顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.7 Q:顧問先に買手候補が現れました。税理士として、どのような点を確認すべきですか?

 

A:

「買手候補が現れたことは一つの前進ですが、この段階での税理士の役割は『評価』よりも『確認』です。
買手の財務的な実態を把握し、顧問先にとってのリスクを冷静に整理することが重要です」。

 

Vol.1でも触れたように、この段階で税理士が「良い買手かどうか」を断定することは禁物です。見極めるべき論点を整理しながら、顧問先が冷静な判断を下せるようサポートすることが求められます。

 

<解説>
① 買手の「財務的な実態」を確認する

M&Aの現場では、買手候補が現れた際に見落とされがちなのが「その買手自身の財務実態」です。買収意欲が高くても、実際に資金調達ができるのか、借入過多ではないか、また買収後の経営体力が十分かどうかは不透明なことがあります。

これらの点は、仲介会社が買手のプロフィールを確認する段階である程度把握できる場合があります。

そのため、顧問税理士として直接確認することは難しいですが、仲介会社に対して「買手の資金調達の見通しや財務状況についての情報共有」を求めることは、顧問先を守るうえで重要な対応です。

また、買手が上場企業や大手グループ企業である場合、公開情報を活用して財務状況を把握することも可能です。

 

② 「なぜこの会社を買うのか」という動機を見極める

買手の動機によって、クロージング後の経営方針や従業員・取引先への影響が大きく変わります。「同業でシェアを拡大したい」「異業種に新規参入したい」「エリア展開の足掛かりにしたい」など、買手の戦略的な意図を把握しておくことは、顧問先がその買手を受け入れるかどうかの判断材料になります。

仲介の現場では、買手の動機が曖昧なまま交渉が進んでしまい、クロージング後に「思っていた方向性と違う」というトラブルが発生するケースがあります。このようなリスクを防ぐためには、動機が明確でない買手候補について、仲介会社を通じて詳細を確認するよう顧問先に促すことが重要です。

 

③ 「良い買手に見えた」が条件面で破談になった実例

知名度のある企業が買手候補として現れ、オーナーが「この会社なら安心だ」と早々に気持ちが固まったケースがありました。しかし、意向表明書にて提示された価格が想定を大きく下回ったうえ、オーナー自身は早期の引退を希望していたにもかかわらず、「2年間は経営に残ってほしい」という条件が加わったことで、交渉が難航しました。

このような状況を防ぐためには買手候補の「見た目」だけで判断せず、提示された価格・スキーム・クロージング後の条件を含めた全体像を十分に把握したうえで判断するよう、顧問先に助言することが重要です。

 

【今回のポイント】

・買手候補の財務実態と資金調達の見通しを仲介会社経由で確認する
・「なぜこの会社を買うのか」という動機の明確さが、成約後のトラブル防止につながる
・買手の「見た目」ではなく、価格・スキーム・クロージング後の条件を含めた全体像で判断する

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。
2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。
実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。

 

顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.6 Q:顧問先から「譲渡後も顧問を継続してほしい」と事前に相談された時の対応は?

 

A:

まずは、顧問先がM&Aを検討するに至った背景や希望を確認したうえで、M&A後も顧問契約を継続することを希望している旨を仲介会社などの関係者に早い段階で共有してもらうことが重要です。

M&A後の顧問契約は、譲渡先となる買手企業の意向にも左右されるため、顧問先から希望された時点で継続が決まるわけではありません。
そのため、早い段階から顧問継続の希望を共有し、買手にとっても既存の顧問税理士が関与するメリットを理解してもらうことが大切です。

 

<解説>
① まずは「なぜM&Aを検討しているのか」を確認する

顧問先から「M&A後も顧問を続けてほしい」と相談された場合、いきなり顧問継続の方法を考えるのではなく、まずM&Aを検討している背景を確認することが重要です。
後継者がいない、経営から離れたい、会社をさらに成長させたいなど、M&Aを検討する理由はさまざまです。
また、M&Aの話がどこから来たのか、すでに仲介会社などに相談しているのかによっても、その後の対応は変わります。
税理士としては、顧問先の意向を確認したうえで、必要に応じてM&Aの専門家への相談を促すなど、初期段階から適切な関係者につなぐことが重要です。

 

