[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第2回:譲渡・M&Aにおいて準備すべきこと

~企業価値を向上させ売却金額を増大させるためには?~

 

[解説]

宇野俊英(M&Aコンサルタント)

 

 

 

 

 


[質問(Q)]

当社は後継者不在であることからM&Aで会社売却をしたいと考えています。具体的に何から手を付けてよいかわかりません。M&Aにおいて事前に準備しておくべき必要な事項を教えてください。

 

 

[回答(A)]

事前準備で必要な事項は会社の状況に異なります。事業承継への対応では後継者の有無によって手法は異なりますが、いずれも早めの検討と準備が求められます。M&Aを選択する場合にはより企業価値をブラッシュアップし、譲渡・売却しやすい会社に近づかせることにより、企業価値を向上させ売却金額を増大させる方向が望ましいと考えられます。

 

そのためには、
 ①会社の実態の見える化(実態把握、個人の資産と事業用資産の整理)
 ②M&Aのメリット・デメリットを理解した上で意思決定
 ③株式が分散していた場合には集約化と名義株の整理
 ④仲介・FA機関の選定とFA・仲介契約の締結
等が必要になります。

 

 

 

まずは経営者に改めて事業承継に向けたM&Aへの準備の必要性の認識を持っていただくことが最初の一歩です。

 

1.準備の必要性を認識しましょう


M&Aをする場合にも相応の時間が必要です。M&Aはある意味タイミングが重要です。適切なタイミングを逃してしまうと探してもそもそも候補先が見つからないということがあり得ます。また、候補先がいてもタイミングが適切でなければ不利な条件を許容せざるを得なくなってしまったり、交渉自体が流れてしまうこともあり得ます。

 

タイミングの一つは業績が上げられます。一期赤字でM&Aを決断しても交渉成立時に2 期連続赤字の状態であれば、期待していた売却価格にならないことはよくあることです。また、いたずらに時間を費やしている間に譲渡側の経営者が健康上の問題を引き起こしてしまうこともあります。経営者には「まだ先のことだから……」「日常業務で忙しいから……」とさまざまな理由はあります。しかし、準備が遅れるほど希望する条件に合った候補者を探すことが難しくなってきます。

 

 

2.経営状況・経営課題の「見える化」をしてみましょう


M&Aを準備するためにはまず、自社の経営状況・経営課題、経営資源等を見える化し、正確に現状把握することから始まります。

 

把握した自社の経営状況・経営課題等をベースに自社の強みの伸長と弱みを改善する方向性を見つけ、着手することが重要です。その際に経営者の視点に加え顧問税理士、中小企業診断士などの専門家や金融機関に協力を求めることで客観的かつ効率的に把握することが可能になります。また「見える化」することの効能はM&A に役立つのみならず、自社の経営改善につながる効果も見込まれます。

 

 

3.M&Aの意思決定、信頼できる仲介者等の選定及び仲介契約等の締結


上記過程を経てM&Aの意思決定がなされ、候補者を探索する必要があるときには仲介者・アドバイザリー(以下、「仲介者等」という)を選定して仲介契約若しくはアドバイザリー契約(以下、「仲介契約等」という)を締結します。

 

締結後は基本仲介者等の指導・助言に基づき実行していきますが、仲介者等も必ずしもすべての工程・分野に習熟してない場合もあり得ます。必要に応じて専門家や事業引継ぎ支援センター等のセカンドオピニオンを活用しましょう。あわせて、見える化で把握した課題の改善を図り、企業価値の増大を目指していきます。

 

 

 

 

 

 

[氏家洋輔先生が解説する!M&Aの基本ポイント]

第6回:財務デューデリジェンス(財務DD)の費用の相場とは?

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「財務デューデリジェンスの目的」を理解する

▷関連記事:「事業デューデリジェンス(事業DD)」とは?

▷関連記事:「財務デューデリジェンス実施における『事前資料依頼一覧』」サンプル

 

財務デューデリジェンス(財務DD)の費用の相場はどれぐらいですか?また、どのような要素で決まりますか?


①コンサル企業の規模

財務デューデリジェンスの費用を検討するには、まず、どれぐらいの規模のコンサルディングファーム、会計事務所に依頼するかによって相場感が異なります。

 

当然の事ですが、大手のコンサルティングファームや、監査法人等に依頼すると費用は高くなり、中小のコンサルティングファームや会計事務所に依頼すると費用は安くなります。必ずしも大手であるから品質が高いとは限りませんが、一般的に大手は品質が高く、海外に提携事務所があるため海外案件等に強みを持っています。

 

一方、中小のコンサルティングファームや会計事務所は、大手と比べると品質にばらつきがありますが、小回りや融通が利き、費用は安くなります。

 

大手であれば最低500万円以上、中小であれば最低100万円以上が相場となります。(戦略的に安く請け負っている場合や、調査範囲を限定している場合等はこの限りではありません。)

 

 

②プロフェッショナル度

同規模のコンサルティングファームや会計事務所であっても、それぞれに特徴があります。M&Aのマッチングに強みを持っている場合や、財務デューデリジェンスを得意としている場合、税務顧問をメイン業務としているが財務デューデリジェンスも行う場合等、財務デューデリジェンスに対するプロフェッショナル度が大きく異なります。プロフェッショナル度が高い事務所に依頼するほど、費用は高くなることが一般的です。

 

 

③対象企業の規模

財務デューデリジェンスを行いたい対象企業の規模によっても費用は異なります。規模の大小により、調査項目の大枠はあまり影響しませんが、一般的に規模が大きくなると子会社を保有していたり、事業を複数行っている場合、海外展開している場合等がありこれらの調査が必要であれば費用も高くなることが一般的です。売上3億円の会社と売上30億円の会社の財務デューデリジェンス費用は2倍程度、売上3億円の会社と売上300億円の会社は3~5倍程度の差となることが多いでしょう。

 

 

④調査範囲

財務デューデリジェンスと言っても、M&Aスキーム、バリュエーション方法や調査の目的等により、当然調査項目は異なります。これらの調査項目を取捨選択し絞ることで、多少の費用削減にはなるでしょう。しかし、会計は様々な項目と連動していることが多く、あまり調査項目を絞りすぎると、会社全体としての動きを見誤ったり、見落としてしまうことがあるため注意が必要です。

 

財務デューデリジェンスの費用は、コンサルティング企業の規模、コンサルティング企業のプロフェッショナル度、対象企業の規模、調査範囲等で異なります。検討している企業の財務デューデリジェンスの費用を想定した上で、どのコンサルディング企業に、どの調査項目を依頼するかを検討しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』]

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、マーケット・アプローチ

2、倍率法

3、類似会社の選定

◇EBITDA倍率の計算例

4、個別論点

①類似会社は何社必要なのか?

②対象会社が複数事業を抱える会社(例えば、電子機器、化学品、自動車部品)の場合、どのように評価すればいいか?

③倍率法でサイズプレミアム(SCP)を考慮するケースはあるのか?

④倍率法でよくある誤りとは?

5、異次元緩和の影響

 

 

▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

▷関連記事:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

 

1、マーケット・アプローチ


マーケット・アプローチには、①対象会社の株価を基準とする評価方法(市場株価法)、②対象会社と類似する上場会社の株価を参考とする評価方法(倍率法)、③類似のM&A取引の取引価額を参考とする評価方法(取引事例法)等があります。どれも株式市場や第三者間の取引価格を参考とする評価であるため、評価の客観性が高いと考えられています。

 

 

①市場価格法は、対象会社が上場会社であるケースや上場会社が絡む組織再編時に採用されており、対象会社が非上場会社の場合は適用できない方法です。

 

②倍率法は、対象会社が非上場企業の場合に適用できます。M&A取引の中で対象会社が非上場会社の場合が圧倒的に多いことを考慮すると、最も使用頻度の高い方法と言えます。

 

③取引事例法は、そもそも類似取引自体が少なく、存在する場合であっても、個々のM&A取引は個別要因が深く絡んでいる(シナジー効果の見立て等)ので、あるM&Aの取引価格を別のM&Aの取引価格に適用するには高度な判断が必要となります。そのため、取引事例法は参考値として利用されるケースが多いです。

 

 

2、倍率法


上場企業の中から、対象企業と事業内容、事業規模、収益の状況等が類似する企業を複数選定し、それら類似会社の株式時価総額や事業価値に対する財務指標の倍率を算定し、当該倍率を対象企業の財務指標に乗じて価値を推計する手法です。

 

倍率は、EBITDA倍率の使用頻度が最も高いですが、その他にも様々な倍率が考えられます。下記のような業界特有の倍率を使用するケースもあります。

 

 

 

 

 

 

倍率の計算式の分子(事業価値と株式価値のどちらか)に注意する必要があります。PERは株式時価総額(株式価値)を分子とするため、「PER」×「対象会社の税引後利益」によって、対象会社の株式価値が算定されます。一方、EBITDA倍率は、事業価値を分子とするため、「EBITDA倍率」×「対象会社のEBITDA」によって、対象会社の事業価値が算定されます。事業価値と株式価値の整理ができていないと、交渉時に意見がかみ合わず、時間のロスが発生してしまいます。

 

 

 

 

 

 

使用する倍率に関して、特別の理由がない限り、M&Aで最も使用頻度の高いEBITDA倍率を用いるのがベターです。ただし、対象会社の一過性の損益を平準化した後の調整後EBITDAが赤字の場合、EBITDA倍率を使用できないため、その際は売上倍率等を検討します。なお、売上高倍率とEBITDA倍率を30:70のようにウェイト付けをしたレポートを見ることがありますが、ウェイト付けの計算根拠が曖昧で、社内外に対して説明に窮することになるため、避けた方がいいです。

 

 

3、類似会社の選定


倍率法では、類似会社の選定が最も重要です。対象会社に類似する上場企業を選定する際、以下のような基準を設定します。

 

[ビジネス]

●事業の類似性:業界、商品、製品、サービス

●事業の成熟度:製品ライフサイクル

●事業戦略:直営vsFC、自社製造vsファブレス、ブランド戦略vs低価格戦略 等

 

[財務]

●収益性、成長率、事業規模 等

●地域

●販売拠点、製造拠点 等

 

 

 

具体的には、以下のようなスクリーニング作業(初期的⇒量的⇒質的)を通じて、類似会社を選定します。

 

(初期的スクリーニング)

●データーベースの産業別分類による抽出

 

(量的スクリーニング)

●売上高規模:1,000億円超を除外

●EBITDAマージン30%超及び10%未満を除外

●売上高成長率10%超を除外 等

 

(質的スクリーニング)

●有価証券報告書、企業ホームページ等をチェック

✓事業が過度に多角化している会社を除外

✓収益の大半が製造業からの収益ではない会社(投資事業、不動産事業等)を除外

✓事業戦略の異なる会社を除外(B2C向け、ファブレス企業等) 等

 

 

◇EBITDA倍率の計算例◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4、個別論点


①類似会社は何社必要なのか?

⇒重複の程度の高い会社があれば、選定する企業は少なくてもいいが、倍率の分散傾向が強ければ、傾向を把握するために、より多くの類似会社が必要と考えています。実務上、上記のスクリーニングを通じて4社~7社程度の適当な類似会社が選定されていれば、評価結果の信頼性に問題ないと考えられます。

 

 

②対象会社が複数事業を抱える会社(例えば、電子機器、化学品、自動車部品)の場合、どのように評価すればいいか?

⇒対象会社の各事業別(電子機器、化学品、自動車部品)に類似会社を選定し、各事業別の倍率を用いて、事業別の事業価値を算定します。その後、事業別の事業価値を合算して全社の事業価値を計算します。なお、ソニーのような上場会社は、コングロマリット・ディスカウントによって、全社の事業価値が、事業別の事業価値の合計よりも小さいと考えられます。一方で、シナジー効果(共通仕入、多能工の活用、管理部門の共通化等)が存在する場合もあるため、複数事業のケースにおいて、コングロマリット・ディスカウントを機械的に反映するのではなく、案件ごとの詳細な検討が必要です。

 

 

③倍率法でサイズプレミアム(SCP)を考慮するケースはあるのか?

⇒サイズプレミアム(SCP)は、株式時価総額が小さな企業に対して適用するプレミアムのことをいいます。ビジネスリスクが同程度の場合、規模の大きな企業よりも小さい企業の方がリターンは高いという実証研究に基づくもので、実務で広く共有されている概念です。具体的には、DCF法の割引率を推定する際に、対象会社の株式価値の規模に応じたサイズプレミアム(5%~5.5% )を加味します。

⇒倍率法において、類似する上場会社が規模の大きい会社しかない場合、算定された倍率は大企業ベースの倍率と考えられるため、対象会社が小規模会社のケースでは、倍率法で算定された株式価値に対してサイズプレミアムを反映させることを検討します。具体的には、DCF法で、サイズプレミアムの有無に対応する株式価値の差額(比率)を用いて、倍率法の株式価値を減額させます。

 

 

④倍率法でよくある誤りとは?

