[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第9回:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.なぜ事業計画を分析するの?

①M&A後の展望を考える土台

② 企業価値評価の前提

2.まずは前提条件を確認しよう

3.過去の達成度を見よう

4.事業計画の根拠を検証しよう

①前提条件には根拠が必要

②事例で見る根拠分析

 

 

前回は財務デューデリジェンスの中でも損益計算書の分析を見ていきました。今回は企業価値評価(バリュエーション)にも影響を与える事業計画について、財務デューデリジェンスでどのように分析していくのかを見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:デューデリジェンスとは何か?デューデリジェンスはなぜ必要なの? デューデリジェンスの種類とは?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「貸借対照表項目の分析」を理解する【前編】 ~運転資本の分析、固定資産・設備投資の分析~

 

 

1.なぜ事業計画を分析するの?


事業計画分析はM&Aにおいて非常に重要なプロセスとなります。これは、大きく「M&A後の展望を考える土台となる」ことと、「企業価値評価の前提となる」ことによります。

 

①M&A後の展望を考える土台

第1回で、会社や事業を買うことは、会社が目指す理想を達成するための1つの手段であることに触れました。まず目指す理想があって、その手段としてM&Aがあるのです。そのため、会社を買収する際には将来どのような効果を自社にもたらしてくれるかが重要であり、将来の方向性を検討する一番の資料が事業計画になります。

 

もし事業計画が買収後に実現できない場合、企業は事業の見直しや人事改革等を行うことになってしまいます。将来における影響が大きい以上、着実な事業計画であるかどうかの分析は欠かせません。

 

②企業価値評価の前提

もう1つ重要な点として、事業計画は企業価値評価(バリュエーション)の前提となることが挙げられます。次回より企業価値評価をご説明しますが、その前提となるのが事業計画です。

 

企業価値評価はM&Aの買収価格の参考情報とするために行われますので、事業計画が買収価格に結びついていくことになります。

 

事業計画が実現できない場合、買収価格が「当初想定より高すぎた」ことになってしまいます。M&Aを実行する会社の投資家に対する説明責任もありますし、買収時ののれんを減損するリスクにつながりますので、買収価格設定の根拠となる将来事業計画を分析することとなります。

 

2. まずは前提条件を確認しよう


事業計画は将来の計画ですが、誰も分からない将来のことを分析するのは一苦労です。財務デューデリジェンスの実施者の多くは財務面・会計面の専門家ですが、M&A対象会社の事業に関する専門家ではありません。

 

そのため、事業計画作成する際の前提については、買い手若しくは調査依頼者との合意に基づくものとなることがほとんどです。

 

例えばIT業界に属する会社のM&Aにおいて、将来計画で今期より売上が増加する計画になっているとします。業界関係者の中では、市場規模も年々増加しており、その会社の特殊な特許が今後有用になるため売上が増加する見込が高いというのが判断できますが、財務デューデリジェンスの担当者はIT業界についてそこまで詳しくないため、そのような判断はできません。

 

この場合、売上高が増加するという前提は、合意に基づくものとなります。餅は餅屋というように、ビジネス上の考え方についてはM&Aの当事者の方がより専門家となりますので、当事者の検討結果を踏まえつつ、実効性の高い事業計画としていくこととなります。

 

別途ビジネスデューデリジェンスを行っている場合には、ビジネスDDチームと協力し、ビジネスDDの結果を事業計画にうまく反映させることも重要ですね。

 

このように事業計画作成の前提となる事項について、最初に確認していきます。

 

 

3. 過去の達成度を見よう


事業計画を分析する上で留意すべき点の1つに、過去の達成度があります。事業計画の土台はこれから買収しようとしている相手会社が作成しています。もし相手会社が3年に1回等継続的に事業計画や中期経営計画を作成している場合、その達成度を確認します。

 

 

例えば、以下2社の達成度を考えてみましょう。

A社

 

 

A社は明らかに実現可能性が低い計画を立てていることが分かりますね。計画時に想定していた大型案件が頓挫してしまった、もともと楽観的な計画の立て方だった等、理由は様々考えられます。その理由を確認し、しょうがないと思えるような内容であれば問題ありませんが、そうでない場合は将来計画においても達成可能性が低いと考えた上で今後の検討を進めるべきです。

 

B社

 

 

一方、B社は堅実な事業計画を立てていることが分かります。概ね想定通りの事業計画となっており、安定的な推移を見せていることから、この会社が作成する事業計画は信頼がおけそうですね。

 

この場合、むしろ注意すべきはこれまでの財務諸表に不正がないかどうかです。実態はA社と変わらないにもかかわらず、計画達成への過度なプレッシャーから不正会計を行って上記実績値となっているとしたら、A社よりよほどたちが悪い状況です。そのため貸借対照表や損益計算書における財務デューデリジェンスにおける発見事項が重要となってきます。

 

財務DDで何も発見されず、ありのままの状態で計画通りに進んでいる際は、今後の事業計画も非常に堅実なものであると想定されますね。

 

(もちろん、会計不正は証拠の改ざんを伴いますので、強制調査権限をもたないDDで見つけるのが難しいケースも多いですが、、その点のリスクは抱え込んだ上で、第2回でご説明した最終契約時の表明保証や契約書で可能な限りカバーすることとなります。)

 

 

 

≪Column:社内評価と事業計画≫


事業計画に応じて社内の業績評価が決まる場合は、事業計画は達成しやすいよう低めの数値に設定される傾向があります。逆に評価基準としては利用されておらず、目標値である場合は高めに設定される傾向があります。

 


 

 

 

4. 事業計画の根拠を検証しよう


①前提条件には根拠が必要

事業計画は全て合意した前提条件とその根拠で決まると言っても過言ではありません。現在の財務諸表を発射台に、根拠に基づく様々な前提条件を加味して事業計画は作成されています。

 

「今日は雨が降りそう」と何気なく思うことも、実は将来予想ですね。「雲がどんよりしてて空が暗いから」といった根拠があるから、「今日は雨が降りそう」と感じています。

 

同様に、「売上が伸びそう」と感じる根拠は「市場規模が伸びてきているから」「会社が独自の特許を持っているから」等、様々な根拠の基に「売上が伸びる」という前提条件が置かれます。

 

事業計画における主な前提条件は、上記のような市場成長率やマーケットシェアに基づく数値設定、得意先の獲得や喪失に伴う売上高増減、販売価格や原材料価格の変動、法規制の変更等が挙げられます。

 

事業計画の前提は多岐に渡りますので、計画に重要な影響を与える項目に焦点をあてて検討していくこととなります。置かれている前提が何かを確認し、その根拠に問題がないかを過去実績を踏まえながら見ていきます。

 

②事例で見る根拠分析

簡単な事例で事業計画を分析してみましょう。売上高について以下の事業計画になっていたとします。計画上の前提として、「売上高成長率を10%として算定」されています。

 

 

<事業計画>

 

この時、売上高成長率を10%と置いて良いかが最も重要な点です。ぱっと見の印象として、成長率10%は非常に高い水準に感じますね。(新興国であれば10%の成長率は軽く超えていきますが、今回は日本でのビジネスとしましょう。)

 

 

売上高成長率10%の根拠は以下の通り説明を受けました。

 

●過去5年間の市場成長率は+7%

●会社は重要な特許を持っており、製品の認知度が高まるにつれてマーケットシェアも増大する見込

●市場成長率7%にマーケットシェア増加分を加味して、10%と仮定

 

 

では、10%に問題ないと言えるでしょうか。これでは情報が不足していますね。そこで追加調査をした結果、以下事項が追加で分かりました。

 