② 「顧問契約を継続してほしい」ではなく「買手にとってのメリット」を整理する

M&A後の顧問継続を希望する場合、その希望をそのまま受け入れるのではなく、買手企業にとって既存の顧問税理士が関与するメリットを整理することが重要です。

既存の顧問税理士には、

・過年度の会計・税務処理を把握している
・会社固有の取引や経理処理を理解している
・経営者との長年の関係がある
・M&A前後の数値変化や経緯を説明できる

といった強みがあります。

こうした情報や経験は、買手企業にとってM&A後の会計・税務体制をスムーズに整えるうえで役立つ場合があります。
そのため、顧問先から相談を受けた際には、顧問契約を継続すること自体を目的とするのではなく、買手企業にとって既存の顧問税理士が関与するメリットを整理しておくことが重要です。

 

③ 仲介会社と早い段階から共有する

M&Aの検討が進み、買手候補との交渉が始まってから顧問継続を相談するのではなく、顧問先から希望を聞いた段階で、M&Aを担当する仲介会社などにその意向を共有しておくことが重要です。

買手候補を探す段階から既存顧問税理士の存在や役割を理解してもらうことで、M&A後の関与についても話し合いやすくなります。

また、買手企業の経理体制や会計方針によっては、従来と同じ業務内容・条件での継続が難しい場合もあります。その場合は、税務顧問に限らず、会計・税務面で必要な部分を継続して支援するなど、買手のニーズに応じて関与方法を検討することも選択肢です。

M&A後の顧問継続は、売手企業の希望だけで決まるものではありません。顧問先から事前に相談を受けた場合には、その希望を早期に共有し、買手にとっても既存顧問税理士が関与するメリットを整理しておくことが、M&A後の継続的な関与につながります。

 

【今回のポイント】

・顧問先から事前に相談された場合は、まずM&Aを検討する背景や希望を確認する。
・顧問契約を継続すること自体を目的とせず、買手にとって既存顧問税理士が関与するメリットを整理する。
・顧問継続の希望は早い段階から仲介会社などの関係者と共有し、M&A後の関与方法を検討する。

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。

2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。

実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。

 

顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.5 Q:M&Aで「売却が難しい会社」とはどのような会社でしょうか?

 

A:

売却が難しい会社とは、買手がリスクを感じやすい会社を指します。たとえ現在の業績が良くても、引継ぎ後の収益性が不透明であれば、交渉が進まなくなる可能性があります。
売却が困難になる要因はいくつかありますが、それらが複数重なるほど条件が厳しくなります。

 

 

<解説>

売却が難しくなる代表的なケースの一例を紹介します

① オーナー依存が強い会社

仲介会社が買手候補に案件を提案した際、最も多く返ってくる懸念が「社長がいなくなった後、売上は本当に維持できるのか」という点です。主要顧客との関係がオーナーの個人的な信頼関係に依拠していたり、現場の判断がすべてオーナーに集中していたりする会社は、候補に挙がっても優先順位が下がりやすくなります。幹部に一定の権限が委譲され、オーナー不在でも業務が回る体制が整っている会社は、それだけで買手の安心感が高まります。

 

② 希望価格の高い会社

希望売却価格が収益力から算定される相場と大きくかけ離れている場合、交渉が進みません。「この価格では合わない」と判断した買手は、最初の提案段階で撤退します。経営者が「他社が〇億で売れたから」という情報をもとに根拠のない希望価格を持っている場合は特に注意が必要です。成約価格の背景には純資産の構成や買手の事情など様々な要素が絡んでおり、表面上の数字だけでは比較になりません。希望価格の根拠を整理しておくことが、スムーズなM&Aへの第一歩です。

 

③ 財務・労務リスクのある会社

業績・体制に問題がなくても、デューデリジェンス(DD)の段階で破談になるケースがあります。現場でよく見られるのは、長年放置された役員貸付金、実態のない在庫計上、未払残業代等の潜在リスクです。これらは決算書の表面には現れにくく、買手側の調査で初めて判明することが多いものとなります。発覚した時点で価格の大幅な引き下げを求められるか、交渉そのものが進まなくなるケースがあります。「もう少し前に整理しておけば」という案件を、仲介の現場では繰り返し経験しています。

 

④ その他、売却を難しくする要因

上記以外にも、以下のような要因が重なると買手がつきにくくなります。
あ・ 斜陽産業・市場縮小が明確な業界(成長が見込みにくいと買手が判断)
あ・ 売上の大部分が特定の1〜2社に集中している(取引先離脱リスク)
あ・ 許認可や資格がオーナー個人に紐づいており、承継が困難
あ・ 係争中の訴訟や保証債務など、簿外の偶発債務が存在する
こうした要因の多くは、M&Aを検討し始めてからでは対処が難しいものです。顧問税理士として、日頃の関与を通じて状況を把握し、必要な整理を進めておくことが、顧問先が円滑にM&Aを進められる体制を整えることにつながります。

 

【今回のポイント】

・オーナー依存・希望価格の乖離・財務労務リスクが主な要因
・斜陽産業・売上集中・許認可・偶発債務なども買手離れの原因になる
・こうした要因の多くは、日頃の関与を通じて現状を把握・整理しておく

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。

2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。

実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。

 

顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.4 Q:顧問先からM&Aを進める際に「どこに相談すればいいか」と聞かれました。どうアドバイスをすればいいですか?