⇒翌期以降、大型の設備投資を予定しているが、株式価値に反映されていない。DCF法では、将来の設備投資はフリーキャッシュフローに反映されますが、倍率法では、事業価値から翌期以降の大型の設備投資額(通常の設備投資と異なる規模)を控除する必要があります。

⇒規模、利益率、成長率等が大きく異なる会社を類似会社としているケース

⇒類似会社のEBITDAに一過性の損益が含まれているケース

⇒対象会社のEBITDAに一過性の損益が含まれているケース

⇒対象会社のEBITDAに経済合理性のない関連当事者取引が含まれているケース(多額の役員報酬、社長のプライベートの費用等)等が要因として考えられます。

 

 

 

5、異次元緩和の影響


2010年以降、日本銀行が金融緩和を目的として上場投資信託(ETF)を購入しており、2013年以降、インフレ目標を達成するため異次元緩和の一環として、毎年の購入量が大幅に増加しています(2020年3月:日本銀行のETF購入残高29.4兆円)。日本銀行は、一般投資家の経済合理性とは異なる価値判断に基づいて株式投資(日本銀行のETF購入は間接的な株式購入)をしているため、日本銀行のETF購入がマーケットに歪みを生じてる可能性があると考えています。マーケットの歪みの程度について、学術的な実証研究の成果がまだないので、定量的な判断は出来ないのですが、倍率法の倍率もある程度の影響を受けていると実務の中で感じることがあります。

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

—連載(全5回)—

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第2回:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~店舗ごとの貢献利益は?運転資金は?在庫リスクは?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「建設業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「医療業界のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、小売業のM&Aを検討していますが、小売業M&Aの特徴や留意点はありますか?


小売業は、最終顧客に商品を販売する業種です。BtoBの業種と比較すると小売業を含むBtoCの業種は、販売先(顧客)の数が非常に多くなります。そのため、顧客ごとの売上高・利益率等を把握して分析することはせず、客数・客単価等をKPI指標として設定し、分析することが小売業の特徴の1つとなります。

 

また、小売業は、販売ルートとしては実店舗での販売と、オンライン・通販等での販売とに分類ができます。近年では、オンライン・通販等を行う小売業者も増加していますが、中小企業では実店舗での販売がメインとなっているとことが多いように思います。

 

店舗が複数ある場合には、各店舗の損益管理が経営上重要となります。店舗別損益は、最低限売上高と売上原価、そして店舗でかかった経費について把握する必要があります。さらに、店舗ごとの貢献利益・営業利益の分析や客数・客単価等のKPIの情報を把握することが望ましいでしょう。貢献利益とは、店舗の売上高から売上に直接紐づく変動費(売上原価や販促費等)および店舗単独で発生する固定費(店舗人件費や店舗家賃等)を差し引いた利益のことです。貢献利益は店舗単独でどれぐらいの利益を獲得したのかを把握し、今後の施策や出退店等を検討する重要な利益指標となります。

 

貢献利益について具体例を用いて説明します。下図は本社と3店舗を有し、売上高3億円、営業利益5百万円の企業です。

 

 

 

 

 

 

 

 

店舗Aおよび店舗Bは貢献利益がプラスであるのに対して、店舗Cは貢献利益がマイナスとなっています。店舗Cを閉店して、売上も費用も全てかからない状態になる場合は、全社損益が5百万円改善することになります。しかし、正社員の雇用を継続する必要がある場合や、地代家賃の契約上途中解約による違約金が発生する場合等個別事情がある場合には、それらの事項も含めた上で検討する必要があります。

 

M&Aを検討している場合、対象会社の損益管理の状況を把握し、損益管理ができていない場合には、デューデリジェンス等にて会計士等の専門家を用いて店舗の損益数値を分析した上で、M&Aの検討をすることをお勧めします。

 

 

 

また、飲食店等も同様ですが、小売業の特徴として、現金売上が多い点が挙げられます。現金売上が多く、商品の仕入時は掛仕入で行っている企業の場合、買掛金の支払いよりも現金売上が先に発生するため、運転資金がほとんど必要ありません。

 

 

 

 

 

 

上図の例では、5月10日に仕入れた商品の支払いが6月末であることに対して、5月20日に現金売上となり、5月20日から6月末までの間現金が多い状況が続きます。そのため、小売業は他業種と比べ資金繰り上有利な業種と言えます。

 

一方で、2019年から実施されているキャッシュレス・消費者還元事業等の影響で、クレジットカードや電子マネー等での支払いが増加しているため、資金繰り上必ずしも有利とは言えない状況になりつつあります。M&Aの対象会社の運転資金の状況を分析し、キャッシュレス化の影響も把握することが望ましいでしょう。

 

 

また、小売業でも特に生鮮食品など、商品の劣化により販売できる期間が短い商品を扱っている場合は、廃棄ロスの管理が重要です。中小企業では廃棄ロスの管理を行っていない企業も少なくありません。例えば、筆者が関与した企業で改めて廃棄ロスを計測したところ、廃棄ロス率が20%であることがわかったケースもあります。仕入れた商品5つのうち1つは廃棄する計算です。廃棄ロスをゼロにするのが良いかどうかは経営判断となりますが、20%はさすがに多いためすぐに削減の施策を実行しました。M&Aの対象会社が廃棄ロスを管理していない場合や、廃棄ロスが多い場合には、貸借対照表に計上されている棚卸資産について全額資産性があるかどうかの検討が必要となります。また、買収後は廃棄ロス率の削減等の改善施策を行う必要があります。

 

 

また、小売業特有の仕入方法として買取仕入、委託仕入、消化仕入の大きく3つの仕入方法があります。

 

●買取仕入は、一般的な仕入のイメージで、その名の通り、店舗側で商品を買取って販売することです。

 

●委託仕入は、仕入先と販売委託契約を結び、店舗に商品を置きます。商品が売れたら商品代金ではなく「販売手数料」をもらう方式の仕入方法です。

 

●消化仕入れは、商品が店舗に納品されても仕入計上せずに、商品が販売された時点で初めて仕入れが計上される方法となります。売上仕入とも言います。

 

 

買取仕入は、買取っていますので商品が売れ残っても返品はできませんが、消化仕入と委託仕入は商品が売れ残った場合に返品が可能であり在庫リスクがないことが特徴です。M&Aの対象会社の仕入方法を確認し、在庫リスク等を把握した上でM&Aを検討することをお勧めします。

 

 

小売業のM&Aを検討する場合は、店舗損益をどのレベルまで把握できるかを確認しましょう。損益が把握できていない場合には、資料を入手して店舗損益を作成・分析する必要があります。また、KPIの分析状況、運転資金の状況、キャッシュレス化での影響、仕入先との契約関係等を把握した上でM&Aに臨むことをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第10回:PMIって何?-M&Aの成功はPMIで決まる!-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

▷第8回:デューデリジェンスとは?-各種DDと中小企業特有の論点―

▷第9回:M&A時の会計処理は?-企業業績へのインパクトは!?-

 


M&Aにおいて、クロージング(買収契約締結)までの手続はもちろん非常に重要ですが、クロージングをもってM&Aが終わるわけではありません。M&Aを真の意味で成功に導くための鍵を握るのがPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)です。

 

PMIとは、合併や買収後において買い手企業と対象会社を統合する一連のプロセスを言います。

 

M&Aによる企業統合の目的には、市場シェアの獲得、海外進出、先進技術の獲得等さまざまなものがありますが、そのような統合の効果を最大化するために行われるプロセスがPMIであり、統合の対象範囲は経営、業務全般、企業文化など統合に関わるすべてのプロセスに及びます。

 

 

ではどのようにPMIを進めればM&Aによる企業統合の効果を最大化することができるのでしょうか。

 

実務上は多様な考え方がありますが、一般的に、以下の3点が重要なポイントになると考えられます。

 

①プレディール(契約締結前)からの準備

プレディールの段階から統合後のあるべき姿を意識することが必要と考えられます。この時点で統合にかかるシナジーや機会の実現による統合効果を評価しておくとともに、統合後の課題についても整理・把握し、考え得るリスクや不安にどのように対処すべきか予め検討しておくことが有用です。

 

上場企業が非上場企業を買収するM&Aでは、クロージング後、遅くとも3か月以内に四半期決算を迎えることになります。膨大な財務データを集計し、正確かつ迅速な決算が求められる上場企業の決算報告プロセスに即座に対応できる非上場企業は多くありません。経理・財務の観点からは、決算体制の統合が喫緊のPMIの課題となるものと考えられます。

 

②PMIプロジェクト体制の構築

PMIを円滑に進めるためにプロジェクトの適切なリーダーを選任した上で、可能な限り早いタイミングに統合プロジェクト体制を構築すべきと考えられます。プロジェクトメンバーは、専門性や統合実務への関与度合いをベースに選定し、実効性とスピード感を担保する必要があります。

 

また、PMIにはプロジェクトメンバー以外のマネジメント・従業員もなるべく巻き込む必要があり、特に統合先の従業員に疎外感や他人事の感覚を抱かせず、「我が事」として共にPMIを進めていくという視点が大切になります。この熱量が維持される期間としても次に述べる100日間が重要であり、この期間で統合先との根本的な認識を合わせられるかがPMIの成否を左右すると言えます。

 

③100日プランの策定

前述のように、PMIは実効性とスピード感をもって進めていくことが重要であり、そのために一般によく採用されるのが、PMIのあらゆる課題への取り組みを100日間のスケジュールに落とし込む「100日プラン」です。

 

100日プランにおける課題は、統合後の組織・マネジメント体制の決定、全従業員レベルでの企業理念等の共有、事業戦略策定と経営課題への取組み、事業計画や予算の策定、業務プロセスやITシステムの整備、人事・報酬体系の設計等多岐にわたります。M&AのプロセスにおけるPMIの目的と活動を一覧にしたものが下図となりますのでご参照頂ければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第5回:株式譲渡と事業譲渡

~株式譲渡、事業譲渡のメリットとデメリットとは?~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、M&A は株式譲渡で進めることが一般的であると思いますが、事業譲渡という手法もあると聞きました。両者について説明してください。

 

A、株式譲渡は手続きが簡便であり一般的ですが、各種リスクを引き継ぐというデメリットがあります。

この点、事業譲渡であれば取得する資産を取捨選択できるため、手間はかかりますがリスクの遮断が可能です。

 

 

 

 

図表は株式譲渡と事業譲渡のイメージ図とメリット・デメリットをまとめたものです。

 

 

現状、中小企業のM&A の大多数が株式譲渡で行われています。株式の譲渡契約のみで会社の全ての権利義務の移管が可能であるためですが、当然に簿外債務を引き継ぎますので粉飾決算をしていた経営不振企業の事業再生案件などでは事業譲渡(ないしはその発展形である会社分割)が行われることも多くあります。また、対象会社株主の権利関係が不明確な場合や、所在不明株主が多数いる場合など、株式譲渡では有効に経営権が引き継げないと思われる場合にも事業譲渡は有効な手段となります。

 

 

個人株主の株式の売却において株式譲渡が好まれるのは税制の問題もあります。図表に記載のとおり、株式譲渡の場合、売手は株式譲渡益課税(20.315%)で課税が完結しますが、事業譲渡の場合、対象会社で事業譲渡益に対して法人実効税率(約35%)で課税が生じ、さらに売却代金を売手に配当で還流した場合、累進課税(最高49.44%)が生じるため手残りが極端に目減りしてしまうためです。法人株主であれば受取配当の益金不算入制度があるため、利益は配当の形で受け取った方が手残りが多くなるのとは対照的です。

 

 

事業譲渡の場合、取得する資産や承継する負債を取捨選択できるのがメリットですが、個別の移転手続きが必要になりますので手間はかかります。また、不動産を移転する場合には不動産取得税や登録免許税といったコストもかかります。さらには事業に係る許認可がうまく移転できない場合もあり、事前に監督官庁に確認を行う必要があります。この点、会社分割を用いた場合、一定の条件を満たすと不動産取得税が非課税になりますし、引き継げる許認可もあります。

 

 

事業譲渡のメリットとしては営業権が税務上の資産調整勘定の計上要件を満たす場合、損金算入できる点が挙げられます。また減価償却資産については中古資産の耐用年数の適用が可能であり、早期に損金化が可能となります。

 

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[税理士のための税務事例解説]

事業承継やM&Aに関する税務事例について、国税OB税理士が解説する事例研究シリーズです。

今回は、「取得した株式の取得価額と時価純資産価額に乖離がある場合」についてです。

 

 

[関連解説]

■【Q&A】のれんの税務上の取扱い

■【Q&A】事業譲渡により移転を受けた資産等に係る調整勘定

 

 

 


[質問]

日本法人がM&Aで外国法人の株式を取得した場合における日本法人株式の財産評価基本通達に基づく純資産価額方式による評価上、当該外国法人の買収価額と時価純資産価額に乖離がある場合の差額(のれん)の相続税法上の評価について、どのように取り扱うべきでしょうか。

 

