[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第11回】PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー

 

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

当連載では,前回まで10回に渡ってPPAにおいて基礎となる考え方や認識プロセス及び測定プロセスにおける前提条件や算定方法等について解説を行ってきました。第11回は,それらの論点について具体的な設例を用いて解説を行います。

 

 

【設例】

X0年12月31日にX社がY社の全株式を3,000百万円で購入した。X社はもともと消費財のメーカーであるが,OEMでの受託生産のみを行っており,自社で商品を販売するブランドも流通網も有していなかった。そこで,X社は高い知名度を持つブランド「Z」(日本において商標登録されている)を保有し,それを販売する小売店への流通網を持った国内のY社を買収することとなった。なお,X社の会計基準は日本基準である。また,クロージング日はX0年12月31日であるため,評価基準日をX0年12月31日とする。事業計画は図表1の通りである。

 

 

【図表1】事業計画と株式価値

 

 

1.算定手順の解説

(1)無形資産の認識

 

まず,認識すべき無形資産の検討を行います。本設例の場合,買収対象のブランドは高い知名度を持ち,かつ商標登録もされていることから分離して譲渡可能という無形資産認識の要件を満たすと考えられます。さらに,流通網についても対象会社にとっての顧客である小売業者との取引関係が顧客資産として無形資産の認識要件を満たすと考えられます。以上から,認識される無形資産は商標権(ブランド)と顧客資産の2点となります。

 

 

(2)クロージングB/Sの確認(図表2)

 

次に,クロージング日時点のB/Sにおける運転資本,固定資産,投資等の残高を確認します。

本設例では下記のとおりとなります。

 

運転資本=現預金50+売上債権700‐仕入債務550=200

固定資産=1,200

投資等=300

 

 

【図表2】クロージングB/S(単位:百万円)

 

 

ここで確認した運転資本及び固定資産の金額は,無形資産測定の際,超過収益法におけるキャピタルチャージの計算にも使用されます。

 

また,この段階で無形資産認識前の広義ののれんが2,346百万円となることを確認します。

 

 

(3)採用する事業計画及びWACCの決定

 

無形資産を測定するために採用する事業計画の検討を行います。事業計画が複数ある場合は,一般的な市場参加者からみて最も合理的と考えられる事業計画を採用することに留意します。

本設例においては,株式の取得価額3,000百万円をサポートする事業計画(図表1)を採用します。

 

通常,WACCは買収検討段階の株式価値算定時に用いられた割引率や,投資案件の想定IRR(内部収益率)を勘案して設定されます。本設例では,株式取得価額3,000百万円のベースとなる事業計画上のWACCである10%を採用します。

 

 

(4)各資産の期待収益率の仮設定

 

採用する事業計画とWACCが決まったら,WARAがWACCと整合するように各資産の期待収益率を設定します。通常の実務では,B/Sの資産・負債残高や無形資産の測定値等が変わる度にWARAが変動し,その都度資産の期待収益率を調整していく作業が必要となります。

本設例では,運転資本,固定資産,商標権,顧客資産,のれんの期待収益率を下記のとおりとします。

 

 

 

(5)無形資産の測定

①商標権(図表3)

ここから,無形資産の測定プロセスに移ります。本設例の商標権は,インカム・アプローチの代表的手法であるロイヤリティ免除法により測定を行います。

 

【前提条件】

・ロイヤリティレート:3%

・商標は日本で登録されており,クロージング時点の残存保護期間は5年,今後1回の更新が見込まれている。日本における商標権の法的保護期間は10年である。

・商標権の税務上償却期間は10年である。

・事業計画期間経過後売上高は毎期1%増加するものとする。

 

 

以上を織り込んだ計算過程が図表3です。経済的耐用年数は残存保護期間に更新後の保護期間10年を加えた15年としています。

 

 

【図表3】商標権の評価

 

 

②人的資産の算定(図表4-1及び4-2)

顧客資産の測定の前に人的資産の算定を行います。現在と同規模の100名の人員を再雇用し教育訓練を行うと仮定した場合のコストに基づいています。

 

実務上,人的資産の期待収益率はのれんの期待収益率もしくはWACCとされることが多いです。

本設例では,のれんの期待収益率である13%としています。

 

 

【図表4-1】人的資産の見積り(節税効果考慮前)

 

 

【図表4-2】償却による節税効果の計算

 

 

③顧客資産の測定(図表5)

最後に超過収益法により顧客資産の測定を行います。経済的耐用年数については,取引実績等に基づき8年で顧客が入れ替わる想定を置き,減少率12.5%(1/8年)を用いています。

 

なお,複数の無形資産を認識する場合には,無形資産相互の関係性や事業への貢献度合について検討し,測定に反映することが必要となります。

本設例では,商標権(ブランド)の貢献が基礎にあり,その上で顧客資産の構築・維持が行われてきたものとの考えに立ち,顧客資産の測定上,商標権へのキャピタルチャージを行っている点にご留意ください。

 

④測定結果の確認(図表6及び7)

以上の測定結果をまとめたものが図表6及び7です。図表6において,各資産の期待収益率,WARA及びWACCの関係性について再度ご確認ください。また,図表7において,無形資産が計上される場合,会計上の一時差異に該当し,繰延税金負債が計上され,同額ののれんが増加する点についてご留意ください。

 

 

【図表5】顧客資産の評価

 

 

【図表6】WARAとWACC

 

 

【図表7】PPAの結果

 

 

2.まとめ

今回解説した設例では,実務でも非常に多くみられる商標権及び顧客資産が計上される例を取り上げました。数値や前提条件については可能な限り簡素化に努めましたが,無形資産の算定手順についてご理解頂けたでしょうか。

 

次回(最終回)は,PPAにおける実務上のポイントについて解説します。

 

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?(2020年12月下旬公開予定)

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第10回】PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

 

 

1.PPAにかかる無形資産評価の特殊論点

第6回にてロイヤリティ免除法と超過収益法を解説した際,計算例を掲記しましたが,その中に「償却による節税効果の計算」が含まれていました(図表1の①参照)。

 

これは,インカム・アプローチ(ロイヤリティ免除法や超過収益法)を用いる場合に採用されている考え方で,PPA実務における特徴的な論点です。

 

また,超過収益法の計算例においては人的資産という概念(図表1の②参照)が出てきましたが,こちらは更に,超過収益法を用いるときにのみ使われる考え方となります。

 

今回は,節税効果と人的資産という,PPAに関する特殊論点について解説します。

 

 

【図表1】超過収益法の計算例(償却による節税効果の計算と人的資産)

 

 

2.無形資産の償却による節税効果について

(1)節税効果を考慮する意味

PPAにかかる無形資産評価においてインカム・アプローチを採用する場合,無形資産の償却による節税効果を無形資産の価値へ考慮することが求められます。

 

これは,図表2をご覧頂ければ分かる通り,株式を取得して連結子会社とした場合と,無形資産そのものを購入した場合において,両スキームとも無形資産を取得するということにおいて経済的効果は同様ですが,償却による節税効果が得られるかどうかについてはスキームによって異なります。

 

その場合,実態を捉えて,一方のスキームについては償却による節税効果を考慮し,他方のスキームについては考慮しない,とすると,買収スキームによって無形資産の評価結果が異なることとなります。

 

無形資産評価の実務においては,市場参加者の観点からの公正価値を測定することが求められるため,買収スキームによって無形資産の価値は変わらない,という考え方のもと,償却による節税効果については無形資産の価値へ考慮することが求められます。(ただし,節税効果のあるスキームの場合のみ節税効果が評価に考慮されるべき,という考え方も否定されるべきものではない,という考え方もあります(日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第57号)。)

 

 

【図表2】スキームによって節税効果の有無が変わる

 

 

それでは,節税効果を無形資産評価に考慮するとは,どのようなものでしょうか。

 

その考え方は,図表3に記載しています。償却による節税効果は無形資産評価額から計算されるものである一方,無形資産評価額は償却による節税効果が確定しなければ求められません。そのため,図表3に記載の通り,償却による節税効果を無形資産の価値へ上乗せするという計算を永久に繰り返していきます(循環計算)。その計算を数字に表したものが図表1の①の計算となります。

 

なお,この計算は考え方の理解が難しいものですから,実務上は概念を理解しておけば十分です。

 

 

【図表3】節税効果の計算概念

 

 

(2)節税効果計算のポイント

節税効果計算の際の償却期間について

 

買収対象会社が日本国内の会社の場合,税務上の償却は,法人税法上の耐用年数によることから,節税効果の計算においても税務上の耐用年数を用いることとなります。

 

ただし,商標権や特許権のように,税務上耐用年数が定められている資産については当該耐用年数を用いればよいのですが,顧客資産や技術資産のような税務上の耐用年数が定められていないものについては,それら無形資産は税務上の資産調整勘定に含められて償却されることから,資産調整勘定の耐用年数を用いることとなります。

 

日本におけるPPAにて認識される無形資産と節税効果を計算する際に用いる耐用年数の関係については,図表4の通りです。

 

一方,海外の会社を買収した場合はどうなるのでしょうか?買手が日本国内の会社の場合,買手が得ると想定される償却による節税効果を考慮すると上述と同様となります。

 

また,買収対象会社が得ると想定される節税効果を考慮すると,買収対象会社が税金を納める国における税務上の耐用年数となります。

 

結論としては,市場参加者の観点から,一番経済的合理性が高いと考えられる国における耐用年数を選択することになりますが,実務上は,買収対象会社の本社のある国の税務上の耐用年数を用いることが多いと考えられます。

 

