約書等のひな形(書籍『会計事務所の事業承継・M&Aの実務』掲載資料データ)

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第8回:経営コンサルタントから「売りたくても売れないタイミングが来るよ」と言われました。本当ですか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:取引先に知られずに会社を譲渡することはできる?

▷関連記事:会社の譲渡を検討していますが、譲渡してしまったら、共に働いてきた役員や従業員達から見放されたと思われないか不安です。

▷関連記事:顧問先企業のオーナーから、後継者がいないので会社を誰かに譲りたいと相談されました。

 

 

Q.経営コンサルタントから「売りたくても売れないタイミングが来るよ」と言われました。本当ですか?

 

半導体関連の製造業を営んでいます。創業来25年、特殊なオーダーにも応えられる高い技術力を軸に、取引先から多くの受注をいただいてきました。利益も出しており、財務状態は健全です。私はまだ体力、気力共に充実していますので、これから10年くらいかけてさらに会社を成長させ、70歳を迎えたら会社を譲渡して引退しようと考えております。

 

ただ、知り合いのコンサルタントにその話をしたところ、「10年も待っていたら経済環境が変わって、売りたくても売れなくなってしまうし、引退もしづらくなる」と指摘されました。今のところ取引も順調ですし、10年後に譲渡してもまったく問題ないと思うのですが、そんなことがあるのでしょうか?

 

(愛知県 製造業 K・T さん)

 

 

 

A.会社の業績やご自身の年齢だけでなく、M&Aの市場動向や日本の人口構造も考慮して引退時期を決めた方が良いでしょう。

 

会社の業績も良く、ご相談者の体力・気力が充実されている中で、引退を急かされるような指摘をいただいても、なかなかピンときませんよね。気持ちはよくわかります。一方で、トップの引退を考えるに当たり、今後の経済環境をまったく考えなくてよいかと問われると、決してそんなことはありません。M&Aでは、良い買い手を見つけて会社運営や従業員の雇用を任せることが大事です。譲渡価額などを含めて良い条件でのM&Aを実現するには、自分の主観や都合だけで引退時期を考えるのではなく、好条件で譲渡できる最適なタイミングを客観的に検討する必要があると思います。

 

経営者の平均引退年齢は68歳前後が多いです。ご相談者も70歳を迎えたらとおっしゃっていますので、同じぐらいの年齢ですね。年齢別人口の分布では70~74歳、65~69歳が多くなっています。多くの経営者はこのボリュームゾーンに集中していると考えられています。

 

 

このような情報から見えてくることは次の2つです。

 

①経営者の多くが引退年齢を迎え、譲渡ニーズが増加し始めている。

②それに伴い、買収ニーズに対して譲渡ニーズが過多となり、社長が譲渡したくとも買い手企業が少ない状況に陥ることが見込まれる。

 

 

 

人口構造の変化を考えると、業種を問わず「売りたくても売れなくなる状況」が予測されますので、それを踏まえて経営の出口を考えなければならないと思います。

 

ご相談者に「売りたくても売れなくなる時がくる」とおっしゃったコンサルタントは半導体関連事業の将来性を気にされていたのかもしれません。以前に私がお手伝いしたM&Aでも、ご相談者と似たケースがありました。金型関連のファブレスメーカーで、優良な取引先を有し、売上は減少しているものの無借金で純資産は2億円、ノウハウを持った従業員達が複数在籍する会社でした。「このまま自社単独で経営していたら、今は良いが、いずれ行き詰まる。ならば企業価値が高いうちに譲渡したい」とのご要望があり、ちょうど第二の収益の柱を求めていた異業種のメーカーとのM&Aが早々に実現しました。「今ならば売れる、今しか売れない」―― その決断力が成功要因だったと社長は話されていました。

 

また、買収側の企業は、譲渡側のオーナーの年齢はもちろん、継続勤務する従業員(特にキーパーソン)の年齢も気にします。M&A後、数年でキーパーソンも定年退職する可能性がある場合、買い手企業は二の足を踏んでしまいます。ご相談者は10年後に譲渡を検討すると仰っていますが、その時の社内のキーパーソンは何歳になっているでしょうか。

 

M&Aニーズの多寡は業種・エリア・事業規模により異なります。「少し前のタイミングだったら、良いお相手がいたのに…」と後悔しないために、最近のM&A市場の動向や具体的な候補先の有無、M&Aの条件などについて、ぜひ専門のM&Aアドバイザーにご相談されてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第7回:M&Aにおける売却価格は

~企業価値や売却価格の算定のポイントは? 会社を高く売却するためには?~

 

[解説]

上原久和(公認会計士)

 

 

 

 


[質問(Q)]

M&Aで会社売却を意思決定するにあたり、企業価値や売却価格の算定ポイントが知りたいです。また、実際に会社を高く売却するためにはどのようにすればよいのでしょうか。

 

 

[回答(A)]

M&Aの企業価値並びに売買価格は譲渡側と譲受側の交渉によって決定されます。ただし、交渉にあたっての売却価格には一般的にはいくつかの算定方式があり、その間の範囲で決まることが一般的です。特に中小企業で用いられものとして以下の算定方法があります。

 

① 資産・負債を基礎に算定(時価純資産法、年買法)
② 収益を基礎に算定(収益還元法)
③ キャッシュフローを基礎に算定(DCF法)
等が一般的です。

 

実際に高い価格で売却するためには、これらの算定で株価が高くなるように財務内容を改善し、かつ収益性の向上に努める必要があります。

 

 

1.資産・負債を基礎に算定(時価純資産法、年買法)


対象会社の資産・負債を時価で評価し直した後の純資産額を株主価値として評価する方法です(時価純資産法)。このためバブル期などに取得した土地やゴルフ会員権などは簿価上の金額より低下するケースが多いことに留意する必要があります。また、売掛金や在庫の金額も同様に時価にすると、回収見込みのない売掛金や販売見込みのない在庫などが評価減されることにより評価額が低下する可能性があります。

 

なお、中小企業のM&A時の評価としては、単純に時価純資産額をベースとすることもあれば、これに「のれん」として営業利益又は経常利益の数年分を加算して評価額とする算定方法も使われています(年買法)。この時に用いられる営業利益や経常利益については、過大な役員報酬や役員保険などを調整した正常収益力に調整して利益を加算することに留意が必要です。他の算定方法と比較すると算定が容易で、わかりやすいという特徴があります。

 

 

 

2.収益を基礎に算定(収益還元法)


将来の獲得が見込まれる収益(税引後利益)を資本還元率で割り戻して株価を算定する方法で、DCF法の簡易版的な計算方法です。ここで用いられる資本還元率は、一般には資本コストと呼ばれるもので、個々の会社の事業の個別リスク(危険率)などを加味して算定されます。

 

留意点とすれば、将来見込まれる収益算定がDCF法より精度が落ちるという点と、見積もり的な要素が強く恣意性が入りやすいという弱点があります。

 

 

3.キャッシュフローを基礎に算定(DCF法)


キャッシュフローを基礎に株価を算定する代表として、DCF(Discounted Cash Flow)法があります。DCF法とは、対象会社が将来獲得すると予想されるフリーキャッシュフロー(FCF)を株主資本コストと負債コストの加重平均である加重平均コスト(WACC)で現在価値に割り引いて「事業価値」を算定する方法です。

 

なお、「事業価値」から「株主価値(株価)」を算定するためには、事業価値に非事業資産を加算し、負債を控除しなければなりません。このDCF法についても将来利益(将来事業計画)をベースに将来キャッシュフローを算定するため、見積もり的な要素が強いという弱点があります。

 

なお、フリーキャッシュフローと収益の大きな相違点としては、減価償却費がキャッシュフローには含まれていますが収益には含まれていません。また、年度の設備投資などがフリーキャッシュフローでは控除されている点が相違しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第7回:会社の譲渡後も、社長は会社に残れますか?