●会社は2つの異なる製品AとBを有しており、売上高は半々

●製品Aの市場成長率は+8%であるが、製品Bの市場成長率は+1%

●過去の実績に照らし合わせると、上記製品別の市場成長率は妥当

●重要な特許は5年前から保有しているものの、この5年間でマーケットシェア実績値に大きな変動はない

 

 

ちょっとお粗末すぎると思われるかもしれませんが、この事例のようにカテゴリーの分け方で市場成長率は大きく変わります。カテゴリーを大きく取るか小さく取るかの影響は大きく、この事例においてもカテゴリーを広く取った場合が+7%、狭く取った場合は+8%と+1%です。なお例として、広いカテゴリーは電化製品、狭いカテゴリーはパソコン部品とクーラー等です。

 

今回であれば売上高が半々の状況で+7%の大カテゴリーを使用するのは不適切で、狭いカテゴリーの市場成長率を使用した方が正確と言えますね。

 

また、マーケットシェアが増加する点も過去実績を鑑みれば根拠としては薄いと言えます。もちろん今後マーケットシェアが増大する可能性も十分ありますし、そうなれば良いとは感じますが、現時点での買収価格を決定する情報としての根拠としては厳しいと言わざるを得ません。

 

 

その結果、現実的には以下の計画となるでしょう。

 

<事業計画(修正後)>

 

 

当初計画値より現実的な路線となっているのが分かります。このように、前提条件に基づく事業計画は、前提条件に対する根拠の精度が非常に重要になってきます。

未来は誰にも分りませんが、精度を高くしていくことが現時点で出来る最善の見積りに繋がっていき、ひいては最善の価格設定に繋がっていきます。

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスにおける事業計画分析のイメージが、少しでも具体的になっていただけましたでしょうか。次回より、企業価値評価についてご説明させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第8回:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?~

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.損益計算書分析はなぜ必要か

2.正常収益力とは何?

① 正常収益力

②EBITDA

3.事例で確認してみよう

①事例の概要

②事例における収益力分析

4.その他の損益計算書分析

 

 

財務諸表といえば「貸借対照表」と「損益計算書」が中心ですが、第8回目となる今回は財務デューデリジェンスの中でも「損益計算書」に照準を絞って見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~貸借対照表分析とは?(現預金、売上債権、棚卸資産の具体例)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】~正常収益力の分析、事業別・店舗別・製品別・得意先別等損益の分析、製造原価の分析~

 

 

1. 損益計算書分析はなぜ必要か


損益計算書分析で最も重要なことは、会社の「収益力」がどれほどかを確認することです。読者の皆様が概要だけ知っている会社をM&Aで購入する立場になったとき、買い手として気になるのは会社がどれほどの収益・利益を稼得することができるのかではないでしょうか。

 

将来の収益力を示す「事業計画」も大事ですが、過去の成績に基づかない事業計画は絵に描いた餅となってしまいます。事業計画は当年度の財務諸表を発射台として作成されますので、発射台の正確さを確認することは将来計画の検証にもつながりますね。そのため過去の成績を示す「損益計算書」を分析し、正常な状況における収益力を把握していくこととなります。

 

 

2. 正常収益力とは何?


①正常収益力

正常収益力は、会社が正常な営業活動を行った際に稼得する経常的な収益力です。

例えば、希望退職に伴う特別退職金の支払がある期があったとします。特別退職金の支払はその期だけの一時的な支払で、その期だけ利益が大きく落ち込んでいる原因となります。(特別退職金は人件費として販管費に含まれていたものとします。)

 

 

 

極端なケースですが、×2期だけ営業利益が大きく赤字となっています。この状態は正常とは言えないですね。状況に応じて特別退職金を除く、退職給付引当金繰入として各期に配分する等様々な考え方がありますが、会社にとって正常な状態とはどのような状態か?を考え、計算していくこととなります。

会社の非経常的な損益を除外して、正常な収益力を計算します。

 

②EBITDA

収益力把握の際によく使われる指標として「EBITDA」があります。EBITDAはEarnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの頭文字を取った語で、直訳すると「金利支払前、税金支払前、減価償却費控除前の利益」です。すなわち当期純利益から税金・支払利息・減価償却費を加算した指標で、利益から税金や利息、減価償却の影響を排除した指標と言えますね。借入金の支払利息・税金・減価償却費を除くことで、事業そのものの正常収益力を図ろうとしています

 

このEBITDAは、簡便的に「営業利益+減価償却費」で表現されることが多いです。営業利益であれば支払利息や税金を除いた状態ですので、営業利益に減価償却費を加算することで簡便的にEBITDAを表現しています。

 

 

ポイントは、減価償却費が「非現金支出費用」だという点です。減価償却費は費用計上時にキャッシュアウト(現金の流出)が生じない費用です。固定資産の減価償却であれば、最初に固定資産を購入する際に現金流出が生じていて、その後の償却はあくまで計算の結果発生している費用ですね。

営業利益に非金支出費用である減価償却費を足し戻すことから、簡便的な営業キャッシュフローとも言える、純粋な収益力を図る指標です。

 

 

ここで例として、2つの異なる会社の収益力を考えてみましょう。

 

 

 

両社とも売上高・営業利益が同じ会社ですが、当期純利益はB社の方がやや高い会社です。当期純利益で比較するとそこまで差はないものの、ややB社の方の収益力が高そうです。この考え方も決して間違ってはいないのですが、EBITDAで比較すると全く異なる発想が出てくることとなります。

 

 

 

 

EBITDAで見ると、A社の方が圧倒的に高い収益力を誇っています。この差はひとえに減価償却費の差です。例えば、A社は固定資産を購入したばかりで、定率法を選択しているため初年度の減価償却費負担が重い状態かもしれません。B社は10年前に固定資産を購入しており、ほぼ償却費がない状態とも考えられます。

 

利益での比較は上記のように会社の状況によって差が生じる原因となりますので、設備投資に影響されないEBITDAが活躍することとなります。

 

非現金支出費用である減価償却費を除いているので、A社とB社で比較するとA社の方が1年間に多くのキャッシュを手に入れています。固定資産投資をするために借入を積極的に行っているために支払利息が多くなっていると想定もできますね。

 

EBITDAを用いるとキャッシュベースの収益力を比較することが出来るため、利益や売上高と並んでEBITDAもよく使用される指標となっています。

 

3. 事例で確認してみよう


①事例の概要

最初の会社の事例を用いて、正常収益力を3期分算出してみます。その際、正常収益力に影響を与える項目が3つ発見されているとします。

 

 

 

 

 

最初に記載した点ですね。臨時的な支出であり、事業構造改革費用の性質であることが判明しました。先程の通り考え方は様々ですが、ここでは簡便的に特別損失と考え除外する方針とします。

 

 

 

 

続いて、経常的に発生する性質ではない売上が×1年にありました。継続した取引先ではなく、この期だけ発生した臨時の売上だったようです。このような項目は毎期経常的に発生する正常収益とは言えませんので除外します。

 

 

 

 

事業に関係ない販管費を含めてしまうと正常収益力を歪めますので、こちらも除外します。その他の例としては、役員が明らかに事業上必要でない高級車を社用車として使用している場合に社用車分の減価償却費を調整する等があります。

 

 

②事例における収益力分析

上記3項目を反映すると以下の通りです。各期の減価償却費は6,000→5,000→4,000とします。

 

 

利益のみを見ると×2期が赤字でしたが、会社の正常収益力を示す指標の1つであるEBITDAは毎期安定水準を保っていることが確認できます。

買い手である読者の皆様はこれを見ると安心できますね。長期的な視点に立って会社を買収する際には、結局本業でどれだけ稼いでいるかが一番の関心事となりますので、正常収益力を確認していくことになります。

 

逆に利益が安定的に出ていても正常収益力にばらつきがある場合もありますので、M&Aの意思決定に際して1つの重要な視点を提供することになります。

 

4. その他の損益計算書分析


正常収益力以外にも、各費目を事業部別、地域や拠点別、製品別、顧客別に分解して分析することが出来ますし、原価を変動費と固定費に分解して分析することもできます。

 

また、これまでの予算と実績を比較してその精度を確かめることで、将来の事業計画の精度を確認します。予算と実績が大きく乖離している場合は、原因を確認して将来の事業計画に与える影響を考えることとなります。

 

 

 

[Point]

損益計算書分析では、主に正常収益力(会社が正常な営業活動を行った際に稼得する経常的な収益力)がどれほどなのかを確認します。EBITDAを用いるとキャッシュベースの収益力を比較することが出来るため、売上高や営業利益と並んでよく使われます。

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけたでしょうか。次回は損益計算書分析から派生して、事業計画分析について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第7回:財務デューデリジェンス ~貸借対照表分析とは?~

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.貸借対照表分析とは

①財務デューデリジェンス

②貸借対照表分析

2.具体例:現預金

①気になる点はどこ?