 

A:

「まずはM&Aの支援実績がある専門家に相談することをお勧めします。具体的にはM&A仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)が代表的な相談先です。ただし、仲介会社によって得意とする業種や規模、担当者の経験に差があるため、どこに依頼するかが重要になります」と伝えてください。
相談先を選ぶ際のポイントを事前に整理しておくことで、顧問先が安心して最初の一歩を踏み出せるようサポートできます。

 

 

<解説>

では、仲介会社を選ぶ際のポイントは何を基準にしたらよいのでしょか?

① 大手仲介会社と中小仲介会社、何が違うのか

大手M&A仲介会社は、豊富な買手候補データベースや全国規模のネットワークを有している点が強みです。多くの候補先へアプローチできるため、マッチング機会の広さが期待できます。
一方で、多数の案件を同時に取り扱うケースもあるため、案件によっては担当者との接触頻度やサポート体制に差が生じることがあります。
中小の仲介会社は、特定の業種や地域に特化している場合が多く、担当者が案件に深く関与しながら進められることが特徴です。オーナーとの距離が近く、柔軟な対応が期待できる一方で、買手ネットワークの規模や得意領域には違いがあるため、自社との相性を見極めることが重要です。

 

② 相談先だけではなく「担当者」も重要

M&Aでは、実際に案件を担当する担当者の経験や知識、提案力が結果に大きく影響します。
初回面談では、
・同業種の支援実績があるか
・どのような買手候補を想定しているか
・自社の強みや魅力をどのように評価しているか
・サポート体制はどのようになっているか
といった点を確認するとよいでしょう。
会社の知名度だけで判断するのではなく、「自社の事業をどれだけ理解しようとしているか」という視点も大切です。

 

③ 担当者との「相性」が結果を左右することもある

実際に、売上3億円規模の製造業者が仲介会社と契約したものの、担当者が業界特性を十分に理解しておらず、買手候補への提案内容が的確でなかったため長期間進展しなかったケースがありました。

その後、業界知識のある担当者が在籍する別の仲介会社へ相談したところ、買手候補の選定や提案内容が改善され、成約に至りました。

もちろん全てのケースに当てはまるわけではありませんが、仲介会社の規模や知名度だけでなく、自社の業種や課題を理解してくれる担当者かどうかも重要な判断材料になります。

 

④ 報酬体系の違いも必ず確認しておく

M&A仲介会社の報酬体系は大きく2種類に分かれます。成約時のみ報酬が発生する「完全成功報酬型」と、着手金や月額報酬が発生する「着手金あり型」です。
報酬体系の種類よりも、まず確認すべきは「どの段階でいくらかかるのか」が明確かどうかです。着手金・月額報酬・成功報酬の有無と金額が事前に明示されているか、成約に至らなかった場合の費用負担はどうなるのか、これらが曖昧な仲介会社は避けた方が無難です。
成約報酬の相場はレーマン法※を用いる会社が多く、譲渡対価に対して5〜10%程度が目安となりますが、会社によって料率の設定や最低報酬額が異なります。複数の仲介会社に見積もりを求め、報酬体系と具体的なサポート内容を比較したうえで判断することをお勧めします。

※レーマン法:譲渡対価の金額に応じて料率を段階的に変動させる成功報酬の算定方式。取引金額が大きくなるほど料率が低下する逓減方式が一般的で、国内のM&A仲介会社の多くが採用している。

 

【今回のポイント】

・大手はネットワークの広さ、中小は専門性や密な支援が強み。
・仲介会社だけではなく担当者の経験や提案力も確認する。
・初回面談では業界理解や具体的な経験、提案力も確認する。
・担当者変更があった場合の引継ぎ体制も事前に確認しておく。
・報酬体系(完全成功報酬 or 着手金あり)は複数社を比較したうえで選ぶ。

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。

2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。

実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。

 

顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.3 Q:顧問先の会社が「同業者が〇億で売れたと聞いたのですがうちも同じくらいで売れますか?」などと聞いてきた場合、どう答えるべきか?