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:取引先に知られずに会社を譲渡することはできる?

▷関連記事:会社の譲渡を検討していますが、譲渡してしまったら、共に働いてきた役員や従業員達から見放されたと思われないか不安です。

▷関連記事:顧問先企業のオーナーから、後継者がいないので会社を誰かに譲りたいと相談されました。

 

 

Q.会社の譲渡後も、社長は会社に残れますか?

 

48歳の経営者です。25年前に創業し、現在では同業のなかでは中堅クラスの規模になりました。ただ自分の年齢や能力、資本力を考慮すれば、これ以上の事業拡大は難しいと思っております。このため、大会社の資本傘下での成長を考え始めました。

 

心配なのが譲渡後の自分の処遇です。体調に問題なく、これまでの業務経験や人脈もありますので、譲渡した後も会社に貢献した方が、会社にプラスではないかと考えております。ただ、周囲の一部の方からは、引退したら会社には関わらないものだ、と言われました。経営者は譲渡後、会社には残れないのでしょうか。

 

 

 

A.会社に残るか否かは前オーナー経営者の意思が尊重されるのが一般的です。

 

前オーナー経営者は、一般的には他社に会社を譲渡した後でも一定期間は引継ぎ期間として会社に残ります。前オーナー経営者がM&A後にすぐに引退してしまうと会社が円滑に運営できなくなるリスクがあるためです。譲渡された企業の関係者が不安になれば企業間の融和をスムーズにできなくなります。「自分達の処遇や新しい会社の方針はどうなのか」「これまで通り仕事ができなくなるのではないか」。譲渡側の従業員や取引先企業はM&Aの後に不安を感じることがあります。その状況を放置すると従業員が相次いで退職したり、取引先から重要な契約が打ち切られたりするリスクがあります。前の経営者が一定期間在籍することで、従業員も安心して仕事を続けやすくなります。

 

引継ぎ期間が終了した後に前のオーナー経営者が会社に残るか残らないかは、前オーナー経営者自身の意思が最大限尊重されるのが一般的です。自身が高齢で後継者もいないため、引退して第二の人生を歩みたいというオーナー経営者は、引継ぎ期間終了時の引退を望むケースが多いです。

 

一方で、比較的年齢が若く、元気に働ける前オーナー経営者は、肩書や報酬等は別途相談にはなりますが、長期間会社で働くことも可能です。例えば、50歳手前の経営者から、独力での経営に限界を感じ、「M&Aで大企業の傘下に入りたいが60歳までは会社で働きたい」という相談を受けたことがあります。その際は、要望に応じた条件で引き受けてくれる相手を探して実現しました。

 

M&A後にどのような形で会社に関与したいかを私たちに相談していただければ、経営者のご意思を最大限尊重する形でお相手を探しますので、ぜひご連絡いただければと思います。

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第7回:財務デューデリジェンス ~貸借対照表分析とは?~

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.貸借対照表分析とは

①財務デューデリジェンス

②貸借対照表分析

2.具体例:現預金

①気になる点はどこ?

②実施手続

3.具体例:売上債権

① 売上債権の気になる点は?

②実施手続

4.具体例:棚卸資産

①棚卸資産の気になる点は?

②実施手続

 

 

第6回目ではM&Aの場面でどのようなデューデリジェンスが行われるのかを見ていきました。第7回目となる今回は「財務デューデリジェンス」に焦点をあてます。財務諸表といえば「貸借対照表」と「損益計算書」が中心ですが、今回はその中でも「貸借対照表」に照準を絞って見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】~正常収益力の分析、事業別・店舗別・製品別・得意先別等損益の分析、製造原価の分析~

 

 

1. 貸借対照表分析とは


① 財務デューデリジェンス

財務といえば「貸借対照表」と「損益計算書」の2つを思い浮かべる方が多いですね。会社の財産を示す貸借対照表と、会社のもうけを示す損益計算書は非常に重要な財務に関する書類です。

 

読者の皆様が概要だけ知っている会社をM&Aで購入するとします。財務面で最も気になるのは相手会社の「貸借対照表」「損益計算書」に問題があるかどうかではないでしょうか。財務デューデリジェンスは、主に「貸借対照表」と「損益計算書」を分析し、問題がないかを確認していくこととなります。

 

② 貸借対照表分析

貸借対照表分析に当たっては、バリュエーションを見据えた「ネットデット分析」と企業の財務諸表に問題がないかを確認する「純資産分析」が行われることが多いです。

 

バリュエーションで株主価値を算出する際、事業価値から控除するネットデットの内容を確認することがネットデット分析です。

 

一方、純資産分析は企業の実態純資産がどの程度あるかを把握する分析です。

 

ネットデット分析はやや専門的で、入門には難しい内容となりますので、本稿では直感的に分かりやすい純資産分析を取り上げます。

 

「貸借対照表」の中でも、皆様に馴染みのある「現金預金」「売上債権」「棚卸資産」といった資産科目に焦点をあてて、具体例を交えつつご説明します。

 

財務デューデリジェンスは多くの専門的要素が絡む複雑な調査ですが、本記事ではどのようなことをやっているのかイメージがつきやすいよう噛み砕いてご説明しますので、少しでも財務デューデリジェンスについて具体的なイメージになっていただけると幸いです。

 

2. 具体例:現預金


①気になる点はどこ?

帳簿上の現金預金期末残高が10,000千円あるとします。読者の皆様が買い手の立場であるとして、どのような点が気になるでしょうか。

(貸借対照表はある一時点の資産を表すストック数値ですので、基本的には調査対象期間の末日の数値について検証します。)

 

<帳簿上の現金預金>

 

 

<気になる点>

もちろん、実際に現金預金があるか(現金預金が実在しているか)が一番気になる点ですね。

そのため、帳簿上の預金残高について、銀行の残高証明書や預金通帳で残高がきちんとあるかを確認します。

② 実施手続

通常であれば帳簿上の預金残高と銀行の残高は一致するはずです。年度末であれば正確に一致させている会社がほとんどですが、財務デューデリジェンスは年度末を基準日とすることは少なく、調査開始直近の月末を基準日とすることが多いです。月次では預金残高を合わせていない会社もあり、時たまズレが生じているのを見かけます。

例えば、以下の通り相違していました。

 

 

相違金額500千円の内容が分かれば適切な勘定科目に振り替えますが、内容が分からない際は資産を減額します。

 

帳簿上は現預金が10,000千円あるものの、実際には9,500千円しかありませんでした。この結果をDD上反映することとなります。

 

このように、科目毎に「気になる点」(現預金で言えば実際にあるかどうか)を確認し、実態の純資産がいくらかを考えていくのが、財務デューデリジェンスにおける実態純資産分析です。

 

3. 具体例:売上債権


① 売上債権の気になる点は?