②実施手続

3.具体例:売上債権

① 売上債権の気になる点は?

②実施手続

4.具体例:棚卸資産

①棚卸資産の気になる点は?

②実施手続

 

 

第6回目ではM&Aの場面でどのようなデューデリジェンスが行われるのかを見ていきました。第7回目となる今回は「財務デューデリジェンス」に焦点をあてます。財務諸表といえば「貸借対照表」と「損益計算書」が中心ですが、今回はその中でも「貸借対照表」に照準を絞って見ていきましょう。

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:財務デューデリジェンス「損益項目の分析」を理解する【前編】~正常収益力の分析、事業別・店舗別・製品別・得意先別等損益の分析、製造原価の分析~

 

 

1. 貸借対照表分析とは


① 財務デューデリジェンス

財務といえば「貸借対照表」と「損益計算書」の2つを思い浮かべる方が多いですね。会社の財産を示す貸借対照表と、会社のもうけを示す損益計算書は非常に重要な財務に関する書類です。

 

読者の皆様が概要だけ知っている会社をM&Aで購入するとします。財務面で最も気になるのは相手会社の「貸借対照表」「損益計算書」に問題があるかどうかではないでしょうか。財務デューデリジェンスは、主に「貸借対照表」と「損益計算書」を分析し、問題がないかを確認していくこととなります。

 

② 貸借対照表分析

貸借対照表分析に当たっては、バリュエーションを見据えた「ネットデット分析」と企業の財務諸表に問題がないかを確認する「純資産分析」が行われることが多いです。

 

バリュエーションで株主価値を算出する際、事業価値から控除するネットデットの内容を確認することがネットデット分析です。

 

一方、純資産分析は企業の実態純資産がどの程度あるかを把握する分析です。

 

ネットデット分析はやや専門的で、入門には難しい内容となりますので、本稿では直感的に分かりやすい純資産分析を取り上げます。

 

「貸借対照表」の中でも、皆様に馴染みのある「現金預金」「売上債権」「棚卸資産」といった資産科目に焦点をあてて、具体例を交えつつご説明します。

 

財務デューデリジェンスは多くの専門的要素が絡む複雑な調査ですが、本記事ではどのようなことをやっているのかイメージがつきやすいよう噛み砕いてご説明しますので、少しでも財務デューデリジェンスについて具体的なイメージになっていただけると幸いです。

 

2. 具体例:現預金


①気になる点はどこ?

帳簿上の現金預金期末残高が10,000千円あるとします。読者の皆様が買い手の立場であるとして、どのような点が気になるでしょうか。

(貸借対照表はある一時点の資産を表すストック数値ですので、基本的には調査対象期間の末日の数値について検証します。)

 

<帳簿上の現金預金>

 

 

<気になる点>

もちろん、実際に現金預金があるか(現金預金が実在しているか)が一番気になる点ですね。

そのため、帳簿上の預金残高について、銀行の残高証明書や預金通帳で残高がきちんとあるかを確認します。

② 実施手続

通常であれば帳簿上の預金残高と銀行の残高は一致するはずです。年度末であれば正確に一致させている会社がほとんどですが、財務デューデリジェンスは年度末を基準日とすることは少なく、調査開始直近の月末を基準日とすることが多いです。月次では預金残高を合わせていない会社もあり、時たまズレが生じているのを見かけます。

例えば、以下の通り相違していました。

 

 

相違金額500千円の内容が分かれば適切な勘定科目に振り替えますが、内容が分からない際は資産を減額します。

 

帳簿上は現預金が10,000千円あるものの、実際には9,500千円しかありませんでした。この結果をDD上反映することとなります。

 

このように、科目毎に「気になる点」(現預金で言えば実際にあるかどうか)を確認し、実態の純資産がいくらかを考えていくのが、財務デューデリジェンスにおける実態純資産分析です。

 

3. 具体例:売上債権


① 売上債権の気になる点は?

売上債権は、売掛金や受取手形等営業取引から獲得した金銭債権です。では、売掛金を見てどのような点が気になるでしょうか。

 

<帳簿上の売掛金>

 

 

<気になる点①>

まず気になるのが、貸倒引当金▲1,000が適切かどうかです。貸倒引当金は、売掛金が貸し倒れるリスクを見積もって金額に落とし込む勘定科目です。そのためリスクの見積方法によって金額にばらつきが生じます。中小企業であれば法人税法に則って貸倒引当金を計算していることが多いですが、財務DDでは実際に貸し倒れる可能性のある金額を可能な限り見積って反映させますので、貸倒引当金の金額は確認が必要です。

 

例えば、官公庁向け売上であれば貸し倒れるリスクはほとんどないですし、業績が悪い企業への売上であれば貸倒リスクは高いといえます。

 

<気になる点②>

次に気になるのが、この売掛金は本当にあるのかどうか、当期に計上してよいのかどうかです。

業績を良く見せるために手っ取り早いのが「当期の売上を増やす」ことです。売上が増えれば当然売掛金も増えますから、売掛金の金額に問題ないかを確認することは不正の有無を確認する上でも非常に重要です。

 

例えば架空の売上を計上して業績を良く見せたとします。架空ですから当然入金がないため、売掛金は残り続けますね。このような売掛金に資産価値はありません。

 

3月決算の会社において、4月の売上を3月に発生したことにすれば、当期の業績は良く見えることとなります。この方法は将来入金がなされる点で架空売上とは異なりますが、実態より資産価値が高い(売掛金が多く計上されている)状態となっていますので、会社を買う側からすると実態より高く買ってしまうことに繋がります

 

このような期ズレ(正しい期間に収益が計上されていない)も投資判断を歪ませますので、注意が必要です。

 

② 実施手続

上記の気になる点を確認するために、様々な手法を使用します。

 

趨勢分析、取引内容や取引条件の把握、契約書や請求書、入金証憑の閲覧、年齢調べ、回転期間分析等がありますが、ここでは分かりやすい「回転期間分析」を例としてみましょう。

 

買収予定の会社の主要顧客として、A社(売掛金残高10,000千円)とB社(売掛金残高25,000千円)があります。どちらも契約上は月末締め翌月末払いの相手先です。残高だけを見ても何も分からないので、年間売上高を使用して回転期間を求めてみると、以下表の通りです。

 

<売上債権の回転期間分析>

 

 

回転期間とは、売掛金等の営業債権計上後、回収されるまでの期間を示す指標です。月末締め翌月末払いですから、回転期間は通常30日から多くて60日程度になるはずです。

 

A社は回転期間が36.5日と特段異常はありませんが、B社は回転期間が60日を超えていますので、何かありそうですね。60日近辺ですので、取引の関係上月初に全ての売上を計上している可能性もありますし、前述した期ズレや架空計上の可能性もあります。

 

その後B社について追加調査を行うことで、その内容を把握することができますね。

 

今回は、M&A前に売上を良く見せようと翌期の売上10,000千円を当期に回していたことが分かったとします。この結果をDDに反映させることとなります。

 

 

 

4. 具体例:棚卸資産


① 棚卸資産の気になる点は?