節税効果計算の際の税率について

税率は,上記耐用年数の論点と全く同じでリンクします。税率は国によって差異があり,無形資産の価値に重要な影響を及ぼすケースも少なくありません。一方で,海外の税制や税率を精緻に把握することは難しい場合も多く,実務上のハードル・負担となっていると思われます。

 

以上のように,償却による節税効果については,計算に用いる耐用年数と税率さえ決定すれば難しくないものと考えられますが,上述のように,海外の会社を買収した場合においては,海外の税制や税率,耐用年数を把握することが難しいケースもあって,実務上留意が必要と考えられます。

 

 

【図表4】 日本における無形資産と税務上の耐用年数の関係

 

 

*3で説明した人的資産については,超過収益法の計算上の概念ですが,実務上,人的資産の計算においても償却による節税効果を考慮する必要があるものと考えられます。

 

 

 

3.人的資産について

人的資産は,インカム・アプローチにおける超過収益法を採用する場合にのみ出て来る概念です。超過収益法においては,「対象無形資産を活用している事業より生み出される利益から,事業活動において使用する資産が通常獲得すると想定される利益を差し引く(キャピタルチャージ)計算」が必要となりますが,その際の事業活動において使用する資産の一つとして人的資産が必要となります。

 

その概念はコスト・アプローチ的なものであり,買収時点における対象会社に所属する人員を,再度採用して教育研修した場合にかかるコストから求めることが多いです。

 

図表5は実務上使われている簡便的な計算例ですが,人員の採用費と,採用後の教育研修コストを大まかに見積もって人的資産を概算して,これをキャピタルチャージの計算に使用します。

 

なお,当該人的資産は,キャピタルチャージに用いるためだけに算出されるものであり,無形資産として認識されるものではありません。当該人的資産は,PPA上は残余としてののれん(狭義)の中に含まれることとなります。

 

 

【図表5】人的資産の計算例

 

 

4.最後に

今回は,PPAにかかる無形資産評価の特殊論点である,償却による節税効果と人的資産についての解説を行いました。これらの考え方は机上の理論であり,ビジネスの実務においてはなじみが薄いと感じる方も多いでしょう。PPAにかかる無形資産評価はこういった考え方をするものである,と捉えて,概念を理解して頂ければよいのではないでしょうか。

 

次回は,PPAプロセスの具体例を,買収からPPAまで数値を入れて解説します。

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー(2020年11月下旬公開予定)
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第9回】PPAで使用する事業計画とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

前回は無形資産の経済的耐用年数について詳しく解説します。第9回は,無形資産評価において用いられる事業計画について解説します。なお,以下の解説は,無形資産の測定においてインカム・アプローチを採用する場合を前提としています。

 

 

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

1.使用される事業計画について

PPAにおける無形資産評価は,端的に言えば,事業計画上の将来キャッシュ・フローからもたらされる経済的価値を,無形資産の価値とのれんの価値に配分する手続です。

 

第5回でも解説したように,無形資産の評価は,公正価値アプローチに基づき行われます。

繰り返しになりますが,公正価値とは「測定日時点で,市場参加者間の秩序ある取引において,資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」であり,無形資産の評価は,一般的な市場参加者の見地に立って行わなければならないことを意味しています。

事業計画についても,上述のような公正価値アプローチに基づき策定されたものを使用することが求められます。

 

それでは,公正価値アプローチに基づき一般的な市場参加者の見地に立った事業計画とはどのようなものでしょうか。

 

M&Aのプロセスにおいて,企業価値や株式価値の算定にあたっては,複数の事業計画を用いて検討されることが一般的です。これは,将来のビジネスの予測にはリスクや不確実性が伴うためであり,競合状況や市場の成長性といった外部環境,新製品開発の成否やシナジーの発現等,企業内外のさまざま要素を考慮して複数のシナリオを想定することが通常です。

 

M&Aにおいては,当然のことながら,売り手は高く売却したいと考え,買い手は安く譲り受けたいと考えます。買収金額は,買い手と売り手が合意した価格ですが,買い手と売り手の交渉力等に左右されるものの,多くの場合,概ねスタンドアロン価格をベースに一定程度買い手のシナジーを加味した金額で合意されるものと考えられます。

 

 

【図表1】買収価格とシナジーのイメージ

 

 

無形資産評価の一般的な実務においては買い手「固有」のシナジーを除いた事業計画が使用されます。

「固有」とは,買い手のみがコントロールし実現できることを意味します。買い手固有のシナジーは,それを実現できる買い手にとってのみ価値を有するものの,一般的な市場参加者からみた場合その価値を実現できるものではないため無形資産の価値を構成しない,という考え方が基礎となっています。

買い手固有のシナジーによりもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんを構成することとなります。

 

一方で,買い手が実現可能なシナジーのうち客観的に見て誰が買い手となる場合であっても実現可能と考えられるシナジーは,事業計画上考慮しなければならない点には留意が必要です。

 

それらに該当するものとしては,例えば,事業規模拡大に伴うスケールメリットや,管理体制一元化によるコスト削減といったシナジーが考えられます。

 

 

【図表2】WACC,IRR,WARAの関係図

 

 

2.実務上の対応

一般的な無形資産評価の実務では,買い手企業と外部評価者の間で,どの事業計画を無形資産評価において使用すべきかについてディスカッションが行われます。

 

その結果,実際の買収価額と整合的な事業計画が使用される場合が多いです。そのような事業計画は,案件によってベースケースであったり,コンサバティブケースであったりとさまざまですが,買い手固有のシナジーを含まない点において共通しています。

 

使用される事業計画を決定したら,当該事業計画数値をもとに無形資産の測定を行います。中でも重要なプロセスは下記の2点です。

 

 

(1)IRRの算定

買収価格と事業計画上の将来キャッシュ・フローをもとにプロジェクトのIRRを算出します。

第7回で解説したとおり,IRRの算定は無形資産の測定に用いるWACCが合理的な水準かどうかを確認するために行われます。IRRは,買収価格及び投資実行時期と,事業計画上の将来キャッシュ・フロー金額及びその発生時期を設定の上,エクセルのXIRR関数を用いれば容易に計算が可能です。

 

公正価値アプローチの考え方に立つと,ここで用いられる買収価格は一般的な市場参加者が想定する金額であり,買い手が支払ったプレミアムを除いた金額となります。

 

同時に,事業計画上の将来キャッシュ・フローについても,買い手固有のシナジー効果による影響を除外した金額となります。このような前提の下,算出されたIRRが,設定されたWACCに近似しているかどうかが判断のポイントとなります。

 

ここで留意すべきは,設定されたWACCの水準が無形資産価値に重大な影響を与えるという点です。WACCの合理性がIRRによって確かめられた後,当該WACCとWARAが一致するように無形資産を含む各資産の期待収益率が設定されることとなりますが,その水準によって,最終的に算定される無形資産の金額が大きく異なることはお分かり頂けるかと思います。

 

 

【図表3】キャッシュ・フロー配分の概念図

 

 

算出されるIRRは,買収金額とそれに整合する事業計画が入手可能な場合,当然のことながらWACCに近似する値となります。しかし,実務では,入手可能な事業計画が買収金額と整合しないケースもあり,その場合算出されたIRRと想定されるWACCに差異が生じることがあります。そのような場合,以下のような要因が考えられます。

 

 

① IRR<WACCとなるケース

一般投資家の想定よりも高い価格で買収が行われている,あるいは,買収価格に買い手が支払ったプレミアムが含まれてしまっている場合が考えられます。

 

また,事業計画が過度に弱気である可能性があります。例えば,事業計画に一般的な市場参加者からみて当然に享受できると考えられるシナジーが織り込まれていないような場合が考えられます。

 

 

② IRR>WACCとなるケース

一般投資家の想定よりも低い価格で買収が行われている,または,事業計画が過度に楽観的または強気である可能性があります。また,買い手固有のシナジー等がキャッシュ・フローに含まれてしまっているような場合も考えられます。

 

実務上は,上記要因による影響を勘案して,事業計画を一般的な市場参加者が想定する水準へ可能な限り調整し,WACCの合理性を判断することになります。

 

 

(2)価値測定におけるキャッシュ・フローの検討

 

続いて,ロイヤリティ免除法や超過収益法といった評価技法を用いて,無形資産の測定に使用する事業計画を基礎として,どのように無形資産の測定を行うかを検討することとなります。

 

事業計画上の将来キャッシュ・フローに基づき無形資産を評価することは,将来キャッシュ・フローの価値を,無形資産とのれんの価値に配分することです。

 

また,無形資産は,評価基準日時点に存在する顧客・契約・技術・製品等から生じるキャッシュ・フローに基づき測定・評価されます。よって,対象企業が将来獲得する顧客や契約,技術等からもたらされるキャッシュ・フローは,無形資産ではなくのれんの価値を構成することとなる点に留意が必要です。

 

 

① 商標権の場合

測定される無形資産が商標権の場合,評価手法は多くのケースでロイヤリティ免除法が採用されます。ロイヤリティ免除法は将来の売上高に一定のロイヤリティレートを乗じたロイヤリティ収入をもとに無形資産価値を算定する評価技法ですが,将来売上高は,使用される事業計画における商標関連事業の想定売上をそのまま採用することが一般的といえます。

 

 

② 顧客資産の場合

一方,顧客資産の場合は商標権と少々取扱いが異なる点に留意を要します。顧客資産の測定においては超過収益法を採用することが一般的ですが,前述のように,測定対象となるのは評価基準日時点に既に存在する顧客であることから,その価値を測定する際には事業計画上の数値に調整を加える必要があります。

 

当該調整は,主に新規顧客からもたらされる価値を除外することと,測定対象となる既存顧客の減少率を考慮することの2点です。

 