財産評価基本通達185のかっこ書きの評価会社が課税時期前3年以内に取得または新築した土地及び土地の上に存する権利(以下「土地等」という。)並びに家屋及びその附属設備又は構築物(以下「家屋等」という。)の価額は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するものとし、当該土地等又は当該家屋等に係る帳簿価額が課税時期における通常の取引価額に相当すると認められる場合には、当該帳簿価額に相当する金額によって評価することができるものとされることを準用し、買収後3年間は買収価額(=帳簿価額)による評価を実施し、3年経過後は当該外国法人の純資産価額方式による評価としても差し支えないでしょうか。

 

[回答]

ご照会の趣旨は、評価会社の株式の価額を評価する際、評価会社がM&Aにより取得した本件外国法人の株式の取得価額と同法人の株式の時価純資産価額に乖離があることから、その乖離している差額部分(のれん)をどのように取り扱えばよいのか、を問うものです。

 

以下の1又は2のいずれにより取扱っても差し支えないと考えます。

 

 

1 取得した株式の価額のままで取扱う場合
本件事例の評価会社がM&Aにより取得した本件外国法人の株式の取得価額と同法人の株式の時価純資産価額に乖離がある場合で、その時価純資産価額が取得価額を下回っている場合には、評価会社の株式を評価する純資産価額(相続税評価)が過大に評価されることがないと考えますので、その乖離している部分の金額(以下「本件乖離差額の金額」といいます。)を特に考慮しないでも差し支えないと考えます。

 

評価会社の株式の価額を1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)を評価する際、その評価会社の保有資産に本件外国法人の株式が含まれていますので、本件外国法人の株式の価額は、財産評価基本通達(以下「評基通」といいます。)186-3《評価会社が有する株式等の純資産価額の計算》の定めにしたがって計算します。

 

その計算により算出された本件外国法人の株式の価額は、評価会社の株式を評価する際の「取引相場のない株式の評価明細書」の第5表の資産の部の有価証券(外国法人に係る株式)の科目の相続税評価額欄に記載され、その有価証券の帳簿価額欄の金額は本件外国法人に係る株式の帳簿価額(取得価額)を記載します。

結果的に、評価会社が有する有価証券(本件外国法人に係る株式)を含む各資産の価額の合計額が相続税評価額及び帳簿価額のそれぞれの純資産価額(第5表の⑤及び⑥)の計算の基に含まれているので、同表の⑤-⑥による⑦欄に評価差額に相当する金額(マイナスの場合は0)では本件乖離差額の金額が整理、吸収された後の金額が算出されます。

 

そうすると、評価会社が取得した本件外国法人の株式の取得価額と同株式の相続税評価額に乖離があったとしても、本件乖離差額の金額は評価会社の株式評価における純資産の評価差額の計算において整理、吸収されてしまうことになります。
評価差額に相当する金額は、株式の課税時期における純資産価額(相続税評価額)を計算する際に控除する法人税額等相当額(同表の⑨)の計算の基になる価額です。

 

したがって、本件乖離差額の金額は、評価会社の株式の純資産価額(相続税評価額)を算出する際の控除項目の中で整理、吸収されてしまいますので、評価会社の株価が過大に評価されることがないと考えます。

 

 

2 営業権として取扱う場合
評価会社の決算において、M&Aにより本件外国法人を買収した際の営業権を新たに貸借対照表に資産として計上がある場合には、評価会社の株式の評価における純資産価額(相続税評価額)の計算において営業権の科目を計上して評価することになります。

 

そのM&Aにより本件外国法人を買収した際、評価会社が本件外国法人の有する営業権(のれん)の価値を認め、その価値を評価してM&Aの買収価額を決定している場合は、その認定した営業権の価値に相当する金額を営業権の取得価額として取扱い、評価会社の資産に本件外国法人に係る営業権の価額を計上すべきと考えます。

 

なお、M&Aの契約書に本件外国法人に係る営業権が取引対象として掲記されていない場合には、簿外の営業権を含めて本件のM&Aが行われたと考えられます。

 

ところで、営業権とは、「企業が有する好評、愛顧、信認、顧客関係その他の諸要件によって期待される将来の超過収益力を資本化した価値」であると説明されています。

 

財産評価においては、営業権は、他からの有償取得のものであるか、自家創設のものであるかを問いませんが、本件においては他から取得した営業権になります。
相続税財産の評価上、営業権の価額は、企業の超過収益力を基に計算することで取扱われています(評基通165、166)。本件外国法人に係る営業権の価額は、評基通165、166の定めにより評価するのが相当です。

 

 

 

 

税理士懇話会事例データベースより

(2018年10月15日回答)

 

 

 

 

[ご注意]

掲載情報は、解説作成時点の情報です。また、例示された質問のみを前提とした解説となります。類似する全ての事案に当てはまるものではございません。個々の事案につきましては、ご自身の判断と責任のもとで適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い申し上げます。

 

 

 

 


[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』]

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士  中田博文

 

〈目次〉

1、社内価値評価の重要性

2、社内価値評価の作業

3、評価対象

(事業価値、株式価値)

4、評価手法の概要

(インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コストアプローチの概要とメリット・デメリット)

5、終わりに

 

 

▷第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

▷第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

 

▷関連記事:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷関連記事:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

▷関連記事:M&A取引の税務ストラクチャリング

1、社内価値評価の重要性


M&Aのリスクの一つは、高値買いです。M&Aが成長戦略のツールとして定着し、買い手候補は増加する一方で、高収益企業の売り案件はまだまだ少ない状況です。そんな中、入札形式を採用するケースが増加しているため、買収価格は高騰する傾向にあります。

 

高値掴みを防止するためには、外部評価機関の価値評価レポートの入手とともに、社内での適切な価値評価が重要です。相対取引の場合であっても、売り手企業の言い値に左右されず、売り手に対して合理的な評価額を主張することが必要です。

 

売り手の仲介会社から株式価値算定書が開示されることもありますが、その多くは純資産法をベースとしたものが多く、マーケット水準との乖離が不明であり、また将来の収益力を反映していません。純資産に営業権を加味したものであっても、営業権の算定に恣意性が関与しており、ファイナンス理論の裏付けのない評価方法といえます。特に、外部ステークホルダーに買収価格の説明責任がある場合、説明に窮することになりますので、あくまでも参考程度に留めることをお勧めします。

 

なお、上場会社では、M&A後の会計処理(減損の判定、PPA)において、DCF法によって計算された評価額を前提とするため、買収時に適切な価値評価を実施していないと、開示スケジュールに間に合わない(監査に時間がかかる)等の事態が生じる可能性があります。

 

 

2、社内価値評価の作業


M&Aにおける価値評価の主な社内作業は、以下となります。

 

①   倍率法で大まかな水準感をつかむ
②   DCF法の算定結果との整合性を確認する
③   ①②に差異がある場合、差異要因(事業計画、割引率、成長率、類似会社の選定)を分析する
④   価値変動に影響を与える項目を抽出し、シナリオ分析(パラメーターの設定)を実施する
⑤   シナジー効果の価値を算定する
⑥   財務税務DDの確認項目を抽出する
⑦   DDの結果を価値評価に反映する
⑧   最終的な提案価格を確定する

 

 

①倍率法は、EBITDA倍率を用いるケースが一般的です。類似会社は、データーベースの産業別分類等を利用して、企業規模、収益性、事業分野等の類似した会社を少なくとも5社程度選定します。

 

②DCF法では事業計画が必要となります。売り手企業から事業計画の開示がある場合、売り手の事業計画に一定の修正を加味した修正事業計画を基にDCF法の計算を行います。事業計画の開示がない場合は、予算等を参考に買い手企業が作成します。

 

③倍率法とDCF法によって算定された評価額のレンジは、一般的にオーバーラップすることが多いですが、乖離が生じるケースもあります。その場合は、乖離の要因を分析し、整合性を阻害している要因を特定し、修正の要否を検討します。

 

④事業計画の前提条件のうち、価値評価に影響を与える項目(例えば、材料費率、外注費率、労務費、設備投資等)を抽出し、それらをパラメーターとするシナリオ分析を行います。

 

⑤M&Aによるシナジー効果を検討します。DCF法の場合、シナジー効果の金額の見える化が可能です。

 

⑥④のシナリオ分析において、価値に与える影響の大きい項目及び⑤のシナジー効果の実現可能性を財務DDの重点項目として抽出し、調査します。

 

⑦DDの結果(例えば、主要取引先の喪失の可能性、主力製品の販売落ち込み予測、主要材料の調達コストの増加見込み、運送費の上昇見込み)を価値評価に反映させます。

 

⑧価値評価の算定結果と売り手との交渉過程を通じて、最終的な買収価格が確定します。なお、買収価格は、株式譲渡契約の契約内容(表明保証、補償条項)等の影響も受けます。

 

 

3、評価対象


「事業価値」と「株式価値」の言葉の定義が曖昧な場合、交渉時の意思疎通が上手く行かない可能性がありますので、正確に理解する必要があります。

 

[事業価値]

事業(ビジネス)から創出される価値です。DCF法ではフリー・キャッシュ・フローの割引現在価値の合計、EBITDA倍率法ではEBITDA×倍率、貸借対照表では運転資本、固定資産及びのれんの合計です。

 

[株式価値]

事業価値に非営業用資産(投資資産、遊休資産等)の時価を加算し、純有利子負債(借入金等の負債から現預金を控除)の時価を差し引いたものです。

 

 

 

 

 

 

4、評価手法の概要


価値算定の手法は、①インカム・アプローチ、②マーケット・アプローチ、③コスト・アプローチの3つに分類されます。

 

①インカム・アプローチ

DCF法が代表的な評価手法です。企業の事業活動によって生み出される将来のキャッシュ・フロー(FCF)を、想定割引率を用いて現在価値に割り引いて、事業価値を算定する手法です。事業価値に非営業用資産を加算し、純有利子負債を控除して株式価値を算出します。

 

 

(メリット)

●将来の収益力を考慮するため、継続企業の評価に適しています。また、キャッシュ・フローをベースとする計算であるため、会計処理方法の影響を受けません(クロスボーダーのM&Aでは重要な点となります)。さらに、将来CFと事業価値・株式価値の関係を明示的に把握できるため、買収価格のシミュレーションやシナジー効果の見える化が可能です。そして、前述のように会計上のPPA・減損テストでも用いられる手法であるため、買収時に必須の方法と考えられます。

 

(デメリット)

●事業計画、資本構成、割引率、成長率等により評価額が大きく左右されます。そのため、可能な限り客観的・合理的・説明可能な前提条件の設定が重要になります。

 

 

②マーケット・アプローチ

株価等のマーケット情報を基礎に価値を推定する方法で、市場株価法、類似会社比準法及び取引事例法が多く用いられています。

 

◆市場株価法

対象会社が上場会社の場合に使用される方法です。株価には、企業の将来性、収益力、財政状態が織り込まれています。上場会社の組織再編の株価算定、TOB価格、自己株式の買取価格に使用されています。

 

◆類似会社比準法

上場企業の中から、対象会社と事業内容、事業規模、収益の状況等が類似する企業を複数選定し、それら類似会社の株式時価総額や事業価値に対する財務指標の倍率を算定し、当該倍率を評価対象企業の財務指標に乗じて価値の推計を行う手法です。

 

◆取引事例法

対象会社と類似事業の買収事例にもとづき、事業価値及び株式価値を評価する手法です。

 

 

(メリット)

●市場株価法は、実際の市場株価に基づくため、不特定多数の投資家の評価を反映できる客観的な指標といえます。類似会社比準法は、簡便に計算できる点がメリットです。取引事例法は、実際の第三者による買収実績を反映しているため、客観的な評価と考えらる場合があります。

 

(デメリット)

●市場株価法は、上場会社の株価であっても、あらゆる場面で適用できるものでなく、株式の取引状況、マーケット環境、市場株価の動向を踏まえて、採用できないケースがあります。

●類似会社比準法は、対象企業と類似性の高い上場企業の選定が困難な場合は、対象企業と類似会社の相違点の調整や採用する倍率の選定等の高度な判断が必要です。

●取引事例法は、案件の特異性等によって買収価額が実態価格と乖離した状態で取引されている可能性があります。

 

 

③コスト・アプローチ

貸借対照表上の純資産額を基礎に株式価値を算定する方法です。資産及び負債のうち時価の判明するものについては時価に評価替えを行い、その評価替え後の資産と負債の差額である修正純資産(含み損益を反映)によって株式価値を評価します。

 

 

(メリット)

●純資産法による株式価値は、貸借対照表を基に評価するため、その計算方法が一般的に理解されやすく、比較的客観的な評価結果と言えます。また、金融資産が主要資産である金融会社や不動産会社等のアセットビジネスに対して有用な評価手法です。

 

(デメリット)

●将来の超過収益力が評価に反映されません。対象会社の強み(超過収益力)に着目してM&Aを実行しているにも関わらず、その超過収益力が評価されないため、M&Aの実態に整合しない評価方法と言えます。また、営業用資産の含み損益を時価評価しても、事業を廃止しない限り、価値として実現しないので、事業継続性を前提とした評価と乖離する可能性があります。

 

 

5、終わりに


このように、価値評価の一般的な算定手法として、「DCF法」、「類似会社比準法」、「取引事例法」、 「純資産法」等があります。それぞれの方法にメリット、デメリットがあるため、評価対象事業の特性、評価の目的等を総合的に勘案して評価方法を選定し、さらに、評価方法間のクロスチェックが重要となります。

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全5回)—

第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?