売上債権は、売掛金や受取手形等営業取引から獲得した金銭債権です。では、売掛金を見てどのような点が気になるでしょうか。

 

<帳簿上の売掛金>

 

 

<気になる点①>

まず気になるのが、貸倒引当金▲1,000が適切かどうかです。貸倒引当金は、売掛金が貸し倒れるリスクを見積もって金額に落とし込む勘定科目です。そのためリスクの見積方法によって金額にばらつきが生じます。中小企業であれば法人税法に則って貸倒引当金を計算していることが多いですが、財務DDでは実際に貸し倒れる可能性のある金額を可能な限り見積って反映させますので、貸倒引当金の金額は確認が必要です。

 

例えば、官公庁向け売上であれば貸し倒れるリスクはほとんどないですし、業績が悪い企業への売上であれば貸倒リスクは高いといえます。

 

<気になる点②>

次に気になるのが、この売掛金は本当にあるのかどうか、当期に計上してよいのかどうかです。

業績を良く見せるために手っ取り早いのが「当期の売上を増やす」ことです。売上が増えれば当然売掛金も増えますから、売掛金の金額に問題ないかを確認することは不正の有無を確認する上でも非常に重要です。

 

例えば架空の売上を計上して業績を良く見せたとします。架空ですから当然入金がないため、売掛金は残り続けますね。このような売掛金に資産価値はありません。

 

3月決算の会社において、4月の売上を3月に発生したことにすれば、当期の業績は良く見えることとなります。この方法は将来入金がなされる点で架空売上とは異なりますが、実態より資産価値が高い(売掛金が多く計上されている)状態となっていますので、会社を買う側からすると実態より高く買ってしまうことに繋がります

 

このような期ズレ(正しい期間に収益が計上されていない)も投資判断を歪ませますので、注意が必要です。

 

② 実施手続

上記の気になる点を確認するために、様々な手法を使用します。

 

趨勢分析、取引内容や取引条件の把握、契約書や請求書、入金証憑の閲覧、年齢調べ、回転期間分析等がありますが、ここでは分かりやすい「回転期間分析」を例としてみましょう。

 

買収予定の会社の主要顧客として、A社(売掛金残高10,000千円)とB社(売掛金残高25,000千円)があります。どちらも契約上は月末締め翌月末払いの相手先です。残高だけを見ても何も分からないので、年間売上高を使用して回転期間を求めてみると、以下表の通りです。

 

<売上債権の回転期間分析>

 

 

回転期間とは、売掛金等の営業債権計上後、回収されるまでの期間を示す指標です。月末締め翌月末払いですから、回転期間は通常30日から多くて60日程度になるはずです。

 

A社は回転期間が36.5日と特段異常はありませんが、B社は回転期間が60日を超えていますので、何かありそうですね。60日近辺ですので、取引の関係上月初に全ての売上を計上している可能性もありますし、前述した期ズレや架空計上の可能性もあります。

 

その後B社について追加調査を行うことで、その内容を把握することができますね。

 

今回は、M&A前に売上を良く見せようと翌期の売上10,000千円を当期に回していたことが分かったとします。この結果をDDに反映させることとなります。

 

 

 

4. 具体例:棚卸資産


① 棚卸資産の気になる点は?

棚卸資産は営業目的で保有する在庫のことで、製品や仕掛品、半製品、原材料の総称です。

 

<帳簿上の棚卸資産>

 

 

<気になる点>

棚卸資産についても売上債権と同様に、その在庫が実在しているか、在庫価額は適切か、期間配分は正確かというところが主に着目するポイントです。

 

一般的な製造業のDDにおいては、まず原価計算や在庫管理がどのように行われているかを把握します。例えば材料費のみが集計されていて、製造に直接関係する人件費等は集計されていない(販売管理費として期間費用処理されている)ことは多いです。

 

外注先があるケースや預け在庫・預り在庫があるケースも多く、原価計算や在庫管理の方法は第一に把握すべきところです。

 

② 実施手続

実際に行う手続としては、売上債権と同じく趨勢分析、取引内容や取引条件の把握、契約書や請求書、入金証憑の閲覧、回転期間分析、年齢調べ等があります。

今回は「年齢調べ」を例としてみましょう。

 

会社は4種類の製品A~Dを保有しており、それぞれ在庫が入庫されてからの期間が以下の通りであるとします。

 

<在庫年齢調べ>

 

 

製品Aは1か月以内に売却されている一方、製品Bは6ヶ月保有しているものがあることが分かります。相手先との関係から常に在庫を保有し続けている場合もありますので、製品Bはそのような製品なのかもしれません。

 

最も気になるのは製品Dですね。1年超のものが3,000千円あり、明らかに滞留していることが確認出来ます。

 

そこで、製品Dについて追加調査を行うことで、その内容を把握します。

 

例えば他社の完成品における重要な補修部品であり、完成品の保証期間中一定量を保有し続けなければならない製品かもしれません。または新しいモデルが販売されたことによる型落ち品であり、今後の販売見込が立っていない不良在庫かもしれません。

 

今回は、今後の販売見込が立っていない不良在庫であることが分かりました。一切販売が見込まれないと確認が取れましたので、実態をはかる上では全て評価減とします。

 

<帳簿上の売掛金>

 

 

 

[今回のPoint]

事例のように、実態純資産分析においては各科目について気になる点を考え、様々な手法を用いて実態はどうなっているかを1つ1つ確認していくこととなります。

 

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけたでしょうか。次回は損益計算書分析について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

[M&A事業承継の専門家によるコラム]

第4回:第三者承継(M&A)の進め方とM&A専門用語の意味

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業のM&A支援・事業計画支援を専門で行っている株式会社N総合会計コンサルティングの平野栄二氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

株式会社N総合会計コンサルティング

平野栄二

 

 

 

「私(K氏)は現在75歳です。従業員5人の製造業を経営しています。業績は現在芳しくなく、売上も減少傾向です。後継者候補は現在存在していません。そこで、ここ数年、検討することを躊躇していましたが、そろそろ後継者を選んで、経営の引き継ぎをしたいと考えいてます。第三者に承継(M&A)を行う場合、 どのような手順で進めればよろしいでしょうか。」

 

 


 

平野:M&Aのフローについて、簡単にステップを説明をいたします。専門用語が多いので、それぞれの用語の意味を、まとめましたので参考にしてください。

 

 