通常,事業計画上のキャッシュ・フローには将来獲得が期待される新規顧客からもたらされる価値が含まれるため,当該価値について顧客資産の価値を構成するキャッシュ・フローから除く必要があります。

 

また,前回も述べたように,長い期間でみると顧客は入れ替わりが生じると考えることが合理的であることから,有限の経済的耐用年数を設定し,当該年数に即した減少率を考慮することとなります。

 

 

3.まとめ

無形資産価値の測定に使用する事業計画については,一般的な市場参加者が想定するであろう事業計画を使用するという点が最も基本的かつ重要であると考えます。買い手企業においては,PPAにおいてこのような要請があることを理解して,予め事業計画上のキャッシュ・フローの構成について整理・把握しておくことが必要です。

 

次回は,人的資産と節税効果について解説します。

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー(2020年10月下旬公開予定)
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第8回】PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

 

〈解説〉

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▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

▷第10回:PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー

 

 

1.無形資産の経済的耐用年

前回は,WACC,IRR,WARAと各資産の割引率の設定について解説しました。第8回は,無形資産の評価の際に設定する必要がある経済的耐用年数について解説します。

 

PPAにおいて認識される無形資産の経済的耐用年数は,当該無形資産より経済的効果が得られる期間=キャッシュ・フローを生み出す期間,として見積もられることとなります。そのため,インカム・アプローチによる評価手法によって無形資産を評価する場合,経済的耐用年数の長短によって見積もりキャッシュ・フロー期間も変わってくることから,耐用年数の設定如何によって無形資産の評価額が変わってくることとなります。

 

また,設定した経済的耐用年数は,PPA確定後の会計期間における無形資産の償却年数とされることが多いため,買収した企業の営業利益等にも影響を与えます。

 

現状,日本の会計基準においては,経済的耐用年数の明確な決定方法や考え方等は定められておらず,経済的耐用年数の根拠となるデータや情報を参照して個別に設定することが求められますが,実務上は,情報の入手に制約があり,根拠となるデータや情報が入手できないことも多く,経済的耐用年数はしばしば監査上の論点となり得ます。

2.日本基準とIFRS

後に詳述しますが,無形資産においては,その効果が及ぶ期間を見積もることが難しいケースも多く,耐用年数を決定することが困難な場合も多いです。IFRSでは,耐用年数が確定できない無形資産については非償却が認められており,実質的には半永久的に法的保護期間が継続される商標権等においては,非償却とされることも多いです。一方,日本基準においては,無形資産には耐用年数の設定が求められるとの解釈が多数を占めており,何らかの論拠で経済的耐用年数を設定することが求められる,という考え方が一般的です。

 

これは,のれんの償却の考え方にもリンクすると考えられており,のれんを非償却として毎期の減損テストにてその効果を測定するIFRSと,のれんを20年以内で償却する日本の会計基準との考え方の相違が,無形資産の耐用年数の考え方にも影響を及ぼしているものと考えられます。

 

 

【図表1】会計基準による耐用年数の考え方の相違

 

 

3.主な無形資産における経済的耐用年数の設定

経済的耐用年数については,一般的には,評価対象無形資産の将来の使用予測,法的保護期間,過去の継続利用実績,資産の減少率・陳腐化率,競争・競合状況等の様々な経済的及びその他の要因等を考慮して決定することとなります。

 

主な無形資産の経済的耐用年数の設定に関する考え方とそのポイントは以下の通りです。

 

 

【図表2】耐用年数設定の考え方

 

 

■商標権

 

10年毎の更新により,理論上は商標権を半永久的に保持することが可能となります。また,その更新にかかるコストは僅少であることから,IFRS及び米国基準においては耐用年数が確定できないとして非償却とされることが多いです。一方,日本基準においては,無形資産には耐用年数を設定することが求められており,商標権についても何らかの論拠にて耐用年数を設定することが必要となります。

 

 

■特許権

 

特許権は,特許権の残存年数によって設定するケースが多いと思われます。一方で,競争の激しい業界等において10年超の残存年数がある場合に,実際の当該特許権の競争力,優位性等の実態に合わない場合も想定されます。そういった場合においては,当該特許権を用いた技術が競争力を維持する期間を推察して経済的耐用年数を設定する必要がありますが,その場合は,定性的な論拠を積み上げる必要があることから,議論となることが多いです。

 

 

■契約資産

 

契約資産については,当該契約の残存契約期間を基に経済的耐用年数を設定することが多いです。一方で,契約期間が定められていない場合や,契約更新が自動継続となっていて残存契約期間が確定できない場合は,定性的な論拠を積み上げて耐用年数を設定する必要があります。

 

 

■顧客資産

 

顧客資産について一番分かりやすい経済的耐用年数設定の考え方は,顧客の減少率を用いるものです。顧客減少率とは,毎期顧客がどのくらい入れ替わるのかのデータを用いて,例えば,100の顧客が毎年10減少し,新たに20増加した場合は,期末には110となるが,減少率としては10/100となって,10年で現状の顧客が全ていなくなると想定するものです。こういった定量的かつ有意なデータが入手できる場合は,比較的容易に経済的耐用年数を設定することができます。一方で,定量的データが入手できないケース,例えば,大口顧客が数社のみある場合で,顧客の入れ替わりがない場合(顧客減少率0%)や,極端に顧客減少率が低い場合(仮に1%だとすると耐用年数は100年となる)においては,経済的耐用年数の設定が難しいものとなります。

 

4.陳腐化率について

評価基準日時点の無形資産,例えば,顧客資産や特許権については,耐用年数が10年であれば,10年間をかけて徐々にその経済的な効果が減少していく,ということは感覚的に理解できるのではないでしょうか。図表3はその概念図ですが,無形資産の評価においては,経済的耐用年数の設定に伴って陳腐化率や顧客減少率を設定することとなります。その際の陳腐化率は,例えば耐用年数が10年であれば,1÷10年として年率10%の陳腐化が起こると想定して設定することが一般的です。

 

一方で,商標権については,陳腐化率を設定しないことが実務上定着していますが,これは,IFRSでは商標権は非償却となることが多いことが理由であると推察します。

 

私見ですが,日本基準において商標権に耐用年数を設定した場合,年数の経過に伴って商標権が生み出す経済的効果も年々減少するとして,陳腐化率を設定するケースがあっても良いのではないでしょうか。

 

 

【図表3】陳腐化率の考え方

 

 

5.実務上議論となったケースの紹介

経済的耐用年数の設定において,弊社にて実際に議論となったケースを紹介します。ただし,個別案件が特定されないよう一部については内容を変更しています。

 

 

【図表4】耐用年数の設定事例

 

 

6.計算例

参考に,顧客資産を超過収益法にて評価する際の計算例を掲記します。経済的耐用年数については,過去3期間の顧客数の推移から顧客減少率を想定して,その結果を基に設定しています。また,減少率については,1÷経済的耐用年数により算出しています。

 

〈顧客資産‐超過収益法による計算例〉

【前提条件】

評価対象資産:顧客資産

経済的耐用年数:顧客減少率から3年と設定

減少率:33.3%

 

 

【図表5】顧客資産の耐用年数の計算例

 

 

【図表6】超過収益法による顧客資産の計算例

 

 

7.最後に

無形資産の経済的耐用年数の設定は,定量的かつ有意なデータが入手できない等,一筋縄でいかないケースも多く,実務上は定性的な論拠を積み上げて設定している場合も多いものと推察されます。

 

上述のように,IFRSやUS-GAAPにおいては,経済的耐用年数が確定できないとして,非償却とすることが認められているものが,現状の日本基準においては非償却が認められず,必ず経済的耐用年数を設定しなければならないことから,実務上は大きな負担となっていると感じます。定性的な論拠を積み上げて経済的耐用年数を設定するということは,一つの方法としては有用ではあるが,一方で,恣意性が介入する余地も大きく,また,評価者,買収者,対象会社,監査人で異なる見解が生じやすいことから,実務上のボトルネックとなっており,経済的耐用年数設定の考え方に一定のルールや規則が設けられることが必要と考えます。

次回は,PPAで使用する事業計画について解説します。

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第7回】WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)

 

 

▷第6回:PPAにおける無形資産の評価手法とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

▷第9回:PPAで使用する事業計画とは?

 

 

1.はじめに

前回は無形資産の超過収益法やロイヤリティ免除法について解説しましたが,これらの評価においては,将来キャッシュ・フローを個々の資産に応じて想定されるリスクを考慮した割引率(期待収益率)を用いて現在価値へ割引くことが必要となります。そのためには資産毎に割引率を設定する必要がありますが,どのように設定するのでしょうか?