第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?

第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて

第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い

※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。

 

 

[業界別・業種別 M&Aのポイント]

第1回:「製造業のM&Aの特徴や留意点」とは?

~原価計算は?運転資本は?設備投資は?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:「小売業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「情報通信(IT)業のM&Aの特徴や留意点」とは?

▷関連記事:「会計事務所・税理士事務所のM&Aの特徴や留意点」とは?

 

Q、製造業のM&Aを検討していますが、製造業M&Aの特徴や留意点はありますか?


製造業の特徴は、当たり前ですが製品を製造しているということです。製品を製造していると製造していないでは、経営管理上大きく異なります。なお、製造業といっても多岐にわたりますが、広く一般的な製造業について記載いたします。

 

製造業のビジネスは、簡潔に記載すると「部品調達→製造→販売」となります。良い製品・商品・サービスを販売することはどの業種でも同様に重要ですが、製造業では製造工程の改善等による自社内の努力による利益改善の余地が大きいことがまず重要な特徴となります。

 

また、自社内で製品の製造を行うため、一般的に製造部品の仕入額、製造人員の人件費、外注費が重要な費用項目となります。会社の費用構造を把握した上で、製品の製造の中でどの部分が会社の強みであり、また改善余地があるのかを把握することが重要となります。

 

例えば小売業であれば、A商品を100円で仕入れて150円で販売すると、A商品の売上総利益は50円となりますが、製造業では商品の製造原価を算出する必要があります。製造原価を算出すること、つまり原価計算ですが、この原価計算を正確に行わないと製品ごとの原価が分からず、150円で販売した場合に利益がいくらになるのかが不透明となってしまいます。

 

 

しかし中小企業の場合、原価計算を行っておらず、製品の原価を把握できないままに製造し販売していることも少なくありません。社長の頭の中には、なんとなくの原価が想定されていますが、専門家により原価計算を行うと、実は赤字販売をしていたというような事もあります。つまり、原価計算を正確に行っていないと、製品ごとの利益の大小がわからず、どの製品を重点的に製造し・販売するのが会社として良いのか等の経営判断を誤る可能性があります。

 

製造業は、「部品調達→製造→販売」となり、一般的に製品のリードタイムが長いため、運転資金が他の業種と比べて多額になる傾向にあります。

 

 

仕入の支払いサイト、製造にかかる期間、売上の回収サイト等を把握することで製品リードタイムが把握でき、必要な運転資本の把握が可能となります。併せて、在庫の棚卸の頻度や滞留状況、廃棄の実施状況等の確認もしましょう。

 

また、M&Aにより、製造する製品の種類や量が変更になる場合、どの工程がボトルネックになるのかを把握することも重要です。ボトルネックを事前に把握しておくことで、製造工程の変更や、投資による解消を早期から検討できるからです。

 

さらに、工場の設備や機械の実質的な耐用年数、現在の消耗度、設備投資の周期や金額等を事前に把握しておくことも重要です。売手企業は、M&A実施前に設備投資は積極的には行わず、むしろ抑えることが多いため、買手企業による買収後、設備投資により多額の出費が必要になる可能性があります。設備投資の予定等も踏まえて買収価格の交渉を行うことが望ましいでしょう。

 

製造業は、他の業種とは異なる様々な特徴や留意点があるため、事前にデューデリジェンス等を通じてこれらを十分に理解した上でM&Aに臨むことが必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

[伊藤俊一先生が伝授する!税理士のための中小企業M&Aの実践スキームのポイント]

⑥(特別編)新型コロナウイルス等による業績悪化を理由とした M&A ・事業売却

 

〈解説〉

税理士  伊藤俊一

 

[目次]

1)  はじめに

2)(買主視点)M&AにおけるFAの初動ポイント

3)(買主視点)買主側で簡易的な投資レンジ(投資の許容幅)の決定方法

4)(売主・買主双方)のれんの考え方

5)(売主・買主双方)経営資源引継ぎ補助金

6)(売主・買主双方)事業承継税制(特例)と業績悪化

 


[関連解説]

■新型コロナウイルス等による業績不振に関連する税務上の注意点

■【Q&A】経営状況が悪化した場合の定期同額給与 ~コロナウイルスの影響で大幅に売上高が落ち急激に業績が悪化、役員報酬の大幅な減額を検討~

 

1)はじめに

本稿脱稿時点、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響から、業績不振に陥っている法人が多いと思われます。このような状態下では、キャッシュリッチな会社にとってはM&Aによる買収の機会ともいえます。これまで、売主主導であった中小零細企業のM&Aにおいて、対象会社の業績不振から、いわゆる「買いたたき」が起きる可能性があります(これは不動産や、普段プレミアムがついている趣味嗜好品(骨董品、高級車など)でも全く同様のことがいえます)。

 

リーマンショック以降の不況時もそうでしたが、いわゆる本格的なコロナ不況に仮に陥ったとしても、M&Aの件数自体にはさほど影響を与えないと思われます。しかし、上記の買いたたきの結果、スモールなディールが多くなっていくことが予想されます。

 

 

2)(買主視点)M&AにおけるFAの初動ポイント

①初動ヒアリング

FAはオーナー(買主株主)に対してM&A 意向の確認のため、初動で下記のヒアリングを実施します。

 

(初動ヒアリングのポイント)

⇒「明確な」買収の目的

⇒対象会社の事業内容

⇒対象会社の事業規模・地域

⇒買収予算(※不況時には、まさに「買いたたき」による買収価格の引下げが起きる可能性があります)

 

上記のうち、買収目的が最大のポイントです。これが不明確な場合、M&A を実行すべきではありません。単に買収価格が安いからといって、シナジー等、将来的な経営目的、経営戦略なくして、購入すべきではありません。

 

 

3)(買主視点)買主側で簡易的な投資レンジ(投資の許容幅)の決定方法

 

 

上記表に具体的な数値を当てはめていくだけです。

 

通常、ベスト、ニュートラル、ワーストの三種のシナリオを用意します。

 

なお、上記表はファイナンスの観点からすると全く正しくありません。

ファイナンスの考え方でいうと、× 1 年~× 5 年のCF はDCF 法の考え方に沿って、現在価値に割り引いて計算されるべきです。

 

しかし、中小零細企業のM&A実務においてはそこまでは必要がないと考えます。DCF法にて買収価格を算出するよりも、上記表の数値で投資額を割り引いた方が中小零細企業オーナーには直感的で分かりやすいからです。また、この方法であれば、税理士単独でも株価算定ができます。

 

そもそも、中小零細企業では買主自身も将来FCF の予測がつかないのに、対象会社が買収後、そのまま存続するかもわかりません(デフォルトリスク(倒産リスク))。そこで現時点での静的価値が譲渡対価の最低限の担保である、という買主側のニーズを捉えているということが言えます。

 

 

 

4)(売主・買主双方)のれんの考え方

業績悪化による買いたたきにより事業譲渡の場合、のれんを考慮する機会が増加すると思われます。

 

「同族特殊関係法人間のM&A」については下記のように見解が分かれます。

 

 

(1)一切不要と考える説

●もともと、売主で営業権の帳簿価額が存在していないのなら、それを敢えて認識することは事実上、評価益の認識計上となる。法人税法の原則は法令に定めのあるものを除き、評価損益は不計上(損金又は益金に計上しない)である。

●当事者間で有償、無償を問わず、営業権の譲渡があったとした会計処理について、当局が営業権の存在を否認する処分等は実際にある。しかし、当事者間でそもそも認識していないものを、当局が営業権の存在をあるものとみなして認定課税をすることは上記「・」の理由からあり得ない。

●この説を採用する論者は、第三者間M&A 等により取得した営業権につき、これを無償譲渡した場合には、当該無償譲渡に係る営業権相当額分だけ寄附・受贈があったものではないかと指摘するむきがある。

●営業権の定義は、「法人税法上、営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を統合した、他の企業を上回る企業収益を獲得することのできる無形の財産的価値を有する事実関係であると解する。」(昭和57年6 月24日鳥取地裁判決ほか)等とある。

仮に現時点で無形である財産的価値があったものとしても、当事者間がそれをそもそも認識していない自己創設のれんについて計上余地は一切ない。

●中小零細企業実務における事業譲渡に係るのれんは差額概念である。厳密には、当該営業権として評価、計上された金額が、売主会社の将来の収益性、採算性等(つまりDCF)から妥当と認められる場合には課税上の問題は生じない。

●この点、この説を支持する論者は、上記の収益性等を総合勘案しての営業権評価、計上額と実際計上額に差がある場合、当該差額相当額を、高額譲受に認定し、寄附金課税等が発動する見解もある。

●現実には、両社間の利益調整等によって、営業権相当の恩恵(税メリット)は両者が受けるはず。同族法人間での利益調整が過度に行われる場合、寄附金課税等が行われる可能性がある(ただしグループ法人税制の適用がある場合、実害は生じない)。

●まとめると、営業権の評価、計上自体が論点になるのではなく、差額概念が税務上適正額と差異があれば、寄附・受贈の論点に集約される。したがって、営業権の創設自体が不要である。

 

 

(2)自己創設のれんも計上すべきとする説

●上記のように「計上しない場合」寄附金認定の論点が登場する。したがって、当初から自己創設のれんを計上しておけば、そもそも寄附金認定課税の論点が生じない。

●営業権はどのように評価するのかということについては、諸説あり。

当該評価方法については、法令上の明確な定めなし。実務では、

○時価総額/事業価値と時価純資産価額(個別資産の時価の合計)との差額をもって営業権の時価を求める方法

○収益還元法等により営業権の時価を求める方法

○財産評価基本通達165項準用

等々が考えられる。なお、法文に根拠がないため、当該算定に合理性があれば租税法でも認容されると考えられる。

●非適格合併等(法法62の8 )における資産調整勘定(法令123の10④)の計算においては、当該非適格合併等により移転を受けた事業の価値は、当該事業により見込まれる収益の額を基礎とし、合理的に見積もられる金額を時価純資産価額とすることが容認されている(法規27の16①)。

明文化されていないが、黙示できるものとして、税制非適格再編成における資産調整勘定について、対価資産の交付時価額-移転事業の収益額を基礎として合理的な見積額における事業価値はDCF 法とある(法令123の10、法規27の16)。

●DCF 法-純資産価額=営業権とする考え方も許容される。法人税法上、DCF 法の許容を明示しているのは「適正評価手続に基づいて算定される債権及び不良債権担保不動産の価額の税務の取扱いについて(法令解釈通達課法2 -14、査調4 -20、平成10年12月4 日)」。ここでは、各手法で計算の基礎とした収支予測額及び割引率が適正であれば租税法においても許容されると読みとれる。

●非上場株式評価は法人税基本通達9 – 1 -14で行うが、これは財産評価基本通達178から189- 7 を準用するため、その際、営業権についても財産評価基本通達165項、166項(営業権の評価明細書のこと)で評価して良いかという論点もある。これはもともと個人の財産評価基準であって法人同士で類推するのは不適切との見解も多々あり、理論的にはそれは正しいと思われる。しかし、課税実務上、便宜のため、これを使うことも往々にしてある。

●各同族法人の株主構成が異なっていた場合、営業権を計上しなかった分だけ株主間贈与の認定があり得るのかという論点もあり。計上しなかった場合、または低かった場合、その差額が法人間での寄附の問題になりうる可能性があり。

前者の株主間贈与は、会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産を譲渡した場合、財産を譲り受けた会社の株式の価額が増加した場合には、当該増加部分を、譲渡した者から贈与により取得したものとみなすという、相続税第9 条の論点。

●まとめると、別途のれんを評価しなければ、寄附・受贈(株主間贈与)の論点に帰結するため、それならば、予め評価、計上しておいたほうがよい、ということ。

 

 

なお、上記と異なり、純然たる第三者間における当事者間合意価格には、租税法が介入する余地は一切ありません。第三者M&Aにおける租税法の適正な時価は当事者間合意価格です。

 

 

5)経営資源引継ぎ補助金

経済産業省支援策パンフレットによると、「第三者承継時に負担となる、士業専門家の活用に係る費用(仲介手数料・デューデリジェンス費用、企業概要書作成費用等)および、経営資源の一部を引き継ぐ際の譲渡側の廃業費用を補助」する施策が打ち出されています。

 

出典:経済産業省ウエブサイト(https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf

 

 

廃業、清算を検討する場合には、M&Aにおける売主としてのポジションもとりえる、そして、それに係る専門家等への報酬は上記施策により一定程度、負担軽減されること、についてクライアントに周知すべきです。

 

 

6)(売主・買主双方)事業承継税制(特例)と業績悪化

売主法人が事業承継税制特例適用対象会社の場合、将来、中小零細企業M&A 実務において、下記のような価格交渉手法が定着するかもしれません。

 

業績悪化事由において株式譲渡の場合は、一定の要件のもと、当該株式譲渡時に一部免除、さらに2年後に上乗せで一部免除が期待できます(措法70の7の5 ⑭等)。この一定要件は下記です。

 

 

M&A における買主側で当初譲渡後、当該2年を経過する日において、次の要件全てを満たす場合になります(措令40の85㉛等、措規23の12の2 ㉗等)。

 

⑴ 一定の業務を行っている。

⑵ (当初)譲渡等の事由に該当することとなった時の直前における特例認定贈与承継会社の常時使用従業員のうちその総数の2分の1以上に相当する数の者が、当該該当することとなった時から当該2年を経過する日まで引き続きその会社の常時使用従業員である。

⑶ 事務所、店舗、工場その他を所有し、又は賃借している。

 

価格交渉で利用できるのは⑵でしょう。当初M&A において売主会社の従業員を解雇した場合、上記の特典(2 年後の税メリット)の恩恵を授かることはできません。売主会社従業員継続雇用コスト(その他の雇用リスクも同時に考慮する必要があります)と2年後の一部免除額との有利・不利判定をし、売主、買主双方は最終価額を調整することになります。

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第5回】PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

▷第6回:PPAにおける無形資産の評価手法とは?