M&Aの大きな流れ


一般的なM&Aのフローは以下のようになります。大体、個別相談から成約までは、早くて6か月、一般的には1年前後かかるケースが多いので、早めに相談をする必要があります。以下、実行フローとそのポイントを記載します。

[図表(PDF)で確認する]

 

(1)個別相談(M&Aが可能かを検討する) 

■誰に相談するか決める。(詳細は次章でお話します)

事前に相談したいことを箇条書きで記載しおく

・相談に必要な資料としては、決算書・株主構成など

・自社の状況で可能性があるのか、どのように進めていくのかを確認する

・費用はどれくらいかかるのかを確認する

 

(2)秘密保持契約の締結

・M&Aで最重要なことは「秘密保持」です。秘密保持契約を最初に締結する

 

(3)ファイナンシャル・アドバイザリー(FA)契約、または仲介契約の締結

■信頼できるアドバイザーが決まれば、アドバイザリー契約を締結し、開始する

■着手金・案件化料・企業評価料を支払う

最近は、着手金等を支払うケースが減少しているが、着手金が必要な企業ほど、責任をもって業務を行ってもらえるケースも多い。あくまでも、信頼できる業者を選定することが重要。

■ご依頼の意思決定をしてもらう

 

(4)M&Aのスキーム(方法)の検討

・必要資料の収集

・承継にあたり問題点(取引先・株主・従業員)を整理し、譲渡までの課題を抽出

・承継における譲受先へのアピールポイントを検討する

・売買条件(価格・引継ぎ方法・日程・譲渡先等)基本方針決定

 

実際、この時点では、詳細な条件は決まらないケースが多いため、その後のステップと併行しながら進めていく。

 

(5)企業概要書・ノンネームシートの作成と候補先への開示

■ノンネームシート(名前を表示せずに候補先の依頼を行うためのシート)

■企業概要書の作成 

・提携先のアドバイザー、配布して候補先の検討をしてもらう。

・事業引継ぎ支援センターに同行し、相談する。

・譲渡先の承諾を得てM&Aプラットフォームに登録する。

 

(6)バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)(株価)の算定

先ずは、決算書をもとに、資産や負債の時価評価を行い、時価純資産を算定する。

・役員報酬が同業他社の平均よりも過大や過少な場合や、臨時的な損益があれば、調整をおこなって、正常な収益力や、キャッシュフローを算定する。

・時価純資産価額法や、EBITDA倍率法やDCF法など、その企業に適した評価を行う。

 

(7)株式の社長への集約手続き (株式譲渡契約→代金決裁)

・経営に参画していない者が株主になっている場合、代表株主が、M&Aを行うまえに株式を買い取り、集約することが望ましい。譲り受け側としては、100%の株式を買い取り、経営権を保有したいと考える。他の株主がM&Aに反対された場合、M&Aの進行が滞る可能性があるので、早期に行動を起こす。

・所在不明な株主がいる場合などは、弁護士や司法書士に相談をし、対策を検討する。

 

(8)譲渡先の探索と決定 (マッチング→交渉) 

①候補先の紹介→ネームクリアの決定→候補先に情報開示(秘密保持厳守)

②各種検討の資料の提出と検討

③社長同士のトップ面談

④候補先から意向表明書の提出を受ける

候補先をまずは1社に絞る

⑤基本合意のための条件交渉

 

(9)基本合意契約の締結

■取引先・従業員等へのディスクローズの決定

■目的・譲渡内容・対価・条件・役員社員の処遇

合意後の手続き・守秘義務事項・独占交渉権・有効期限など

 

(10)買収監査(デュ-デリジェンス) 

 

(11)最終契約の締結

■最終条件の交渉

■最終契約(株式譲渡契約)締結 

 

(12)クロージング手続き

■代表者・取締役の退任手続き→司法書士

■株式の譲渡、譲渡代金の決済

■役員退職金の支払

■M&Aアドバイザリー手数料(成功報酬)

 

(13)PMI  (統合・引継ぎ業務)

代表者の個人保証等がある場合は、解除手続き

 

 

 

[POINT]

・譲渡企業は、少しでも疑問や不安を感じたときは一歩立ち止まって検討する

・アドバイザーは譲渡企業の社長の心情を理解し、寄り添う姿勢を崩さないこと

 

 

 

■□■事業者が知っておきたい専門用語の説明■□■


※中小M&Aガイドライン(中小企業庁)より一部抜粋・編集

 

[仲介契約]

仲介契約とは、仲介者が譲り渡し側・譲り受け側双方との間で結ぶ契約をいい、これに基づく業務を仲介業務という。仲介者とは、譲り渡し側・譲り受け側の双方との契約に基づいてマッチング支援等を行う支援機関をいう。

 

ファイナンシャル・アドバイザリー契約(FA契約)]

FA 契約とは、FA が譲り渡し側・譲り受け側の一方との間で結ぶ契約をいう。我が国においては、中小 M&A に関しても、譲り渡し側・譲り受け側の一方との契約に基づいてマッチング支援等を行う支援機関を FA と称することが一般的である。FA(フィナンシャル・アドバイザー)とは、譲り渡し側又は譲り受け側の一方との契約に基づいてマッチング支援等を行う支援機関をいう。

 

[秘密保持契約(NDA、CA)]

秘密保持契約とは、秘密保持を確約する趣旨で締結する契約をいう。具体的には、譲り受け側が、ノンネーム・シート(ティーザー)を参照して譲り渡し側に関心を抱 いた場合に、より詳細な情報を入手するために譲り渡し側との間で締結するケース や、譲り渡し側や譲り受け側が仲介者・FAとの間で締結するケース(仲介契約・FA契約の中で秘密保持条項として含められるケースが多い。)がある。「NDA(NonDisclosure Agreement)」や「CA(Confidential Agreement)」ともいう。

 

[企業概要書(IM、IP)]

譲り渡し側が、秘密保持契約を締結した後に、譲り受け側に対し て提示する、譲り渡し側についての具体的な情報(実名や事業・財務に関する一般的 な情報)が記載された資料をいう。インフォメーション・メモランダム「IM(Information Memorandum)」やインフォメーション・パッケージ「IP(Information Package)」ともいう。

 

[ノンネーム・シート(ティーザー)]

ノンネーム・シート(ティーザー)とは、譲り渡し側が特定されないよう企業概要を簡単に要約した企業情報をいう。譲り受け側に対して関心の有無を打診するために使用される。

 

[バリュエーション(企業価値評価・事業価値評価)]

バリュエーションとは、企業又は事業の価値を定量的に評価することをいう。評価額は、中小M&Aで譲渡額を決める際の目安の一つとして取り扱われる。評価手法は様々なものがあり、企業の実態や事業の特性等に応じた手法が選択される。

 

[マッチング]

マッチングとは、譲り渡し側と譲り受け側が M&Aの当事者となり得る者として接触 することをいう。譲り渡し側と譲り受け側の交渉は、マッチング後に開始することにな る。

 

[意向表明書]

意向表明書とは、譲り渡し側が譲り受け側を選定する入札手続を行う場合等に、 譲り受け側が譲り受けの際の希望条件等を表明するために提出する書面をいう。

 

