倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』]
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[M&A担当者のための実務活用型誌上セミナー『価値評価(バリュエーション)』]
第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?
〈解説〉
公認会計士・税理士 中田博文
〈目次〉
1、マーケット・アプローチ
2、倍率法
3、類似会社の選定
◇EBITDA倍率の計算例
4、個別論点
①類似会社は何社必要なのか?
②対象会社が複数事業を抱える会社(例えば、電子機器、化学品、自動車部品)の場合、どのように評価すればいいか?
③倍率法でサイズプレミアム(SCP)を考慮するケースはあるのか?
④倍率法でよくある誤りとは?
5、異次元緩和の影響
▷第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?
▷第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?
▷関連記事:「バリュエーション手法」と「財務デューデリジェンス」の関係を理解する
▷関連記事:M&A における株式評価方法と中小企業のM&A における株式評価方法
1、マーケット・アプローチ
マーケット・アプローチには、①対象会社の株価を基準とする評価方法(市場株価法)、②対象会社と類似する上場会社の株価を参考とする評価方法(倍率法)、③類似のM&A取引の取引価額を参考とする評価方法(取引事例法)等があります。どれも株式市場や第三者間の取引価格を参考とする評価であるため、評価の客観性が高いと考えられています。
①市場価格法は、対象会社が上場会社であるケースや上場会社が絡む組織再編時に採用されており、対象会社が非上場会社の場合は適用できない方法です。
②倍率法は、対象会社が非上場企業の場合に適用できます。M&A取引の中で対象会社が非上場会社の場合が圧倒的に多いことを考慮すると、最も使用頻度の高い方法と言えます。
③取引事例法は、そもそも類似取引自体が少なく、存在する場合であっても、個々のM&A取引は個別要因が深く絡んでいる(シナジー効果の見立て等)ので、あるM&Aの取引価格を別のM&Aの取引価格に適用するには高度な判断が必要となります。そのため、取引事例法は参考値として利用されるケースが多いです。
2、倍率法
上場企業の中から、対象企業と事業内容、事業規模、収益の状況等が類似する企業を複数選定し、それら類似会社の株式時価総額や事業価値に対する財務指標の倍率を算定し、当該倍率を対象企業の財務指標に乗じて価値を推計する手法です。
倍率は、EBITDA倍率の使用頻度が最も高いですが、その他にも様々な倍率が考えられます。下記のような業界特有の倍率を使用するケースもあります。
倍率の計算式の分子(事業価値と株式価値のどちらか)に注意する必要があります。PERは株式時価総額(株式価値)を分子とするため、「PER」×「対象会社の税引後利益」によって、対象会社の株式価値が算定されます。一方、EBITDA倍率は、事業価値を分子とするため、「EBITDA倍率」×「対象会社のEBITDA」によって、対象会社の事業価値が算定されます。事業価値と株式価値の整理ができていないと、交渉時に意見がかみ合わず、時間のロスが発生してしまいます。
使用する倍率に関して、特別の理由がない限り、M&Aで最も使用頻度の高いEBITDA倍率を用いるのがベターです。ただし、対象会社の一過性の損益を平準化した後の調整後EBITDAが赤字の場合、EBITDA倍率を使用できないため、その際は売上倍率等を検討します。なお、売上高倍率とEBITDA倍率を30:70のようにウェイト付けをしたレポートを見ることがありますが、ウェイト付けの計算根拠が曖昧で、社内外に対して説明に窮することになるため、避けた方がいいです。
3、類似会社の選定
倍率法では、類似会社の選定が最も重要です。対象会社に類似する上場企業を選定する際、以下のような基準を設定します。
[ビジネス]
●事業の類似性:業界、商品、製品、サービス
●事業の成熟度:製品ライフサイクル
●事業戦略:直営vsFC、自社製造vsファブレス、ブランド戦略vs低価格戦略 等
[財務]
●収益性、成長率、事業規模 等
●地域
●販売拠点、製造拠点 等
具体的には、以下のようなスクリーニング作業(初期的⇒量的⇒質的)を通じて、類似会社を選定します。
(初期的スクリーニング)
●データーベースの産業別分類による抽出
(量的スクリーニング)
●売上高規模:1,000億円超を除外
●EBITDAマージン30%超及び10%未満を除外
●売上高成長率10%超を除外 等
(質的スクリーニング)
●有価証券報告書、企業ホームページ等をチェック
✓事業が過度に多角化している会社を除外
✓収益の大半が製造業からの収益ではない会社(投資事業、不動産事業等)を除外
✓事業戦略の異なる会社を除外(B2C向け、ファブレス企業等) 等
◇EBITDA倍率の計算例◇
4、個別論点
①類似会社は何社必要なのか?