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

 

 

 

 

 

【図表1】PPAにおける無形資産評価の一般的なプロセス

 

 

前回は無形資産の認識プロセスについて詳しく解説したが,今回は,無形資産の認識を行った後の測定プロセスについて解説します。

 

1.無形資産の測定プロセスの概要

前回説明したように,無形資産の評価実務においては,認識プロセスにおいて初期的資料の分析や買い手企業へのインタビュー等を実施し,認識すべき無形資産を特定します。

 

その後の測定プロセスにおいては,認識対象と判断した無形資産についての定量的な評価を,価値評価の実務に基づいて進めることとなります。

 

無形資産評価においては,他の資産の価値評価の場合と同様に,絶対的な解が存在するわけではなく,個々の案件において概ね合理的かつ妥当と考えられる算定結果を導くことがゴールとなります。

 

そのために,評価者は無形資産の認識プロセスにおいて買収案件の目的や被買収企業の事業特性等を理解した上で,測定プロセスにおいてそれらの理解に基づき適切と考えられる評価手法の選択や前提条件の設定を行い,無形資産価値の測定を行います。

 

以下,無形資産の測定プロセスにおいて検討すべきポイントについて,どのような考え方に基づき評価手法が選択され,また,選択された評価手法における前提条件にはどのようなものがあるのか,といった点から概観していきます。

 

 

【測定プロセスにおいて検討すべきポイント】

(1)基礎となる考え方(公正価値アプローチ)

(2)評価手法・評価アプローチの選択

(3)評価上の前提条件等の検討

  •    ①認識する無形資産の関係性
  •    ②WACC・WARA・IRR
  •    ③事業計画
  •    ④経済的耐用年数
  •    ⑤節税効果
  •    ⑥人的資産の評価

 

 

(1)基礎となる考え方(公正価値アプローチ)

公正価値の概念は,PPAにかかる無形資産価値評価において基礎となる非常に重要な概念であり,無形資産はこの公正価値の概念により測定される。IFRS13号「公正価値」によれば,公正価値とは「測定日時点で,市場参加者間の秩序ある取引において,資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」とされます。

 

これは,無形資産の評価は,一般的な市場参加者の見地に立って行わなければならないことを意味しています。日本基準においても,企業会計基準適用指針第10号に同様の内容が規定されており,公正価値とは(1)観察可能な市場価格に基づく価額であり,(2)(1)がない場合には,合理的に算定された価額とされています。

 

また,合理的に算定された価額による場合には,一般的な市場参加者が利用する情報や前提等が入手可能である限り,それらに基礎を置くこととし,そのような情報等が入手できない場合には,見積りを行う企業が利用可能な独自の情報や前提等に基礎を置くものとされています。

 

合理的に算定された価額は,一般に,コスト・アプローチ,マーケット・アプローチ,インカム・アプローチなどの見積方法を採用することが考えられ,資産の特性等により,これらのアプローチを併用又は選択して算定することとなります。この点について,IFRSと日本基準の考え方に差異はないものと解されます。

 

 

(2)評価アプローチ・評価手法の選択

上述の3つのアプローチについて解説します。

①インカム・アプローチ

インカム・アプローチとは,評価対象資産から得られる将来の経済的便益の総和を現在価値に割引くことにより,評価対象資産を評価する手法です。

無形資産評価の実務ではほとんどのケースにおいて採用される主要な評価手法です。代表的な算定方法に,ロイヤリティ免除法,超過収益法などがあります。

 

②マーケット・アプローチ

評価対象資産あるいは評価対象資産に類似した資産の取引市場における取引価格を参考にして,評価対象資産の価値を算定する手法です。

 

③コスト・アプローチ

無形資産を構成する要素それぞれの再調達原価や複製原価を算定し,集計した額を評価対象資産の価値とする手法です。実務では,のれんに含まれる人的資産の評価等に用いられることが多いです。

 

 

【図表2】評価アプローチと留意事項

 

 

(3)評価上の前提条件等の検討
①認識する無形資産相互の関係性

複数の無形資産が認識される場合においては,対象会社の事業遂行上,無形資産の収益貢献度合や無形資産相互の関係性について理解・把握し,算定分析を行うことが必要であります。

 

例えば,非常に強力な製品ブランドを有する事業において,ブランド力を背景として顧客との取引関係が構築されていると考えられるようなケースにおいては,ブランドを主たる無形資産,顧客関連資産を従たる資産と捉えるのが合理的です。

 

このような関係性は,無形資産の算定上,評価手法の選択や計算過程において考慮されます。一方で,複数の無形資産が存在するものの,それぞれが相互に補完し合うことなく独立して機能し,収益稼得に貢献しているといった場合であれば,無形資産相互の影響については考慮せず,各々を個別に評価するのが合理的と考えられます。

 

 

②WACC・WARA・IRR

無形資産の測定には主にインカム・アプローチが用いられるため,割引計算に必要なWACC(加重平均資本コスト),WARA(加重平均資産収益率)といったパラメータを設定する必要があります。

 

設定にあたっては,対象案件におけるIRR(内部収益率)が参照されます。実務上は,WACC・WARA・IRRの整合が求められることが多いです。

 

 

③事業計画

PPAにおける無形資産評価は,端的に言えば,将来キャッシュ・フローからもたらされる経済的価値を無形資産とのれんに配分する手続です。将来キャッシュ・フローの構成要素のうち,無形資産の価値とのれんの価値を,事業計画上のキャッシュ・フローに基づき測定します。

 

通常,買収案件の検討時においては,複数の事業計画が策定されるが,測定の実務では,公正価値アプローチに基づき一般的な市場参加者の観点と整合的な事業計画が採用されます。

公正価値アプローチでは,買い手が誰であろうと,買い手の特性等については価値に影響を及ぼさない,という前提に立つため,買い手企業によってのみ実現可能なシナジー効果からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産の構成要素とは看做さずに,のれんの構成要素となります。

 

また,こちらも重要なポイントであるが,PPAの無形資産評価において測定対象となるものは,評価基準日時点に存在する無形資産です。

したがって,無形資産は,評価基準日時点において既に存在する顧客・契約・技術・製品等から生じるキャッシュ・フローに基づき測定・評価されなければなりません。対象企業が将来獲得すると想定する顧客・契約・技術・製品等からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんの構成要素となる点に留意が必要です。

 

 

【図表3】キャッシュ・フロー配分の概念図

 

 

④経済的耐用年数

経済的耐用年数は,測定される資産価値に影響するとともに,無形資産の会計上の償却年数にも影響を及ぼす実務上最も重要な論点であると考えられ,十分な分析・検討が必要となります。

 

無形資産評価において難しいのは,例えば,有形固定資産であれば,税法上の規定など資産の種別に応じた耐用年数に関する指針等が存在しますが,PPAにかかる無形資産評価の場合そのような個別具体的な指針はなく,認識される無形資産について個別的な検討が求められます。

 

実務上は,下表にあるように,商標権や契約関連資産で法的保護期間(契約期間)が明示的なものについては,残存保護期間や更新可能性が考慮されることが多いです。一方,契約期間が不明確な契約関連資産や顧客資産については,取引の継続実績や過去の顧客減少率といった,被買収企業から入手できる関連データを総合的に勘案して,経済的耐用年数が決定される場合が多いです。

 

 

【図表4】経済的耐用年数の検討材料(例)

 

⑤節税効果
無形資産価値の測定において,当該無形資産の償却による節税効果を,資産価値に含めることが一般的です。連結財務諸表のみに無形資産が計上され,実際の単体決算の税務申告上,償却費が発生しないような場合であっても,償却を擬制して節税効果を見積もり,その価値を加味する場合がある点に留意ください。

 

 

⑥人的資産の評価

人的資産は,インカム・アプローチに属する評価手法である超過収益法が採用される場合に測定が必要となります。一般的に,企業買収において,買収者は資産設備等以外に,対象会社の組織化され訓練された労働力を得ることとなります。

 

そのため買収者は,対象会社の事業を継続運営する上で,新たに人を採用し,訓練するためのコストを節約できたとみなして,当該節約コストを見積ることによって人的資産の価値を概算することとなります。具体的な概算方法としては,評価基準日時点の人員を採用して,職務を果たせるレベルまで教育訓練した場合に生ずるコストの合計値が人的資産の価値となります。

 

 

2.最後に

今回は無形資産の測定プロセスを解説したが,測定プロセスの流れや検討すべきポイントについてご理解頂けたでしょうか。無形資産の測定においては,選択される評価手法や設定される前提条件等によって測定結果が大きく異なります。よって,測定プロセスは慎重かつ適切な判断に基づいて進めることが必要です。

 

次回は,無形資産の測定プロセスにおける代表的な評価手法について解説します。

 

 

 

 

—本連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[中小企業のM&A・事業承継 Q&A解説]

第1回:事業が健全かそうでないかの判別

~経営分析とは?非数値情報分析とは?健全性のチェック方法は?~

 

[解説]

植木康彦(公認会計士・税理士)

 

 

 

 

 

 

 


 

[質問(Q)]

長男に事業を承継する予定ですが、長男から「お父さんの事業は健全なの?」と聞かれています。事業の健全性は、どのように判定したらよろしいのでしょうか。

 

 

[回答(A)]

事業承継に際して、その事業が健全か否かはとても重要です。健全性の判定に際しては、数値分析(経営分析)と非数値情報分析を組み合わせるなどして判断します。

 

 

 

健全性の判定に正解はありませんので、あくまでも一例を示します。

 

1.経営分析(ファイナンシャルステートメント分析)


経営分析を行い、営業キャッシュフロー、収益性、安全性、成長性、効率性などの観点から対象会社を評価します。例えば、営業キャッシュフロー(営業利益)が3 年連続でプラスの場合は健全と言えます。それぞれの指標にはおおよその目安があるので、その目安をクリアーしている場合は健全と言えます。また、対象会社と同業他社を比べてみることも重要です。

 

比較することにより、対象会社のポジションを把握でき、良い点、悪い点が明確になります。同業他社との比較にはTKC 会員であればTKC 経営指標BAST(バスト)、非会員なら中小企業基盤整備機構の経営自己診断システム、経済産業省のローカルベンチマーク(ロカベン)を用いる方法があります(自己診断、ロカベンは無償でネットから誰でも利用できます)。

 

2.非数値情報分析


次に、数値情報以外の項目の分析ですが、最も重要なのは対象会社のコアコンピタンス(事業価値の源泉)の状況です。事業承継の鍵はコアコンピタンスが存在し、承継できるか、しやすいか否かにかかっていると言えます。コアコンピタンスは、言い方を変えれば、“ 競争力” です。例えば企画力、技術力、ノウハウ、営業力、生産能力、ブランド、あるいはそれら複合的なものです。多くの中小零細企業では、経営者に帰属している例が多いと思いますが、経営者以外の誰かに帰属している場合や組織に帰属している場合もあります。この機会に自社のコアコンピタンスを探求し、他に誇れるものか、事業承継が可能かについて、検討してみましょう。

 

3.チェックリストによる健全性チェック


チェックリストの例を以下に示しました。

20 項目のうち過半の10 項目以上が〇であれば健全と言えます。

 

なお、チェックリストの実施によって、対象会社の強みと弱みが明確になります。強みは伸ばし弱みは克服すべき課題として位置づけ、〇又は×の理由を分析し、経営にフィードバックすることも有用です。

 

 

 

 

 

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第4回:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

~中小企業M&Aで最も用いられている仲介会社方式とは?~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、中小企業のM&A において用いられる株式評価方法を教えてください。

 

A、時価純資産価額に正常営業利益の何倍かの営業権(のれん)を加算する、いわゆる仲介会社方式が主流となっています。

 

 

 

