従業員承継 ~株式買取資金不足時の問題点~

[解説レポート]

従業員承継 ~株式買取資金不足時の問題点~

 

[解説]

税理士法人山田&パートナズ 税のシンクタンク事業部 天木雪絵

 

[内容]
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.従業員承継における株式買取資金~統計からみる自社株評価額~
Ⅲ.後継者の資金力不足への対応策
Ⅳ.経営権の移譲のみが行われる場合の問題点
Ⅴ.対策
Ⅵ.結び

Ⅰ.はじめに 

『今後10年の間に、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人となり、うち約半数の127万(日本企業全体の約3割)が後継者未定。』

『現状を放置すると、中小企業廃業の急増により、2025年頃までの10年間累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性。』(出典:経済産業省「中小企業・小規模事業者の生産性向上について」平成29年10月)との試算が経済産業省から発表された。

こうした後継者不足の背景には、従来、経営者の子を中心とした親族へ事業を承継する「親族内承継」が圧倒的多数を占めていたものの、近年では経営者が世襲制に拘らず、子どもの職業に対する自由選択を尊重するようになったこと、また、経営環境が激しく変化する中で自社事業の将来性に対する不安から、親族内で後継者のなり手が減少していることが大きく影響していると考えられる。このままでは後継者がみつからずに廃業の危機を迎える企業が多数生じてしまうことになる。

しかし、後継者不足が叫ばれる一方、ここ最近における特徴的な動きとして「親族外」の承継が増えている。従来多数を占めていた親族内承継は約7割から約4割まで減少し、代わりに「親族外」の承継が約6割を占めるようになった(図表1)。

「親族外」への事業承継と一口にいっても、社内昇格として親族外の従業員に事業を承継(従業員承継)する場合もあれば、取引先などの外部から招聘して事業を承継する場合、さらには全くの第三者に対しM&Aにより事業承継を行う場合もある。

 

 

 

“親族内に後継者がいない”場合、親族外の中でも真っ先に後継者候補にあがるのは、やはり社内の役員・従業員であろう。中小企業の事業承継においては、それまで企業内で培ってきたノウハウや風土を十分に理解し、引き継いでいくことが非常に重要であると考えられることから、その企業の中で育った従業員が承継する場合には、企業のDNAをしっかり引き継げる可能性が高くなる点で、優れている方法といえる。また、親族に限らず広い範囲で優れた人材を選ぶことができるという点で親族内承継よりも優れている。先代経営者にとっても、よく見知った人材に引き継ぎを行うことの安心感などもあるだろう。

しかし、従業員承継については、それまではサラリーマンに過ぎない従業員が後継者となるため、現経営者からオーナー権を引き継ぐための株式購入資金を準備したり、購入資金を借り入れた場合の返済金の工面について問題となるケースが多いとの調査結果がでている(図表2赤枠)。

そこで、2017年発表の法人企業統計にもとづき、従業員承継における株式購入のための資金がどれ位必要とされるかを試算の上、その資金が不足する場合におきやすい「経営権(代表権)のみの移譲が行われる場合」の問題点と対策について検討する。

 

 

 

Ⅱ.従業員承継における株式買取資金 ~統計からみる自社株評価額~

(1)従業員後継者が100%の株式を買い取ると仮定した場合の必要資金を試算

事業承継では、2つの地位の移行の検討が必要となる。先代経営者から後継者への①経営権(代表取締役としての地位)の移行と、②オーナー権(株主としての地位)の移行である。①の経営権の移行は、株主総会や取締役会での「選任決議」と「登記」という代表取締役の変更手続きにより実現する。しかし、②のオーナー権の移行は、一般に先代経営者から後継者への株式の移転として行われるため、贈与等による場合を除き、後継者が株式買取資金を用立てし、先代経営者から買い取ることが必要となる。

 

では、後継者がオーナー権として株式を買い取るといった場合、購入資金としていくら用意したらよいか。

 

①株価算定法

第三者との間で行われるM&Aでは、株価算定法としてよく利用されるものとしてDCF法や時価純資産法(*1)などが広く紹介されている。M&Aでは通常、独立した第三者間で成立した「売買価格」によって取引がおこなわれる。そしてこれは市場原理が働いた交渉の末の客観的な売買価格である。そして、税務上もこれを以て適正な時価と考えることが多い。

しかし従業員承継では、先代経営者と後継者の間に特別な関係が生じやすいため、税務上は両者間で決めた「売買価格」には、恣意性が介入しているとされる可能性があることから、税務上で定められている計算方法により算出された時価をベースに価格を算定することが多い。そこで、ここでは、個人間の株式譲渡を相続税法上の時価をベースに行うものと仮定した場合に必要となる株式買取額を、財務省の法人企業統計調査の財務数値を用いて試算する。(前提:会社所有資産に含み損益はないものとする。)

 

(*1)中小企業庁のマニュアルにおいては、企業価値算定方法の例として「時価純資産+のれん代(経常利益2年分)」と紹介されている。

 