[基本合意書(LOI、MOU)]

基本合意書とは、譲り渡し側が、特定の譲り受け側に絞って M&Aに関する交渉を行うことを決定した場合に、その時点における譲り渡し側・譲り受け側の了解事項を確認する目的で記載した書面をいう。「LOI(Letter Of Intent)」「MOU(MemorandumOf Understanding)」ともいう。基本的に法的拘束力がないものの、譲り受け側の独占的交渉権や秘密保持義務等については、法的拘束力を認めることが通常である。

 

[デュー・ディリジェンス(DD)]

デュー・ディリジェンス(Due Diligence)とは、対象企業である譲り渡し側における各種のリスク等を精査するため、主に譲り受け側がFAや士業等専門家に依頼して実施する調査をいう(「DD」と略することが多い。)。調査項目は、M&A の規模や実施希望者の意向等により異なるが、一般的に、資産・負債等に関する財務調査(財務 DD)や株式・契約内容等に関する法務調査(法務 DD)等から構成される。なお、その他にも、ビジネスモデル等に関するビジネス(事業)DD、税務 DD(財務DD 等に一部含まれることがある。)、人事労務 DD(法務 DD 等に一部含まれることがある。)、知的財産(知財)DD、環境 DD、不動産 DD、ITDD といった多様な DD が存在する。

 

[クロージング]

クロージングとは、M&A における最終契約の決済のことをいい、株式譲渡、事業譲渡等に係る最終契約を締結した後、株式・財産の譲渡や譲渡代金(譲渡対価)の全部又は一部の支払を行う工程をいう。

 

[PMI]

PMI(Post-Merger Integration)とは、クロージング後の一定期間内に行う経営統合作業をいう。

 

 

 

 

 

依頼者は、専門家が意味の分からない専門用語を使ったときは、臆せず、意味をたずねるようにいたしましょう。また、専門家は、なるべく意味が分かるように優しい言葉で、依頼者に説明することが大切です。

 

[中小企業経営者の悩みを解決!「M&A・事業承継 相談所」]

~M&Aで会社や事業を売却しようとご検討の中小企業経営者におすすめ~

 

第6回:顧問先企業のオーナーから、後継者がいないので会社を誰かに譲りたいと相談されました。

 

 

〈解説〉

株式会社ストライク

 


M&A(合併・買収)仲介大手のストライク(東証一部上場)が、中小企業の経営者の方々の事業承継やM&Aの疑問や不安にお答えします。

 

 

▷関連記事:取引先に知られずに会社を譲渡することはできる?

▷関連記事:自社の売却を検討していますが、家族や従業員には伝えづらいです。どのように伝えればよいのでしょうか?

▷関連記事:「マッチングサイトを使ったスモールM&A」こそ専門家選びが重要!

 

 

Q.顧問先企業のオーナーから、後継者がいないので会社を誰かに譲りたいと相談されました。

 

私が運営する会計事務所の顧問先企業はご高齢の経営者が多く、先日もある会社から「引退をしたいが後継者がいない。どこか引き継いでくれる会社はないか」という相談がありました。「体裁もあるので地元以外の会社で探してほしい」とのことでした。他の会計事務所の方々はM&A相談についてどのように対応されているのでしょうか?

 (山形県 会計事務所 S・Gさん)

 

 

 

A.顧問先企業からのM&A相談は、積極的に対応した方が良い結果につながります。

 

経営者の多くが、事業売却に関する相談相手について、「長年の付き合いがあり、会社の状態も知り尽くしている税務顧問の先生が最適」と考えていらっしゃるようです。先生方の知らないところで譲渡されるような事態を避けるためにも、相談を受けたときには、先生方にイニシアチブをとっていただくことをお勧めします。ストライクのようなM&A専門会社にご相談いただければ、最適な譲渡スキームの構築等を共同で行うことが可能です。

 

顧問先減少につながると考える先生方もおられますが、会社分割方式を使えるような事案であれば、顧問先を減らさずに済むケースもあります。他エリアのお相手とのM&Aを望まれるケースでは、買い手企業より引き続き税務顧問を依頼されるケースもあります。

 

例えば、会社分割で本業と不動産賃貸業とを分け、不動産事業は元の経営者が引き続き経営し、本業の会社を株式譲渡したという事例がありました。税務顧問の先生を通じてご相談いただいた案件でしたが、先生は不動産事業の税務顧問を引き続き担当されています。

 

M&Aが成立するまでのプロセスには、財務諸表を含む資料の開示、買収監査への対応、各種税金の納付等があり、税務顧問の先生なしには進められません。相談の初期段階でのメリットやリスクの説明、売却意思の確認、M&Aアドバイザー選定の必要性等の助言は、長年に渡り築いてきた経営者との信頼関係や幅広い知識力が重要です。後継者不在を理由に存在意義のある会社が廃業に追い込まれないようにするためにも、M&Aについて前向きに考えていただければと思います。

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第6回:デューデリジェンスとは何か?デューデリジェンスはなぜ必要なの? デューデリジェンスの種類とは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.デューデリジェンスとは何か

2.デューデリジェンスはなぜ必要なの?

3.デューデリジェンスの種類

①財務デューデリジェンス

②税務デューデリジェンス

③法務デューデリジェンス

④ビジネスデューデリジェンス

⑤人事労務デューデリジェンス

⑥環境デューデリジェンス

⑦ITデューデリジェンス

 

 

第5回では相手会社を「しっかりと」知るためにデューデリジェンスを行うことに触れました。M&A実行後に何か致命的な問題が出てきても後の祭りです。当初見込んでいた相乗効果を上回る程の費用が発生してしまい、最悪の場合は自社の信用が失墜してしまいます。

 

対象会社についてしっかりと把握し、「概要しか知らない」会社や事業を買う「怖さ」を減らすために行うデューデリジェンスについて見ていきましょう。

 

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する ~バリュエーション手法と財務デューデリジェンスの重点調査項目、DCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係~

 

 

1. デューデリジェンスとは何か


実務でM&Aを行う場合、必ず「デューデリジェンス(Due Diligence)」という言葉を聞く機会があります。頭文字を取ってDDと略されることが多いデューデリジェンスですが、いったい何のことなのでしょうか。

 

1単語ずつ訳すとDueは「正当の、当然の、相応の」、Diligenceは「勤勉、精励、注意」ですので、「当然の勤勉」や「正当な注意」と直訳することができるでしょうか。

 

M&Aに限らず不動産投資やプロジェクトファイナンス等で出てくる単語で、取引を行う前に投資対象の事業内容・実態を詳細に調査することを言います。

 

会社や事業を行う前に詳細に調査することは「当然行うべきこと」とも言えますし、投資対象として適切かどうかを確認することは「正当な注意」と言えますね。そこから派生して、現在では「デューデリジェンス」という言葉がよく使われています。

 

 

 

 

2. デューデリジェンスはなぜ必要なの?