割引率は,一般的に加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital. 以下,WACCと言う。),内部収益率(Internal Rate of Return. 以下,IRRと言う。)及び加重平均資産収益率(Weighted Average Return on Assets. 以下,WARAと言う。)の分析を通じて設定されます。そのため,本稿ではWACC,IRR,WARAの概念及び3者の関係及び各資産の割引率の設定方法について解説します。

 

 

2.WACC,IRR,WARAについて

(1)WACC

WACCは一般的に企業価値評価に用いられる割引率であり,企業全体の投下資本に対する資本の調達コストであり,株主資本コストと負債コストの加重平均で表されます。言い換えれば, WACCとは,資本提供者の要求に応えるために,企業が投下資本を活用して生み出さなければならない最低限の収益率です。図表1はWACCの計算例ですが,WACCはPPA実施時に改めて計算するというよりも,M&A実施時に行った企業評価において算定したWACCを時点修正することが通常となります。無形資産の評価においては,WACCそのものを利用して割引計算をするというよりは,資産毎の割引率を設定するためのベンチマークとしてWACCが利用されます。なお,WACCの詳細な解説はここでは割愛させて頂きます。

 

 

【図表1】WACC計算例

 

 

 

(2)IRR

IRRとは,NPV(Net Present Value, NPV)がゼロとなる割引率です。NPVは,将来キャッシュ・フローの現在価値の合計額から初期投資額を控除したものです。そのため,IRRは投資家が投資によって必要最低限獲得したいと考える利回りであり,WACCを投資家側から見たものと言えます。通常の場合,IRR≒WACCとなります。

 

図表2において,投資額8,000百万円,事業計画期間のフリー・キャッシュ・フロー(以下,FCFと言う)を前提としたIRRは9.8%と計算されます。なお,IRRはエクセルのXIRR関数を利用することで容易に計算可能です。

 

 

【図表2】IRRの試算

 

 

 

無形資産評価においてIRRは,評価に使用されるWACCが合理的な水準といえるかどうかを検証するために用いられることが多いです。PPAにおける無形資産評価の目的は,当該資産の公正価値を測定することであり,公正価値を測定するには,一般的な市場参加者が想定すると考えられるWACCが設定される必要があることから,一般的な市場参加者の代表である買手企業が求めるIRRを用いて,WACCを検証することとなります。なお,この点についての詳細は連載第9回「事業計画」で解説する予定です。

 

 

(3)WARA

WARAは加重平均資産収益率で,文字通り各資産の収益率を加重平均した値です。そのため,一般的には,WACCやIRRと異なり一定の算式に基づき直接的に求めることはできず,各資産の想定リスクに応じた収益率を設定した結果として求められます。図表3は,WARAの計算例ですが,運転資本からのれんまでの各資産に応じた収益率(=期待収益率)を設定することによって,その加重平均値であるWARAが9.8%と計算されます。

 

また,株主資本及び負債の調達コストたるWACCは,事業に使用する資産が稼得する収益によって賄われるものと考えられます。そのため,事業に供する資産は,調達コストを賄う水準の運用収益が最低限期待されることとなります。つまり,資本の調達コストであるWACCと期待運用収益率であるWARAは一致することとなります。

 

 

【図表3】WARA計算例

 

残高(百万円) 構成比① 期待収益率② 加重平均
③=①×②
運転資本 500 6.3% 3.0% 0.2%
有形固定資産 3,000 37.5% 5.0% 1.9%
商標権 1,500 18.8% 12.0% 2.3%
顧客関連資産 1,000 12.5% 14.0% 1.8%
のれん 2,000 25.0% 15.0% 3.8%
合計 8,000 100.0% 9.8% ←WARA

 

 

(4)WACC,IRR,WARAの関係

概念上は,IRR=WACCとなり,WACC=WARAとなると述べましたが,改めて図表4を用いて説明します。まず,WARAは運用サイドに要求される期待収益率であり,いわゆる貸借対照表(以下,B/Sと言う。)の借方の概念と言えます。これに対して,WACCは調達サイドに係るコストであり,B/Sの貸方の概念と言えます。このことからも,WARA≒WACCとなるのは直観的にも分かり易いのではないでしょうか。また,これと同様に,IRRはNPVがゼロになる収益率ですから,収益=費用となる割引率と言え,調達コストであるWACCと等しくなると言えます。この結果として,WACC≒WARA≒IRRの関係が成立し,これを前提としてPPAの分析を進めていくこととなります。なお,(1)から(3)までの数値例でもすべての値が9.8%になっていることに読者の皆様も気付かれたと思います。

 

 

【図表4】WACC,IRR,WARAの関係図

 

3.各資産の期待収益率(割引率)の設定

各資産の期待収益率を設定する際に,WACC≒WARAを前提とする必要があります。これは,個々の資産の期待収益率を一義的に設定することは実務上困難のため,WACC≒WARAを前提に,各資産の期待収益率を設定し,その加重平均値たるWARAがWACCと近似するようにするのが一般的な実務上の対応となります。PPAの実務においては,資産は,運転資本,有形固定資産,無形固定資産,のれん等に分類して,この分類において期待収益率を設定することが一般的ですが,各資産の内訳や中身は対象会社によってそれぞれ異なり,運転資本も預金,売掛金,棚卸資産,買掛金などから構成されます。預金のように利率が存在するものは容易に期待収益率の設定が可能ですが,売掛金や棚卸資産の期待収益率を決めることは一義的には困難です。そこで,資産をグループ化して期待収益率を設定することとなります。ここで,直観的に,短期資産より長期資産の方が回収期間も長くリスクが高いと一般的には言えますし,現物のある有形固定資産より現物のない無形資産の方がリスクが高いと考えるのが通常ではないでしょうか。このような考え方に基づき,資産分類ごとの期待収益率の高低の関係には一般的なルールがあると言えます。日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第57号にも下記の記述があります。

 

【運転資本,有形固定資産,無形固定資産及びのれんの期待収益率】

運転資本<有形固定資産<無形固定資産<のれん

 

前述のWARAの計算例を見てみると,期待収益率が,運転資本→有形固定資産→無形固定資産→のれん,の順になっていることがお分かりになるでしょう。本例では,IRR=WACC=9.8%を念頭に置きながら,各資産の期待収益率を決めていくこととなりますが,運転資本の期待収益率はプライムレートの水準等をベースにまず3.0%と設定し,有形固定資産は多少リスクを上乗せして5.0%としています。商標権と顧客関連資産は同じ無形資産ですが,前者は法的権利として存在するものですから顧客関連資産よりリスクは低いと考えて,商標権は12.0%とし,顧客関連資産は商標権よりはリスクがあるとして14.0%と設定し,最後にのれんは,一番リスクが高いと考えられ15.0%と設定しました。この結果として,加重平均収益率たるWARAは9.8%となり,WACCと一致することとなります。

 

運転資本 3.0%<有形固定資産 5.0%<商標権12.0%<顧客関連資産 14.0%<のれん 15.0%
4.最後に

本稿のまとめとして,各資産の期待収益率の設定プロセスについて述べます。PPAの分析では,通常IRR≒WACC≒WARAという関係が成り立つことが想定されることから,これを念頭に置きながらIRRを計算してWACCを算出します。通常はIRRとWACCの関係に異常がなければ,WACCを確定し,各資産の期待収益率を設定するが,この時も運用サイドのWARAと調達サイドのWACCが近似することに留意する必要があります。このような一連のプロセスを経て,最終的にWARAがWACCと近似して計算が確定します。なお,実務上は,各資産の期待収益率の算定方法に画一的なルールがないため,レビューワーによっても見解が異なることが多く,監査上議論になることも多い点に留意が必要です。

 

 

【図表5】期待収益率の設定プロセス

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

 

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第6回】PPAにおける無形資産の評価手法とは?

-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第5回:PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

▷第7回:WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?

▷第8回:PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?

 

 

1.無形資産の評価手法

前回は,無形資産の測定プロセスの概要を解説しました。第6回は,無形資産測定の際の評価手法について詳解します。

PPAの際の無形資産評価における評価手法には,以下のようなものがあります(日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第57号より)。

 

 

①コスト・アプローチにおける評価手法

・複製原価法

複製原価法とは,現時点で,評価対象無形資産と全く同じ複製を製作するコストに基づいて無形資産の価値を評価する方法である。

 

・再調達原価法

再調達原価法とは,現時点で,評価対象無形資産と全く同じ効用を有する無形資産を製作するコストに基づいて無形資産の価値を評価する方法である。

 

 

②マーケット・アプローチにおける評価手法

・売買取引比較法

売買取引比較法は,無形資産の価値を当該無形資産と類似の無形資産の実際の売買取引に基づいて評価する方法である。

 

・利益差分比較法

利益差分比較法は,複数の類似事業の中から,一方は無形資産を使用している事業を他方は無形資産を使用していない事業を選定し,無形資産を使って事業をしている企業が達成した利益と,無形資産を使用しないで事業をしている企業の利益の差額に資本還元率を適用して無形資産を評価する方法である。

 

・概算法

特定の業界では,無形資産の売買においてよく使用される一定の経営指標と類似する無形資産取引金額とを手がかりにして無形資産を評価する方法である。

 

・市場取替原価法

市場取替原価法は,一般市場における無形資産の再調達原価をその無形資産に関する外部の専門家によって評価額を推定する方法である。

 

 

③インカム・アプローチにおける評価手法

・利益分割法

評価対象の無形資産が使用されている事業部門の全体の利益やキャッシュ・フロー等に対して無形資産の寄与割合を見積もり,当該無形資産を評価する方法である。

 

・企業価値残存法

評価対象の無形資産が使用されている事業の価値を算定して,その評価額から,運転資本の時価,当該事業のために使用されている有形資産の時価及び他の無形資産の時価を控除し,残余の金額を無形資産の評価額とみなす評価法である。

 

・超過収益法

詳解は後述。

 

・ロイヤリティ免除法

詳解は後述。

 

上記のように無形資産評価には多様な評価手法がありますが,実際の実務の現場では,評価の際に入手可能となるデータや情報は限られており,上記全ての評価手法が採用可能となる訳ではありません。例えば,コスト・アプローチの複製原価法や再調達原価法で,ブランド(商標)を評価する場合を考えてみます。永年に亘って培ってきたブランド力について,今現在における複製の際のコストや再調達原価のデータや情報を入手することは困難であることが想像できます。

 