②役員退職金支給の加味について

多くの会社では社長や会長が役員を退任するという場合には、役員就任期間中の功績に報いる形で役員退職金(役員慰労金)が支給されることが多い。役員退職金は高額に及ぶことが多く、その支給により株価に引き下げ効果をもたらすことが多いため、本レポートで自社株評価を行うに当たっては、役員退職金支給を加味した上で試算を行うものとする。

なお、試算で採用する役員退職金の額は、税務研究会による「役員給与・役員退職給与の実支給額調査(2014年実施・2017年実施)」のアンケート結果に基づいて算定した、下記資本金規模別の支給実績の平均値を採用している。

 

 

 

③主な業種別の自社株評価の試算結果(1社当たり)

下記図表4は、上記①及び②の前提を踏まえ、いくつかの主要な業種について、資本金階級別に法人企業統計調査の財務数値に基づいて、役員退職金支給後の1社あたりの自社株評価額の算出を試みたものである。

自社株評価については、個別の会社ごとの事情により全く違う結果をもたらすが、おおよその傾向を掴むことはできるのではないだろうか。

 

 

多くの業種において、資本金1000万円未満の母集団については、役員退職金を支払えば、株価を限りなくゼロに近づけることが可能との結果となった。この場合には後継者の買取資金について大きな課題となる場面は少ないと考えられる。

しかし、資本金が1000万円を超えて5000万円未満の母集団では、その1社あたり平均評価額は2000万円~1億円程度となっており、更に資本金が5000万円超~1億円未満の母集団では、その1社あたり平均評価額は約2億~6億円に達している。あくまでも平均値であることを考えれば、実際の評価がもっと高くなる企業もあろう。ここまで株価が高くなると、後継者の自己資金だけですべての株式を購入することはかなりの困難を伴うと考えられる。

 

Ⅲ.後継者の資金力不足への対応策

(1)株式取得資金不足時の具体的対応策

上記Ⅱで確認したように、中小企業といえど大きく成長した企業については、後継者が自己資金のみで先代経営者から株式の買い取りを行うことは難しいと思われる。

これを解決するための株式取得の手法として下記のような対応策が検討されることが多い。

 

① 金融機関を活用したMBO

金融機関を活用したMBOは、①後継者が自己資金を元手に法人を新たに設立し、②その法人が金融機関から借り入れを行い、③その借入れた資金をもって法人が先代経営者から株式を購入する方法である。

法人が事業収入で得るキャッシュフローを返済原資として返済を行っていくこととなる。事業規模が大きくなるにつれ、弊社が関与した直近の事例をみてもこの金融機関を活用したMBOの利用率は高い傾向があるが、それでも資金が足りないときは、投資ファンドなどからの出資を検討することになる。

 

② 日本政策金融公庫による融資
個人は通常公庫の融資対象とはならないが、経営承継円滑化法(*2)における都道府県知事の認定を前提に、後継者個人が株式取得資金の融資を受けることができる制度が設けられている。あくまでも個人での借入であることから役員報酬や配当金収入の手取り等から返済することとなる。

 

(*2)経営承継円滑化法・・・ 「中小企業における経営の承継円滑化関す法律」 の略

 

③ 事業承継税制を活用した贈与
贈与税にかかる非上場株式の納税猶予制度といい、一定の要件を満たすことで、後継者は先代経営者から贈与税の負担なく贈与により株式を取得できる制度である。平成27年1月1日以降の贈与から適用対象者が拡大し、親族外承継による株式の贈与についてもこの納税猶予制度の適用を受けることができるようになった。

 

(2)対応策の限界と経営権の移譲

上記(1)に掲げた対応策は、いずれも外部金融機関や先代経営者の協力をもって成立する。すなわち、上記①及び②はいずれも金融機関の審査を通過できて初めて利用が可能となる点で、ハードルがある。また、③の納税猶予制度も、無償での株式移転を前提とすることから、先代経営者が創業者利益等を受け取りたいという希望を有している場合には実現が難しい。こうした状況では、上記のいずれの対応策も利用ができず、株式の移転がほとんど出来ないケースが発生しうる。

それではせっかく社内に事業を引き継ぎたいと思う後継者がいるにもかかわらず、後継者に株式を買い取る資金力がないため、従業員承継をあきらめるしかないのか、というとそういうわけでもない。この場合、経営権の移譲が先行して行われることがある。つまり社長の交代だけが行われ、後継者が「雇われ社長」の状態となる。

 

※東京商工会議所が経営者に対して行ったアンケートでは、「Q.(後継者を従業員、社外から登用とする場合において)株式の承継をどうする予定ですか。」との問いに、約30%の経営者が「経営者一族が引き続き保有」する予定と回答し、先代経営者一族が保有を続ける可能性を示唆している。(図表5)

“資金調達ができるまで”なのか、”恒久的に”なのかは不明であるが、経営権のみの移譲が行われる可能性がある。

 

 