棚卸資産は営業目的で保有する在庫のことで、製品や仕掛品、半製品、原材料の総称です。

 

<帳簿上の棚卸資産>

 

 

<気になる点>

棚卸資産についても売上債権と同様に、その在庫が実在しているか、在庫価額は適切か、期間配分は正確かというところが主に着目するポイントです。

 

一般的な製造業のDDにおいては、まず原価計算や在庫管理がどのように行われているかを把握します。例えば材料費のみが集計されていて、製造に直接関係する人件費等は集計されていない(販売管理費として期間費用処理されている)ことは多いです。

 

外注先があるケースや預け在庫・預り在庫があるケースも多く、原価計算や在庫管理の方法は第一に把握すべきところです。

 

② 実施手続

実際に行う手続としては、売上債権と同じく趨勢分析、取引内容や取引条件の把握、契約書や請求書、入金証憑の閲覧、回転期間分析、年齢調べ等があります。

今回は「年齢調べ」を例としてみましょう。

 

会社は4種類の製品A~Dを保有しており、それぞれ在庫が入庫されてからの期間が以下の通りであるとします。

 

<在庫年齢調べ>

 

 

製品Aは1か月以内に売却されている一方、製品Bは6ヶ月保有しているものがあることが分かります。相手先との関係から常に在庫を保有し続けている場合もありますので、製品Bはそのような製品なのかもしれません。

 

最も気になるのは製品Dですね。1年超のものが3,000千円あり、明らかに滞留していることが確認出来ます。

 

そこで、製品Dについて追加調査を行うことで、その内容を把握します。

 

例えば他社の完成品における重要な補修部品であり、完成品の保証期間中一定量を保有し続けなければならない製品かもしれません。または新しいモデルが販売されたことによる型落ち品であり、今後の販売見込が立っていない不良在庫かもしれません。

 

今回は、今後の販売見込が立っていない不良在庫であることが分かりました。一切販売が見込まれないと確認が取れましたので、実態をはかる上では全て評価減とします。

 

<帳簿上の売掛金>

 

 

 

[今回のPoint]

事例のように、実態純資産分析においては各科目について気になる点を考え、様々な手法を用いて実態はどうなっているかを1つ1つ確認していくこととなります。

 

 

 

漠然とした財務デューデリジェンスに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけたでしょうか。次回は損益計算書分析について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい!! はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第6回:デューデリジェンスとは何か?デューデリジェンスはなぜ必要なの? デューデリジェンスの種類とは?

 

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.デューデリジェンスとは何か

2.デューデリジェンスはなぜ必要なの?

3.デューデリジェンスの種類

①財務デューデリジェンス

②税務デューデリジェンス

③法務デューデリジェンス

④ビジネスデューデリジェンス

⑤人事労務デューデリジェンス

⑥環境デューデリジェンス

⑦ITデューデリジェンス

 

 

第5回では相手会社を「しっかりと」知るためにデューデリジェンスを行うことに触れました。M&A実行後に何か致命的な問題が出てきても後の祭りです。当初見込んでいた相乗効果を上回る程の費用が発生してしまい、最悪の場合は自社の信用が失墜してしまいます。

 

対象会社についてしっかりと把握し、「概要しか知らない」会社や事業を買う「怖さ」を減らすために行うデューデリジェンスについて見ていきましょう。

 

 

 

▷関連記事:財務デューデリジェンスにおいて事業計画をどのように分析するのか?

▷関連記事:財務デューデリジェンス ~損益計算書分析はなぜ必要か?(正常収益力、EBITDA、事例で確認してみよう)~

▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する ~バリュエーション手法と財務デューデリジェンスの重点調査項目、DCF法を用いた場合の財務デューデリジェンスとの関係~

 

 

1. デューデリジェンスとは何か


実務でM&Aを行う場合、必ず「デューデリジェンス(Due Diligence)」という言葉を聞く機会があります。頭文字を取ってDDと略されることが多いデューデリジェンスですが、いったい何のことなのでしょうか。

 

1単語ずつ訳すとDueは「正当の、当然の、相応の」、Diligenceは「勤勉、精励、注意」ですので、「当然の勤勉」や「正当な注意」と直訳することができるでしょうか。

 

M&Aに限らず不動産投資やプロジェクトファイナンス等で出てくる単語で、取引を行う前に投資対象の事業内容・実態を詳細に調査することを言います。

 

会社や事業を行う前に詳細に調査することは「当然行うべきこと」とも言えますし、投資対象として適切かどうかを確認することは「正当な注意」と言えますね。そこから派生して、現在では「デューデリジェンス」という言葉がよく使われています。

 

 

 

 

2. デューデリジェンスはなぜ必要なの?


デューデリジェンスを行う段階はどの段階でしょうか。第5回でご説明させていただきました、M&Aの実行段階でしたね。ターゲット会社に接触して基本合意書を締結した後に行うのが一般的ですから、かなり「本気度が高い」状況で行うことになります。

 

<第5回:実行段階の流れ(再掲)>

 

この「本気度が高い」というのがポイントで、どの会社にしようかと迷っていたり、理想を求める手法としてM&A以外の選択肢があったりするときは、対象となる会社について「ある程度」の知識のみで問題ありません。他と比較して意思決定を行うことができるだけの情報で事足りるからです。

 

例えば家電を買う際に、まずはある程度のスペックや金額だけでいろいろ比較しますね。カタログに載るような、比較できる項目のみを知っていれば問題ないのです。

 

一方、基本合意書を締結した後ということは、この会社と「本格的に交渉する」ことを決定していることになります。他と目移りしている状況ではなく、会社を絞って本気でM&Aを実行すると決めた状況になります。ここで会社や事業を買う側の気持ちになってみると、「ある程度」の情報だけで会社の命運を左右するかもしれないM&Aを行うのはかなり怖いです。家電を買う際はメーカーが保証してくれる部分も大きいですし、変なものが混じっている怖さはあまりないでしょう。しかし、M&Aは「ビジネスを行う組織を売買すること」でした。組織を買うとなると、単純なモノを買うより厄介ごとが含まれている可能性が高そうです。

 

 

 

具体的には、組織を買う場合は以下のような怖さがあります。

 

●思わぬ訴訟を抱えている

●全く知らない簿外負債を抱えている

●相乗効果を見込んで買収したのに、実は自社と全く相乗効果が発揮されない分野だった

●組織風土が自社と大きく異なる

●税務署から指摘される可能性のある処理をしている

●環境問題を抱えている

●残業代を巡って労働者と対立している

●保有する技術に重大な瑕疵がある

●優良顧客がM&A後に離れてしまう可能性がある

●自社と全く合わないシステムを使用しており、統合に際し多大な労力がかかる

 

これらを買う前に知ることができたのと、買った後で知ったのとでは大違いです。

 

事前に知っておくことで費用の発生をある程度予見することができますし、社会的信用が失墜する可能性を検討することもできます。それらは全て価格に織り込むことができますし、致命的な事項が見つかった場合はM&Aを破談にすることもできます。

 

この「怖さ」を減らし、相手会社を「しっかりと」知るために「デューデリジェンス」が必要となります。多くの場合において「本気度が高い」状況になるとデューデリジェンスを行うことになります。(なお、この「怖さ」の程度を表す言葉の1つとして、「リスク」という表現がよく使われます。)