デューデリジェンスを行う段階はどの段階でしょうか。第5回でご説明させていただきました、M&Aの実行段階でしたね。ターゲット会社に接触して基本合意書を締結した後に行うのが一般的ですから、かなり「本気度が高い」状況で行うことになります。

 

<第5回:実行段階の流れ(再掲)>

 

この「本気度が高い」というのがポイントで、どの会社にしようかと迷っていたり、理想を求める手法としてM&A以外の選択肢があったりするときは、対象となる会社について「ある程度」の知識のみで問題ありません。他と比較して意思決定を行うことができるだけの情報で事足りるからです。

 

例えば家電を買う際に、まずはある程度のスペックや金額だけでいろいろ比較しますね。カタログに載るような、比較できる項目のみを知っていれば問題ないのです。

 

一方、基本合意書を締結した後ということは、この会社と「本格的に交渉する」ことを決定していることになります。他と目移りしている状況ではなく、会社を絞って本気でM&Aを実行すると決めた状況になります。ここで会社や事業を買う側の気持ちになってみると、「ある程度」の情報だけで会社の命運を左右するかもしれないM&Aを行うのはかなり怖いです。家電を買う際はメーカーが保証してくれる部分も大きいですし、変なものが混じっている怖さはあまりないでしょう。しかし、M&Aは「ビジネスを行う組織を売買すること」でした。組織を買うとなると、単純なモノを買うより厄介ごとが含まれている可能性が高そうです。

 

 

 

具体的には、組織を買う場合は以下のような怖さがあります。

 

●思わぬ訴訟を抱えている

●全く知らない簿外負債を抱えている

●相乗効果を見込んで買収したのに、実は自社と全く相乗効果が発揮されない分野だった

●組織風土が自社と大きく異なる

●税務署から指摘される可能性のある処理をしている

●環境問題を抱えている

●残業代を巡って労働者と対立している

●保有する技術に重大な瑕疵がある

●優良顧客がM&A後に離れてしまう可能性がある

●自社と全く合わないシステムを使用しており、統合に際し多大な労力がかかる

 

これらを買う前に知ることができたのと、買った後で知ったのとでは大違いです。

 

事前に知っておくことで費用の発生をある程度予見することができますし、社会的信用が失墜する可能性を検討することもできます。それらは全て価格に織り込むことができますし、致命的な事項が見つかった場合はM&Aを破談にすることもできます。

 

この「怖さ」を減らし、相手会社を「しっかりと」知るために「デューデリジェンス」が必要となります。多くの場合において「本気度が高い」状況になるとデューデリジェンスを行うことになります。(なお、この「怖さ」の程度を表す言葉の1つとして、「リスク」という表現がよく使われます。)

 

買う会社の規模が非常に小さい場合や、リスクがあまりないと想定される会社であれば簡易的なデューデリジェンスで済ませる場合がありますが、そのM&Aが重要であればあるほど、相手会社のことをしっかりと知りたいと感じてデューデリジェンスを行う流れとなります。

 

 

[Point]

デューデリジェンスは、M&Aにおけるリスク(怖さ)を確認し、必要な対策を講じるために行うもの。

 

 

 

3. デューデリジェンスの種類


デューデリジェンスは相手会社を知ることですから、その種類は相手会社によって変わってきます。ここではよく行われるデューデリジェンスについて、概要を見ていきましょう。

 

① 財務デューデリジェンス

会社や事業を買う際の価格決定に当たってまず参考とする情報は、相手会社の「財務諸表」でしょう。どのような損益構造で、どのような資産構造かの把握は必須と言えます。財務デューデリジェンスでは、財務に関する事項に焦点を絞って詳細に知っていくこととなります。

 

不良資産・簿外負債・債務保証・不採算事業を財務の観点から事前に発見することができ、不当に高額な取引価格となることを防ぐことができます。また、結果に応じてどのように買収するかを決定することもできますし、一部事業のみの買収といった形態に変更する意思決定を行うこともできるようになります。

 

②税務デューデリジェンス

会社を買収すると、基本的にはその会社の過去の税務処理について買い手が引き継ぐこととなります。過去の税務処理が誤っていると、思わぬ追加税金の発生があり得ますので、会社の過去の税務申告を分析し、税務リスクの程度を確認する必要があります。

 

税務リスクには主として以下のようなものがあります。

 

●税務申告が適正ではないため、過小申告・繰越欠損金の過大計上がなされている。

●関係会社間取引について、寄附金認定・移転価格税制適用による追加税金発生があり得る。

●過去の税務調査で指摘されているにもかかわらず、対応策がない。

●税務処理能力があまりないため、買収後に新たな間違いをしてしまう。

 

これらの税務リスクを早期に確認し、買収することに問題がないかを税務の観点から見ていくのが税務デューデリジェンスです。

 

 

実施者

上記の財務デューデリジェンスや税務デューデリジェンスは、企業内部で財務・税務に精通したメンバーによって行われることもありますし、外部の公認会計士や税理士に依頼して行われることもあります。専門性が求められる分野でもありますし、外部への説明の際に独立した立場からの調査の方が信頼度が増しますので、外部の専門家に依頼することの方が多いですね。

 

 

③法務デューデリジェンス

法律関係の詳細な調査が法務デューデリジェンスです。企業活動には契約関係や人事問題はもちろん、許認可や関連資産、関連会社、訴訟等、様々な法律分野に関する活動が含まれています。これから買収する予定の会社が、どのような法務上の問題を抱えているかを確認せずにM&Aを実施するのは非常にリスクが高く、必須の手続と言えるでしょう。

 

デューデリジェンスに際しては、財務・税務チームと法務チームで連携を取って、対象会社の事業内容を調査していきます。財務・税務上の問題が法務に影響を与えることは多いですし、法律上の問題を数値に落とし込む必要がある場合も多いためです。

 

よくある例として、チェンジオブコントロール(COC:Change of control)条項が挙げられます。チェンジオブコントロール条項とは、買収予定の会社の主要取引先との契約書において、経営権の移動があった場合の対応が記載されている条項です。会社が取引先と交わしている契約を解除せざるを得なかったり、契約相手に対して事前の承諾が必要となる場合、事業計画分析に多大な影響を与えます。法務デューデリジェンスで確認している「主要な相手先との取引がなくなる可能性」を、財務デューデリジェンスのリスクに落とし込む形です。

 

 

実施者

法務デューデリジェンスは企業内部で法務に精通したメンバーによって行われることもありますが、多くの場合において外部の弁護士が実施しています。弁護士はどのようにM&Aを行うかといった仕組みづくりを法律の面からサポートし、契約書案を会社とともに作成する等、M&Aの多くの局面で活躍します。

 

 

④ビジネスデューデリジェンス

会社の事業内容を把握して、どのような事業からどのように利益を獲得することができるのかを調査するのがビジネスデューデリジェンスです。ビジネスを分析することは非常に難しく、その分析手法は多岐に渡ります。例えば強み(strengths)、弱み(weaknesses)、機会(opportunities)、脅威(threats)を分析するSWOT分析を用いて、買収予定の会社を分析します。

 