Ⅳ.経営権の移譲のみが行われる場合の問題点

経営権の移譲のみが行われた場合、株主≠社長となり、いわゆる所有と経営が分離した状態となる。この状態においては、どのような問題が生じうるであろうか。下記に問題点を挙げる。

 

① 雇われ社長は長期的視点に立った株式価値増大のための経営を行うことが難しい

雇われ社長は、株主総会において議決権を持たず、役員の選任権・解任権を持たないことから、常にオーナーの意向を気にかけなければならない。そのため、目の前の利益を優先する短期的視点にたった経営を強いられたり、自己の経営方針に沿った“自由な経営”や“機動的な意思決定”を行うことが難しい立場に置かれる可能性がある。また、株式が自己の財産ではないことから、リスクを負った上での組織変革や事業再編等への敷居が高く、革新的な取り組みが難しい場面も考えられる。こうした要素が現実化した場合には、長期的には先代経営者が高めた株式の価値を喪失してしまうリスクがある。

 

② 雇われ社長の利益と、オーナーの利益が一致していないことによる経営基盤の弱体化の可能性

後継者とオーナー間の関係が、これまでの雇用的関係から委任関係に移行するにあたり、コミュニケーションが不足すると報酬や待遇に関して両者の間で認識のズレが発生しやすく、両者の信頼関係が崩れた場合には、経営基盤の弱体化につながる可能性がある。

 

③ 相続税の納税資金確保の問題

経営権のみの移譲をすることで、先代経営者の手元には、売却して換金することが難しい財産が残ってしまう。高額財産を保有し続けることになり、多額の相続税の納税資金の確保の問題が残る。また経営者と株式の所有者が異なる為、事業承継税制も使えない。

 

④ 株式分散のリスクが高い

社長以外の者が株式を所有することで、株式集約の管理が難しくなり、特に先代経営者の相続を迎えるタイミングで、株式が分散するリスクが高まる。また、株主の交代が起きた場合において、新しい株主から急な経営方針の変更を迫られ、経営に混乱をきたす危険性もある。

 

Ⅴ.対策 

これらの問題を解決するためには、オーナー(先代経営者)が、自身の相続税の納税資金の確保を行うとともに、企業の継続的な成長に向け、経営権交代後にあっても後継者に所有権を円滑に集中させるための協力を惜しまないことが必要となる。所有と経営の一致を実現にむけて、具体的には下記のような対策が考えられる。

 

①後継者の議決権確保への協力

段階的な株式移転、株式買取資金の調達に向けた役員報酬の増額、無議決権株式等の種類株式への変更承認、議決権確保に向けた計画の作成協力等、後継者と共に議決権確保への道筋を計画し、共有する。

 

②後継者と先代経営者による話し合い

社長交代後の報酬や待遇、個人保証の引継ぎ等についての各種条件の取決めや、経営方針についての確認等を社長交代までに話し合い、明確にしておくことで、後継者と先代経営者の良好な関係を維持する。

 

③株式分散のリスクの回避への対策

安定株主の確保のための従業員持株会の導入や金庫株への協力、相続人等に対する売渡請求を導入するための定款変更への承認等が考えられる。

 

Ⅵ.結び

中小企業において、円滑な経営を行う為には所有と経営は切っても切り離せない関係にあり、経営権だけを移転すればよいと割り切れるものではない。しかし実際には経営権の移譲が先行し、株式移転できないままのケースが多く発生すると思われる。所有と経営が不一致である状態により問題が生じやすい点について、社長の交代により初めて向き合うことも多いだろう。

こうした問題について周知があまりされていないように思う。経営の安定化に向けて、役員の選・解任権が与えられる議決権割合50%超の保有となる株式移転をめざし、もしくは、それよりも少ない株式保有であっても効果的な議決権を確保できる体制をめざして、計画的に、そして確実に実現していけるよう、先代経営者も後継者も前向きに取り組んでいくべきと考える。

 

【参考文献】

・「経営者のための事業承継マニュアル」中小企業庁 2017年3月

・報告書「事業承継の実態に関するアンケート調査」東京商工会議所 平成30年1月

・レポート「親族外承継に取り組む中小企業の現状と課題」日本政策金融公庫総合研究所 2018年6月

・記事「最強オーナー社長の知恵」週刊ダイヤモンド 2018年4月14日号

・「事業承継に活かす従業員持株会の法務・税務(第3版)」中央経済社 牧口晴一・齋藤孝一著 2015年12月

・「非公開株式譲渡の法務・税務(第5版)」中央経済社 牧口晴一・齋藤孝一著 2017年6月

・「資産・事業承継対策の現状と課題」大蔵財務協会 品川芳宣著 2016年12月

・「事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)」税務研究会出版局 PwC税理士法人編 2018年8月

・論文「中小企業における所有と支配の分離」-経営者保証による最終決定権の確立- 嘉悦大学大学院 津島晃一著 2016年

 

 

 

 

 

税理士法人山田&パートナーズ

レポート『従業員承継 ~株式買取資金不足時の問題点~』(平成30年9月25日付)より転載