図表は、非上場企業に限定せず、M&A における企業価値の算定手法を概観したものですが、事業からもたらされる利益ないしキャッシュフローから事業価値を算定するインカムアプローチ、事業が有するストックに着目するアセットアプローチ及び株式市場から事業の価値を推定計算するマーケットアプローチに大別されます。

 

中小企業の評価で現状、最も用いられている手法が時価純資産価額に、年買法により算定した「営業権」(「のれん」とも言います)の評価額を加算する方式ですが、上記図表の整理では①のインカムアプローチと②のアセットアプローチの折衷法という位置づけとなります。

 

M&A 専門の仲介会社が幅広く用いることにより普及したため、最近は「仲介会社方式」とも呼ぶようであり、企業の収益面と資産面をバランスよく評価に織り込める点が優れており、また投資額をおよそ何年で回収できるかという経営者の思考に非常にマッチする方式であるため広く普及したものと思われます。

 

ただし、年買法による営業権はあくまで過去の利益に基づき算定されるため、利益が安定しない会社や将来の黒字化に向けて赤字が継続しているような会社の評価には適さない点は押さえておく必要があります。

 

この点、企業の価値は事業運営から将来もたらされるキャッシュフローの総和であるべきであることから、理論的にはDCF 法(ディスカウント・キャッシュフロー法)が最も優れていますが、同手法を採用する前提として将来の事業計画が客観的な根拠に基づき策定されている必要があるため、事業承継目的の中小企業のM&A ではほとんど用いられていないのが実状です。

 

また、マーケットアプローチについては評価対象が上場企業であれば、自社の株価は最も尊重されるべき指標となりますが、非上場企業については業種や規模が類似する類似会社を選定することが通常は難しいため、こちらもまず用いられません。

 

よって、中小企業のM&A 実務においては仲介会社方式をマスターすればこと足りることになります。M&A におけるバリュエーションなどと言うとDCF法やEV/EBITDA 倍率などと専門的な用語が飛び交い、税理士にとっては縁遠い分野と思うかもしれませんが、それは上場企業や投資ファンドなどの世界の話であり、一般的な非上場企業のM&A の局面においては意外と簡便的な手法により対価が計算されています。

 

 

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[伊藤俊一先生が伝授する!税理士のための中小企業M&Aの実践スキームのポイント]

⑤M&A関連費用の取扱い

 

〈解説〉

税理士  伊藤俊一

 


[関連解説]

■【Q&A】非上場株式の譲渡に当たり交渉支援、契約内容の検討等を依頼した弁護士費用等について

■【Q&A】M&Aに伴う手数料の処理

 

 

 

中小零細企業M&A関連費用の取扱いについて基本的な考え方・裁決については下記の通り考えられます。

 

 

コンサルティング費用は株式取得価額に算入します。損金算入できたものに関しては売主側が費用を負担していた場合、当該負担金額を譲渡所得の計算上、取得費に含めることが可能です。

 

 

買主側の原則的な処理は下記のとおりです。

 

〇着手金

・・・損金算入

〇基本合意報酬及びDD等報酬

・・・案件が成約:取得価額に加算

・・・案件不成約:損金算入

〇仲介手数料(仲介会社に支払う成功報酬等)

・・・取得価額に加算

 

 

根拠条文等は、法人税法施行令第119条と法人税基本通達2-3-5となります[注1]。

 


(法人税法施行令第119条第1項)

(有価証券の取得価額)

第百十九条 内国法人が有価証券の取得をした場合には、その取得価額は、次の各号に掲げる有価証券の区分に応じ当該各号に定める金額とする。

一 購入した有価証券(法第六十一条の四第三項(有価証券の空売り等に係る利益相当額又は損失相当額の益金又は損金算入等)又は第六十一条の五第三項(デリバティブ取引に係る利益相当額又は損失相当額の益金又は損金算入等)の規定の適用があるものを除く。) その購入の代価(購入手数料その他その有価証券の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)

 

(法人税基本通達2-3-5)

(有価証券の購入のための付随費用)

2-3-5 令第119条第1項第1号《購入した有価証券の取得価額》に規定する「その他その有価証券の購入のために要した費用」には、有価証券を取得するために要した通信費、名義書換料の額を含めないことができる。

 外国有価証券の取得に際して徴収される有価証券取得税その他これに類する税についても、同様とする。(平12年課法2-7「四」により追加、平15年課法2-7「八」により改正

 


 

 

当該事案に係る裁決です。

 


 

【株式交換契約を含む経営統合に関するアドバイザリー業務につき取得価額に含まれるとした事例】

 

 

(有価証券の取得価額/経営統合に際し支出した法律業務、財務調査業務等の手数料)

本件各支払手数料は、株式交換完全子法人の株式を取得する目的の下でその取得に関連して生じたものであり、「株式の取得をするために要した費用」に該当すると判断された事例(平成26年4月4日裁決)

 

〔裁決要旨〕

1 本件は、審査請求人が、証券会社等に対する業務委託等に係る手数料及び調査用のパチンコ器等の製造費用を損金の額に算入したことについて、原処分庁が、当該手数料は同業他社の株式を株式交換により取得するために要した費用であるから当該株式の取得価額に加算すべきであり、製造費用はその耐用年数で減価償却費を計算すべきであるなどとして、法人税の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該手数料及び製造費用はいずれも損金の額に算入されるものであり、また、損金の額に算入していなかった特許権実施料(売上原価)があるから、その特許権実施料は所得金額から減算されるべきであるとして、同処分等の一部の取消しを求めた事案である。

 

2 適格株式交換により取得した株式交換完全子法人の株式の取得価額に加算すべき「株式の取得をするために要した費用」とは、実際に取得した株式について、原則として、当該株式の取得を目的としてその取得に関連して支出する一切の費用が含まれると解されるところ、この判断に当たっては、取得しようとする株式の候補が複数ある時点において、いずれの株式を取得すべきかを決定するために行う調査等に係る費用は、通常、当該取得を目的とする株式が特定されていないことから、実際に取得した株式の取得との関連性は希薄であるといえるものの、少なくとも、特定の法人の株式を取得する前提で行う調査等に係る費用は、その特定の法人の株式の取得を断念した場合を除き、当該株式の取得を目的としてその取得に関連して支出する費用というべきである。

 

3 請求人は、○○に本件法律業務を委任し、その後、○○からA社及びその子会社等に対する法的監査の結果報告及び経営統合の経営判断に対する取締役の善管注意義務等に関する意見を受けているところ、請求人は、本件法律業務を○○に委任した時点において、本件株式交換によりA社株式を取得することを目的としていたことが認められる。そして、A社及びその子会社等に対する法的監査は、経営統合に関する取引に際して重要な影響を与え得る法的問題の調査のために行われたものであることに加え、その結果が記載された法的監査報告書は、株式交換に係る株式交換比率の算定の基礎資料としても使用されている。そうすると、本件法律業務は、いずれも経営統合、すなわち、株式交換によるA社株式の取得に関連した業務であった(下線筆者)と認められる。

 

4 本件各支払手数料は、A社株式を取得する目的の下でその取得に関連して生じたものであり、その後、実際にA社株式を株式交換により取得しているのであるから、各支払手数料は、「株式の取得をするために要した費用」に当たる(下線筆者)ものである。

 

 

出典:TAINS

(TAINSコード F0-2-697)

 


 

取得価額に算入すべき金額の時期ついても問題になります。

 

 

調査課所管法人用の申告書確認表において(TAINS収録)、「別表五(一)に記載された株式の取得価額に算入すべきデューデリジェンス費用等の金額についても調整を行う必要があります。」との記載があります。

取得価額に含めるのは、M&A対象株式を購入することを意思決定した後の費用です。この前後によって取扱いが明確に変わるため、M&A対象株式購入の意思決定はいつ決裁されたかを明確に示す、エビデンスの保存が必要になってきます。最終決裁者によっても変わりますが、通常の中小企業・零細企業では取締役会議事録や役員同士での社内稟議書により、購入決定した「意思時点」を明確にしなければなりません。

 

 

では、事業譲渡スキームにおけるM&A費用等の取扱いはどうなるのでしょうか。本稿脱稿時点においては、上記に係る法文がありません。

 

事業譲渡は組織再編成の一手法のため、他の手法と比較して検証します。

 

○適格合併・適格分割型分割

・・・明文規定なし(法法62の2、法令123の3③)

○非適格再編成・事業譲受

・・・明文規定なし(法法62の8①・③)

○適格分社型分割・適格現物出資[注2]

・・・取得価額に加算(法令123の4・123の5)

 

適格分社型分割、適格現物出資において株式譲渡と同様の取扱いをされているのは当該組織再編成行為が株式譲渡に経済的実態が近似しているから、とも考えられなくもありません。それ以外に関しては上記のとおり、法文(や法令解釈通達)がないため、諸費用は損金計上できると考えられます[注3]。

 

 

なお、下記の質疑応答事例は参考になります。

 


 

【合併に伴うデューディリジェンス費用の取扱い】

 

【照会要旨】

当社は、A社を吸収合併(以下「本件合併」といいます。)することを計画しています。本件合併の実施に当たり、当社は、専門家に対して、A社の事業内容や権利義務関係の把握、企業価値の評価、合併の実行に必要な手続の把握等を内容とするいわゆるデューディリジェンスを委託しました。

このデューディリジェンスに要する費用は、本件合併により移転を受ける減価償却資産の取得価額に含めるなど資産として計上せずに、一時の損金として処理して差し支えありませんか。

また、本件合併が適格合併に該当する場合と非適格合併に該当する場合とで、取扱いに違いはありますか。

 

【回答要旨】

ご照会のデューディリジェンス費用は、一時の損金として処理することになります。また、本件合併が適格合併に該当するか否かで取扱いに違いはありません。

 

(理由)

法人税の所得金額の計算上、販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で債務の確定していないものを除きます。)の額は損金の額に算入することとされています(法22③二)。

 

また、減価償却資産の取得価額については、資産の区分に応じて取得価額とすべき金額が法人税法施行令第54条に定められています。

 

適格合併により被合併法人から資産の移転を受けた場合には、その資産の帳簿価額を引き継ぐこととされていますが(法令123の3③)、その資産が減価償却資産である場合の償却費の計算の基礎となるその減価償却資産の取得価額については、①被合併法人がその適格合併の日の前日の属する事業年度においてその資産の償却限度額の計算の基礎とすべき取得価額と、②合併法人がその資産を事業の用に供するために直接要した費用の額の合計額とされています(法令54①五)。

 

非適格合併により移転を受けるなど同条第1項第1号から第5号までに規定する方法以外の方法により取得した減価償却資産の取得価額については、①取得の時におけるその資産の取得のために通常要する価額と、②その資産を事業の用に供するために直接要した費用の額の合計額とされています(法令54①六)。

 

ご照会のデューディリジェンス費用は、被合併法人の事業内容や権利義務関係の把握などを内容とする業務委託に要する費用であり、本件合併により移転を受ける個々の減価償却資産を事業の用に供するために直接要した費用には該当しないと考えられますので、本件合併が適格合併に該当するか否かにかかわらず、本件合併により移転を受ける減価償却資産の取得価額には含まれないこととなります。

 

なお、本件合併により移転を受ける棚卸資産がある場合も、上記と同様に、その取得価額には含まれないこととなります(法令28③、32①三)。

 

 

【関係法令通達】

法人税法第22条第3項第2号

法人税法施行令第28条第3項、第32条第1項第3号、第54条第1項第5号、第6号、第123条の3第3項

 

出典:国税庁ホームページ(https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/33/46.htm)

 


【注釈】

[1]「例えば購入に当たって支出したあっせん手数料,謝礼金等があれば,そのあっせん手数料,謝礼金等は取得価額に算入される」佐藤友一郎 (編著)「法人税基本通達逐条解説」305頁(九訂版 税務研究会出版局 2019)とあります。

[2] 現物出資は会社法上の組織再編成に該当しませんが、租税法上では組織再編成の一類型として整理されているため、上記のような分類をしています。

[3] 森・濱田松本法律事務所(編)「税務・法務を統合したM&A戦略」66頁~67頁(中央経済社 第2版 2015)、成松洋一「M&Aによる株式等の取得に要する費用の損金性」週刊税務通信3352号P40以下参照のこと。

 

 

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第8回:デューデリジェンスとは?-各種DDと中小企業特有の論点―

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

▷第9回:M&A時の会計処理は?-企業業績へのインパクトは!?-

▷第10回:PMIって何?-M&Aの成功はPMIで決まる!-

 


M&Aの買い手に必須の手続として、デューデリジェンス(DD)があります。今日では、企業の成長戦略としてM&Aが一般的になってきた背景もあり、デューデリジェンスという用語を耳にすることも多くなったのではないでしょうか。

 

デューデリジェンスはM&Aのプロセスにおいて最も重要な手続のひとつであり、その目的は対象会社から提供される情報に基づいて対象会社の実態を把握し、問題点を洗い出すことにあります。

 