また,顧客資産をマーケット・アプローチの売買取引比較法で評価するために必要となるデータや情報を入手するのは一般に困難です。加えて,利益差分比較法にあるような「複数の類似事業の中から,一方は無形資産を使用している事業を他方は無形資産を使用していない事業を選定」するといった,評価者にとって都合のよいデータを入手できるケースは多くありません。

 

本稿では,評価の際に必要となるデータや情報が比較的入手しやすく,そのため実務上も数多く採用されていると思われるインカム・アプローチに属する「超過収益法」と「ロイヤリティ免除法」について解説をします。

2.超過収益法とロイヤリティ免除法

(1)超過収益法とは

超過収益法とは,対象無形資産を活用している事業より生み出される利益から,事業活動において使用する資産が通常獲得すると想定される利益を差引いた(キャピタルチャージ)残余の利益が,無形資産に帰属する利益(超過収益)であると考えて,当該超過収益を基に無形資産価値を評価する方法です。図表1のように,無形資産の経済的耐用年数の期毎に超過収益を算出し,当該経済的耐用年数における超過収益の現在価値の総和をもって無形資産の価値とするものです。

 

 

【図表1】超過収益法の概念図

 

 

必要となる情報やデータは評価する無形資産によって様々ですが,無形資産を活用する事業の将来事業計画(それに準ずるものを含む)と貸借対照表があれば評価を行うことが可能となることも多く,実務上は最も採用されている評価手法の一つであると思われます。超過収益法による評価のポイントは,事業活動において使用する資産が通常獲得すべき利益を,資産ごとに設定した期待収益率にて算出して残余利益を出すことです。それぞれの資産に期待収益率を設定してキャピタルチャージを行いますが,この期待収益率をどの水準に設定するかによって,残余利益の金額は大きく変動し,結果,評価額も大きく異なることになる点に留意が必要です。

 

 

(2)ロイヤリティ免除法とは

ロイヤリティ免除法とは,特許やブランド(商標)等の無形資産を自社保有していることにより,第三者から当該無形資産の使用許諾を得る場合に比べロイヤリティ・コストが節約されているとみなし,当該「節約されているロイヤリティ額」に基づき,無形資産を評価する方法です(図表2参照)。

 

 

【図表2】ロイヤリティ免除法の概念図

 

 

当該無形資産または類似無形資産のロイヤリティレートの入手が必要となりますが,対象会社や買手企業において参考となるロイヤリティレートの実例がある場合や,有料データベース等にて類似ロイヤリティレートの入手が可能となる場合も多いことから,特許やブランドの評価の際には最も採用されている評価手法の一つです。一方で,特許やブランド以外の無形資産については採用し辛い評価手法でもあります。ロイヤリティ免除法においては,ロイヤリティレートをどの水準に設定するかによって評価額が大きく変動することから,当該レートの設定がポイントとなります。

 

 

(3)計算例

実際の計算例を掲記しますので,数字を見てイメージを掴んでください。なお,計算例の中には今回までに解説されていない概念や考え方が含まれていますが,そちらの解説は第7回以降に譲ります。

 

 

①超過収益法の計算例

【前提条件】

評価対象資産:ディストリビュータ契約(契約資産)

経済的耐用年数:5年

契約資産の期待収益率:10%

キャピタルチャージ資産とそれぞれの期待収益率:運転資本3%,固定資産5%,商標権10%,人的資産8%

減少率:評価基準日時点の契約資産は,経済的耐用年数の経過に伴って減少していくものとして減少率を年率20%(1÷5年)に設定する

 

 

【図表3】契約資産の計算例

 

 

②ロイヤリティ免除法による計算例

【前提条件】

評価対象資産:商標

経済的耐用年数:確定できないものとして非償却とする

ロイヤリティレート:3%

商標の期待収益率:10%

減少率:経済的耐用年数を非償却と想定するため設定しない

計画期間以降の成長率:0%

 

 

【図表4】商標権の計算例

 

 

3.最後に

無形資産の評価プロセスにおいては,その評価手法を選択する必要がありますが,実務上は評価に必要となるデータ・情報の入手可能性によって,その選択が左右されることとなります。そのため,買収の際のデューデリジェンス時においては,PPAを見据えた情報入手を意識しておくことが,後の無形資産評価をスムーズに進めるためのポイントと考えます。買収対象会社にどういったデータ・情報が存在し,どういったデータ・情報が入手不可能であるかについて,デューデリジェンス実施時に確認しておくことは有用であります。

 

また,評価手法の選択はあくまでも評価の最初の段階であり,評価手法の選択後は,経済的耐用年数やロイヤリティレート,各資産の期待収益率等,評価結果に大きな影響を及ぼす検討事項がいくつもあって,ここからが評価の本番となります。

 

次回は,PPAにかかる無形資産評価において最も重要な概念の一つであるWACC,WARA,IRRについて解説します。

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

 

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第4回】PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)

 

 

▷第3回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

▷第5回:PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

▷第6回:PPAにおける無形資産の評価手法とは?

 

 

1.無形資産の認識プロセス

前回は無形資産の認識基準について解説し,認識される無形資産の例示(例えば,商標,特許権など)を紹介しました。

今回は無形資産をどういったプロセス・手続で認識するのか,について解説します。

 

【図表1】はPPA全体の一般的なプロセスを示していますが,その中でも「(1)無形資産の認識」に焦点を当てます。「無形資産の認識プロセス」は【図表2】に示すとおりであり,そのプロセス(1)~(4)のそれぞれについて解説します。

 

 

 

 

 

 

(1)初期依頼資料リストの送付

【図表3】はPPAプロジェクトを始めるに際して,一番初めに買い手企業へ依頼する資料の例示です。

依頼する資料は案件ごとに異なり,これが必要な資料のすべてを網羅している訳ではない点に留意ください。

 

 

【図表3】初期依頼資料リスト例示

 

 

(2)受領資料の分析

初期依頼資料リストに基づき依頼した資料を受領し,そこから分析・検討が始まります。無形資産の認識は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等を把握しつつ,買い手企業がどういった目的で対象会社を買収したかが大きく関わってくるため,資料依頼リスト№1にあり,買収の概要や買収目的等が分かる資料が重要となります。

 

例えば,ある会社の技術力を評価し,その技術の取得を目的として対象会社を買収した場合には,技術関連資産が無形資産として認識される可能性が高いと考えられます。

 

また,一般的に認知されているファッションブランドを有している会社を,そのブランドを得る目的で買収した場合にはマーケティング関連資産が認識される可能性が高くなります。財務デューデリジェンス(以下,「DD」と言う)レポートを分析・検討し,対象会社の財務状況や収益構造等を把握することによって,対象会社の収益の源泉,価値の源泉がどこにあるかを把握することも重要です。

 

これは,無形資産を認識する際には,認識する無形資産が対象会社の収益獲得の源泉になっているか否かに関連づけて検討する必要があるからです。

 

更に,法務DDレポートや株式譲渡契約書等を分析して,被買収企業がどのような知的財産権(例えば,商標権,特許権など)や契約を有しているかを把握することも必要です。法律や契約で保護されているか,または,分離して譲渡可能かどうか,無形資産の認識基準に照らして検討する必要があります(【図表4】)。

 

このように入手した資料の分析を通じて,認識する無形資産にあたりをつけ,「(3)買い手企業へのインタビュー」に臨むこととなります。

 

なお,入手した資料の分析を進める中で,追加で必要となる資料は随時依頼しておく方が望ましいでしょう。

 

 

 

 

 

 

(3)買い手企業へのインタビュー

入手した資料等の分析により,対象会社のビジネスモデル,商流,強み,買収目的や買収によるシナジーを把握した上で認識する無形資産を想定し,買い手企業へのインタビューに臨みます。事前にインタビュー時に聞きたい質問等をリスト化して送付しておくことで,買い手企業は回答を準備することができ,インタビューがより有意義なものとなります。

 

【図表5】は,質問事項の一部になりますが,買収の目的や対象会社のビジネスについてクライアントの担当者から直接確認し,資料の分析段階での理解と齟齬がないか確認することを意図しています。

【図表5】は,対象会社が特許権を保有していることを前提とした質問事項でありますが,特許権以外にも法的権利を有するようなものを保有しているような場合は,その権利内容,法的有効期限などを確認することとなります。

 

それ以外にも,一般的な市場条件と比べて有利な契約の有無や連載第3回で記載した無形資産の例示を利用して,認識すべき無形資産の網羅性について確認する必要があります。認識する無形資産の認識根拠を把握することは当然ですが,認識しない無形資産についても,認識しない理由・根拠を把握して整理しておくことが必要となります。無形資産の網羅性については,会計監査においても重要なポイントの一つであることから,認識しなかった理由や根拠を会計監査時に示すことが求められます。

 

 

 

【図表5】クライアントインタビュー 質問事項例示

 

 

 

質問リストを事前に送付しておくことによって,買い手企業においても,当該質問について誰が回答することが最適かを把握できます。一般的には,経理担当者だけでなく,経営企画部や事業部のM&A実行担当者にもインタビューの場へ出席して頂き,案件に直接携わった方から対象会社のビジネスや買収目的等を説明して頂くことが多いのではないでしょうか。更に,対象会社が特許権などの知的財産権を保有しているケースでは,知的財産部の方にも出席して頂くこともあります。

 

 

 

 

 

 

(4)認識する無形資産の特定

依頼資料の分析や買い手企業へのインタビューを通じて,認識する無形資産が特定され,次のプロセスである無形資産の評価へ進むこととなります。

次の事例は,無形資産の認識プロセスの具体例です。ただし,この段階で認識対象となった無形資産であっても,測定の結果として価値が出ない(算定結果がマイナス)場合は,無形資産が計上されないこともある点に注意が必要です。

 