 

買う会社の規模が非常に小さい場合や、リスクがあまりないと想定される会社であれば簡易的なデューデリジェンスで済ませる場合がありますが、そのM&Aが重要であればあるほど、相手会社のことをしっかりと知りたいと感じてデューデリジェンスを行う流れとなります。

 

 

[Point]

デューデリジェンスは、M&Aにおけるリスク(怖さ)を確認し、必要な対策を講じるために行うもの。

 

 

 

3. デューデリジェンスの種類


デューデリジェンスは相手会社を知ることですから、その種類は相手会社によって変わってきます。ここではよく行われるデューデリジェンスについて、概要を見ていきましょう。

 

① 財務デューデリジェンス

会社や事業を買う際の価格決定に当たってまず参考とする情報は、相手会社の「財務諸表」でしょう。どのような損益構造で、どのような資産構造かの把握は必須と言えます。財務デューデリジェンスでは、財務に関する事項に焦点を絞って詳細に知っていくこととなります。

 

不良資産・簿外負債・債務保証・不採算事業を財務の観点から事前に発見することができ、不当に高額な取引価格となることを防ぐことができます。また、結果に応じてどのように買収するかを決定することもできますし、一部事業のみの買収といった形態に変更する意思決定を行うこともできるようになります。

 

②税務デューデリジェンス

会社を買収すると、基本的にはその会社の過去の税務処理について買い手が引き継ぐこととなります。過去の税務処理が誤っていると、思わぬ追加税金の発生があり得ますので、会社の過去の税務申告を分析し、税務リスクの程度を確認する必要があります。

 

税務リスクには主として以下のようなものがあります。

 

●税務申告が適正ではないため、過小申告・繰越欠損金の過大計上がなされている。

●関係会社間取引について、寄附金認定・移転価格税制適用による追加税金発生があり得る。

●過去の税務調査で指摘されているにもかかわらず、対応策がない。

●税務処理能力があまりないため、買収後に新たな間違いをしてしまう。

 

これらの税務リスクを早期に確認し、買収することに問題がないかを税務の観点から見ていくのが税務デューデリジェンスです。

 

 

実施者

上記の財務デューデリジェンスや税務デューデリジェンスは、企業内部で財務・税務に精通したメンバーによって行われることもありますし、外部の公認会計士や税理士に依頼して行われることもあります。専門性が求められる分野でもありますし、外部への説明の際に独立した立場からの調査の方が信頼度が増しますので、外部の専門家に依頼することの方が多いですね。

 

 

③法務デューデリジェンス

法律関係の詳細な調査が法務デューデリジェンスです。企業活動には契約関係や人事問題はもちろん、許認可や関連資産、関連会社、訴訟等、様々な法律分野に関する活動が含まれています。これから買収する予定の会社が、どのような法務上の問題を抱えているかを確認せずにM&Aを実施するのは非常にリスクが高く、必須の手続と言えるでしょう。

 

デューデリジェンスに際しては、財務・税務チームと法務チームで連携を取って、対象会社の事業内容を調査していきます。財務・税務上の問題が法務に影響を与えることは多いですし、法律上の問題を数値に落とし込む必要がある場合も多いためです。

 

よくある例として、チェンジオブコントロール(COC:Change of control)条項が挙げられます。チェンジオブコントロール条項とは、買収予定の会社の主要取引先との契約書において、経営権の移動があった場合の対応が記載されている条項です。会社が取引先と交わしている契約を解除せざるを得なかったり、契約相手に対して事前の承諾が必要となる場合、事業計画分析に多大な影響を与えます。法務デューデリジェンスで確認している「主要な相手先との取引がなくなる可能性」を、財務デューデリジェンスのリスクに落とし込む形です。

 

 

実施者

法務デューデリジェンスは企業内部で法務に精通したメンバーによって行われることもありますが、多くの場合において外部の弁護士が実施しています。弁護士はどのようにM&Aを行うかといった仕組みづくりを法律の面からサポートし、契約書案を会社とともに作成する等、M&Aの多くの局面で活躍します。

 

 

④ビジネスデューデリジェンス

会社の事業内容を把握して、どのような事業からどのように利益を獲得することができるのかを調査するのがビジネスデューデリジェンスです。ビジネスを分析することは非常に難しく、その分析手法は多岐に渡ります。例えば強み(strengths)、弱み(weaknesses)、機会(opportunities)、脅威(threats)を分析するSWOT分析を用いて、買収予定の会社を分析します。

 

⑤人事労務デューデリジェンス

人事・労務の観点から詳細な調査を行うのが人事労務デューデリジェンスです。主に労働争議や労働組合との関係、未払賃金や未払退職金の有無、労働法の遵守状況を確認します。

 

法務デューデリジェンスのように広範な調査ではなく、人事労務の観点に焦点を絞った調査です。特に議論になるのが未払残業代の有無で、買収後に労働者又は退職者から追加の未払残業代支払を求める声が上がると、M&Aの買い手としては追加の費用が発生する可能性が高くなりますし、社会的信頼を損なうことにもつながります。会社は残業代を固定分として支払済であると認識していたとしても、法令に照らし合わせると支払義務が生じることもありますので、事前に調査を行います。

 

⑥環境デューデリジェンス

会社や主要な工場を取り巻く環境に関するリスク調査です。

 

では、環境リスクとはどのようなリスクでしょうか。分かりやすいのは、工場から排出される有害物質の影響で周辺の土壌汚染や大気汚染が起こる場合です。原状回復費用は膨大になりますし、企業の社会的信頼も著しく損なうことになります。

 

騒音問題や振動問題、産業廃棄物処理、危険物や特殊な液体等を扱う施設の管理状況等、一たび発生すると致命的になりかねないリスクが多いため、特殊な環境下にある企業を買収する際には欠かせない手続となります。

 

⑦ ITデューデリジェンス

ITシステムに関する状況を確認するリスク調査です。

 

ビジネスを行う上でITシステムはどの企業も取り入れている項目ですが、その状況はまちまちです。

 

買収対象となる会社のITが脆弱で追加の投資が必要となった場合、大規模な追加費用が発生することになってしまいます。また、ITが脆弱ではない場合でも、自社のシステムと買収対象のシステムがマッチするとは限りません。買収後の相乗効果を考えて、システムを統一する会社も多いです。このような状況を詳細に調査し、M&A前にシステム計画を設計できるよう、システムに関するリスクを確認していくこととなります。

 

 

このように様々なデューデリジェンスがありますが、M&Aでは会社に内在する様々なリスク(怖さ)を鑑み、必要なデューデリジェンスを実施していきます。

 

 

 

 

 

 

[Point]

M&Aにおけるリスク(怖さ)の程度に応じて、必要なデューデリジェンスが実施される。

 

 

以上、M&Aの対象となる会社の特殊性や、リスクの度合いを鑑み、様々なデューデリジェンスがあることが分かりました。案件に応じて実施されるデューデリジェンスとされないデューデリジェンスがありますが、デューデリジェンスに対する漠然としたイメージが、少しでも具体的になっていただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい‼ はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第5回:M&Aの流れ(実行段階)

~ターゲット会社に接触しよう、相手会社をしっかりと知ろう、価格や詳細条件について合意しよう~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

実行段階

1.ターゲット会社に接触しよう

2.相手会社をしっかりと知ろう

3.価格や詳細条件について合意しよう

 

 

▷第1回:なぜ「会社を買う」のか~買う側の理由、売る側の理由~

▷第2回:どのようにM&Aを行うのか~株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)、合併、事業譲渡、会社分割、株式交換・株式移転~