デューデリジェンスには、財務・税務、法務、人事、ビジネス、環境等、いくつもの領域がありますが、実際のM&Aの現場では、対象会社の規模や事業の複雑性等を考慮して、どの領域について調査を実施するかを判断し、決定することになります。以下、主要なDDの概要を説明します。

 

 

財務・税務DDは、対象会社の収益性や財務状況の把握を目的として行われ、公認会計士・税理士等の専門家が実施します。過去の業績データに基づく正常収益力(対象会社が本来有している収益力)の分析や、貸借対照表上の資産の内容把握、評価額の妥当性に関する検討、潜在的なリスクに伴う簿外債務の有無、税務上のリスクの分析・把握等が行われます。財務・税務DDの結果は、事業計画や株式価値評価に反映されることとなります。

 

法務DDは弁護士によって実施され、対象会社が有している各種契約の内容の把握、訴訟や係争案件の有無、特許や商標権等の知的財産権の内容、人事労務関連の法令順守状況等の調査が対象となります。

 

ビジネスDDは、対象会社の事業内容、強み・弱み、市場環境、競合他社分析等、事業全般に関する調査・分析が行われます。通常は、対象会社の既存事業のみならず買い手が実現可能なシナジーの分析等も行われます。また、事業会社が同業他社を買収するようなケースでは、ビジネスDDを買い手企業自ら行うこともあります。ビジネスDDの結果も、財務・税務DD同様、事業計画や株式価値評価に影響を与えます。

 

 

それでは、売り手が非上場の中小企業、買い手が上場企業となるM&AにおけるDDではどのような論点が考えられるでしょうか。

 

一般的に、上場企業と比較して中小企業はコーポレートガバナンスやリスク管理の点で体制整備が十分でないことが多いと考えられます。例えばオーナー企業を例にとると、株主が経営者でもあることから意思決定のスピードや強いリーダーシップの発揮といった点で特有の強みもありますが、所有と経営が分離された上場企業で構築されているような株主による経営監視の仕組みが有効でないことが多く、強力な権限を持つ経営者自身により会社が私物化されるリスクが高いともいえます。

 

このような会社を買収しようとする場合、買い手企業は、オーナー経営者が会社との間で利益相反となるような取引を行っていないか、オーナー個人の利益のために会社に過度のリスクを負わせていないか、といった観点から関連当事者取引の詳細を重点的に調査すること等が必要となります。

 

その他にも、中小企業特有の論点として、上場企業との会計方針・会計処理の違いやリスク管理体制等の不備等に起因する会計的、法的問題が検出されるケースがみられます。

 

 

DDで検出された問題は、各DDの実施者から買い手企業に報告されます。DDで検出される問題には大小さまざまなものがありますが、重大な粉飾決算や法的な瑕疵等、問題が深刻で修復が不可能と判断されるような場合には買収交渉が中止されることもあります。

 

また、深刻ではないものの対処が必要な問題が発見された場合には、買い手企業において、検出された問題がもたらすリスクや損失を評価した上で、売り手に対して表明保証を求める、あるいは買収価格の引き下げを求めるといった対応が取られることが一般的です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[新型コロナウイルスに関するM&A・事業再生の専門家の視点]

「M&Aの検討段階における新型コロナウイルス等による影響」とは?

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

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M&Aを検討していますが、新型コロナウイルス等による影響はありますか?

新型コロナウイルスは、執筆時点(2020年3月末)において未だ収束の目途が立たず、世界的な混乱に陥っている状況です。このような状況下で、M&Aを検討あるいは既に進めている企業にとっては、どのような影響があるのか、どのように進めるのがよいか悩まれていることと思います。そこで、新型コロナウイルスによる影響を特にM&Aを行う観点からまとめました。

 

 

[関連解説]

■「新型コロナ対策融資と特例リスケ」 ~事業再生の専門家の観点から~

■「超速報!新型コロナウイルス対策税制」

■「新型コロナウイルス感染症に対する企業の意識調査」

■「コロナ対応としての中小企業経営の留意点」~コロナとその先へ~

 

①M&Aの見送り・延期

売手企業よりも、特に買手企業の方に影響がありますが、経営環境の先行き不透明感や株式市場の乱高下による混乱した社会情勢の中、M&Aを行うことに対して慎重な意見があります。このような意見が採用されて、M&Aを見送るあるいは混乱が落ち着くまで延期するといった経営判断をする会社が少なくない状況です。そのため、まずは会社の風土や経営判断を確認して、このような状況下でのM&Aに対する姿勢を把握する必要があります。

 

②輸出入等取引上の影響

新型コロナウイルスの影響で、売手企業の得意先や仕入先が直接的・間接的に海外(特に中国等)に依存している場合に、得意先や仕入先との取引が一時的に停止していることが考えられます。これらの事象の有無を正確に把握して、事象がある場合には、経営に対する影響を把握する必要があります。

 

飲食店や宿泊業等であれば、業績が悪化していることは容易に想像されます。それら以外の業種では、例えば仕入先からの仕入ができない状況であるならば、現状の在庫での販売は何か月可能か、仕入先の代替先はあるか、その他の手段はあるか等を確認の上、業績に与えるインパクトを把握する必要があります。

 

このように、既に業績悪化している。あるいは今後業績悪化の可能性がある場合には、譲渡金額へ反映する必要があります。

 

③従業員の在宅勤務等による稼働率の影響

新型コロナウイルスの影響で、従業員にどのような影響があるのかを把握します。現状の勤務状況等を把握して、今後在宅勤務となるような場合に、在宅勤務が可能な体制となっているかどうか等を確認します。在宅勤務等、通常とは異なった勤務形態をとった場合の、稼働率や効率性等を勘案し、業績への影響を検討する必要があります。

 

④株式市場の株価下落による価値評価への影響

新型コロナウイルスの混乱により日経平均株価は大きく下落している状況が続いています。譲渡金額の算定に、上場企業の株価を用いている場合には、どの時点の株価を用いているのかを確認する必要があります。評価の基準日(対象会社の直近の期末日又は試算表等の数値が把握可能な直近月末等)の株価を用いることが一般的であり、新型コロナウイルスの影響による下落前の株価を用いていることが想定されます。この株価の下落の影響を譲渡金額に織り込むかどうかを、買手企業と売手企業で交渉する必要があります。

 

 

 

 

新型コロナウイルスにより、様々な形で多くの企業の事業運営に影響があり、現在または将来の業績に影響を及ぼす可能性が非常に高くなっています。そのため、先行きが見通せない状況を嫌い、M&Aをそもそも見送る場合や延期する場合もあります。M&Aを行わない場合にも様々な影響がありますので、M&A担当者は、どのような影響があるのかを事前に把握した上で、交渉に臨む必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[伊藤俊一先生が伝授する!税理士のための中小企業M&Aの実践スキームのポイント]

④一部株式譲渡スキームの危険性とその対応策

 

〈解説〉

税理士  伊藤俊一

 


[関連解説]

■プレM&Aにおける株式譲渡スキームを採用した場合の、売主株主における少数株主からの株式買取(スクイーズアウト)に係るみなし贈与

■株式譲渡スキームにおける役員慰労退職金支給~現金支給・現物支給の有利不利判定~

 

 

 

株式譲渡スキームを選択した場合、どうしても一部譲渡しかできなかったとします。この場合の対応策を考えます。

 

 

中小零細企業M&Aにおける株式譲渡スキームで一部譲渡は大変危険です。交渉で全部譲渡にするか、事業譲渡スキームに変更するか、個別資産等売買契約に変更するか、それとも、破談するかを選択します。ベストは破談です。中小零細企業M&Aにおける株式の一部譲渡は実行するべきではありません[注1]。

 

 

公開企業M&Aにおいては、この場合、アーンアウト条項が付されます[注2]。

 

 

アーンアウト条項とは、クロージング日以後の一定期間を定め、当該期間において買収対象事業が一定の目標(経営指標:KPI)を達成した場合、買主が売主に対し、予め合意した算定方法に基づき、買収対価の一部を順次支払う取り決めです。

 

 

買収対価の一部順次支払いと買収後における一定の目標達成とを連動させるのは買主・売主のリスクの適切な分配がその目的とされます。公開企業M&Aにおいては、買主が想定する買収価格と売主が想定している売り価格に齟齬がある場合、最も効力を発揮するといわれます。すなわち、買主は売買価額10億円だと想定しており、売主は、「うちの企業価値は15億円である、もっと高く評価してもらいたい」などと、企業価値の認識にギャップがある場合、懐疑的な買主に対し、売主側がクロージング日以降、一定のKPI(経営指標)を達成し、売主側の提示した価格を納得させた上で、差額を支払わせるのです。

 

 

当該条項のメリットは以下の点です。売主としては、クロージング日以後、株式を手放しても、経営に関与し続け、一定の結果を出せば当初約定の追加キャッシュを手にすることが可能です。買主としては、当初約定の一定期間に売主の表明保証違反が発覚すれば、譲渡代金の減額が可能です。資金繰りという意味で、当初は手堅いと想定される範囲で資金を出し、売主のパフォーマンス次第で、ボーナス的な意味合いで支払いを随時とすることができ有利です。デメリットとして売主では一度にキャッシュを受領できないことが挙げられます。

 

 

このように当該条項は、専ら買主が自身のリスクを軽減させる目的で採用します[注3]。したがって、現在のように、中小零細企業M&Aが売手市場である状況においては、買主が有利な契約は現実的に合意に至りにくく、また、通常は売主側(の代理人弁護士、FA等)が先に最終契約書のドラフティングを行うこと等諸事情から、下記ではあくまでも上記の公開企業M&Aの実例を踏まえた上で、中小・零細企業M&Aで少しでも応用できないかを模索した買主の理想像を述べています 。

 

 

売主の役員報酬を業績連動型(法人税法第34条の業績連動給与ではない)として、株式譲渡対価の一部にその当該報酬を充当するなどの交渉も行ったりします。こうすることで、1株あたりの譲渡価額の計算に過去3期分それぞれの経常利益増加割合等を反映させることが可能となり、譲渡価額を大きくすることも可能という分割払いが代用されます。実質的には同じであり、実効力はこちらのほうが遥かにあります。なお、最終契約書に一定の期間を明示するわけですが、その期間内に表明保証違反が発覚すれば、譲渡代金の支払いをストップしてしまえばよいのです。補償条項に基づく損害賠償請求よりよほど実効性があります。

 

なお、上記とは全く逆の流れになるクローバック条項も存在はしますが、(公開企業も含めて)実務ではほぼ実行されません[注4]。

 

 

最後に、アーンアウト条項に係る収入時期についての取扱いが初めて判断された裁決をご紹介します[注5]。

 

 


 

(収入すべき金額/非上場株式の譲渡)

本件譲渡契約に、代金の一部について、会社の将来における業績に応じて算出される金額をもって分割して支払う旨の条項が置かれていることを勘案しても、当該株式の引渡しがあった日に、譲渡代金の全額が確定的に発生したものと認めるのが相当であるとした事例(平成29年2月2日裁決)

 

〔裁決の要旨〕

1 請求人甲は、平成25年中に非上場会社(A社)の株式を譲渡したが、譲渡契約に、代金の一部について、A社の将来における業績に応じて算出される金額(調整金額)をもって分割して支払う旨の条項が置かれていることを根拠に、当該条項に基づく金額を株式等に係る譲渡所得の収入金額に含めずに平成25年分の所得税等の確定申告をし、その後、上記条項に基づく金額の支払を受けた後に、当該金額を収入金額に加算して同年分の修正申告をしていた。本件は、原処分庁が、譲渡代金全額を一括して収入金額として計上すべきであるとして更正処分等をした事案である。

 

2 所属税法36条1項にいう「収入すべき金額」の意義

 

3 譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであり、年々に蓄積された当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現したものとみて課税する建前が採用されていることにも鑑みると、譲渡所得に係る収入の原因たる権利が確定的に発生した時、すなわち、原則としてその所得の基因となる資産の引渡しがあった日の属する年に、当該譲渡所得に係る収入金額の全部が発生したものとして、これをその年において収入すべき金額と認めるべきものと解される。

 

4 本件譲渡契約の実行日に、譲渡契約に基づき、A社株式に係る株券が交付されるとともに、株主名簿に、買主が請求人甲からA社株式を譲り受けてこれを取得した旨が記載されたことに照らせば、A社株式の引渡しがあった日は、本件実行日であると認めるのが相当である。

 

5 本件調整条項は、A社が成長著しいものの社歴の浅い新興企業であることを考慮した買主の要望により、A社の経営リスクを請求人甲及び乙に分担させる趣旨で設けられたものであるが、A社は、右肩上がりの急成長を遂げており、調整金額の算定指標である計画値は、そうした同社の好調な経営状態を踏まえて設定されたものと認められる。そのうえ、そうした急成長を成し遂げたA社の生みの親である請求人甲及び乙が、株式を譲渡した後も引き続き代表取締役ないし取締役として同社に残り、その経営に携わることが予定されていたことや、本件調整条項は、かかる両名に対するインセンティブとなるものでもある。