 

A:

初期段階では具体的な金額を提示しないように注意しましょう。
「価格を考えるうえでの目安はありますが、最終的な価格は会社の個別条件と、買手との交渉によって決まります」と伝えてください。
そのうえで、「決算書上の利益がそのままM&A価格に使われるわけではない」という点を補足しておくことが重要です。

 

<解説>
① 買手は決算書の利益を「そのまま」では使わない

買手側は、決算書の利益をそのまま評価に使うことはありません。たとえばオーナーの役員報酬が市場水準より高い場合や、実態を伴わない経費が含まれている場合は、それらを除いた「正常化利益」を算出したうえで価格を検討します。役員報酬を市場水準ベースで調整するだけで、評価上の利益が数百万単位で変わることも珍しくありません。顧問税理士が把握している利益と、買手が評価する利益は、同じ決算書を見ていても一致しないケースは多くあります。

「うちの利益はこれだけある」という経営者の前提と、買手側が算出する利益が最初から食い違っていると、交渉が進むにつれて期待値のギャップが表面化します。

 

② 噂は参考にならない

「知り合いの会社が〇億で売れた」といった噂をもとに相談されるケースもありますが、他社の成約価格はM&A業界では非公開が原則です。聞こえてくる数字の裏に、買手の戦略的な意図があったか、不動産の含み益があったのか、借入金の処理がどうだったのかは、実際の当事者以外には知る術がありません。同じ業種・同じ規模に見えても、成約価格の構成はまったく異なります。価格は「誰が、どのような戦略目的(シナジー)で買うか」で決まります。

 

③ ある経営者の実例

ある経営者が「同じ業界内で規模が近い企業が5億円で売れたから、うちも同じくらいの価格で売れるだろう」と言っていました。しかし、その5億円で売却された会社は、自社ビルを保有しており、その不動産価値だけで2億円以上あったのです。つまり、事業の収益力だけを見れば、その会社とこの経営者の会社では実際の価値が大きく異なる可能性が高いということです。

M&Aでの売却価格は、単純に同業他社の価格を参考にするだけでは不十分で、個別の事情が必ず影響します。

 

【今回のポイント】

・「〇億で売れた」といった発言にうっかり同調をしない
・決算書の利益は「正常化」されてから評価に使われる
・他社の成約事例は背景が異なるため単純比較にならない
・価格は「誰が、どのような戦略目的(シナジー)で買うか」によって決まる

M&Aの譲渡価格は、単純に利益を何倍かした数字で決まるわけではありません。実際には、資産や負債の調整項目や、買い手企業との相性など、多くの要素が関係して価格が変動します。
早い段階で自社の価値や条件を整理しておくことで、経営者が考える価格と実際の売却価格のギャップを防ぎやすくなります。

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。

2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。

実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。

 

顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.2 Q:M&Aのトラブルとはどのようなものか?

 

A:

直近では、いわゆる“悪質な買手”による資金流出型のトラブルが問題視されました。
具体的な事例として現預金を有する債務超過企業が安価で買収され、買収後に資金だけを抜かれて放置されるケースがあります。
この場合、旧オーナーの個人保証が残り、最終的に倒産リスクを負うという深刻な被害につながります。

 

<解説>
■ 解説|実際に起きているスキーム

実際に、以下のような流れが確認されています。

 

・現預金を持つ会社(債務超過でも可)を低額で買収

・買収後、「貸付金」などの名目で現預金を買手先口座へ送金

・金融機関借入に対する旧オーナーの個人保証は解除されないまま放置

↓

・一定期間後、買手が連絡不能となり会社は実質的に放置

・資金流出により資金繰りが破綻し倒産

・結果として旧オーナーに個人保証債務のみが残る

 

形式上は株式譲渡が成立していても、実態としては“資金の持ち逃げ”に近い事例です。価格がつく案件では発生しにくく、債務超過・赤字・後継者不在といった「早く手放したい」企業ほど狙われやすい傾向があります。

 

■ 税理士が確認すべき防止ポイント

この種のトラブルは、財務内容の確認だけでは防げません。買手の実在性と資金計画の妥当性をチェックすることが重要です。

 

・買収資金の出所と自己資金割合

・買収後の資金管理体制(資金移動権限・口座管理者)

・個人保証の解除スケジュールが金融機関と合意されているか

・買手の過去の買収実績と継続保有状況

 

特に個人保証の解除がクロージング条件に組み込まれているかどうかは、旧オーナーのリスクに直結する重要な論点です。

こうした点については、税理士だけで判断するのではなく、M&Aの実務に精通した仲介会社や専門家と連携しながら確認することが望ましいといえます。

なお、中小企業庁が策定している「中小M&Aガイドライン」においても、M&A実行後に旧オーナーの保証債務が不適切に残存することがないよう、金融機関との保証解除に向けた調整を適切に行うことの重要性が示されています。