▷第3回:M&A手法の選び方~必要資金、事務手続の煩雑さ、買収リスクを伴うか~

▷第4回:M&Aの流れ(計画段階)~M&Aの流れ(全体像、戦略は明確に、ターゲット会社を見つけよう)~

 

 

M&Aの流れ:実行段階

1. ターゲット会社に接触しよう

実行段階で最初にやることは、リストアップしたターゲット会社に優先順位をつけ、実際に接触することです。M&Aの提案に応じてくれるかは相手の状況次第ですし、最も交渉力が発揮される場面となります。相手会社が経営難であったり、創業者が引退を考えているタイミングだと交渉が成立しやすいですね。なお、M&Aは経営の最重要トピックであり、非常に機密性の高い情報となりますので、接触のタイミングで「秘密保持契約書」を締結します。

 

 

<Step3は、ターゲット会社に接触すること>

 

 

ここで買収や統合の方向である程度合意ができた場合、「基本合意書」を締結します。LOI:Letter of IntentやMOU:Memorandum of Understandingと略されることがある、重要な契約書です。

 

 

多くの場合、以下のような事項を基本合意書に纏めます。

 

●M&A取引の基本的な合意内容

●価格に関する事項

●M&Aの方法や条件

●買収資金の調達方法

●M&Aを行うことによる相乗効果(シナジー効果とよく言われます)

●役員や従業員の雇用条件

●スケジュール

●有効期間、訴訟時の対応等その他の事項

 

基本合意書の段階である程度決めておくことになります。この際、優先交渉権や独占交渉権等を盛り込むこともあります。自社と相手会社の状況に合わせて、交渉した内容を盛り込んでいきます。

 

 

2. 相手会社をしっかりと知ろう

基本合意書を締結したら、詳細について詰めていく段階になります。ここでポイントになるのが、相手会社を「しっかりと」知ることです。計画段階でスクリーニングを行い接触する上で「ある程度」は相手会社のことを把握しています。しかし、実際にM&Aを行うに当たっては「より詳細に」相手会社を把握する必要があるのです。

 

調理方法が分からない野菜や、使い方が分からない家電は買いませんよね。買う側の気持ちになってみると、「ある程度」の情報だけで会社の命運を左右するかもしれないM&Aを行うのはかなり怖い部分があります。

 

 

<Step4は、相手会社について知ること>

 

 

例えば、こんな怖さがあるでしょう。

●思わぬ訴訟を抱えている

●全く知らない簿外負債を抱えている

●相乗効果を見込んで買収したのに、実は自社と全く相乗効果が発揮されない分野だった

●組織風土が自社と大きく異なる

●税務署から指摘される可能性のある処理をしている

●環境問題を抱えている

●残業代を巡って労働者と対立している

●保有する技術に重大な瑕疵がある

●優良顧客がM&A後に離れてしまう可能性がある

●自社と全く合わないシステムを使用しており、統合に際し多大な労力がかかる

 

 

これらを買う前に知ることができたのと、買った後で知ったのとでは大違いです。

 

事前に知っておくことで費用の発生をある程度予見することができますし、社会的信用が失墜する可能性を検討することもできます。それらは全て価格に織り込むことができますし、致命的な事項が見つかった場合はM&Aを破談にすることもできます。

 

一方、買った後に知ったのでは後の祭りです。当初見込んでいた相乗効果を上回る程の費用が発生してしまい、最悪の場合は自社の信用が失墜してしまいます。

 

 

この「怖さ」を減らし、相手会社を「しっかりと」知る行為が「デューデリジェンス」(DD:Due diligence)です。ビジネス、財務、税務、法務、労務、人事、環境、システムの観点から相手会社を詳細に調査していきます。

 

ただ、調査には手間もコストも時間もかかり、対応する相手会社の負担もかかります。そのため必要な部分に絞って行うことになります。

 

 

よく行われるのは「ビジネスDD」「財務税務DD」「法務DD」で、ビジネスDDはコンサルティング会社、財務税務DDは公認会計士・税理士、法務DDは弁護士に依頼するのが一般的です。

 

 

 

3. 価格や詳細条件について合意しよう

デューデリジェンス完了後、その結果を踏まえて最終的な価格やその他詳細条件について詰めていきます。

 

一番重要なことは、M&Aを「進めるか」「断念するか」を決定することです。デューデリジェンスの結果によってはM&Aを断念せざるを得ない程の重要事項が見つかることもあります。改めて事実関係を確認の上、進退の決断をまずは行うべきでしょう。

 

進む決断をした場合、価格・条件を交渉し、表明保証、特別補償条項や価格修正条項を合意の上契約を締結します。様々なリスクを予防し、万が一の事態に備えるためにも、この買収契約書はとても重要な契約書となりますので、弁護士と詳細に詰めていくことになります。

 

 

<Step5で、最終合意し、M&A実行>

 

 

さて、M&Aの価格はどのように決まるのでしょうか。基本は交渉事の世界ですが、人参1袋で150円~200円だろうと考えるように、ある程度の目安が存在します。

 

相手会社の価値を評価し、M&A価格の参考とする情報を出すことをバリュエーション(Valuation)と言います。バリュエーションによって企業価値を評価しておくことで、相手会社の適正な価格を頭に入れた上で交渉事に臨むことができます。また、多くの人に買収価格を説明する上でとても役立つ情報になるため、M&Aにおいてバリュエーションを行うことは欠かせません。自社で簡便的に行う場合もあれば、証券会社や公認会計士・税理士に依頼することもあります。

 

こうして詳細な条件が決定し、M&Aが実行されることになるのです。

 

 

 

 

[実行段階のPoint]

M&A成功のためには、相手会社のことをしっかり知った上で交渉することが必須。

 

 

 

 

 

前回と今回とで、M&Aの第一歩として「M&Aの一連の流れ」を見ていきました。大きく計画・実行段階に分けて、全5ステップがありましたね。

 

漠然としたM&Aに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけると嬉しいです。次回から複数回に分けて「相手会社をしっかりと知る」ためのデューデリジェンスについて細かく見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい‼ はじめて学ぶM&A  誌上セミナー] 

第4回:M&Aの流れ(計画段階)

~M&Aの流れ(全体像、戦略は明確に、ターゲット会社を見つけよう)~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

全体像

計画段階

1.戦略は明確に

2.ターゲット会社を見つけよう

 

 

▷第1回:なぜ「会社を買う」のか~買う側の理由、売る側の理由~

▷第2回:どのようにM&Aを行うのか~株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)、合併、事業譲渡、会社分割、株式交換・株式移転~

▷第3回:M&A手法の選び方~必要資金、事務手続の煩雑さ、買収リスクを伴うか~

 

 

M&Aの流れ(全体像)

本稿では皆様に分かりやすいよう、M&Aを「計画段階」「実行段階」の大きく2段階に分けています。

M&Aは多くのステップを踏み、分かりにくい部分も多いです。一方、M&Aに限らずどんな仕事であっても計画して実行するという流れを踏みますね。そのため、大まかに「計画段階」と「実行段階」で分けています。

 

そして、計画段階を「M&Aの戦略決定」「ターゲット会社の選定」、実行段階を「ターゲット会社への接触」「相手会社の詳細調査」「詳細の合意」と全部で5ステップのみにしました。重要なセンテンスを抜粋して全体感をご説明しますので、M&Aの一連の流れについて少しでも具体的になっていただけると幸いです。

 

 

 

M&Aの流れ(計画段階)

1. 戦略は明確に

まずは計画段階から見ていきましょう。初めにM&Aの戦略を定めます。M&A成功のためには、この戦略策定が非常に重要となります。会社は経営課題を見直し、より成長するためのM&A戦略を立てます。第1回で書いたようにM&Aはあくまで「実現したいゴール」に辿り着く手法の1つであるため、会社が目指す理想と、M&A戦略がいかに一致しているかが成功の鍵となります。