⇒重複の程度の高い会社があれば、選定する企業は少なくてもいいが、倍率の分散傾向が強ければ、傾向を把握するために、より多くの類似会社が必要と考えています。実務上、上記のスクリーニングを通じて4社~7社程度の適当な類似会社が選定されていれば、評価結果の信頼性に問題ないと考えられます。
②対象会社が複数事業を抱える会社(例えば、電子機器、化学品、自動車部品)の場合、どのように評価すればいいか?
⇒対象会社の各事業別(電子機器、化学品、自動車部品)に類似会社を選定し、各事業別の倍率を用いて、事業別の事業価値を算定します。その後、事業別の事業価値を合算して全社の事業価値を計算します。なお、ソニーのような上場会社は、コングロマリット・ディスカウントによって、全社の事業価値が、事業別の事業価値の合計よりも小さいと考えられます。一方で、シナジー効果(共通仕入、多能工の活用、管理部門の共通化等)が存在する場合もあるため、複数事業のケースにおいて、コングロマリット・ディスカウントを機械的に反映するのではなく、案件ごとの詳細な検討が必要です。
③倍率法でサイズプレミアム(SCP)を考慮するケースはあるのか?
⇒サイズプレミアム(SCP)は、株式時価総額が小さな企業に対して適用するプレミアムのことをいいます。ビジネスリスクが同程度の場合、規模の大きな企業よりも小さい企業の方がリターンは高いという実証研究に基づくもので、実務で広く共有されている概念です。具体的には、DCF法の割引率を推定する際に、対象会社の株式価値の規模に応じたサイズプレミアム(5%~5.5% )を加味します。
⇒倍率法において、類似する上場会社が規模の大きい会社しかない場合、算定された倍率は大企業ベースの倍率と考えられるため、対象会社が小規模会社のケースでは、倍率法で算定された株式価値に対してサイズプレミアムを反映させることを検討します。具体的には、DCF法で、サイズプレミアムの有無に対応する株式価値の差額(比率)を用いて、倍率法の株式価値を減額させます。
④倍率法でよくある誤りとは?
⇒翌期以降、大型の設備投資を予定しているが、株式価値に反映されていない。DCF法では、将来の設備投資はフリーキャッシュフローに反映されますが、倍率法では、事業価値から翌期以降の大型の設備投資額(通常の設備投資と異なる規模)を控除する必要があります。
⇒規模、利益率、成長率等が大きく異なる会社を類似会社としているケース
⇒類似会社のEBITDAに一過性の損益が含まれているケース
⇒対象会社のEBITDAに一過性の損益が含まれているケース
⇒対象会社のEBITDAに経済合理性のない関連当事者取引が含まれているケース(多額の役員報酬、社長のプライベートの費用等)等が要因として考えられます。
5、異次元緩和の影響
2010年以降、日本銀行が金融緩和を目的として上場投資信託(ETF)を購入しており、2013年以降、インフレ目標を達成するため異次元緩和の一環として、毎年の購入量が大幅に増加しています(2020年3月:日本銀行のETF購入残高29.4兆円)。日本銀行は、一般投資家の経済合理性とは異なる価値判断に基づいて株式投資(日本銀行のETF購入は間接的な株式購入)をしているため、日本銀行のETF購入がマーケットに歪みを生じてる可能性があると考えています。マーケットの歪みの程度について、学術的な実証研究の成果がまだないので、定量的な判断は出来ないのですが、倍率法の倍率もある程度の影響を受けていると実務の中で感じることがあります。
□■本連載の今後の掲載予定□■
—連載(全5回)—
第1回:M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の手法とは?
第2回:倍率法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?
第3回:DCF法における価値評価(バリュエーション)のポイントとは?
第4回:支配権プレミアム&流動性ディスカウントについて
第5回:財務デューデリジェンスの発見事項の取扱い
※掲載タイトル、内容は予定のものを含みます。