↓

譲渡を判断する際には同ガイドラインを順守し、クロージング条件を整理したうえで手続きを進めているかどうか、専門家を交えて進めていくことが重要となります。

 

■ 顧問先への伝え方

経営者には「赤字でも引き受けると言う相手ほど慎重に見る必要がある」ことを伝えるべきです。安価でも確実に保証解除まで完了する相手と、形式上の譲渡だけでリスクが残る相手では、最終的な安全性が大きく異なります。

 

買手の財務的裏付けと保証処理の進捗を管理することで、この種の被害は大幅に回避できます。価格ではなく“譲渡後に何が残るか”を基準に助言することが、顧問先を守る上で最も重要かつ実務的な対応です。

 

 

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。

2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。

実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。

 

 

 

 

顧問先からのM&A相談対応Q&A(入門編)

本連載は、顧問先のM&Aの疑問に答える税理士の視点で解説してきます。

 

Vol.1 Q:顧問先から「M&Aを検討している」と言われた時の初動対応は?

 

A:

まずは、相手の話をしっかり聴きましょう。
その場で判断せず、期待値を上げず、決めつけたりするような言動は控えてください。
税理士として最初の役割は、顧問先の意向や背景を正確に把握することです。
そのうえで、「一緒に考えていきましょう」という姿勢を明確にしてクライアント寄り添うことが大切です。

 

<解説>

では、顧問税理士として、クライアントのM&Aに関わるにはどのような点に注意すればよいのでしょうか?

 

①なぜ「判断しない」ことが重要なのか

M&Aの現場では、「税理士に最初に相談したが話が噛み合わなかった」という譲渡企業経営者の声を多く耳にします。

その原因の多くは、初回相談時に判断・評価・方向性まで踏み込んでしまうことにあります。

M&Aは、税務だけで完結するテーマではありません。

雇用、取引先、家族関係など、複数の要素が絡むため、初動での即断はミスマッチを生みやすくなります。

そのため初回は、「現時点では判断材料が不足している」というスタンスを明確にすることが重要です。

 

②なぜ「期待値を上げてはいけない」のか

「この規模なら〇億くらいでしょう」「最近この業界は高いですよ」

といった不用意な一言は、後にトラブルの火種になります。

M&Aの価格は相場ではなく、個別条件と交渉によって決まります。

初期段階での価格感提示は、経営者の期待値を不必要に引き上げ、結果として「話が違う」という不信感につながりかねません。

 

③「選択肢を閉ざさない」姿勢が信頼を生む

M&Aに対して否定的な意見を持つこと自体が問題なのではありません。

問題となるのは、代替案や整理を示さずに否定してしまうことです。

実際、M&Aを検討している経営者は多く、「理解してもらえなかった」と感じた瞬間に、別の相談先へ移ってしまいます。

結果として、成約後に初めて知らされ、顧問契約が解除されるケースも少なくありません。

 

実際のところ、売上数億円以上で一定の利益を確保している“優良顧客”ほど、金融機関、コンサル会社などから日常的にM&Aの提案を受けているのが実情です。

他にライバルが多数登場する中でも、信頼関係を崩すことなく顧問契約を継続してもらうためには、

常日頃からクライアントに対して真摯に向き合い、相談を受けた際には慎重に対応する必要があります。

 

 

【今回のポイント】

M&Aの現場からみた、初動対応のポイントは下記の通りです。

  • ・判断しない
  • ・期待値を上げない
  • ・ただし、選択肢は閉ざさない

 

 

この連載では、税理士の先生が実際に顧問先から受けるような相談に対する回答を連載体系的に解説していきます。

 

 

 

【著者】

株式会社たすきコンサルティング 代表取締役 森田 修

【プロフィール】

代表取締役 森田 修

1974年生まれ、大阪府出身。清風高等学校を卒業後、日本大学文理学部を経て、東洋大学大学院経済学研究科を修了。2004年に税理士登録。事業会社での実務経験を積んだ後、株式会社エスネットワークスにて株式公開コンサルティングなどに従事。

2005年に株式会社たすきコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。以降、M&A・組織再編コンサルティングを中心に、税務・労務・株式公開支援など幅広い分野にわたりサービスを展開。グループ全体で約1,000社の企業と取引実績を持つ。

実務に裏打ちされた高い専門性と現場目線のアドバイスに定評があり、特に中小企業の経営支援において豊富な実績を誇る。剣道錬士六段の腕前も持ち、ビジネスと武道の両面で研鑽を重ねている。