6 さらに、ある事業年度において計画値を達成できず、調整金額が満額支払われないことがあったとしても、その後の事業年度において計画値以上の業績を挙げた場合には、過去の未達分が埋め合わせられるものとされていたことに加え、請求人甲と同時にA社株式を譲渡したものに係る譲渡契約には、調整条項のような条項はなく、代金全額が一括で支払われるものとされていたこととの均衡も考慮すれば、本件調整条項は、基本的には、計画値がいずれの事業年度においても達成され、調整金額が満額支払われることを想定して設けられたものとみるのが相当である。

 

7 以上によれば、本件譲渡契約に調整条項が置かれていることを勘案しても、A社株式の引渡しがあった実行日に、譲渡に係る収入金額たる譲渡代金の全額が確定的に発生したものと認めるのが相当(下線筆者)である。したがって、本件譲渡に係る平成25年において収入すべき金額は、譲渡代金の全額であると認められる。

 

出典:TAINS

(TAINSコード F0-1-767)

 

 


【注釈】

[注1] 理由は前問解説「プレM&Aにおける株式譲渡スキームを採用した場合の、売主株主における少数株主からの株式買取(スクイーズアウト)に係るみなし贈与」における「仮に売主株式を100%取得しないと、取得できなかった、つまり、クロージング日以後も、旧売主株主として残存している者から、会社法上の少数株主に各種認められる権利を行使して、いわゆる嫌がらせをされる可能性があるため」参照のこと。

[注2] アーンアウト条項が付された取引をアーンアウト・ディールといい、追加代金の支払い義務のことをアーンアウトと呼びます。

[注3] この点につき、実際の活用場面として、森・濱田松本法律事務所 (編)「M&A法大系」311頁(有斐閣 2015)参照のこと。

[注4] クローバックは当初譲渡代金全額を支払、表明保証違反や一定の期間におけるKPI未達成等、各種返還条項を別途定め、それに該当した場合、売主が買主に返還する取引です。この「当初満額支払、契約書各種条項違反があったら返還」というのはM&Aに限定されたものではなく、公開企業における役員給与設定等の場面でも見受けられます。租税法上の取扱いについての一考察として、日本公認会計士協会 「租税調査会研究報告第35号 法人税法上の役員報酬の損金不算入規定の適用をめぐる実務上の論点整理」64~72頁(2019年),佐藤丈文・田端公美「一定の事由で役員報酬を返還させるしくみ『クローバック条項』導入上の法的留意点」(旬刊経理情報No.1557 中央経済社 2019年)を参照のこと。

[注5] この点につき、詳細等は森・濱田松本法律事務所「最新事例解説―アーンアウト条項付の株式譲渡において、譲渡代金のうち当該条項の対象となる部分の収入時期を株式の引渡時期であると判断した裁決」(TAX LAW NEWSLETTER 2018年10月号 Vol.32)参照のこと。

 

 

 

 

 

[税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務]

第3回:売却候補先選定の考え方

~M&Aの買手による違い、スキーム、売却後の経営体制、売却価格、売却スケジュールなど~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 宮口徹

 


Q、M&A における買手先選定の着眼点と手続きを教えてください。

 

A、買手には同業他社や既存取引先、また属性としてはオーナー系事業会社、上場企業、投資ファンドなど様々考えられますが、何を重視するかによって適した買手が異なってきます。

 

 

図表は買手候補とM&A の全体方針の関係についてまとめたものです。

 

まず、①同業他社ですが、事業に関する説明をする必要がないので自社の良い面も悪い面も評価されます。数字には表れていないが卓越した製造技術や特許を保有していたり、大手の会社と取引口座を持っているなど同業であるからこそ評価できるポイントがあります。

 

一方で業界特有のリスクや問題点についても熟知している点は売手にとっては不利になります。ライバル会社の子会社となることを嫌うオーナーも多いですし、それにより従業員の士気が下がる可能性がある点はマイナス要因です。また、情報漏洩や業界内に事業売却のうわさが広まってしまうことも懸念されるので慎重な対応が必要です。

 

 

②の既存取引先への譲渡は実務上よくあるケースです。売手としては相手と長年の付き合いがありますので安心感がある点がメリットとなります。デメリットとしては既存顧客が離反する可能性が挙げられます。複数の上場メーカーを顧客に持つ卸売会社が、そのうちの1 社であるA 社の傘下に入ったところA 社のライバルであるB 社やC 社が商品を買ってくれなくなったといった話もあります。

 

また、同業他社同様、情報漏洩の可能性もあります。M&Aの過程では顧客別の取引条件など機密事項も開示をすることになりますが、M&A が成立しなかった場合、取引先に機密情報を知られただけに終わることにもなりますので情報開示には慎重な対応が必要です。

 

 

③から⑤は買手の属性の比較です。③のオーナー系事業会社であれば意思決定が早くスケジュールが比較的スムーズに進みます。考慮点ですが、オーナー企業はオーナーの個性が企業の個性に強く反映しますので社風が合わない場合、従業員が退職してしまうなどのデメリットが生じます。

 

なお、株価評価については現在、非上場企業による非上場企業を対象としたM&A では仲介会社方式が一般的となります。

 

 

④上場企業は③と全く逆で、デュー・ディリジェンス(DD)や機関決定などの手続きがあるためスケジュールは後ろ倒しになります。

 

また、譲渡価格は厳格なDD を行った上でDCF 法(ディスカウント・キャッシュフロー法)などを用いて決められますので成熟企業の評価額は厳しいものになることが多いです。従業員にとっては知名度のある企業グループに入れることになるので仕事の進め方についていけるかといった課題はあるものの、士気が上がる効果も期待できます。オーナーが従業員の将来を案じて信頼できる上場企業に自社を託すというのはストーリーとしても美しいのですが、上記のデメリットも勘案して候補にするか決めたいところです。

 

 

最後の⑤投資ファンドも基本的には上場企業と同じですが、一番異なるのはファンドは投資の回収で利益を上げないといけないので、原則として3 年~5年後には再売却されるという点です。また、ファンドは金融投資家であり、事業経営のノウハウは持たないことが多いので、交渉次第ですが、株式を売却した後も経営陣として残留できるメリットもあります。

 

 

(「税理士のための中小企業M&Aコンサルティング実務」より)

 

[氏家洋輔先生が解説する!M&Aの基本ポイント]

第4回:「法務デューデリジェンス(法務DD)」とは?

~目的は?調査分析項目とは?~

 

〈解説〉

公認会計士・中小企業診断士  氏家洋輔

 

 

▷関連記事:デューデリジェンスとは?-各種DDと中小企業特有の論点―

▷関連記事:「事業デューデリジェンス(事業DD)」とは?

▷関連記事:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法

 

 

法務デューデリジェンス(法務DD)とは?


1、法務デューデリジェンスの目的

デューデリジェンスを行う際に、買手企業がある程度の規模を有している場合には、財務デューデリジェンスと同様に法務デューデリジェンスを行うことは一般的です。

 

法務デューデリジェンスの目的は対象企業の法務リスクを洗い出すことですが、それらを細分化すると下記の4点に分類されます。

 

 

①事業継続の障害となりうる項目の確認

対象企業について法的な観点から、「その事業が中断されるリスクがある、もしくは当該事業について競争力の源泉が毀損される恐れのある事業が存在するか」を確認します。

 

 

②ディールブレイクとなる項目の確認

ディールにおいて法制度や法規制が阻害要因にならないかを確認します。

 

 

③対象会社の価値を減少させる項目の確認

事業継続そのものや法的問題の解決によって対象企業の収益性が危ぶまれることはないものの、法的問題の解決によって対象企業の収益性が減少する、もしくは資産が毀損するなどにより、企業価値を減少させることとなるような事項を確認します。

 

 

④当該ディールの法的スキームの検討

M&Aを実施することにおいて株式の取得のほか、会社分割や株式移転、事業譲渡など、様々なスキームが発生します。これらのスキームについて、想定通りに実行できるかを検証します。

 

 

 

 

2、法務デューデリジェンスにおける調査分析項目

調査項目は、①会社の基本的事項の確認、②資産・債務の調査、③リース、④契約関係の調査、⑤人事労務関係の調査、⑥訴訟等、⑦知的財産権、⑧環境等多岐にわたります。

 

 

①会社の基本的事項の確認

沿革、法人格と商業登記、株主の概要と大株主の状況、株式の種類と株式数(発行数、授権株式数)、定款、ガバナンス(取締役、監査役会・その他機関)、組織・会議体、許認可の状況、過去の事業買収・合併・事業譲渡・営業譲受等を確認することで、会社の基盤を確認すると同時に、ガバナンスのスタイル等を理解します。

 

 

②資産資産・債務の調査

資産や負債の金額的な分析は財務デューデリジェンスが行うため、法務デューデリジェンスではこれらの法的な評価を行います。

 

 

③リース

リース物件の所有権、契約期間、契約期間中の解約、解約金、瑕疵担保責任、危険負担などの調査を行います。

 

 

④計画関係の調査

会社は一般的に、取引(基本)契約、外注契約、ライセンス契約、共同事業(ジョイントベンチャー)契約等、営業に直接かかわる業務契約以外にも、賃貸借契約、消費貸借契約、債務保証契約、保険契約等、通常、様々な契約を締結しています。契約の承継はスキームによって異なるため、慎重に調査する必要があります。

 

 

⑤人事労務関係の調査

雇用契約の実態や契約の履行状況を把握します。また、労働関連法の遵守状況や、現状の労使関係と今までの経緯、労働紛争の有無等過去の労働争議や従業員との間に法的トラブルがなかったかについて調査します。

さらに、従業員について、属性や雇用契約を把握・調査します。

 

 

⑥訴訟等

訴訟係属中の紛争があれば、その背景や結審の見通し、訴訟にかかる費用、事業に与える影響等について調査します。法務デューデリジェンスで粗相係属中の紛争および予期し得る紛争の存在が明らかとなった場合はその他のデューデリジェンスとの連係が重要になります。

 

 

⑦知的財産権

対象会社の名称や事業名、事業内容が他人の権利を侵害しているリスクの有無を調査します。

 

 

⑧環境

対象会社の関連法令の遵守状況、過去に当局から受けた調査や是正勧告の履歴、当局への報告書類や対応実績等について調査を行います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[M&A担当者がまず押さえておきたい10のポイント]

第7回:M&Aのプロジェクトチームはどうする?-社内メンバーと社外専門家の活用-

 

[解説]

松本久幸 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

大和田寛行 公認会計士・税理士(株式会社Stand by C)

 

 

▷第6回:売買価格の決め方は?-価値評価の考え方と評価方法の違い-

▷第8回:デューデリジェンスとは?-各種DDと中小企業特有の論点―

▷第9回:M&A時の会計処理は?-企業業績へのインパクトは!?-

 


M&Aは売り手・買い手双方にとって重要な取引です。特に買い手側ではM&Aのプロセス推進を担うプロジェクトチームが組成されます。

 

プロジェクトチームは経営企画部門、事業部門、財務部門、経理部門等から部門横断的にメンバーを選任する必要があります。M&Aでは、的確な理解力、分析力、判断力といったスキルが求められますので、上記部門において相応の経験や知見をもった社員から構成することが望ましいと考えます。

 

経営企画部門はM&A全体の取り纏め、推進を担います。他部門の意見を取りまとめ、調整し、経営陣とコミュニケーションを取り、案件全体の舵取りを行います。また、後述するフィナンシャル・アドバイザーとの窓口を務め、平時においては案件のソーシングを行うのも経営企画部門の役割であることが多いです。

 

事業部門は、買い手企業と同業の企業を買収する場合等で、特にその知見を発揮することが期待され、そうした場合、ビジネスDDを事業部門が行うケースもあります。

 

財務部門は資金全般を担当します。M&Aでは多額の資金が必要となるケースが多く、財務部門の役割も重要といえます。

 

経理部門はプロジェクトチームの中では後方部隊に位置付けられます。M&Aに伴う業績や財務状況へのインパクトを分析・把握し、事業計画や財務報告に反映させるという非常に重要な役割を担います。一般的な投資家にとって企業のM&Aは将来の業績や株価に影響を与える重要なイベントです。上場企業には、投資家に対してM&Aの目的や狙いを的確に説明するとともに、将来業績への貢献度合いを高い精度を持って予測し開示することが求められています。

 

ここまでは買い手企業の社内におけるプロジェクトチームについてみてきましたが、M&Aを成功に導く上では社内リソースだけでなく社外専門家を活用することも不可欠といえます。多くのM&Aで社外の専門家が起用されます。社外専門家には、案件全般にわたってサポートを行うフィナンシャル・アドバイザー(FA)、デューデリジェンスを行う公認会計士や弁護士等の各種専門家などが挙げられます。通常、一定規模以上のM&Aでは、売り手と買い手それぞれにFAが付き、DD対応や交渉全体の取りまとめを行うことが一般的です。FAには、M&A仲介会社、証券会社の投資銀行部門などが起用されます。

 

M&Aの買い手企業においては、社内のプロジェクトチーム間のみならず、社外専門家ともうまく連携していくことが、プロジェクトを円滑に進める上で大変重要となります。