 

2.無形資産の認識プロセスの具体例

簡単な例を用いて,無形資産の認識プロセスについて解説します。

 

 

 

【図表7】具体例概要

 

 

 

X社は革新的な技術力を持つY社を買収した。受領した買収検討資料から,買収目的はY社が持つ技術力の取得であり,その技術をX社の技術と組み合わせることで,成長が見込まれる市場で優位なポジションを得ることを狙っていることが把握できた。また,Y社は設立後3年程度しか経過していないいわゆるベンチャー企業であり,買収時点においては売上も僅少であり,営業赤字が続いている状況であった。更に,株式譲渡契約書や法務DDレポートから,Y社は製品名を商標登録し,保有する技術に関する特許権を有していることも知ることができた。

 

以上の状況を踏まえて,評価会社としては下記の想定で買い手企業へのインタビューに臨むこととなりました。ただし,商標権はY社がベンチャー企業で売上も僅少であることから,ブランドの認知度は高くなく,無形資産として認識するほどの重要性はないものと想定しています。当該想定の適否についても,インタビューにて買い手企業の見解を把握した上で最終的な判断を下すことを考えています。

 

買い手企業へのインタビューでは,経理担当者に加えて事業部のM&A担当者も出席し,見解を聞くこととなりました。改めて,買収目的を確認したところ,入手資料から読み取れた通り,買収の主な目的はY社の技術力であり,X社はこの技術を非常に高く評価していました。

 

このことから,Y社が有する技術を無形資産として認識し,評価対象とすることとしました。他方,商標権に関しては,Y社製品の市場における認知度が高くないことから,X社のブランド名をつけてY社製品を販売する計画となっているとのことです。X社はY社の商標権に価値があると考えていなかったことになります。

更に,Y社は製品を販売するチャネルを確立できていないため,X社の販売網を利用して,Y社の製品を販売することが予定されていました。

 

このことからも,商標権には重要な価値がないものと判断できることから,無形資産として認識しないこととしました。更に,技術や商標権以外にも認識すべき無形資産の有無を網羅的に確認しましたが,無形資産として認識すべき重要なものはないと判断できました。結果,認識の対象となる無形資産は技術のみとなりました。

 

なお,この例のようなアーリーステージのベンチャー企業では,売上が十分に計上されておらず,赤字が継続している場合も多いことから,一般的には,認識対象となる無形資産はかなり限定される傾向にあると言えます。

 

また,上記の無形資産の認識ロジックは,あくまでも筆者の私見であり,読者の方々がPPAプロジェクトを始める際は会計監査人と協議して認識する無形資産を決めてください。

 

 

3.最後に

今回は無形資産の認識プロセスを解説しましたが,どのように無形資産を認識するかについてご理解頂けたでしょうか。無形資産は,形式的な認識基準に合致しているかどうかだけでなく,買収目的やビジネスなどの関連性までを考慮し,実質面を重視して分析・検討する必要があると筆者は考えます。

 

次回は,無形資産の測定について解説していきます。

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第3回】PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(松本 久幸/公認会計士・税理士)

 

 

▷第2回:PPAのプロセスと関係者の役割とは?

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

▷第5回:PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?

 

 

1.何を無形資産として認識すべきか?

第3回は,PPAを実施した際に計上すべき無形資産をどのように認識するか,について解説します。

まず,のれんと無形資産の関係について,図表1をご覧ください。

 

PPAに関する会計基準がなかった時代は,図表1(左側)の図の買収価額と資産・負債の時価(=時価純資産額)との差額がのれんとして計上され,償却されていました。

 

PPAに関する会計基準導入後は,原則として当該差額の内訳として無形資産が計上されることとなります。

(差額を超える無形資産が計上される場合は,差額を超える金額が負ののれんとして取扱われることとなる。)

 

 

 

【図表1】PPAにおける無形資産評価手続の概要

 

 

 

 

 

図表1(右側)の図のように,無形資産を計上する際には,2つのステップが必要となります。

 

Step1が,本稿の主題である何を無形資産として認識するかであり,

Step2が,Step1で認識した無形資産の評価額の算出,です。

 

その意味では,Step1において認識すべき無形資産を的確に把握しないと,そのあとの無形資産の評価にまで影響を及ぼし,見当違いな無形資産が貸借対照表に計上されることとなるため,無形資産の認識の手続は,PPA手続の最初の山場となるところであり,しっかりした分析と検討が必要となります。

 

また,この段階で「無形資産として認識すべきものはない」との結論が導き出されることもあり得ます。その場合,無形資産の評価の手続は省略されます。

 

 

2. 無形資産の認識基準‐IFRSと日本基準

PPAにおける無形資産の認識基準は,厳密にはIFRSと日本基準の認識基準は微妙に異なるものとなっています。

日本基準では,分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には,当該無形資産は識別可能なものとして取扱う,とされ,分離して譲渡可能かどうかが実質的な判断基準となっています。

 

一方,IFRSでは,資産が分離可能かどうかを問わず,契約または法的権利から生じている場合は識別可能とされ(契約・法律規準),契約・法律規準を満たさない場合でも,分離可能であれば識別可能とされます(分離可能性規準)。

 

また,日本基準においては,分離して譲渡可能な無形資産とは,当該無形資産の独立した価格を合理的に算定できなければならないとし,企業結合の目的の1つが,特定の無形資産の受入れにあり,その無形資産の金額が重要になると見込まれる場合には,当該無形資産については分離して譲渡可能なものとして取扱う,とされています。

 

日本基準の認識基準は少し分かり辛いですが,意訳すると日本基準もIFRSも,法律や契約で保護されるものであるかどうか,または,分離して譲渡可能かどうか,ということが実質的な判断基準となります。

 

商標や特許は,登録されていれば法的に保護されているので,無形資産としての認識基準を満たしていることとなります。

 

一方で,商標登録をされていないがブランドとして広く認知されているものや,特許として登録はされていないが特殊な技術で価値があるものについては,法的に保護はされないが,分離して譲渡することが可能(簡単に言うと,売却することが出来る)であることから,日本基準においてもIFRS基準においても無形資産としての認識基準を満たしていることとなります。

 

 

3.具体的な無形資産の例示

無形資産の認識基準は上述のとおりですが,実際は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等から,何が無形資産として認識されるのかを分析・検討していくこととなります。

 

本稿では,具体的に無形資産の例示を見ながらポイントを解説します。こちらをご覧頂ければ,どのような業種の会社にどのような無形資産が認識されるか,ポイントをご理解頂けるのではないでしょうか。

なお,当該例示は,認識される全ての無形資産を網羅しているものではない点にご留意ください。

 

 

①マーケティング関連の無形資産

マーケティング関連の無形資産の例示は,図表2のとおりですが,実際に認識される無形資産は,ほとんどが商標・商号・ブランドです。筆者の経験上は,その他のものについて実際に認識されることは稀です。

 

 

 

【図表2】無形資産の例示(マーケティング関連)

 

 

 

 

②顧客関連の無形資産

顧客関連の無形資産の例示は,図表3のとおりです。顧客関連の無形資産は,業種に関係なく認識されます。

顧客との関係に価値があるかどうかは,主観的な判断が伴う場合も多いので,対象会社のビジネスにおいて顧客との関係が収益稼得の源泉となっているかどうかを,ヒアリング等で把握して分析・検討していくこととなります。

 

もし仮に,製造業の会社で,特定の顧客との関係があって,その顧客が対象会社の製品を購入しているために対象会社のビジネスが成り立っている場合においても,顧客が対象会社製品の機能や品質等の技術的なものを評価して購入しているような場合は,その技術が存在しなくなった場合に顧客関係は継続されないことも推測できることから,そのような場合においては,顧客関係を無形資産として認識すべきかどうかについては,より慎重な分析・検討が必要となります(図表6参照)。

 

 

 

【図表3】無形資産の例示(顧客関連)

 

 

 

 

③契約関連の無形資産

契約関連の無形資産の例示は,図表4のとおりです。多くの会社は,様々な取引先と種々の契約を締結しています。そのため,全ての契約について個々に検討することは現実的ではありません。

 

ポイントは,その契約が,会社の収益稼得に貢献する重要なものであるかどうかです。会社が収益を稼得する際に必要不可欠な契約,その契約が解除された場合に会社の収益が激減する契約等,直接的・間接的を問わずに,そういった契約がないかどうかをインタビュー等にて洗い出していくこととなります。

 

 

 

【図表4】無形資産の例示(契約関連)

 

 

 

 

④技術関連の無形資産

技術関連の無形資産の例示は,図表5のとおりです。製造業においては,特許や特許を含む技術が認識されることが多いです。

 

 

 

 

【図表5】無形資産の例示(技術関連)

 

 

 

4.まとめ

以上のように,実務上,無形資産の認識は,対象会社の業種やビジネスの概要,商流等を把握しながら,無形資産の例示に当て嵌めて,何を無形資産として計上すべきかを分析・検討していくことになります。

 

業種によっては,簡単に無形資産を認識することができる一方,ビジネスが複雑であったり,特殊な業種であったり,または複数の事業を営んでいるような会社の場合は,無形資産の認識についてはより慎重な分析と検討が求められることとなります。

 

無形資産として何を認識するかが,そのあとの無形資産の評価額の算出の際に,評価手法の選択であったり,経済的耐用年数の設定である場合についても影響し,評価額そのものが大きく変動する可能性があります。そのため,的確に無形資産を認識しておくことが肝要です。

 

勘所をご理解頂ければ,買収前においてどういった無形資産が認識されるのかをある程度推察可能となることから,事前検討の際には是非本稿を一読頂ければ幸いです。

 