⑤人事労務デューデリジェンス

人事・労務の観点から詳細な調査を行うのが人事労務デューデリジェンスです。主に労働争議や労働組合との関係、未払賃金や未払退職金の有無、労働法の遵守状況を確認します。

 

法務デューデリジェンスのように広範な調査ではなく、人事労務の観点に焦点を絞った調査です。特に議論になるのが未払残業代の有無で、買収後に労働者又は退職者から追加の未払残業代支払を求める声が上がると、M&Aの買い手としては追加の費用が発生する可能性が高くなりますし、社会的信頼を損なうことにもつながります。会社は残業代を固定分として支払済であると認識していたとしても、法令に照らし合わせると支払義務が生じることもありますので、事前に調査を行います。

 

⑥環境デューデリジェンス

会社や主要な工場を取り巻く環境に関するリスク調査です。

 

では、環境リスクとはどのようなリスクでしょうか。分かりやすいのは、工場から排出される有害物質の影響で周辺の土壌汚染や大気汚染が起こる場合です。原状回復費用は膨大になりますし、企業の社会的信頼も著しく損なうことになります。

 

騒音問題や振動問題、産業廃棄物処理、危険物や特殊な液体等を扱う施設の管理状況等、一たび発生すると致命的になりかねないリスクが多いため、特殊な環境下にある企業を買収する際には欠かせない手続となります。

 

⑦ ITデューデリジェンス

ITシステムに関する状況を確認するリスク調査です。

 

ビジネスを行う上でITシステムはどの企業も取り入れている項目ですが、その状況はまちまちです。

 

買収対象となる会社のITが脆弱で追加の投資が必要となった場合、大規模な追加費用が発生することになってしまいます。また、ITが脆弱ではない場合でも、自社のシステムと買収対象のシステムがマッチするとは限りません。買収後の相乗効果を考えて、システムを統一する会社も多いです。このような状況を詳細に調査し、M&A前にシステム計画を設計できるよう、システムに関するリスクを確認していくこととなります。

 

 

このように様々なデューデリジェンスがありますが、M&Aでは会社に内在する様々なリスク(怖さ)を鑑み、必要なデューデリジェンスを実施していきます。

 

 

 

 

 

 

[Point]

M&Aにおけるリスク(怖さ)の程度に応じて、必要なデューデリジェンスが実施される。

 

 

以上、M&Aの対象となる会社の特殊性や、リスクの度合いを鑑み、様々なデューデリジェンスがあることが分かりました。案件に応じて実施されるデューデリジェンスとされないデューデリジェンスがありますが、デューデリジェンスに対する漠然としたイメージが、少しでも具体的になっていただけると嬉しいです。

 

 

 

 

[M&A事業承継の専門家によるコラム]

第3回:事業承継における後継者の選定方法について

~親族承継、従業員承継、第三者承継(M&A)のメリット・デメリットと事前対策~

◆参考になる成功事例!取引先の社長へ株式譲渡し、従業員が社長になった事例◆

 

中小零細企業経営者や経営者をサポートする専門家の方が抱えるM&Aや事業承継に関するお悩みを、中小零細企業のM&A支援・事業計画支援を専門で行っている株式会社N総合会計コンサルティングの平野栄二氏にアドバイスいただきます。

 

〈解説〉

株式会社N総合会計コンサルティング

平野栄二

 

 

 

 

「私(K氏)は現在75歳です。ここ数年、検討することを躊躇していましたが、そろそろ後継者を選んで、甲社の経営の引き継ぎをしたいと考えています。しかし、娘はサラリーマンの男性(A氏)と結婚し、現在は専業主婦で経営に参画をしておらず、事業を引き継ぐ意思がありません。可能性があるとしたら、娘婿(A氏)が脱サラをして、後を引き継いでもらうということです。

 

また、従業員に、引き継ぐ人材がいるかというと、以前に、番頭格の幹部(B氏)に、お酒の席の雑談の中で、確認を行いましたが、B氏は「承継は荷が重く、妻も反対している」というという感想でした。

 

以上のような状況で、M&Aという選択肢も視野に入れて、後継者の検討をしていますが、①親族が承継する場合、②従業員が承継する場合、③第三者に承継(M&A)を行う場合、それぞれの留意点などを、お教えいただきますでしょうか。」

 

 

 

 

 

平野:それでは、順番にご回答いたします。

 

1.親族への承継(娘婿への承継)について


一般的に親族への承継は、他の方法と比べて、①社内・社外の関係者から心情的に受け入れられやすい、②後継者の早期決定により長期の準備期間の確保が可能である、③相続等により財産や株式を後継者に移転できるため所有と経営の一体的な承継が期待できる、といったメリットがあります。

 

しかし、甲社のケースで、嫁婿(A氏)に承継させる場合、①まったく異業種で甲社の実務経験と経営者としての経験がない、②A氏本人のやりたいという意思を確認していない、③直系血族ではなく、実務経験もないA氏が、従業員から直ぐに受け入れられるか、などの懸念があります。

 

まずは、娘様とA氏にしっかりとお話をして、意思を確認するとともに、A氏が甲社の経営者としての資質・能力があるのかを、K氏ご自身がしっかりと判断することが重要です。また、実務経験や経営者としての経験がないため、5年から10年の準備期間を設ける必要があります。そのため、75歳のK氏のご年齢を考えると、少なくとも80歳までは経営の指揮をとり、A氏を後継者として育成していく覚悟をしておかなければなりません。

 

 

 

2.従業員・役員への承継について


現在、従業員・役員への承継は増加傾向であり、①経営者としての能力のある人材を見極めてから承継することができる、②社内で長期間働いてきた従業員であれば経営方針等の一貫性を保ちやすい、③社内の信頼の厚い適任者に承継させることで社内外の関係者より受け入れてもらいやすい、といったメリットがあります。

 

ご質問の甲社の場合、従業員B氏は、承継には消極的な姿勢であったということが懸念されます。しかし、雑談の中で、お話をしただけでは、B氏の本意が分かりませんので、しっかりとした席を設け、意思確認を行う必要があります。

 

B氏は番頭格で、社内の信頼も厚いので、適任者と考えられますが、経営者の補佐役としての才覚が発揮できても、経営者としての資質がないケースもあります。無理をして、経営者になった場合、リーダーシップが発揮できなかったり、重責に耐えられず心身に支障が生じるケースも見受けられます。また、B氏の家族にも受け入れられないと、株式の買い取りや、個人保証の引き継ぎを家族に反対されると、本人に意思があっても、頓挫するケースもあります。

 

引き継ぐ場合は、現経営者が、全面的にサポートを行い、後継者教育を計画的に行っていきます。

 

 

 

3.第三者へのM&Aによる承継


親族・従業員以外の第三者へ承継を行う方法は、広く候補者を外部に求めることができ、また、現経営者は会社の株式を譲渡した利益を得ることができる等のメリットがあります。第三者への引継ぎを成功させるためには、本業の強化や、内部の諸問題を解決し、企業価値を十分に高めておく必要があります。そのためには、現経営者にはできるだけ早期に専門家に相談を行い、企業価値(株価)の向上(磨き上げ)に着手することが望まれます。