 

<Step1は、M&Aの戦略を決めること>

 

 

 

家電が欲しいと思って八百屋に行くことはありませんよね。野菜や果物が欲しければ八百屋に行くし、家電が欲しければ家電量販店に行く、M&Aでも同じことが言えるわけです。会社の課題について「家電が必要」なのか「野菜が必要」なのかを見極め、適切な計画を立てないと、見当違いの会社を買ったり事業を売ったりしてしまいます。

 

 

買い手会社におけるM&Aの戦略は大きく2つに分かれます。

●経営戦略に合致した会社や事業の買収

●投資による対象会社価値の増大

 

 

前者は通常の一般事業会社が良く取る戦略です。自社の経営戦略に照らし合わせて、足りない部分はどこか、どのように補えば拡大していくことができるかを考え、M&Aの戦略を組み立てていきます。

 

一方後者は投資ファンドが良く取る戦略です。例えば経営が傾いている会社をどのように探し、どのように投資し、どのようの経営を立て直すかといった戦略です。

 

 

 

2. ターゲット会社を見つけよう

戦略が決まったら、次は戦略に合致する会社を見つけます。M&Aにおいては、まず広範囲の条件で会社をリストアップし、徐々に詳細な条件により絞り込んでいく選び方(スクリーニング)をすることが一般的です。

 

<Step2は、ターゲット会社を選ぶこと>

 

 

例えば相手会社の規模・収益性・成長性といった数値に表すことができる条件でまず会社を広範囲にリストアップします。その後相手会社の経営方針や経営者の意向、組織文化といった数値化が難しい条件で候補を絞っていくやり方があります。

 

文章を見ただけでも大変な作業であることが分かりますね。そのため複数の案件を抱えている専門の仲介会社に依頼をするケースや、仲介会社が案件を持ってくるケースもよく見られます。

 

 

 

 

[計画段階のPoint]

M&A成功のためには、自社の経営課題に沿った戦略策定が重要!

 

 

 

 

≪Column:投資ファンドとは??≫


「投資ファンド」という言葉に耳馴染みの無い方や、あってもハゲタカのようにあまり良いとは言えない印象を持つ方が多いと思います。しかし、多くの方から投資目的で資金を集め運用していく仕組みのことを「投資ファンド」と言うので、一口に投資ファンドと言っても多種多様なプレイヤーがいます。

 

余剰資金を活かして株式・社債等に投資することはよく行われていますし、皆様がよく投資をしている投資信託も広義には投資ファンドと言えるでしょう。

 

そして、投資対象が「会社」になると、M&Aに登場するような投資ファンドになります。このような投資ファンドは多くの場合経営に参画し、会社の業績を上げることで企業価値を高めていくことになります。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい‼ はじめて学ぶM&A  誌上セミナー]  

第3回:M&A手法の選び方

~必要資金、事務手続の煩雑さ、買収リスクを伴うか~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

〈目次〉

1.必要資金

2.事務手続の煩雑さ

3.買収リスクを伴うか

 

 

▷第1回:なぜ「会社を買う」のか~買う側の理由、売る側の理由~

▷第2回:どのようにM&Aを行うのか~株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)、合併、事業譲渡、会社分割、株式交換・株式移転~

▷第4回:M&Aの流れ①(計画段階)~M&Aの流れ(全体像、戦略は明確に、ターゲット会社を見つけよう)~

 

 

M&A手法の選び方

前回の解説にて多くのM&A手法を見てきました。では、実際にどの手法を選べばよいのでしょうか。まず「必要資金」「事務手続の煩雑さ」「買収リスク」の観点を考慮して自社の戦略を決定し、交渉事の世界に入っていく形となります。

 

 

1. 必要資金

M&Aを行う際、必要となる資金の観点は非常に重要ですね、まず大きい点として、対価を現金ではなく自社株式とすれば現金を用意する必要はありません。これは交渉事の世界ですが、事業を売る側が現金を必要としていない場合は、自社株による売買が可能となります。合併、会社分割、株式交換・株式移転が株式対価とすることが可能な手続です。

 

また、実際にかかるコストを見逃すことはできません。紹介会社や調査会社、アドバイザーへの事務手数料等、M&Aでは多くのコストがかかってきます。必要となる税金資金も異なります。課税の繰延によりその時点では税金がかからないケースもありますし、コスト負担は案件ごと・手法ごとにばらばらのため、M&Aの状況に照らし合わせてコストを考える必要があります。

 

 

2. 事務手続の煩雑さ

手法によって事務手続の煩雑さは異なりますが、株式売買であれば売買契約のみで済むため、比較的楽に終わります。

 

合併や会社分割、株式交換・株式移転は原則として株主総会特別決議が必要となります。合併や会社分割では債権者に対する異議申立の機会も必要です。

 

事業譲渡ですと資産負債を個別に売買するため、各契約・登記・許認可関係を一から行う必要があります。事業規模が膨らむほど手続は煩雑になります。また、重要な譲渡等一定の場合には株主総会の特別決議が必要です。

 

 

3. 買収リスクを伴うか

個々の資産にはリスクを伴わないものの、会社や事業全体を譲り受ける場合は一定のリスクを伴うことになります。思わぬ訴訟を抱えていたり、思わぬ簿外負債を抱えていたり、事業単位をまるっと買った場合には思わぬリスクがついてくるのです。

 

当然リスクを減らすよう表明保証やデューデリジェンス等様々な方策がM&Aの過程で取られますが、最終的にリスクを引き受けるのは買い手となります。

 

事業譲渡であれば個々の資産の承継となるので、事務手続は非常に煩雑であるものの、思わぬリスクを取らずに済むことができます。

 

 

あとは交渉事の世界となります。相手がどのような形を望むのか、自社として望ましい展開はどれかを考慮に入れ、最終的な着地を目指していきます。

 

 

 

 

[Point]

M&Aには多くの手法があり、自社と相手会社の思惑に合わせた手法を選択することが可能!

 

 

 

 

 

前回と今回でM&Aの第一歩として、「なぜM&Aが行われるか」「M&Aにはどのような方法があるか」を見ていきました。漠然としたM&Aに対するイメージが、少しでも具体的になっていただけると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい‼ はじめて学ぶM&A  誌上セミナー]  

第2回:どのようにM&Aを行うのか

~株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)、合併、事業譲渡、会社分割、株式交換・株式移転~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

1.株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)

2.合併

3.事業譲渡

4.会社分割

5.株式交換・株式移転

 

 

▷第1回:なぜ「会社を買う」のか~買う側の理由、売る側の理由~

▷第3回:M&A手法の選び方~必要資金、事務手続の煩雑さ、買収リスクを伴うか~

▷第4回:M&Aの流れ①(計画段階)~M&Aの流れ(全体像、戦略は明確に、ターゲット会社を見つけよう)~

 

 

どのようにM&Aを行うのか

「株式の売買」「合併」「事業譲渡」「会社分割」「株式交換・株式移転」という5種類の代表的M&A手法を見ていきます。多くの手法があるため代表例のみ簡潔にお伝えしますので、ここでは「そんな手法もあるんだ」という気持ちで軽く見ていきましょう。

 

 

1. 株式の売買

最も分かりやすい方法は「株式の売買」です。株式を取得することによって議決権を獲得し、会社経営に参画する形となります。

 

 

 

 

株式の売買と一口に言っても、相対取引・TOB(Take Over Bid:公開買付)・第三者割当増資と様々な手法があります。

 

 

■相対取引

上図のように、現在の株主と買い手が証券取引所を通さず直接行う売買で、中堅規模までの株式売買によるM&Aは大多数が相対取引となります。

 

