[解説ニュース]
借地人の原状回復義務の履行と土壌汚染土地の相続税評価に関する裁決事例
〈解説〉
税理士法人タクトコンサルティング(遠藤 純一)
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1、はじめに
相続した土地に特定有害物質による土壌汚染があってその取引価額にも影響を及ぼすことが見込まれる場合には、相続税の土地評価においても考慮すべき事態となります。
その場合の土地の相続税評価額は、土壌汚染がないとした場合の土地の評価額から、土壌汚染の浄化・改善費用相当額等を控除することになっています(国税庁「土壌汚染地の評価等の考え方について(情報)」平成16年7月5日)。浄化・改善費用相当額は、汚染の適切な浄化等の方法に基づく合理的なものであることを前提に、相続税評価額のレベルに合わせて見積額の80%相当額とすることとされています。
ところで、賃借人が被相続人保有の土地を賃借しており、契約上、返還に際して原状回復義務がある場合に、浄化・改善費用相当額の控除は認められるのでしょうか。
最近、賃借人が事業の遂行上賃借した土地を汚染し、返還に際して契約上の原状回復義務により、相続開始後1年以内に土壌汚染の浄化・改善工事に着手・その後完了したケースで、土地の相続税評価をする上で浄化・改善費用相当額の控除を認めなかった国税不服審判所(以下、審判所という。)の事例が明かになりました(令和 6年12月9日裁決)。
ポイントになったのは、財産評価基本通達1(評価の原則)(3)の「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する」という取扱いです。
2、事案の概要
この事案は、「中小工場地区」に所在する地積4千平米弱の土地での相続税評価が争われたものです。相続が開始したのは、2019年。プレス加工会社と被相続人らの間には、この土地の賃貸借契約が締結され、賃借人自身の負担において原状回復義務をする取り決めが行われていました。
ただ、相続開始時点では、土地の土壌汚染は浄化等がなされていませんでした。
しかし経済的な状況から会社の清算を決めたプレス加工会社が土地の明け渡しに向けて、土壌汚染対策法に基づき土壌汚染状況調査を開始。相続開始からおよそ1年半で土壌汚染の除染等の工事を完了。費用はプレス加工会社の財務状況が悪かったため、その親会社が負担したというものです。
争点は、この土地について土壌汚染が除去されたものとして評価すべきか、又は、浄化・改善費用相当額を控除して評価すべきか(ほかの争点は割愛)です。
3、審判所の判断
審判所はまず、「相続開始日におけるプレス加工会社の原状回復義務の有無及び同義務の履行可能性の程度は、土地の価額に影響を及ぼすべき事情といえる」として、相続開始日における原状回復義務の有無・同義務の履行可能性の程度を検討する」こととし、次のような事実関係を確認しました。
①原状回復義務については、賃貸借契約の終了により発生するものではあるが、相続開始日において、土地賃貸借契約の終了によって土壌汚染の除去という原状回復義務が発生することが確実であったこと。
②プレス加工会社は単独では土壌汚染の除去・改善費用全額を負担することはできなかったが、親会社が費用の肩代わりをしなかった場合の信用棄損の程度は著しく、同社グループの経営に及ぼす被害が大きいことが想定され、事実上、親会社が汚染除去費用を負担せざるを得ない状況であったと認められること。
③相続開始日前の時点で、土壌汚染対策法上の調査義務の発生前の先行調査として本件地歴調査が実施され、土壌汚染の結果次第という留保はありつつも、プレス加工会社が汚染土壌の除去の具体的な方法を検討し、施工業者まで選定していること。
④相続開始日後9か月以内のうちに、プレス加工会社は、土地の土壌汚染の掘削除去等を行う旨を一般向けに公表。相続開始日から1年も経過しない翌年3月9日には、除染工事を着手させ、その後、親会社が工事代金を立替払していること。
⑤相続開始日時点において、プレス加工会社が、当時実施中であった本件地歴調査によって土壌汚染が判明した場合には、速やかにその除去を行うべきものと認識・予定していたことは明らか。汚染除去費用については、親会社が立替払を行うことが十分想定されており、また、親会社にもその意図があったと推認されること。
上記から審判所は、「相続開始時点で原状回復義務の履行の蓋然性が高かった」として、問題の土地の評価に当たって、土壌汚染が除去されたものとして評価すべきであり、浄化・改善費用相当額を控除するのは相当ではないと判断しています。
税理士法人タクトコンサルティング 「TACTニュース」(2025/5/13)より転載