 

M&Aを行う場合は、①相応しい譲受企業の発掘とその企業との交渉、②企業評価の算定・譲渡価額の提案、③譲受企業へ承継のメリットの提案、④法務・労務・税務上の問題点の抽出と解決策の提案など、さまざまな専門的な知見が必要になります。そのため、目先の利益を追うのではなく、最適な選択ができるように助言が受けられる、信頼のおけるアドバイザーを確保する必要があります。

 

ご質問の甲社の場合、親族、従業員への承継という選択肢も残されていますので、それぞれの長所・短所を検討し、優先順位を決めて、行動を起こす必要があると考えます。慎重に検討しつつも、行動することで、躊躇しがちな決断を促すことに繋がります。

 

M&Aの場合、行動を起こしてから成約まで早くても半年、場合によっては2~3年かかるケースもあります。そのため、秘密が取引先や従業員に漏洩しないように注意しつつ、早期に相手先の探索に取り掛かる必要があります。そして、譲受企業の選定が見込まれそうな段階を見て、親族やB氏に、意思確認を行うなど、M&Aと他の選択肢を併行して、検討を進めていかれることを推奨いたします。また、現経営者(K氏)は、バトンタッチがされるまで、甲社を更なる魅力ある企業へ、磨き上げを行うことも頑張っていただきたいです。

 

 

 

 

◆参考になる成功事例!取引先の社長へ株式譲渡し、従業員が社長になった事例

①事業承継の決意し、専門家に相談

従業員5人の、食に関連する卸売業で創業40年の企業(甲社)です。後継者がいないままで、社長(K氏)が70歳になり、事業承継の着手をはじめられました。最初は、サラリーマンの息子に事業を引き継ぐ予定でいましたが、息子の妻の強い反対にあい断念し、第三者承継を目指すべく、M&Aのアドバイザーと相談しながら、後継候補先の探索を始めることになりました。

 

②取引先へ話を持ち込む

業界は、昔ながらのネットワークが存在し、まずは、取引先に継承をしてもらうことを考え、創業当時から懇意にしている取引先の社長(D氏)に相談をいたしました。話し合いの中で、「株式は、私が譲り受けるが、経営は今いる従業員に任せたい」という意向を持たれました。対象となる従業員(A氏)は、実務には精通していましたが、経営の経験どころか、管理職の経験もありませんでした。

 

③意欲のある従業員を社長に

A氏に、その話を打診したところ、突然の打診に驚きながらも、「せっかくの、職業人生、社長という仕事をやってみたい」と意欲をもたれました。幸い甲社の借入金は少額であり、A氏は、家族の賛成も得ることができました。話し合いの末、晴れて話がまとまり、D氏は、役員にはならず、従業員A氏が代表取締役社長に就任されました。他の従業員も、納得し、新たな体制がスタートしました。旧経営者のK氏は1年ほど会長という呼称で、引継ぎを行った後、引退をされました。

 

④身の丈にあった経営に

その後、A社長より先輩の社員が退職したり、新しい社員を採用しても育たず退職したりと問題は発生しましたが、株主であるD社長は、じっと甲社とA氏を見守り続け、「身の丈のあった規模で経営をすればよい」と、採算の合わない分野は撤退をするなど、規模を縮小しながらも、利益がでる体質へと企業再構築を図っていきました。5年経った現在は、高い経常利益率を維持しています。将来は、D氏の持つ株式を社長へ段階的に譲渡する運びで話が進んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

〈事業承継が成功した要因を考えてみましょう〉

1.小規模事業者であったこと  


①変化に対応しやすい組織であったこと 

事業承継に成功した理由の一つとして、従業員が5人という小規模であったため、組織をまとめやすかったことがあります。また、株式の譲受者(D氏)にとっても株式価額が少額で、投資がしやすく、外部の借入金も少額であったため、万一の場合でも、本業が受けるダメージも少ないことも後押ししたことになったと思われます。よく、「うちは小規模事業だから、M&Aはできない」と思っておられる経営者の声を聴きますが、小規模事業者だからこそ、M&Aが成立する場合もありますので、決して諦めないことが重要です。

 

②身の丈にあった組織に再構築したこと

会社の規模を拡大することだけが、成長戦略ではないと考えます。甲社の場合、不採算の事業から撤退することで、A氏が経営者として身の丈にあったマネジメントができる体制に再構築したことも、承継が成功した要因であると考えられます。

 

 

2.従業員が、勤勉で、後継する強い意欲があったこと   


①後継者がポジティブであったこと

A氏は、代表になることに前向きな姿勢を崩さなかったことも、大きな成功要因です。 高い実務能力があっても、引き継ぐ意欲が低いと、当事者意識の欠如により、組織内で紛争が起きることがあります。また、意欲があっても、責任感が強すぎると、重荷となって、意思決定が遅れて経営判断を誤ったり、精神的に疲弊してしまう後継者も多く見受けられます。そのため、前向きな姿勢で経営に邁進されたことは、経営者の資質があったといえます。従業員承継を検討する場合は、後継者の「意欲と覚悟」の有無は、仕事の能力以上に、重要な成功要因であると言えます。

 

②後継者が勤勉であったこと

A氏は勤勉で、実務能力に長けており、通常業務は滞りなく任せられたため、先代社長K氏が引退後も、強力なマネジメントの必要性がなかったことも成功要因だと考えられます。 承継後は、毎月の業績報告をD氏に行い、都度重要な意思決定は相談を行うなど、コミュニケーションを円滑にとることができたことも、株主との信頼関係を維持し、事業が継続できた要因です。

 

 

3.取引先社長(D氏)との長年の信頼関係があったこと  


①業界のことを良く知り、専門家と相談しながら戦略的に進めたこと

業界の結束が固く、他の異業種からM&Aによって参入されることは取引先(D氏)にとっても脅威であったため、D氏自らが株主になることで、サプライチェーン(商品の供給連鎖)の強化をはかり、参入障壁を高める戦略的な意図もありました。

 

譲渡者がM&Aを検討する場合、業界の慣習や動向、顧客の動向をよく分析を行うことで、最適な譲受先に、最適な提案が可能であるので、M&A専門家と相談するなどしてじっくり検討を行う事が重要です。このケースの場合、異業種の候補先に話を持ち込んでいたら、承継後、問題が生じていたかもしれません。

 

②利害関係者との良好な人間関係を構築していたこと

K氏とD氏は、創業当時から苦楽を共にした仲で、同志的な信頼関係が構築できていました。事業承継の成功要因で、「良好な人間関係」は大切な要素になります。得意先、仕入先、取引業者、従業員、同業者、家族、株主など、普段からなるべく良好な人間関係を構築していると、思わぬ協力をいただける可能性もあり、事業承継がスムーズに運ぶことができます。

 

現在、関係性が悪い場合があっても、会社の存続のために、今からでも遅くはありませんので、関係の修復をはかる努力することが重要だと考えます。