■TOB

金融商品取引法に定めされている株式の買収手続で、上図における「現在の株主」が大多数いるような大企業を買収する場合に、買収の意思と条件を示したうえで一般の投資家から株式を買い付けます。

 

■第三者割当増資

特定の相手にのみ新株を発行する方法で、買い手としては株を大量に取得して議決権を入手します。これは企業再生のM&Aにおいて、スポンサーが新規資金を注入するといった、切羽詰まった局面で使用されることが多いやり方ですね。

 

 

2. 合併

次に分かりやすいのが「合併」です。M&Aと言えば「合併」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。大手銀行が次々と合併していったように、2つ以上の会社を1つの会社にすることにより相手のビジネスを獲得する方法が合併です。

 

 

 

 

合併は複数の会社が1つの会社になるため、非常に強力な結合関係を構築することができます。先程の株式売買では買収する側と買収される側が明確でしたが、合併は上図の通り会社が1つになるため、現場社員の感覚としては株式売買と比べると比較的対等な立場での組織再編となります。

 

合併は大きく分けると新設合併と吸収合併があります。上図の会社「A+B」が、新規に立ち上げた会社であれば新設合併、会社Aが残ったまま会社Bを買収していれば吸収合併です。

 

新設合併では全く新しい会社になることから、事業の許認可等を再申請する手間がかかります。そのため多くの場面において吸収合併が用いられています。

 

 

3. 事業譲渡

これまでご説明してきた株式売買・合併は、会社自体のM&A手法となります。一方、事業譲渡は、会社の「事業」単位でM&Aを行う手法となり、会社全体・会社の一部等多様な切り分け方ができることが特徴です。この「事業」は、店舗単位、工場単位、セグメント単位はもちろん、会社の全ての事業も対象になります。

 

 

 

 

事業譲渡は資産負債の移転手続を個々に行う必要がある等、手続が煩雑ですので、大企業同士のM&Aにはあまり用いられません。中堅規模の案件で事業のみの売買を行いたい場合に使用される手法です。

 

 

4. 会社分割

上記の事業譲渡と似た手法に「会社分割」があります。会社の中から事業を切り出して、権利義務の全部または一部を包括的に別の会社へ承継します。図のイメージは上記事業譲渡と同じです。

 

事業譲渡は会社法上あくまで取引法上の契約ですが、会社分割は「組織再編行為」と位置付けられており、合併のように権利義務を包括的に承継することが可能な手続となります。

 

 

新規設立した会社に事業を承継する「新設分割」と、既存会社に事業を承継する「吸収分割」の2つに分類できます。

 

対価は多くの場合において切り出した事業分の価値を有する株式となりますが、対価を相手の会社自体に渡す場合が「分社型」、相手の会社の株主に渡す場合が「分割型」と呼ばれます。

 

新設or吸収と、分社型or分割型の組み合わせで、合計4通りの手法になりますね。

 

 

会社分割は、規模が膨らんだ事業の分社化や、グループ内企業への一部事業移管等、組織内の再編に使用されることが多い手法です。

 

切り出した事業を既存企業に吸収させることで事業譲渡に似た形となりますし、会社全部を事業として切り出すことで合併に似た形にもなるように、種類が豊富で手続も柔軟な手法となります。

 

 

5. 株式交換・株式移転

株式交換は、自社の株式を対価として他社の株式を全て取得する手法です。他社が新設会社の場合は株式移転となります。(会社法上、この組織再編行為だけは新設の場合に用語が分かれています。不思議な感じですね。)

 

 

 

 

株式交換はグループ内の再編行為でよく使われますが、経営統合や買収の際にも使用されることがあります。例えば経営統合の局面ですと、新設持株会社を作り、その持株会社の下に2社がつくイメージですね。

 

「株式」の交換・移転ですので、対価は株式のみで現金を必要としない点が特徴です。単純に株式を現金購入するより手続は煩雑ですが、買収資金を用意せずに済むのは大きな利点になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[わかりやすい‼ はじめて学ぶM&A 誌上セミナー]  

第1回:なぜ「会社を買う」のか

~買う側の理由、売る側の理由~

 

〈解説〉

公認会計士・税理士 清水寛司

 

 

皆さんにとって「会社を買う」ことは身近でしょうか。野菜や果物の購入と異なり、多くの方にとって身近ではない分野ですよね。M&Aという言葉だけが先行し、その中身について詳しく知っている方は決して多くはありません。そこで今回は「会社を買う」ことの第一歩として、「なぜ会社を買うのか」をざっくりと簡潔に見ていきましょう。

 

 

▷第2回:どのようにM&Aを行うのか~株式の売買(相対取引、TOB、第三者割当増資)、合併、事業譲渡、会社分割、株式交換・株式移転~

▷第3回:M&A手法の選び方~必要資金、事務手続の煩雑さ、買収リスクを伴うか~

▷第4回:M&Aの流れ①(計画段階)~M&Aの流れ(全体像、戦略は明確に、ターゲット会社を見つけよう)~

 

 

 

 なぜ「会社を買う」のか


実は、会社や事業の売買は盛んに行われており、多くの人が様々な思惑で会社を購入・売却します。代表的な理由を見てみましょう。

 

 

<買う側の理由>

海外進出を狙って、海外で知見を有する会社に投資する

●規模の拡大・効率化を目指して、同業他社を買収する

●新しい分野に進出するため、ノウハウを持つ別会社を買収する

●環境の変化に対応するため、新しい会社に投資する

 

 

<売る側の理由>

●不採算事業から撤退する

●事業のスリム化を行うことで、本業に集中する

●後継者不在のため、従業員の生活を保障するべく売却する

 

 

まず会社を買う側ですが、海外進出・規模拡大・新分野進出・環境変化対応と、どの理由にせよ長い時間をかければ自社で達成することができる(かもしれない)理由ですね。まず会社が目指す理想があって、その理想を求める1つの手段として「会社を買う」ことがあるのです。

 

会社が通常の営業活動の中で原材料や労働力を市場から調達するのと同様に、組織を市場から調達するイメージです。そう考えると、理想を達成するための手段は多いに越したことはないですし、経営の選択肢の1つとして「会社を買う」ことが出てくるのです。

 

 

そして、会社を売る側にも相応の理由があります。不採算事業であったり、採算事業であっても本業に集中するために切り離したり、後継者問題を抱えていたりです。よく「選択と集中」といわれますが、会社全体としてこのビジネスを持っている意義が薄いと判断する場合、「売却する」という判断になるのです。

 

 

会社の買収というとハゲタカのような敵対的買収を思い浮かべる方も多いですが、ほとんどの場合は友好的に買収が進みます。

 

ある企業にとっては「売りたい」でも、別の企業にとっては「買う価値のある」事業であることは往々にしてあります。野菜を買うときに八百屋さんの「売りたい」と私たちの「買いたい」がマッチするように、会社の買収においても「売りたい」と「買いたい」はマッチするのです。

 

 

 

 

[Point]

「会社を買う」ことは、会社が目指す理想を達成するための1つの手段でしかない!

 

 

 

 

≪Column:M&Aとは??≫


ここまで「会社を買う」という表現を使ってきましたが、専門的には企業や事業の「M&A(Mergers and Acquisitions:合併と買収)」と言います。Mergersは複数企業が1つになる合併、Acquisitionsは他の企業の買収を表しています。

 

M&Aの対象は「組織」ですので、企業だけでなく1つの「事業」も対象になります。例えばある会社が食品事業とペットフード事業を展開しており、ペットフード事業だけを売ることもあり得ます。ざっくりお伝えすると、M&Aは「ビジネスを行う組織を売買すること」と押さえておきましょう。