最後に,筆者が無形資産の認識を分析・検討する際に用いている「無形資産の所在の考察」に関する簡単な図を掲記します。

このように商流や仕入先,顧客との関係性を整理すれば,自ずと何を無形資産として認識すべきかが見えてくることとなります。

 

 

 

【図表6】無形資産の所在の考察(例)

 

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第2回】PPAのプロセスと関係者の役割とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(大和田 寛行/公認会計士・税理士)

 

 

▷第1回:PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

▷第3回:PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

 

 

1.M&AのプロセスにおけるPPA

第2回では,PPAを進めるにあたってのプロセスに登場する人物(ステークホルダー)とその役割,当該登場人物の関係性等について解説します。

 

M&AのプロセスにおけるPPAの実施時期は図表1のとおりです。

 

 

 

【図表1】M&AのプロセスにおけるPPA

 

 

 

 

PPAは,M&Aによって取得する資産及び負債の金額を確定する会計処理であり,会計基準上,企業結合日(取得日)から最長1年以内に処理することが求められます。一般的な実務では,各種のデューデリジェンスが終了した後,価格交渉・調整等を経てクロージングが見えてきた段階でPPAの準備作業に入り,クロージング日の属する会計期間の期末決算時において,会計処理を確定させるというスケジュールで進められることが多いです。

 

近年では,M&Aを重要な成長戦略と位置付け日常的に調査・検討を行う企業も増加しており,M&Aは企業にとってより身近なものとなってきています。監査の厳格化等の流れの中で,PPAが必要となるM&Aも増加傾向にあり,最近ではデューデリジェンスや株式価値評価の段階で,M&Aを実行した場合に発生が予測されるのれん及び無形資産の金額や,償却による損益インパクトをシミュレーションするプレPPAが行われるケースも増えています。

 

プレPPAの利点は,早い段階で買収企業の業績への影響を把握できることや関係者間の情報共有や意見調整等の準備を整えることにより,本番のPPAをスムーズに進められることです。

 

 

2.PPAにおける登場人物

続いて,PPAに登場するステークホルダーとその関係性についてみていきます。

 

図表2はM&Aの当事者である買収企業を中心に,左側を買収企業の監査法人グループ,右側を外部評価者として,4者のやりとりを図示したものです。

 

買収企業から依頼を受けた外部機関が,買収企業及び被買収企業が提供する情報に基づき,PPAにかかる無形資産評価を実施し,その評価結果が監査上妥当であるか否かについて,買収企業の監査法人とレビュー専門家が検討を行う,という流れです。

 

 

 

【図表2】PPAにおけるステークホルダー関係図

 

 

 

 

PPAは,M&Aにより取得される資産・負債の金額を確定する手続であり,その結果計上されるのれん及び無形資産の償却等を通じて,買収後の企業業績や事業計画に直接的な影響を与えます。特に,大規模なM&Aになると,PPAが企業の業績や経営そのものに与える影響は重大なものとなることから,監査上も重要なテーマの一つとなって,監査法人が専門家をアサインしてレビューを行うこととなります。

 

では,PPAにおける無形資産評価は具体的にどのような方法で行われるのでしょうか。

 

PPAに関連する会計基準においては,PPAは一般的な市場参加者の目線,すなわち公正価値アプローチによって評価しなければならないという原則論や,無形資産の認識要件は示されているものの,評価手続に関する具体的な指針や詳細な規定といったものは存在しません。無形資産の評価は,株式価値評価等と同様に一般的な実務上確立された手法に則って,多くの場合は将来予測やファイナンス理論といった見積りや不確実性が伴う前提条件に基づいて行われます。

 

このような性質から,PPAは評価の前提条件や採用する考え方等によって,結果が大きく異なってしまう点に留意が必要です。

 

すなわち,不適切な前提条件や評価手法等を採用すると,不適切な結果につながってしまうというリスクを孕んでいるため,適切な前提条件や評価手法を採用することが大前提となります。当然のことながら,そのためには必要な専門的知識や十分な実務経験が要求され,多くの場合,そのような条件を満たす評価機関が買収企業をサポートする外部評価者として起用されることになります。また,見積りには主観的要素や恣意性が介入する余地があり,PPAを通じた利益操作や不適切な処理が行われる恐れもあることから,監査上重点項目として扱われる点にも留意が必要です。

 

以下では,PPAの一般的なプロセスと関係者間のやり取りについてみていくこととします。

 

 

 

【図表3】PPAにおける無形資産評価の一般的なプロセス

 

3.PPAのプロセス

(1)無形資産の認識・測定

買収企業において,PPAに関与するのは,M&Aの実行部隊である経営企画部門,会計処理や開示を行う経理部門等です。外部評価者が起用される多くのケースでは,必要な情報が全て揃っていれば,PPAの検討開始から会計処理の確定まで最短であれば2ヵ月程度で行うことが可能と考えられますが,そのような期間で手続が完了するケースは少ないです。

 

例外もありますが,M&Aのクロージング前から検討を開始し,結果的にはその期の期末決算で会計処理を確定させるようなスケジュールとなる場合が少なくありません。効率的にPPAを進める上で初動は非常に重要です。PPAの分析開始の段階で必要な資料が全て揃っていると評価者の分析が遅滞なく進み,結果として買収企業との意見交換や調整に十分な時間をかけることが可能となります。このため,買収企業においては,M&A実施段階からPPAを念頭におき,必要な情報を収集・整理しておくことが肝要となります。

 

特に,海外企業を買収する場合等は,PPAに使用する情報をデューデリジェンスの段階で入手しておけば時間と手間の節約になるため,頭に入れておくとその後の手続がスムーズとなります。

 

質疑・インタビューは,外部評価者が買収企業の案件責任者やキーマン,そして被買収企業のマネジメントを対象に行います。また,無形資産評価の基礎となるクロージングB/S(買収企業の財務報告において連結対象となる貸借対照表)の入手に時間を要する場合は,仮のB/Sに基づき予備的評価を行うこともあります。以上を経て,評価結果のドラフトが買収企業に提出されます。

 

 

(2)評価結果の確認
買収企業は,外部評価者の評価結果について,自社の認識や理解との間に不整合や矛盾がないかどうか,また,自社の会計方針等に照らして受入可能な内容となっているか等を確認します。

 

必要な場合は外部評価者との間で適宜ディスカッション等を行い,監査法人に提出します。評価を外部機関へ依頼する場合においても,評価結果とそれに伴う会計処理及び開示に関する責任は,買収企業が有する点に留意ください。

 

 

(3)監査法人及び専門家によるレビュー
監査法人及びレビュー専門家が,買収企業が提出した無形資産評価結果の合理性,妥当性等について検討を行います。PPAの実務は,専門的な知見が必要となることから,通常は監査法人と同一ファーム内の専門部署がレビュー専門家として起用されるケースが多いです。

 

レビュー専門家は,PPAや価値評価に精通したプロフェッショナルでありますが,監査法人の意見形成にも影響を与える重要な役割を担うことから,PPAや価値評価の実務のみならず,監査実務に対する理解も求められます。

 

 

(4)調整及び会計処理の確定
監査法人及びレビュー専門家が,無形資産の評価手続に関し,外部評価者及び買収企業に対し,質問等の監査・レビュー手続を行います。前述の通り,無形資産評価は見積りの要素を含み,いわば絶対的な解が存在しない類のものであるため,専門家同士でも見解が異なる状況がたびたび生じうることがあります。

 

特に,インカム・アプローチにより評価を行う場合のWACC(加重平均資本コスト)や継続成長率,認識した無形資産の経済的耐用年数といった重要項目は,しばしば論点となるところです。

 

外部評価者には,買収企業の会計上の要請に最大限配慮しつつ,監査法人やレビュー専門家からの厳しい質問や指摘に対応する高度な専門性と調整能力が求められることとなります。

 

実務においては,この手続だけで1ヵ月,場合によっては数ヵ月を要するケースもあります。

 

監査上の論点が事業そのものに関係するようなケースでは,当事者である買収企業を含めた4者でのディスカッション等が必要となる場合もあります。買収企業においては,PPAにかかるのれん及び無形資産の会計処理について,早い段階で監査法人に相談しておくことも有用です。

 

以上のプロセスが完了した後,買収企業において,評価結果に基づく財務報告(会計処理・開示等)が行われます。

 

 

4.まとめ

本稿で最も強調したい点は,それぞれに異なるミッションを持った4者が,限られた時間の中で必要十分なコミュニケーションをとって,議論をしながら,最善の結果を導くべく,協力して手続を進めていく必要があるということです。これら一連のPPAのプロセスは,企業の経理担当者の立場からみると,監査法人への対応,外部評価人との連携,社内関係部署への報告・説明など,相当なタスクが生じる点にも留意ください。

 

特に,大企業においては,監査対応を行う経理部門とM&Aを実行した経営企画部門との連携は非常に重要です。通常,企業担当者がPPA評価を自ら行うケースは少ないと思われますが,手続全体をスムーズに進める上で,PPAの実務に対する理解を深めておくことは有用です。

 

 

5.無形資産評価に必要な資料の例

最後に,一般的なPPAにおいて必要とされる情報・資料についてみていきます。

 

必要な情報は,デューデリジェンス(DD)報告書等,M&Aの実施段階で入手されるものがほとんどですが,定量的,定性的,さまざまな情報が必要となります。無形資産評価において採用される方法によっては,下記資料の他に,顧客データや人事データ等が必要となる場合があります。

 

 

PPAにおいて必要となる資料の例

・買収案件の概要や買収目的に関する資料
・買収案件に関するインフォメーションメモランダム
・買収対象会社の決算書
・買収対象会社の税務申告書
・財務・税務DDレポート
・法務DDレポート
・ビジネスDDレポート
・株式譲渡契約書
・株式価値算定レポート
・対象会社の将来事業計画
・事業上のシナジー効果に関する検討資料
・対象会社のクロージングB/S(連結開始対象B/S)

 

次回は,無形資産の認識要件について解説します。

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

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第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?
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第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

[経営企画部門、経理部門のためのPPA誌上セミナー]

【第1回】PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

 

〈解説〉

株式会社Stand by C(角野 崇雄/公認会計士・税理士)

 

 

▷第2回:PPAのプロセスと関係者の役割とは?

▷第3回:PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?

▷第4回:PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?

 

1.はじめに

今回からおおよそ12回にわたって取得原価の配分(Purchase Price Allocation)に伴う無形資産評価(以下,便宜的に「PPA」という。)について解説をしていきます。PPAが2010年4月より日本の会計基準においても要求されるようになってから約10年が経過しました。

 

また,PPAが必須とされる国際会計基準(以下,「IFRS」という。)を採用する企業も増加し,日本でもPPAの実務が定着しつつありますが,まだまだ完全に定着しているとは言えない状況にあります。更に,昨今の会計不正が起きている現状において,監査を取り巻く環境も変化し,それに応じて監査人の対応も厳しくなり,PPAも重要な監査項目になってきているのではないでしょうか。

 

このような状況を踏まえて,上場会社の経営企画担当者・経理担当者が読まれることを想定して,PPAの基本的な考え方から,企業業績に与える影響,プロジェクトの進め方,監査対応などを網羅的に解説します。

 

 

2.過去から現在の状況

PPAの実務は,主に米国において確立されたものであり,長い間,多くの日本企業にとってPPAはなじみのないものでした。企業結合会計が日本に導入された後も,しばらくの間はM&A時のPPAにかかる無形資産の計上は強制ではなかったため,資産・負債の差額は,全額のれんとして一括計上処理されることが一般的であったと思われます。

 

ただし,2010年4月の企業結合会計基準の改正に伴い,日本基準においても,原則としてPPAにかかる無形資産の計上が求められることとなりました。

 

現状,経理・監査の現場においても,IRに対する企業の意識の高まりや監査の厳格化等を背景に,M&AにおけるPPAにかかる無形資産評価の要請が高まっており,筆者の個人的感覚ではPPAへの対応が必要となるケースが増加しています。

 

 

3.PPAの課題

日本の企業では,PPAにかかる無形資産評価についての理解がまだまだ不十分な状況にあります。専門書もネット検索でも,PPAについて得られる知識・情報は豊富とは言えず,買収後の会計処理及び開示に関して,実務に即した解説をしている媒体が限られています。多くの企業にとって,M&Aを検討・実行する機会が増えた昨今,当事会社においても,PPAプロセスを円滑に進めるためにも,PPAにかかる手続や無形資産評価実務,監査プロセスに対する理解を深めることが必要となってきています。

 

今後,経理担当者の方にとっても重要性が高まる可能性が高いPPAの概略や無形資産評価の実務について,本稿をきっかけにご理解頂ければ幸いです。

 

 

4.PPAのイメージ

本稿ではまず,PPAのイメージを解説します。図表1に示す通り,従来,日本基準においては,買収価額と時価純資産の差額(以下,「広義ののれん」という。)を20年以内の一定の年数にて償却していました。

それがPPAの導入により,広義ののれんに含まれる無形資産が特定され,広義ののれんから特定された無形資産を差引いた残額(以下,「狭義ののれん」という。)が,いわゆるのれんとして扱われるものとなりました。

 

つまり,従来は買収価額と純資産の差額が一括してのれんとして計上されていたものが,PPAの導入により,のれんのうち,商標権,特許権,顧客関係などに特定された無形資産が計上され,それらを配分後の残額をのれんとして取扱うこととなりました。

 

 

 

【図表1】PPAの流れ

 

 

 

 

詳細は,今後の連載を通じて説明していきますが,無形資産として計上される無形資産にはどのようなものがあるのでしょうか。一般的には図表2で示すような項目を無形資産として認識することとなります。

 

 

 

【図表2】無形資産の例示

 

 

 

 

5.数値例を用いた説明

図表1で示した事柄について数値例を用いて説明します。

X社(日本基準を採用)がY社のすべての株式を10,000百万円で買収して子会社とし,買収時のY社の純資産は7,000百万円でした。PPAを実施する前は,買収価額10,000百万円と純資産7,000百万円の差額3,000百万円が広義ののれんとなります。

 

PPAを実施し,無形資産1,500百万円が計上されると,狭義ののれん1,500百万円は広義ののれん3,000百万円から無形資産1,500百万円を差引くことで計算されます。

 

しかしながら,PPAの手続きはここで終了ではなく,計上された無形資産は,連結上の一時差異として繰延税金負債が計上されます。

本例では,法定実効税率を30%として,1,500百万円×30%の450百万円が繰延税金負債として計上されます。

 

その結果として,繰延税金負債分だけ狭義ののれんが増加することとなることから,1,500百万円+450百万円=1,950百万円が最終的な狭義ののれんとなります。

 

 

 

【図表3】PPA実施によるB/Sの動き

 

 

 

 

Y社をX社の連結財務諸表へ取込む時の仕訳を図表3に沿って作成すると下記のようになります。

 

 

 

 

 

 

図表4がPPAの実施の有無による計上される無形資産の金額の差異を比較したものです。

PPAを実施しない場合,計上されるのはのれん3,000百万円であるのに対して,PPAを実施した場合の広義ののれん相当額は,狭義ののれん1,950百万円と無形資産1,500百万円の合計3,450百万円となります。

両者の差異は,3,450百万円と3,000百万円の差額450百万円ですが,これは無形資産に対する繰延税金負債分に該当し,その分だけのれんが増加したこととなります。

 

このため,無形資産を計上すると,その税効果分だけのれんが増加することとなるため,日本基準を採用している場合,当初ののれんにかかる償却費よりも償却額が増加することとなる点に留意が必要です。

 

 

 

【図表4】 PPA実施の有無による無形資産計上額の差異

(単位:百万円)

 

 

 

6.PPAが業績に与える影響

先ほどPPA実施の有無により計上される無形資産の金額の差異について説明しましたが,ここではP/Lに与える影響について見ていきます。のれんと無形資産では,ケースバイケースではありますが,一般的にはのれんの耐用年数が無形資産の耐用年数より長くなるケースが多いです。つまり,無形資産の耐用年数はのれんの耐用年数より短くなるケースが多いと言えます。

 

仮に,無形資産の償却年数がのれんの償却年数より短いとすると,無形資産の償却が終わるまでの単年度で見た場合,PPAを実施すると毎期の償却負担額は多くなることとなります。図表3の例で,無形資産の耐用年数を5年,のれんの耐用年数を10年とした場合,PPAを実施した場合の方がPPA未実施の場合より,償却費が195百万円多くなっています。これは,①と②の影響によるものです。

 

①無形資産に対する繰延税金負債の計上によるのれんの増加による影響

無形資産1,500百万円×30%÷10年=45百万円

 

②無形資産とのれんの耐用年数の差異による影響

無形資産1,500百万円×(1/5‐1/10)=150百万円

 

 

 

【図表5】PPAの実施が償却費に与える影響

(単位:百万円)

 

 

 

7.本連載で説明していく内容

PPAのイメージを図表と簡単な数値例で説明しましたが,PPAは広義ののれんを無形資産と狭義ののれんに切り分ける作業だけに留まらず,企業業績にも影響を与えることがご理解頂けたのではないでしょうか。

 

例えば,企業買収前の業績シミュレーションを,広義ののれんを10年で償却すると仮定して実施し,買収後にPPAを実施したところ,当初の想定と異なる結果になってしまうことも起こり得ます。このようなことを理解した上で買収を進める場合と,理解しないで進める場合とでは,買収後のプロジェクト関係者の利害調整に大きな影響を及ぼす可能性があります。

 

また,PPAの結果は会計監査人による監査の対象となることから,監査に要する時間を考慮したスケジューリング及び監査に耐えうるPPAのロジック付け等が必要となってきます。

 

以上のことを踏まえて,本連載では,経営企画部門,経理部門がPPAプロジェクトを進めていく上で,必要な知識及び留意点を一つずつ解説していくことを予定しています。なお,現時点で想定している記載内容は下記の通りです。

 

【主な内容】

・PPAのプロセスと登場人物

・無形資産の認識識別基準

・PPAで識別する無形資産

・無形資産の評価手法

・経済的耐用年数

・PPAを実施する上での実務上のポイント

 

 

 

 

 

 

□■本連載の今後の掲載予定□■

 

—連載(全12回)—

第1回 PPA(Purchase Price Allocation)の基本的な考え方とは?

第2回 PPAのプロセスと関係者の役割とは?

第3回 PPAにおける無形資産として何を認識すべきか?
第4回 PPAにおける無形資産の認識プロセスとは?
第5回 PPAにおける無形資産の測定プロセスとは?
第6回 PPAにおける無形資産の評価手法とは?-超過収益法、ロイヤルティ免除法ー
第7回 WACC、IRR、WARAと各資産の割引率の設定とは?
第8回 PPAにおいて認識される無形資産の経済的対応年数とは?
第9回 PPAで使用する事業計画とは?
第10回 PPAの特殊論点とは?ー節税効果と人的資産ー
第11回 PPAプロセスの具体例とは?-設例を交えて解説ー
第12回 PPAを実施しても無形資産が計上されないケースとは?